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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「緑」の書・第9話 帰還と別れ

『五聖神』46話。フィロスに超邪羅鬼が現れたことにより、フィロスに帰ったバルトゥルは町人立ちの前で聖神転化をする。町の人々がバルトゥルが邪羅鬼と戦える戦士だと知った時、紫誠玉がバルトゥルを聖神武匠に変えた!!


「うわあああああ!!」

 日暮れのフィロスに突如現れた怪物を見て、人々は恐れおののいた。灰色と茶色の毛色に背中にはダイヤモンドのようなトゲ、ダイヤのような装甲を持つヤマアラシの超邪羅鬼は三週間の休眠から目覚め、手始めにフィロスを襲撃したのだった。

 背中から針を乱射し、四角い石造りの民家や店舗を孔だらけにし、人々は超邪羅鬼の攻撃を見て一目散に逃げだした。

「うはははははっ、恐れおののけ! 怯えろ人間共!! お前らが怯えれば怯えるほど、我ら邪羅鬼の力は増すのだぁ!!」

 ヤマアラシ超邪羅鬼は恐怖におののく人間を見て、あざけ笑う。その時、駐在の警官と十数人の男が狩猟に使う猟銃を構えて、超邪羅鬼に銃口を向ける。

「撃て撃てーっ!!」

 銃を持った男たちが一斉に引鉄を引いて、超邪羅鬼に銃弾を撃ち放った。だが、ダイヤモンドの如くの装甲と背中の針によって弾ははじかれ、二の腕や脛に撃ちこまれた銃弾は押し出されて、銃痕は何事もなかったかのようにふさがった。

「そ……そんな!! あれだけ鉛弾を撃ち込んだのに平気だなんて!!」

 男たちは超邪羅鬼の様子を見て青ざめ、超邪羅鬼はお返しするかのように、両手から紫と褐色の波動を出して、男たちの前に撃ち放った。ドゴォォォォンと、足場は崩壊し、石畳や地面が削れ、男たちも吹き飛んだ。

「うわああああっ!?」

 男たちは散り散りに倒れ、超邪羅鬼は倒れこんだ男の一人に近寄り、胸ぐらをつかんだ。

「ぐぅ……」

 男はサムエルだった。超邪羅鬼によって胸ぐらをつかまれて高々と持ち上げられた。サムエルは息苦しさのあまり、銃を手から離して顔を歪める。

「くくく……。どうせなら、一気に無数の人間を殺めるより一人ずつ殺して、次に殺す奴に恐怖を焼きつけさせるか……」

 超邪羅鬼は右手でサムエルを持ちあげ、左手からダイヤのような尖った剣を出して、サムエルの胸に突き刺そうとした。

「伯父さん!!」

 その声を聞いて、超邪羅鬼は腕を止めて声のした方へ振り向く。褐色の縮れ毛に紫の服を着た青年が息を切らしながら、立っていたのだ。

「何だ、お前は?」

 超邪羅鬼は青年を見て声をかけた。

「イザーク……」

 サムエルは家でマーニャといろと言いつけた甥が現れたのを見て、かすかな声を出す。

「お……伯父さんを、伯父さんを離してやってくれ! 伯父さんには待っている相手がいるんだ!!」

 イザークは超邪羅鬼の姿に圧倒されながらも、伯父の解放を頼んだ。

「イザーク、お前……」

「ほう? じゃあこやつを解放する代わりにお前が身代わりになる、と?」

「イザーク、俺はいい! 無理するな!!」

 サムエルは声を絞り出すように叫ぶ。

「伯父さん、伯父さんは息子を待っているんだろう!? 伯父さんは助からなくちゃいけないよ! だったら俺が……」

「こいつら何を言っているんだ!? ふん、美しい家族愛もここまでだな!!」

 超邪羅鬼はサムエルの胸に剣を突き立てようとした。その時、どこからか細かな翠の結晶のつぶてが飛んできて、超邪羅鬼鬼の顔に当たったのだ。

「うおおおおっ!?」

 顔を攻撃された超邪羅鬼はサムエルと剣を手放し、サムエルは地面に倒れこんだ。

「伯父さん!!」

 イザークはサムエルに駆け寄る。

「俺は平気だ。しかし、一体何が……!?」

 サムエルは辺りを見回した。すると、町広場の入り口に翠の衣を着た赤毛に空色の眼の少年が灰色の仔馬と角兎と金毛猫を連れて立っていたのだ。

「あの子は……」

「貴様は聖神闘者!! まさか現れるなんて、思ってもいなかったぞ!!」

 ヤマアラシ超邪羅鬼は少年を見てにらみつけた。

「フィロスを壊すな、邪羅鬼。イザークと父ちゃんに手を出すな」

 少年はつかつかと超邪羅鬼に歩み寄り、腰に下げていた湾刀を抜き出して、超邪羅鬼に視線を向ける。

「バルトゥル……? バルトゥルなのか……!?」

 サムエルとイザークは聖神闘者姿のバルトゥルを見て呟いた。バルトゥルは思わずもらしてしまった言葉にハッとするが、二人に背を向け、超邪羅鬼に目を向ける。

「ふん、何この超邪羅鬼を差し置いて家族のやり取りをしているんだか。一度この俺に負けたお前がリターンマッチするのは無駄だと思わせてやる!!」

 超邪羅鬼はバルトゥルの方へ飛びだし、バルトゥルも超邪羅鬼の方へ飛び出していった。


 


 のびていた男たちは目覚めると超邪羅鬼と聖神闘者姿のバルトゥルが戦っている姿を見て逃げだした。

 超邪羅鬼とバルトゥルの剣の刃がぶつかり合って、ギィィィンと音を立てる。バルトゥルは超邪羅鬼の腹部の装甲に拳を力強く入れた。バルトゥルの拳の皮がすれて血がにじんだ。

「無駄だ! 紫誠玉の欠片一つで進化した俺の体には傷一つ入らん!」

 超邪羅鬼が口元を釣り上げてバルトゥルに言った。

「何なら……、傷が入るまでやるだけだ!!」

 バルトゥルは左拳を引っ込め、次に左脚を勢いよく力強く超邪羅鬼の腹に蹴りを入れた。

「ぐはっ」

 超邪羅鬼は後ろに押し出され、広場の噴水に衝突する。

「ぐっ……」

 超邪羅鬼が起き上がろうとすると、目の前には素早く突進してきたバルトゥルが自分の方へ向かってきており、バルトゥルは超邪羅鬼のみぞおちに両腕をX字状にして突進した。

麒走突(きそうとつ)!!」

 バルトゥルの攻撃を受けた超邪羅鬼は衝撃で後ろに強く押し出され、噴水が壊れ地面が削れ、店舗と店舗の間にぶつかって、二軒の店の壁が崩れた。

 続いてバルトゥルは勢いよく駆けて大きく跳躍し、ひざを超邪羅鬼に向けて勢いよく急降下した。

神速突(じんそくとつ)!!」

 ドゴォォォン、と盛大な音がして、地面が皿状に凹み、超邪羅鬼はうめいて失神した。

「はああ……」

 バルトゥルは起き上がって、体中についたほこりを払った。

「いちちち……」

 バルトゥルは超邪羅鬼の堅い装甲に拳を入れたり蹴りを入れた衝撃による痛みで身体を押さえた。

「バルトゥル!!」

 サムエルとイザークがバルトゥルに駆け寄った。ミグとカルク、灰色の仔馬もバルトゥルに駆け寄る。

「父ちゃん、イザーク……」

「バルトゥル、お前その姿……」

 サムエルは聖神闘者姿のバルトゥルを見て訊ねる。

「こっ、これはあの邪羅鬼って怪物と戦う時の変身だよ。俺は五聖神という神様によって邪羅鬼と戦う戦士になってね……」

 バルトゥルは二人にわかりやすく説明し、サムエルはバルトゥルの肩を持った。

「気づいてやれなくて済まなかった……。イザークが現れた時、お前がこんなに動揺して悩んでいたなんて……。帰ろう、マーニャも待っているし、学校のみんなもお前のことを心配しているぞ」

 イザークもバルトゥルに声をかける。

「てっきり野育ちのバルトゥルは悩みがなくって、能天気かと思っていたんよ。俺がいても大丈夫なのかと思ってさ……。家に帰ったらさ、ちゃんと折り合いつけるから」

 イザークは指で顔をかきながらバルトゥルに言った。そして灰色の仔馬に目をやる。

「この仔馬は?」

「ああ。こいつ、森の中で一匹でいたところを俺が連れてきたんだ。母ちゃんも飼い主もいなかったみたいだから」

 バルトゥルは仔馬をイザークとサムエルに紹介する。それと同時に、車椅子に乗ったカールヘアの少年と車椅子を押す黒髪の少女は町広場に駆けつけてきた。

「サムエルさん! 一体何が……!?」

 少女がサムエルに声をかけてきた。

「おお、ロザリンドにトルスカか。実はだな……」

 サムエルがしゃべろうとした時、失神していた超邪羅鬼が目覚めて、地面を拳で叩いて起き上がってきた。

 ドォォン、と地面が揺れ動き、薄暗い中で土煙が舞い、一同は眼を瞑った。

「かこつけやがって。こうなったら全員、串刺しにしてやろうじゃねぇか!!」

 超邪羅鬼は怒り狂い、全身のトゲを逆立てて剣を逆手に持って、バルトゥルらのもとへ近づく。土煙で口と目がふさがれ、身動きできないトルスカ、ロザリンド、サムエル、イザーク。片目を半開きにさせたバルトゥルは超邪羅鬼の前に立つ。

「何のつもりだ?」

 バルトゥルは眼をこすりながら超邪羅鬼に言った。

「みんなに……手を出すな……」

(バルトゥル?)

 土煙で眼が見えず、せき込んで言葉も上手く出せないロザリンドとトルスカが耳を頼りにして、バルトゥルの声を聞いた。

「ふん。一度やられたくせにこんな弱っちい奴らを庇うとは。世の中は所詮弱肉強食。強い奴こそ生き永らえる」

 超邪羅鬼は馬鹿にするように小笑いする。

「弱いからって、生き永らえないのはないよ」

 バルトゥルが否定した。

「弱くても運が良かったり、勘が鋭かったりすれば強い奴より長く生きれるってこともあるんだよ。強いから、って必ず勝てる訳じゃないし。

 弱い奴は弱い奴同士で助け合っていれば、長く生きられる。大自然も人間の中も同じ何だって、町と森の中で知ったんだから」

 バルトゥルの言葉を聞いて、トルスカとロザリンド、イザークの心に響いた。

(バルトゥルの言っていることにも(ことわり)があるんだ……)

 体が弱くて知恵を補っていたトルスカ。

(私は賢くって、得意なこともあるけれど、苦手なこともある。あのネズミの怪物が出た時、正直何もできなかったし)

 バルトゥルが転校してきた日、邪羅鬼に襲われたけど聖神闘者のバルトゥルに助けられたロザリンド。

(俺は新社会人の頃、同期の奴らと支え合っていたっけな……)

と、イザーク。その時だった。

「ぐぉ……何だ?」

 超邪羅鬼の中の紫誠玉の欠片が濁った紫から明るい紫に激しく輝き、バルトゥルの懐に入れてあった紫誠玉も同じように輝いた。

「これは一体……」

 バルトゥルは懐から紫誠玉を取り出し、それと同時に超邪羅鬼の中の紫誠玉の欠片が超邪羅鬼の体から飛び出していって、バルトゥルの方へ向かっていった。

「しっ、紫誠玉が!!」

 自分を強化した欠片が敵の聖神闘者の方へ飛んでいくのを目にした超邪羅鬼が叫んだ。紫誠玉の欠片はバルトゥルが持っていた紫誠玉と合わさり、見事な正三角形の形になったのだ。

 紫誠玉の欠片が五つ全て集まると、石が目もくらむ程に輝いた。


 バルトゥルは紫色に輝く空間の中にいた。

「ここは……?」

 バルトゥルの目の前には明るく輝く紫誠玉があり、バルトゥルの頭の中に声が流れてきた。

『私を本来の姿に戻してくれてありがとう、バルトゥル』

 岩がサラサラと風化するような声がバルトゥルの頭の中に響いてくる。

『あなたの“純”の意と人々の“誠実”が重なり合って、私を元通りにしてくれたのです。

 あなたに新しい力を与えましょう』

 また紫誠玉が激しく光ったかと思うと、一瞬にして夕闇のフィロスの町広場にバルトゥルは立っていた。

 ただし、以前とは違う姿で――。


 


 翠麒の体の模様を思わせる左右非対称の衣は翠の鱗模様、中衣は深緑で半袖の左腕が出ており、腰に二本のベルト、ズボンも左右非対称で明灰色をしており右脚に深緑の下地、靴も左右非対称で左が長く、両腕に深緑のグローブがはめられている。

「この姿は……!?」

 変化した自分の姿を見てバルトゥルは呟く。

『あなたを聖神闘者から聖神武匠に進化させたのです』

 紫誠玉がバルトゥルに伝える。

「何だったんだ、今の光は……?」

 サムエルは一瞬土煙で視界が閉ざされ、紫の激光でまたくらんだかと思いきや、目が慣れてきたところで、超邪羅鬼と進化したバルトゥルを見て、意志をはっきりさせた。

「あれは……バルトゥル?」

 トルスカがバルトゥルを見て呟く。着ている服や翠麒の角と耳と尾を生やしている以外は髪や眼や肌や顔つきは全くバルトゥルだと目をこしらえたのだ。

「ああ、彼はやはり……」

 ロザリンドが十月の出来事を思い出して、喉を震わせる。

(やっぱり、あの勇士はバルトゥルだったんだわ……。バルトゥルはただの野生児じゃなく、神秘性も帯びていた男の子だったんだわ……)

 サムエルらが町の隅にいる所、町広場の中心近くに立っている超邪羅鬼はバルトゥルに言った。

「何が進化だ……! お前が変わったのは、格好だけじゃないか。こちとら、紫誠玉はなくなったとはいえ、強化は衰えていないんだぞ!!」

 超邪羅鬼は平手で胸の装甲を叩いて、自慢げになる。確かに超邪羅鬼は紫誠玉の欠片は失われたとはいえ、ダイヤモンドのような装甲もトゲも伝説五玉による強化はまだ残っており、失ったら弱体化するようなことはなかった。

「串刺しのちの孔だらけにしてやるっ!!」

 超邪羅鬼は体を丸めてトゲだらけの球体となってバルトゥルに突進してきた。球体になった超邪羅鬼はものすごい速さで転がってくる。

 バルトゥルは両手から翠と明紫の波動を出して、その両手を重ねると、地面から高くて険しい岩壁が出てきて超邪羅鬼は岩壁に激突し、後方に飛ばされた。

「うおおおっ!?」

 バルトゥルが出してきた岩壁によって超邪羅鬼は後ろの店舗の二階と一階の間まで吹っ飛んだ。

「すごい……。これが聖神武匠になった俺の力か……」

 バルトゥルは自分の強化を見て、感心してしまう。

「これでも喰らえ!!」

 超邪羅鬼は背中のトゲを連続で乱射してきた。だが、バルトゥルは宙に無数の翠と村s階の結晶を出して、超邪羅鬼の攻撃を弾いた。

石英(せきえい)(しん)!!」

 以前よりもパワーアップした石英針は超邪羅鬼のトゲを全部砕き、そして超邪羅鬼の体に頭った石英針が体に突き刺さったのである。

「ぐおおおおっ!!」

 超邪羅鬼は断末魔をあげ、頭や腕や脚や胴体から紫色の血がインクを垂らしたようにしたたった。

「な……何故だ……。たかが人間に……それもガキにやられるなんて……。俺はどの邪羅鬼よりも強い、超邪羅鬼の筈なのに……」

 超邪羅鬼がうめくと、もやのように中央大陸の五聖神、翠麒の幻影が現れた。

『邪羅鬼よ……。どうして紫誠玉がお前を離れてバルトゥルの方へ行ったと思う? 

 バルトゥルには護るべき存在がある。家族や友や自分を育んでくれた自然……。それがバルトゥルの力となっているからだ』

「うおおおお……!!」

 超邪羅鬼はうめきを上げ、血まみれの状態ながらも剣を持ってバルトゥルに向かっていった。バルトゥルは腰から太刀を抜き、剣を真っ直ぐに構えて、聖力を込めた。太刀も進化しており、刃に切れ込みが入った白銀の太刀で柄は翠、剣には紫誠玉がはめ込まれている。

「終わりにしようぜ、超邪羅鬼!!」

 バルトゥルがそう言うと、バルトゥルは大地に太刀を突き立て、翠と紫の波動が大地を走り、弧を描いて円陣を作り、地面から巨大な岩石の大剣が出てきた。

翠麒(すいき)大陸(たいりく)(けん)!!」

 巨大な岩石の剣が超邪羅鬼の体を貫き、超邪羅鬼は翠と紫の閃光と共に砂となって消滅した。

「お……終わった……」

 バルトゥルは膝を地に着け、座り込んだ。


 


「バルトゥル、大丈夫か!!」

 超邪羅鬼の戦いを終えたバルトゥルの体を支える人物を見て、バルトゥルは月明かりを頼りにして、相手の顔を見る。

「父ちゃん……」

 サムエルだけでなく、車椅子に乗ったままのトルスカ、トルスカの車椅子を押すロザリンド、イザーク、ミグとカルク、灰色の仔馬もバルトゥルに駆け寄った。

「バルトゥル、帰ってきたんだね……?」

と、トルスカ。

「バルトゥル、またあなたに助けられた……」

 ロザリンドが涙ぐむ。ミグとカルクもバルトゥルの体についた傷を舐める。

「みんな……俺のこと……」

 するとイザークが照れくさそうに顔を指先で掻きながらバルトゥルに言ってきた。

「バルトゥル、お前……こんなすごいことをやってのけてたなんて、俺知らなかったよ。

 みんなの知らない所であんな化け物と戦っていたのは……」

 ただの野生児が実は怪物退治をやっていたのには流石のイザークも驚きだった。

 すると一匹の馬がバルトゥルに駆け寄る。バルトゥルに鼻先をすりよせて来たのだ。

「おい、やめろ。くすぐったいって」

 こうして町広場はめちゃくちゃになったけれど、フィロスの危機は免れ、バルトゥルも帰ってきたのだ。


 三週間ぶりにフィロスの家に帰ってきたバルトゥルは母マーニャに泣きつかれてしまったが、再びフィロスに居られることになった。

 町広場は町の佐官屋や大工によって修繕され、帰ってきてから二日後の話し合いで、イザークはフィロスを出ることにしたのだった。

「フィロスを出る?」

 サムエルもマーニャもバルトゥルも声をそろえた。

「うん。フィロスの各アルバイトでようやくそれなりの金が貯まったから、もう伯父さんちを出ようと。もうバルトゥルも俺が出るから安心するだろ?」

「あ、ま、まあ……」

 折角これからイザークと暮らそうと決意したバルトゥルは少し戸惑った。帰ってきてからはイザークの指導で遅れた勉強をして、山奥で拾ってきた仔馬、ジョーイは漁師のジェリクに預けた(ジョーイの名前はバルトゥルが名づけた)。

「イザーク、本当にいいのか? バルトゥルもお前と暮らすことをやっと受け容れたというのに」

「そうよ。フィロスでも、あなたに相応しい職があるのに」

 サムエルとマーニャも居てもいいと言ったが、イザークは断った。

「伯父さんちはあくまで仮住まい。でも自分の住む所ぐらいは自分で探さないとな」

 そして土曜日の午後、イザークは旅行鞄とリュックサックだけの荷物を持ってフィロスから少し離れた都市へ行くローカル列車に乗ろうと、学校を終えたバルトゥル、サムエルとマーニャが駅へ見送りに来た。

 フィロスには駅はなく、隣町ピープ駅はレンガ造りのホームと屋根だけのシンプルな駅で、他には看板とベンチと小店と切符売り場だけの駅である。

 朱色の車体のディーゼル列車が停泊して、イザークは列車に乗り込んだ。

「体に気をつけてね」

「困ったら遠慮なく来いよ。但し、前もって連絡しろ」

 サムエルとマーニャは窓越しで列車の席に座るイザークに言った。

「あの……さ……」

 バルトゥルはもじもじしながらイザークに言った。

「今度……会うときは、友達になろう!」

 バルトゥルの顔を見て、イザークは吹き出した。

「ばーか、お前とはすでに友達だっての。バル、伯父さんと伯母さん、友達を大切にしろよ」

「ああ……!!」

 そして発車のベルが鳴り、三人はホームの内側に下がった。

「それじゃあ、みんなお元気でー!!」

 イザークは窓越しで手を振り、三人もイザークの乗る列車を見送った。

 イザークはカミール地方の都市で新しい暮らしを始め、バルトゥルもフィロスで改めて新しい暮らしを始めようとしていた。






 時は巡り、フィロスにも本格的な春がやって来た。暖かな風が吹き、茶色がかっていた草が緑になり、木の芽が吹き、草や木のつぼみは美しい花を咲かす。

 農家の者は牛や羊を放牧し、畑を耕し、子供たちは公園や広場で遊び、少年少女も学校から帰ると、家業の手伝いに入る。

 そんな中、夕方のシャロン農園の住居内の台所兼食堂でささやかなパーティーが開かれていた。

「バルトゥル、お誕生日おめでとう!!」

 バルトゥルの十五歳の誕生会が開かれたのだ。お祝いに来てくれたのは、ロザリンド、トルスカ、同じクラスの男子が数人。

 テーブルの上にはミント色のテーブルクロスがかけられ、きのこポタージュやマカロニサラダ、マッシュポテトの山盛りや柘榴とリンゴのジュース、塊焼きベーコンの山やマトンチョップ、中心には十五本の色付きろうそくを立てたイチゴのせチョコクリームケーキ。

 本当なら超邪羅鬼と戦った日がバルトゥルの十五歳の誕生日だった。しかしトルスカとロザリンドがバルトゥルのために誕生会を立案してくれたのだ。

 養父母も友人もバルトゥルにプレゼントを渡した。ロザリンドに至っては、自分の母親の研究センターで育てたプリザーブドフラワーのブーケをバルトゥルに渡した。

 ミグとカルクもお祝いし、バルトゥルは心から十二日遅れの誕生日を祝った。

「おい、バルトゥル。イザークから小包が来ているぞ」

 サムエルがバルトゥルに小包を渡した。バルトゥルはマトンチョップを食べるのをやめ、小包を開いた。中には図鑑が三冊入っていたのだ。一つは恐竜図鑑、一つは古代鳥獣図鑑、そして絶滅生物図鑑だった。一緒に入っていた封筒にはイザークの手紙が入っていた。

『自然が大好きなバルトゥルのために図鑑を送ります。

 俺は現在、フィロスから東に四十キロ離れたヘルノ川近くの都市、ラザフィという所でアパートを借りて、ラザフィ内の地域新聞社に再就職が決まり、そこで校正兼臨時記者として働いています。

 良かったら夏休みに遊びに来いよ。ラザフィはいいとこだから案内するから』

 バルトゥルはイザークの手紙を呼んで、再びパーティーのごちそうにありついた。

 夜になって、友人たちは迎えに来た親たちによって帰宅し、最後にトルスカとロザリンドが残った。ロザリンドはマーニャのパーティーの片づけを手伝い、トルスカもバルトゥルに車椅子を玄関まで押してもらって、父が迎えに来るのを待ちながら、群青の夜空を見上げた。夜空には星が煌めき、月が半円に浮いていた。

「バルトゥル。君はこれからも邪羅鬼と戦うの?」

 トルスカが訊ねてきた時、バルトゥルは素っ気なく答えた。

「僕ね言ってなかったけど、君と初めて出会った日に、シマウマの邪羅鬼に捕まったけど、バルトゥルが助けに来てくれたじゃない。君が邪羅鬼と戦う勇士と知った時、お礼は言わないと、って待っていたんだ。今ここで言うよ。

 ありがとう」

 トルスカはバルトゥルにほほえんだ。そしてバルトゥルも。

「トルスカも、俺と友達になってくれてありがとな。今もこれからも、友達でいてくれるか?」

「もちろんだよ」

 二人は友情の握手を交わした。それからしてロザリンドも来て、二人の会話に加わろうとした時、トルスカの父とロザリンドの兄が迎えにやって来て、トルスカとロザリンドは家に帰っていった。

 二人を見送ると、バルトゥルは家の中に入って自室に収めている木製のアルバムを出して、今は亡き実父母の顔を覗く。

 バルトゥルには本当の肉親はいなくなってしまったけれど、養父母と友人、森での仲間、いとこに住む町、そして自然といういてくれる存在がいる。

 バルトゥルは好きな人、好きな場所を護るために新たな邪羅鬼との戦いに立ち向かうことを誓ったのだった。


〈緑の書・完〉


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