霊獣の楽園の探索
魔術領域で、霊獣などの「使役獣」を捕獲したりして遊ぶ(割と命懸け)レギ。
「さて、そうした個人的な感情は置いておくとして、あとは邪神の送り込んでくる敵への対処と、天使への反撃方法を考えておかなければ」
天使の遺物から得られた知識で対抗魔法を作ったが、より奴ら天上の存在に有効な手立てについて研究する。天使を倒し、その力のありようについて調べる事ができれば、さらなる力を獲得し、それで邪神や魔神にも対抗する力を作れるかもしれない。
天使の攻撃も、新たに手に入れた「魔晶盾」で防げるように、「光体波動」と「親和波長」の理論を組み込んだ、改良型の魔晶盾も作製し、準備しておく。
天使の羽根を解析して分かった事を元に、一応のものは作り上げたが、波動なので、波長が異なる光体波動に対応できるように、微妙な調整が可能になっている。おそらく上位存在の階級の違いによって、大きな差異があるはずなのだ。
そうした強大な上位存在の躯である光体は、まだまだ俺の手に余るものであるだろう。
「それでも──天使を倒せれば、あるいは……」
俺の無意識に封じ込めた「神への憎しみ」が俺の背中を押す。それは燻り続ける炎。天上の存在と対峙した時にその怒りの、復讐の炎がきっと俺の支えとなるだろう。
強大な力や、抗いがたい存在に立ち向かおうとする時は、むしろ非合理的な感情が重要になる事も多い。
ただ魔術の場合はあくまで、冷静に感情的になるのだ。強い衝動に押されながらも冷静に、状況を見極める目や、判断力を失ってはいけない。自らの求める結果の為にあらゆる手段を使う魔術師とは、己の感情も他人の感情もすべて利用して行動する必要がある。
訓練場で模擬戦をおこなう。敵の攻撃を魔晶盾で受け止める練習。
何度も何度も様々な攻撃方法に対して、防御と反撃の訓練をおこなう。
感覚的に魔法の行使ができるようになってきたのを確認すると、今度は「霊獣の楽園」に意識を集中する。あちらの世界で使える魔法を増やす為に調整しなければならない。
俺は闇の中を突き抜け、霊獣の楽園まで移動した。
* * *
前に降り立った丘の上にやって来た。
周囲をまずは警戒し、近くに生物が居ないのを確認すると、木陰や岩陰を探し求める。
丘の下にある大きな岩の陰に移動すると、そこで「影の檻域」から鉄鋼蜂を呼び出し、周囲を警戒し守らせる。──この蜂だけでは不安だが、今回はこの領域で霊獣を捕まえる為に用意した、特殊な棍棒も持ち込んでいるし、他にも影の倉庫とも接続できた。
あとはこの次元で魔法の行使をおこなえるように、意識領域を変えていく必要がある。
──────かなり長い集中をして、魔法を使えるように接続領域を構築したが、初級の魔法から中級の魔法、魔術のいくつかを使用可能になるまでに、かなりの時間を消費してしまった。
慣れるまでに時間がかかったが、これからはもう少し速く取り組めるだろう。この領域の属性力と接続する経路を作ったので、属性魔法に関しては、ここでの魔法使用の経験を積めば問題なくなるはず。
その時、鉄鋼蜂がなにかを発見したのが分かった。
蜂はこちらへ向かって来ている生物を発見したらしい。
蜂の視覚に接続しようと取り組んでいると、ぼんやりとだが、その視野を利用できるまでになった。
上下に動きながら、地面が剥き出した場所を見ていると、小さな草むらの中から蛇が現れたのだ。大きな蛇ではない、たぶん三メートルほどの体長しかない。
しだいに慣れてきた俺は、蜂の視野から解析魔法を使用し、その蛇を解析に掛ける──うまくいった!
その蛇は地の属性に関する魔法を操るらしい。大した力がある訳ではないが、石や土を礫として投げつけるくらいはできるだろう。もしこの蛇も成長させる事ができたら、もっと強力な魔法も使えるかもしれない。
そんな事を考えていると、蛇は蜂に気がついたらしく、鎌首を持ち上げて口を開くと、近くにあった石を撃ち出してきたのである。
蜂はさっと回避して蛇に襲いかかった。
俺は慌てて蜂の視界から接続を解くと、岩陰から立ち上がり、蜂の居る方向へ歩き出す。棍棒を手に戦いの場に向かうと、蜂が空高く飛び上がり、蛇の注意を逸らしてくれる形になっていた。
「これはいい」
適当な位置から風の魔法を使い、蛇の頭部に直撃させる。
衝撃を受けた蛇は地面に転がって動かなくなった、気絶させる事に成功したらしい。
鉄鋼蜂は蛇の体を掴むと、それをこちらへ引きずって来た。
「よし」
俺は影を伸ばして蛇との契約を済ませると、それを影の中へ取り込んだ。
解析によると「地霊蛇」という名前が付けられていた。魔法を使う蛇という事だが、まだまだ他にも魔法を使う生物が居るだろう。注意して進む事が必要だ。それと霊獣の楽園に来るにあたって、いくつかの接続箇所を探しておいた方がいい。
蜂を上空に飛ばして警戒させながら、周囲を見回していると、ここには普通の大きさの虫や鳥、兎や鼠などの小動物も多く居るのが分かった。
羊に似た生き物も居たが、それは近づく前に逃げられてしまう。
蛇の姿もあったが、好戦的なものではなかったらしく、俺の姿を見つけると、するすると草むらの中へ姿を消してしまった。
遠くに見える林や森へ向かっていると、空の方からなにかが鉄鋼蜂へ向かっているのが見えたので、俺は蜂を地面に降ろすと、影の中へと退避させる。
「ピゥウィィ──」
などと甲高い鳴き声を上げる、大きな隼に似た猛禽類は、俺に向かって襲いかかってきた。俺の太股くらいの大きさだろうか、翼を広げれば、腕を広げた俺の肘の間くらいの大きさはありそうな奴だ。
鋭い鉤爪を持った真っ青な隼。
その嘴も鋭く尖り、真紅に輝く紅玉のような光を反射する。
琥珀色の鋭利な爪といい、この生き物はまるで、宝石で彩られた隼であるらしい。
すんでのところで突進を回避した俺は、青い隼の動きを見て、近寄って来るところを狙う事にする。大きく旋回する隼、奴が接近してきたところで雷撃の魔法を使う。
「バシィイィィン」
威力はそれほど高くない雷の一撃。
隼も風の攻撃魔法を使おうとしていたらしかったが、その前に雷撃を受けて落下した。
隼は草地に凄い勢いで叩きつけられた。さらにごろごろと転がって、岩に激突したのだった。
俺は棍棒を手にして落下した隼の元に向かう。
棍棒には魔法を封入した宝石が取り付けてある。これで殴ると衝撃が増幅して、相手を気絶させやすくなるはずだ。……と思っていたのだが──隼は岩に激突した所為か、すでに気絶していたのである。
これは重畳そんな風に考えて、すぐに契約し影の中へと取り込んだ。──変わった生き物だ、本当に嘴や爪が宝石でできている。突撃しての爪攻撃は危険だ、貫通力が増加する効果を突進時に付与しているので、爪以外の部分にかすっても危ない。
「風の力を持った『旋隼』か」
取り込んだ霊鳥を解析すると、名前や能力も確認できる。それはこの領域の魔術的な力に記録されているのである。ここの領域と接続した解析魔法を使用する事で、確認が可能になった訳だ。
この領域に存在する霊獣をもっと捕獲して、有益な使役獣を従えるようになりたい。
魔法の領域に住む希有な魔法的存在たち。ここの霊獣は魔法を内在した力で構成されているのだから、他の霊獣には強力な力を持つ者も居るはずだ。
「楽しみだな」
林の近くまで来ると、慎重に周囲の生命探知をおこなう。この場所には小さな生き物の姿が見えたが──魔力の反応はない、霊獣ではなく普通の生き物のようだ。この魔術異界にも生命の営みが繰り返されているのは間違いない。
小さな虫を食べる生き物が居て、それを捕食する鳥たちが居て、そうした生き物を食べる大型の生き物や霊獣も居るはずだ。
もう少し探索を続けると決め、今度は湖らしい場所の近くにある森へと向かう事にした。
森を抜けて青い水が広がる場所へ向かって歩く。灌木や岩の間を抜けている時に、近くの灌木の枝がガサッと音を立てて揺れたが、生き物の反応はない。
(なにか妙だな……)
次に魔力探知を掛けて調べると、灌木の下からちょろちょろと走り出す、鼠の姿を見つけた。
「『岩砕破』」
地面に手を突き魔法を撃ち出す。離れた位置の地面が爆発を起こし、土と砂の爆風を噴き上げる。
「しまった、やりすぎたか……?」
吹き飛ばされた石や土に紛れて、灰色の小さな鼠がぼとりと地面に転がった。口から血を吐いているが、まだ生きているようだ。
「よかった、これなら回復魔法と、影の領域の治癒効果で助かるだろう」
俺はすぐに鼠と契約し、霊獣として影の中へ取り込む。──その灰色の鼠には、明らかに姿を隠す力があるようだったからだ。
「この鼠、以前見た魔女王ディナカペラの使役していた鼠と、同種のものじゃないか?」
檻域に加えた鼠を調べてみると、それは「影鼠」という霊獣だと知った。
はっきり言って攻撃面では、なんの役にも立たなそうな使役獣だが、自らに認識阻害の魔法を掛けたり、結界を張ったり破ったりする、起点になる力を持っているようだ。一匹ではあまり使い道がなさそうだが、数匹を従える事ができれば、この鼠たちを利用して、簡単に結界を張る事もできるようになるかもしれない。
俺は影の中に居る影鼠──名前のとおり影に入り込む事もできるらしい──に回復魔法を掛けてやって、元気になったのを確認すると、さっそく影の中から出して、巣穴へ案内させる事にした。
影鼠はさっと駆け出して行き、いくつかの岩が密集した場所に向かうと、岩陰にある穴の中へと入って行く。
俺は巣穴の前に影を広げ、鼠がそこに入った時に契約が成されるよう術式を組み上げ、岩の上で鼠が出て来るのを待った。
契約した使役獣が巣穴から出て来ると、そのあとを七匹の鼠たちがついて来て、あっと言う間に七匹と契約し、影の檻域に加える。
六匹は二匹の子供であるらしい、大きさはそれほど変わらないが、この鼠たちを使って結界を張ったり、なにか捜し物をしたりする時に役立つだろう。
「あ、そうか。ひとまずこの魔術異界に放置しておいてもいいのか」
影の檻域に封じていなくても、影の檻域を通過して、この領域からいつでも呼び出す事ができるはずなのだ。
……ここで増えた家族は契約しないでおこう。これ以上増えてもどうにもならないだろうし、などと考えつつ色々と探っていると、どうやら面白い事が判明した。
このような霊獣は死亡する事もある為に、その子孫に自動で契約が移行し、契約した数が減る事はないらしいのだ。この世界を構築した魔術師の粋な計らいといったところか。
鼠たちは精霊に似て、共通する意識や能力の継承をおこなえるみたいだ。霊的存在のあり方については、精霊界の構造を模倣したのだろうか。まあ精霊界について俺が知っている情報が正しければの話なのだが。
とにもかくにも影鼠の核家族を使役獣にできたのはよかった。この鼠たちを使えば、河原で宝石の原石を探した時など、もっと効率よく目当ての物を集められるだろう。
「当初の目的は達成したな」
今ではもっと大きな霊獣、もっと強力な霊獣と契約したいと考えているが──無理は禁物だ。鼠たちを岩場に解放し、湖の近くにある森へ向かう。
綺麗な水が流れる小川を飛び越え、砂や石の転がる場所を通過しようとした時に、いきなり危険が訪れた。
着地した砂場の近くにあった黒っぽい大きな石が動き出し、鋭い螯で俺の足を掴もうとしてきたのだ。
「あぶねっ!」
慌てて距離を取りつつ、手にした棍棒で、その石を殴りつける。
いきなりだった為に、力を入れすぎてしまった。
「ぐしゃぁっ」と鈍い音を立てて、なにかが潰れる音がした。……それは石の甲羅を背負った蟹の霊獣だったようだ。
「ぁあぁぁ……やっちまったよ」
なかなかに重い一撃を喰らった蟹は、口から青い体液を吐き出して死んでしまったみたいだ。それは胴体だけで三十センチ以上ある蟹で、やたらと細長い螯を持っていた。
「『岩甲蟹』──切れ味の鋭い螯を持ち、固い石を背負う。脱皮を続けると体長が一メートルを超える大きな体にまで成長する。湖や川などの水辺に棲息する……なるほど」
戦闘で役に立つかは疑問だが、こんな霊獣も居るようだ。水を吐き出して攻撃する事もできるらしい。
「でかい石には注意した方がいいかな」
迂闊に近づいて、足をちょん切られてはたまらない。
そのとき森の方から「ピュゥ──ッ、ピピィッ」と茶化すみたいな、口笛に似た音が聞こえてきた。
木の上に居る鳥の鳴き声だろう。
その鳥の鳴き声に答えるように、森の中でいくつかの鳴き声が交わされる。もしかして人間が来た事を警告し合っているのだろうか?
生命探知には色々な影が映し出されたが、鳥よりも森の中に居る、豹かなにかの姿を発見して、俺はすぐに岩の陰に隠れた。
強い霊獣なら契約したいものだが──倒したり、まして気絶させるのは難しいかもしれない。
「──影の槍などの攻撃をして、同時に契約をおこなえるものがあれば……」
そう口にして──これだと思いついた。影の攻撃手段に、契約の力と繋げるものを作製するのだ。槍の形だけでなく、触手や棍棒の形に変形させる事も可能なはず。
「だが──今は止めておこう」
まずは森の手前に、霊獣の楽園に来る時の侵入地点を設定し、その日は魔術の庭へと戻る事にした。
またしばらく冒険描写が増えますが、斜め読みでもいいので、ついてきてほしいのです。
次話は水曜日に投稿します。




