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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「総」の書・サユ=コーザ

『五聖神』第4話。南大陸の神・朱雀によって聖神闘者になった孤児のサユ。彼女の母を殺したのは異形の魔物であるが、その真意は!?

うっそうと生い茂るジャングルの近くにある川辺の村――。土地が半月状にむき出しになっている村は、高床式の家が点々と建てられている。人々は全て麻の涼しげな服をまとい、男も女も老人も子供もみんな倒れている。その中で二人の者が戦い合っていた。

 村の人々を襲った悪者――邪羅鬼はカササギと人間を組み合わせたような姿をした怪物で、カササギの頭、両腕の代わりに翼、足の代わりに蹴爪、腰に尾羽を生やしている。

 そして邪羅鬼と闘う少女サユは、赤い衣を身にまとい、赤い鳥の翼を背と頭に生やし、槍を持っている。カササギの邪羅鬼が羽根矢を飛ばしてきた時、サユは大きく振りかぶって槍から炎を出して、邪羅鬼を斬りつけた。邪羅鬼は火の爆ぜる音と同時に消滅し、炎から金色に光る玉が弾け、人々の体に入っていく。そしてピクリと動き出す。サユは舞い落ちたカササギ邪羅鬼の羽根を拾い、懐に入れていた一枚の羽根と見比べる。

「これは違う。こいつじゃなかった」

 サユは呟くと、背中の翼をはばたかせて、川辺の村を去っていった。村の住民は起き上がると、何が起こったのかさっぱり分からない井出達だった。しかし、一人の老女が他の者に言った。

「天使だよ。赤い天使が私らを救ってくれたんだよ……」



 空を飛んでいるサユはジャングルの一部に降り立つと、茂みに入り転化を解いた。赤い翼と衣は消えて、白いボレロと赤い花柄のワンピースと茶色の革サンダル、髪も一つに束ねられていた姿から普段のおろした茶色の長髪になり、前髪の赤い房の髪もなくなった。茶色の髪に色黒の肌、大きな黒い瞳のサユ・コーザはこの南大陸を守る聖神闘者である。

 ジャングルはうっそうと巨大な木々で埋まり、その大木の葉っぱが太陽の光を遮断している。

湿度は七〇%とムシムシしているが、生まれた時からロプス国のジャングルシティで育ってきたサユは平気だった。

 ジャングルシティ――南大陸の最北端国ロプス共和国の中央部から南部にかけて覆われたジャングルの中にある都市で、人々は巨大な大木、「巨人のゆりかご」と別称されるバン・ダルーイの木を住居にしている。バン・ダルーイは直径が三〇メートル、高さ十三メートルのロプスの植物の一つで、人々は木の中身を空洞にして部屋を作る。木の中は最高気温三十五度ある外と違って、二十度から二十三度とすごしやすく、一つの木に何世帯もの家族が暮らしていることもある。

 サユの住むジャングルシティ・ランゴは何百本もののバン・ダルーイのある土地は広大とはいえないが、ジャングルの果実と新鮮な溜めた雨水に恵まれた町であった。店のバン・ダルーイもあれば、学校や役所のバン・ダルーイもある。それからバン・ダルーイは一年に一度、赤ん坊の頭ほどもある実を何十個かつけ、その実を大地に植えれば新しいバン・ダルーイが生えてくるのだ。

 ランゴの町は男も女も働き、子供たちも親の仕事を手伝う。パン屋の子供はパンを練り、布屋の子供は布を染める。ただ炭坑や鍛冶場などの場所は子供には危険なので流石にはさせていない。

 サユの家は根元に人工池があるバン・ダルーイで、三人が並んで歩けそうな外階段と渡り廊下を歩き、白いペンキで塗られたドアを開けた。

「ただいま帰りました」

 サユが玄関に入ると、サユより少し背の高いおかっぱ頭の少女がとびかかってきた。

「サユっ、お帰りーっ!!」

「イロナ、ただいま……」

 サユにとびついてきたイロナという少女は、このバン・ダルーイの家主の娘である。

「あたし一人じゃ寂しかったんだよ? いくら家を助けるためにバイトしているのはわかるけどさあ」

「イロナもする? アルバイト……」

「うーん……」

 サユに言われてイロナは考え込む。

「いや、パパが『イロナは大学に行けるように専念しろ』っていうから……」

「そっか。私は……中級学校を卒業したら自立して働くよ。そしたら手頃な住居を見つけて……」

「そんなことないよ。あたしはサユと一緒がいい」

 サユとイロナは初級学校入学の時からの親友同士だった。イロナは父親が児童保護局の役員、母親が絶滅危惧種生物の学者という恵まれた家庭に対し、サユは父親は五歳の時に病死、母親は夫の残した紙すき屋を受け継いでサユと苦しくも仲良く暮らしていたのだが……。

 一ヶ月前、サユが母親の暮らしを助けるためにアルバイトから帰ってくると、母親が自宅の台所で倒れているのを見つけたのだ。

「お母さん……? お母さん……!」

 サユは母の姿をよく見ようと近づいた。

「いやあああ!」

 サユはその姿を見て叫んだ。台所は荒らされたように家具や食器が壊れ、母親は仰向けで手足をだらりとさせ、両目は閉ざされ、半開きの口から血が滴り、肩や胸や手足は三本線の傷が走り、衣服もズタズタになっていた。台所の窓は開けっ放しになっておリシェールコールが台所の床を濡らしていた。そして決め手は母の周りにあったいくつものの羽根である。一本取ってみると、上から四分の三は黒く、残りの四分の一は根元から白い。

「お母さん……」

 サユは母の亡骸にすがり泣き、近所の人たちがサユの家の異変に気づいて、医者と役人たちを呼んだ。役人たちはサユの母の死を彼女に訊いたが、「家に帰ってきたら母が死んでいた」とサユは泣きながら答えた。それから医者が母の死を探っていると、空き巣に殺されたのではないかということになった。しかし家の貯金や金品は盗られておらず、しかも凶器もどんなものかわからず、犯人はわからずじまいだった。

 サユは一人になり、母の葬式には叔父と叔母とその子供たちが来たが、彼らは母の遺産目当てで出席したのだった。叔父と叔母は母の貯金だけもらってサユのことは無視して引き取ろうとはしなかった。それどころかこう言ったのだ。

「うちにだって子どもがいるんだ。お前を世話していやる義理はない」と叔父。

「あんたが外国の娼婦になってくれたら安心するんだけど」

 叔父も叔母もサユを引き取ろうとする責任感がなく、むしろいなくなってくれの気持ちの方が大きかった。母の葬儀はシティの外れで行われた。ロプスでは南大陸では珍しい火葬で、死者は燃やされ灰になり魂は煙と共に天に昇って、遺灰は地や水に還すというなあらわしがあった。

 サユは死んだ母をシティの共同墓地に埋め、墓前で泣いていた。

「お母さん、叔父さんも叔母さんも私を引き取ってはくれないの。私はどうしたらいいの……」

 シクシク泣いていると、一人の男の人がサユに声をかけてきた。その人は、イロナの父だった。

「良かったらおじさんのところへおいで。うちの娘と同じようにしてあげるよ」

「おじさん……」

 イロナの父は児童保護局の役員で、身寄りのない一七歳以下の虐待などを受けている少年少女を保護して、住みやすい環境を与えている仕事をしていた。サユは親戚だけど意地悪な人に引き取られるより、他人だけど優しい人と暮らす方を選んだ。

 ツドイ氏がイロナを自分の家に連れてきた時、一番喜んだのはイロナだった。何故なら一番の友達と一緒に暮らすという夢が叶ったのだから。

 こうして晴れて恵まれた生活を与えられたサユは、ツドイ家と一緒に暮らしているのであった。しかしタダで置いてもらうのも図々しいと思ったので、中級学校入学から続けているアルバイトをしながらお世話になっているのだ。

 ただ一つ気がかりなのは、母の亡骸に撒かれていた羽根のことだった。何の鳥の羽根で、何を意味するのかいまだ不明である。



 ツドイ家のバン・ダルーイは五階に分けられている。一階は台所・食糧庫・風呂場。二階は出入り口・洗面所・トイレ・居間。三階が夫婦の部屋と書斎。四階が子供たちの部屋。五階が物置になっており、バン・ダルーイ屋敷の中央は大黒柱と螺旋階段。そして個室は輪っかを四分の一にしたように分けられている。

 サユの部屋は西の部屋で、家具は全て壁と一体化している。机もタンスもベッドも本棚も。サユの部屋の家具はカーテンとベッドカバーと椅子のクッションと床のラグが全てサーモンピンクである。ただ一つ違うのはクッションは無地で、あとのは千鳥格子模様である。それからいくつかのインテリア。百合型のランプ、フラミンゴが湖から飛び立つ場面のタペストリー、家から持ってきた楕円型の鏡、そして机の上の写真立て。机の真正面は大きなかまぼこ型の木枠の窓になっている。

「お母さん……」

 サユは写真立ての中の写真の母と十一歳の自分を見て呟く。

「お母さん、私が聖神闘者になったのも、この大陸の神様の思し召しだと思うの……」

 そう言いながらサユは写真立ての前に一つの手帳を置いた。その手帳は横長方形の赤い色で、赤銅の枠とエンブレム。エンブレムには風鳥の様な紋が刻まれている。

 サユが南大陸の聖神闘者になったのは八日前――。

 この日はサユのアルバイトのあった日で、木々で空はあまり見えなかったが葉の隙間から緋赤の光が差し込んでいたことで、夕方の六時になるところだった。サユは襟と袖口とスカートがモスグリーンの制服を着て帰ってくるところから、学校を終えてすぐアルバイトに行ったのが判明する。

 バン・ダルーイ住宅の窓から灯りが灯されているのが目に見える。ツドイ家の木だけでなく他の世帯からも白い灯りが灯されている。

「今日も遅くなっちゃたな。まあ明るいからいいけど。またイロナから『夕方ぐらいあたしといてよー』って言われるんだろうな」

 苦笑いしながらサユは大通りの道を歩いていた。周囲にはサユ以外、人っ子ひとりいない。そう思っていた時だった。パチン、という音がしてサユは振り返った。背中のリュックの金具が取れたのか触れてみるが違った。その時、足元から火が沸きたち、オレンジの炎がサユの周囲を取り囲んだ。

(かっ、火事!?)

 サユは驚いて腰を抜かす。メラメラゴウゴウと炎は唸りながらサユを包んだ。サユはこの炎がおかしいことに気づいた。髪や服や肌に当たっている筈なのに、焦げたり火傷を負っていないのだ。おまけに熱くない。体からも汗が噴き出ていない。

(な、何が起こっているの……!?)

 サユが疑問に思っていると、炎は消え去った。サユは自分の服や体を見て、どこも焦げてたり火ぶくれしていないのを見張る。更に見てみると、見慣れた筈のバン・ダルーイの木々はなく、赤く輝く石の広間にいたのだ。部屋は上から見ると真四角形で、横から見るとかまぼこ型なのだ。そして赤い石――正しくは深緋の方が正しいだろう、日長石らしい。夕焼けが照らす広間の中にいるようだ。

「きれい……」

 サユはこの美しい広間に目をやって褒めた。まるで富国のお姫様の部屋みたいだったからだ。しかし、お姫様の部屋にしては赤一色だけとは少しおかしい。玉座とかの家具もあってもいいのに。そう思っていた時だった。

 サユのいる真正面の赤い壁がゴゴゴゴ……と左右に開いて、そこから一羽の赤い鳥が出てきたのだ。

 その赤い鳥は像のように巨大で、形で言えば風鳥、或いは孔雀のようだった。羽冠と翼の一部、尾羽が金色なのだ。翼の羽根も金色の他、オレンジや真紅といった赤のグラデーションで、

全体は深緋の方が言った方がいいだろう。嘴と足は血のような赤で、瞳はエメラルド色。何とも美しい鳥である。この世にきっと鳥の女王様がいるのならきっとこの鳥だろうとサユは思った。その時、巨鳥が嘴から美声を発した。

「ようこそ、日長殿へ……。我が選びし聖神闘者」

 二十代前半の女のソプラノの様な声である。

「しゃべった……」

 サユは一旦驚いたが考え直して訊ねる。

「あ……あなたは神様なのですか……」

 南大陸では宗教は精霊信仰や自然崇拝が多い。鳥の姿をした神など珍しくもないのだ。

「ある者たちは私を不死鳥と呼び、またある者は私を神の乗り物と呼び、ある時は火の神とも呼ばれます」

 巨鳥はサユの問いに答える。

「しかし本当は、南大陸を治める五聖神の朱雀なのです」

「朱雀……!?」

 サユは訊き返す。“朱雀”なんて訊きなれない言葉だったからだ。ふと、サユは訊きたいことを思い出して質問した。

「あの……。どうして私をここへ呼んだんですか?」

「それは貴女がこの南大陸を荒らす邪羅鬼を唯一倒せる存在だからです」

 朱雀はサユに理由を教えた。

「じゃらき……?」

 サユはまたしても訊きなれない言葉を耳にした。

 朱雀の話――この世界には東西南北中央の五つの大陸があり、各大陸に五聖神が一体ずつ守っていた。五聖神の役目、世界の均衡を保つこと。しかし近年の犯罪増加や戦争で均衡が崩れ、その邪悪なエネルギーから邪羅鬼という邪悪な生命体が生まれた。邪羅鬼は人間の魂を喰らい、

木も海も川も全ての生命を滅ぼそうとしている。特にこの南大陸は各国の内乱やテロリズムが起こるため、邪気が多く渦巻いているという。

 その邪羅鬼を倒せるのが五聖神に選ばれた聖神闘者。朱雀の司る“愛”の意が強い人間が邪羅鬼を倒せるのだという。

「……本来ならば私がやるべきことなのですが、私はこの日長殿から長く離れていると、世界の均衡が崩れるのです。だから代わりに邪羅鬼と戦える人間に……」

 朱雀が詫びながら言うと、サユはためらったが決心した。

「私、やります。邪羅鬼と闘います」

 サユはしっかりと顔を上げて、朱雀に言った。

「ありがとう。それでは、これを……」

 朱雀は右翼を軽くはばたかせ、紅色の光の玉をサユに飛ばした。玉はフワフワとシャボン玉のようにサユの手におさまると、光が弾けて赤い手帳になった。

「転化帳です。これで邪羅鬼を見つけ、倒してください」

「はい。やってみせます」

 サユの意志の込められた黒い瞳を見て、朱雀は呟いた。

「あなたで良かった。サユ、私はあなたのことをずっと見守ってきたのよ。ただ一人の母を愛し、友を愛し、恩人を愛するあなたを……」

「え……?」

 サユはそれを聞いてきょとんとした。そんなことは知らなかったのだ。その時、赤い熱風が渦巻き、サユを包んだ。サユは熱風に包まれると気を失った。

「う……ん……」

 気がつくとサユはツドイ家の中の自室のベッドの上にいたのだ。制服も着替えさせられ、寝巻のTシャツとスパッツの姿になっている。

「夢だったの……? それにしても、いつの間に家に……」

 部屋を見回すと辺りは薄暗い。水仙の花の壁時計を見てみると、朝の四時半を指していた。机には見慣れない物が置かれている。

「もしかして!」

 起き上がって机に向かうと、赤い横長の手帳――転化帳であった。

「夢じゃなかった!」

 サユは転化帳に触ろうとした時、朱雀の言ったことを思い出した。

――私の代わりに邪羅鬼を倒してほしい。“愛”の意が強いサユになら……。

「ああ言ってしまったけれど、これって私にしかできないことよね」

 この邪羅鬼退治は自分にしかやれそうにない問題だと思う。サユはどうしてかその意志に支配されていた。



 朱雀の元から戻ってきた夜のこと、ツドイ一家の話によると、サユはツドイ宅の前に倒れていたという。サユが中々帰ってこないのを心配して探しに行こうとしたら、サユが階段のところにいたのだ。心配して医者に診てもらうと、ただの脳しんとうだったというのだ。

「学校と家の手伝いとアルバイトの疲れが一気に出て倒れたのね。四、五日は休んでいなさい」

 イロナの母親に言われて、サユは全ての業務を四日休んだ。

 しかし「休む」というのはサユにとっては楽しいものではなかった。それも誰かが働いている時に自分だけ休むのは、堅苦しく感じてしまうのだ。ツドイ家では両親は共働きで、娘も息子も学校に通っているため、一人でいるのは嫌だった。奥さんのティリアがサユのためにお昼ごはんを作ってくれけど、一人で食べるのはとり残されているようで寂しかった。

 売春婦にされたり異国の奴隷にされるよりはよっぽど恵まれているのに、サユは悲劇的自己陶酔に陥ることがあった。

 学校に行っていたり、家事をしていたりアルバイトの時はそういうことは考えないのだが。サユが「寂しい」という時にだけ出てくる。ツドイ家で一人でいる時の二日目だった。一人でティリア夫人が作ってくれた蒸し白身魚とランゴ米のおかゆを食べ終えて自室に戻ってきた時、転化帳が規則正しく、ピピピピ、ピピピピと鳴っていた。サユは何だろうと思って転化帳を開いた。転化帳には画面と六つのパネルがついている。そして画面に映っていたのは……。

「えっ!? ウソっ!?」

 サユは思わず声を上げて叫んだ。それは赤と黄色と緑と白の体をした鳥と人間を併せ持った化け物が蜜採(みつと)(むら)を襲っているところだった。その派手な鳥の化け物は、オウムのようだった。そして黒い蹴爪のような手で捕まえた女の子の体に手を入れて、金色の光の玉を引きずり出して上嘴がついた口に入れたではないか。

「もしかしてこれが邪羅鬼!!」

 サユは朱雀の言った邪羅鬼のことを思い出した。人間の魂を喰らう邪悪な生命体――。

「助けに行きたいけど、出ていったら……」

 イロナ達にまた迷惑をかけると思ったのだ。さらわれたか出ていったかと。

(みんなに迷惑をかけたくない。でも邪羅鬼に襲われている人たちも助けたい)

 そう思った時だった。転化帳がルビー色の光を発して、サユの“愛”の意に反応したのだ。サユは転化帳を開き、タッチペンで「転化」のパネルを触る。

聖神火転化(せいじんかてんげ)!!」

 サユは叫び、朱炎がサユを包む。背中から不死鳥(フェニックス)のような紅い翼が生え、炎が消え去って姿を変えたサユが現れた。紅いハーフトップと両スリット入りのロングスカートの衣、その下に古代紫のインナーとレギンス、両手に紅いグローブ、靴も紅いサブリナシューズ、胸元に空色のスカーフ、頭部に背中の翼と同じ色の翼が生え、前髪の二房が紅くなり、下された髪はうなじのところで古代紫のリボンで一つに束ねられ、腰に長い金の尾羽、腰のホルスターには分割された槍が収められている。

「これが私……? 翼がある……」

 サユは転化した自分の姿を見て驚く。

(そうか。この翼でならどこへでも行けるんだ。空を飛べるのなら、怪しまれないで済む)

 そしてサユは窓から飛び出して、翼を羽ばたかせる。翼はバサッバサッと動いたのだ。

「行こう、蜜採村へ!」

 サユはジャングルの上空へと飛び立ち、転化帳の邪羅鬼レーダーを頼りに青い空を駆けていった。

 蜜採村ベネポ。この村の住人達は蜂蜜をとり集め、また蜂蜜を売って日々の糧をもらいうけて暮らしている。巨大な大樹、父の樹フォッグフォーの枝に家を建てているのは、高い所にある蜂の巣を採れるようにする訓練とも言われている。家は全て丸いかやぶき屋根の木の家である。

 そこの住人達は男も女も老いも若いも子供も邪羅鬼に魂をとられてしまった。木元で若い母親が赤ん坊の娘を抱えながら座り込んで震えている。赤ん坊はワアワア泣きながら恐怖におびえている。

「魂……よこせ」

 邪羅鬼が母親に言う。

「やめてください……。この子は……娘だけは……」

 母親は必死に命乞いをした。だが邪羅鬼は無情にも赤ん坊をひったくろうとする。

「赤ん坊の魂は美味だから、よこせ」

 鋭い爪のある手で無理矢理、赤ん坊を引き離そうとした。その時、邪羅鬼は神聖なる気配を感じた。

「この気は……聖神闘者か!?」

 まるで大鷲か巨大風鳥が降り立つような音と共に、朱雀の翼を生やしたサユが降り立った。サユは蜜採村の人たちが倒れているのを見て邪羅鬼に言った。

「あなたが……やったの?」

 邪滝は鼻で笑うように答える。

「ああ、そうだ。お前達人間が魚や鳥を獲って食べるように、我ら邪羅鬼も人間の魂を糧とするのだから」

 サユはその言葉を聞いて、邪羅鬼が本当に邪悪だということを感じ取った。

「お前らは我らの邪魔だ、聖神闘者ぁッ!!」

 そう言うなり邪羅鬼はサユに襲いかかってきた。隼のように突進してきて、サユに体当たりを喰らわせようとしてきたのだ。

「きゃあっ!!」

 サユはその勢いでかすった。邪羅鬼は村のアカシアの木にぶつかり、木はメリメリドーンと音を立てて倒れた。

「これが邪羅鬼の力……!」

 サユは相手の破壊力を見てゾッとする。邪羅鬼は攻撃を外したのに気付くと、両腕と一体化した翼を広げて、羽根の矢を飛ばしてきた。

「きゃああっ!!」

 無数の羽根の矢がサユの体と衣を傷つけ、腕や脚から血を流す。サユは右手で左腕を、左手で足の痛みをおさえて座り込む。

「い……つっ……」

 自分の体が痛むのを感じ、邪羅鬼がこんなに手強いことに歯を食いしばる。

(聖神闘者になったのはともかく、私は戦い方なんてわからずに……)

 傷はズキズキとサユを苛む。邪羅鬼が鋸の刃のような太刀を出してきて、サユに近づいてくる。

「思ったよりも弱いな、聖神闘者。大した敵ではなかったな……」

 サユは振り上げてから大振りで降ろそうとする太刀を見て、目を閉じた。

(もうダメかもしれない……。私もお母さんのいる天国……)

と、そう思いかけた時、赤ん坊の泣く声が耳に入った。サユが目を開いて振り向くと、母親の腕の中で抱かれた赤ん坊が怯えている姿を見た。

(そうだ……。私が死んだら、あの子も死んじゃうんだ……)

 この子には可能性のある未来がある。自分にも可能性もある。

(負ける訳には、いかない!)

 サユは痛みをこらえて立ちあがり、腰に収められている三連組み立ての槍を抜いて、突き出す。

 槍はサユの背丈ほどもある長さで、柄は朱色、穂先は銀色で鳥の嘴のように細長く鋭い。

「やああああ――」

 サユは槍を持って邪羅鬼に立ち向かう。邪羅鬼は殺気を感じ、振り下ろされる槍を達で受け止める。キィィンと刃こぼれのする音が響き渡り、サユは舞を舞うようにして槍を振りまわす。空を斬る音と邪羅鬼の体を傷つける音が青天の下で鳴る。

(グウウ、この娘からどんな力が……)

 邪羅鬼はサユの“愛”の意の強さに苦しめられていた。

「これで終わりよ、邪羅鬼!!」

 サユは空中で槍を回しながら槍に火行をこめて、槍から炎を出し邪羅鬼に振り下ろす。

熱裂刃(ねつれつじん)!!」

 サユは炎の槍で邪羅鬼を斬り倒した。

「ぐあああ……!!」

 邪羅鬼はドサッとそのまま倒れ、体に左肩から右腹にかけて大傷を負い、紫色の血を出しながらもがいた。

(倒せた……!)

 サユは苦戦したが、邪羅鬼を倒せたという満悦感に浸っていた。精一杯の力を使ったためか、サユはその場でへたれこむ。

「せ、聖神闘……者……」

 サユは虫の息の邪羅鬼の声に気づいた。

「よく、聞け……。我々、邪羅鬼は……人間の魂を喰らう奴だけとは……限らん……。中には……人殺しを……愉しむ者も……いる……。この前……私の仲間が……言っていた……。『一人娘を持った母親を殺した』と……。それがお前の……母親だった……。お前と同じ匂いがしていたのに気づいた……」

「他の邪羅鬼が私のお母さんを殺したの!?」

 サユはその話を聞いて思わず訊き返した。

「そう……らしい……お前が聖神闘者になるとは……我らも予測できなかった……。一つだけ教えてやる……。お前の母親を殺したのは……黒い羽根を持つ……じゃ、ら……」

 そう言うとオウム邪羅鬼は力尽きて白く発光して消え去った。邪羅鬼のいたところから金色の光が昇り、村全体に弾け散った。オウム邪羅鬼が襲った村の人々の魂が解放されたのだ。魂は各々の体に入っていく。それから魂を喰われた人々が起き上がったのだ。サユはこの光景を見て思った。

(魂を喰われた人たちは邪羅鬼を倒せば、元に戻るのか。でも……)

 サユは邪羅鬼が死に際に語った一言が気になっていた。

(私のお母さんは傷つけられて死んだ。人殺しを快楽とする邪羅鬼に。その場合はお母さんは戻ってこないんだ……)

 サユは唇をかみしめた。どうしてお母さんが死ななければならなかったのか。母を殺した邪羅鬼に対する憎しみが体中から吹き出しそうだった。

「あの……」

 サユは声をかけて振り向いた。それはサユが助けた親子だった。

「助けて下さって、ありがとうございます……」

 母親は赤ん坊を抱きながら、サユに礼を言った。赤ん坊もニコニコ笑っている。サユは礼を言われて朗らかに笑う。

「生きて下されば……いいんです。私は」

 そして一礼して翼を羽ばたかせて飛び立った。帰る途中、サユは地面を見下ろした。今まで見ることなかったロプスの上空。上は蒼く、下は翠。所々縫うように紺色の川がある。

「私は……ここを守ろうとしていたんだ……」

 サユはこの光景を見て、聖神闘者がどんな存在か理解した。そして見慣れたバン・ダルーイ林を見つけ、ツドイ家の木を見つけて四階の窓から入り込んだ。そして一瞬炎に包まれたかと思うと、転化を解いてシャツとスパッツ姿のサユになった。幸いケガもたいしたことがなくて

済んだ。

 それがサユの聖神闘者の始まりで、母の敵討の始まりでもあった。



――お前の母親は我々、邪羅鬼の一人が殺した。快楽として。お前の母を殺したのは、黒い羽根の邪羅鬼――。

 初めて邪羅鬼と闘ったあの日から、サユはずっと考えていた。母を殺したのは誰なのかわかったけれど、詳しいことまではわからない。サユは母の亡骸にかかっていた羽根はまだ持っていた。

(聖神闘者をやっていれば、お母さんを殺した邪羅鬼を見つけられるだろう。さすれば、仇をとることになるんだから……)

 サユは学校の掃除の時間、モップで床を磨きながら考える。

 サユの通う中級学校はランゴ内の中にあるが、バン・ダルーイの建物でなく、ジャングルシティから南東にある丘の上に建てられた正面から見た五角形の白い大理石の校舎である。生徒は皆、襟と袖口がモスグリーンのカーキ色のシャツと赤いネクタイ、男子はモスグリーンの半ズボン、女子はプリーツスカートの制服を着ている。学校のある丘だけは木は生えておらず、空から見ればわかるようになっている。

 教室は一クラスずつ、一台で五人が座れるような長椅子と長机が十個ずつ、前に黒板、後ろにロッカーが備え付けられている。掃除が終わると、HRをして生徒達はクラブ活動や帰宅したりとしている。

 サユは教科書やノートを鞄に入れていると、同級生の女子、アノンとフルルが声をかけてきた。

「サユ、ナハリさんのお店で新しいアクセサリーが出たから、一緒に見に行こうよ」

 しかしサユは断った。

「ごめんね、今日はバイトなんだ」

 サユがそう言うのを聞いて、アノンが肩をすくめた。

「サユ、付き合い悪いなぁ」

 黒いくせ毛をシニヨン付きポニーテールにし、少し太めのアノンは裕福な織物商人の娘である。すると隣にいた背の低い赤茶色の髪をウルフカットセミのフルルが膝で小突いた。

「そんなこと言っちゃダメだよ。サユちゃんは引き取ってくれたイロナさんの一家を助けるためにバイトしているんだから」

「あ、そっか……。ごめん」

 アノンが断ると、サユは代わりにイロナを連れていってやってくれとお願いした。

「うん、そうするよ。バイト行ってらっしゃーい」

 アノンとフルルはサユが教室を出ていくのを見送った。廊下を小走りしていると、曲がり角で誰かがぬっと出てきたので、サユは思わず足を止めた。

「はわっ!!」

 サユは頭を上げると、そこにいたのはイロナと同じクラスの同級生、エバリ・バオニコであった。エバリは一六〇センチのサユよりも一二センチと小さく、藁のように細いがマムシの様な鋭い目とカマキリの様な顔型には気迫があった。

(やだなあ……。この学校で一番会いたくない人間と会っちゃったよ……)

 サユが立ち止まっていると、エバリは突如大きな声でサユに怒鳴った。

「ちょっとぉ、どいてよっ」

 その声でサユはビクッとなった。エバリは体は小さいが声と態度が体の五倍はある。エバリの声を聞いて廊下を歩いていた何人かが振り向いた。サユと同じ五年生の三人の女子が振り向いた。

「あーあ、また始まったよ、エバリの怒鳴り」

「あの子、下級生や同級生をいじめているほか、先輩や先生にも逆らっているらしいよ」

「エバリがいじめて転校した人、数知れないし」

「あの子もエバリに耐えかねて転校……」

と、三人の女子はひそめていた。サユがエバリの説教でびくびくしていると後ろから「こぉらぁっ!!」という老人の声がした。サユが振り向くと、おじいちゃん先生と呼ばれるジャワン先生が立っていたのだ。ジャワン先生は今年六十二歳になる国語の先生で、褐色の肌に白いうねりのある髪とヒゲ、それから派手な色と柄のシャツを着ている。

「また悪いこともしとらんのに、叱りおって!!」

 エバリはジャワン先生を見ると、逃げるように二人をすり抜けて鋭い目でサユとジャワン先生を睨みつけた。

「ふん、ひねくれ者めっ」

 サユは立ち上がってジャワン先生に礼を言った。

「ありがとうございます、ジャワン先生……。いつも助けて下さって……」

「なあに、お前が悪いこともしとらんのに苛める方が悪いんじゃよ。それにしても……」

 ジャワン先生は白い床と壁の続く廊下を見て呟く。そこにいた生徒全員がすまなさそうな顔をする。

「お前達もじゃ。エバリに逆らうのが怖いからって、見て見ぬふりをするんじゃないぞ」

「そ、そこまで言わなくてもいいです、先生」

 サユはそこであることにハッとした。

「あのっ先生、私バイトあるんで、もう行きます! さようならっ」

 そう言ってサユは学校を飛び出していった。サユは今朝と同じ道を来た半分のところを走っていって、バイト先の動物園と向かう。

『マルバン動物園』

 ロプスのジャングルシティから少し離れたサユのバイト先である。そこにいる生き物は密漁で襲われた動物や仲間とはぐれた動物などを世話している。

 一般的に言う動物を観賞する動物園とは違い、ここは〈動物を保護する園〉と名称されている。但し医療や育児などの世話は獣医免許を持っている獣医が行い、サユの様なアルバイトはえさやりや飼育小屋の掃除、動物達の記録製作である。サユは園に着くと、制服から園で働くくすんだ緑色のサファリシェールツを着て、髪は邪魔にならないように束ねる。

 サユはブラシとバケツを持って、自分の担当する動物の飼育小屋へと足を踏み入れる。飼育小屋はその動物の生息地に合わせて作られている。

「こんにちは、ベラルダ」

 石を積み重ねて作った家と浅い池と湿地のある飼育場所、ここにいるのはカバのベラルダが住んでいる。ベラルダは半年前の洪水で親とはぐれた雌の子カバで、本来のカバの獰猛で凶暴な性格ではなく、大人しく物静かなカバである。ベラルダはいつも世話をしてくれるサユが大好きであった。サユが来ると嬉しそうに、駆け足で来るのだ。

 サユのアルバイトの日課は、ベラルダの体を洗ったり、健康チェック、えさやり、フンの始末である。因みに野生動物のフンは栄養分が豊富なので、ジャングルの土と合わせて肥やしになるそうだ。そのフンは農夫が買い取って肥やしを作っているのだが、サユはそういうことは見ていないので、知らない。

 サユのアルバイトはかなり大変なものであったが、母を助けるためツドイ家の生活を支えるために選んだことなので悔いはなかった。サユが今まで稼いだアルバイト代は一〇〇ザモクになっていたが、サユは一切使わなかった。

 一五歳の女の子が一〇〇ザモクのお金は大層な額であった。この貯金は幸い叔父や叔母には知られずに済んだが、いつ盗まれたり失くすかわからないので、ツドイ氏に預かってもらっていた。

「サユちゃんて、アルバイトのお金で何か高価なもの買うの?」

と、アルバイト仲間の獣医学生の女性から訊かれた時、サユは恥ずかしそうに答えた。

「えっと……、ツドイさんの家を出る時の貯金です。中級学校卒業したら自立するための。いつまでも、ツドイさん達にお世話になってる訳にも、いかないし……」

「偉いわね~。サユちゃんはそういうところは、みんなから敬れるもんね。でもさ、中級学校卒業すれば結婚する子もいるからね」

 南大陸では原住民や田舎の娘は一五歳を過ぎたら結婚が可能になり、ランゴも二十歳手前の結婚はそう珍しくないという。イロナはまだ結婚する気がないので、大学に進学するそうだが。

「結婚ですか……。でも、相手がいません……」

 サユは女子更衣室で作業着から学校の制服に着替えながら答える。

(自立することばかり考えているから、結婚の余地なんて私にはない)

 確かにその通りであった。それから母の敵を討つということも忘れないでいたのだ。サユはロッカーを閉めると、獣医学生に「お先に失礼します」と言って、更衣室を出ていった。それから更衣室の隣の事務室の所長たちにも、退勤の挨拶を告げた。

「お先に失礼します」

「ああ、気をつけてお帰り」

 サユがログハウスの事務所を出ると、一台の深緑のジープが現れた。そこに乗っていたのは……。

「コーベンさん!」

 ココア色のストレートヘア、褐色の肌、大きな黒い瞳、それからシャツとジーンズの服装の背の高い青年コーベン・ツドイ。

「サユちゃん、今日は遅くなるって聞いたから、迎えにきたよ」

「あ……ありがとうございます」

 サユはジープに乗り、後ろの席に乗る。コーベンは今年一九歳になるイロナの兄で、トなりのジャングルシティ、カラヴォのイェル大学の社会学部に在籍している。サユがアルバイトで遅くなった夜は、コーベンかツドイ氏が迎えに来るのだ。

「イロナがね、学校の友達に誘われてアクセサリー屋に行って、買ったって」

「あ、誘われたのは私だったんです。バイトだからって言ったら、代わりにイロナを」

 サユは今日の学校での出来事をコーベンに話した。ジャングルの上では、空が青紫とばら色に染まっている。この夜空は、南大陸一美しい夜景と言われている。

 バン・ダルーイ林に着くと、イロナが出迎えてくれた。そしてサユに何かを渡したのだ。それは桃色のパールビーズのブレスレットで、パールピンクのハートがついている。

「今日ねサユの代わりにアノンとフルルと一緒に行ったお店で買ったんだ。私はこれ」

 そう言ってイロナは右手首につけた黄色いパールビーズと星のブレスレットを見せる。

「ありがと。大事にするから。私、着替えてくる」

 そう言ってサユは上の階の自室へと昇っていった。その姿を兄妹が見送っていた。

「私ね、サユって一日でも早く自立するためにバイトしているんだって、アノン達から聞いた。あの子ちょっと、我慢しているんだと思う。遠慮しなくてもいいのに……」

「仕方ないさ。サユちゃんが決めたことなんだから……」

 サユにとってツドイ家は「我が家」でもあったが、「鳥の巣」でもあった。保護されて安全な暮らしをしているが、自分の力でそのうち巣立つのだから。



 母が殺害されてから一ヶ月余りが経った。母殺害の犯人探しはロプス政府の公安員が探してくれていたが、サユは犯人は人間でない者だとは言えなかった。というのも、母殺しの犯人が邪羅鬼という存在なんて言ったら、政府の人間達に話しても信じてくれないどころか無意味な捜索を続けるだろうと思った。そうなることはわかっている。

 朝のジャングルの光景は清々しくいいものだった。木の葉が朝露で濡れ、金色の太陽が明るく青い空を照らし、木々の隙間から朝の光を差してくれるからだ。

 サユとイロナ、それから他の中級生たちは、学校へ行く南東の密林道を歩いていた。

「あー、今日一時間目は体育かぁ」

「男子はサッカーで、女子は……何だったかな。とにかくきつい競技じゃないみたい」

 サユがイロナにそう言っている時、スカートのポケットに入れていた転化帳がピピピピ! と激しく鳴った。

「な、何の音!?」

 イロナ、その他十何人かの中級生達がサユの転化帳の音に振り向いた。サユは転化帳の音を聞かれたことをまずく思い、咄嗟に誤魔化した。

「イロナ、ごめんね! あたし、忘れ物したから、取りに帰る!」

「え? も、もうすぐ始業よ……」

 イロナが止めるのも聞かず、サユは引き返してひと気のいない道もしくは茂みを探して、駆け抜ける。ようやく人があまりこさそうな沼に着くと、転化して翼のある姿になった。

(邪羅鬼は、今度はどこに……?)

 サユは転化帳の邪羅鬼レーダーを出し、どこにいるか調べる。画面は南西の村を示しているようだった。邪羅鬼レーダーは発生地が鬼のような顔を表示している。

「ここね、行かなくっちゃ!」

 サユは翼を羽ばたかせ、現場へと急行した。ジャングルを抜け出し、空を舞う。

 邪羅鬼から襲撃を受けている場所は、ジャングルの炭鉱である。ここで働くのは力のある男達ばかり。鉱夫たちの妻や娘や姉妹は畑仕事や狩りが仕事で、流石に女性は炭鉱では働かない。炭鉱はジャングルの中に灰色の山があり、それである。同じような作業服を着た鉱夫たちは全て横倒れしており、材木の積み荷の上でハゲワシを模した邪羅鬼が舌なめずりをしている。

「ああ、旨かった。次はこいつらの娘や妻たちのところへ行って、喰い尽くしてくるか」

 そう言って立ち上がってきた時、邪羅鬼は少し考えた。

「どうせなら、ひ弱そうなババアを殺した方がいいか――」

 そう思いついた時、気配を感じた。男しかいない筈の炭鉱で、“この匂い”はあり得ないと。砂利のこすれた音で振り向いた邪羅鬼は、ここに来た客の存在に気付いた。

「来たか、聖神闘者……」

 そこには紅い衣をまとい、紅い翼を持った少女がいた。右手には槍を持っている。サユは邪羅鬼の翼の腕を見て思った。

(似てる……。お母さんの周りにかかっていた羽根と同じ……)

 サユはどぎまぎを隠せなかった。あまり暑くないのに汗が滴り落ちる。

「お前が聖神闘者か? 俺が殺した女と似ているな。匂いが同じだ」

 邪羅鬼が閑古鳥のような声で言うのと、「殺した女と似てる」を聞いて、サユは胸騒ぎがしてたまらない。

「あなたが……殺したの……?」

 サユは声を振るわせながら、訊いた。この邪羅鬼が母を殺した犯人なのかを。

「ああ。あの女、お前の親だったのか」

 邪羅鬼は冷淡そうに言う。

「そう……なの……? どうして、私の……お母さんを……?」

 邪羅鬼はサユの質問にこう答えた。

「誰でもよかった」

(え……!? 今、なんて……?)

「ただ魂を喰らうだけじゃつまらなかったから、一人ぐらいなら殺っていいかと。そしたら、お前の親だったんだな、聖神闘者」

 邪羅鬼の言葉を聞いて、サユは怒りに震えていた。

(そんな理由で、私のお母さんを……!)

「許さない……。人の命をこんな風に見るあんたは許さないっ!!」

 サユは怒り涙を流しながら槍を持ちなおし、邪羅鬼によってかかってきた。

「わあああ~っ!!」

 サユが槍を大振りに振るうと、邪羅鬼は垂直に飛び、翼をサユに向けて羽根の矢を飛ばしてきた。しかしサユは槍を高速回転させ、羽根の矢を吹き飛ばす。そして邪羅鬼の真上までに飛び、左手に炎をこめたパンチを邪羅鬼の顔に殴りかかった。サユのパンチで邪羅鬼は真下に垂直落ちし、鉱山の薄茶色の大地に叩きつけられた。噴火した山のような音が響き渡り、地面がおわん状に凹んだ。

「ぐ……う……」

 邪羅鬼が唸りながら起き上がろうとすると、槍を持って急降下してきたサユを目にした。穂先をこっちに向けている。

「お母さんの仇だーっ!!」

 サユが槍を邪羅鬼に向けた時、懐の転化帳が声を発した。

『ダメ!!』

 その声を聞いて、サユは手を止めた。

『“愛”の意を持つ聖神闘者が、私怨に狂ってはいけない……』

「朱雀……?」

 寸止めの穂先を見て、邪羅鬼が褐色の瞳を見開いている。

『許せないのはわかる。けれど、怨恨の情に流されてはいけない……。たとえあなたの母を殺した相手でも……』

「止めないで! 私はお母さんの仇を……」

 サユが声を張り上げた時、朱雀は言った。

『あなたが聖神闘者になったのはそれ(・・)じゃない! そんなことをしても……新たな哀しみを生み出すだけよ……』

 朱雀に制止されて、サユは歯を食いしばって涙を流した。

(憎しみにかられてはいけない……。ならば……)

 そして右手で涙をぬぐい、火行を両手に込めて、両の親指と人差し指を合わせる。

「凶しき邪気よ、烈火の激しさに浄化され、体は無へと還れ。朱雀(すざく)突破(とっぱ)!!」

 サユの手から炎の朱雀が出て、邪羅鬼を飲み込み消滅させた。邪羅鬼が消えると同時、そこから金色の光の雨が噴水のように流れ出たのだ。喰われた人たちの魂である。魂は次々に肉体に入っていく。

 邪羅鬼を消滅させたサユは、炭鉱を足で去ってゆき、ジャングルの中でかがんで泣きだした。

「うう……っ……ああーん……。ああーん……。ああーん……」

 どんなに涙を流しても、母を殺した相手を倒しても、母や母との生活は戻ってくる訳ではない。サユはその場所で、転化を解くのも忘れて泣き続けていた。


 泣いてからどれくらいが経っただろうか。サユは転化を解いて、制服のままジャングルをさまよっていた。

(もう私には、何もない。何も……)

 廃人のようになったサユは自分がどこにいるのかもわからない。

「サユ!!」

 どこからか自分を呼ぶ声が飛んできた。

「え?」

 振り向くと、上の斜面から見慣れた筈の姿の人々――イロナ、コーベン、ツドイ夫妻に近所のおじさんやおばさん、クラスの先生や同級生達がいた。

「見つけたぞー!」

「連れてくるんだ!」

 近所のおじさんがそう叫んで、イロナやアノン、フルルが駆け寄ってきた。

「サユーっ。どこに行っていたのよぉ、心配させてーっ!」

 イロナが怒り泣きながら、サユにとびついてきた。

「あんたがいつまで経っても学校に来ないから、みんなで探したんだよっ! この友達不孝者ーっ!」

「イロナ……」

 アノンとフルルはサユの両方のほっぺたをつねる。

「いだっ!」

「痛いじゃないわよ。イロナ一家だけじゃなく、近所や学校にまで心配かけさせて~っ」

「このお詫びは後でたっぷりさせてもらうからぁッ!」

 そう言ってサユのほっぺたを離す。

「みんな……、ごめんなさい……」

 サユはつねられた両ほっぺたをさすりながら、待っていてくれてた人たちに謝罪した。

(……お母さんはいないけど、私にはたくさんの人たちがいてくれたんだ……。私、愛されていたんだ……。いろんな人たちに……)

 いてくれたのは母親だけじゃなかった。サユには、こんなにもいてくれる人たちがいたのだ。

 この“愛”はもう失わせない。




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