巨大なゴブリンと戦ったよ
「ギャオオオオオオオオオン」
この三日間たくさんのゴブリンと戦ってきたが、ゴブリンの身長は大きくて100cm程度だった。
だが、今、目の前にいるこのゴブリンは身長が3mはある。
緑色の肌に、大きな鼻に、尖った耳といった特徴は、普通のゴブリンと同じ。
しかし、着ているものが、普通のゴブリンとは段違いだ。
ピカピカと光る金色のマントを背負い、頭には金色の王冠を戴せている。
手に握っているのは、身の丈ほどもある巨大な斧。
体はガリガリだが、その雰囲気は威風堂々としている。
そう、まるで――
『王のようだ……』
ゴブリンの群れにリーダー格が見当たらなかったのは不思議だったが、これは無いだろ……
「うん。たぶんゴブリンキング」
ジジも呆然としている。
やはりゴブリンキングだったか。
(余の同胞が世話になったようだな)
ん!?
今、直接、声が頭の中に響いてきたような……
(力を蓄えてから人里を襲おうと考えておったのだが、そうもいかなくなった。何故なら余を、怒らせたのだからな!)
ゴブリンキングなら、魔物避けの柵を破れる。こいつは魔物避けの柵を敢えて破らなかったのか。厄介だな。高い知能があると考えていい。
ダーン ダーン ダーン
ゴブリンキングが、こちらに歩み寄ってくる。
足音が、廃坑の石壁に響く。
ゴブリンキングは、斧を両手で持ち、上段に構える。
『ジジ! 攻撃がくるぞ! 後ろへステップしろ!』
ハッと顔をあげたジジは、その場から後ろへステップを踏んだ。
ドガアアアアン
先ほどまでジジが居た場所に、斧が突き刺さっていた。
偶然だが、炎装・靴を解除していなかったのが、功を奏したな。
(ふん。呆けておるかと思うたが、中々の動きだ。さすがは余の同胞を屠っただけのことはある)
怒気を孕んだ念話が頭に響いてくる。
戦いは避けられそうにないな。
『俺たちの強さを教えてやれ!』
「当然よ!」
ジジの黒い瞳に、強者と戦う決意の炎が宿ったようだ。
「ベイビーステップ……」
細かくステップを踏みながら、ジジはゴブリンキングに近づいていく。
(厄介な。だが、余には通用せん)
ゴブリンキングが、斧を引き抜き、横薙ぎに振るう。
速いっ!
ゴウッ
斧の風圧が接近してくる。
ダンッ
ジジは床を蹴り、天井まで飛び上がる。
斧がジジの下を通過していく。
(それで通用すると思うたか。ドワーフの娘よ!)
ゴブリンは斧の軌道を力づくで変えた。
天井に向かって、斧が振り上げられる。
「承知の上よ!」
ガンッ
ジジは天井を蹴った。
「蝙蝠ジャンプ……ストレェエエエトッ!!!」
拳を握りしめたジジが、宙を舞いながらゴブリンキングに接近していく。
ゴブリンキングは斧から手を放す。
手で防御しようとするが……
ガアアアアアン!
ジジの拳がゴブリンキングの顔面を捉えた。
ゴブリンキングがガクッと膝をおる。
(まさか、これほどとは……)
ゴフッ
ゴブリンキングの口から、血が吐き出る。
(余も、全力を出せねばならんようだ)
口についた血を手で拭ったゴブリンキングは、スウッと息を吸いこむ。
「ギャオオオオオオオオオン」
ゴブリンキングの瞳が、赤く染まっていく。
ガリガリだった体が、筋肉の鎧に包まれていく。
頭から王冠が落ちた。
その代わりに、真っ黒な角が生えてきた。
今までの姿が王だとすれば、今の姿は狂戦士のようだ。
(ふむ。予想以上の仕上がりだ)
ポキッポキッと首を鳴らすゴブリン。
力を確かめるかのように、拳を石壁にぶつける。
ガーン!
石壁に穴が空いた。
『明らかに力が増しやがった』
「恐らく進化したんだわ。ゴブリンキングの上位種なんて、聞いたことがないけれど……」
ジジの額に汗が浮かび上がる。
(余は、超越したのだよ。ゴブリンオーバーロードとでも呼んでもらおうか)
超越した?
進化したんじゃないのか?
(とまどっておるようだな。俺は力を得た。その代わりに、同胞を率いる能力を失ったがな)
だから、頭から王冠が落ちたのか。
強そうではあるが、以前のような威風堂々とした態度ではなくなっている。
圧力は感じるが、ただ力があるだけのように思える。
それは果たして、パワーアップと言えるのだろうか。
『ジジ、見せてやれ。本当の力ってやつをよ』
「あちきも今、同じことを考えていたわ」
ポキッポキッと拳を鳴らすジジ。
「≪炎装・拳≫」
ジジの拳に、真っ赤な炎のグローブが纏われる。
拳の炎が、いつもよりも激しく、大きい。炎が荒々しく揺れている。
(何をする気か知らんが、今の俺に敵う者など居はしない!)
ゴブリンが斧を手に取る。
(もはや同胞など、どうでもいい。この力の前では、全てが些事よ!)
ゴブリンの表情が、愉悦に染まっている。
ゴブリンが斧を上段に構える。それをジジに向かって振り下ろす。
ビュン
「直往邁進......大出力」
キィイイイイイン ゴオオオオオオオ
戦闘機が飛行する時のような音が、ジジの放つパンチから聞こえて来る。
そのパンチは、斧を砕く。
まだ止まらない。
ジジの拳が、ゴブリンに接近していく。
ゴブリンの目が、恐怖に染められる。
ジジの目は、怒りに染まっている。
ドガァアアアアアアアン
ゴブリンの巨体が後ろに吹き飛んでいく。
ドサリと石床に背中から着地したゴブリンは、白目を剥いていた。
「同胞を捨てるような奴に、あちきは負けない」
同胞が倒されたことに怒ったゴブリンキングからは、王の矜持を感じた。
だが、超越者を名乗ったゴブリンは王ではなく、力に狂ったただのゴブリンだった。
『ジジ……』
情けないことに、ジジにどんな言葉を掛けたらいいか分からなかった。
「ちょっとだけ休みたい」
廃坑の入口の方へ、ジジは歩いていく。
その表情は、悲しいのか、寂しいのか、怒っているのか、俺には判断ができない。