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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「赤」の書・第8話 史上最悪の出来事

『五聖神』第40話。超邪羅鬼の攻撃によって敗北したサユだが、超邪羅鬼は強化の代償として休眠状態に入り、サユは南の五聖神・朱雀に助けられてランゴの自宅に戻ることができた。

 それからサユと同じ学校のエバリはサユと同じ境遇でありながら、里親には恵まれていなかったことが判明。エバリには怪物が取り付いていた……。

サユの意識は暗い闇の中にあった。何も見えず何も聞こえない、上も下も右も左もわからない漆黒の中で絶望しかけた時、どこからか数種の花が混じったかぐわしさが漂い、白く小さな点だった光がだんだんと広がってきた時、サユは目覚めた。

 白い湯気が漂い、天井も床も壁も朱色の小ぶりの浴室の中にある浴槽の中にサユはいたのだ。湯の色はバラ色で花のような香りがした。

「ここは……」

 サユがもうろうとした意識の中、はっきりさせようとしている時、浴槽の向かい側の扉が横に開き、大きさも羽毛の色も違う三羽の鳥が入ってきた。鳥は蹴爪でタオルをつかんでいた。

「この鳥たちは……ここは日長殿!? いつの間に来てたの?」

 サユは湯殿から出て立ち上がる。

「あれ、痛くない」

 サユは自分の体に痛みや傷がないことに気づいた。鳥たちからタオルを受け取って水気を拭い、長い廊下を出て鳥たちがサユの衣服や靴を出してくれた。サユは衣服を着ると、鳥たちの案内で朱雀のいる大広間へと向かった。

 広間に入ると、中央に赤い羽毛の巨鳥、五聖神・朱雀が鎮座していた。

「サユ、目覚めたのですね。どうなるかと思いました」

 朱雀は翠の眼をサユに向ける。

「朱雀、どうして私はここに……いや、最後の欠片が邪羅鬼に取られて、しかも紅熱玉の欠片で邪羅鬼が強化して私はやられてしまった……!」

「ええ、知っているわ。邪羅鬼が壊したビルが崩壊して周りにも多大な影響が出て、十数棟の建築物は損傷し、ケガ人も出た。

 良かったのは死者が出なかったことと、邪羅鬼が休眠に入ったこと」

「休眠?」

 サユは首をかしげた。

「紅熱玉は欠片一つでも邪羅鬼を進化・強化させるけど、その代償として邪羅鬼に力の反動が来て休眠に入ったの。今は大丈夫だけど、いつ目覚めるか……」

 朱雀はサユに説明した。

「そして私はあなたを助けるために私の力を使って、あなたを日長殿に移したのです。〈再生の薬湯〉のおかげで、傷が癒えたようね」

 それでか、とサユは思った。どうして日長殿に居るのかも、傷を負ったのに治っているのかも。サユはその後、朱雀に頼んだ。

「すみませんけど、私をランゴに帰してくれませんか? もうお昼になるから、イロナたちに迷惑かかるんで」

 朱雀は少し間を置いてから、サユに言った。

「実はというと……、あの戦いから三日経っているのよ。傷が癒えるのにこんなにじかんかかって……。それに今はお昼じゃなくって、日の入り近く」

「えええっ!?」

 サユはそれを聞いて、驚いた。自分がランゴを離れて三日も日長殿にいたことを。ランゴではまたサユの行方不明で大騒ぎになっている筈だ。

「すっ、すみませんけど、帰してくれませんか!? 本当に困るんです!!」

 サユは朱雀にお願いし、朱雀は引いたものの承知した。

「わ、わかったから落ち着いて。あなたをランゴに送りますから。あと、伝説五玉と転化帳はあなたの服のポケットに入れてるから」

 朱雀はサユにそう言い、サユは緋色の光に包まれて、日長殿から消えていった。


「君はよくいなくなったり、無理をしてまで倒れたりするけど、今度は三日も返ってこなかったなんて!」

 ツドイ家の居間でサユはソファの一つに座り首をうなだれて、ツドイ家の主に叱責されていた。ツドイ家は職場から帰ってきたのか、白いシャツと黄色いネクタイと紺色のスラックスの姿でサユの前で仁王立ちしていた。

 サユがラトゥリエンに行った日、九時になっても起きないサユを気にして、ツドイ家の人たちが呼びに行ったけれど、もぬけの殻になっており、サユがいなくなったと大騒ぎになり、一家総員でランゴやその周辺を探したのだった。

 サユは朱雀に転送してもらったところはランゴの近くで、たまたま洗濯屋のおばさんに見つけられてツドイ家に戻って来たのだ。

「誘拐されたか、動けなくなってどこかに留まっているかと、心配したんだぞ!」

 ツドイ氏はサユの左ほおをひっぱたいた。

「……っ!」

 サユははたかれた顔を押さえ、その後にツドイ氏に抱きしめられた。

「君は私の家族なんだから、一人でもいなくなったらどんなに辛いか……」

 震えながらそう言ったのだった。

「すみません……」

 サユはツドイ氏に謝った。

「さ、もういいから、台所に行ってご飯を食べなさい」

「はい」

 サユは立ち上がって居間を出て、階段を下りていった。入れ替わりに妻のティリアが入ってきた。

「あなた……」

「ああ、お前か。あの子は、サユは私たちが守っていくと決めたんだがなぁ。ああ心配されていいちゃあ……」

「そうよね。サユはあなたがかつて愛したアムの忘れ形見だものね。彼女はもういないけど、サユを守ると言って引きとったのよね」

 ティリアは夫の手に肩を置く。サユの母、アムはイロナの父パレルが愛おしく思っていた女性だった。美人で優しく働き者だったが、アムは身分の高いパレルと釣り合わないから、と他の男と結婚した。

 サユの両親が亡くなり、親戚も引き取るのを嫌がられたサユは、母を愛していた男の娘となった。もちろんパレルは自身の亡きあとは財産を実子と同じように分け与えたいと思っていたのだ。

「アムはもういない。もし私が結婚していたらアムは長生きしていただろうか? いや、そしたらイロナもコーベンも生まれなかったか」

 ツドイ氏は呟いた。だけどアムが生きていたらの想像は余計にむなしく感じた。


 

「さんじゅうはち、さんじゅうく、よんじゅう……」

 サユが超邪羅鬼との戦いに負けて日長殿で傷を癒してから三日目の夜。サユのは自分の部屋で腹筋をし、イロナが付き添ってくれていた。サユは黒いTシャツとナイロンパンツの姿で、汗が髪や服に張り付いていた。

 サユは超邪羅鬼に負けてからある決意をし、イロナにも協力してもらうことにした。

 また超邪羅鬼と遭遇して今のままでいたらまた負けると思ったからだ。サユはバイトのない日は家で腹筋と灰きんと腕立てのセットとダンベル体操、日曜日では近くの町内公園でランニングという体力トレーニングを(おこな)っていた。町内公園はジャングルシティの中にあるが程良い広さに開拓された地で、ブランコやうんてい、シーソーなどの木製遊具が設けられ幼児や初級学生が遊ぶ中、サユは公園の周りを走っていた。

 体力訓練の他は普通に通学やアルバイト、夜は邪羅鬼が現れて戦う時のイメージトレーニング。それを十日続けていたら、サユは勉学や仕事に対する集中力、体育の授業では陸上競技で五〇メートルを七秒半で切り、棒高跳びを高さ七〇センチで飛び越えて、走り幅跳びを二メートルを超えたのだ。

 サユの体力向上を見て運動部員の同級生たちはサユを勧誘してきた。

「サユちゃん、すごい! 陸上部に入って!」

「いや、テニス部に!」

「水泳部だ!」

 サユは自分の体力向上を見て自分の部に入れようとするみんなの様子を見てまごついた。

(私はスポーツする暇なんてないのに。てか、邪羅鬼に負けたくない思いで体と精神を鍛えただけで、こんなに上がるだなんて思ってなかった)

 自身のわずかな期間での成長に驚き、また体つきも少し筋肉がついたような気がした。

 とはいえ、超邪羅鬼との戦いに負けてから三週間の間は超邪羅鬼は休眠中、他の邪羅鬼も出てくることはなく、サユは平和の中で過ごしてきた。

 土曜日、サユとイロナが学校を出ようとした時、昇降口近くの廊下で、目つきの鋭い女子、エバリ・バオニコが両親らしき人に足で小突かれるように歩きながらすれ違った。エバリの両親は二人とも長身で少し太めでエバリと違って、切れ長の目に丸みのあるあご、今は眉間にしわを寄せて不機嫌そうであるが、それがなければどこにでもいそうな平凡な顔である。

 すると廊下から校長先生とエバリのクラスの担任である体育教師のイザベッロ先生が出てきた。イザベッロ先生は筋肉質で大柄な若い先生である。校長先生は白髪の混じった髪をボブカットにした老女である。

「全く、エバリの起こす問題でイザベッロ先生だけでなく、どれだけの生徒が苦労していると思ってんでしょうかね」

「本当ですよ。何度言っても反省しないし、後悔もしない。むしろ『相手が悪い』と開き直って相手を前より傷つける……。

 いくら両親の教育が厳しかったからって、あんなに手を焼くのは……」

「だけどエバリさんには五歳下の弟さんがいるから、弟さんに悪い所を見せないようにとしているとこは」

 校長先生が訊ねると、イザベッロ先生は首を振った。

「いや、エバリの両親が言うからには弟は聞き分けの良い子供だからと優しいみたいなんですよ」

 校長先生とイザベッロ先生の話を立ち聞きしていたサユとイロナは顔を見合わせた。エバリがどうして乱暴なのかを。

「じゃあ私、アルバイト先に行ってくるから。家で待ってて」

 サユが促すようにイロナに言い、校舎を出ていった。

「あ、うん。気をつけてね……」


 サユはジャングルシティの片隅にある白い要塞を改築した児童保護局でタイプライターによる書類の清書、古い決算書の処分、入卒局した児童のファイル整理を(おこな)った。作業中にてんげ帳の通信機が発生した。

『サユ』

 転化帳から聞こえる朱雀の声で、サユはハッとなった。サユは事務室に誰もいないのを確認してから転化帳を開いた。

「朱雀、何なの?」

『ええ、サユと戦った超邪羅鬼のことなのだけれど……あの超邪羅鬼、あなたの知り合いのWUPのアーメッドのいとこを殺した邪羅鬼と同一だったのよ。負傷したあなたの体に付いた羽毛を見て、気づいたのよ』

「何ですって!?」

 サユは思わず叫んでしまった。まさかあの邪羅鬼がサユの学校の先生として行動しているアーメッド・シモンのいとこリベルを殺した本人だということを。

「知らなかった……。私、アーメッドさんに伝えていない」

『いえ、サユは気づかなくて当然よ。だけどいつ目覚めるかわからないから、気をつけて』

「うん……」

 そこで通信はアウトされ、サユは再び作業に入った。


 ジャングルの空が紫と朱に染まり、日が沈んで星が煌めく頃、サユはジャングルシティの中を歩いて、ツドイ家へと帰る処だった。ツドイ家へ帰る途中は商店区のバン・ダルーイ林を通り抜けていた。

 商店のバン・ダルーイは一・二階を店舗とし、三階以上を居住区にしており、樹や樹の近くに看板を設置していた。仕立屋や靴屋などの生活用品を売る店は夕方になるとたたみ、茶店やコロッケなどの軽食を売る店は夜八時まで続ける店もあった。

 サユは制服のポケットを探り、銀貨が一枚あったので小腹を収める菓子パンを一個買いにお店をたたもうとするパン屋へ駆け寄った。

「あっ、ちょっと待ってくださーい。パンを買わせてください!」

 サユはお店のカーテンを下ろそうとするパン屋のおかみに声をかけ、パン屋のおかみは売れ残ったチェリーデニッシュを元値より安く売ってくれた。

「ありがとうございます」

 サユは店を出て、砂糖漬けのサクランボとつや出しのシロップの菓子パンをほおばった。食べながらツドイ家へ帰ろうとした時、パン屋からおかみの声が飛んできた。

「またあんたかい!? 食べさせてもらえないから、ってうちの売れ残りを譲ってくれって懇願にもほどがあるよ」

 おかみはサユの時とは違った甲高い声を出して言った。サユは引き返して、入口の窓から見える向こうを覗いてみた。おかみの後ろ姿と、勝手口にいるおかみに残りのパンを譲ってほしいという相手が小柄な女の子だった。ひどく細くて目つきが鋭くて、服がくたびれているように汚れていた。

(エバリ・バオニコ! 何で?)

 サユは学校とは違う姿のエバリを見てハッとした。おかみは残りのパンやパンの耳を紙袋に入れると、エバリを追い出した。

「あの、すみません……」

 サユは店の中に入り、おかみに訊ねる。

「あれ、あんたまだ帰ってなかったの?」

 おかみはサユを見る。

「さっきの子、私と同じ学校に通う……」

「ああ、あんたの知り合いかい? あの子さ、親に怒られてご飯抜きにされると近くの店の売れ残りや残飯を乞うんだよ。しかも二度や三度じゃないんだよ」

 おかみは溜め息を吐きながら説明する。

「二度や三度じゃない……?」

「あの子、十年もやってんだよ。親に怒られると外に出されて、食べさせてもらえない。厳し過ぎにも程があるよ」

「どうしてですか……?」

 するとおかみは答えた。

「あの子の本当の両親の子供じゃないんだよ。弟は本当の子供なんだけど」

 エバリの家族状況を知ってサユは絶句した。

 サユは家に帰ると制服からワンピースに着替えてベッドに座り込んだ。

「知らなかった……。エバリはあの親の子供じゃない……」

 サユが伺った食べ物屋の店主やおかみにエバリのことを訊ねると、エバリの現在の両親に子供が出来なかったため、現両親は母親の姉夫婦の末っ子のエバリを養子にした。

だが、後から現両親に本当の子供である弟が生まれたため、両親は掌を返したようにエバリに暴力や暴言、食事を与えない、山のような勉強をさせるという虐待を(おこな)ったのだった。本当の両親と二人の姉と兄も五年前に事業に失敗して生活苦となり、虐待されているエバリを受け容れるどころか追い出したのだった。

(こんなに辛く苦しい思いをしてたなんて、考えもしなかった……)

と、サユはエバリがどうして粗暴なのかわかった時、涙が込みあがるのを感じた。もし自分がエバリの生き様を歩いていたら、辛さに耐えかねて自殺していたかもしれない。父を亡くし、母を邪羅鬼に殺されたけど、自分は安らかに眠れる家も栄養のある食事も暖かい家族もいるという後ろめたさを感じた。

 ドアのノック音がして、イロナが呼びかけた。

「サユ、ご飯だよー」

 サユは顔を上げてイロナと一緒に台所と一体化している食堂へと行った。

 長方形の食卓と人数分の椅子、壁と一体化した食糧・食器棚のある食堂でサユはツドイ氏に食事中とはいえ、声をかけてきた。

「おじさん、お願いがあるんです」

「ん? 何だい? 急に」

「うちの学校の生徒で児童保護局に入れてほしい人がいるんです。聞いてくれますか……?」

 ツドイ氏と夫人は顔を見合わせ、コーベンとイロナはきょとんとした。


 バン・ダルーイ住宅区と商店区の間に小さな二階建ての木造家があった。その家から怒鳴り声と激しい者音が聞こえてきた。

 狭い台所でエバリは養父母に叩きつけられて、かがまっていた。エバリの顔や体に細かい傷が浮いていた。

「また飯漁りに行っていたのか! 恥をかくのは俺らだってこと、どうして覚えない!」

 継父がエバリの顔を平手で叩いた。

「今日だって学校で下級生にガンつけられたぐらいで殴るなんて、何考えているのよ!」

 継母がつんざくような声を上げてエバリに怒鳴った。そして二人はエバリを居間の外のバルコニーに追い出いだし、窓の鍵をかけてカーテンを閉めたのだった。二人は居間の長椅子に座り駄弁した。

「俺の稼ぎもいっぱいいっぱいなのに、あいつ出ていかねぇ。本当にいなくなってほしいよ」

「五年前に実家に帰ったけど、姉さんたちが事業に失敗して借金を親戚に返す羽目になって『うちは苦しいんだ。今さらになって戻ってくるな』って言われてまた我が家にいるのよ。

 わざと食べさせたりしなければ、自分から出ていくと思ったけれど、図々しく居るし」

「そういや、いつだったか、あいつを強くはたいたら顔が腫れて学校の教師が来たけれど、『虐待じゃありません。躾けです』って追い返したけど、もうそろそろこの手も効かなくなったな」

「本当よね。どうせならマラリアか食中毒で逝ってくれないかしら。私たちの子供はセリムだけなのに」

 養父母の会話を聞いて、エバリの中の眠る何かが弾けた。それはエバリの体を内側から浸食し、エバリを人間から異形の者に変えていった。




 食事の後、サユは自分の部屋の椅子に座って超邪羅鬼と遭遇した時のイメージトレーニングをしていた。敵がどう行動したらどの技や武器で攻めればいいかなどとイメージしていると、窓の向こうからカッと閃光が放たれたのを察した。

「今の何!? 何か血みたいな色の眩しさだった……」

と、同時に転化帳が激しく鳴り、サユは急いで開くと、画面に邪羅鬼のいる現在地を確かめた。マップに鬼のような横顔が点滅していた。

「邪羅鬼! とうとう出たか!」

 サユは布にくるんでいた紅熱玉の欠片に目をやるが、欠片は光っていなかった。どうやら一般邪羅鬼らしい。サユは転化帳を手に取り、炎に包まれ、紅い翼と赤い衣の姿に転化した。

「サユ!!」

 イロナがサユの部屋の扉を開け、転化したサユに訊ねる。

「イロナ、私たちの町の近くで邪羅鬼が出たの。伝説五玉を取り入れた超邪羅鬼じゃなくって、他の邪羅鬼なんだけど……胸騒ぎがするの」

「サユ……」

 不安げになるイロナを見て、サユは顔を上げる。


「大丈夫、ちゃんと帰ってくるから」

 サユはイロナの手を取り、そして窓を開けて翼を羽ばたかせて飛び立っていった。サユが飛び立っていった窓を見て、イロナは立っていた。

 サユはジャングルの上空へ出て、空から邪羅鬼のいる場所を探した。夜のジャングルは空は大小の星々が閃く紫紺の空と上弦の月が輝き、上から見たジャングルは濃緑のじゅうたんのようだった。その中にいるサユは闇の中の朱色の蛍火の如くだった。

 サユが空を飛んでいると、ジャングルの一部が円く削れている場所を見つけた。月の光を頼りにしているのではっきりと見えないが、中心が黒い焦げ跡と巨人がなぎ倒したような木々がいくつも倒れていた。

「ここにいるのね……」

 サユはその地に真っ直ぐに下降していき、降り立った地を見てあ然とした。家らしきものは真っ黒な炭と化し、形を失い、周りの木々は細い太い問わず倒れていた。

「一体何が……」

 サユが見つめていると、家跡の近くでかすかな物音を感じた。すると男の子が倒れた木に体が挟まって倒れているのを。顔や腕に切り傷があったけれど、命に別条はなさそうだった。サユは急いで木を持ちあげて男の子を助けた。

「ここから出て!」

 男の子は這いずり出ようにして抜けると、サユは木を地面に置いた。

「一体何があったの?」

「ぼくが二階にいたら突然、血みたいな光が外から出て、家と周りが吹き飛んだんだ。ぼくはいつの間にか外で木に挟まって……」

 男の子はサユに言った。

「お父さんとお母さんは……」

「わかんない。ぼくだけ外にいて」

 サユは立ち上がって近くに男の子の家族らしき人がいないか確かめた。すると焼跡の中から黒焦げになった二人の人間が見つかったのだ。

「お姉ちゃん?」

「見ちゃだめ! もう死んでいる……」

 サユは男の子に死体を見ないように叫んだ。すると、上空から邪悪な気配と共に風が立って、そこに一体の人物が現れた。いや正しくは、カッコウの嘴と翼と蹴爪を持った女の怪物といった方がいいだろう。

「邪羅鬼! あなたなの? この子の両親を殺したのは……」

 サユは現れた邪羅鬼に言う。この邪羅鬼は超邪羅鬼ではないのに、それなりのおぞましさを感じた。

「殺した? 何のこと? 私はエバリの願いを叶えてやっただけのこと」

「エバリ!? てことはこの子は……」

 サユは助けた男の子を見てハッとした。

「エバリの中で十年間、私はかの者の憎しみや負の念を吸って覚醒するのを待っていた。

 十年前、魂だけこの世に現れた私は今にも消えそうだった。だけど、本当の親兄弟と離れ、養父母に愛されたエバリに弟が生まれた時、実子と差をつけられるようになったエバリの中に私は取りついた。

 そして十年の間、エバリは継母の虐待、実の親兄弟からの拒絶、自分と同じ境遇でありながら恵まれている者への妬みで私は成長していった。エバリの憎悪が頂点に達した時、私はエバリの体を礎にし、力を解放させて破壊した。

 これは邪羅鬼の本能だけでなく、エバリ自身が最も望んでいたことだ!!」

 邪羅鬼はサユに冥土の土産に、と言うように語った。サユはエバリが邪羅鬼に取りつかれ、更に体を乗っ取られたことに立ちつくしていた。

 だが、エバリの弟である継親の実子の保護、エバリに取りついた邪羅鬼だけは倒さなければと思い、邪羅鬼に矛先を向けた。

「何のつもりだ。聖神闘者。私はエバリを通してお前を見てきた。お前だって、このエバリに虐げられてきたのに」

 冷笑する邪羅鬼に言われて、サユは首を振った。

「確かに、私はエバリに酷いことをされてきた。でも! エバリがあんなに意地悪だったのは、育った環境のせいだって理解した。

 私は邪羅鬼だけを倒して、エバリを助ける!!」

 サユは邪羅鬼に言うも、邪羅鬼はあざけるように言い返した。

「それはどうかな。私を倒せば、エバリも死ぬ。一度邪羅鬼になれば二度と戻れない。それでも私を倒せるか?」

 邪羅鬼の言葉を聞いてサユは静止した。

「うそでしょ。はったりをかけるなんて」

「嘘ではない。本当だ。私が死ねば、エバリもあの世へ逝く。お前は邪羅鬼を倒せても人間は救えない」

 邪羅鬼の言葉を聞いてサユはここで立ち留まった。

 サユの選択肢は邪羅鬼を倒してエバリも絶命させる、エバリも邪羅鬼も逃すという過酷な二つ――。





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