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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第零章 黒曜石の館の怪
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湿地帯での危機と魔剣

かなり偏った内容の文章と物語です。──物語というよりも、主人公の主観を通して見た「異質な人生」のお話です──(頭を使い、想像しながら読むのを強制するような文章です。)。風景を想像して読んだり、リアリティのある異世界ファンタジーの雰囲気が好きな人向けです。


主人公の独白や風景描写が多く、読書に慣れた人でも読むのに苦痛を感じるかもしれません。

出版されている小説にはできない、ネット小説だからできる異常なまでの文章表現。と理解していただければ幸いです。

あらすじでも書きましたが、気軽に読めるような内容ではありません。

 湿地帯を歩くのは骨が折れた。

 なるべくぬかるみに足を取られぬよう気をつけながら、慎重に道なき道を歩いていたが──草の生えた場所を歩いていても、足首近くまで柔らかい地面の中にめり込んでいく。長靴をいているが、水気の多いぬかるんだ地面が足を取り、歩きづらい。


 うっすらと霧が視界をさえぎり始めたと思った頃には、日の光はあっと言う間に山の陰に消え、辺りは水底みなそこに沈むように視界が暗くなってゆく。


 周囲の状況が分からない状態で夜営するのは危険だ。それ以上に、ぬかるんだ地面の上では休む事などできはしない。俺は霧が出る前に見えていた、小さな木々が密集した場所まで歩き続けるしかなかった。

 それほど長い距離ではないはずだが、湿地帯に足を取られていた為に──かなり長い距離を歩き続けたあとに似た、重い疲労感が足に感じられた。

 三メートルほどの高さの木々が数本生えたその場所は、他の場所よりも若干じゃっかん隆起し、焦げ茶色の地面はしっかりと踏み締める事ができた。


 荷袋から回復薬を取り出すと、それを一口飲んで霧の中を見回してみる。

 

 どうやら木々が密集した先にも隆起した地面が続いていて、そこには背の低い木や草が、ずっと先まで生えているようだ。ふと、何故この場所は焦げ茶色の地面が剥き出しになっているのだろうかと思い、辺りを注意深く見回してみた。


 気づくのがあと一瞬遅れていたら危ないところだった。不意に身体の右側で動く影に気づいたのだ。剣を抜く間もなく俺は、影の反対側に飛び退いて、影が振り下ろした一撃をかわす事ができた。


 距離を取れた俺は腰の剣を鞘走らせ、素早く敵意ある相手に向けて剣を構えた。うっすらとした霧の中から現れたのは、白い髪とひげを持つ──鎧を着込んだ老人だった。

 次の瞬間。その老武者は足を大きく踏み出して、長剣を横薙ぎに薙ぎ払った。その一撃を後方に下がって躱し、相手の腕めがけて剣を振り下ろしたが──驚いた事に、前に踏み出していた足を蹴り戻して、後方へと逃れたのだ。


 かなりの手練れだ。そう思った時、山間から沈みかけた日の光が差し込み、一歩踏み出してきた相手の顔を照らし出す。


 それは()()だった。


 くすんだ灰銀色の鎧に身を包んだそいつは、兜も籠手も脛当ても、しっかりと着込んだ戦士の姿をしていた。俺は咄嗟とっさに呪文を唱え、炎を手から噴き出しながらゆっくりと後退する。


 炎に包まれた死者は後退せずに、こちらへ向かって歩み寄り──斬りかかってくる。

 死霊の身体から吹き出る瘴気しょうきが、魔法の効果を弱め、毒々しい色の毒気を周囲に撒き散らす(この毒気が、この辺りに草を生えさせない原因なのだろう)。

 俺は魔法を解き、相手の剣の一撃を剣で弾いて受け流すと、その場で数撃の斬り合いが交わされた。


 相手の死霊は生前、相当な腕の戦士だったのだろう。身に着けている鎧も剣も、かなりの一級品だと思われる。重い剣の一撃を受け流すだけで手一杯になり、反撃する余裕はほとんどなかった。


 場所も悪い。後方には湿地帯があり、そこで足を取られれば、逃げる事もできなくなるだろう。俺は荷袋を木の陰に放り投げると、相手の一撃を避けて、固い地面のある木々の近くにまで移動した。


 死霊の戦士は、ぐるりと不気味な動きでこちらへ向き直り、振りかぶった剣を凄まじい速さで振り下ろしてきた。それを後方に引いて躱すと、相手はさらにそこから前に足を踏み出し、剣の握りを変えて大きく横薙ぎにしてくる。

 俺はそれをすんでのところで躱し、相手の銀色に輝く刃を木の幹に食い込ませる事に成功する。


 死霊の戦士が幹に食い込んだ長剣を引き抜くのに手間取っているところへ、すかさず鋭い一撃を首に放ち、頭を胴体から斬り落とした。


 首を落とされた死霊の戦士は身動きをしなくなった。膝を地面にがっくりと落とし、上体を起こしたまま動かなくなる。鎧や兜は間近で見ると、かなり上等な物であるのが分かったが、死体が長く身に着けていた物を持って行くのは、さすがに躊躇ためらわれる。


 見ると鎧の脇腹辺りに、なにかが突き刺さって飛び出していた。黒ずみ錆び付いたそれは、槍か剣の折れた刃先だろう。鎧や籠手には無数の小さな傷跡が残されているが、この戦士の致命傷となったのは脇腹の傷であろう。


 色々考えたが、長剣だけは持って行く事にした。鞘に収まっていた為か傷みは少なく、刃は銀色に美しく輝き、鞘も柄もかなり手の込んだ装飾が施されている。


 死霊の手からこぼれ落ちた剣を慎重に拾うと、その剣に魔法が掛けられているのが分かった。美しい見た目以上に、その武器は強力な魔法の剣だったのだ。危険な相手から勝利して得た報酬としては、なかなか心躍る物だ。


 何故この戦士が湿地帯のど真ん中にしかばねさらしていたのかは分からないが。気を良くした俺は──その場を立ち去って、固い地面の続く、道なき道の先へ向けて歩き出した。




 手に入れた魔法の剣を腰に差し、歩いていると霧が晴れてきて、山間に隠れた太陽の残す橙色に染まった空の下に、岩山があるのが見えてきた。かなり先にあるそれは、木々に隠れながらも巨大で陰鬱いんうつな気配を持って、そこに存在している。

 その岩山へと続く森が湿地帯の手前まで延び、それはいま居る場所の近くまで手を伸ばしていた。背の高い木は無く、密集した木々の中に立ち込める──濃密な湿気と森の匂いに、嫌な予感を感じつつも先へと急いで向かう事にする。


 一夜を過ごせそうな場所を探しながら歩いていたが、そのような場所はまったく無く、辺りはすぐに──真っ暗闇に包まれてしまった。

 荷袋から携帯灯(錬金術で作り出される道具)を取り出すとそれを点け、どうにかして身を落ち着けられる場所はないかと、歩みを進める。


 しかし、そんな場所を見つけるより先に、空腹が襲ってきてしまった。仕方なしに手頃な岩場に腰を下ろし、携帯灯を木の枝に引っかけてから、水筒などを出して手を洗い、簡単な食事の支度を始める。

 本当に簡単な食事だ。塩漬け肉と乾酪チーズを挟んでおいたパンを一つと、回復薬と赤葡萄酒(ワイン)少々である。

 薄暗い携帯灯の光の中で、暗い森の中から、いつ獣や先ほどのような死霊が現れるかもしれない。──その恐怖と戦いながら一休みし、再び先へと歩き始める。




 その夜は、ほとんど寝ずに岩山の手前まで歩き通しになった。幸いだったのは、猛獣にも死霊にも出会わなかった事だろう。

 岩山の手前に、いくつも転がっていた大きな岩場の陰の間に身を置くと、結界を張って一眠りする事にし、身を岩に寄り添わすと──そのままぐっすりと眠りに落ちた。


 *****


 朝日が森を照らし出すと、湿気と共に霧が岩場にまで広がってきて、嫌な冷気で目を覚ます事となった。夜の間に溜め込んだ森の臭気を放つみたいに霧が広がり、野営慣れした俺ですら()()()()ほどの、強い森の匂いに驚かされた。


 あとから考えるとあの森の匂いは、木々から発せられる物だけではなく──腐敗し、森の地面と一体化した死体から発せられた匂いだった気もする。

 その日の朝は頭がうまく働かず、ただただ疲れ切った身体を引きずってでも、森から離れようという気持ちでいっぱいになり、よろよろと重い足を動かしながら、岩山の方へと歩き出したのだ。


 岩山の近くで森は途切れ、見晴らしの良い場所が広がっていた。ゆったりとした斜面の上には切り立った岩山がそびえ、行く手を阻んでいるが──その岩山を避けていけば、先へと進む道は残されていた。岩山の高さは五百メートルほどだろう。山幅自体も広くはなく、こぢんまりとたたずんでいる風貌だ。


 日は結構高く昇っており、道なき道の先を照らしている。

 足は重く、湿地帯を抜ける為の強行軍がかなり身体にこたえていたらしい。座った体勢のまま眠りに就いていた所為せいで、身体のあちこちが旅の疲労を訴え出しそうな有様だ。


 緩やかな斜面の上に木々が数本立ち並び、黄色か橙色の果実を実らせているのが見えた。朝食も食べずにいたうえに喉も渇いていた俺は、それを手に入れるため斜面の乾いた土を踏み締めながら、木々のある場所へ向かって歩き出す。

 その周辺は芝生に似た草も生え、近くの岩場から染み出した水の流れ込む、小さな池もあった。池の水は透明で、きらきらと光る砂利の底が見えるほどだ。魚の姿は見えなかったが、池のすぐ近くの砂地には二匹の亀の姿があった。


 俺はまず岩場から染み出す水に、落ちていた薄い石を何枚か隙間に突き刺して、水を滴り落ちるようにさせ、そこからてのひらに水を溜めて口をすすぎ、続けて水を飲んだ。冷たい水で顔を洗うと眠気が去り、多少は身体の疲れも解消された気持ちになる。


 水筒の水も入れ替えると、当初の目的の果物を手に入れる事に注意を向けた。木の高さはさほどでもなく、斜面から斜めに生えている為、幹を登るのも簡単におこなえた。

 手近な枝から果物をいくつかもぎ取ると、池の中に投げ入れる。亀たちは驚いて草むらの中へと逃げ込んだ。


 するすると幹を伝って降りると、池に投げ込んだ果物を取る為と、身体を洗う為に全裸になって、池から流れ出る小川の近くへ腰を下ろす。

 簡単に汗を流し、さっぱりとした気分になって、池に迫り出した白っぽい岩の上に腰かけながら果物の皮を剥いていると、斜面の下からじっとこちらを見る二頭の鹿と目が合った。

 彼らは「人間を見るのは初めてだ」と言わんばかりに、首を伸ばしてこちらを窺っていたが。──相手が襲ってこないと踏むと、興味をな無くしたのか、近くの草をむ事に集中し出す。


 斜面から見える、森の向こう側にある湿地帯の一部には所々、雲の影がかかり、薄暗くなっている所もあるが、広々とした湿地帯の中には、脚の長い鳥や、群れをなす鳥たちが羽撃はばたいている姿が見える。


 果物を食べて疲れと空腹を癒すと、ちょうど身体も乾いた。衣服を素早く着込み、昨日手に入れた魔法の剣の手入れをする事にした。


 柄に巻かれた布を取り外すと水で洗い清め。つば部分と刀身も水で洗い、綺麗な布で拭っておく。日の光を受けた刀身は青白く光り、美しいきらめきの中に、ひんやりとした魔力を孕んだ明滅を映し出す。


 剣を岩の上に置き、鞘の金属部分と革張りを外そうとすると、年月をた鞘を包む革張りが、ぼろっと崩れてしまった。しかしその中から現れた鞘の本体は、真っ白い骨に似た素材がしっかりと残っており、こちらは不思議と劣化しておらず、中も思ったほど汚れてはいなかった。

 それらの汚れを拭き取ると再び元の形に戻し、革張りの代わりに持っていた布を巻き付けて、鞘を補強しておく。


 魔法「物体調査」を掛けて剣を調べてみる。古代の技術によって生み出されたと思われるそれには、強力な斬撃強化の魔法が組み込まれていた。剣自体にも強化と劣化防止が施された、複合型の魔法が組み込まれ──それが安定している。


 剣自体に傷や腐食がないのはその為だったのだ。この宝物を手に入れられたのは幸運だった。危険な死霊を相手にした事も忘れ、俺はその魔剣を腰帯に差すと、荷袋を背負って綺麗な池のそばを離れて移動を開始する。




 岩山を迂回して進み続けた先に、広々とした草原や森が見えてきた。上空には真っ白な雲と青く澄んだ空が広がり、夏の終わりを告げる涼しさをもたらす風が、心地好く吹いている。

「森の空気と違い、新鮮な──いい空気だ」

 斜面の上から辺りを窺っていると、視界のずっと先、森の奥まった所に、人工物を思わせる黒い石の壁らしき物が見える。もちろん壁の様に見える岩壁である可能性もあるが、そこを目指して歩いて行く。


 地図を確認してみても、おそらく目的の場所はそちらの方向であっているはずだ。


 草原と森の間を歩きながら用心深く進んでいたが、牛や馬の群れが遠くに見え、そちらに気を取られていると、森の中から現れた小柄なひょうに似た猫科の動物と出くわした。それは体長(いち)メートルほどの灰色の猫で──長い尻尾と、線の細い身体を持っていた。

 それは黄色い眼でじっと、こちらを見ていたが。しばらくすると、さっと背を向けて森の中へと姿を消した。獰猛な獣でなくて良かったが、もう少し警戒すべきだと考え、生命探知魔法で外敵から身を隠しながら進む方法をとる事にする。


 先の見えない冒険の為に魔力を温存しておきたいのだが、極力短い時間のみ使用して、辺りの生態系などを調査してみる事にした。


 魔法を使うと、先ほど去って行った猫科の動物の放つ、青い光が遠のいて行くのが見えた。他には木の上を移動する小さな動物や鳥、森の中にも鹿かなにかの生き物が数匹いる反応がある。

 草原の方を見たとき驚いたのは、草むらの中に身を伏せている獣らしい、大型の生き物の反応が確認できた事だ。これは危ないところだった、あえて草むらを突っ切る事はあまりないが、他に身を隠せる物が無いなら、草むらを利用せざるを得ない場合もあるのだ。その途中で狩りをしようとしている獣に出くわすのは、死を意味する。


 幸い森の近くにも森の中にも、大型の生き物の反応は無い。ただし数百メートルの範囲内の事だけだ。それ以上の範囲を探知する事は、この魔法ではできない。


 俺は周囲の状況を見極めると、森の中を移動して、人工物らしき物がある場所まで向かう。

 森の中で鹿や兎の姿を見かけたり、木の根っこにつまづいたりしながら先へ先へと歩いていると、森の奥が日の光を落として出口を知らせていた。

章の構成を変更しました。

最初のこの章を「零章」として、次の章から第一章と変えました。


❇ 零話の話数を六話に纏めました。一話が四千字程度にしてあります。(エピローグは前のままです)


この第零章は主人公と、上位存在の対峙する場面へ向けて未踏の地を冒険する、主人公と背景の描写に力を注いだので、多くの小説のセオリーからは遠い物だと思いますが、一人の人間が僻地を冒険する描写に何か感じてもらえたら嬉しいです。

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[良い点] 背景と主人公の描写がとても丁寧だから、作者さんの描こうとしている風景が鮮やかにまぶたの裏に浮かび上がりました。(全く同じではないとは思いますが…) そして、繰り返し読めば読むほど、そのイ…
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