王女殿下の逆異世界散歩
「なんなのこれは・・・!」
眼の前に置かれた皿には黄色い物体に黒い蜜のようなものがかかっている
匙で触ると小刻みに揺れ威嚇するスライムのようだが嗅いでみると甘い香りがする
周りを見渡すと同じ物体を皆が美味しそうに頬張っている
「こんな・・・こんなものを・・・!」
意を決して震える手で掬い上げて口に運ぶ
一台の馬車と護衛の騎兵の一団が城へ続く道を進む
「王女殿下、間もなく城に到着いたします」
護衛の厳格そうな長髪の男が馬車の横につけて声をかけると馬車の窓から仏頂面の少女が顔を出す
「お父様ったらありえない!あんな辺鄙なところに行かせるなんて!」
どうやら国王の名代として何らかの式事に出向いた帰りのようだ
それ中年男性はそれをなだめるが少女は憤りをおさえられないでいる
「都へ戻ったのだから明日は買い物に付き合ってよね、荷物持ちおねがい」
「わかっております王女殿下」
長髪の男がそう答えると少女は少しだけ表情を緩め周りの他の順者達は全員胸をなでおろす
街へ入り城まで一直線の道に入った時、少女は街の外れに一箇所建物などの様相が違う区画があることに気付く
そこはほかの建物が石やレンガを使っているのに対し木材が多く使われていて屋根の雰囲気も違っていて、少女には娯楽施設のような楽しげなところに見えた
昔から気にはなっていたが特に誰かに聞くこともなかった少女はこの機会に尋ねてみることにした
「あれはかつてこの世界を救った異界からきた英雄達の末裔達が住む集落です。戦乱の世が終わり、役割を終えた彼らに先代の国王が少ないながら彼らが自由に行きれるよう、土地を与えたうちの一箇所があそこなのです」
この世界ではかつて魔物や魔族による侵略や種族同士の争いなど様々な戦いが起こり人々は絶望の中生きていたのだ
それを異界から来た者は夫々凄まじい力を持っておりその力を使ってすべてを治めてくれたというのだ
しかし彼らは元の世界に帰ることもできないので各国から与えられた土地に集落や畑をつくり、元いた世界に近い生活をおくっているという
少女が感心していると長髪の男は額に汗を浮かべながら
「しかし…あそこは危険なので絶対に近寄ってはなりません、異種族の者も多く出入りしておりますし王女殿下の御身にもしものことがあったら…」
男はそう言いながら歯を食いしばりながら両手を握りしめた
興味深い是非行ってみたいと言う少女にならぬならぬと首を振る男に
「じゃあお前は行ったことがあるのか?どんなだったか聞かせてくれ」
少女が尋ねると男は一瞬ギクリと止まり夜回り警備で何度かと口籠る男
お前が行って大丈夫ならいいではないかと迫る少女に長旅でお疲れでしょうし自分も城ではなく自宅に戻って休むので後日話すと男はぐらかした
行くな行くなと言われたら行ってみたくなるではないか
王女はその夕刻城を抜け出した
祖父である先代がお忍びで酒場に行くために作った城の隠し通路を使い街へ出る
現在の酒場の女店主には幼い時家出した時からの付き合いで色々と世話になっている
店じまいを済ませいつものように女店主が変装に必要な服を用意しながら尋ねる
「今日は何処に行かれるので?」
王女はお洒落な頭巾を被りニヤリと笑い
「素敵な木のお家を見に行くの!」
危なくはないだろうけどと少し不安に思った女店主も買い出しついでに入り口まで一緒に行ってくれることになった
こんな遅い時間まで商店がやっているのか不思議に思いながら王女は女店主の後ろをついていく
星の光を頼りに路地を進んでいくにつれて先の方が明るくなっていくにつれて王女の心はときめいてくる
路地を抜けるとそこは昼と見間違うように明るい世界が広がっていた、それは妖精の光のように見えるし燃え盛る炎のようでもあった
その眩しさに心を奪われ目を輝かせる王女
もう日が暮れたというのに活気があり様々なの種族の者が酒を酌み交わしたり、食事を美味しそうに頬張ったり、テーブルでゲームを楽しんだり、読書をしたりと思い思いに楽しんでいる
「逆に昼間は静かなんだけどね」
女店主は珍しいものを仕入れのため数日おきに来ており軽く案内もしてくれた
その最中王女は見覚えのある横顔を見つけて頭巾を深々とかぶり直した
昼間頑なにここに来てはいけないと言っていた護衛の長髪の男だ
「自宅に帰ってすぐ休むとか言ってたのに…、丁度いいからここでどんな楽しみをしてるのか調べてやる!」
王女は女店主としばらくしたら入り口で落ち合う約束をし男の後をつける
男が三角屋根の建物に入っていったので王女は少し間を開けて恐る恐るドアを開けた
「いらっしゃいませ!」
店に入るとそこはまるで異空間だった
華美ではないがなんとも気品のあるテーブルや椅子などの家具に囲まれ、嗅いだことのないなんともいい香りがたちこめる
建物に脚を踏み入れると外とは違う暖かな光と優しい雰囲気に言葉に詰まる王女
出迎えた青年がテーブルへと案内してくれた
「こちらお店からのサービスドリンクです、甘いものがお好きなら砂糖を入れてお召し上がりください。こちらメニューになります、お決まりになりましたらベルを鳴らしてください」
にこやかな青年がテーブルに白い粉の入った瓶とメニュー表とベルを置く
こういった店に入るのは初めてではないが少し困惑する王女は先に入った男のテーブルに目をやる
すでに注文を終えて席につくや否や出された飲み物に砂のように白い砂糖を入れて口をつけている
王女はとりあえず男の真似をしてあの男とと同じものをと長髪の男を指差し注文を終え飲み物に砂糖を一匙分ほど入れゆっくりと口に含んだ
「なにこれ!とってもおいしいわ!」
蜜のような舌に纏わりつく甘さと鼻から抜ける柔らかな香りに顔が緩む王女
ちょっと口に含むはずがあっという間に飲み干してしまった
「紅茶はお気に召しましたでしょうか?おかわりは如何です?」
青年はポットを持って現れて追加で飲み物を注いでくれた
口に含めるギリギリの暖かさのお茶を大事そうに少しずつ飲む王女の前にさきほど注文したモノが差し出された
その瞬間王女は目を丸くし固まってしまった
「なんなのこれは・・・!」
眼の前には頂上が茶色い黄ばんだ乳白色の物体がプルプルと小刻みに揺れている
それはいつか城の堀近くの湿気のある草むらで見たスライムのような物体であった
菓子といえばほとんど焼き固めたものという概念がある王女には眼の前にあるものがとても菓子には見えなかった
「特製焼きプリンでございます」
これは食べ物なのかなんなのかこの店は悪食御用達の店なのか、騙された、来るんじゃなかったとじわりと目に涙が溜まりそうな王女に青年は笑顔で
「新鮮な牛の乳と鶏卵を砂糖と混ぜて焼いた菓子です、甘くて美味しいのでどうぞ冷たいうちに」
焼いたのに冷たい?でも鶏卵と牛の乳なら食べられるだろうが、とますます混乱する王女だが周りの者もあの男も食べて顔を子供のようにほころばせているのを見て意を決して口へと運んだ
「おっ…おいしい!」
冷たいプルプルのそれは口の中でとろけて甘さとまろやかさが口いっぱいに広がり上の茶色い部分が少しだけほろ苦いがその香りが鶏卵の生臭みを上手く消している、今まで食べたことのない菓子だった
「お口に合ってよかったです、どうぞごゆっくり」
ゆっくりなんてとんでもない、あれよあれよと口に頬張りあっという間に平らげてしまった
冷たくなった口を暖かなお茶で温めて幸福混じりのため息が漏れる
ふと男の方に目をやると皿に菓子を半分ほど残し、脂汗をかきながら目を見開いて王女の方を見ていた
王女はニヤつきながら男を眺めると鼻で笑いお金をテーブルに置くと店を後にした
「またのお越しをお待ちしております」
店を出るとすぐに後ろから長髪の男が追いかけてきた
「夜城を抜け出すなんて…王女殿下…危ないことはお止めいただかないと…」
男は狼狽しながらも平静を装い王女の後を歩く
王女は不敵な笑みを浮かべながら振り返りいつも厳格な男が子供のように菓子を頬張る姿を揶揄した
そのことは皆に内密にしてほしいという男に対して
「じゃあ今度はアナタが案内してちょうだい、ココのこともっと詳しく教えて?」
深い溜息をつき頭を抱える男を尻目に次はどんな楽しいことがあるのか、心弾ませながらステップを踏む王女
「さっきの店は異界では喫茶店といってお茶や菓子の他に軽食も出していて…」
「ふむふむそれで?」
「あの店の者は氷の炎の魔道士の家系で異界のレシピで冷たい菓子を…」
「それでそれで!?」
王女は女店主との待ち合わせ場所に着くまでしばらくの間長髪の男の話を食い入る様に聞いた