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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第七章 神に捨てられた者と天使

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魔法によって隠された廃墟の街

誤字報告ありがとうございます。助かります。

 街にある建物の多くはそれほど大きな物はない、どの建物も斜めになった屋根が残っていたり、一部が崩れたりしている。

 玄関の扉が残っている建物が目につく、木製のしっかりとした扉など、くすんだ色をした扉がいくつも残っていた。


 大きな建物は壁に囲まれた敷地の中に建っていた、灰色の石や白っぽい石で組み上げられた建物。一階にも二階にも窓があり、いくつかの窓には戸が残っている。

 大きな建物は街の権力者が住んでいた建物を思わせたが、半壊した扉を開けて中へと入ると、そこは屋敷であるようだ。二階へと続く階段は崩落していて、二階へ上がる事は難しそうだ。

 一階を歩いて部屋のいくつかを探してみたが、書物などは見つけられなかった。


 執務室かなにかの壁に様々な種類の鍵がかけられ、そこに古い言葉で文字がつづられている。文字を見る限り古代の言語ではなく、少し前の時代のアントワ周辺で使われていた言葉だろう。この辺りの国の歴史に明るくない自分には、なんと書かれているか分からない文字ばかりだったが、一つだけ本に関する言葉が書かれていたのは分かった。

 食堂や応接間らしい部屋などを簡単に探ると、屋敷の外へ出る。




 敷地の外へ出たあと周囲を見回す。改めて街の匂いを感じた、石と土に残されたかすかな人の暮らしのかおりとでもいうのだろうか。自然の中に人々が暮らした形跡が残されている──そんな感じを受けた。

 いったいいつのものかも分からないこの廃墟、ここには人々の営みが確かにあったはずだ。

 それも()()()()()()()()()()()()()

 ここは周囲から隔絶された街だったのだろうか。


「……ん、そうか」

 周辺を魔力探知に掛ける。街を取り囲む隠匿いんとくの魔法を維持している力の根源があるのではないかと考えたのだ。


 ────発見した。

 街の中心部近く、その一角にある一階建ての建造物。そこは小さな神殿のようだ。

 閉じられた石の扉に守られた建物、周囲を回って確認したが、正面の扉以外の入り口は無い。

 数段高くなった入り口にある石の床に、扉を開放した時についた跡が残されていた。そこに溜まった砂などをどかして、扉に付けられた穴に指を入れて引っ張る。

「ふんっ」

 思い切り扉を引いてやっと少し扉が開いてきた。ずりずり、ごりごりと音を立てて扉を開け、その隙間から建物の中へと体をすべり込ませると、暗い内部を携帯灯で照らし出す。


 そこは狭い空間。

 だが天井はそこそこ高く、角度のある天井を支える柱が何本もあり、魔眼を使って見ると、その天井に向かって魔力の帯が下から上へと上がっていくのが見える。

 それは建物の中心部にある床から立ち上がっている魔力の流れ、どうやら街を隠す魔法の根源はこの建物の地下にあるらしい。


 周囲の壁にはなにかが描かれているようだ。そして魔力の立ち上る中心の向こう側に一体の石像が立っている。回り込むようにしてその石像に近づいて行くと、それは翼を持った人の石像だ。土台の上に立ち、手には剣を握りしめ、正面を見()えている。


「この石像は……天使、なのか?」

 翼を持つその人物は男性とも女性とも区別のつかない顔立ちで、肩当てや胸当てを身に着けた姿で立ち尽くしている。……何故だろう、その姿を見ていると奇妙な既視感きしかんを覚えた。

 土台に突き立てた剣を握る勇ましい姿。戦いを指揮する天使のようだ。右手に剣を、左手になにか小さな物を手にしている。──近づいて見てみると、それは花のようだ。


 武器と一輪の花を手にしたこの天使の立像がなにを意味しているのか、本当のところは分からないが、この街にとって重要な意味を持っているのではないか、そう考えて建物の壁に描かれた絵を見る事にする。

 そこには天使や人の姿が描かれていた、天使が黒い化け物と戦う姿、その背後に武器を構える人間の姿もある。

 別の絵には天使からなにかを受け取る人の姿が描かれていた。ひざまずいて天使からなにかを受け取っている──花だろうか? それは光を放つみたいに金箔で飾られていた。


 天使の絵はよく見ると翼が青く、先端部分が黒い色で描かれていた。頭の上に乗った光輪は銀箔で飾りつけられている。それらにどういった意味があるかは──想像する他はない。

 建物の奥にある壁にも絵が描かれ、そこには小さな姿で描かれた天使の姿が──数体、空から舞い降りるように描かれている。天空から金色の光が降り注ぎ、その中に十体近い天使が翼を広げていた。


「ど派手だな」

 伝説の一場面を表したものだろうか。この街にまつられている天使の立像、この街に縁のある天使だろうか? 壁画を見る限りでは、この街の住人か魔法使いに天使から贈り物がされた描写がある。それがこの街を魔法で隠す理由になったのかは不明だが、まったく関係がないとはとても思えない。

 この小さな神殿に描かれた絵は、謎めいたこの街の成り立ちを伝えようとしているのだと思う。しかし魔法と強い関わりをもっているのなら、魔法に関する書物などがあってもよさそうだ。

 神殿の中を探したが紙も石版も見当たらない。壁画にも文字が書かれていない為、時代を把握するのも難しい。

 神殿を出ると近くにあった保存状態の良い建物を発見したので、その建物の内部を調べようと考えた。


 その建物は神殿よりも大きく、外観は館に近いものだった。窓なども付いているが頑丈な戸が閉まっていて、玄関の扉もしっかりと閉じられている。

「これは期待できそうだ」

 敷地内に入り扉を調べたが、しっかりと鍵がかかっていた。

 ……そうだ、あの権力者が住んでいたと思われる建物。あの中にあった壁にかけられた鍵、あの中にあった文字は……

 俺はこの建物の扉の上を見上げた。そこには銀で作られた板金に金の文字である言葉が書かれていた。

 それは本に関係する言葉。──そう、おそらくここには「()()()」と書かれているのだ。


 鍵を取りに行く道の途中、この街の様子に想像を膨らませる。多くの建物が残るこの街は──なにか外敵に襲撃を受けた訳でもないだろう、そうした跡は確認できない。

 しかしそれなら何故、この街に住んでいた人々は居なくなってしまったのか? それも図書館を完全に閉ざし、鍵をかけて。

 不可解な街の廃墟化。──街の住人全員がこの街を捨てて、別の場所へと住む場所を変えたのだろうか。それにしても、街を隠す魔法を掛けたまま居なくなる必要があるのだろうか、あの図書館の中にそうした事柄についての記録が残っていればいいのだが。


 俺は図書館の鍵を持つと、さっそく図書館へと向かった。

 鍵を外して建物の内部に足を踏み入れる。そこには紙の匂いが少し残っていた。暗い建物の中には、壁に取り付けられた携帯灯が残されており、指を近づけると──それは白い光を放つ。

「この街はやはり、高度な魔法技術が発展していたらしい」

 廊下を歩いて左右にある扉を確認したが、それには鍵がかけられていない。建物の天井は高いが二階は存在しないみたいだ。


 扉を開けて部屋の中を覗くと、左右にある壁にボタンが付いているのを見つけた。それを押すと天井からぶら下げられた金属の網の中で、携帯灯が光を放つ。

 その光の下にいくつもの棚が置かれていた。

 期待を抱いて本棚を調べる──

「おいおい」

 しかしその棚は、()()()()()()()()()()()のだ。

「期待させておいてこれかよ」

 棚のいくつかには本がぎっしりと入っていたが、それは棚の数よりも圧倒的に少ない。もう一方の部屋も確認したが、それは同じようだった。

「どうやらこの街の住人は街を捨てる時に、書物の多くを持ち去ったみたいだな」


 適当に何冊かの本を手に取ってみたが、やはり書かれている文字を読む事はできなかった。死導者グジャビベムトの霊核に取り込まれた人々の記憶の中に、アントワ国の古い時代の言葉を使っていた人が居るかもしれない。

 その記憶から言語を学べば、ここに残された書物も読む事ができるかもしれないが、たぶんここにある本は、魔法などの技術に関係するものは残されていないだろう。


 ただ、一冊の本には興味を引かれた。

 それは建物のすみに置かれた机の引き出しに入っていた一冊の小さな本。薄い革張りの装丁がなされたその表紙には「歴史」に関係する言葉が書かれている。

「これだけでも目を通しておくか」

 机の前に置かれた木製の椅子に腰かけ、パラパラとページをめくっていく。簡単に目を通しただけだが、魔術の門で複製コピーを作るにはこれで充分のはずだ。

 それほど厚さのない本の中身には簡単な素描デッサンも描かれていた。──そこには天使のような存在が描かれていたのだ。この街の存在に大きく関わっていると思われる天使の存在について書かれてあるなら、それは一読しておきたいものである。

 影の倉庫に入れておけば複製を作るのも楽だったと思い出し、その歴史の本を影の倉庫にしまっておく。


 俺は図書館を出ると、敷地内にある大きな岩に転移用の呪印を刻み、丸太と木の板で囲まれた敷地の外へ出た。

 この街の図書館に価値のある書物が残されているとは思えないが、念の為だ。

 土埃つちぼこりで汚れた石畳の通りを歩いていると、乾いた風が背中を押す。冷たい北風が「早く街を出て行け」とでも言っているみたいに感じた俺は、南東へ向けての旅に戻る事にしたのだった。


 * * *


 謎めいた街を出ると再び、魔法により認識や感覚を狂わされる広野を抜ける作業に戻った。危険をはらんだ旅の続き。魔眼を駆使しながら移動する中で、この魔法は獣たちには効果がないらしいと知った。あくまで人間などの高度な意識を持つ存在に効果があるのだ。


 馬や狼などが居る広野を抜けて、大岩がたくさん転がっている場所を通過する。赤茶けた土が剥き出した丘や、灰色の岩に白い岩などが視界をさえぎり歩きづらい。

 岩陰に居た狼と目が合って慌てたが、そ──っと横を通り過ぎると、相手はこちらには構わないでいると決めたようだ。大人しく地面に伏せてじっとしている。

 草の残る場所もあるが、多くは茶色や赤茶色の地面が見えており、固い岩盤のような崖状の壁も存在した。そうした隆起した地面の横を通ったりしている時に、嫌な感覚を感じ始めた。


 異質な視線。

 鈴の音は聞こえない。

(魔神──あるいは邪神か?)

 俺は心の中で戦闘態勢に入れるよう身構えた。

 ところがその視線は、ふっと消えてなくなった。──今までにない奇妙な視線、まるで()()()()()()()()()()()みたいな視線だった。魔眼で警戒していたから気づけたが、敵意のある視線ではなかったように思う。


 敵意のない魔神……ラウヴァレアシュやツェルエルヴァールムだろうか? いや上位存在とも限らないのか? 魔女王ディナカペラが俺の身を案じて──という可能性もあるか?

 その不思議な視線について考えながら、魔術の門を開いて魔法の研究をしようと思っていた矢先に、急に地面が沈み込むような感覚を覚えた。

「なんだっ⁉」

 足下を見ると別に変化はない──だが、体が下へ向かって落下する感覚が沸き起こってくる。ざわざわとした胸騒ぎの中に聴死の感覚が訴えてくる、「死が迫っている」と。


 落下するみたいな感覚は異界へと引きずり込まれている感覚だったのだ。──その奇妙な浮遊感、それはすぐに消え去った。

 周辺の岩山や空が薄暗い光に包まれる。

 気味が悪い淡紅色の光をぼんやりと放つ空。紺色に染まった地面。周辺には瘴気しょうきや魔素が満ち、淀んだ空気の中に異様な気配が感じられる。

 それは破滅の予感に感じられた……

謎めいた廃墟の正体は、実はレギが訪れた事のある、とある場所と関係があります。物語的にはあくまでバックボーンとしての関連性しかない……かな?

そして次話からは戦いの場へ突入。

上位存在の送り込む危険な敵が次々と──しかし、どうも様子が……

この章もそろそろ終局。お楽しみに~

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝方が大分冷える様になりました、作者様には体調に気を付けて頂きつつ、レギの冒険を綴って頂けたらと思います。
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