将軍と魔女の娘・前
アルファル王国のどこかに、一軒のこぢんまりとした家があった。
レンガ造りで、周囲に認識阻害の魔方陣が描かれ、外から見れば、ただの森の中に見える。
その中で、10歳程度の見た目の少女が、鍋にかき混ぜ棒を突っ込み、内容物を混ぜていた。
少女の髪は、長い癖っ毛の茶髪で、目は、炎のように赤い。
「ひひっ。後は……火を強めて、かき混ぜ棒を一回しして……できた! 」
少女は、満面の笑みで、鍋の中の透明な液体を見て、喜びの声をあげる。
「回復ポーションの完成! 早速、母様に見せに行かないと……」
そう言って、小瓶にポーションを詰めて、リビングでのんびりしているであろう母の元へと……
「母様、見てください! 母様からもらった魔導書に書かれてた、回復ポーションを作ってみました」
そう言って、桃毛の少し癖っ気ロングな、同い年くらいの女の子に、母様と言ってポーションを見せる。
母親は金色の目で娘の方を見て。
「ひひっ。フォーネは勉強熱心だねぇ……どれどれ……」
そう、少し老獪な笑い声と共に、小瓶を受け取り、
少女、フォーネの母であり、100年以上の時を生きる魔女、アデリーンはそのポーションを、窓から入る日光にかざして見て……
「ふむ、100点中、20点かねぇ」
そう、務慈悲に告げよう。ガーンと衝撃を受けた、娘、フォーネはガクッと崩れ……
「うう、自信作だったのに……」
「ひひひ。まあ、その年で、アタシに20点と言わせるポーションが作れたら十分さねぇ」
そういって、頭をなでなでする。仲の良い姉妹に見えるが、母娘なのだ。
「さ、もう日が高いし、お昼ごはんにしようかねぇ」
「じゃあ。母様特製の、サンドイッチが食べたい! 」
「ひひ、フォーネも好きだねぇ……」
食べ物の好みは、父親に似たねぇ……なんて思いつつ。魔女はサンドイッチを作り始めよう。
しばらくして、少し肉肉しいサンドイッチを齧る母娘。
フォーネの方が、食材庫の方を見て。
「あれ? 母様」
「なんだい? 」
「今日は、お客様でも来るのですか? なんだか、食材が沢山です」
「ああ、今日はザイ坊が夕食を食べに来るのさね」
ザイ坊、即ちザイヴェン・グランフェルド・カイン。
アルファル王国の将軍の一人であり、10年前、魔女アデリーンを孕ませ、フォーネを産ませた男である。
その名を聞くと……フォーネは、何故か、複雑そうで。
「……母様」
「ん?」
「母様は、父様の事、好きですか」
「……ひひ。ませた事、聞くようになったねぇ……好いているからそこ、フォーネが生まれたのさね」
「……です、よね」
フォーネの表情は晴れない。珍しいフォーネの表情に……魔女アデリーンは、ひひと笑って。
「何を悩んでいるかは知らないがねぇ……今夜、親子水入らずで過ごせば、悩みも晴れるさね」
「……はい」
そんなこんなで。夜。ザイヴェンは、騎士の乗る飛竜で、平原から森へと飛んでいた。
ザイヴェンの見た目は20代前半で、短めの茶髪に、赤い炎のような瞳を持っている。
だが……実年齢は、50を超えるという。
「二か月ぶりかな……此処に来るのは」
平原を通りすぎ、結界内に入れば、そう呟く。
すると、剣から声がするではないか。
『おい、ザイヴェン。もっとフォーネちゃんと触れ合ったらどうだ』
この剣、聖剣ヴァズカーンは、とある理由で、ものすごいおしゃべりなインテリジェンスソードなのだ。
『だってよ、もうすぐテメェは……』
「その話は、今はやめてくれ。ヴァズカーン」
そう、やや暗い表情をしたザイヴェン。だが、ふぅと気を取り直し、扉を開く。
「ひひ、よく来たねぇ、ザイ坊」
「……」
迎えたのは、幼い姉妹のような見た目の母娘。
家の机には、それなりに大量のご馳走が並んでいる。
いつも通りの見た目に似合わない老獪な笑顔の魔女アデリーンと、その陰に隠れた、フォーネ。
「アデリーン。二か月ぶり。フォーネも」
『よぉ、ロリ魔女。フォーネちゃんも、元気してたかぁ? 』
そう、一人と一振りが声をかけた時だった。
フォーネが、影に隠れながら口を開く。
「……け」
「ん?」
「家から、私と母様の家から出てけ! 裏切者! 」
そう、フォーネは叫び、サンドイッチを掴むと、ザイヴァヴェン投にげつけた。
ぐちゃり。そう衣服が、サンドイッチで汚れる。
「……っ! 」
「出てけ。出てけ出てけ! 母様と、私を捨てたくせに、捨てた癖に! 」
そう叫びながら、机の上の料理を次々と投げつけ、泣きながら、自分の部屋に駆けこもうか。
「フォーネ……まさか……」
「……多分、そのまさかさね」
「アデリーン」
「対魔族のための同盟、そのために、他の国の女将軍と結婚するんだってねぇ」
「……ああ、そうだよ」
「多分、お使いかなんかの時に、耳に入ったのさ。その話がねぇ」
フォーネの自室。そこでは、フォーネがすすり泣いていた。
父親、ザイヴェンの事は、好きだ。
母親、アデリーンの事も、好きだ。
この二人が好きなのだ。この二人が仲良くしてくれれば、他に何もいらないくらい、幸せだ。
なのに……
『よぉ、フォーネ』
「……ヴァズカーン、念話? 」
『ああ』
「……父様はね、私の父様なの」
『……』
「でね、母様の、大切な人なの」
『……そーだな』
「ヴァズカーン……なんで? なんで、父様は他の女の人と結婚するの? 母様と、私は……捨てられたの? 」
『んなわけはねぇよ。お前ら二人とも、ザイヴェンの大切な人だ。……ま。政治だよ。大人にならねぇとわかんねぇし、大人になっても、理解できねぇことだよ』
「……わかんないよ、私」
そう言って、暗い部屋の中ですすり泣く。
泣き疲れれば、ゆっくりと、夢の中に落ちていく……