剛友と呼ぶ覚悟だよ
走る。
逃げる。
ゴブリンメイジから火弾が放たれる。
辛うじて避ける。
ゴブリンアーチャーから矢が射られる。
普通のゴブリンを掴む。
それを盾にして防ぐ。
ジジはゴブリンの群れから逃げ続ける。
ジジは足が速くない。
だが、逃げることに全力を捧げている今のジジを仕留めることは、難しい。
ゴブリンメイジとゴブリンアーチャーは、攻撃を放つまでに短い時間ではあるものの、隙ができる。
普通のゴブリンはジジより少しだけ動きが速いが、ジジに近づくと体を掴まれ、防御に使われる。
一本道の廃坑では、ジジが逃げる方に分があるようだ。
その証拠に……
『炎装のクールタイムが終了した。ジジ、暴れてこい!』
ゴブリンの群れからの攻撃を避けつつ、ジジは小さく頷いた。
「≪ 炎装・靴 ≫」
ジジの踝から下が、真っ赤な炎に纏われる。
それと同時に、ジジは逃げるのやめる。
クルッと振り返ったジジと、ゴブリンの群れが対峙した。
ざっと20匹はゴブリンがいる。
普通のゴブリンたちの後方に、ゴブリンメイジが三匹、ゴブリンアーチャーが二匹見える。
ゴブリンとジジが、互いに睨み合う。
双方、まだ攻撃を始めない。
静かだ。
まるで、攻撃を開始する合図を待っているかのようだ。
「ギャ!」
先に仕掛けたのは、ゴブリンの方だった。
ゴブリンの群れの後方から、火弾が三発同時に放たれる。
火弾と火弾がぶつかり合い、より大きな火弾になっていく。
デカい。
直径3mはありそうだ。
ゴブリンは、この攻撃を繰り出すタイミングを計っていたのか。
熱い。
ゴオオオという音が響く。
空気が焼けるようだ。
ジジは横向きにステップを踏み、石壁の方に接近する。
ギリギリ巨大な火弾は避けられそうだ。
ジジが避けたところに、ゴブリンアーチャーの矢が迫る。
ジジは石床を蹴り、跳びあがる。
ジジが跳ぶことを予期していたのか、ゴブリンアーチャーの矢が、ジジの方に迫っていく。
ガアアアン!
ジジが石壁を蹴った。
体の方向を無理矢理変える。
ビュン!
ジジの体の横を、矢が通過していく。
間一髪だった。
スタッ
ジジが石床に着地した。
「次はこっちの番よ」
ジジがしゃがむ。蹲踞の姿勢だ。
そのままの姿勢でやや前方に手をつける。
ジジの太ももに力がたまっていく。
ダンッ!
ジジが超スピードで跳ねた。
腕を正面でクロスしたジジが、ゴブリンの群れに迫っていく。
「フロッグステップ……あちき大砲!」
ズガアアアアン
ジジの全力跳躍によるタックルが、ゴブリンの群れに直撃した。
土煙が舞う。
パン パン
ジジが体についた土煙を払う。
周囲に残るゴブリンは、残り10匹。
そのうちの二匹がゴブリンアーチャーだ。
ちなみにゴブリンメイジは、三匹とも倒れている。魔法による攻撃力が高い分、防御力が低かったようだ。
ジリ……ジリ……
ジジがゴブリンの群れに歩み寄る。
「ゲギャ!?」
「ゲギャギャ!」
「ギャッ! ギャ!」
「ゲギャーギャ」
ゴブリンたちが焦った様子で、何事かを話し出す。
互いに顔を見合わせるゴブリンたちは、何度も頷く。
「「「「「ゲギャァアアアアア」」」」」
ゴブリンたちが、逃げ出した。
必死の形相だ。
『ジジ、よくやった』
ジジは、本当によくやった。
50匹という数を聞くのと、実際に見るのとでは、雲泥の差だった。
凄まじい圧を感じた。
怯まず、顧みず、ゴブリンの群れに対峙したジジ。
そんなジジを、俺は……
『装備されている腕輪として、誇らしく思う』
ジジが怪訝な眼差しで俺を見る。
「そんなこと……言わないで」
ジジの声は寂しそうだが、少し怒りも感じる。
「あちきとデビルンの関係は、そんなんじゃないわ」
そうだよな。
俺は、成り行きでジジに装備されてしまった“悪魔の腕輪”だ。
ジジに取りついているみたいなもんだ。
「あちきとデビルンは――剛友よ」
ジジが二カッと笑った。
いい笑顔だ。
汚れや傷が目立つ顔でも、ジジの笑顔は輝いている。
『剛……友?』
初めて聞く言葉だ。
だが、心が温かくなるような響きを感じる。
「ドワーフは、素晴らしい装備と装備者の関係を、“剛友”と呼んでいるの。そう呼ぶことで、装備者は、素晴らしい装備に負けないように研鑽を重ねる覚悟を示すの。なぜならドワーフは、素晴らしい装備には、心が宿ると考えているから」
ジジの声が温かい。
ジジの微笑みが優しい。
「ただ、剛友と言うには、あちきは力不足」
でも、そう在りたいと、思ったんだ。と、ジジは恥ずかしそうに言い、俺から顔を背けた。
俺もまだまだ力不足。
そんな俺にとって最高の言葉を、ジジは掛けてくれた。
だったら俺も――
『これからも切磋琢磨していこう……剛友としてな』
ジジは、まだ俺を完全には信頼していないと思う。
少なくとも、両親を助けられるまでは、本当の意味で心を許すことはないだろう。
でも、一緒に両親を助けようとしているのだ。
“剛友で在りたい”と言葉にすることで、決意を表明しているのだと、これがジジの覚悟なんだと、そう思った。
その時だった。
ダーン ダーン ダーン ダーン
廃坑の奥から、轟音が聞こえてきた。
その音が、徐々にこちらに近づいてくる。
「ギャオオオオオオオオオン」
俺たちの眼前に姿を現したのは、先ほどまで戦っていたゴブリンとは比較にならない程、巨大なゴブリンだった。