領主と孤児院について話を聞く
子供たちの為に行動するレギと、民度の低い国で新たな価値観をもって領地を治めようとしている領主の話。世界観の一つとして理解していただければ幸いです。
ふと故郷について思い出しながら、椅子に腰かけてうとうとしていると、子供たちが帰って来た。それぞれがしっかりとした荷袋の中に衣類を入れており、綿織物や手拭いなども袋の中に入っていると報告してくる。
「よし、着替えはここに置いて少し出かけようか」
本当はこの町で一泊するつもりはなかったのだが、乗りかかった船だ。子供たちの今後について少しばかり手を貸してやろうと思う、上手くやれるかどうかは分からんが。
まず宿屋を出ると戦士ギルドに向かった、この町の情報を聞き出す為に。
町の管理をしている領主や、それに代わる者。町の住居を購入するのに必要な事などを聞くと、どちらも領主の権限下にある事だと言われた。まあそうなるだろう、大きな都市なら専門の職がある場合もあるだろうが、小さな町ではその土地の所有者が一番の権限を持つものである。
「どこも変わらないか」
ギルドを出た俺は、表で待っていた子供たちを連れて、領主に面会に行く事にした。いきなり押しかけて来た者を追い払うならそれまでだ。ギルドの受付嬢の話では、この町の領主はなかなかの好人物であると思われた。
あまり豊かとは言えない町であるが、小さな公衆浴場や水路の整備などをして、町に暮らす人の生活に貢献しようとしているようだ。
(保守的な連中の多い国だと聞いていたが、そうでない者も居るのだな)
バカが多い場所でも、中には話せる者も居る。どこぞの学校での事を思い出した。
領主の居住している建物は、高い壁に囲まれた立派な二階建ての建物。頑丈な木製の扉を開けると──かなり広い庭に、趣味がいいとは言えない謎の石像が置かれている。
「勝手に入ってだいじょうぶかな……」
ミクラが不安を口にする。
「別に殺されはしないだろう」
仮にそうなったら反撃するがな、俺は心の中で宣言する。
立派な建物の豪華な扉の横に付けられた紐を引くと、建物の中から呼び鈴がカランコロンと鳴ったのが聞こえてきた。──こうした呼び鈴は、ルシュタールやエンシアなどで取り入れられている物だ。
しばらく待っていると、侍女らしい小太りの女が現れて、なんの用かと尋ねる。
「突然に申し訳ありません、領主様に会わせていただきたくやって来ました。この町にある建物の購入についてお伺いしたいもので」
じろじろと俺と、後ろに控える三人の子供たちを見ると、少々お待ちくださいと言葉を残し、侍女は扉を閉めていく。
「だいじょうぶかなぁ」
今度はアレルが呟く。弱気になっているのか、他の二人もこちこちに固まっている。建物の雰囲気に圧倒されているのだろうか。
「お待たせしました」
そう言って現れたのは初老の男。執事だろうか?
「どうぞこちらへ、領主のウィチェフ様がお会いになります」
執事に連れられて応接間に招かれた。そこにはすでに領主のウィチェフが長椅子に腰かけて待っていた。
「ようこそ、どうぞこちらへ」
三十代なかば、あるいは後半に差しかかったくらいの年齢の男だ。痩せ型で少し神経質そうな顔をしている。
アントワ国の人間は、どこか攻撃的な獣を思わせる顔立ちや目つきをした者が多かったが、この男は知的な風貌に優しい雰囲気を漂わせていた。直感的にこの人物がギルドの受付嬢にも褒められるような人格者であり、アントワ国の古いしきたりなどに対して冷めた思いを抱いていると感じた。
ウィチェフは長椅子に腰かけるよう誘いながら、執事に紅茶を持って来るよう指示を出す。
「それで──土地、建物の購入を考えられているとか?」
彼はまずこちらの用件を聞いてきたが、俺は曖昧に頷いてから子供たちを示した。
「実は、彼らの為に家を購入しようと考えています」
すると三人の子供は「えっ」と声を上げた。
そうと説明してなかったから当然の反応だろう。──誰が初めて会った見ず知らずの子供たちに家を買ってやると言うのだ。
「しかし、それよりも領主様にお尋ねしたいのは、こうした孤児たちを匿う孤児院を作る気はないか、という事についてお聞きしたい」
すると領主の男は「やはり」という顔をした。
「ええ、それについては私も考えてきました。この町にはこの三人以外にも、親のない子供が数人、確認されています。彼らを保護し、育てる場を作るべきだとも思っているのですが……」
ところであなたは国外の人ですよね? と問いかけてきた。
「失礼しました。自己紹介が遅れましたね、私はレギ。ピアネス国出身の冒険者です」
するとウィチェフは驚いた顔をする。
「ピアネスから来た冒険者のかたが、この国の子供たちの為に建物の購入を考えたというのですか」
「まあ普通は、あり得ない行動だと理解しています」
俺は苦笑いして答えた。
「本当にたまたまですね、お金に余裕がある時にこの子供たちに巡り会ったものですから、ほんの気まぐれですよ」
そんな話をしているところへ、若い侍女が紅茶を運んで来た。
侍女が紅茶を人数分いれて部屋を出ると、領主は紅茶を勧めながらこう言い出す。
「この国では、古くから子供たちを粗末に扱う慣習があるのです。農村部の子供は産まれながらに農民として生きる以外に道はなく、働けない子供は容赦なく捨てられ、時には殺される場所すらあるのです」
酷い話だ、とウィチェフは怒りを滲ませる。
「そんな国のあり方を変えたいと、私は国外の知識人を招き、国外の書物を買い集めたりしながら、なんとかこの状況を変えられないものかと悩んでおりました。公衆浴場や水路の整備などの外国文化を取り入れたのもそれが目的です。しかし──なかなか人々の考えを変えるのは難しい。なにしろ古くからこの国では、余所者を排除する排他的な部分が根強いのですから」
孤児院の件も、ウィチェフが保有している建物を利用して作ろうとしているらしいが、そうした「他人の子供を育て育成する」といった発想のない人々ばかりなので、子供たちを任せられる人材が居ないのだと言う。
「このままではレファルタ教の侵入を待つしかないのでは、と思い始めているくらいです」
領主の考えは合理的であり、それでいて民衆の反感を買うだろうと、簡単に推測できるものだった。守株の感情に縛られた民衆が、外国からやって来る宗教に抵抗するであろう事は、火を見るよりも明らかだ。
「民衆の意識を変えるのは領主の行動あるのみでしょうね、知識を持たせる事で変わる部分もあるでしょう。──それに、子供相手でもちゃんと職務を実践する人は居るはず。まずはあなたが率先して孤児院を設立し、子供に対するあるべき態度というものを見せる必要があるのでは?」
俺の話を聞いたウィチェフは三人の子供たちを見て立ち上がり、硝子戸の棚から瓶を取り出し、その中身を白い大皿にあける。
長椅子の間に置かれたテーブルの上に皿を置く。
「どうぞ、焼き菓子です。──君たちも、どうぞ」
この領主は子供が好きな様子だ。
というか、子供に対しての通常の反応とも言える。
ミクラやシオーナが焼き菓子を食べて笑い合う。
「孤児院の設立については、先ほどお話したように、建物だけは確保してあります。まだ室内の清掃もおこなっていない状態ですが」
「もし良ければ、その孤児院の為に、いくらかの寄付をさせてください」
俺の言葉にウィチェフは「それは……」と考える仕草を見せる。
「……いえ、ありがたい申し出ですが、それは私たちの国民の手によって成されるべき事柄だと思います。孤児院の設立、私としても覚悟が決まりました。彼らの事も、他にも居る少年少女の事も、私が必ずその不幸な境遇から救い出すとお約束しましょう」
なんと、この領主は本物だ。
俺は頷きながら焼き菓子を一つ食べ、この尊敬に値する人物に期待しようと考えた。
「人道を尽くして成さなければ、人は人として生きる事はできない」
そんな事を謳った領主が居たとか。
ベグレザの古い領主の言葉だったと思うが、あの国は割と領民想いな領主が多かったのだろう。もちろん中にはとんでもない阿呆も居た訳だが。
悪習を改めるには、その悪に気づく事がまず始まりにある。自らの誤りを認められない者は、進歩を捨てた守株の愚である。
愚か者になるのはたやすい、盲目であればよいのだ──自分自身に。
「孤児院の人員には、この屋敷の侍女を派遣しましょう。彼女なら子供に対する偏見もないでしょうし」
子供たちがお菓子を美味しそうに食べている姿を見て、彼はすぐに思い立ったらしい。執事を呼ぶと、町に居る親のない子供たちを町のはずれにある建物に集めるよう手配をし、ウィチェフ自身も侍女の一人に話をすると言って部屋を出て行った。
「わたしたち、どうなるの?」
不安そうにシオーナがこちらを見る。
「大丈夫、あの領主なら孤児院をちゃんとしたものにするだろう。ウィチェフが確保してある建物がどんな物かは知らないが、庭があるようならそこで畑を作ってもいいし、なんとかやっていけるだろう」
少女たちはそう聞いて、未来にわずかな希望を見出したようだ。寝泊まりできる場所があるだけでも気持ちは違うだろう。紅茶を飲みながら領主の持つ、新たな価値観が民衆にも広まればいいのだが、と考える。
子供たちに優しくなれない大人とは、子供時代にそうした扱いを受けた所為だろうが、それにしても自分の子供にそこまで冷徹になれるものなのか? いくら慣習があるとはいえ、誰もその事に疑問を抱かないとは不思議に思う。
(なにか理由がありそうだな)
自然な状態なら、我が子を育て愛するのが普通だろう、子孫を残す本能もあるはずだ。
考え込んでいると、ウィチェフが部屋に戻ってきた。
「もし良ければ、これから孤児院となる建物に行きませんか? 掃除しなければ寝泊まりはできないかもしれませんが」
俺は子供たちに声をかけ、行こうと言って立ち上がる。
領主邸から目的の建物へと向かう。侍女が先頭に立っているのを見ると、彼女はその建物に掃除かなにかをしに行った事があったのだろう。
その後ろをついて行く子供たち。
俺はウィチェフに尋ねる。
「何故この国の民は、自分の子供にすら厳しい対応をするのでしょうか。子供は国の宝だと考える国だってあるのに」
「それは……嘘か誠か分かりませんが、我が国の文化の根幹に、邪悪な神の力が入り込んでいるからだとする話もあります。精霊や自然信仰の影に隠れ、魔神や邪神といった存在が魔術や呪術を与えた、と考えられているとか。彼ら上位存在の言葉を受けた呪術師らが民の中に紛れている為、そうした思想が大勢の価値観の中に広まった、と言うのです」
彼が語ったのはアントワで古くからおこなわれてきた、子供を生贄として神に捧げる儀式についてだった。そうした生贄の儀式はアントワ内で当然のようにおこなわれてきた背景がある。
古くからあるこの儀式は多くの領主によって禁止されたはずだが、未だに生贄を捧げている場所もあるらしい。「上位存在や精霊に捧げるのだ」というもっともらしい理屈があると、人はどこまででも残酷になれるのだ。
上位存在の干渉とはありそうな話だ。魔神アーブラゥムもそうした影響を人間の中に齎した存在だと言える、あの魔神は最終的には人間の庇護を辞めたようだったが。
「なるほど、危険な思想の流布は、魔神や邪神が関わっているという訳ですか。古い時代では人との接点を多く持つ、危険な存在も多かったと聞きますし、あり得ない話ではないでしょう」
そうした話を領主としながら、町外れにあるという敷地までやって来た。
そこは仕切りのない敷地の中にある石造りの建物と、茶色い地面と細々と生えた草と一本の樹木が植えられた場所だった。二本の石柱の門だけが設置されている。
建物は窓が戸で閉じられ、壁は少し汚れていたが、しっかりとした造りの建物である。
「庭もあるし、いい場所じゃないですか」
侍女が手にした鍵で扉を開け、建物の中に入って行く。子供たちもその建物の中へ入り、侍女と共に掃除を始めるらしい。
「執事が子供を集めて来たら、私もここの認可手続きをしようと思います」と領主のウィチェフは言った。
彼は踏ん切りをつけられたのは俺のお陰だと言って頭を下げる。
「いやいや、あなたは初めから孤児院を設立するつもりだったのでしょう。土地も用意し、人材確保の為に資金も投入しなければならない事業ですから、お一人では厳しいでしょう」
そこで、と言いながら革財布にしまっておいた一枚の金貨を取り出す。
「これを差し上げましょう」
ウィチェフはそれが古代の物だとは知らなかったようだ、「見慣れない金貨ですが……」そう言ってそれを返そうとする。
「先ほども言いましたが、この孤児院の設立は、我が国の民が……」
まあまあ、と俺は彼の発言を制した。
「それはいざという時の為の資金です。もし孤児院の経営持続が厳しくなった場合には、その金貨を売るといい。ベグレザの店で八千ピラルくらいで売られていたので、そこそこの資金にはなるでしょう」
彼は驚いた様子だ、どこか知らない国の金貨だと思っていたのだろう。
「その金貨はベグレザの古代帝国で使われていた古い金貨です。あなたに差し上げます」
「いや、しかし……こんな貴重な物を」
「もちろんそれが売られない状況が続くのが一番です。その時はあなたの収集品の一つとして、大切に保管しておいてくれればいい。そうなる事を願ってますよ」
建物の二階の窓が開き、そこからミクラが顔を出して手を振っている。
領主は俺に頭を下げ「大切に保管しておきます」と返事をしたのだった。




