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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第七章 神に捨てられた者と天使
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禿鷲の再来、魔神同士の対話

この話から第七章「神に捨てられた者と天使」という新章に変更しました。

第八章と第九章の間に「用語・設定集②」が入ります。

『アウスバージスはのぉ』

 唐突にしゃべり始める魔神アーブラゥム。

『火と金属を司る化身よ。かつては人間から戦いの神などと呼ばれ、崇められていた事もあったようじゃ。武器や鎧や盾などといった物を作る鍛冶師、それらを扱う戦士たちから頼りにされている存在であったのじゃ。──人にも寛容であるじゃろう。……じゃが、あ奴の配下には注意せぃよ? あるじの守護を任された者は人間に寛容とは限らぬからなぁ』

 その警告に重々しくうなずく。


 魔神にはそれぞれに違った価値観が備わっているのは理解した。

 神への復讐を目論もくろむ者、人間を使って何事か画策する者、人間を暇つぶしくらいにしか認識しない者──色々だ。


「ところで水と植物の力に関係するという事は、魔神ツェルエルヴァールムの事もご存じですか?」

『ふぅむ、ツェルエルヴァールムかぁ……わしは、人の周りにある植物やらなにやらを取り仕切る役割を与えられておったが、あの者は儂よりももっと大きな水の支配──雨雲や湖や川などに関する力を司っていたはずじゃ、元来はな……』

 元来、という言葉に含みがある。

 神の側に居た彼らの存在は、今の魔神としての存在とは違ったものだったのだろう。

 神々の関係性は分からないままだが、魔神アーブラゥムは急に黒いくちばしを開けてケタケタと笑った。


『ほほっ、そうかぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。冥府の封獄よりあの者を解き放つとは、人の身でありながら──いやはや、実に勇敢なものよなぁ!』

 その情報をどこから手に入れたのか……なんとなくだが、この魔神との対話をツェルエルヴァールムに見られていて、あの魔神がアーブラゥムにしらせたのではないかと感じた。

 水の──あるいは植物の繋がりを持っていて、そうした精霊などの力を借りられる者同士ならあり得る事である。

『いやはや、実に大したものだ!』

 そう口にする大きなふくろうの足下にある影から、一羽の大きな鳥が姿を現した。──それは禿鷲はげわしだ。


「グワァ──ッ! こ、このおと……こがっ、れっレギス……ヴァーテ()ぐわぁっ! なっ、なしとげ──たのですぅ」

 それは言葉をしゃべる──冥府で道案内をしてくれた禿鷲であるらしい、こいつがアーブラゥムに冥府での事を教えたのか。

「グワァ──ッ、は、はっ、ハ──ゲェッ!」

 ……いつもの()()をするところを見ると、当人(鳥)に間違いなさそうだ。


「何故に魔神アーブラゥムの影から現れた? 禿鷲」

 すると奴は「ふぐ、ふぐ」と唸りながら頭を上下に振る。

「おっ、おっ、おまえは、ばかか? 魔女おう、でぃっ、ディナカペラの、めいを──いややややぁ、魔神、ツェルエルヴァールムさまのぉ……あっ、ありがたい、おことばを、きっ、きっ、きけぇ! はっ、ハ──ゲッ!」

 魔神アーブラゥムの足下でわめく禿鷲を見下ろしていた梟が呟く。

『なんともまぁ、騒がしい奴じゃのぅ……』


 アーブラゥムを無視し、禿鷲が言葉をしぼり出す。

「つぇっ、ツェルエルヴァールムさまはっ……おっしゃっているぅ、あっ、アーブラゥムよ。このレギにぃ……ちっ、ちからを──あたえよ、とぉぉ……はっ、はっ」

『どうやらそういう事らしいのじゃ、先ほどから精霊を通して、ツェルエルヴァールムの言葉を聞いていた。冥府の封獄より自分を救い出したお前に、力を与えてやってほしいと』

 梟魔神は禿鷲の決め台詞ぜりふを言わせずにそう告げた。

 禿鷲は「ふぐ、ふぐぅ」と不満を表すみたいにうめきながら階段を下りて来た。それ以上しゃべらなかったのは、自身の仕事を一応はわきまえているのだろう。


「その前に、お前はなにをしに来た?」

 禿鷲に聞くと腹を膨らませて「うげぇぇ──っ」と、返答にしてはやけに失礼な態度をする。

 こいつの礼儀知らずさを知らない奴だったら、この鳥の首根っこをつかんで振り回しているところだ。

「ふぐふぐぐっ、じょっ、まじょおう──が、いっているぅ、めっ、めいふのぉ……()()()にぃ、これを……わたせ、と」

 そう言うと禿鷲の影が伸びる。その影の中から現れた物は──結晶化された魂のかたまり。それは暗い色にぼんやりと光を放ち、赤や青や緑や紫に次々と変色していく。

「ちっ、ちからある、ものの、たったましい──その、うっ、うつわっだ。グワァ──ッ!」

 結晶以外にも一枚の折りたたまれた紙が出てきた。それを手にして開くと、それは魔女王からの手紙。

 驚くほど美しい白色の紙には、ほのかに蒼を含む黒い字で書かれていた。


{ レギへ。

  あなたのお陰で、アーシェンの魂を解放する事ができたわ。

  幸運な事に、冥府の双子の元に引き取られたとか。この世を去ってもなお魔術の研究をおこなえる場所に行けるだなんて、彼女は不幸の中に光を見出だしたのね。

  そこで、あなたが冥界神の娘とえにしを結んでいると聞いたので、あなたにこれをたくします。彼女らがこの贈り物を受け取るかは分かりませんが。

  アーシェンをよろしくお願いしますと伝えてほしい。かつての仲間がおこなう、最後の手助けと考えて。


                            ディナカペラ }


 力あるものの魂がどんなものなのかは考えないでおこう。

 俺は結晶体と手紙を手にすると、禿鷲に「了解したとディナカペラに伝えてくれ」と請け負った。

「うむぅ、たっ、たのんだぞっ、ハッハッ、ハァ──ゲッ!」

「だから、ハゲてねぇよ……」

 軽く蹴ってやろうと足で払うと、禿鷲はその蹴りを羽撃はばたいてかわす。

「ケッ」

 まるで嘲笑あざわらうみたいに地面に着地し、羽繕はづくろいを始める。

 俺は手紙を燃やし、結晶体を影の倉庫にしまうと、階段の上に居るアーブラゥムを見上げた。


『話はまとまったみたいじゃな? それにしても、力を与えよ。か……ラウヴァレアシュのみならず、ツェルエルヴァールムにも気に入られているとは。本当に希有けうな人間よな』

 梟ははっきりとした口調で言うと、ゆっくりと目を閉じた。

『……では、植物の生命力を引き出し、強化する力を与えようか。先ほど、鎧の亡霊を引き裂いたような事ができるようになる力じゃ。──扱い方は他にもあるがのぉ』

 梟魔神が言うには、地と水の力を合わせた力らしい。制御が難しいが上手く扱えと忠告を受けた。


 周囲の地面に生えていた草木のあいだから、蔓草つるくさが伸びてきた。するすると地面を這う動きは細い蛇のよう。

 そのいくつものつたが俺を取り囲み、円を描いてぴたりと動きを止めた。

『<地気制操>の力、お前に授けよう』

 取り囲んだ蔦が碧色の光を放つ。

 淡い光に包まれた俺の身体は暖かさを感じていた。ラウヴァレアシュやツェルエルヴァールムから魔法を与えられた時は、そうした感覚はなかったが……

 周囲を包む光の中に小さな精霊を見た気がしたが、それは気の所為せいだろう。

 光が収まると、それを見守っていた禿鷲が頭を何度も上下に揺らし、大きく一声「グワァ──ッ」と叫んで飛び立ち、紺色に染まる上空で消え去った。空間を移動したのだ。


『それではの、人間──レギスヴァーティよ。お前の旅の無事を祈ろう』

 梟魔神の言葉に内心「それは無理だろうな」と考える。今回の五体の虚兵ゴーレムが最後の襲撃とはなるまい。また別の手札を送り込んで来るのは目に見えていた。

「虚兵から守ってくれた事に感謝を、魔神アーブラゥム。私の勘だとアウスバージスの下に向かう前に、また襲撃者が現れるでしょう。その時に私が勝利するよう祈っていてください」

 そう言うと魔神は『ふぉっ、ほっほっ』と軽やかな笑い声で応える。

『なあに、お前ならば先の逆境でも、儂が加勢せずとも勝利を勝ち取っていたじゃろう。今後も苦境に立たされても儂等の恩恵を使って、見事に勝利してみせよ』




 アーブラゥムの声が遠ざかり、視界にあった遺跡の柱や壁なども消え去っていく。それらは幻であったみたいに灰色のきりつゆと消え、青空に浮かぶ白い陽光が眩しく映り、俺は目を細めた。

 立っていたのは荒野の中。

 異界は消え去り、襲撃者や魔神は影も形も残らない。俺は予期せぬ出会いと再会に驚き、魔神が互いに持つ関係性について思いをせるのだった。


 ❇❇❇❇❇


 アーブラゥムは再び幽世かくりよの中へと戻って行った。何十年、何百年とその異界に留まり続けていた魔神。

 大地との関係も断ち、長い遊離の時間を過ごしていたが、繋がりの深い他の魔神との接点は残されていたのだ。


「なんじゃぁ、まだなにか用か」

 白い神殿の中に入ろうとした梟の姿をした魔神の背後に、乳白色の肌をさらした美女が立っていた。その女は生地が透けるくらい薄手の青い絹の衣を羽織り、金と銀の美しい装飾がされた腕輪を身に付けている。

「久しぶりだな」

 その女はツェルエルヴァールム、その精神体だ。


「うむ。あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()より、互いの接触がなくなっていたからのぉ……ああ、御主おぬしは冥府に囚われるまでは儂と同じように、人間に力を与え続けていたらしいのぅ」

 彼らの繋がりは精霊界を通じたものであり、互いに干渉し合うような関係にはなかった。ツェルエルヴァールムが封印された事を知っても、アーブラゥムにはどうする事もできないし、救いにいくような間柄でもなかった。

 それにその頃のアーブラゥムは「徒労」という呪いに掛かり、自らをあらゆる関係から遊離させてしまっていたのである。


「御主から精神感応が送られてくるとは思わなかったわぃ。未だ冥府に囚われているものとばかり思っておった」

 奇妙な運命よな、とアーブラゥムは語る。

「運命か……」ツェルエルヴァールムは青い模様の入った腕を上げて、首の辺りを指でさする。

「ラウヴァレアシュは()()()()使()()()()()()()()()()()()()()?」

 真紅に輝く瞳にはなにかを思案している揺らぎが見え隠れする。その様子を見ていた大梟はツェルエルヴァールムがレギという男よりも、そのラウヴァレアシュの企みについて警戒しているのだと気づいた。


「あの『暗黒星をる王』が、その力で未来を見据えて行動を始めたと、そう言いたいのかの?」

「そうだ。我はあの男を気に入っている、できれば我の眷属けんぞくに加わらせたいと望むほどに」

 かつての仲間とはいえ、むざむざとあの男を()()()などさせぬ。魔女たちの女神はそう言葉にする。

「ふぅむ……まあ待て、ラウヴァレアシュがなにを企んでいるかは知らぬが、それであ奴(レギスヴァーティ)が犠牲になるとは限るまいよ。ラウヴァレアシュもあの男を気に入っているからこそ、魔眼を与えたのではないか?」

「だが奴は未だに『破滅の暴君(ディス=タシュ)』に固執し、あのものを解放する事を望んでいる」


 二(はしら)の魔神はこの場には居ない、二柱の魔神について話し合っていた。

 二柱の強大な力を持つ魔神──すなわち、ラウヴァレアシュとディス=タシュ、この魔神を巡る事柄に魔女の女神は、レギという男がなんらかの役割を果たす事になるのではと予感しているようだ。


生憎あいにくじゃが、暗黒星を司る王の考える事など儂には分からぬよ。しかし──ただの人間が、狂える破壊の魔神ディス=タシュになにができると言うのじゃ? そんな事……到底不可能じゃろう」

 誰があの怒り狂う者を止められると言うのじゃ、梟はそう溜め息まじりに告げ、いざという時は御主が守ってやればよかろうと、もっともな事を口にする。

「もちろんだ」と美貌びぼうの女神は応え、神殿に背を向けた。


「アウスバージスがレギを受け入れるかどうか……もし、あの炎の司神の恩恵を取り付けられれば、レギは五柱の内、四柱の神から力を与えられる事になる」

 それを聞いた梟が「ほほっ」と声を上げる。

「なんと、あ奴はすでにベルニエゥロからも力を与えられたというのか、これは驚きじゃ」

「いや、正確にはまだ力を授けられてはいないようだ。だが、すでにラウヴァレアシュとの約定を交わし、力を与える事を宣言したという」

 それは凄いとアーブラゥムは驚嘆を示し、しばらくするとその想いもしぼんでしまったみたいに、身体を縮ませる。


「だが──ラウヴァレアシュがレギを使ってなにを考えていようと、ディス=タシュの問題はどうする事もできまいよ。五柱の王から知識や力を与えられたからといって、たかが人間にいったいなにほどの事ができようか」

 それは確かに、ツェルエルヴァールムはそう応じる。

 レギが人間としていかに強大な力を得ようと、あるいはレギが魔神と盟約を結び、眷属の力を得て魔神となろうとも、破滅の暴君に対抗する力など持てるはずもない。

「いったいラウヴァレアシュは、なにを考えているのだ……」


 魔女の女神は配下の魔女に居る占星術師に、レギの未来を見通すよう指示したが、未来の要所要所で予言が見られなくなるらしい。

「おそらく、上位なる存在との接触により、彼の未来が見られなくなるのかと……」

 その占星術師はそう語った。

 人の予言が人にしか関与できないのだ。上位存在が関わる事柄には、その術師では未来を見る事はできなかったのである。

魔神との会話で語られる部分は、のちに「そういう意味だったか」と気づく人もいるようになってます。

まあ別に気づかなくても問題ないんですけど(笑)


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