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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「白」の書・第9話 進化

『五聖神』43話。新皇帝の戴冠式に超邪羅鬼が現れた。このままでは皇宮にいる人々の命が狙われる。ファランは皇宮に駆けつけ、超邪羅鬼との戦いに、ファランが持っている黄希玉がファランに力を与えて、ファランは進化を遂げる――。


 紫紺の空に染まった連極皇宮の中庭では、連極平和テレビをはじめとするテレビクルーや大臣や妃たち、皇子皇女が集まり、新皇帝の戴冠を見守っていた。二月の末とはいえ夕方と夜と明け方は寒く、どの大臣や皇族もテンや狐や狼の毛皮の外套を着、中庭にはいくつものの燈篭を立て、灯りをともしていた。

『テレビの前の皆さん、これよりフェイトゥ陛下の戴冠式が始まります。静粛に』

 若い女性リポーターのツォンがマイクを片手に戴冠式の様子をカメラ越しに伝える。

 フェイトゥ新皇帝が冠を持った大僧正の前に越しと頭を下げる。白と黒の法衣をまとい、白い三角をつなぎ合わせた冠をかぶった老年の大僧正はフェイトゥ陛下に黒耀の皮革と金と白い絹の垂れ幕の付いた冠をかぶせようとした時だった。

 空中から高音が唸り、振動が会場全体に響き渡り、その変異で石床や壁や柱に亀裂が入り、冠が大僧正の手から落ち、人々は一瞬とはいえ耳をふさいだ。

「うわぁっ」

 それと同時にカメラやマイクの中の精密機械が破損して映像と音声が乱れ、音声がガガガピーと異常をきたし、どこの家や施設、各都市のビルモニターに波が走り、ラジオやスピーカーにもブツブツ音が入った。

「な……なんじゃ!? 何が起きたんじゃ……?」

 祖父は呆然となり、ファランはこっそり居間を出て、懐から転化帳を出す。廊下に出たファランは白虎と連絡を取りあう。

「白虎、大変だよ。皇宮が大変なことになっていて……」

『ああ、超邪羅鬼が長きにわたる休眠から目覚めて暴れ出した。皇宮の人たちを助けに行くんだ、ファラン!!』

 転化帳の画面に映る白虎の顔が消えると、ファランは転化帳をマップモードにし、皇宮を着地点にし、ワープパネルを叩こうとした時だった。

「ファラン!? ファラン、どうしている?」

 祖父が廊下で電子手帳を片手に持つ孫の姿を目撃した。ファランは祖父の目をぱちくりさせた顔を見て、こう言った。


「じいちゃん、ヤンジェを……みんなを助けに行ってくる」

「……!? 何を言っておる? 普通の子であるお前がみんなを助ける!? わしをからかうんじゃない」

 祖父は突飛なことを言うファランを見て止めた。でも、ファランは言い続けた。

「じいちゃん、皇宮にいる怪物は邪羅鬼という怪物で、刃物や銃じゃ殺せない。西大陸を守る白虎の力を賜わった僕じゃないと倒せないんだ。僕の言っていることふざけているようだけど……信じて!!」

 ファランは邪羅鬼や五聖神のこと、自身が五聖神によって選ばれた人間で邪羅鬼と戦えるのは自分だけだということを祖父に話した。

「……僕もずっと黙っていて、ごめんなさい。でも、行っても信じてくれないと思ってずっと……」

 ファランは祖父に自分の秘密を打ち明けた。祖父はファランの話を聞くと、手を伸ばした。叩かれる、と思ったファランは目を閉じ、祖父はファランのほおをなでた。

「……そうか。お前にも人に言えない秘密を持っていたんだな」

 そしてファランを抱きしめた。

「必ず、生きて帰ってこい。約束だ」

「うん……」

 そしてファランは祖父を淡岸の家に残し、自分は転化帳で皇宮へとワープしていったのだった。


 皇宮では超邪羅鬼が現れると、数十人の兵士たちが超邪羅鬼に銃で立ち向かったものの、超邪羅鬼は無数の銃弾を受けても倒れず、音撃波で兵士たちをふっ飛ばし、兵士たちは壁や柱に当たって失神していった。テレビクルーや大臣、妃たちや皇子皇女は逃げだしたが、皇宮から逃げられても超邪羅鬼に捕まると思って、皇宮の中の部屋という部屋のクローゼットや机の下やベッドの下に隠れるしかなかった。巨大な厨房で料理を作っていた料理人たちも音撃波に気づいたものの、料理人の一人が様子を見に中庭に行くと、コウモリ人間が兵士たちの胸に手を入れ、金色の光の玉を引きずり出しているのを目にした。

「ひいいーっ!!」

 料理人は慌てふためいて厨房や皇宮の中にいる者たちに外へ出たら化け物に襲われると叫んだ。

 兵士たちの魂である金色の光の玉を喰らった超邪羅鬼は立ちすくんでいるフェイトゥ陛下とその母親である皇太后、大僧正に目をやった。

「へ……陛下、あなたは逃げなさい! あなたはこれからを担う皇帝なのですよ!」

 フェイトゥ陛下と同じ顔の痩せた体の皇太后がフェイトゥ陛下に言ったが、フェイトゥ陛下は護身用の中振りの剣を出して皇太后に言った。

「い、いいえ! こやつは私が倒してみせます! し、新皇帝の威厳として!!」

 フェイトゥ陛下は剣を抜いて邪羅鬼の方へ一歩一歩進む。

「おっ、おい化け物!! この私が……相手だ!!」

 フェイトゥ陛下の声を聞いて超邪羅鬼が振り向いた。超邪羅鬼はフェイトゥ陛下に鋭い金色の双眸を向けてきた。

「ひっ、ひいっ」

 フェイトゥ陛下は超邪羅鬼に睨みつけられて、皇宮の中へ逃げてしまった。

「やっ、やっぱり怖い~~!!」

 フェイトゥ陛下は最年長の二十五歳でありながら実質は腰ぬけで見下し屋だった。

「フェイトゥ、なんて情けない!!」

 皇太后は怒鳴ったが、どうにもならず、超邪羅鬼が皇太后と大僧正に近づいてきた。

「ひいいいっ」

 二人が超邪羅鬼の恐ろしさにおののいていると、ヤンジェが兵士の持っていた鉄砲で超邪羅鬼をぶちのめしたのだった。

「あ……あなたは!!」

「逃げてください! 今のうち!」

 ヤンジェは皇太后と大僧正に言った。皇太后は悪名高い雷夜王(レイヤーウォン)の孫娘であるヤンジェのことはしかめていたが、ヤンジェの勇ましさを見てその考えが打ち消されたのだった。ヤンジェはただでさえ重たい鉄砲を振りまわして、超邪羅鬼を叩いていたが超邪羅鬼は鉄砲をつかんで握りつぶしてしまった。

「ああっ」

 もうダメかと思ったその時、白く光る電撃の玉が斜め上から飛んできて、超邪羅鬼に当たって痺れさせたのだった。

「ぐおおおっ」

 ヤンジェと皇太后が顔を上げると、向かい側の屋根の上に白い衣と白虎の耳と尾を持つ少年の姿を目にしたのだった。


 


 それは聖神闘者に転化したファランであった。ファランはそこから飛び降りると、両足と右手で支えて降り立ったのだった。

「ほぉ……あの時の聖神闘者か……」

 超邪羅鬼はファランを見て薄笑いを浮かべる。

「悪いけど……皇宮の人たちには手出しさせないよ」

 ファランは皇太后と大僧正、ヤンジェの前に立つ。ヤンジェはファランを見て、自分をいつか化け物から救ってくれた人だと思いだす。

「あのう……どうしてここに来たの……」

 ヤンジェはファランに問うがファランは何も答えずこう言った。

「ここは……僕に任せて。早く逃げて……」

 ファランは振り向きもせず超邪羅鬼の方へ飛びかかった。

「どうして……。いや、今のうちにここから逃げましょう、御二方!!」

 ヤンジェは白虎の耳と尾を持つファランを見て一瞬考えたが、皇太后と大僧正を連れて皇宮の中へと連れていった。

「はあああっ!!」

 超邪羅鬼とファランの戦いの火ぶたが切って落とされ、超邪羅鬼は背中の羽で飛びながらファランに蹴りを入れる。だがファランは両腕で超邪羅鬼の攻撃を受け止め、両手に金行の聖力を込めて、白い金の膜に覆われたファランの拳が超邪羅鬼のみぞおちに強く入れた。

金剛手弾(こんごうしゅだん)!!」

 ファランの金剛手弾を受けた超邪羅鬼は一瞬ひるんだが、ファランの胴体目がけて音撃波を出そうとしたが、ファランの方が速くファランは右脚に金行の聖力を白金の膜にして包まれた脚で超邪羅鬼に大振りのかかと落としを入れたのだった。

金剛扇脚(こんごうせんきゃく)!!」

 ファランの金剛扇脚は白い光の扇のような輝きを放って超邪羅鬼の肩に力いっぱい入れた。

「ぐおおおおっ」

 ファランの金剛扇脚を受けた超邪羅鬼はそのまま皇宮の中庭に落下し、けたたましい音を立て、地面にめり込んだ。その衝撃で灯りの燈篭が倒れ、超邪羅鬼の周囲で燃え広がった。ファランは朱色で炎に燃え盛るのを見て一階の屋根に着地すると、魂を抜かれたカーキ色の軍服と黒いベストを着た皇宮兵士をかついで中に入れた。魂を抜かれたとはいえ、超邪羅鬼を倒した時に魂が戻る体が燃えてしまっては危ないからだ。

 ファランが兵士を四、五人皇宮の中へ避難させると、超邪羅鬼を包んでいた炎が弾けて消え、中から超邪羅鬼が傷を一つも負わずに出てきたのだった。

「俺の中の伝説五玉が助けてくれたんでね。炎に包まれようがどしゃ降りまみれになろうが俺は無敵だ」

 超邪羅鬼はそう言うと、反撃しだした。四枚の羽を使って素早く動く飛び回り、分身したかのようにファランの周りを高速移動する。ファランが油断していると、超邪羅鬼は口から音撃波を出し、ファランを吹き飛ばした。

「うわあっ」

 ファランは後方の壁と柱に衝突し、柱と壁に亀裂が入った。闘者の衣も腕脚や胴部分が裂け、細かく傷が入る。

「ここまでか……」

 ファランは悔しそうに唇をかみしめた。すると懐から頂点のない星の形をした黄希玉が落ち、超邪羅鬼は黄希玉に気づいて他の四つも自分のものにしようとした。ファランは左手で右肩を押さえ、右手で起き上がろうとするが起こそうとしても起きにくい。

「が、頑張れ、負けるな!」

 三階の窓から避難した青年の従者が叫んだ。

「こいつを倒せるのは君しかいないんだ。俺は見守ることしかできないけれど、君に希望をかけているんだ!!」

 青年の声でファランは気力も持ち直した。

「そ、そうだ。君は誰だか知らないけれど、君が負けたら誰がこいつを倒すんだ!」

 他の窓から他の従者が叫んだ。

「頑張れ、負けるな!」

「こいつを倒してくれ!」

「頼むぞ!」

 皇宮の窓という窓から従者や大臣、テレビクルーがファランを応援する。

「お願い、立って、戦って!」

 聞き慣れた声を耳にして、ファランは一階の中に出入り口の前に立つ、ヤンジェを見た。ヤンジェの隣には皇太后と大僧正もいる。

「そ、そうよ! あなたは私たちを助けてくれた! 息子のフェイトゥよりも頼もしいわ!!」

「勝ってくだされ、連極の……世界の未来のために!」

 皇宮の人々の声援を受けてファランは気力と体力が体の底からみなぎるのを感じた。そして黄希玉が超邪羅鬼の中にある欠片が呼びよせるように眩しく輝いたのだった。

「ぬぐぅっ!? 一体なんだ?」

 超邪羅鬼は胸を押さえたが、彼の中にある黄希玉が眩く光り、邪羅鬼の体から出てきてファランの方へと飛んでいったのだった。

「行くな! お前は俺のだーっ!!」

 黄希玉の欠片はファランの手元の欠片と結合し、遂に完全な五芒星となったのだ。完全になった黄希玉は宙に浮いてファランの前で激光したのだった。

 ファランは黄色く輝く空間の中にいた。ファランの目の前には黄希玉が輝いている。

「ファラン、私を元通りにしてくれてありがとう」

 鈴を転がすような高い黄希玉の声がファランの頭の中に響いてくる。

「あなたの“勇”の意と人々の“希望”が重なり合って、私は本来の姿を取り戻せました。

 あなたに新しい力を与えます」

  黄希玉が激しく光り出し、ファランは思わず目を閉じた。


連極皇宮の中庭に黄色と白の光が混ざり合って、その中から割れるようにファランが出てきたのだ。新しい姿で――。

白虎の耳と尾と銀色の二房の前髪はそのままだが、聖神闘者の衣が大幅に変わっている。

腰に燕尾がついた白い袖なしの衣、腕には白い袖と茶色いグローブ、黒いひざ丈の下衣、茶色の中長靴、服や袖や靴にはベルデッド装飾で、服には金色の細部が入っている。全てエナメルのような光沢である。

「この姿は……!?」

 ファランが変化した自分の姿に驚いていると、黄希玉の声がまた頭の中に響いてきた。

「あなたを聖神闘者から聖神武()(しょう)へと進化させたのです」



 

 聖神闘者から聖神武匠へと進化を遂げたファランは超邪羅鬼に向かって叫んだ。

「行くぞ、超邪羅鬼! 聖神武匠になった僕には恐れる者は何もないっ!!」

 超邪羅鬼はというと、黄希玉の破片を失ったとはいえ、四枚の羽や長い牙や二本の鋭角といった外見の強化はそのままであったが性能はわからない。超邪羅鬼はファランの顔を見て鼻で笑った。

「フン、変わったのは所詮、見かけだけだろう。だが、黄希玉がなくなったとはいえ、強化の効果はまだ残っているんだ!!」

 そう言う也、超邪羅鬼は口から音撃波を出して、ファランに攻撃する。見えない細かい刃のような音撃が壁や床にヒビを走らせ、ファランは両手から白と黄色の波動を出して、光の盾を張ったのだ。黄色と白の光の盾を受けた超邪羅鬼の音撃波は雑音を立てながら消滅した。

「なっ、何ぃ!?」

 超邪羅鬼はファランが見かけだけでなく、能力も上がっていることに驚く。

「こっ、これならどうだ!!」

 超邪羅鬼は羽を広げて、底から小さなコウモリ型の闇の波動をファランに向けて放った。本物のコウモリの群れのような波動がファランに襲いかかる。

 だがファランは腰に刺してあった二本の剣を引き抜き、右手に白、左手に黄色の輝きを帯びさせて闇の波動を大振りで斬り裂いて消滅させた。剣は細身の刀身から幅が広くなったカタール型で柄は白、刃は虎模様入りの銀で剣の刃には黄希玉が煌めく。

「どっ、どうしてだ!? たかが五聖神に力を与えられただけの人間の子供が、邪気から生まれた俺の方が邪気の分だけ強くなるというのに……」

 超邪羅鬼はファランの強さを見つけて退く。その時、白虎の幻影が超邪羅鬼の前に現れた。半透明状の立体映像のようだが声が聞こえる。

『お前とファラン、黄希玉を入れた者同士、どこまで強くなれるか知らないだろう。

 所詮、お前は自分の強さと自分が支配者になることしか考えておらず、ファランをはじめとする人間たちは、自分だけでなく友や家族や多くの人たちのために私の与えた力を使いこなし、そして努力してきたのだ。

 それがお前とファランの違いだ!!』

「だっ……黙れぇぇぇぇぇ!!」

 超邪羅鬼は狂ったように声を上げ、巨大な黒い蛮刀で白虎の幻影を斬り裂いた。そして走りながらファランに刃を向けてきた。だが、ファランは両手の剣で超邪羅鬼の蛮刀を受け止め、そして押し返した。

「うおおおおっ」

 ファランは超邪羅鬼の剣を押し返すと、剣に黄色い電撃を帯びさせて×字状に斬った。

金雷斬(こんらいざん)!!」

 ガキーン、と強い金属音が宮中に響いて、超邪羅鬼の剣を粉々に砕いた。剣の破片が黒い石のように散った。

「そ、そんな……」

 柄だけになった剣を見て邪羅鬼は震える。ファランが自分より大きく見えた。

「これで終わりだ!!」

 ファランは剣に白と黄色の光を走らせ、剣を地に突き立てた。

白虎雷刃(びゃっこらいじん)!!」

 ファランが叫ぶと同時に、白と黄色、二色の電撃の柱が長邪羅鬼の足元から出現して、超邪羅鬼は断末魔を上げながら消滅していった。

 超邪羅鬼のいた所には鉄粉の山だけが残り、金色の光の粒子が宮中に降り注ぎ、邪羅鬼に魂を喰われた兵士たちが息を吹き返したのだった。

 中庭に残ったのはファラン、ただ一人。


 宮殿からフェイトゥ皇帝と皇太后、大僧正、ヤンジェを含む皇子皇女が出てきた。皇帝は聖神武匠姿のファランを見て、顔をしかめながら言ってきた。

「よくもまあ、あの邪羅鬼という怪物共々、戴冠式を台無しにし、宮中の者たちに多大な迷惑をかけ、この中庭を壊してくれた。

 だが、我々を助け、兵士たちを甦らせ、怪物を倒してくれた。ありがとう聖神武匠よ。私は皇帝なのに、恐怖のあまり何もできなかった」

 皇帝はファランに礼を言った。ファランの戦いを見ていてくれた人々もファランに礼を言ってきた。

「ありがとう、聖神武匠」

「ありがとう」

 人々の笑顔と謝礼を感じて、ファランは何も言えず照れ笑いした。

 ファランは宮中の人たちから礼を言われると、このまま帰ろうと転化帳を出した。

「待って!」

 ファランが転化帳を出した時、ヤンジェがファランに駆け寄ってきた。

「お願い……私を……ここから連れ出して!」

「えっ!?」

 ヤンジェが懇願してきたので、ファランも皇帝も皇太后もイェンシン大臣が驚いてヤンジェに目を向ける。

「私をここから連れ出して下さい。……会いたい人がいるの……」

 ヤンジェはファランや皇帝にお願いする。

「私には宮中の暮らしが合わないんです。十年も住んでた町が懐かしくて物悲しい……」

 ヤンジェが続きを言おうとした時、皇太后が言った。

「あなた、しょっちゅうフォンタオやイェンシン大臣を困らせていたからね。もう好きにしなさい」

「皇宮や政治のことは私や他の皇子たちに任せるから。お前は自由だ」

 皇帝もヤンジェに言った。

「ありがとうございます……陛下」

 ヤンジェは綺麗な服と豪華な食事や寝床と堅苦しい規則や仕来たりだらけの皇族での生活から解放された喜びに嬉し泣きした。

 それから皇帝はファランにこう付け加える。

「ヤンジェを自由にするのはいいが、危険な目に遭わせようとしたり悲しませるようなことがあったら宮殿に連れ戻すからな!」

「はいっ」

 ヤンジェはファランの袖をつかんで、ファランは転化帳のワープパネルを叩いた。

「ヤンジェは……僕が必ず送り届けますから!」

 そしてファランとヤンジェは白い光の玉に包まれて、皇宮の中庭から消えていった。


 ファランとヤンジェが着いたのは、淡岸の砂浜だった。夜の砂浜は黒い空に白い上弦の月が浮いていた。海はザンザン……と音を立てて、砂浜が濃い灰色になっていた。

「ファラン」

 ヤンジェは聖神武匠姿のファランに呼び掛けた。ファランは呼ばれてビクつく。

「ファラン……なんでしょう? 姿は変えているけれど」

 ファランは顔上げてヤンジェに言った。

「僕が聖神闘者だってこと……気づいていたんだ……。いつから?」

 ファランが苦笑いを浮かべてヤンジェに訊いてきた。

「ファランが三日間、行方不明になった時にうすうす感づいていたの。帰ってこないのにはどこかで邪羅鬼と戦っているんじゃないか、って。そしたら……当たっていた」

 ヤンジェはクスッと笑ってファランに言った。

「お互い様だよね。秘密隠し合っていたことには」

「そうだね、その通りだね。さぁ、帰ろう。じいちゃんが待っているよ」

 三週間ぶりに再会した義兄妹はただ一人の家族の待つ家に足を向けて進んでいった。


 


 丸太の柵に囲まれた岩の高台と白岩の壁から壮大に流れ落ちる滝。滝の下では清水が長南川の川下へと流れゆく。他には明るい緑になろうとする山々と青い空と空に浮かぶ雲と太陽。三月に入ったばかりのこの季節、ファランたち淡岸中等学校の四年生たちは霜流(スァンリュー)地区の移動教室に来ていた。

 ファランたちは使い捨てカメラやデジカメで白岩の滝を撮影している。ファランはタイチェンやシウロン、そしてヤンジェと共に行動していた。ヤンジェは滝の光景や山林から飛び立つヤマセミを見て、笑いを浮かべている。

 野外活動が終わると、一同は霜流村の中にある旅館に泊まった。霜流は冬になると雪で染まった景色が美しく、また磁器や焼き物で有名な地で、建物は三階建てや四階建ての切り妻屋根が多く、旅館も濃緑の屋根と白い壁、朱の枠が美しい造りで、テラスから見える村や夜空の景色が素晴らしかった。

 夜の自由時間、シウロンやタイチェン、その他の同級生たちが土産屋や宿泊室でくつろいでいる時、ファランは誰もいない多目的広場のテラスに立っている

ヤンジェを見つけた。入浴から出たあとらしく、髪をまとめていて顔がほてっていた。広場にはソファとローテーブルが十組ほどある。

「ヤンジェ」

 ファランはヤンジェのいるテラスに入り、夜の寒さに震えながらも瑠璃色の空と金銀の星屑、半月の銀の輝きを見つめていた。

「ここ本当に景色が綺麗……」

 ヤンジェは白い息を出しながら景色を見つめる。

「うん……本当に。何か十日前までのことが嘘や夢みたいに思える」

 ファランは言った。超邪羅鬼を倒し、皇帝一族を救って皇女としての堅い暮らしに辛苦していたヤンジェと共に淡岸の町へ帰って来た夜、祖父はファランとヤンジェの期間を喜んでくれ、嬉し涙を流した。

 学校のみんなは一度いなくなったヤンジェが舞い戻って来たことには驚いたけれど、再びヤンジェを受け入れてくれた。そして霜流村の移動教室に至るのだった。

「ファラン、これからも邪羅鬼と戦い続けるのよね?」

 ヤンジェが琥珀の双眸をファランの赤眼に向ける。

「……ああ。これからも邪羅鬼との戦いも、ヤンジェとじいちゃん、学校のみんなや先生、町の人たちの暮らしは続くよ……。

 でも、一まず伝説五玉が手に入って、聖神闘者から聖神武匠へランクアップしたから一まずは大丈夫、ってとこかな」

「ファラン、無茶はしないでよ」

 ヤンジェがふふっ、と笑い、ファランもにっこり笑った。

 半円の月といくつものの星々がファランとヤンジェの義兄妹の幸福を見守るように。

 そして、二人はこれからも共に歩み続ける――。



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