将軍と魔女の娘・中
少女の意識が、段々とはっきりしてくる。
だが、意識ははっきりしてくるのに、世界がふわついているように感じる。
ここは、自分の部屋。なのに、初めてみるような、そんな異質な空気を感じ、少女は落ち付かない。
体が軽くて、どこかに飛んで行ってしまいそうな気もしていて、フワフワと意識だけが漂う。
「ようやっとコッチに来たねぇ。 ひひっ」
そんな時だった。よく聞いた声が、少女の耳に届く。
反射的にそちらの方を振り向けば、いつもと変わらない佇まいの、母親が居た。
癖のある桃色の髪に、少女と年齢が同じくらいに見える背格好。
隣り合えばまるで姉妹だが、間違いなく彼女は母親だ。
「混乱させないように最初に言っておくかねぇ。ここは夢の中さね。ただし、アンタはちゃんと起きてるよフォーネ。そうさねぇ……今は寝ている時だけ来れる不思議な世界とだけ覚えておくんだ」
その説明で、分かったような、分からないような……そんな、曖昧な理解をした。
相変わらず、母様はよくわからないことや、難しい事を話す……そう思って。
「さて、それじゃあ本題だ。フォーネや、アンタは寝る前に何をしてたか覚えているかい?」
だんだんと、寝る前の行動を思い出してくる。
寝る前、少女は泣いていたのだ。
仕事で滅多に家に帰ってこない大好きな父。そんな父と、見た目は幼いが、長い時を生きる魔女の母。この二人が好きだ。
なのに……
先日、街にお使いに行った時に聞いた、父が結婚するという話。街の人達は、めでたいことだとか、これで国も安泰とか言っていた。だが……
自分は、母と自分が捨てられたと思ってすごいショックを感じていた。
あんなに、自分と母を愛してくれた父が、母以外の人と結婚する……信じられないが、街の噂はそればっかりで。
無性に、父に腹が立った。
だから、昨晩は癇癪を起こして、自室に引きこもって泣きつかれて寝てしまったようだ。
「まずは、根っこの話をしようかねぇ。アタシャこんな外見だし魔女だからねぇ、父様とちゃんとした結婚はできない……理解できないって顔してるねぇ、わかりやすいのは美徳か欠点か悩むねぇこりゃ」
ひひっと何時ものように笑う母、アデリーン。
お互いが好きなのになんで結婚できないんだろう。私も生まれているのに……
少女がそう疑問に思うと、母は理解しているといった風に。
「アタシはね。母様はとっても昔にあの国で派手な悪戯をしちまったのさね。その事は別に後悔もなぁんにもしてないんだけどねぇ。ただ、父様はその国の偉い将軍様さね。悪い事をしたアタシと一緒になると、色々と危ないのさ。うっかりすると死ぬかもしれないくらいにねぇ」
いやぁ、父様も大変さねぇ と笑う。
だったら、そんな仕事止めてしまえば……ずっと一緒に居られるのかな?
少女がそう考えると、母はどこか寂し気というか、遠くを見て……
「それも難しいねぇ。父様は偉い将軍様だ。止めたらそれを切欠に国の外から怖いやつらがやってきて暴れちまうのさね。父様が居る、それだけで国を……もっと言えば、戦うことのできない人を守ってるのさ」
少女にとって、母の言っている事は、なんとなくは理解できた。が、納得できるかと言われるとまた別で。
少女のその様子に、ひひっと、母は、老獪な笑みを浮かべる。
「大丈夫さね。父様は、アレでアタシにべた惚れしてるのさね。薬と呪いの魔女を甘く見るんじゃあないよ、フォーネ。体も心もガッチリ掴んで離しやしないさ……そこらの小娘に父様が満足するもんかい」
そういう母からは、何故か黒と桃色の波動が感じられる気がした。
そして、母は少女に近づき……
「ひひっ……そうだねぇ、それでも納得いかないのなら。少しの間、父様のところで生活してみるかい?それも勉強になるだろうさ」
母が、そう言いながら、少女の頭を撫でるとと眩しい光が唐突に視界を覆って……
目が覚めると、見慣れたいつも通りの自分の部屋だった。
朝日が眩しくて腹立たしいくらいに、いつも通り。
だが、夢の内容は消えることなく覚えている。
「父様のところで生活、かぁ……」
少女の声は、窓の外にいる小鳥しか聞いてくれなかった。