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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第七章 神に捨てられた者と天使

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マンアトゥラの町を去る前に

 戸の閉まった窓から漏れる冷気と朝日で目が覚める。

 俺の隣でミクラが小さな寝息を立てながら眠っていた。少女の体は温かく、その温もりのお陰か、昨夜は心穏やかに眠る事ができた。

 男の子みたいだと思っていたミクラだが、こうして寝顔を見ると結構かわいい顔をしている。将来はきりっとした目元の美人になるかもしれない──、そんな風に考えていると、記憶の中に一人の女騎士の姿が浮かんできた。


 ルディナス・テシス・スピアグラーニ。


 ルディナスが騎士の格好をしていたところを見た事はないが、卒業式に見せた彼女の男装(?)は──なかなか様になっていた。彼女に恋心を抱いていた同性も多かったのではないだろうか。


「ふふっ」

 俺は声に出して笑ってしまった。

 ルディナスに言ったらなんと答えるだろうか。

 彼女は自身の使命に忠実で、領地を守る貴族としての意識が高い女だった。そうした浮ついた話には関心を持たないだろうか。


 俺は隣で眠る少女に悪戯いたずらごころを抱き、その小さな鼻をつまんでやった。

「……んんんっ」

 苦しそうに喘いだかと思うと「ぷはぁあぁ~」と口から呼吸を始める。

 なんだかそれだけで笑ってしまう。

 邪霊の襲撃について考えなければいけないのだが、この可愛らしい玩具おもちゃで少し遊んでみようと考え、頬を突いたり、鼻と口を押さえたりしてみた。

「んんぅ……」

 いやいやをするみたいに首を振る姿を見て、俺は吹き出してしまう。俺の手から解放された少女は呼吸を整えながらやっと目を覚まし、笑いをこらえている俺を見て、顔を真っ赤にしてぽかぽかと俺の胸を叩き始める。


「悪かった悪かった、謝るから……ふふっ」

 なおも笑っている俺を見て怒る少女。

 同じ寝台ベッドでそんな風にいちゃついているとドアが叩かれた。起き出してきたアレルとシオーナが俺たちを起こしに来たのだろう。

 ミクラは慌てて隣の寝台に入って毛布を被り、寝たふりをする。

 俺は起き上がるとドアに近づき、兄妹きょうだいと共に孤児院に向かうので一階で待つように言うと、ミクラに荷物を持って孤児院に行こうと呼びかけた。

 彼女は毛布からちょっと顔を出してこくりとうなずく。




 俺はすぐにでもこの町を出て行く為に帯剣し、背嚢はいのうも背負って行く事にした。

「昨日さ……いやな夢をみた」

 寝台に腰かけ、着替えの入った荷袋を手にしながらつぶやくミクラ。俺は無言で忘れ物はないか確認する。

「気味の悪い黒い影に操られて、あんたの首を絞める夢」

「ただの夢だろう」

 俺はすぐに答えて一階へ行こうとうながす。

「うん……夢──だよね」

 少女はそう言いながら手を閉じたり開いたりする。生々しく首を握った感触が残っていたのだろうか。


 あの邪霊は退霊術で憑依ひょういした肉体から追い出され、大した力を使う事もできずに消滅した。少女にも後遺症などは残っていない。

 だが記憶の片隅には、俺の首を絞めた感触が残されていたのだ。

「お前が()()()()俺にまたがってきた事は、皆に内緒にしておいてやる」

 俺が断言すると、少女は顔を真っ赤にして「それを言うなぁ!」と怒り出す。

 そんな少女と共に宿屋をあとにする。


 外は一部に雲がかかっているが上空は晴れ、遠くまで青空が見える。遠くの雲はどんよりと暗い色をしていたが、多くは白い雲で、今日は日差しも多く降り注ぎ、旅をするにはちょうどいい気温だ。


 三人の子供を引き連れ、町外れの孤児院に行くと、石の柱が二本立っている敷地の入り口前に、数人の男たちが立っていた。

「敷地の周囲に木の柵を作れと領主様に言われて」

 どうやらその男たちは領主が雇ったらしく、門に取り付ける看板になんと書くか領主に聞く為に、彼が来るのを待っているようだ。

 俺とミクラたちは建物に入り、他の四人の子供たちは、領主の侍女によって作られる朝食を待っているところだった。


「あなたの分も用意してありますよ」

 と若い侍女が言った。彼女はもう子供たちを支える孤児院の院長兼、調理師の風格を持ち始めている。

 手伝える事はないかと調理場を訪れたのだが、彼女は機敏に動き回り、俺が居ると却って邪魔になるのではと考え、子供たちの集まっている居間へ戻って行った。

 広々とした居間には暖炉も設置され、簡素な絨毯じゅうたんも敷かれていた。これから寒くなる前に子供たちをかくまうべきだと、ウィチェフも考えていたのだろう。


 暗い顔をしている子供も居るが、きっと昨日よりは元気を取り戻しているはずだった。現にシオーナは昨日よりも明るい表情を見せるようになっている。

 侍女が台車に料理を盛りつけた大皿を乗せて居間に現れた。彼女はウィチェフが言っていたような、子供に対する優しさのないアントワ人ではなさそうだ。──きっと領主の教育の賜物なのだろう。

 子供たちにパンや汁物スープ野菜料理サラダ、卵料理が出された。簡素な料理だったが、彼らにはご馳走に見えた事だろう。食前の挨拶をすると美味しそうに食べ始めた。


 俺もその朝食を食べながら、邪霊を送り込んできた存在について考えていた。まさか町中に居る時でも構わずに襲ってくるとは、しかも近くに居た者まで巻き込んで。

(早めに対応しなければ)

 邪霊を使役している存在は邪神か、その手下の魔物、あるいは妖魔だろう。

 魔神ラウヴァレアシュから与えられた「次元転移魔法」を応用し、邪神の視線に反応して転移する方法を構築できないものか……しかしそれは、邪神が幽世かくりよなどに居ると仮定しての話だ。

 奴らは魔神よりも物質界に現れやすいと聞く。奴らが現世に現界しているとすれば、単純に奴らの領域に転移すればいいのだ。結界で自らの居場所を不明瞭にしているだけならいいのだが。


「美味しくありませんでしたか?」

 不意に侍女に声をかけられ、自分が長考していた事に気づく。

「いいや、美味しいですよ。ところであなたは、ここの孤児院で働くのでしょうか?」

 その問いに「ええ」と笑顔で返事をし、領主様から「ぜひお願いする」と頼まれた事を告げた。

 俺は満足げに頷いて見せ、残りの料理をぺろりと平らげてお茶を飲む。


 子供たちから庭に作った畑の話をされて、馬鈴薯じゃがいもが凄い勢いで成長するところを見たかったと言われた。

「そんなに何度も使えるものじゃない」とうそぶいて、数日後には芋掘りができるだろうと言うと、子供たちは大喜びする。

 今は七名の子供が居る孤児院だが、これからどんどん孤児の数が増えるだろう。領主はその辺りの事も考えて、孤児院の設立に迷っていたはずだ。孤児院で働く職員を増やさなければ、すぐに孤児院として立ち行かなくなる。子供たちを支援する動きが、この領地だけでも広がればいいのだが。




 俺は子供たちと共に朝食を食べて、庭に出ると門に設置する看板について話し合っている、領主のウィチェフを見つけた。

 作業員は木の杭などを手にして柵を製作する範囲などを決めると、それぞれの作業に入るようだ。

「お世話になりました」

 ウィチェフがそう声をかけてきた。

 俺は庭を指差し、畑の馬鈴薯ばれいしょは数日後に収穫できるくらいに成長すると思うので、地面を掘る道具を用意してほしいと告げると、彼は驚いて「きのう植えたばかりなのに?」と首を傾げる。


「ま、ちょっとした魔法を使ったんですよ。──それよりも早めにこで働く人材を探し出した方がいいでしょう」

 俺は彼と固く握手し、互いのこれからに幸運が訪れる事を祈り合う。

 門の前で少し話しているとミクラやアレル、シオーナが俺の近くにやって来て、領主に丁寧な挨拶をすると、俺に礼を言ってきた。

「ありがとうレギさん。ぼくも大きくなったら、子供たちを助けられるような大人になります」

 アレルはそんな風に言って頭を下げると、彼の妹も頭を大きく下げた。

「わた……ぼくも、大きくなったら冒険者になるよ! 魔法は無理かもしれないけれど、勉強もして、他の国でも活躍できるような冒険者になる」

 そう力を込めて語るミクラ。

 俺は肩をすくめながら「そんなに気張るなよ」と忠告アドバイスする。


「人は、なりたいものになれるとは限らないが、やりたいようにやる事はできるものだ。あきらめない事、勉強する事。いくつかの決まり事に取り組んでいけば、だいたいの事柄に答えは見つけられるだろう」

 俺はそう言いながら三人の頭を軽く撫でてやり、ウィチェフに頷くと、孤児院の前から歩き去る。

 ずっと手を振る少年少女に背を向けたまま、軽く手を挙げて応えると、俺は町の大通りへと歩いて行った。


 大通りから細い路地に入り、その道の先にある鍛冶屋へと出向いて来たのだ。ここの鍛冶屋は武器や防具以外にも、包丁から鉄鍋までなんでも作っているらしい。

 まあ、今日ここを訪れたのは、武器や鍋を購入する為ではないのだが。

「すまないが、延べ棒を売ってくれないか」

 店の奥で取っ手付きの鍋(フライパン)を打っている鍛冶師に声をかけると、彼はちらりとこちらを見て「少し待ってくれ」と自分の作業に取りかかる。

 背後から見た様子では、まだ中年くらいの男かと思っていたが、なかなかに年季の入った老人──屈強な体つきをした鍛冶師だ。


 俺は鍛冶場から離れ、壁にかけられた剣や手斧を見て回ったが、刃こぼれを直した短剣などは、かなり丁寧な仕事がなされていた。研がれた刃に俺の顔が映り込みそうなほど磨き上げられたのを見て、そういえば剣の手入れをしようと思っていたのを思い出す。

「砥石を借ります」

 そう声をかけると、鍛冶屋は黙って頷いた。

 本当は影の倉庫にしまった武器を研ぎたいのだが、さすがに影から武器を出すとぎょっとされるだろう。そうした術は相当な技量を持つ魔術師でもないと扱えない部類のものだ。そんな魔法があると知らないのが普通なのである。


 俺は魔剣を鞘から抜くと、足踏みを使って円形の砥石を回転させ、魔剣の刃を研ぎ始める。

 青紫色の表面につやが出はじめるのに数秒で充分だった。もともと手入れを丁寧にしているし、魔剣に掛けられた「劣化防止」の魔法が効いているのである。両面を簡単に研ぐと、鍋を打ち終えた鍛冶師が俺の剣を見て何度も頷いた。


「ほほぉ……これはなかなかの業物だな。二十年に一度見るか見ないかの代物だ。大切にするんだな」

 そう言いながら背を向けて、ついて来るよう指示する。彼のあとを追って隣の部屋に入ると、そこには棚に並べられた鉱石や延べ棒がずらりと置かれていた。

「なんの延べ棒が欲しい?」

「鉄と鋼の延べ棒を」

 一つずつ、と指を立てると、彼は二本の延べ棒を手にして「重いぞ」と口にした。

「武器を打つのか?」

 俺はこの延べ棒を「鉄器創幻」の触媒として使おうと思っているのだが、それを説明する意味はない。

「ええまあ」と、曖昧あいまいな返事をして彼に銀貨の入った小袋を差し出す。

「まいど」

 多少の違和感を抱いた様子だったが、金を支払った客のする事に、いちいち質問をするような鍛冶師ではないようだ。


 俺は鍛冶屋を出ながら背嚢はいのうにしまい込む振りをして、影の中へ二本の延べ棒を沈めた。

 そうしておいて魔術の庭で、その二つの延べ棒に「鉄器創幻」の触媒としての効力を刻み付ける。呪文を簡略化しても効果が変わらないように、呪術的な処理をしておくのだ。

 ──そんな事を考えながら路地を歩いていると、道の先に交差する別の通りが見えてきた。そこには比較的に人の交通量が多く、足早に道の先へと進む人の波があった。

 その後ろからついて行くと、数人の男女がある建物の中へと入って行った。そこは宗教関連の建物だろう、外壁や柱に独特の模様と文字が刻まれている。

「エイマアニュス神霊の家」と書かれた板金が架けられていた。


 エイマアニュス神霊──聞いた事のない名だ。アントワ国の宗教の中では有名なのだろうか、それともこの地域で有名なものなのだろうか。建物の中にはかなり大勢の人が集まっているようだ。

 建物の外壁を見る限りでは、そこそこ文明的な印象を受ける造りだ。余所よその国では見かけない意匠デザインの浮き彫りに、青や緑や赤といった色を塗装した壁は──けばけばしさに富んでいるが、こうしたものがこの辺りの標準なのかもしれない。

レギの学生時代のこぼれ話と、エイマアニュスという謎ワード……まあ、世界観についての話です。

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