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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「赤」の書・第9話 救いの匠

『五聖神』第45話。サユと同じ学校に通うエバリ=バオニコは継親からの虐待で邪羅鬼の魂を宿し、邪羅鬼に体を侵食されて、完全な怪物となった。邪羅鬼を倒せばエバリも死ぬと知ったサユが迷っている時に奇跡が起きる……!


 エバリの負の念を吸って成長し、エバリの体を乗っ取ったカッコウ邪羅鬼は自分の翼から羽をいくつも連ならせた鎖を出してサユに向けて振り下ろしてきた。

「ハッ!?」

 邪羅鬼の攻撃が来ることに気づいたサユは邪羅鬼の攻撃をかわすために後方へと跳び避けた。邪羅鬼の連鎖は地面に直線状の切れ目を走らせ、焼け跡の破片もスッパリ斬り落とし、炭化した木材が粉々に砕けた。

「これを受けたら一たまりもない」

 サユは邪羅鬼の攻撃を見て、悪寒を振るわせ、更に鎖が自分に向けられて来るのを察し、槍を出して受け止めた。ジャリ、と鎖が槍に絡まった金属音が鳴った。

「くっ……」

 サユは槍に絡まった鎖を振りほどき、邪羅鬼は翼をひるがえして、羽根矢をサユに向けて飛ばしてきた。サユも翼を羽ばたかせ、炎に包まれた羽根の矢、火炎羽を飛ばして両者の羽根の矢は空中で弾け散った。

 邪羅鬼は鎖を振り回して先端をゴムのように伸ばしてサユに向ける。サユも負けてられず、槍を回転させて槍から炎を出して弾き返した。

熱烈刃(ねつれつじん)!!」

 サユが弾いた鎖の先端は近くの樹の幹に突き刺さる。そしてサユは槍を投げ捨て、邪羅鬼の鎖を力強く引っ張った。

「何っ!?」

 引っ張られた邪羅鬼は落下する岩の如く地面に勢いよく叩きつけられ、盛大な音が鳴り響き、地面に亀裂が入り、土煙りが舞った。地面に叩きつけられた邪羅鬼は仰向けに倒れていた。

「ぐ……ぐぐ……」

 叩きつけられた邪羅鬼は手足を痙攣させ、荒い呼吸を発して唸っていた。サユは近づいて、邪羅鬼がひるんでいる間にどうしようか立ちつくしていた。

(邪羅鬼の言っていたことが本当ならば、ここで息の根を止めたらエバリも絶命する。どうしたら邪羅鬼だけを取り除いてエバリは助けられるんだろう……)

 そう考えているうちにサユの脳裏に、以前アーメッドがアルマジロ邪羅鬼によって負傷した時、サユの翼の羽毛を胸に当てて一輪の癒しの花に変えて、アーメッドの傷を治した時のことを思い出した。

(これなら邪羅鬼とエバリの体を分けることが出来るかもしれない)

 サユはそう思って、自分の翼の羽根を一枚抜いて、その羽毛を胸に当ててクジャクサボテンのような赤い一輪の花に変えた。そして怯んでいるカッコウ邪羅鬼に花を近づけた時だった。

「熱っ……!」

 サユの懐に入れている紅熱玉が燃えるような熱さを放ったのだ。すると、月をバックに自分を打ち負かした赤い羽毛の女邪羅鬼、アカショウビンの邪羅鬼が現れて、サユの近くに降りたったのだ。

「あ、あんたは……!」

 サユは三週間前、首都ラトゥリエンの街で自分と戦った超邪羅鬼を見て叫んだ。確か超邪羅鬼は伝説五玉の破片を取り入れて強化の反動で休眠に入った――その休眠が終わって、今ここに再び現れたのだ。

「久しぶりねぇ、聖神闘者。この邪羅鬼と何があったの?」

 サユは突如現れた超邪羅鬼がエバリの体の邪羅鬼に近づかぬよう、カッコウ邪羅鬼の前に立つ。

(どんな邪羅鬼も常に自分中心で、他の邪羅鬼のことはどうでもいいと見ている。邪羅鬼同士とはいえ、助け合いはしないだろうし、もしかしたら殺すかもしれない)

 サユは超邪羅鬼に槍の刃先を向けた。見かけと心と能力は邪羅鬼だが、体は人間のカッコウ邪羅鬼もといエバリには手出しさせまい、と立ちはだかった。

「何のつもり?」

「何って……、この邪羅鬼には手出しさせない。これ以上近づいたら……私の持っている紅熱玉の欠片とあんたの中の欠片を燃やしつくして無にする」

 サユは超邪羅鬼に向かって脅しをかけた。

「あんた、本気で言ってるの? 聖神闘者が邪羅鬼を助けるなんて。邪羅鬼と人間は相いれない筈なのに」

「この子は……人間よ。たとえ邪羅鬼になっても、私が守る!」

 超邪羅鬼はサユの「守る発言」を聞いて吹き出した。

「マジでそう思っている? この邪羅鬼の礎になった人間、どんな悪事をしてきたか知っているでしょ? あんただって酷いことされてきたのに」

「……」

 超邪羅鬼に揶揄られてサユは黙り込んだ。ふと、後ろにいるカッコウ邪羅鬼が起き上がって、サユの襟首をつかんで放り投げたのだった。

「きゃあっ!!」

 サユは樹の太い幹にぶつかり、地べたに落ちる。カッコウ邪羅鬼は超邪羅鬼の方へ歩み寄り、超邪羅鬼はカッコウ邪羅鬼ににらみつける。

「あんた何? 私より格下の能力を持っているってのに、しゃしゃり出て……」

 超邪羅鬼がカッコウ邪羅鬼に向かって毒舌を吐くが、カッコウ邪羅鬼は蹴爪状の手から赤黒い波動を出して超邪羅鬼を吹っ飛ばしたのだった。

「ぐわっ!!」

 後方へ飛ばされた超邪羅鬼はジャングルの中まで飛ばされ、木々が巨人の手で押し出したようにメキメキと折れていく。それどころかカッコウ邪羅鬼は超邪羅鬼に無数の赤黒い波動を放ち、攻撃してきたのだ。腰を押さえながらこの様子を見ていたサユが、通常の邪羅鬼に押されている超邪羅鬼を見て思った。

(邪羅鬼は伝説五玉で強化されたのより、人間の憎しみや怒りで強化された方のが強い!?)

 カッコウ邪羅鬼はその間にも、超邪羅鬼に蹴りをいくつも入れたり首をつかんで叩きつけたりと攻撃をし、超邪羅鬼はボロ雑巾のようになっていた。超邪羅鬼が羽毛を散らしながら倒れていくのを目にしながら、カッコウ邪羅鬼は超邪羅鬼の体の中に入っていった。泥の中に沈むようにカッコウ邪羅鬼は超邪羅鬼と一体化していった。

 すると二体の邪羅鬼は紅蓮のような不定型の物体となり、やがて形が整っていった。足が四つになり、翼が二対になり、蹴爪状の手も四つになり、体の羽毛が青灰色と緋赤が混ざった色合いになり、頭が右がアカショウビン、左がカッコウの頭部を持つ変異邪羅鬼となったのだ。

「邪羅鬼が……融合した……」

 変異邪羅鬼の誕生の瞬間を見て、サユはがく然とした。




 変異邪羅鬼は右手から赤紫と真紅の混じった波動を出し、それを砲丸投げの要領で投げ飛ばした。波動弾の投げた地に壮大な爆破音が鳴り響き、二色の波動がサユのいる地から北上に広がるのを目にした。変異邪羅鬼が吹き飛ばした地は木々が焼き焦げたように削れ、地面もお椀状にえぐられ、その場所は一瞬で更地となった。更地からはいくつもの硝煙が昇って、深緑と瑠璃色の景色を曇らせた。

「……! 何て破壊力……。街一つなら簡単に消し去ってしまう」

 サユは変異邪羅鬼の攻撃を見て身震いした。すると変異邪羅鬼は何かに気づいたようにサユのいる方へ振り向いた。すると、疾風のように突進し、一人の人物の前に立ち止まる。

「ひっ……!」

 変異邪羅鬼はエバリの弟、セリムの前に立っていたのだ。セリムの前に立つ変異邪羅鬼は極悪人、いや地獄の王のような威圧感があった。変異邪羅鬼は両手から赤紫と真紅の波動を出し、それをセリムに向けて放とうとした。変異邪羅鬼が波動を放った時、サユが飛び出してセリムを抱えて避けた。

「ああっ……」

 変異邪羅鬼の波動がサユの背中の翼にあたった。サユはセリムを抱えたまま転がるように倒れる。サユの体は擦り傷と切り傷だらけになり、翼の先は焼き焦げたように傷つき、鋼のように丈夫な衣は所々破れている。

「お姉ちゃん……」

 セリムが自分を助けてくれたサユに声をかける。

「良かった……無事で……」

「でもお姉ちゃんが……」

 変異邪羅鬼は次々に掌から二色の波動弾を出してきて、サユに向けてくる。サユはセリムを抱えて精一杯の力で避け、悪しき波動は後ろの木々や焼け跡を破壊しつくす。

「お姉ちゃん、逃げて。これ以上お姉ちゃんが傷ついたら本当に……」

 セリムが弱音を吐くと、サユは言った。

「いいえ、あなたを絶対に死なせない。あなたの親は死んでしまったけれど、あなたはまだ生かせることができる。

 だって、だって私は……」

 サユがその言葉を言い終えるかどうかの時、変異邪羅鬼が双頭の嘴から赤黒い炎と紫の電撃を放って、サユを襲った。

「――っ!!」

 叫びとは思えぬ断末魔を上げて、地面に膝まつき倒れた。破れた上衣の懐から紅熱玉の欠片が転がり、サユの右掌の中に入っていった。

 その時だった。紅熱玉の欠片が眩しく光り、変異邪羅鬼の中の紅熱玉の欠片も濁った赤から真紅に変化し、変異邪羅鬼の中の体から飛び出し、サユの方へと飛んでいった。その欠片がサユの持っている欠片と結合して、紅熱玉はハート型の赤い半透明の石となった。


 真紅の空間の中にサユはいた。サユの目の前には完全な形になった紅熱玉が浮いていた。

「サユ、私を元通りにしてくれてありがとう」

 日光が照らすような優しい声がサユの頭の中に響いてきた。

「あなたの“愛”の意と人々の“情熱”が重なり合って、私は本来の姿へと取り戻せました。

 あなたに新しい力を与えます」

 紅熱玉が激しく光り出し、サユは思わず目を閉じた。

 更地になったジャングルの一ヶ所に真紅と緋色が混ざり合って、その中から割れるようにサユが出てきたのだ。以前とは違った新しい姿で――。

 頭部と背の朱雀の翼と尾羽と赤い二房の前髪はそのままだが、聖神闘者の衣が大幅に変わっている。

 袖と縁に羽毛のような飾りがついた緋色の紗のような上衣、中衣はビスチェ型の深紅のドレス、腰には黒い幅太の帯をリボン状にし、両腕に赤い布と黒いリボンの腕布、足元は赤い短靴と黒い足布、髪も古代紫のリボンで一つ結えから、黒いリボンで後ろに三又に結いあげられている。

「これは……!?」

 サユは姿が変わったのを見て驚いていると、紅熱玉の声が再び頭の中に響いてきた。

「あなたを聖神闘者から聖神武匠へと進化させたのです」

 聖神闘者から聖神武匠に進化したサユは変異邪羅鬼に目を向ける。変異邪羅鬼はというと紅熱玉の欠片を失ったとはいえ、双頭四脚四腕四翼の姿のままである。

 変異邪羅鬼は双頭の口から濁った炎と紫電を放ってきた。だがサユは両手から真紅と緋色の波動を出して盾にし、変異邪羅鬼の攻撃を防いだのだった。

 変異邪羅鬼は鳥とも獣とも思えぬ声を出して怯んだ。サユは腰から下げていた槍を組み立て変異邪羅鬼に矛先を向けた。槍も形状が変わっており、柄が長くなって二又から三又になり、刃の付け根に紅熱玉がはめ込まれていた。

 サユは槍を上にあげて高速回転させて、炎の渦を起こした。

朱雀炎斬(すざくえんざん)!!」

 炎の渦は紅い竜巻のようになり、独楽を回すように邪羅鬼を呑み込んで動きを封じた。

 変異邪羅鬼は正しい発声もせず、唸るように声を上げ、邪羅鬼としての殺りくと破壊の及ぶまま、暴れていた。そして人間としての他者への怒りや憎しみで理性は保てなくなっていた。これが強くなった分、思考の消えた純粋な邪羅鬼と人間を礎にした邪羅鬼が混成された変異邪羅鬼としての悲劇かもしれない。

 邪羅鬼の動きを止めたサユは槍を地に刺し、両手に火行の聖力、紅熱玉の真紅の波動を組み合わせ、炎とも光ともいえる玉を生みだした。そしてサユの唇から呪文のような祈りの文句のような言葉が紡がれていく。

「私の中に在る“愛”の意よ。人々の中の“情熱”、この悪しき者の中に眠る尊き命を忌まわしき力から救いたまえ」

 サユは火行の聖力をと真紅の波動の玉を邪羅鬼に向け、一条の光線を放った。

朱雀癒火炎光閃(すざくりょうえんこうせん)!!」

 炎と光が混じる光線は扇状に広がり、炎の渦で動きを封じられている変異邪羅鬼を呑み込み、クジャクサボテンのような花の形になり、変異邪羅鬼のけたたましい断末魔が次第にかき消されていった。

 花も一瞬眩しく光ると、爆ぜるように消え、後にはいつもの夜の暗さと静けさが残った。


 

「一体、何があったんだ……?」

「激しい音がしたり、眩しい光が出たり、あっちで何が起こっているんだ?」

 ジャングルシティの人たちはサユと変異邪羅鬼の戦いによる音や眩しさで大騒ぎになっていた。その時、町中で一人の赤眼の男が拡声器を使って、町人たちに伝えていた。

「はい、皆さん。落ち着いてください。この先程の現象は私ども国際同盟警察が調査しますので、安心して町……いや、家屋の中にいてください」

 WUPのアーメッド・シモンが上手く町の人たちを治めてくれた。町の人たちもWUPなら安心できると思ったのか、外に出るのをやめた。

 エバリの家があった跡地には、周囲に折られた木々と炭化した家の焼け跡、エバリの弟セリムと聖神武匠姿のサユ、そして変異邪羅鬼が燃えた後の灰の塊があった。

 サユは灰の塊から聞こえる音に耳を傾けていた。ほわぁ、ほわぁ、と。サユは両手で灰をそっとかき分けて、灰の中から出てきたそれを見て顔を明るく変えた。

「あ、ああ……」

 灰の中には人間の赤ん坊が入っていたのだ。生まれたてのように声を上げて泣いていた。

「良かった。私、エバリを救えたんだ……」

 サユは赤ん坊に転生したエバリを抱き上げた。サユの邪羅鬼としての部分を覗いてエバリを救いたい、という思いがそうさせたのだった。


 それからして、アーメッドの上司でWUPのお偉方がエバリの家を調査し、継親の死体を回収解剖し、また変異邪羅鬼に破壊された場所も調査して、これが人為的なものでないとの結果が出た。

 砂地の中にある古城を増改築したWUPロプス支部で、上層部者たちはアーメッド・シモン隊員が以前発表した邪羅鬼と邪羅鬼を倒す者の事実が虚偽でないことを受け容れた。また一ヶ月前に起きた首都ラトゥリエンのビル爆破事件についても、まとめられた。

 だたっ広い会議室の中で、WUPロプス支部の上層部隊員たちは邪羅鬼の存在をロプス全体に伝えるべきかどうか取り入っていた。

「ただでさえ異教テロや婦女被害者の人権問題でごたごたになっているのに、もっと国民を脅かすのではないか」

「だが、アーメッド・シモン隊員の友人であるリベル隊員の死や連続女性失踪殺害事件だって邪羅鬼に関わっているではないか」

 邪羅鬼の公表に対する会議は実に五日も続き、悩むに悩んだ末、邪羅鬼は人間でないためプロの軍人であるWUPがかなう筈がない、という理由で非公開になった。

 テレビや新聞、情報誌やインターネットのマスコミメディアはWUPロプスを「役立たず」や「税金泥棒」とバッシングしたが、上層部は上手く邪羅鬼の存在をもみ消して、女性連続疾走殺人事件の首謀者はアクバ・タソナバだがWUPに追い詰められて自殺、ランゴ中等学校に現れた邪羅鬼に至っては『WUPが責任もって逮捕する』で片づけ、バオニコ夫妻焼死は生活苦による心中死で、長女は灰となって夫婦は焼き焦げたことになった。

 なんやかんやあっとはいえ、アーメッドはいとこのリベルの眠る墓へとやってきた。墓石には白いランの花とリベルの好物であった白ワインの瓶を添えて。

「リベル、君を殺した邪羅鬼はもう倒された。あの子が……サユ・コーザが倒してくれた」

 アーメッドは合掌し、バオニコ一家心中事件の現場にいたサユから話を聞いた。リベルの無念はこれで果たされたと報告しに来たのだった。

「あと、サユちゃんは天使じゃないのか、って思うことがあるんだ。翼があるからそうかもしれないけど、継親に虐待されていた同じ学校の生徒を助けたのだから」

 アーメッドは冗談とも思える言葉を発しながら、リベルの墓に伝えた。


 


 エバリが赤ん坊になってから十日が経った日のことだった。サユとツドイ一家が住まうバン・ダルーイ住宅に二人の身なりの立派な初老の夫婦が現れ、エバリを自分の子として育てたいと要望してきたのだ。

 赤ん坊になったエバリは病院に運ばれ、三日間そこで過ごし検査の結果体に異常がなく、サユとイロナ一家はエバリと七日間過ごしたのだった。ミルクをあげ、おむつも換えて湯船に入れてあげた。エバリの弟、セリムはイロナの父が勤める児童保護局に入れられた。エバリの実親や兄姉に引き取られたら虐待される可能性があるため、そう判断したのだった。

 エバリの里親はサンブロン南に住む商人で、中央大陸からの輸入家具を取り扱う商人であった。お金はあるけれど子供はなく、ランゴで見つかった赤ん坊を自分の子供にしたいと申し出たのだった。

 里親夫妻は二人とも仕立てのいいスーツと花と蝶の柄の服をまとい、夫婦そろって福の神のような顔立ちをしていた。

 夫婦はレースとリボンがついた赤ちゃん服をエバリに着せて、連れていった。サユは里親に「エバリをお願いします」と言った。

「エバリは……この子には幸せになってもらいたいんです!」

「大丈夫よ。この子にはちゃんと、まっとうな教育を受けさせるから。じゃあ、私たちはこれで……」

 夫婦とエバリの去っていく様子をサユは見送っていた。

「安心しなよ。あの人たちなら、エバリを正しい道に行かせてくれるから。文字通り人生をやり直したんだ」

 隣にいたエバリがサユに言った。一度邪羅鬼になったエバリが聖神武匠に進化したサユの技で燃えて、その灰の中から赤ん坊になったエバリが出てきた時いたイロナは驚いたけれど、エバリが死ななくて良かったと安堵していた。

「弟もまだ十歳だし、悪には走らないと思う。お医者さんが言うには脳には異常もなくって、エバリは前のエバリの記憶がないってさ」

「うん……」

 サユは呟いた。世の邪気から生まれ人間の魂を喰らう邪羅鬼は恐ろしい。だが最も恐ろしいのは人間ではないかとサユは考えていた。思考などの不一致で起こる争い、ささいなことでの憎しみ合い、誤解が生じてしまう信頼崩壊、妬みやひがみ……それらを多く抱えている人間こそが不完全な邪羅鬼につけこまれて完全な邪羅鬼を生みだしてしまうにではないか、と。

 そのために必要なのが大人や宗教からの教え、歴史や道徳、そして決して悪には走るまいとする本人の意志。

(もしかすると人間と邪羅鬼は鏡合わせ、なのだろうね)

 サユは木々の枝から見える青い空を見つめ、家屋の中へ入っていった。






 


 ジャングルの上空は白く濁ったようになり、雨季の期間に入った。雨季に入ると、洗濯や染め物などの水を扱う仕事は、衣や布の乾燥にとまどる為、室内で干す日々が続いた。

 ジャングルは葉や枝をつたって雨が滴り、地面を黒く染めて雨で削れた地を雨水が流れて川や泉へと流れていく。雨季はそんなに川や水辺が氾濫しないので、水害に困ることはなかった。

 サユはというと、学校に通い、児童局でアルバイトをして自立資金を稼ぎ、休日にはイロナや友人たちと遊んで過ごしていた。

 母が亡くなってからのサユの貯金は一〇〇ザモクから一一八ザモクになっていた。

「イロナ」

 サユは三月初めの夜、イロナと一緒に寝る前のガールズトークの最中、自分の中に生まれた将来の目的を話した。

「私ね、学校を卒業したらWUPのアカデミーに入ろうと思うの」

「え!? WUPに? あの……アーメッド先生と同じ?」

「うん」

 サユがWUPになりたいと言ってきた時、イロナは驚いた。サユが軍事警察に入るなんて思ってもいなかったからだ。

「何でWUPに? そりゃあ、あそこは公務職だし、危険と隣り合わせの任務が多い分、安定した給料だけどさぁ」

「私ね、思ったの」

 サユは意思のこもった目をしていった。

「邪羅鬼との戦いは終わっても、世の中の親や家のない子、親や親族に虐待されている子を助けたい。いや、私は今まで邪羅鬼によって助けられなかった人たちの分まで、いえその何倍分も助けたいの。

 私、WUPに入る。たとえおじさんやおばさんや先生に反対されても、入る」

 サユの覚悟と意思を聞いて、イロナは少し沈黙してから笑った。

「そう考えているのなら、サユは人の不幸、いや南大陸の不幸をすくってあげられるんじゃないの? 

 でもさ、WUPが辛かったら戻ってきてまた一緒に暮らしてくれるよね……?」

 イロナはサユに訊いてきた。サユは一も二もなく、「それは約束する」と答えた。

 暗闇に降る雨が、サユの愛情と人々の未来に向けての情熱を奏でているようだった。

 サユの新たな人生は、邪羅鬼との戦いの終わりの後に。


〈赤の書・完〉


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