魔神の懸念、神霊領域と霊獣の獲得
第八章「失墜した者ども」開幕です。
やっとアントワ国からルシュタール国に入るレギ。
旅と冒険、ところがその先で奇妙な場所に引き込まれ──?
今までとちょっと違う、異質な者が集う街に迷い込む……
『妙じゃ』
レギを守ったという報告を終えた魔神ティエルアネスを前に、蟇蛙の様な姿をもつ魔神ベルニエゥロが口にする。
「なにがでしょう」
『いや──ファギウベテスの事じゃ。あやつの光体を呑み込んだはすじゃが……奴め、もしかすると儂に捕らえられる前に、存在の根源を分け移していたのやもしれん』
ベルニエゥロはそう言うと、思案をするように黙り込んだ。
「レギに知らせた方がよろしいですか?」
人の姿を取ったままのティエルアネスが言った。
『……いや、そこまで手を回す必要はなかろう。あ奴が真の魔導師ならば、力を削がれた中級魔神ごときに遅れは取るまい。……じゃが──』
そう口にして三つの眼を閉じ、思惟を始めるベルニエゥロ。
『ふむ──まあ、ファギウベテスの事は伝えておくか。奴が生きていてレギを狙うとしたら、こちらの不手際でもあるしのぅ。ティエルアネスよ、頼めるか?』
すると女は無言でにっこりと微笑んだ。
なにやら企みを隠したような表情にも見えるが、彼女の過去を思えば、謀反や裏切りといったものに対する嫌悪は計り知れず、彼女が謀をするとしても、おそらくは直接的な力の行使に及ぶと思われた。
「承りました」
ティエルアネスはそう言うと、謁見の間を下がって行った。
* * *
「天使を倒し、その核を封印した! さらに神霊領域をも奪い取ったぞ! これ以上ない成果だ!」
歓喜と興奮が沸き上がる、自然現象を偽った、忌ま忌ましい攻撃を仕掛けてきた神の使いを排除し、その力を結晶化し捕らえた。
ここから新たな旅の始まりを迎える、そんな気もする出来事だ。
幽世と現世の狭間を浮遊するこの「神霊領域」は、地上のみならず天上の存在からも隠された領域だ。もちろん魔神からもこの領域を調べる術はない、こちらから接触していこうとしない限り、見つかる事はないだろう。
魔術の庭とは違い、物質的な領域でもあるこの大地は、色々と使い道がありそうだ。
俺は噴水に似た円形の台座の中心に天使の霊核を置くと、その台座に転移用の呪印を刻みつける。
「この領域を探索しよう」
それほど大きな大地ではないはずだが、中央にある台座から四方に石畳が延び、ある場所には大きな岩や丘がある。丘の下にある岩の下あたりから水が湧き出し、それが小さな水流となって流れていく。
その水の流れる先に向かうと、大地の端に辿り着いた。
この領域は魔術の庭と同じような造りをしている。ほぼ円形状の大地が、現世と幽世の狭間をぷかぷかと浮きながら漂流しているのだ。
水は大地の端から静かに流れ落ちていった。
この大地は完全に神霊の力で独立している。空気に満ち、水が湧き出し、魔力や霊気によって成長する草花もある。独立した世界なのだ。
世界の狭間にある神霊領域の大地。ここを物質界に近い拠点とし、常に現世の近くに配置するよう設定しよう。
そうすれば大きな魔力を消費する「転移魔法」よりも、少ない魔力の消費で済む「次元転移魔法」で、この神霊領域に転移できるだろう。その為には、俺の肉体に近い領域を移動するようにしなければならないが。
そうした「設定」は中央の台座に置いた結晶で操作を可能にした。そもそも台座に、この大地の移動を可能にする力が設計されていたのだ。天使がこの上に乗っていたのは、大地の操縦をしていたからだろう。
俺は天使を封じ込んだ結晶を使って細かな設定をし、俺の肉体を追従する移動行動を設定した。(俺の霊体との)霊的な結びつきのない天使にはできなかっただろうが、肉体の持ち主である俺には、そうした細かな設定ができた。
この大地でも植物を育てたりする事もできる、ここで薬草や野菜を育てておくのもいい。入るのに魔力を必要とする野営地としても使える。旅先で雨が降ったり、望ましい野営地が確保できなかったら、この神霊領域に来るのもいい。
魔術の門を開いたとき以上の楽しい気分だ。まさにこの領域とは、秘密基地を獲得した気分に似ている。いや──もはや土地を領有したのと同じ、これからこの土地を耕地にしたり、家を建てたり……
そう考えるとわくわくする。
「耕作する農具なども必要だな」
そうした物はどこかの町で手に入れる方が早いだろう。自分で作ってもいいが、農具の製作は鍛冶屋に頼んだ方がいい。
大地との格闘は幼少期に済ませている。あの痩せた固い地面を子供の力で掘り進めるのは、本当に大変だった。
その固い地面を掘り起こすにも、鋼などの強靭な金属から作られた農具もなく、先の丸まった鋤や鍬などしかなかったのだ。
子供のころからそうした経験をし、それを改善するには、鋭く尖った、固い農具の必要性を感じたものだ。もちろん子供の知識と力では、そうした物を手に入れる事はできなかったが、それでもなんとか地面を掘り返し、山から持って来た薬草などを生活圏で育てられないかと、研究をしたりもした。
実りの少ない研究ではあったが、一定の筋力と忍耐力は身についたと言えるだろう。
低い丘の上に上がると周囲を見渡す。丘の中央には表面が平らな岩が置かれていた。まるでテーブルだ。大きな白い岩の周りにも、そこそこ大きな岩がいくつかあり、その一つを椅子の代わりにして腰かける。
影の倉庫から革袋などを取り出し中身を確認すると、宝石の原石や金貨の入った皮袋をテーブル岩の上に置く。他にも使わない物や貴金属を、ここに置いていく事にした。
「ここなら盗まれる心配もない」
岩の上にはかなりの量の品物が置かれた。
皮袋の中身を確認していた時に、鰐蜥蜴の尻尾が出てきた──そうだった、焼いて食べようと思って切り取ったのを忘れていた。
「今日の昼食にでも食べるとしよう」
そうだ、ルシュタール方面に向かって移動しているのだ。ずっと先に見えていた森があった、あの森に入る前に昼食を取る事にしよう。
「それまでできる限り森に近づいておきたいところだ」
俺は天使から奪い取った領域から現世に戻り、旅を続ける行動に意識を向ける。戦闘を潜り抜けたが大きな怪我もなく、体調も万全に近い。
森はかなり遠くに見える。
今日の夕方前には森の手前くらいには着けるだろう。経験則だが、ゆっくりと体力を温存しながらでも、余裕をもって行けるはずだ。夜に森の中を移動するのは危険だし、困難だ。
暗くなる前に森の手前で野営し、朝になったら森に入ろう。森を抜けるのは大変だと思われるが、その先にルシュタールと国境を接するアントワの町があるはず。
地図には「メアキブ」と町の名前が表記されている。
その地図上では森の大きさはなかなかのものだが、南側に長い形の森らしいので、東に森を抜けてから南東に向かう経路がいいだろう。そんな予定を考えつつゆっくりと、足に疲労を残さないよう気を使いながら歩き、ときおり岩などに腰かけて休憩を取ったり、足を揉みほぐしたりして、時間を調整しながら夕方まで歩き続けた。
そこまで来ると南東側の視界には、鬱蒼とした森だけが見えるようになった。夕日を浴びた森の木々が不気味に浮かび上がる。
樹木のそばに大きな岩がある場所を拠点とすると、周囲の空模様を窺う。──雲はほとんど見当たらない、色から判断すると雨雲ではないだろう。
そこに石や薪となる木の枝を集め、小さな炉を用意する。暗くなる前に火を熾すと、灌木から大きめの枝を伐り、その枝から串を作って、皮を剥いだ鰐蜥蜴の尻尾を串に刺す。
時間をかけてゆっくりと火を通しつつ塩を振ると、脂が表面に溶け出して、じゅうじゅうと音を立てて香ばしい匂いを放つ。
水を飲み、固めのパンと一緒に尻尾肉を食べる。淡泊な味だが噛み応えがあり、根本の近くには脂身も多かった。
「力が出る味だ」
筋肉の繊維がしなやかで、それを噛み切るのが心地好い。野生味のある旨味もあって、赤葡萄酒と一緒に味わうと、あっと言う間に尻尾を一本たべてしまった。
結界の中で眠る支度を済ませると、霊獣の楽園へと入り込んだ。
そこで霊獣を成長させようと考えた。
まず影鼠を呼び出して周囲の植物などを食べさせたり、他の倒せそうな霊獣を探して攻撃させる。──まあ、この小さな鼠が倒せる存在などほとんどなさそうだが。
鼠たちに集団行動をさせ、俺は他の霊獣も操って戦わせる。──鉄鋼蜂と旋隼を一緒に行動させ、この二匹が発見した霊獣を、影鼠とも連携させ、攻撃させた。
こうした地味な活動をしつつ、他の利用できそうな存在を探し求め、「針鼬」や「朧蝶」や「電甲虫」を倒して解析した。
この三種類以外にも影鼠や地霊蛇などを倒しつつ、使役獣の成長を促す。
「針鼬」は鋭い棘を背中に大量に背負った鼬だ、骨に似た材質の針を飛ばしてくる。動きは速いが大して強くない。
「朧蝶」はぼんやりと発光する蝶で、光の鱗粉を撒いて辺りを照らしたり、幻惑を見せたりできるらしい。これは役に立ちそうなので契約しておきたいところだ。
「電甲虫」は天牛に似た細長い体をした大きめの霊蟲、五十センチくらいの体長があった。触角から放電し電撃を撃ち出してくる霊蟲だ。
旋隼はこの霊蟲を糧としているようで、一撃で致命傷を負わせると、ひっくり返った虫を地霊蛇が止めを刺す。
電甲虫もそれなりに使えそうだったが、まずは朧蝶を捕らえようと思い、探し回った。
二匹目の鉄鋼蜂と契約し、二匹の蜂を飛ばして蝶の姿を探索する。
草原を歩いて丘や林の間を通っていた、──森の中に入るのは止めておいたのだ。猛獣の気配があったし、今は弱い使役獣を育てながら、能力の使えそうな霊獣を捕獲する事に専念する。
森から飛び立った色彩の鮮やかな鳥が、長い尾を引きながら岩山の上に降りたのが見えた。
丘の周囲を回って移動し、大きな岩棚が密集する場所までやって来た。そこは背の低い岩山が多く、岩の上に草木や苔が生え、辺りからは小さな鳥の鳴き声や虫の音が聞こえてくる。
平べったい岩が棚のように積まれた地層を調べていると、岩山の陰で地霊蛇が別の地霊蛇と戦闘になったのを知った。
すぐに鉄鋼蜂と旋隼を援護に向かわせ、二匹の地霊蛇を倒して喰らう蛇と鼠。
こうした捕食行為で相手の能力を取り込む事もあるらしい、上手くいくかは運しだいだが。
霊獣たちの戦闘はだいぶ戦略的になってきた。だいたいの指示は出せるが、思い描いたとおりに動いてくれるかは、相手との相性と状況によるらしい。
「影鼠はけっこう指示を聞いてくれるな」
念話(精神感応)のようなもので指示を出すのだが、偵察行動などはけっこう自由気ままな感じで、周辺を探るだけだった。規則性を身につけるのは難しいのだ。
特に蛇は、なかなか指示に従わない感じだ。戦闘になると勝手に攻撃し出すし、索敵も勝手におこなっている。
(しょせん爬虫類か……)
などと心の中で悪態を吐いてうっかり聞こえたら大変だ。……いや、言葉では伝わらないのだ。あくまで心象での指示を出している状態だ。
「とにもかくにも、まずは朧蝶を探そうじゃないか」
俺は続けて鉄鋼蜂と旋隼に上空からの索敵を指示する。いちおう隼は空に舞い上がり、獲物を探すみたいにぐるぐると旋回を始めたが、蝶を見つけるのは同じ昆虫系である鉄鋼蜂の方が早かった。──今度は捕獲するので慎重に戦闘を進める。
地霊蛇は影の中に退避させ、蝶に逃げられないように蜂を移動させると、俺は白くぼうっとした光を放つ蝶に近づいて、棍棒の一撃で相手を昏倒させる事に成功した。
50万字超えてましたね。
このままだと百万字を突破しそう……
まだ五柱の魔神のうち三柱にしか会ってないのに~




