連続殺人鬼の正体
浴場で二つの事を済ませた俺とライカは部屋に戻り、これからどうするかを話し合った。折角だから他の娘の所へ行こうかな、と口にすると──彼女は一瞬、むっとした表情を見せたが「お好きにどうぞ」と応える。
彼女の怒る姿を見るのは楽しい、彼女を抱いている時は、こちらが責めているにもかかわらず、彼女が主導権を握っているように感じるのだ。演技で喘いでいるという事ではなく、男の扱いに慣れ過ぎて、無意識に彼女が、他の男と俺を比べているのが伝わってくる感じがした。
それはほんの少し不快な気になった。
俺が正直にその事を話すと、彼女は「考え過ぎですよ」と言って笑う。いつでも彼女の笑顔は美しいが今は寂しげだ。
「でしたら若い娘がいいでしょう。私みたいに擦れていないでしょうから──いいえ、別に怒ってなどいません」
ライカはそう言うが、その言葉からは不機嫌さがはっきりと現れていた。このまま気まずくなっても仕方ないので、外へ食事──あるいは酒を飲みに行こうと誘うと、彼女はにっこりと微笑み「それでしたら良い場所が」と答えたのである。
夕闇が迫りつつあったが、歓楽街は人で賑わい始めたばかりである。荷物はライカの部屋に置いて来たが、魔剣は身に着けて行く、彼女はそれを見てこう言った。
「もしかして、例のお話しを聞いた事がおありなの?」
「ああ、連続殺人鬼だろう? 知っている。魔物が犯人だという噂もあるらしいが」
「この辺りは夜こそ人が多いですが、深夜を回れば、やはり人の出は少なくなりますからね。その時間帯以外なら大丈夫だとは思いますが……」
彼女はそう言いながら、正体の分からない殺人鬼に怯えているのは明らかだ。
何故だろう。夜が近くなり薄暗い空が広がり始めると、俺の中にも見えざる者に対する不安が、ざわざわと心を浸食してくるのだった。数々の魔物と戦い、倒してきた俺が何故姿を見せずに、こそこそしている者を警戒しなくてはならないのか。それはおそらく、相手が「人間に化けている」かもしれないからだろう。
しかし俺には魔眼がある。
この眼の力を誤魔化す事が出来るのであろうか──実は、その事が気になっているのだ。微妙な魔力の変化にも反応する魔眼が、魔物の気配を──そう意識しながら使っているのに──察知できない事があるとは思えないのだが、果たして……
俺は街中を歩く者の中に魔物が紛れ込んでいないか、魔眼を使って調べているが、ライカが勧める料理屋に入るまで、おかしな気配を放つ人間は居なかったのである。
料理を注文して彼女と共に食事を食べていると、ライカは俺の来歴についていくつか質問し、しばらくはこの街に居るのかと尋ねてきた。
正直に明日の朝には街を離れるつもりだと説明する。
「そうでしょうね……男の冒険者はいつも女から女へと乗り移るみたいに、街を転々とするものですから」
「うん、あながち間違っちゃいない」
開き直った様にそう言うと、彼女は軽く脛を蹴り上げてきた。二人でしばらくお茶を飲み、食後に軽い酒を頂いてから宿へ戻る事にする。少々店の中で話し込んだ事もあり、外に出ると空は真っ暗になっていて、星空には青白い丸い月が顔を出していた。
そんな時である、離れた場所から悲鳴が上がった。煉獄の蒼い館がある方向からだった。俺とライカは小走りに人の集まっている方へ向かうと、そこには地面に飛び散る血がいくつか転々と落ちているのが見えた。
周りの人間が「上から降ってきた」と言っている声が聞こえ、俺は魔眼の力を使って建物の上を探ってみた。──屋根の上を四つ足で走って行く赤黒い影が見える。
「ライカ、君は先に部屋に帰れ。すぐ戻る」
後ろから「あなたは」と言う声が聞こえたが、俺は走り出し、屋根の上を移動する者を追跡する。
そいつは三軒ほど先の建物の屋根まで来ると、何かに入り込む動きをして、探査魔法から姿を暗ました……煙突か! 俺はその建物の裏手に回り込むと裏口を探し、それを見つけた。
空き家ではない、ここは少々寂れてはいるが、普通の娼館──いや、売春宿のようだ。
小さなドアには鍵が掛けられていなかった、好都合だ──俺は剣の柄に手を掛けて一階を探したが、それらしい影は見当たらない。
二階にも反応は感じられない、視線を下に向けて魔眼の力を強化し、探索を続けると、地面と木の床板を貫いて地下に赤黒い影を見つけた。近くに居た女の肩を掴んで地下への階段はどこだと声を掛けると、相手の女は薬で頭が溶けかかった女で、地下でスルなんてお客さん好きだねぇ──と、ケラケラと笑い出す。
その女を壁に突き飛ばして、薄暗い廊下を歩いた先にある突き当たりのドアを開けると、地下への階段を見つけた。地下への階段はぎしぎしと音を立てるので、地下に居る相手には筒抜けだろう。
俺は壁に架けてあった角灯に火を点けると、それを片手に、反対の手には魔剣を持って、地下室の剥き出しの地面へと下り、魔眼で土の壁を突き通して、隣の部屋に降り立った相手の赤黒い影を目で追う。そいつは口元を何かで拭うと仕草をし、素早い動きで何かを羽織る動作をした──
こいつはやはり、人間の振りをして生活しているのかと、嫌な胸のむかつきを覚える。
赤黒い影は部屋の向こうで服を着替え終えると、ドアのある場所へ向かって歩き、何の躊躇いもなくドアを開けて、こちらの部屋へ入って来た。
「きゃっ、……なんだ。お客様、どうかされましたか?」
現れたのは緩やかに波打つ黒髪をした色白の女であった。見た目はどこにでも居そうな街娘の雰囲気を持っているが、その気配の中には隠しようない物が潜んでいるし、今でははっきりと、それが感じられる──血の匂いが、その女からは嗅ぎ取れるのだ。
「おかしな奴を見なかったか」
「いいえ、地下室には何も……誰もおりませんでしたよ」
女はそう言いながら俺にお辞儀をし、横を通って階段へ向かおうとする。
「そうか、ところであんた……」
俺が背後から声を掛けると女は立ち止まり、背を向けたまま、じっと動かなくなる。
「地下室は真っ暗だっていうのに、何で明かりも持たずに部屋を移動できたんだ?」
俺は返事を待つつもりは微塵もなかった。薄茶色の衣服を着た女の背後から脇腹を狙って斬り付けると、女の物とは思えない悲鳴を上げて、地下室に唸り声を木霊させた。
「ギシャァアァァァアァッ!」
青い血を出血させた脇腹を押さえながら振り返った女は、灰色の皮膚の化け物へと姿を変え、黄色い瞳を爛々と怒りに輝かせて飛び掛かって来た。
長く鋭い爪で攻撃しようとしたが、そんな攻撃はお見通しだ。前蹴りを胸の中心に叩き込み、後方へ吹き飛ばして奴を壁に叩き付けると、一気に踏み込みながら、心臓を狙って魔剣を突き刺す。
地下室から建物中に響くような断末魔を上げて、灰色の殺人鬼は口から青い血を吐き出した。魔剣を捻って横へ薙ぎ払うと、胸元からも青い血を大量に零れさせて絶命し、完全に動かなくなる。
叫び声を聞きつけた娼婦や、売春宿の客が角灯などを手に地下室へ降りて来た。怖いもの見たさであろうか、何があったのかと俺に問うので、灰色の皮膚を持つ化け物を指差して「ガーフィド(夜に徘徊する者)」だと説明し、「普通は墓地の死体を狙う筈だが、こいつは美食家だったのか、冷たい死体よりも暖かい内臓を好んでいたらしい」と言いながら、剣に付いた青い血を拭っていると、この売春宿の主人らしい男が現れてこう言った。
「なんで家の地下にこんな化け物が居るんだ」
俺はその男に煙突から地下へ忍び込んでいたようだと声を掛けて、後始末は衛兵にでも頼めと言い置いて、その宿を出ると、煉獄の蒼い館へ戻る事にしたのである。
蒼い建物に戻って扉を開けると、一階中央にあるいかがわしい石像の下に居るライカと目が合った。彼女は俺に駆け寄って来ると、何があったのかと尋ねる。
「血を零して行った奴を叱ってやっただけ」
と肩を竦めると彼女は、ほっとした様子で「バカな事を言わないの」と言いながら体のあちこちを確認し「怪我は無いようね」と笑顔を見せた。
俺はもちろんだと近くを通った女の尻に手を伸ばし、柔らかい臀部を優しく掴むと、その女は体を寄せて来て耳元でお叱りの言葉を優しく口にしたが、ライカはそれを見て怒り出し、俺の腕を掴むと、自分の部屋へ引っ張って行くのだった──
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翌朝に目が覚めると、両脇に二人の女を寝かせていた。一人はもちろんライカだが、もう一人は──そう、昨日の夜に尻を触ってお知り合いになった白い肌が艶めかしい女だ。彼女はライカとも親しい間柄の娼婦であったが、その日は客が取れなかったというので、俺の相手をすると決めたらしい。
ライカは断固拒否の姿勢を取ったが、俺が二人の尻を掴んで部屋に戻る頃には、三人で仲良くしようという手筈になったのだ。
ライカの友人は最初は控えめに、俺の相手をしようというくらいの構えだったが、俺が彼女の足の間に体を入れる頃には、すっかり自分から求め出し、友人から男を寝取ろうとする淫婦へと、変貌してしまったのだった。
こうして楽しい夜を過ごした俺は(若干ライカに睨まれながら)二人に金を払い──ライカには金貨を手渡して、機嫌を直してもらった。──朝の湯浴みと朝食を頂いてから、二人の美女とお別れする事になった。
一時の二人の愛人だったが、彼女らは玄関まで送り出してくれた。甘い一時の楽しみではあるが、寂しさもまた格別だ。罵り別れる女とは違い、後腐れがない。
二人が残した柔らかい肌の感触を思い出しながら、馬車の停留所まで向かう。
道の先で衛兵たちが、まだ例の化け物に棲み着かれていた売春宿を調べていた。ガーフィドを退治したという噂はすぐに広まるだろう。もしかすると報奨金が出るかもしれないが、今は次の町へ向けて旅立つのが先だ。
停留所には数人の先客などが居て、始末された殺人犯の事や、夕べ抱いた女の事などで盛り上がっている。
次の町──ダンベイテの町は、ここよりも小さく、鉱山のある辺境に一番近い町だという事だ。そこより先にも宿場町はあるが、今では廃れた鉱山に一攫千金を求めて入植した連中が残っているだけで、村とも呼べない代物だという。
何しろ荒れ果てた場所にある鉱夫の溜まり場だ。「半分死にかけですよ」とは馬車の御者が口にした言葉だが、おそらくは正しいのであろう。
田舎町へ向かう馬車だというのに若干値段が高めなのは、魔物や亜人種から馬車を守る護衛を多めに雇っているからだと説明する御者、俺は彼に金を支払うと、馬車に乗り込んで出発まで少し体を休める事にした。