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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「白」の書・第8話 ヤンジェとの別れ、そして新皇帝誕生

『五聖神』第37話。超邪羅鬼に敗れ、負傷したファランは幸か不幸か邪羅鬼は休眠状態に入る。ファランは聖神・白虎に助けられて自分の町へ帰る。だが、連極の国では皇帝がが崩御し、更にファランの家でも異変が起きる……。

「ハァーハッハッハッハッハ……」

 植物と平地に恵まれた(レイ)区の小山の上空で、コウモリ超邪羅鬼は高笑いしていた。

「この力があれば、俺に恐れる者はない! そして俺は、邪羅鬼の王となるのだ!!」

 伝説五玉の一つ、黄希玉で強化された邪羅鬼はいつの間にか灰色の雲に覆われた空に向かって叫びながらこう宣言していた。すると、邪羅鬼の体がぐらつき、疲労と眠気が一気に襲ってきたのだ。

「ぬううっ……。力を一気に使いすぎたせいで身体がこんなにくるとは……。まあ、いい。聖神闘者は戦えない。五聖神は人間の世界に出られない。連極国内では皇帝が病に伏せって不安になっている。

 おお、そうだ。皇帝があの世へ逝って、新皇帝発表の日に大暴れすればいい。さすれば、人間たちは恐怖と絶望とで邪羅鬼を生み出すからな。それまで休眠をとるか」

 コウモリ邪羅鬼は今後の予定を立てると、一度解放した力を溜めるために、雷区から去っていったのだった。

 ファランは草むらの中で気を失ったまま……。


「ん……。ここは……」

 ファランは気づいた。いつの間にか小ぶりの浴場の中にいて、その浴槽の中に入れられていたのを。浴場は壁も床も月長石のような色で、浴槽には赤っぽい液体が入っている。赤というよりはバラ色の色水といった方がいいだろう。

「どうして風呂場にいて……。そーいや、邪羅鬼が雷区の小山にいて、音波攻撃で僕を追いつめて、黄希玉の欠片を中に入れて……」

 ファランは黄希玉を手に入れたコウモリ邪羅鬼の圧倒的な強さに負傷して、初めて邪羅鬼に敗北したことを思い出した。

「んっ!? ダメージを負ったのに、傷跡がない。うっすらとはあるけど……」

 ファランは自身の体の腕や脚や胴体を見て不思議がる。その時、浴場の扉が右に開いて、二匹の小犬がタオルを口にくわえて運んできた。

「この犬……もしかして……白虎のお仕え!?」

 ファランは浴槽から出てタオルを手に取ると、体についた水滴を拭い腰にタオルを巻いて浴場の出入り口を出た。長くて広い虹色月長石の廊下。

「間違いない。月長殿だ……。でも、どうして……」

 そういえば前髪の二房も虹色がかった銀からいつもの黒になっており、白虎の耳と尾もない。今度は別の犬がファランの普段着を運んできた。いつものベストとシャツとズボンと靴である。ファランは普段着を切ると、犬たちの案内で白虎のいる大広間へと向かう。

「おお、ファラン。無事だったか」

 白虎は巨体に橙の双眸をファランに向ける。

「ああ、白虎。あんたが僕を月長殿に……?」

 ファランは白虎に問う。コウモリ邪羅鬼の攻撃を受けた自分を助けてくれたのを。

「すまない、ファラン。まさか邪羅鬼が黄希玉の欠片一つであんなに強くなるなんて、私も思わなんだ……。ただ良かったのは、君が生きていたことと、超邪羅鬼が力の使い過ぎで休眠に入ったことと、君の黄希玉を盗られずに済んだことだ」

 白虎はファランに黄希玉を渡した。天辺の角のない黄色に輝く石は色が薄くなっている。

「君は負傷していて、私が僅かな力を使って君を『再生の薬湯』に入れておいた。傷は塞がっても動けなかったらどうしようかと思ったが、歩けるようだな」

 白虎はファランを見て安堵する。

「ありがとう、白虎。僕、家に帰りたいんだけど」

「そうだったな。超邪羅鬼が君を倒してから、三日も経ってしまったからな」

「三日!?」

 ファランは自分が眠っていた期間を聞いて、驚く。三日といえば、祖父もヤンジェも先生も友人たちもファランが行方不明になって心配している。

「ど、どーしよう……」

 ファランは自分がいなくなって困っている親近者たちのことを想像して気まずくなる。

「では、私が君を家の近くに転送させるが、それでいいか?」

「はい。そうして下さい……」

 月長殿に仕える犬や猫たちがファランのコートと通学鞄を持ってきてくれた。そして白虎は自分のわずかな力を使って、ファランを淡岸(タンアン)の町に送り返したのである。


 


「ファラン、どこに行っていたの!? 心配させてぇ!!」

「わしはお前が事故に遭ってしまったのかと思ったわい!! このバカ孫息子が!!」

 ファランは淡岸警察署内の待ち合い室で迎えに来たヤンジェと祖父に怒鳴られていた。ヤンジェは目が涙ぐんで、祖父はカンカンながらも安堵していた。

 ファランは淡岸の学校の近くでうろついていると、地元の警官によって行方不明者として保護され、ファランがいなくなって町中を探している祖父とヤンジェが駆けつけてきたのだ。

「ごめんなさい……。でも、理由は話せない……」

 ファランは祖父に言った。祖父はファランの左ほおをピシャリと叩くと、ファランを抱きしめた。

「お前までいなくなったら、わしは……」

 祖父は泣きながらもファランに言った。ヤンジェもファランを見ている。

 その後は三人で警察署を出て、朱色と紫に染まった淡岸の町を歩いて帰っていった。並ぶ瓦屋根の家々、おしゃべりしている主婦たちに散歩帰りの老人、家に帰る子供たち、仕事を終えた大人たちの帰る姿を目にした。

「あーあ、ファランが長いこと帰ってこなかったせいで。私とおじいちゃんで家事をこなしてたからね! 明日から三日分やってもらうよ!」

 ヤンジェはプリプリして、三日間の出来事を話す。

「ごめん……。あと、学校のみんなにも話さなくちゃいけないし……」

 ファランは三日の間に学校の授業やクラブ活動をしなかったことを痛く感じる。幸いクラブはレギュラーではな補欠見習いだったのが救いだった。補欠見習いの役目は補欠にピンチがあった時の穴埋め要員で、それ以外はシャトル拾いや掃除や下級生の指導などの雑用である。中学四年とはいえ、ファランはこの役割だった。

「これから家に帰って晩飯を作るにも、到着と炊事に時間かかるからな……。よしっ、今日は外食に行くか!」

 祖父が手を打ってファランとヤンジェに言った。

「いいの、おじいちゃん?」

「それ、賛成!」

 ファランは祖父に訊ね、ヤンジェは機嫌を変えて笑う。

「いいって、いいって。どうせなら『華現亭(ファーシャンてい)』に行くか。あそこの店主とは十年の付き合いだからな」

 そう言って祖父はファランとヤンジェを連れて、商店街の料亭へと足を向けた。住宅街とは違った淡岸の商店街はどの店も壁や屋根の色が違い、料亭や居酒屋や茶店などの飲食店の他、普段着から正装までの注文を承る仕立屋、様々な顔料を使った食器を売る器物屋、連極中の書籍を集めた書店、石けんや鉛筆などの生活用品を売るお店もある。

 ファランたちは一階の門出の上に黒地に金文字で『華現亭』という店の前にやって来た。

夕方六時の現在、外食に来た他の一家や仕事帰りの大人が円卓に着き、着ている服は異なるが頭の三角巾やエプロンは同じものを着ている店員がかいがいしく働いている。三角金とエプロンは白地に赤い糸で『華現亭』の刺繍が施されている。

 ファランたちは一角の席に座り、若い女性の店員に注文する。厨房からはあげ料理のはぜる音が聞こえ、食器を棚から出し入れする音、店員たちの声が聞こえる。店内の客席では他の卓からの香ばしい匂いや甘辛い匂いが漂う。

 それからして、ファランたちのいる席に注文した料理が運び込まれてきた。エビチリ、揚げ餃子、小龍包、春雨サラダ、白ご飯が三膳、透明な水差しに入ったウーロン茶。ファランもヤンジェも祖父の知人である『華現亭』の主人や料理人の作った料理を食べた。ファランはエビチリをご飯と一緒に食べて、ヤンジェは小龍包のアンを吹きかけて、祖父は揚げ餃子を口にする。

 ファランたちも他の客たちも料理を味わっている頃、一人の青年が青い顔をして息を切らしながら入ってきた。やせ型に細長の顔と垂れ目で白い長靴に白いコック服を着ている。

「な、何だね、悟源(ウーツェン)!? お前、足りない材料を買いに行っていたんじゃないのか!?」

 厨房から小柄な中老の男が出てきて店に入ってきた青年に言った。男は白髪交じりの髪に四角い顔、目鼻の白いコック服を着ていた。

「と、父さん……いや、みんな大変だよ!!」

 ウーツェンと呼ばれた青年は顔を上げて男に言った。

「一体どうしたっていうんだ、汰旦(タイタン)? ウーツェンくんもそんなに慌てて……」

 祖父が席から立って、ウーツェン青年とタイタンに訊ねる。

「おお、ジェンさん。来てたんですか。ずっと厨房にいたから気づきませんでしたよ」

 華汰旦(ファタイタン)は祖父に言った。

「そっ、それよりも大変だよ! 僕が知らせたいのは……、さっき皇帝が亡くなったって悲報が来たんだよ!!」

 ウーツェンの発言で店の中の空気が凍りついた。いや、『華現亭』だけでなく、どの店もどの家も連極中が皇帝の死に言葉を失ったのである。




 連極二八〇代目皇帝、明王武の死に国中が喪に包まれた。亡くなったのは二月一日午後六時五〇分。ファランたちが華現亭で料理にありついている頃だった。

 テレビでも新聞でも他の国でも、皇帝訃報が公表された。軍隊と王族と大臣たちが皇帝の巨大な遺影を乗せた高級車や戦車に乗りながら、国の内陸部にある王族墓地に行く姿が中継される生放送もあった。

 ファランの学校も四日ほど休校になり、皇帝を喪った連極の民は次の皇帝は誰になるか、不安を隠せずにいた。幸い店舗は開いていて食糧や雑貨や薬には困らずに済んだが、いつもはにぎやかで明るい商店街も公園も静けさに包まれ、活気がなかった。

 ヤンジェはというと、十三歳半になるまで自分の身を知らずに育ち、四ヶ月前に皇宮からの使いがきて、自分が皇帝の娘だと知ったが長いこと庶民で育った彼女には受け入れがたい真実であった。ヤンジェが皇女と知っているのは祖父と亡き皇帝、皇宮の大臣位である。ヤンジェは実の母と祖父が悪徳領主と知った時、領民の反乱で死亡して母は追放のち赤子のヤンジェを残して亡くなったと聞いた時には泣いたのに対し、実父の皇帝が亡くなった時には初めは衝撃を受けたのに対し、次第に心が安定して泣くことはなかった。ヤンジェは清潔で整とんされた自分の部屋のベッドの上にいた。

 皇帝が亡くなってから三日目、新帝の決定はなかった。皇帝には五人の妃と九人の皇子皇女がいて、どの皇子皇女も優秀だったからだ。かといって、継承権争いの血なまぐさい話もなかった。

「皇子様も皇女様も人が好くって、互いに譲り合っているんだろう」

「もしくは皇帝になったら皇帝の責務を背負いたくないからなのかもしれないし」

 国民たちは噂し合った。ファランも超邪羅鬼に敗れてからの期間、体を鍛えるために浜辺で走ったり、筋力を上げるためにダンベル運動や腕立て伏せをしていた。皇帝が亡くなって四日目、ファランが浜辺でのランニングから帰ってくると、黒いスーツを着た複数の男女がファランの家の前にいて、ヤンジェを黒いリムジンに乗せるところを目撃した。

「ちょっ、何やってんだよ!!」

 ファランが男たちに詰めよって来て、ヤンジェを助けようとしたが、一番屈強な也の男に腕をつかまれた。

「皇女様をお連れしにきたのだ。下がってもらおうか」

「皇女……?」

 ファランは男が何を言っているのかわからず、ヤンジェとスーツの女性と話し合っている祖父を見た。

「では皇女様は私たちが責任を持って皇宮にお連れして、皇位継承会議に出させますので。あとこれは長い間、皇女様を面倒を見てくださったお礼です」

「ファラン……」

 ヤンジェはリムジンに乗せられ、スーツ男女たちはリムジンにさっさと乗ると、去っていってしまった。エンジン音だけが冬の晴空の下に響いた。

「じいちゃん、どういうことだよ……!」

 ファランには祖父に詰め寄り、祖父は一枚の小切手を手にしながら、ファランに言った。

「すまない、ファラン。ずっと黙っていて……」

「……?」


 ファランは白いスポーツウェアから白を基調とする普段着に着替えた後、居間で祖父の話を聞いた。

「ヤンジェが先代雷族区領主の孫娘で皇帝の子供!?」

「信じられないようだが……本当だ。あの子は皇女なんだ」

 祖父は苦い顔をして居間の長椅子に向かい合って座るファランに言った。

「亡くなった皇帝が雷区の領民の苦難を助けるために領主の娘をめとることを条件に申し出て……」

 ファランは超邪羅鬼と戦う前、白虎から聞いた雷区の話を思い出した。

「どうして黙ってたんだよ……」

「あの子の平穏を壊したくなかった……」

 祖父は辛々とファランにヤンジェが皇族の血筋だったのを隠していたことを話した。

「あの子は生まれた時から孤児院で育ち、学校に通い友人も出来て、わしも実子同然にかわいがって、平凡な暮らしになじんでいたのに、いきなり皇族になって知り合いが一人もいない皇宮にやってしまえばあの子は貧しさと違った意味で苦労してしまったら……」

「……」

 祖父の話を聞いてファランは言葉を失ってしまった。確かにそうなのかもしれない。暮らしや身分に恵まれていても、理解者が一人もいなければ苦しむのは当然だ。去年、両親を亡くしたファランだって、祖父の存在という幸運がなかったら、赤眼を理由にいじめや差別を受けていたかもしれない。

「でもヤンジェは……」

 ヤンジェは連れて行かれる時の顔を見た時、哀しそうな顔だったのをファランの目に焼き付いていた。

「とにかくもう、ここにヤンジェはいない。皇宮は青波省(チンバオシャオ)にあるし、あの子は山頂、わしらは地上にいるようなもんだからな」

 祖父は溜め息を吐きながら言う。


『ヤンジェが……そうか。雷区の先代領主はヤンジェのことだったのか』

 ファランは自室で転化帳越しで白虎にヤンジェが皇女であることを話した。

「うん。もうヤンジェは連れて行かれたんだ。親戚や知り合いのいない皇宮で、会ったこともない兄弟や大臣たちと暮らすことになって……」

 ファランは皇宮で見たこともない顔ぶれの人々に囲まれたヤンジェを想像して、泣いてるヤンジェを目に浮かべた。

『ヤンジェはまだ皇宮に向かっている。それからだろう。彼女の皇女としての人生は』

 白虎はこう付け加える。

『あと超邪羅鬼のことだが。奴はまだ休眠している。いつ目覚めるか肝に銘じておけ』

「――……わかっている」

 ファランは通信をアウトし、転化帳を閉じ、ヤンジェの部屋に入ってきた。暖色系の麻や木綿の寝具やカーテンやラグ、机の上の教科書やノート、通学鞄、全てがそのままになっていた。ファランはヤンジェの教科書を一冊ずつ手に取り、中を見てみた。教科書の重要事項やテストの予想問題などの蛍光ペンでアンダーラインが引かれている。ノートには熊や猫などのイラスト入りで板書が書き込まれていた。

 ファランは切なくなった。ノートを抱きしめて涙を流したのであった。




 その日からヤンジェのいないファランと祖父だけの生活が始まった。学校へ向かう児童に混じってファランだけ学校に向かう姿が見られると、タイチェンやシウロン、ヤンジェと仲の良かった女の子たちが注目した。

「おはよ……」

 ファランはみんなに言った。

「あれ、ファラン。お前だけかよ? ヤンジェちゃんはどうしたんだよ?」

 タイチェンが訊ねてくると、ファランはしどろもどろながらに答えた。

「ヤンジェは……親戚の人たちがやって来て、ヤンジェを引き取りたいと言って、連れていかれたよ」

 これは祖父がファランにこう言うように言われた返事であった。ヤンジェが皇族の血を引いていて、皇帝仕えの護衛人に連れていかれたのは流石に言えないし、言ったって信じてくれないだろう。

「そ……そっか。ヤンジェの本当の肉親がいたんだ。なら……会えないのは残念だな」

 タイチェンが肩を落とす。

「さよならも言えずに行っちまったのか……」

 シウロンが目に涙を浮かべる。

「仕方ないよ。親戚の人たちだって、ヤンジェを引き取らなかったことを長いこと悔やんでいたと思うし……」

「でも引っ越し先の住所と電話番号くらいは教えてもらったんでしょ? 手紙書くから」

 女の子たちに言われた時、ファランは一瞬戸惑ったが慌てて付け加えた。

「え、えーと、それがその……聞いていなくて。伯父さんが貿易商で転勤族だった思うから、コロコロ住所が変わるんじゃないかと……」

 ファランの作り話を聞いたタイチェンたちは一瞬沈黙したが、顔を見合わせていった。

「貿易商で転勤族かー……。それじゃあ手紙を送りたくても送れないし、ヤンジェも落ち着けないんならなー……」

 みんなは仕方ないという顔をして、学校へ行った。学校の四年四組の教室に着くと、アンユエン先生がみんなにヤンジェのことを伝えたのだった。

「みなさん、ヤンジェさんが昨日ご親族の人たちに引き取られて、よその町に行きました。

 残念でなりませんが、ヤンジェさんのことは忘れずにいましょうね」

 教室内でもざわつき、先生はみんなに言った。

「ヤンジェさんに会えなくなるのは残念だけど、二月の終わりには四年生は一泊二日の移動教室があります。場所は青波省の霜流村です。班決めは三時間目の国語の授業で決めます」

 そう言ってHRが終わり、次の授業までの休み時間には男子の一人が声を上げた。

「あーあ、ヤンジェちゃんと同じ班になりたかったなー」

 すると女子の一人も言った。

「そうよね、ヤンジェちゃんって、一年生からずっとこの中学……ううん、小学校からずっとこの淡岸でファランくんのおじいさんと暮らしていたしね。長い間住んでいた町から、いきなり、出ていくのは不安だよね……」

「でも長い間、いないと思っていた親戚に引き取られただけでも良かったんじゃ……」

「案外親戚との暮らしになじめなくって、帰ってくるんじゃないかな」

 同級生たちのヤンジェがいなくなった話を聞いていて、ファランはヤンジェがみんなから愛されていたことを知った。近くのヤンジェが座っていた席をちら見して、ヤンジェの座っている姿を思い浮かべた。

(長い間住み慣れた町から離れて、皇宮での暮らしになじめず帰ってきて、僕やじいちゃんとまた暮らして、学校で友達と遊んで……。

 そうなったら嬉しいけど、ヤンジェはまた元通りになれるのかな……)


 ヤンジェが皇宮に行ってから三週間が経った。その間に学校の中間テストがあったり、雷区の小山半消失事件も語られたが、黄希玉で強化した超邪羅鬼や他の邪羅鬼が出てくることはなかった。

 ファランの家では近所の主婦を雇ってファランと祖父が留守の間、家事をするようにと頼んだのだ。祖父は皇宮の使いから小切手二〇〇〇(リウ)を受け取っていた。祖父は一旦、「こんなはした金」と思ったが、ヤンジェがいなくなった今、老人と少年の暮らしだけでは火事がとまどるということで、受け取った二〇〇〇留をホームヘルパーの丘陵に当てたのだった。

「ただいまー」

 ファランが家に帰ってくると、褐色に染めた白髪交じりの髪をアップにし、黒いエプロンを身に付けた五〇代の女性が洗濯ものをたたんでいた。

「お帰りファランくん。お菓子を作っておいたよ。晩ご飯作り終えたら、おいとまするからね」

 祖父が雇ったホームヘルパー、苗利幸(ミャオリシン)は子供たちが成人して独立し、夫を亡くした独り暮らしの女性で夫の死後これからどうしようとなっていたところ、ファランの家のホームヘルパーになったのだ。

「いつも来てくれてありがとうございます。ヤンジェがいた頃は三人で家事を分担していたもんですから……」

「いいのよ。私はジェンシュンさんに感謝しているのだから。私も専業主婦で夫の稼ぎでいたようなもんだから、仕事ができて助かったわ。手を洗ってうがいしておいてね」

 リシンさんはファランに言って、庭の洗濯物を手早くたたんでかごに入れる。リシンさんは掃除も洗濯も料理も得意で、彼女の作るケーキとチンジャロースーはとても旨い。

 ファランは台所に来ると、食卓の上のオレンジ色のマンゴーケーキに手を伸ばした。マンゴーの果肉と小麦粉とミルクと卵で出来たふんわりしたケーキは口に入れると、マンゴーの甘い匂いと甘さが広がり、ファランはむしゃむしゃと食べた。マンゴーケーキを見て、ファランはヤンジェにも食べさせてあげたいな、と思った。


 

 ファランの住む白浜省の北隣りの青波省の中心当たりに皇宮の住まう皇宮があった。c長地川の隣の地に網目のように区切られた田畑や店や家屋が設けられた城下町。その北の平地に黒光りの瓦屋根と赤い柱と白い石壁で出来た巨大な建物、皇宮があった。皇宮は皇族一家の他に大臣、皇宮仕えの料理人や兵士や女官が多く動き回っていた。内装も立派で長い朱色の円柱と長い朱色の廊下、天井には燭台が並び、皇宮仕えの者は役職ごとに異なる型や色の服を着ていた。

 世話係の証である藍色の衣と白い前掛けを身に付けた若い世話係の女性が銀の盆に蔓草模様の白磁器の湯飲みと水差し、同じ色と模様の平皿の上には桃マンを乗せた、皇宮の一角にやってきた。他の侍女や女官は皇宮内の掃除や洗濯、大臣は執務や政治、兵士や将校は武術の訓練に励み、この侍女は新しくやって来た皇女のために茶と菓子を運んできたのだった。

「失礼します、ヤンジェ様。お茶とお菓子をお持ちしましたよ」

 侍女は部屋の主に声をかけ、扉を開け中に入る。部屋の扉は身分や部屋の種類によって扉の彫りが違う。皇子皇女の部屋は扉に水連が刻まれていた。

 皇女の部屋は扉から向かって左に天蓋付きの広めのベッド、右に本棚と一体化した机、ベッドの足元側にはクローゼットがあり、皇女の衣類が収められている。家具は黒檀などの高級素材で、寝具やベッドの紗幕も絹や緞子で、扉と対になっている窓からは皇宮の庭園が見える。庭園には様々な木々や花、運河があり、幼い皇子や皇女が遊んでいた。

「あっ、ありがとう、黄桃(フォンタオ)

 机に座って山積みの書物を読み、繻子地の黄色い水仙模様の立派な衣を着、褐色の髪には金細工に細かいダイヤを散りばめた髪飾りをつけたヤンジェがいた。ヤンジェは皇宮に着いてから皇宮仕えの大臣や王妃や側室、九人の皇子皇女と顔を合わせ、フォンタオという世話係をつけてもらい、学者からは歴史や経済や政治の勉強を叩きこまれ、女官からは礼儀作法や身だしなみといった皇族の教育を受けてきた。

 正妃をはじめとする妃たちはヤンジェがあの雷区の領主の孫娘と知った時は顔をしかめたが腰の低いヤンジェはなるべく気を損ねないようにした。他の皇子皇女もヤンジェの従順さを見て、「そんなに悪い子じゃなさそうだな」と思っていた。

 しかし……長いこと一庶民として暮らしてきたヤンジェには皇宮での暮らし、というか高身分の教育や勉学がこんなに大変なものとは思ってもいなかった。

「お勉強の息抜きとしてジャスミン茶と桃まんじゅうです」

 フォンタオはヤンジェにお茶と茶菓子を差し出した。ヤンジェは茶を飲み、まんじゅうを備えのピックで細かくして食べた。

「ねぇ、もし私が新帝に選ばれなかったら、帰っていい? 淡岸へ」

 ヤンジェはフォンタオに訊ねる。皇帝が亡くなって三週間経つとはいえ、まだ最初うたちが新帝を決める会議は長引いている。

 皇帝の第一皇子は二十五歳、年齢的には彼だが第二妃の子供の第二皇子は賢い。第三妃の娘である第一皇女も政治や経済に強い。新帝の有力候補がこんなにいるのなら自分は絶対選ばれないだろうと思っているヤンジェだが。

「ですが選ばれなくても、皇族には政治を取り締めるという義務があります。貴方様も皇帝陛下の御子なのですから」

 フォンタオはヤンジェに言った。フォンタオは皇位継承権は大病や障害といったよほどのことがない限り放棄できないと語る。実は亡くなった皇帝も第二妃の息子の第二皇子であったが、正妃の長男である第一皇子が虚弱体質、長女の第一皇女も耳に障害があったため継げず、第二妃の息子であるヤンジェたちの父親が皇帝となったのだ。

 その時、宮内に小姓の青年が宮中の人々に新帝決定の結果が出たことを報告した。


 翌日、連極のどこでも新帝即位の儀が夜の六時から生放送で公表されるために、どこの学校も職場も仕事を切り上げ、大急ぎで帰宅する。

 そして、ファランも……。

「じいちゃん、帰ってる!?」

 ファランが家の母屋に入ると、祖父がいた。

「あ、ああ……。これから始まるところだ」

 そう言って祖父は居間の長椅子に座り、ファランも長椅子に座る。卓上の新聞には『連極新帝決定!!』と見出しに大きく書かれていた。

 テレビをつけ、画面に連極皇宮の中庭の映像が映り、中庭には大臣や妃たち、皇子皇女やテレビカメラやマイクを持ったテレビクルーが来ており、その中にヤンジェの姿も見つけた。アップではなかったものの、確かにヤンジェだった。たくさんの記者や護衛などの前に立つ若い女性のテレビリポーターが薄桃色のスーツを着て、マイクを持っている。

『連極全国の皆さん、連極平和テレビの(ツォン)です。間もなく、連極皇帝即位の儀が行われます。

 あっ、皇宮から出てきました、皇帝陛下が! あちらに見えるのは……第一皇子、飛斗(フェイトゥ)さまです!!」

 緞子と繻子で出来た赤と黒の衣をまとった青年が皇宮の中から出てきた。高めの背にがっしりした体型の青年はひげを剃り、髪を綺麗に香油で固めて、テレビクルーや記者の前に現れた。

 その前列で妃たちや他の皇子皇女が立っており、真顔で見つめる。

『私が連極の新皇帝になったフェイトゥです。この度は新皇帝即位の儀に来て下さいまして、ありがとうございます……』

 フェイトゥ陛下はテレビ越しに国民たちにあいさつし、国民たちの注目を集める。

 新皇帝のあいさつが十分も続くと、皇宮内にいるヤンジェは流石に退屈になって、空を見上げる。

「!!」

 紫の空に混じって巨大なコウモリ、いやコウモリ人間を目にして、皇宮に向かってくるのを目にしたのだった。

「ヘッヘッヘッヘッ、新皇帝の即位式か。こいつは丁度いい! 久しぶりに暴れてやらぁ!!」

 超邪羅鬼は上空から皇宮の様子を見て、久しぶりに暴れる地をここにしたのである。






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