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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「青」の書・第1話 彼女の理由

『五聖神』第3話。ケンドリオンと一人の少女とのやり取り。同じ学校の女子生徒から告白されたケンドリオン。しかし、その子は性格に問題があるらしく……。


君はある日突然、異性から告白された経験があるか?

またその異性がとんでもないたらしだと知ったら?

しかし僕が初めて付き合った女子には理由と言うものがあった。

その理由は彼女の生き方に問題があったからだ。


 


 十月も半分に過ぎた頃、東部でも秋の気配が漂ってきている。

 明るい青空に白い鰯雲、地上は茶色と緑が混じり合った大地と赤や黄の葉をつけた木々、色とりどりの屋根。

 オレンジバレーはその名の通りオレンジの名産地で外国からの観光客が訪れる場所でもある。その中の区画、赤茶レンガとステンドグラスの建物、オレンジバレー・ハイスクール。

 ホームルームの終了のチャイムが鳴り響き、生徒たちはそれぞれのクラブ活動や予備校やアルバイト先へと出発する。

 そして三年生の秀才、ケンドリオンも。

「入ったのはいいけど、三年生で新入部員ってのもなぁ……」

 ストレートの短い金髪、薄いフレームのメガネ、銀の双眸、学校指定のオールドブルーのブレザーと青いスラックスの制服と赤いネクタイ、そして長身。回りにはケンドリオンを鉄道研究部に誘ったクリステル・ハンナと二人の男子部員。

「大丈夫ですよ、ケンドリオン先輩。まだ学期初めだから半年は活動できますよ」

 ウェーブのハニーブロンドに深緑の目に白い肌の二年女子、クリステルが言った。クリステルたち女子生徒の制服はブレザーとネクタイは男子と同じであるが、青いスカートである。

 学校の廊下は窓の上がカラフルなステンドグラスで下は十六マスのガラスで、日光で学校の白い壁や廊下が色をつけて反射されている。生徒たちは体育クラブは野外や体育館、文化部は教室でクラブ活動を行う。

 ケンドリオンは高校三年生になるまでは無所属だった。しかし二年生終了と同時に母がピアニストを復職のために父と離婚して、妹と弟が母についていったため、ケンドリオンが父と暮らす生活を送っていた。その父も街で医学者として働き、夜まで一人だった。穏やかだったけど、静かすぎる日々だった。クラブ活動してみようと考えたけど、大学の受験勉強もあったよそうと思っていたが……。

「お前は優秀だからクラブぐらいやっていいぞ」

と、父が許してくれたのだ。ケンドリオンは大学受験までの半年の余裕時間をクラブにあてることにした。しかし、学校とクラブと自宅勉強の他にも、やるべきことが先月にできてしまったけれど……。

「ケンドリオン先輩って、秀才に見えるけど鉄だったんすね」

 一緒に歩いていたベリショの黒人の男子生徒が言った。

「てっきりガリ勉かと思いきや、根は普通ってことでしょうか?」

 赤毛にそばかす顔の中央系男子生徒が言った。

 鉄道研究部の生徒は一年C組の教室を使っている。一年生の教室は一階にあって、ケンドリオンは二階に降りた時にクリステルたち二年部員と合流した。

 教室に入ると、計十人の部員と顧問のランバード先生が生徒席に座っている。オレンジバレー高校の教室は黒板と机、生徒の使う椅子と机、その後ろに掃除用具入れとロッカーがある。机はナチュラルウッドの開閉式板金である。そして顧問のアルフレッド・ランバード先生は四十五歳の地理教師ではげ頭とメガネと細身が特徴のエリスナ系の先生である。

 部長の三年男子がケンドリオンをみんなに紹介する。

「今日からこの部に入ることになったケンドリオン・アーベルです、三年です。よろしく」

 ケンドリオンは部のみんなに自己紹介をして歓迎をされた。

 鉄道研究部では、鉄道写真の見せ合いや私鉄やリニアの搭乗レポートを発表するという活動だった。

 思った以上にクラブ活動は楽しく過ぎてゆき、あっという間に四時過ぎになっていた。

「さようならー」

「まったねー」

 クラブ活動を終えた鉄道部員たちは教室を出て行き、ケンドリオンも帰ることにした。といっても、親友のジェイミー・ハーマンのクラブ活動が終わるまで、一階の学生憩い場で待つことにした。憩い場は半円状の小さなスペースで半円の壁つけベンチと自販機がある。

(カフェオレとキャラメルマキアートとどっちにしようかな……)

 乳製ドリンクの自販機商品を眺めながら悩むケンドリオン。ドリンクは全て一本九ロルだが味はカフェオレやキャラメルマキアートの他、いちごミルクやバニラオレなど豊富である。

(これにしよ)

 ケンドリオンはカフェオレかキャラメルマキアートにしようと言いながら、メロンオレにした。メロンオレの容器は円筒型パッケージにメロンの絵が大きく描かれている。ケンドリオンはストローでメロンオレを飲む。

 ジェイミーは吹奏楽部に入っていて、終了が下校五時までになることが多い。ジェイミーはクラリネットの担当で、学校行事の演奏で必ず吹いている。

 他の生徒たちは次々に校舎を出て行っていく。ベンチの窓部分を見てみると、空がすっかり朱に染まり、西に日が傾いている。

 ケンドリオンがチュゴゴとメロンオレをすすっていると、彼の前に一人の女子生徒が現れた。

「アーベル先輩、ちょっとお話いいですかぁ?」

 それから少し経って、クラリネットケースを持った短い栗色の髪に瑠璃色の目の細身の少年がケンドリオンとの待ち合わせ場所にやって来た。

「ケンドリオン、待たせてごめ……」

 その少年と入れ替わるように、女子生徒がケンドリオンの前から去っていった。その少女を見て、ジェイミーは思った。

「あ、あの子は……」

「来てくれたか、ジェイミー」

 教科書とノートをバンドでまとめた荷物を持ったケンドリオンがジェイミーのところに来た。

「あのさケンドリオン、あの子と話していたの?」

「そうだが」

 ケンドリオンはさらりと言う。

「あの子、確か二年生のベルリンダ・ファーガスっていう、悪評の女子だよ。まさか、あの子に……」

「ああ。今度の休みにデートしてくれって言われたから、承知した」

「そ……それはやめといた方がいいんじゃ……」

 ジェイミーがうろたえる。

「どうしてダメなんだ」

 ケンドリオンが訊くと、ジェイミーは答える。

「あの子、男たらしなんだよ……」

 ジェイミーは深刻な顔をしながら答えた。



 ベルリンダ・ファーガス、十六歳。ドゥエフ系のため金髪碧眼。中学校に入って間もなく一人の男子と付き合うが僅か四ヶ月で破局し、以後次々と男と付き合う。付き合った男子の中には彼女持ちは当然、最高五マタかけていたこともあり。その為女子や付き合っていた男子からは嫌われている。

 ジェイミーが教えてくれたベルリンダの情報は「えげつない」であった。

 自室の机でケンドリオンは私服のセーターとズボン姿で溜め息をつく。

「また一つ、役目ができたかー……」

 左手で両目をおさえながら、呟く。

 学校や受験、クラブの他にも邪羅鬼という悪者から人間を守る聖神闘者の役目もあるのに……。

 東大陸を守る五聖神の一体、蒼龍から“智”の意が最も高いことでケンドリオンは聖神闘者になった。邪羅鬼は人間の魂を糧とし地球を地獄に変えようとする連中で、邪気が増すと生まれるという。全部で五人いるが、東大陸を守れるのはケンドリオンただ一人――。

 帰宅途中でジェイミーからベルリンダの悪癖を聞いた時、ケンドリオンは気にしていなかった。

「僕と同じ部の男子がベルリンダと付き合っていたけれど、三ヶ月前に捨てられて今の学校に行くのが嫌になって転校したんだよ!」

「どうして本人と付き合っていない君が知っているんだよ」

「副部長から聞いたんだよ。ケンドリオンのこともすぐに捨てる……」

「ジェイミー、僕が失恋一つで落ち込むような人間か? 僕だったらもっと別のことで傷つくが」

 ケンドリオンはジェイミーにそう言った。

「家族と別れたら、次は失恋で心を痛める? やわじゃないよ」

 それから日曜日――。ケンドリオンとベルリンダはケンドリオンの住むグラスフィールドの北隣町ホワイトウッドの遊園地にやって来た。

 ホワイトウッド遊園地は大きくないものの、アトラクションが多いことで有名な遊園地である。

 日曜日の今日は曇りではあるが雨の心配はなさそうだった。遊園地は子連れやカップルやミドルスクールの仲良しグループの客が多い。ケンドリオンとベルリンダもその一組である。

 ケンドリオンはベージュのVネックスウェットとボトルグリーンのネルシャツ、ロールアップのジーンズとあまり履かないスニーカーの服装。ベルリンダは長い金髪をアップのポニーテールにし、薄紫のレースとリボン付きのツーピースドレスとエナメルブーツである。

 ホワイトウッド遊園地は草地にメリーゴーラウンドやコーヒーカップ、ジェットコースターや観覧車などを置いたような感じで作られているが、街の遊園地と違ってほのぼの感が感じ取れる。

「ケンドリオン先パーイ。あれに乗りましょう!」

「ケンドリオン先輩、次は観覧車に」

「お腹すきましたぁ、先輩」

 鉄以外の娯楽に慣れていないケンドリオンはベルリンダのペースに振りまわされていた。

(遊園地なんてあまり行かないからなぁ、楽しいけれど)

 ベルリンダにオレンジジュースをおごったり、パークカフェでピラフをおごったりといつもと違う休日は過ぎていった。ケンドリオンの休日といえば、勉強とテレビと鉄道趣味の過ごし方である。

 帰りの列車の中でベルリンダはくたくたになっていた。ホワイトウッドとグラスフィールドの交通は私鉄で、三両のオレンジのディーゼル車で移動していた。内部は向かい合いの灰色のシートで上下スライド式の窓。

「今日は楽しかったです、先輩」

「それは良かったね」

 ケンドリオンは暗い灰色の空と町並みを見ながら頷く。

「あ、送っていくよ、うちまで。一人じゃ危ないから」

「ありがとうございます、先輩」

 ベルリンダはにっこり笑い、グラスフィールドの一駅先の東オレンジバレー駅で降りた。ベルリンダの家は駅から歩いて十分の距離にあり、学校から歩いて八分のところにある。その黒い木板と赤茶屋根の古そうな三階建てアパートがベルリンダの家であった。内壁の漆喰ははげており、内階段や廊下の木板は少し歩いただけでギシギシ軋む。玄関のドアもギィッと鳴る。

 ベルリンダの家はその二〇五号室。玄関ドアに『205』。表札にファーガスと書かれている。

 ブザーを押すと、ドアが開いてハシバミ色の髪の巻き毛に薄緑の目の中年女性が出てきた。

地味色のカーディガンとセーターとスカートを身につけている。

「どなたぁ?」

「夜分に失礼します。僕はベルリンダさんの学校の先輩のケンドリオン・アーベルといいまして、娘さんを送りに来ました」

「ただいま、ママ」

「お帰りなさい、ベルリンダ。ケンドリオンさん、送ってくださってありがとうございます」

 ベルリンダの母はケンドリオンに恭しく頭を下げた。ケンドリオンはファーガス家の中をのぞいて見た。小さな台所と三脚しかない椅子とテーブル。テレビも小さく、奥に扉が見えるようだが一つしかない。このアパートは2DKのようである。トイレは共同で使い、入浴もアパート共同のシャワーを使う他ない。

「ママ、私着替えてくる」

 そう言ってベルリンダは奥の部屋へと入っていった。

「……どうもうちの娘のお相手になってくださってすみませんねぇ」

 ベルリンダの母はケンドリオンに言った。

「実はというと、あの子父親がいないせいで、こんな風になってしまって……」

「?」

 ケンドリオンはファーガス夫人の言っていることがわからなかった。

「七年前に私の夫が酔っ払った勢いで橋の下に落ちて、しかも真冬の時季の川の冷たさで死んで、それから私と娘二人で生きてきたんですけど、夫の遺産だけじゃ足りず私は工場で働くことになって、私が帰ってくるまでに近所の人に預かってもらいました。

 私がいない寂しさか男の子と付き合うようになって、しかも一人ではなく幾人も付き合って、私は近所や仕事場の人たちから『娘をほったらかしにして働いている』と白い目で見られていました。本当はあの子だって私にかまいたいのに、我慢していた反動かこんな子になってしまって……」

 ファーガス夫人は目頭を押さえてケンドリオンに話した。その話を聞いて、ケンドリオンはやるせない状態だった。

「お話ありがとうございます。それでは僕は父が待っているので帰ります……」

 ファーガス夫人にそう言うと、アパートを出て曇りより暗い帰り道を歩いていった。空気が冷たくぶるりと震える。

(あの子、苦しんでいたんだな……)

 砂利道を歩みながら、ケンドリオンは思った。


 

 次の日は朝から雨だった。サーという音が夢から戻って来たケンドリオンを起したのだった。

「……だる」

 気圧がケンドリオンを気だるい気持ちにさせた。それでも朝食のライ麦パンとベーコンエッグとザワ―クラウトを食べて、学校へと出かけた。しかし雨の中を三十分もかけて行くのは大変だったのでバスを使うことにした。学校を通るバス停は家から歩いて十分かかるが、あとはいつもより十分早く着くのだ。

 ケンドリオンは左手に学用品、右手に紺色の傘をさしながら雨の住宅通りを歩いていく。バス停に着くと、誰もいなかった。バス停は柱と屋根と経路図と時間割だけの木製のものだが雨をしのいでくれた。ケンドリオンは傘をたたみ、水を弾いた。その時、ブレザーの内ポケットから男性の声が聞こえた。

『どうしたのだ、ケンドリオン』

 その声でケンドリオンはハッとした。そして内ポケットから横長方形の青い機械――転化帳を出した。薄いが多機能のツールが入っている。ケンドリオンは転化帳をコンパクト鏡のように開き、画面に映ったロイヤルブルーのドラゴンに目を向けた。今は通信機の役割である。

『どうしたのだ、昨日の夜から元気ないぞ』

 東大陸の五聖神、蒼龍が天青殿から転化帳を通じてケンドリオンに話しかけたのだ。

「蒼龍……。べ、別にあんたには関係ない」

『無理することない。ベルリンダのことで悩ませていたな』

 蒼龍は東大陸の全てを見知っている。ケンドリオンの日常でも。

「核心つかせるなよ! ……でも理解ができた。ベルリンダの悪癖のことは……」

『孤独があの子を今のようにした、という訳か。人間は環境の変化で生き方が変わる。飼く言うケンドリオンも弟妹と別れてさぞ……』

「そりゃあ悲しかったよ。でも生きてているだけでもありがたいって思ったよ。だけどあの子には、父親もいなければ兄弟も親しい同性の友達もいない……」

 ベルリンダには女の子の友達がいない。せめて友人さえいれば孤独を埋められるのではないかとケンドリオンは思った。

 その時、雨の音に混じってエンジン音が聞こえてきた。バスが来たのだ。

「ごめん、蒼龍。バスが来たから、閉じるよ」

 ケンドリオンは画面の蒼龍に言うと、転化帳を閉じてブレザーの内ポケットに入れバスに飛び乗った。アイボリーとモスグリーンの犬のようなボンネットバスはケンドリオンと乗客たちを乗せて走っていった。

 学校に着いたケンドリオンは、三階の教室に行く途中ベルリンダと出会った。

「先輩、おはよーございますっ」

「や、やあ……おはよう……」

 ケンドリオンは顔を曇らせながら、ベルリンダに挨拶した。

「先輩、今度の日曜も空いていますかー?」

「ん? え、あ? 日曜は……。あの次はクラブの課外活動で……」

と言いかけたところ、四人の二年生女子がベルリンダに向かって言った。

「ベルリンダの奴、まだやっているよ」

「しかも三年生のトップ5に入るアーベル先輩だよ。迷惑そうにしているじゃない」

「何度も男とっかえて最低だよねー。だから女子に嫌われるんだよ」

「母親が働いているのなら、あんたも働けばいいのに。ありゃあ一人で生きていけないね」

 女子生徒がベルリンダをけなし、彼女らの言葉を聞いてケンドリオンは怒鳴る。

「言い過ぎだろう! それは」

「あの、別にあたし達は……」

「いくら気に入らないからといって、他人を平気で罵るのはいけないことだ」

 ケンドリオンは四人の女子生徒にぴしゃりと言った。

「す、すみません、先輩……」

 そう言って四人は逃げるように教室に入っていった。

「全く、やきもちもいいところだ、なあ。ベルリンダ……」

 ケンドリオンが振り向くとベルリンダはうつむいていた。その時、チャイムが鳴ってケンドリオンは三階へと駆けだしていった。

「そ、それじゃあ僕は行くからな!」

 ケンドリオンはベルリンダに言うと、自分の教室へと向かっていった。


 その日は雨が一日中続き、ケンドリオンをはじめ全員が気だるかった。

 ホームルームが終わると生徒たちはクラブ活動へと向かい、ケンドリオンも鉄道部の教室へ向かおうと教室に向かう二階のところで――。

(あれは……)

 ベルリンダが今朝の女子四人に連れられて行くのを目撃したのだ。入っていったのは人があまり来ない無人教室だった。

「さっさと歩きなよ」

「男に手を出すのは早いくせに、動くのはのろまだよねー」

 ベルリンダのすねを蹴飛ばしたり小突いたりと無人教室の中に入れた。それと同時に転化帳がピピピピと鳴った。

 女子生徒四人が無人教室の扉を開けると、積み重なった机と椅子にまぎれて、黒っぽい人間――ではなく、コオロギの邪羅鬼がいたのだ。邪羅鬼を見ると五人は悲鳴を上げた。

 コオロギの邪羅鬼は暗褐色の堅い皮膚に長い触角、背中に黒い透かし翅、両目は朱色の三白眼で口がキチキチと鳴る。そして翅をこすり合わせて彼女たちの悲鳴が聞こえなくなる宗派を出し、次々にベルリンダたちの胸に黒く堅い手を入れて、金色の光の玉、魂を引きずり出して凶悪な口の中に入れた。ベルリンダ達はその場に動かなくなった。

「さて、次は他の人間を……」

 舌なめずりした邪羅鬼であったが、その時に右腕を撃たれた。振り向くと目の前に龍角と龍尾を生やし、蒼い衣をまとった転化したケンドリオンがいたのだ。

「被害はこれ以上出させないぞ、邪羅鬼」

 龍頭の銃を邪羅鬼に向けて光弾を放ったのだ。

「そうはくたばらん! 我は今までお前に倒された邪羅鬼とは違う!」

 そう言うと邪羅鬼は背中の翅をこすり合わせて超音波を発した。滅茶苦茶にひいたバイオリンのような音を立ててケンドリオンを苦しめた。

「ぐはぁっ」

 ケンドリオンはその場でひざまづき、耳を塞いだ。それどころか積み重ねられた机や椅子がグラグラと揺れ出し、窓にもヒビが入り、学校の人間全員がこの音波に苦しめられて倒れて行き、壁や窓に亀裂が入った。

「ぐおおっ」

 頭の中が渦巻き。体中にしびれが走る。銃すらも震えて持てない。

(落ち着いて、何とかするんだ。何とか……)

 ケンドリオンは閉じていた片目を開き、音波の源である背中を探し、銃を持って這いつくばった。動くたびに振動で痛かったがそれでもケンドリオンは銃を掲げて引き金を引いた。青い光弾が邪羅鬼の翅に穴を空けた。同時に超音波も鳴りやみ、ケンドリオンは立ち上がった。

「はああーっ」

 ケンドリオンは邪羅鬼に大きな飛び回し蹴りを浴びせた。ケンドリオンのキックを受けた邪羅鬼は後方に飛ばされ、重ね机に当たり机は崩れて邪羅鬼を押しつぶした。

 ドンガラガラーッと机は大きな音を立てて邪羅鬼の動きを封じた。

「よし、今だ。荒みし邪気よ、草木の逞しさに浄化され、体は無へと還れ。蒼龍剛風!!」

 ケンドリオンは両手に木行を溜めて、開いた両手を重ね、空気の塊でできた蒼龍を邪羅鬼にぶつけて消滅させた。そして邪羅鬼に食べられたベルリンダ達の魂が肉体の中に入っていった。

ケンドリオンは転化を解き、ベルリンダ達が目覚めるのを待った。その時、ドタドタという足音が聞こえてきて、先生達がさっきの音で様子を見に来たのだった。




 邪羅鬼に魂を喰われたベルリンダ達は邪羅鬼に食われた記憶をケンドリオンの聖力によって記憶を消され、ベルリンダをなじろうとしたところしか覚えておらず、先生達はベルリンダに暴力をふるって机を崩したという理由で怒られた。(因みにケンドリオンは通りすがったところベルリンダを助けたと先生に言った)

 ケンドリオンはクラブ活動を終えると待っていたベルリンダに声をかけられた。

「あの先輩。私、やっと目を覚ましました。自分のしてきたことに……」

「……?」

「父がいなくて母に甘えられなくて恋人がいればその人に甘えられると思ったけれど、どの人も好きになれなくて、他の人だったらでもなくて、かえって母や男の子達や他の女の子達に悪い思いをさせてしまったって反省しているんです……。あの子たちの言う通りだって……さっき、気づいて……。先輩も好きではなかったんです」

「そうか……。それで、君はこれからどうするの?」

「はい。夕べ先輩が帰った後、南部にいる祖父母から電話がかかってきて、祖父が母に『一緒に暮さないか』って言われたんです。母が働いている時に祖父母が私のそばにいてやる、と。私、今日この学校をやめて、南部の高校に行こうと思います。先輩、お別れです。振りまわしてごめんなさい」

「そうか……。でも、引っ越し先で本当の恋、見つかるといいね」

 ケンドリオンはベルリンダにほほ笑んだ。

 それからベルリンダは次の日から学校に来なくなり、サンセリア南部の母方祖父母と暮らし、

祖父母と母と仲良く暮らしているとのことだった。



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