ゴブリンの肉はにがうま?だよ
パチ パチ パチ
薪が音を立てて燃えている。
火を見ていると、何故か心が落ち着く。
腕輪になった今も、それは変わらないようだ。
『これで修行は終わりだ。一日、疲れを取ろう。それから行動開始だ』
今、俺たちは、ジジと出会った洞窟の中にいる。
ジジは俺の言葉に頷いた後、姿勢を正す。
「デビルンのお陰で、メソメソ泣き続けなくてすんだわ。デビルンのお陰で、何とか戦えるようになったわ。ありが――」
『そこから先は、目的を達成してから言ってくれ』
炎装をコントロールできるようになってきたとはいえ、まだ不安が残る。
ジジは数多くのゴブリンを倒した。だがゴブリンは、ゲームやラノベだと最弱クラスの魔物だ。
この世界の強さの基準が分からないから、安心できない。
「そうね……。あ、ちょうど頃合いね」
たき火の近くには、棒に挿した肉を立てていた。
肉からはジュウと音が聞こえ、肉汁がしたたっている。
それを手に取ったジジは、徐に口へ運ぶ。
「うん。美味しい」
肉を笑顔で頬張るジジを見た俺は、苦虫を噛み潰したような表情になる。顔はないが、そんな気持ちになったのだ。
聞くのは野暮だが、思わず聞いてしまう。
『それ、旨いのか?』
ジジは怪訝な面持ちになり、食べる手を止めた。
「こんなに美味しいものに、なんてことを言うの」
『すまない。俺には味覚がないからな』
なるほどといった表情をしたジジは、再び肉を食べ始める。
『ゴブリンの肉は、どんな味がするんだ?』
ジジは自分で仕留めたゴブリンの肉を食べているのだ。
ゴブリンの肉は、赤身の部分が緑ががっているので、旨そうには見えない。
「にがうま?」
なるほど、分からん。
ジジぐらいの年齢――中学生ぐらいに見える―――の女性でも食べられる苦さなら、たいして苦くはないのかな? それとも、ドワーフという種族が苦いものが好きなのかな? 考えても答えが出ないな。
ジジが美味しいと言うのなら、それでいいか。ムシャムシャと幸せそうに食べているし。
さて、やることもないし、ステータスでも確認するか。
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名称:デビルン
種族:悪魔の腕輪
スキル:炎装 Lv.2
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お、レベルが上がっている。
でも、あまり力が増した気はしないな。
スキルの詳細でも見られればいいんだが……
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炎装 Lv.2 : 炎装の第二段階。装備者の全身に煉獄の炎が展開される。この炎装を発動する際、他のあらゆる行動を取ることができない。
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なんだよ藪からスティックに。
驚きすぎて思わずルー●柴みたいな口調になってしまったよ。
スキルの詳細は、鑑定スキルがないと見られないと思い込んでいたんだが、見ようと思ったら見れるんだね。
それにしても、あれだな。
炎装レベル2で使えるようになった技は、装備者にのみ発動するアス●ロンみたいなものかな? 今のところ使う場面は思いつかないが、どこかで使う機会があるかもな。
『ステータスを確認してみたんだが、炎装のスキルレベルが上がっていた。ジジのスキルのレベルは、どうだ?』
「もともと格闘スキルはレベル1だったんだけど、4まで上がったみたいだわ」
ジジは肉を食べながら、気のない返事をしてきた。
少しだけ格闘スキルが使えると言っていた、ジジのレベルが1だったのは意外だな。
それからレベル4まで上がったのか。
装備されている俺よりも、直接戦っているジジの方がレベルの伸び率がいいのは当然だな。
まあ、それはいいんだが……
『何故、自分のレベルに興味がないんだ?』
俺の場合、レベルが上がったら嬉しい。強くなったことが数字でわかるしね。
「格闘スキルはね、レベルがあがっても、あまり強くならないのよ」
僅かにパンチやキックのキレは増すが、実感できる程のレベルアップは見込めないらしい。
現実は非情だな。レベルが上がると、簡単に強くなれると思っていた。
「スキルが進化すれば、格闘スキルでも強くなれると思うけどね。でも、スキルが進化する人なんて、滅多にいないわ」
自分のスキルのことを他人事のように話すジジを見て俺は、寂しくなった。
『自分のことに、興味が無いのか?』
「今はそれどころじゃないわ」
それどころじゃないことは、わかっている。
わかってはいるが。
『ジジ。強さとは、なんだと思う?』
「どうしたの、急に」
俺は、敢えて黙った。
沈黙することで、俺の問いに答えるように促す。
俺の意図が伝わったのか、ジジが考えるそぶりを見せる。
「意志じゃないかしら。やり遂げようとする気持ちは、何よりも強いと思うわ」
『そこに、ジジは存在するのか?』
「どういうこと?」
ジジが訝し気な眼差しで俺を見つめる。
『ジジは両親を救おうとしている。ジジがやり遂げた先、そこにジジは存在するのか?』
ジジと過ごす間、俺はあることを感じていた。
そのあることが、俺の最大の懸念。
それは――
『ジジ、お前、死ぬつもりじゃないか?』
ジジが俺を睨みつける。
「命を懸けないと、無理なこともあるのよ」
『悪魔は契約を重んじる。ジジが死ねば、世界を一緒に見て回れない』
詭弁だ。
俺はただ、ジジに生きていて欲しいだけだ。
「ごめんなさい。悪魔との契約を破ってでも、成し遂げなければならないことがあるのよ」
ジジの決意は本物だ。
だったら俺も、ごまかすのは止めよう。
『俺は、ジジに生きていて欲しい。俺との関係を剛友だと言ってくれたジジのことを、俺は大切に思っている』
ジジの表情が歪んでいく。目には光るものが見える。
「卑怯よ。そんなこと言ったら、覚悟が鈍るじゃないの」
卑怯で結構だ。
俺はジジに生きていて欲しい。
『生きろ、ジジ。生きた上で、両親を助けろ』
自分の命を顧みずに両親を助けるよりも、自分が生きながらに両親を救う方が、難易度は遥かに高い。
でも――
『ジジなら、いや、俺たちなら、出来ると信じている』
ジジは、上を見上げた。
一筋の涙が、頬を伝い、落ちていく。
「随分と……弱気になっていたようだわ」
ジジは手で涙を拭う。
「やってやるわ。全部、救ってみせようじゃないの。――あちきを含めてね!」
そして、二カッと笑った。