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彼氏がサバ缶になった

作者: 村崎羯諦

 朝、目が覚めると隣で寝ていた彼氏がサバ缶になってた。マルハニチロのやつ。寝ぼけてんのかなと思って彼氏を揺すって起こしたら、目が覚めた彼氏も自分がサバ缶になっていることに気がついて、やばい、やばいって言ってパニクりだしたの。でも、パニックになったのは最初だけで、こっちが引くくらいすんなりとサバ缶になったことを受け入れちゃってさ、時間が経てば治るだろうとかなんとか言って、二度寝をし始めた。


 私はそんな脳天気な態度が気に食わなくて、「来週、友達のマミに彼氏紹介するねって言ってるのに、どうすんの? 彼氏がサバ缶とか絶対に笑われちゃうじゃん」って言って詰め寄ったら、最初はいつもみたいに軽く受け流していた彼氏もだんだん不機嫌になっていって、「お前は俺の心配じゃなくて、自分の心配してんのかよ」って意味不明な逆ギレをされた。そのまま私とサバ缶になった彼氏との口論がヒートアップしていって、しまいにはニートで引き込もりの弟の悪口まで言われてぷっつんときちゃった。これは私の悪いところなんだけど、カーって頭に血が上っちゃって、ぶっ殺してやるって言って、彼氏をそのまま床に叩きつけてやろうと思ったわけ。そしたら、彼氏が笑っちゃうくらいに情けない声で許してくれって泣き叫び始めてさ、愛してるとか、お前がなきゃだめなんだとかって都合のいい言葉をまくし立てて命乞いしてきたの。そんな情けない姿を見てたら、さっきまでの怒りも静まっちゃって、サバ缶相手に大人気ないなって少しだけ反省して、今回だけだからねって許してやった。正直、そろそろ仕事に行かなくちゃいけない時間だったってのもあったし。


 で、今朝から彼氏がサバ缶になるわ、喧嘩しちゃうわで最悪な気分だから、仕事にも全然身が入らないわけ。職場の美容師仲間に彼氏がサバ缶になったんだよねって休憩のときに相談しても「マジウケる」としか言ってくれなかったし、シャンプーのときに力入れすぎてお客さんを怒らせちゃったりしちゃった。まじありえない。でも、一つだけ良いこともあって、ツイッターでサバ缶になった彼氏のことをつぶやいたら、何人かがリツイートしてくれて、そのおかげでフォロワーが十人くらい増えた。ちょーハッピー。


 でもさ、正直、彼氏がサバ缶ってよくよく考えたらありえないわけ。彼氏がサバ缶じゃ友達にも紹介できないし、一緒にディズニーランドにもいけないし、いちゃいちゃだってできない。気持ちが薄れてきたなーって最近思い始めていたこともあって、仕事帰りの電車の中で別れよっかなって漠然と考えてたわけ。でも、そんな時に、ふとツイッター見てたらキルケゴールとかいう外国人が言ったとか言わなかったとかいう愛についての格言が流れてきて、その言葉が妙に今自分が置かれた境遇とマッチしてて、すごい運命感じちゃったわけ。確かに彼氏は嫌なところもあるし、何度も浮気されたりもしたけどさ、もともと好きあってた仲だし、彼氏も彼氏であんな態度取ってるけど、突然サバ缶になって不安もあるよねって考え直して、そういうときに支えてあげることが本当の愛じゃんって思ったわけ。


 だから、彼氏の好きなビーフシチューでも作ってあげようって帰りにスーパーに寄って、ちょっぴり上機嫌で家に帰ったの。でも、ただいまって言っても彼氏の返事はなかった。なんだか悪い予感がして、女の直感で忍び足で寝室に向かったわけ。で、ベッドの掛け布団をバッとめくった下に、サバ缶になった彼氏と、その隣にぴったりとくっついた鰯の缶詰を見つけたの。わけがわかんなくて一瞬固まったけど、すぐに「あ、またこいつ浮気したな」って理解した。その瞬間、さっきまでの感傷もどっか飛んでいって、もう絶対に許さないっていう考えだけが頭ん中いっぱいになったの。で、浮気相手の鰯の缶詰を窓から投げ捨てて、ぎゃーぎゃー叫ぶ彼氏を掴んで台所にいって、そのまま怒りに駆られるまま蓋を開けて中身を取り出してやった。


 ご飯炊いて、食卓に並べて、私は泣きながらさっきまで私の彼氏だったサバ缶を食べた。出会ったときのこととか、付き合いたての楽しかったときとかのことが走馬灯のように駆け巡って、悲しさのあまり私は泣いた。でも、一口サバを口に入れたら、数年ぶりに食べたこともあって、予想以上に美味しくてびっくりしちゃって、思わず「うまっ」って呟いた。どんどんご飯が進んで、彼氏のこととかなんかどうでもよくなって、なんというかこう、技術の進歩とか企業努力に感動した。自分でも正直、何を言いたいかなんてわかってないけど、でも、これだけは知っておいてほしい。マルハニチロ、まじで神。


 

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