表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
49/54

「暗闇」の書・第3話 最強邪羅鬼・深激濁墨(しんげきだくぼく)

『五聖神』第49話。超邪羅鬼との戦いを終えてから、1ヶ月半。リシェールは親の再婚で裕福になったヴァジーラと遊ぶ時間が増えて嬉しいが、その後ろではヴァジーラが贅沢をしたり弟を放置するようになるのを気にする。ヴァジーラは邪羅鬼に操られていた! 更にリシェールの周囲に異変が起きて……。

北大陸の西部中枢にあるプレゼオ共和国のどこかで新たな生命の誕生が起きていた。真っ暗な地下水の泉のようなそこから、もがきでるようにその生命体が出てきた。

 人と触手がある生き物を足したようなそれは、全身濡れていた。

「今こそ生まれし、最強の邪羅鬼。我の妨げをする聖神武匠となった者を倒せ」

 その邪羅鬼は緑にも青にも思える目を動かし、泉から出てきて地上へ向かった。



 北大陸の中央辺りにある内陸国プレゼオ共和国。中央北にある首都カルトナから西南数十キロに離れた先のドマーニック州の町、ペルヴェド。ペルヴェドは古くから造られている屋根付きの三~四階建ての長屋があり、その

長屋は賃貸住宅や店舗、二~三階建ての住宅もあり、長屋の商店スラドフ通り近くのラドヴィク川を越えた住宅街フロイチェク通り。今は春になったとはいえ、昼は薄手のコートが必要な時もあり、夜は凍えるような寒さだった。昼は人々が行き交いして明るくにぎやかだが夜はほとんどの人が家の中にいて、長屋の二階以上や住宅街では灯りがともされている。

 フロイチェク通りの一角、西と北が月桂樹と菩提樹と柏の木が植えられた植林地区で、シュレーエの垣根に紺色のバンが泊まる車庫と庭には噴水、茶レンガの壁に黒い丸みの屋根の家、ゼマネツク邸。その二階の一角にはゼマネツクの長女の部屋で、七畳半もある空間にはフローリングの床にナチュラルウッドのタンスや学習机や本棚、壁は奇なりの壁紙が貼られ、窓は四マス目の上に開ける引き窓で白いレースと白地に赤いピンドットのカーテンが二か所にかかっている。部屋の主のベッドだけはナチュラルウッドではなく白い唐草枠のベッドでしかも赤と黒のサテン布を使った天がいがついている。

 フローリングの床にはピーチベージュの麻と木綿織りの絨毯が敷かれ、その絨毯の上には四人の少女が座っている。中には花柄模様のクッションに座っている子もいた。

「……それでね、ミレンカはね、見事九年生のパウル先輩とお付き合いすることができたの。パウル先輩六月には卒業しちゃうから、どうなるかと思ったよ」

 ブロンドの巻き毛に碧色の瞳、ピンクのフリル付きネグリジェの少女が自分と同じクラブの女子の恋話を三人の少女に語っていた。

「そりゃあ良かったわぁ。パウル先輩ってもてもてだったもんね。わたしのお姉ちゃんも大学の同じサークルの人と付き合っているのを目にしたんだ――。顔はそこそこで黒ぶち眼鏡だったけど、優しそうな人だった」

 薄茶色の髪を明日ほどきやすいように軽い三つ編みにして丸眼鏡、襟と縁と袖と裾のラインが青い白パジャマの少女が自身の姉の恋話を語る。

「それもいいけど、トランプやボードゲームやろうよ。お泊り会だし、会話だけじゃ物足りないし!」

 部屋の主で長身に赤茶色の髪を肩のあたりで二つに結わえた緑のボーダーと黒いパンツの寝間着姿の少女がトランプやすごろく・チェス・オセロ・モノポリー一式セットの箱を出す。そして部屋の主の右隣には桃金髪のセミショートに若葉緑の瞳、実年齢より一、二歳下に見える薄紫色の丸襟パジャマの少女がお菓子のチョコチップクッキーやジャム入りマシュマロの入った器を床上に置いた。

 今日はヴァジーラの家でパジャマパーティー。ヴァジーラとは去年からの付き合いが長いリシェール、リシェールと同じ美術部員のサーシャ=ブルックナー、それから学年一の美人で家もお金持ちなイリーナ=ネイェドリはゼマネツク家に泊まりに来ていた。

 ヴァジーラが友人たちと一緒に遊んだり離したりする様子を見てリシェールは共の変わりように頷いていた。

 ヴァジーラは四年生の時に実の父親が酒と浮気を繰り返すため、母親はヴァジーラと弟ボルトを連れて離婚して料理教室の事務として働き、母のいない時や帰りの遅い時はヴァジーラが掃除や洗濯、弟の面倒や夕飯作りをやっていた。そんなヴァジーラの母は料理教室に通う七つ上の建築デザイナーのゼマネツク氏と交際のち結婚。母も専業主婦となってヴァジーラも友人の処へ行ったり、クラブ活動にも参加することができた。

 ヴァジーラの新しい家でのお泊り会は六時に全員やってきて、ヴァジーラ一家と一緒にカツレツやサラダやアスパラガスのポタージュを食べ、七時半には一人ずつ入浴して八時になる頃にはヴァジーラの部屋に集まり、お菓子を食べたり学校では話せない話をしたり、トランプやボードゲームを二〇回も楽しんだのだった。リシェールはすごろく、ヴァジーラはモノポリー、サーシャは神経衰弱、イリーナはオセロとチェスで勝ち誇っていた。

 流石に十一時になる頃にはヴァジーラの母がやってきて、「弟がもう寝たから、あんたたちも寝なさい」と叱った。そして四人は歯を磨いて、ヴァジーラはベッド、リシェール、サーシャ、イリーナはヴァジーラの母が用意してくれたマットレスと背景模様の毛布、クッションを枕にして、リシェールはヴァジーラの近くになった。

 イリーナとサーシャは眠り、ヴァジーラもうとうとしだし、リシェールは何度かゼマネツク家に遊びに来ているのに、小さなアパート『ツグミ荘』からフロイチェク通りの少し大きめの邸宅に移り住んだヴァジーラの部屋で寝つけずにいた。

(それにしても、ヴァジーラのお母さんがけっこうな年上でお金持ちの建築デザイナーと結婚して、今のお父さんがヴァジーラやボルトと打ち解けたとはいえ、この暮らしようは変わりすぎじゃないだろうか?)

 以前ヴァジーラが住んでいたアパートにリシェールが遊びに来た時、玄関入ってすぐの台所とダイニング、二つしかない部屋は一つは母、もう一つは姉弟の部屋で、テーブルやベッドなどの家具は安くて長年使ってて黄ばんでいたり傷があったり、壁も亀裂が入っていたり床板も緩んでいたり、それでも親子三人慎ましくも温かそうな雰囲気だった。

 ヴァジーラの母がゼマネツク氏と再婚して新しい住まい――といっても築十五年の家屋は庭も車庫もあり、ヴァジーラと弟はそれぞれ私室を与えられ、居間だけでも十二畳の広さで、掃除も洗濯も料理も買い出しもヴァジーラの母が一人でやっているというがもう一人雇われ家政婦が必要な位だった。

 貧乏人が裕福になると次第に相手を見下すようになったりかつての仲間を小バカにしたりすることがあるという。ヴァジーラは母との再婚で自分の部屋も新しい服も家具も手に入りクラブ活動も参加できるようになったのはいいけれど、弟の面倒を見ていたり今までの友達と仲良くいられるヴァジーラでいてほしい、とリシェールは思った。




 日曜日の昼には一同は各々の家に帰宅し、リシェールも自分の家に帰っていき、両親と姉にヴァジーラの家でのお泊り会の感想を述べたのだった。家族はリシェールの様子を見て、「それは良かった」と言ってくれた。

 リシェールは二階の五畳半の自分の部屋に戻ると、お泊り会に使ったリュックサックをクローゼットにしまう。赤いパッチワーク柄のカーテンと寝具カバー、机と布張りの椅子、生成の絨毯にガラスのローテーブル、画集や文学集や色々な本が詰まった本棚、低めの本棚の上には動物のぬいぐるみ、ローテーブルの向かい側には小型のテレビ、他にも黒いイーゼルとベッドの真後ろにある電熱ヒーターのある部屋がリシェールの私室である。リシェールが帰ってくると、ベッドの下から黒い蛇が出てくる。蛇は赤い眼で頭には三対の角を生やした中型の蛇である。

「帰って来たのか、リシェール」

「うん、ただいまー。クァンガイ」

 リシェールは蛇に言った。

「ぶ~、この俺を置いていって、友達とお泊り会なんて、薄情だなぁ」

 蛇は若い男の声を出してリシェールに言ったが、リシェールは彼を連れて行かなかった言い訳を零した。

「クァンガイまでついていったら、みんな怖がるじゃない。犬や猫じゃないんだから」

「でもヴァジーラは俺のことは……」

「他にもイリーナとサーシャも来ていたんだから、仕方ないでしょ」

 リシェールが憎まれ口を叩くと、クァンガイが厳しく言った。

「……そんなことを言っていると、邪羅鬼に襲われたって知らないぞ?」

「……邪羅鬼ねぇ」

 リシェールが呟くと、二本の指を顎に当てて考える。今から一ヶ月半前、リシェールは伝説五玉の一つ、“藍静玉”の欠片で進化した超邪羅鬼に一旦敗れるも、超邪羅鬼が再びリシェールの前に現れた時にヴァジーラが超邪羅鬼に連れ去られ、ヴァジーラを助けるためにリシェールは全て揃った伝説五玉で聖神闘者から聖神武匠へ進化し、超邪羅鬼を倒してヴァジーラを救出したのだった。それ以来、邪羅鬼が一体も出てくることはなかった。

 北大陸人の中で“安”の意が強かったリシェールは北大陸の五聖神、黒い大亀を思わせる姿の玄武によって聖神闘者となって邪羅鬼と戦い、今に至る。クァンガイは玄武の部下でリシェールの御供として送られてきたのだった。……実際彼はそんなにいい扱いになってなかったりする。

「でも邪羅鬼が出てこなかったということは、この一ヶ月半は平和ってことだったから、それはそれでいいんじゃないの?」

 リシェールが呑気に言うと、クァンガイが言いなおす。

「む……。平和に浸っているのも今のうちだぞ? 気をつけておけよ?」


 ペルヴェド市立基礎学校。ペルヴェドの町中にある三階建てのクリーム色の建物には、六、七歳から一五歳までの子らが通う公立学校で、春の今は校庭の木は緑色の葉をつけたり、白や桃色の花を咲かせていたりと彩り、町の四方八方から子供たちが校舎に入っていく様子が見られ、リシェールはヴァジーラとその弟ボルトと共に学校に通っていた。

 リシェールとヴァジーラの教室は三階にある七年B組の教室で、ヴァジーラは三年生の教室に行くボルトと別れて、教室の中に入る。机が天板が開閉式の白い机で生徒は席に座っていたり、仲良しの友人のいる席へ行って話し合ったり、今日の予習をしていたりと様々だった。

 リシェールは通学用の黒いリュックサックから教科書とノートを出して机の中に入れる。ヴァジーラはリシェールの後ろの席に座り、三月半ばまで使っていたリュックサックは擦りきれて黒ずんでいたので、今の父親に新しいリュックサックに換えてもらい、学校用に使っていた。以前は布地だったのに今は黒光りの皮製で、それも安く入る合皮革ではなく本物の動物の皮を使っているようだった。

(ヴァジーラ、今のお父さんがよく稼ぐからって、通学鞄や服や靴を全く新しい物に買い替えて、しかもアクセサリーや化粧品もよく買っているような……)

 実際ヴァジーラは母が今の父と再婚してからの暮らしの景気がよくなったから、と今まで持つことのなかったアクセサリーや化粧品を買うようになった。再婚前はアクセサリーは持っていいても母のお下がりの古風な銀の指輪やネックレス、色付きビーズがいいところで、化粧品なんかはドラッグストアの安売りの処分品であった。今はアクセサリーは基礎学校生にしては高い十ラウンの指輪やネックレスやブレスレット、化粧品もティーンズブランドのロマンフルールというものである。

(何ていうか……、以前のヴァジーラの方がよかったような気がする……)

 その時、授業開始のチャイムが鳴って、一同は席について前の出入り口が開いて担任のジャンナ先生が入ってきた。ジャンナ先生は春らしいラベンダーのスーツとタイトスカート、パステルピンクのブラウスを着ている。

「起立、礼、おはようございます」

 HRが始まり、教科ごとにその担当の先生が一時限目ごとに入ってきて、三時間目の数学の小テストが返ってきた。基礎学校は毎月の下旬に定期試験が行われるが、その前提として小テストもあった。数学の先生は五十近い男の先生で白髪まじりのオールバックと灰緑の眼、灰色のスーツと四角い銀縁眼鏡のブラウネル先生だ。

「うーん、ぼちぼちかな……」

 リシェールは返ってきた自分の答案を見て呟く。答案には赤い字で「68」と書かれていた。リシェールは美術と国語、学名として使用されているリティス語は常にAで、音楽の演奏と外国史は苦手な方であるが数学や自国史や理科などの教科はBであった。イリーナとサーシャも返された答案を見てうなっているが、そんなに悪くなかった。

「ヴァジーラ=ゼマネツク、三十二点。何だ、この点数は。三月までは五十点を下回ることなんてなかったのに……」

 ブラウネル先生がヴァジーラの答案を見てヴァジーラに言ってきた。当のヴァジーラは黙ってムスッとしていた。

(ヴァジーラ……?)

 ヴァジーラはそのまま席に戻り、うつむいていた。母子家庭だった頃のヴァジーラは家事や弟の世話をしつつも成績は平均を保てていた。親が再婚したら時間に余裕ができて今まで通りか少し上がると思っていたが……。おしゃれにはまって勉強がおそろかになるものか、とリシェールは思った。


 放課後になり、今日はクラブ活動の日でリシェールもヴァジーラも自分が入っているクラブに行き、活動を始めた。リシェールは超邪羅鬼の件で美術部の他にもエクシリオ=プレッツァーが部長を務めている超常現象研究会にも参加しているので、クラブ活動の前半は美術部で後半は超研に出ていた。

 リシェールは美術部で今日の課題である「春の花」の絵画を受けた後は部長や顧問の先生にかけもちの超研での活動に参加するからとことわって、美術部のある美術室を出て、超研が来ている教室に入る。しかし超研は美術部や吹奏楽部みたいに特定の教室は泣く未使用教室の担任の先生の許可をもらって活動している。

「みんな、お待たせー」

 リシェールが二年B組の教室に入ってきて、五人の男子と合流する。超研の活動は主にUMAやUFOの出る噂を元に野外活動をしたり、インターネットや普段の外出先や雑誌で見かけた超人に関する報告をしていた。

 四時には文科系クラブの大方は終了し、後は解散して帰宅したり習い事に行ったりすることが多い。

 リシェールが玄関口に入ってくると、近くの憩い場の壁付けベンチにヴァジーラによく似た男の子、ボルトが座っていた。

「ボルト、今日も一人なの?」

「あ、リシェール姉ちゃん」

 リシェールはボルトを連れて学校を出て、商店街のスラドフ通りに向かう中、リシェールはボルトから三月の終わりから姉の変わりぶりを聞いた。今の父と再婚してからしばらくして、姉は着飾るようになったばかりでなく、クラブのある日はボルトに一人で帰れと言うようになり、ボルトはリシェールと一緒に下校することが多くなった。

「ヴァジーラの入っているクラブってバスケットボール部でしょ? 最初は四年生と同じ雑用や見学が多かったけれど、実力があるからってレギュラー入りしたために帰りがボルトより遅くなるのも当然じゃないの?」

「そうなのかなぁ……」

 夕方のスラドフ通りは春にピッタリなキャベツやカリフラワーやイチゴを売る八百屋、旬の川魚が並べられている魚屋、焼き立てパンの香ばしい匂いが漂うパン屋、石鹸やタオルなどの生活用品を売るお店などが長屋の一階に設けられ、買い物に来た奥さんやお使いにやってきた子供、学校帰りにおやつとしてお店に寄る学校生の姿が見られた。にぎやかなスラドフ通りを抜けて、静けさのある住宅街フロイチェク通りに着くと、リシェールはボルトをゼマネツク邸に送り届けた。

「いっつも送ってくれてありがとう。そういえば、一度お姉ちゃんのクラブ活動に見に行った時、お姉ちゃん八年生の人と一緒にいたのを目にしたよ。確か転校生で……」

 ボルトの話を聞いてリシェールは思った。

(ヴァジーラがやたらとめかしやになったのは、その男の人に見てもらいたいから?)

 でも数日前のお泊り会の恋話ではヴァジーラは一言も言っていなかった。

「じゃあわたしがヴァジーラに言っておくよ。クラブ活動があっても、弟と一緒に帰ってやって、って」


 


 それからして、リシェールはボルトが三年生の教室に行くのを見届けると、七年生の教室に行く途中の階段で

ヴァジーラに言ってきた。リシェールとヴァジーラの他にも三階の教室へ向かう幾人かの七~九年生の姿が見られた。

「ヴァジーラ、あのさぁ……。クラブ活動が夕方四時で終わるわたしが言うのもなんなんだけど……、クラブがある日でも弟と一緒に帰ってやって?」

 ペルヴェド市とはじめとする学校は基礎学校生は四年生までは登下校する際は上級生や大人と付き添う規則があり、児童が誘拐などの事件に巻き込まれないために設けられていた。

「何言ってんの、リシェールは。ボルトは弟だからって甘えているとこが多すぎるの。わたしゃね、ボルトのおかげで外出したくてもできなかったんだから、ボルトに我慢させたって誰も怒ってこないからいいでしょ!」

 ヴァジーラは自分が我慢してきたのは弟のせいだと言うような発言をして、リシェールに口を尖らせてきた。ヴァジーラは今まで言葉使いが悪くても相手を傷つける発言はしてこなかったのを見て、リシェールは引いた。ヴァジーラはへそを曲げて早脚で七年B組へ向かっていた。HRも一時間目も二時間目も三時間目も四時間目もヴァジーラはリシェールから目をそむけ、リシェールは謝りたくても謝れずにいて、昼休みにヴァジーラは昼食を食べ終えると、廊下に出た。それを見てリシェールも急いでランチを食べ終えて、ヴァジーラのあとをついていった。

 ヴァジーラが向かっっていったのは裏庭だった。校庭と違って小ぢんまりしていて、植えられているのは校庭の椿や桜などの鮮やかな花を咲かせる木ではなく、シイやナラやヤツデで緑色の葉をいくつか芽吹かせていた。リシェールはヴァジーラに見つからないようにヤツデの茂みに隠れてヴァジーラを観察していた。

(ヴァジーラ、こんな所で何をやっているんだろう……?)

 リシェールがヴァジーラの様子を窺っていると、ヴァジーラのやってきた方向とは逆に一人の男子生徒が現れた。背丈は一七〇センチ近くてスリムな体型でさらさらの黒髪に中間肌、眼は切れ長の青緑でテーラードジャケットにカッターシャツとチノパンツとローファ靴というフォーマルカジュアルである。

「やあ、待たせたな。ヴァジーラ」

「ううん、そんなに待ってないよ。ヨーゼフ先輩」

 ヴァジーラが男子生徒を「先輩」と言ったのを見て、リシェールはボルトが言っていたバスケットボール部の八年生の転校生と気づいた。

(ヴァジーラったら、いつの間にこのような仲になって……って、えええええ!?)

 リシェールは心の中で叫びつつも、ヴァジーラがヨーゼフに抱きしめられているのを目にしたのだった。

(ちょ……、いくら人気(ひとけ)のない場所だからとはいえ……)

 リシェールが心の中で突っ込みを入れていると、何とヨーゼフに抱かれていたヴァジーラが青銅のような金属膜に覆われたのを目にし、更にヴァジーラとヨーゼフの中心から黒い霧と地面から黒い粘液が出てきて、辺りを包みこみ人々を次々に青銅のように変えていき、空を飛ぶ鳥も人間と一緒に住む獣も水中を泳ぐ魚も草や地にはいつくばる虫の気配もなくなり、リシェールの周囲は紫や紺色にも見える暗闇一面になってしまったのだ。

「うそ……、一体どうして……」

 リシェールが周囲の変化に仰天していると、ヨーゼフが現れたのだった。それと同時にリシェールの上着のポケットに入れていた“あれ”が一ヶ月半ぶりにピピピ、ピピピと鳴ったのだった。

「もしかしてあなたは……邪羅鬼?」

 リシェールがおそるおそるヨーゼフに尋ねた。だとしたら何故ヴァジーラを……。

「お前が聖神闘者の娘か。我が名は最強の邪羅鬼、深激濁墨(しんげきだくぼく)

 ヨーゼフは外観に似合わないおぞましい声を発し、その後体が黒い墨汁みたいな波動に覆われ、頭部が三角で腕が八本、両脚は二本あるイカの触手が髪の毛状になっていて白い体に紫の斑紋のある黒いガードローブ付きの装束の邪羅鬼になったのだった。

「どうして人間に化けてヴァジーラに近づいたりしたの? 何故わたしに近づこうとしなかったの?」

 リシェールが腕を包むように怯え、深激濁墨と名乗る邪羅鬼はすんなりと答える。

「聖神闘者だとすぐにバレると思ってな、お前の友人に近づいて彼女の中の負の感情、それも欲望を少しずつ拡大していき、自分のことしか考えないようにさせた。そして欲望が私に向けられた時、世界の再構築と中心として発動させたのだ。この世を邪羅鬼の世界にするために」

 深激濁墨の話を聞いてリシェールの感情は恐怖から怒りに変わって、邪羅鬼に強い視線を向けた。

「世界を邪羅鬼の世界に変える……? その目的のためにわたしの友達を利用するなんて、赦さない!!」

 リシェールは懐から掌大の黒い手帳型機器、転化帳を出して開き、計算や辞書などのパネルがある中の一つを選んで叩いて叫ぶ。

「聖神水転化!!」

 

 


 リシェールは激流に包まれ、玄武の角と尾と前髪の黒い二房、黒とバラ色と白の波を思わせる布飾りが袖と胴体に付けられ、両手に黒いグローブ、波型とクリーム色のバブルスカートの重ね着、脚はバラ色のレッグカバーと黒い靴、頭部には五色の真珠がはめ込まれた鎖状ヘッドギアが頂いていた。

 リシェールは転化を終えると、深激濁墨に立ち向かう。腰にさげていた二つの黒い棍を取り出してL字状に変えてトンファーにする。深激濁墨は八本あるうちの右側をリシェールの方へ向け、リシェールのトンファーと上の腕二本、下の腕はリシェールが左手のトンファーで受け止める。リシェールはバックステップして、トンファーの持ち方を変えて棍の穴から水の弾を撃ち放つ。

「水流弾!!」

 リシェールが発射した水の弾は深激濁墨に何発も放たれるが、邪羅鬼は上四本の腕をX字状に大きく振るってリシェールの攻撃を防いだ。

「こんなのチクッとしただけだ」

 そう言って深激濁墨は口から黒い墨の弾丸をリシェールに向けて放ってきた。リシェールは水流弾を次々に向けて放って撃つが、邪羅鬼の方が素早く、リシェールは一発の墨弾に当たって大きく後方へ倒れる。リシェールは起き上がって掌に水行を込めて掌から水の槍、深激濁墨に向けて押し出した。だが邪羅鬼は八本の手を使って水の槍を掴んで砕き、水飛沫が弾ける。

「私を今まで倒してきた邪羅鬼や伝説五玉で強化した超邪羅鬼と同じと思うな」

 深激濁墨はリシェールに冷やかそうに言った。続いて深激濁墨はリシェールに向けて八本ある腕の下四本を伸ばしてきて太くて長いイカの触手に変えてリシェールの両脚と片腕をつかんで拘束した。リシェールは上に押し上げられ無抵抗で終わると思われていたが……。

「流撃手!!」

 リシェールは空いた左手に水行を込めて手刀で勢いよく邪羅鬼の触手を叩きはらった。その衝撃で深激濁墨は力が緩んでリシェールは触手から離れて着地する。

「ぐっ……」

 リシェールは棍を持ち直して伸縮自在のヌンチャクに変えて、邪羅鬼に攻撃した。肩や胸、腕がいくつもあるため攻撃しようとしてもリシェールのヌンチャクに当たってしまい、反撃できずにいた。

 そしてリシェールは深激濁墨が怯んだところで、棍を棒状に変えて水行と棍についた水色の宝珠、藍静玉の力を込めて地面につけて灰色と水色の氷結の波動を放った。

「玄武氷結波!!」

 地面に走らせた二色の氷が深激濁墨を貫いて串刺しに、深激濁墨は凍りついて黒い氷塊となって砕け散った。

「ふぅ……、何とか倒せた……」

 リシェールはほっと一息つくも、最強邪羅鬼を倒せば暗闇の空間は元に戻ると思っていたが、いつまで経っても戻らないことに気づいた。

「何で? あいつを倒したら人も景色も元通りになるんじゃなかったの?」

 リシェールがうろたえていると、転化帳が鳴ってリシェールは通信に出た。画面には二対の角を生やした黒い甲羅に灰色の地肌に赤い眼の大亀、北大陸の五聖神・玄武の姿が映し出される。

「玄武、邪羅鬼を倒したのに、暗闇のままなの。どうして?」

 リシェールが玄武にすがりつくように尋ねると、玄武は太くも穏やかな声を出す。

『リシェール、これは最強邪羅鬼をはじめとする全ての邪羅鬼の創造主の仕業じゃ。だが、しばらくうろついていろ。いずれわしの部下、クァンガイと落ち合うだろう』

 そう言って通信は切れてしまうも、リシェールは北も南もわからない暗闇を歩いた。それからしてリシェールは地を這う音を耳にして、現れたのがクァンガイだと目にして、彼に抱きついた。

「クァンガイ、どうしよう。この暗闇は何なの? みんなの姿も見えない……」

「リシェール、“安の意”を持つ聖神武匠が乱れるな。俺がついている」

「うん……」

 リシェールは腕にクァンガイを抱いて、また少しの間、暗闇を歩いた。と、その時ヒタヒタと歩く音がしてリシェールは耳を研ぎ澄ます。また邪羅鬼かと口を固く結んでいると、彼女の前に現れたのは複数の意外な人物であった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ