告白だよ
「黒騎士ともあろう者が、私に何のようだ」
バイランに引き連れられ入った部屋は、高級ホテルのような内装ではあるが、その男の趣味であろう刀剣類が、そこかしこに飾ってある。
その部屋の奥に、一見しただけでドワーフと分かる男が立っていた。
ずんぐりむっくりな体系に濃い髭を顔中に蓄えた彼の容姿は、イメージ通りのドワーフそのものだ。
だが、彼が着ているものは、ドワーフのイメージとはかけ離れている。
上品な光沢のある青地に銀のストライプが入った、見るからに高級なスーツを身にまとっている。
こいつがダダだろう。
黒い金属製の鎧を身にまとい、圧倒的な強さを誇るバイランはニヒルに笑う。
「愛剣の整備の為に、たまたま町に立ち寄っただけだ。そしたら騒ぎが起こっていたから、俺の立場としては見逃せない訳だ」
「騒ぎの原因がここにあると考えのか。無礼千万だな」
「金目当ての賊でも現れたのかと思ったのだが、どうやら違ったようだ」
バイランの後ろに居たジジを、自身の横にグイッと引き寄せる。
「その娘は!?」
ダダの目が見開かれる。
「この娘の話を聞いたら、どうにも賊では無さそうだと、俺の勘が働いてね」
「その娘がやったこととその娘の小汚い服装を見れば、どう考えても賊だろう!」
ジジはこの屋敷に力づくで押し入った。そしてジジはボロボロの革鎧を着ている。露出している肌は、傷と汚れが目立つ。
「俺も初めはそう思った。だが、この娘は、賊になり下がるような卑しい心は持っていない」
「心だと! 曖昧な!」
「曖昧なものほど、信じるに足るがね」
「いい加減な!」
ダダはコメカミをピクピクさせ、声を荒らげる。
その様子を見たバイランの瞳に、冷気が宿っていく。
まるで天上界から下界を見下ろすかのような目だ。
「誰を前にしているのか、わかっているのか?」
バイランの声は、限りなく冷たい。
今まで聞いてきた戦闘狂の声ではない。
冷静に審判をくだす者といった雰囲気を纏っている。
バイランを見つめたまま、ダダが氷のように固まる。
「黒の鎧は、何色にも染まらない意志を示している」
バイランが、ダダに近づいていく。
ダダは、元いた場所から動けない。
バイランは、ダダから腕一本分、前で静止した。
「黒騎士を前にして、どうして斯様な態度を取っているのか、問うているのだ」
ダダの額から、汗がダラダラと流れる。
「す、すみませんでした。思い上がっていました」
ガタガタと震えながら、ダダは頭を下げる。
「結構だ」とバイランは頷く。
「ジジ、こちらへ」
ジジも俺も、状況についていけない。
ただ、バイランの言葉に従う。
「俺は、人を裁く権利を持った騎士だ」
戸惑うジジの様子を察したのか、バイランが説明してくれる。
それにしても、人を裁く権利を持っている騎士だって?
恐ろしいな。
それ程の権力が付与されているのなら、誰にも取り込めないような強大な力があり、なおかつ信用のある組織に所属しているのだろうか。
例えば、国とか。
「何故この屋敷に強行に押し入ったのか、説明してくれ」
バイランは、嘘は許さないといった雰囲気をたたえている。
『正直に打ち明けた方がよさそうだな』
ジジがコクンと頷いた。
「ドワーフといえば、モノ作りが有名よね。特に鍛冶においては、他の種族の追随を許さないほど卓越した技術をもった職人が大勢いるわ。そして、あちきたちドワーフは、モノ作りに携わることに誇りを持っている」
武器の価値など分からない俺でも、この部屋に飾ってある刀剣を素晴らしいと思う。もしあれらがドワーフの職人が作ったものだとしたら、誇りたくなる気持ちがわかる。
「見ての通り、あちきはドワーフ。あちきの両親もドワーフよ。だけどね……不器用なのよ。あちきたち家族は、モノ作りができない」
すべてのドワーフが器用な訳じゃないんだな。
「だけど、力は強い。鉱石、武器、防具など、ドワーフが扱っているものは重いものが多い。だから、鉱石を町へ運び、職人たちが作った作品を他の町や人へ運ぶ仕事をしていたわ」
運送屋をしていたのか。
自分はモノ作りができなくても、モノを運ぶことで、モノ作りに携わっていたんだな。
立派な仕事だ。
「そうして、暮らしていたんだけど……」
ジジの表情が険しくなっていく。
「ある日、あちきの家に兵士を率いたダダがやって来たの。なんだろう? と思っていたら、あちきの両親が剣を盗んだと、そう言われたわ。」
その時の状況を思い出したのか、ジジが歯を食いしばっている。
「ダダと兵士は、あちきの家の倉庫を無理矢理開いたわ。そこに、あったのよ。ドワーフの町の職人たちの最高傑作――国王様へ献上する予定の剣が」
国王へ献上する剣を盗んだ!?
だからか……
「あちきの両親はやってない。誰かがあちきたちを嵌める為に、ここに剣を置いたんだって言ったけど、取り合って貰えなかったわ。証拠はここにあるだろうの、一点張りでね」
ダダめ……許せねぇな。
ジジの拳が震えている。
「あちきは怒ったわ。ダダに殴りかかろうとしたけど、兵士に押さえつけられた。あちきは無力だった。ダダを一発ぶん殴ることすら敵わなかった」
ホントは今すぐダダをぶん殴りたいよな。
「そして、気づいた時には、両親の処刑が決まっていたわ。あちきは何度も、何度も何度も、両親の無実を訴えたけど、取り合って貰えなかった。悔しかった。悲しかった。どうしようもない気持ちが胸に渦巻いて、またダダに殴りかかろうとしたら、今度は村を追い出されたの」
だから、強くなりたいと言ったのか。
ボロボロだったけど、傷だらけだったけど、泣いていたけど――
倒したい奴がいると、俺に訴えたのか。
「だから、あちきは力をつけたの。そして今日、ダダの家にやってきたのよ。この家に、両親を嵌めた証拠があると信じているから」
剣を盗んだ証拠か。
そんなものが、あるのだろうか。
「両親を嵌めた証拠。それは、ダダの証言よ。ダダは口をつぐんでいるけど、ホントのことを言ってくれると信じてるの」
ダダを信じる?
両親を嵌めた張本人だろう?
「だってダダは――」
ジジがダダの瞳を真っすぐ見つめる。
「あちきの父さんの、親友だから」