ざわめく森を抜けて──
森を抜けた先は三つの国境がある平野がひろがる場所。
しかし、森の中にはなにやら不穏な気配が──
ツイッターなどでこの物語を取り上げてくれて感謝します。
ブックマークが増えると、やっぱり嬉しいのです作者は。まして、こんな冒険小説を好まれる人がこんなにいるとは……(涙)
次話は水曜日に投稿します! まだまだ日常回みたいな感じですが……急展開もあるので、油断してはダメですよ!
地面に落下した朧蝶と契約し、影の中へと取り込む。
「よし、これで──」
胸や腰くらいの高さがある岩棚に囲まれた場所に立っていたのだが、上空から旋隼が鋭い警告の鳴き声を上げた。
「どすっ」
離れた所にある岩棚の上に、青白い毛を持った狼が飛び乗ってきた。青い毛だと思ったが、それは青い焔であるらしい。
焔を纏う猛獣は「グルルルルッ」と威嚇する唸り声を上げてくる。
これは俺が直接、相手をしないと駄目だろう。黄色い眼を光らせて威嚇する狼を前に、すぐに臨戦態勢に入った。
青い火炎を吐き出してきたが、俺はすぐに岩棚の陰へと走って退避する。まともにやり合うよりも、地形を活かした戦い方をする。基本中の基本だ。
獲物が逃げたと考えた狼が、すぐに追撃を仕掛けてくる。
俺は都合のいい場所で足を止め、呪文を詠唱しながら振り返り、襲いかかろうとしていた狼に魔法の矢を撃ち込んだ。
集中力を高め撃ち出した光弾が三発、正確に相手の体を捉える。
「グギャゥッ!」
かなり激しい勢いで横向きに吹き飛ばされた狼は、岩棚に体を打ちつけて地面に転がった。俺はすかさず近づいて、棍棒の一撃を叩き込む。気絶させるくらいの加減で殴りつけ──上手く相手を昏倒させた。
舌を伸ばして気絶している狼と契約を結び、影の中に取り込む。
「よしっ、初めての大物だ」
一メートル半ばくらいの大きさはある焔の狼、それを解析すると「青焔狼」だと判明した。
この青い焔は通常の炎とは違い、燃やすべき対象だけを狙って焼き、他の物体には燃え移らないようだ。
霊的な攻撃力が高く、物質的な相手よりも霊的な存在に対する戦闘に向いている霊獣だ。問題は耐久力の低さか……
その問題はこの領域で戦闘を繰り返し、倒した相手の肉を捕食させる事で、なんとかするしかないだろう。霊獣の耐久力を増加させる方法があればいいのだが。
その後もしばらく霊獣の楽園で活動を続けた。
岩棚近くの林を見つけると、そこで朧蝶を新たに二匹捕らえた。小さな霊蟲なので数匹確保し、暗い地下などの探索で使うのもいいだろう。
敵が出た時にも幻惑を使って援護してくれる光源という訳だ、「灯明」魔法よりも使い勝手は良さそうだ。
青焔狼の回復を待たずに霊獣の楽園を離れる事にした。さすがに多くの霊獣を使役して戦わせ続けた為に、精神的な負担が大きかったようだ。──使役獣の制御に慣れていない所為もあっただろう。
まだ現実世界の方は暗い夜のままだ、雲のない夜空に星々が瞬いている。青や緑、中には淡紅色に光る星もある。ぼうっとした意識で空に浮かぶ光の数を数えながら──再び眠りに就いた。
* * *
朝までぐっすりと眠り──肉体的、精神的な疲労を取り除くと、すぐに朝食と旅を続ける支度をする。
ふと、傭兵団を率いていた団長の言葉を思い出す。
「年を取ると目が覚めてからの行動も遅くなる。敵の気配を察知し、すぐに行動ができなければ、戦場では生き残れない。若い頃からできる限りそうした感覚を鍛えておく事だ。いざという時に備える心構え、そうした戦場の感覚を養う必要に迫られた時には、すでに手遅れになる場合がほとんどだ」
あの団長の指摘は、危険が迫ってから危険に備えても遅い、という事だろう。危険が訪れる前に察知し、それを払い除けるには鋭敏な感覚や、機敏な動作が求められるというのだ。
敵が現れてから戦闘訓練をするようなものだ。日頃から戦闘訓練をして、いざという時に備えるのが戦士や傭兵なのだ。そうしないでいるのは危機感のない町民と変わらない。
あさ目覚めると同時に素早く戦闘に移れるような、鋭く研ぎ澄まされた感覚。覚醒してすぐに行動可能な自分を作り上げる。そうした心構えを持ち続ける事は──戦場でなくとも、自然の中でも必要な事だ。
猛獣や亜人など、危険な生物が居る環境の中で悠々と眠りに就き、ゆったりと起きてのんびりしているのは、よほどの命知らずか──ただの愚か者だろう。
短い間だったが、あの傭兵団と共に活動したのは、いい経験になった。戦闘技術よりも、そうした日常的な意識の違いというものを知る事ができたのが、一番の収穫と言える。
食事や身支度を済ませると、周囲を警戒してから結界を解き、森へと向かう。──ここを越えればメアキブの町にもぐっと近づけるはず。
地図の感じからは──森を東に抜けるだけなら、昼前に済ませられるはずだ。起伏の多い歩きづらい場所であっても、四時間も五時間もかかる事はないだろう。
水や食料なども少なくなった軽い背嚢を背負うと、森の中へと足を踏み入れた。
湿気の多い森の匂いは、今まで歩いてきた広野とはまったく違う、鼻をつくカビ臭いような、植物の呼吸と──そこから生まれる生と死の匂いだ。
それはどこか甘ったるく、乾いた感覚の中に瑞々しい息吹を吹き込んでくれる。森とは不思議なもので、生命の力を呼び起こす力がある。この木陰の中には危険な事も多いというのに、まるで迎え入れられているような感覚になった。
「ま、注意して進むだけだな」
森での活動は慣れている、何度もこうした探索をしてきたのだから。目的地への近道をする為に森に入り、鬱蒼とした樹影の間を抜けてきた。
地面は木の根や苔がある場所も多い、そうした場所も注意深く探りながら進む、生き物が苔を食べたり、糞をしていったりする痕跡があれば、そこからどういった生き物が居るかを推測できる。
ここには鳥も居るし、木の上には栗鼠の姿も確認できた。──他にも小さな鹿や兎、そうした生き物の姿もあった。
一瞬ひやりとしたのは、体長三メートル近い百足が地面を這っているのが見えた時だ。緑や赤茶色の体に無数の脚。それが森の奥へと歩き去って行く。
大百足ならまだいいが、甲殻百足などは出会いたくない。固い殻に覆われた体を攻撃するのも骨が折れるし、見た目も気色悪い。
東へ向けてなるべく早い足取りで歩を進める。
生命探知を一定の間隔で使用しながら進んでいると、大きな蜘蛛の形が見えた。
大蜘蛛、甲殻蜘蛛ではない。それなら問題ない──気持ち悪いだけだ。がさがさと動き回る大蜘蛛はなにかを見つけると、そちらへ向かって移動を始めた。
もしかすると先ほど見かけた大百足を捕捉したのかもしれない、奴らは互いを食い合うので、放っておくのが一番だ。
どうやらこの森は、想像していたよりも危険な森であるらしい。
木漏れ日が差す場所を通り過ぎ、綺麗な水の流れる小川を越え、光の降り注ぐ場所に向かっていた。──そこは出口ではない、木々のない広くなった空き地だろう。
離れた位置から生命探知を掛けると、その場所には四匹の子鹿らしい生き物が居た。
そっと木陰から窺っていた俺に気づいた子鹿が、小さな鳴き声を上げ、ぴょんと飛び跳ねて背中を向ける。他の三匹もその子鹿につられて、ぴょんぴょんと跳ねて木の間に向かって逃げて行く。
俺は光が降っている広場に足を踏み入れ、そこに生えている草などを調べてみたが、目を引く物は見つからなかった。たまたま樹木が生えなかっただけの場所であるようだ。
見ると森の方から恐る恐るといった感じで、子鹿たちがこちらの様子を窺っている。
「別にお前たちを取って食いやしないよ」
周辺を見回して、落ちている石や木の実の殻などを無視し、その場をあとにする。
開けた場所から森の中へ入ると、また小川に差しかかった。こちらの水も透き通っていて、川の中を泳ぐ小魚が見えた。キラキラ、キラキラと鱗が銀色の光を反射している。
その光の中に赤い光が混じる。
「お? もしかして……」
水の中に手を入れると、冷たい水の底にある石を拾い上げる。──それは紅玉の原石。
それも結構な大きさがある。
「そうか、この森も足を踏み入れる奴が居ないからだな」
小川は地面に窪みができたところを流れている、灰色の砂利が多い川底が見え、そこにいくつかのキラキラとした光が見えた。
「使役獣に水の中でも活動できるものが居ればなぁ……」
いちおう影鼠を呼び出してみたが、小さな鼠は水の速い流れに流され、浮いているだけだ。
「だよな」
俺は駆け寄って行って、小さな鼠を救出してやる。陸地に置いてやると、鼠はあまりに寒そうにしているので、影の中へと戻してやった。
「水の中で原石を回収して戻って来るとなると、そこそこの大きさも必要だな」
水中に潜って生活する生物──魚類は考慮しない──で、水陸のどちらでも活動可能となると、両生類か。獺なども居るが……
そうした生き物が霊獣の楽園に居るかどうかは分からないが、水の中でも活動する蛇や蜥蜴くらいは居るだろう。こんど霊獣の楽園に行った時は、水辺を探してみるとしよう。
そんな事を考えつつ、川の底を見ながら少し南下したが、宝石はそれほど見つからなかった。翠玉や柘榴石もあったが、合わせて五個だけだ。
それらを保管し、再び東へ向かおうと歩き出す。
その時、森の奥から激しい音が聞こえてきた。
一斉に鳥たちが羽撃きと、叫び声を上げて飛び立つ。
まるで森の悲鳴だ。
巨大な百足と蜘蛛が戦っているのだろうか。それにしては樹木に叩きつけるような、鈍い衝撃音が遠くから響いてくる。
なにかの生き物の声も聞こえたが、その声もふっつりと聞こえなくなり、森の中に静寂が戻ってきた。
この森は危険だ。
そう感じた俺は、先を急ぎ始める。
森の中の湿度はだんだん穏やかになってきた。木々の間が開けており、風が入り込んできている所為だろう──出口が近いはずだ。俺は周囲を警戒しながら進み、光の差す森の出口に向かって行く。
出口付近で、大きな体の猛獣らしい影が生命探知に引っかかった。それを避ける為に少し迂回する事になったが、木と岩の間を抜けてついに森の外へ出た。
乾いた風が流れてくる、森の方へ向かって──さっき見かけた猛獣の方に、匂いが流れていくかもしれないが、森の外まで追って来るかは分からない。仮に森の外へ追って来るとしても、こちらは対応策がある。問題はない。
草原が広がり、遠くに林や丘や川が見えている。──町は見当たらなかった。南側には東に伸びた森の一部があるので、その向こうに行けば町が見えるかもしれない。
この辺りはまだアントワ国の領土のはず、風景は森の西側と大した違いはないが。
アントワとシャルディムの間にあるマハラ山脈が北西に延び、広々とした草原が北や東にある。シャルディムはアントワの東側に面し、地図によるとこの辺りから北東に行けば、シャルディムの町や村があるはずだが……
そちらに向かう予定はない、今回の旅の目的は海から南にある島へ渡る事だ。
南東に向かいながら周囲を見回していると、東の方に変わった岩が立ち並んでいる場所を発見した。それは森から離れた場所にあり、俺の興味を引いた。
(また異界に引きずり込まれたりしないだろうな……)
そんな思いが頭の中をよぎる。
近づいてみると、それは岩ではなく石碑だと知った。二つの大きな岩の間に二つの石碑が建てられているのだ。
おかしな反応はない、俺は慎重にその石碑に近づいて行き、二つの大きさの異なる石碑の周りをぐるりと回って確認した。
それはここでおこなわれたシャルディムとアントワ、二つの国の戦争について書かれていた。
今から四十年くらい前の戦争についての慰霊碑であり、自国の軍がどれほど強いかという事を謳う石碑だ。──森を越えて進軍してきたアントワの軍勢三千を、シャルディムの軍勢千二百が打ち破ったという事が書かれている。
ここにある言葉が真実かどうかは疑ってかかるべきだろうが、もう一つの小さな石碑を見ると、ここが国境であると示していた。
森からだいぶ離れた所まで来てしまった。南へ向かうつもりだったのだが、石碑を発見してつい東に歩き続けていたみたいだ。
戦場跡か……俺はシャルディムに背を向ける形で、南へ向かって歩き出す。この辺りはだだっ広い平野で、いくつかの丘や林が平野の周囲に点在しているだけの空き地。
草の生えた場所を避け、乾いた地面を歩いていると、近くの草むらからなにかが立ち上がってきた。
「うげ……また死霊かよ」
それは肉の無い骸骨の兵士だった。
昼日中だというのに、錆びた剣を手に、こちらへ迫って来る。
その背後で次々と三体の骸骨兵士が立ち上がるのが見えた……
なにかあると思わせて、森では危険な目に合わないパターン(笑)
次話では、レギが抜けた森の事について語られます。




