「黒」の書・第7話 欠片を探せ
『五聖神』第33話。リシェールは邪羅鬼を倒すための宝玉、伝説五玉の一つ、藍静玉を手に入れるため、転化帳の移動能力を使って、欠片を探す。最後の一つは邪羅鬼と戦っている最中に取られてしまう。更に欠片によって強化した邪羅鬼に追い詰められてしまう。
切り妻屋根や方形屋根の住宅が並ぶフロイチェク通り。屋根も道路も雪で白く染められ、各家の門前には雪かきされたあとが残り、雪だるまのある家もあった。
茶色の屋根にベージュの壁、庭には白樺のある家の一室でリシェールは机上でようやく見つけた伝説五玉の一つ、藍静玉を手に入れて人差し指で藍静玉を立てたりしていた。
「これがあと数個、プレゼオにあるのかー……。探せと言われても、どこにあるのやら」
リシェールは最初の欠片の一つを見つけたのはいいが、残りの欠片の探し方に頭を悩ませる。その時、机の端っこに置いてあった転化帳が鳴った。
「邪羅鬼が出たの!?」
リシェールはそう感づくと、転化帳を手に取り開いた。画面に映ったのは……灰色の地肌に三角の角と黒い甲羅を持つ亀型の五聖神、玄武であった。
『すまんがリシェール。今直ぐ漆黒殿に来てくれないか。すぐ終わる用だから』
玄武は渋い声を出しながらリシェールに伝える。リシェールは何故かという風に首をかしげたが、玄武の言う通りにしてクローゼットから〈移転の衣〉を出し、普段着のスウェットとシャツとズボンを脱いで、黒いシースルー素材を使った〈移転の衣〉に着替えた。リシェールが〈移転の衣〉に着替えると、窓から情報収集に行っていた玄武の使い蛇、クァンガイが帰ってきた。
「おい、リシェール。どうして〈移転の衣〉なんか着て……」
クァンガイが訊ねてきたが、リシェールは泡に包まれて消えてしまった。リシェールに置いてけぼりにされたクァンガイはそのまま立ちつくしていた。
「おーい、俺を忘れんなよー……」
黒光りの柱と壁と床、天井は水槽になって水中の様子がわかる五聖神、玄武のいる漆黒殿。玄武のその広間の中心に巨大な黒い亀、玄武がいた。玄武の近くには〈移転の衣〉姿のリシェール。
「リシェール、よく来てくれた。実はな、転化帳で話したら邪羅鬼がどこで聞いているかわからぬため盗み聞きされたら困るから、こうやって呼び出したんじゃ」
玄武はリシェールに呼び出した理由を話す。
「転化帳を差し出してもらおうか」
玄武に言われたので、リシェールは転化帳を出して玄武は自分の首をひねって背中の甲羅の一ヶ所をはがし、それをリシェールの転化帳に置いた。すると、転化帳は薄墨色の光に包まれ、リシェールの手元に転化帳が現れた。
「転化帳に新しい機能を付け加えておいた。開いてみろ」
リシェールが転化帳を開いてみると、パネルの数が増えていた。今までは邪羅鬼レーダー・通信・転化・計算・メモ・国語辞典だったのが、地図を表すパネルと〈・→☆〉のパネルがついている。
「藍静玉を探せるように、と瞬間移動機能と地図機能を入れておいた。藍静玉の欠片を当てにして、自分の町以外にあると思われる欠片を見つけられる筈だ。
これで気兼ねなく探せるだろう」
リシェールは転化帳の新しい機能に感激し、玄武に礼を言う。
「あ、ありがとう玄武!! もし遠くにあったらどうしよう、と思ってたんだ」
「〈移転の衣〉は自宅と漆黒殿の行き来しかできないが、改良した転化帳はどこでも行けるからな」
「どこでも……?」
リシェールは転化帳の移動機能の良さをあることに思いついた。
「この転化帳さえあれば、学校に遅れそうになっても、観光名所にも行ける、ってこともできるんでしょ!?」
リシェールは転化帳の移動機能は邪羅鬼や藍静玉探しだけでなく、普段にも使えるという便利さに歓喜する。
「だがな、あんまり聖神闘者でない者に知られたら、邪羅鬼に嗅ぎつかれて壊されるぞ」
玄武はリシェールに厳しく注意した。
「はーい……」
「壊される」と言われて、リシェールはショボンとなる。
クァンガイがリシェールの部屋で待っていると、漆黒殿から帰ってきたリシェールが現れた。
「リシェール、何があったんだよ!? 〈移転の衣〉を着た、ってことは玄武様の所へ行ったんだよな!?」
クァンガイがおそるおそる訊ねてくると、リシェールは「ふっふっふっ」と笑ってクァンガイにさっきの出来事を話した。
「プレゼオのどこかにあるという藍静玉の欠片をタダで行ける方法、ってか転化帳に入れてもらったのでーす! これなら時間も日にちも気にせずに行けるしねっ」
「おおーっ! それは良かったな!!」
「……じゃ早速、藍静玉の欠片を使って、ありそうな方角探ってみますかー」
リシェールは掌に欠片を乗せて、部屋の方角を変えながらうろうろする。すると北東の方に藍静玉を向けると藍静玉は濃く輝きだしたのだ。
「どうやら、ここから何百キロもある北東の先に欠片があるようだな。地図で探してみるか」
二人は地図帳を開いて、ペルヴェドのリシェールの家から北東にある地域を調べた。
「北東、っていうとリベルスキー州辺りだな。行ってみるか?」
リシェールはこくん、とうなずいた。
「あっ、でも学校もあるし、帰るのが遅くなったら、ママたちが心配するか……」
「なら、土曜日の午後や日曜日にすればいいだろ。その日しか余裕ないし」
「うん」
藍静玉の欠片探しは土曜日の午後と日曜日にすると決めた時、一階から母親の呼ぶ声がしてきた。
「リシェール、買い物行ってきてちょーだい」
「あっ、今行く……」
と、リシェールは自分が〈移転の衣〉のままと気づいて、慌てて普段着に素早く着替えた。
2
土曜日の午後、リシェールは昼ごはんを急ぐように食べ終えると、両親と姉にこう言った。
「ごちそうさまっ! ママ、パパ、お姉ちゃん。あたしこれから時間かけて宿題と復習をやるから入ってこないでよ!」
リシェールのいつもとは違う態度を見て、両親も姉も「あ、ああ……」とうなずく。
リシェールは台所を飛び出して、玄関からこっそりブーツを持ち出し、自分の部屋へ入って外のドアノブに「勉強中」の札を下げて、ドアを閉めた。
リシェールはブーツをはき、白いダウンジャケットを着、イヤーマフとマフラーと手袋を装備し、ダウンジャケットのポケットにチョコバーやクッキーなどのお菓子を詰め込んだ。
「準備はできたか?」
クァンガイが訊ねると、リシェールはクァンガイを肩に乗せ、転化帳の地図パネルを叩き、藍静玉の欠片があるリベルスキー州のゼレンミーシュカという地域を着地点にして、ワープパネルを叩いた。
リシェールとクァンガイは薄墨色の光の玉に包まれ、可愛らしい子供部屋から消えていった。
リシェールとクァンガイは吹雪の中の白い大地の中にいた。
「ちょっ、何これ!? 何も見えないよ!!」
リシェールはやってきた地が雪まみれなのを見て驚く。
「どーやら、ここは森の中らしいな。見ろ、あの高い木はモミやスギといった針葉樹が生えている」
クァンガイがリシェールに説明する。そういえば白の中に濃緑の葉が見える。幸で覆われているが、森だということがまずわかった。針葉樹の他には濃灰色の岩壁がある。小さな岩山だ。
「本当にここに藍静玉があるの?」
リシェールはぶつくさ言いながら、服のポケットから藍静玉を取り出した。すると藍静玉が明るい水色から浅葱色に濃く変化したのだ。
「何でこんなに光って……。本当にあるんだ! でも、どこに?」
リシェールは藍静玉を持ったまま、角度を変え、岩場の方へ向けると藍静玉の輝きが濃くなった。
「まさか……この岩山を登る、ってことはないよね……?」
リシェールはどう見ても険しそうな岩山を見て呟いた。試しに藍静玉を上に掲げると、光は薄れ、平地に戻すと輝きが増した。
「何だ、登らなくていいのか……」
リシェールは安堵する。それから岩壁に沿って歩いていると、大きな穴を見つけた。洞窟である。
「ここにある、っていうのかよ……」
「熊とかいないよね? ねっ?」
リシェールが不安になる。クァンガイはリシェールの肩から下りて熊とか狼とかの野獣がいないか確かめる。クァンガイは五聖神の使いだが普通の蛇と同様に舌で匂いを探知することができる。
「リシェール、ここに野獣はいない。入るぞ」
クァンガイの調べでリシェールはほっとする。リシェールとクァンガイは洞窟の中に入り、藍静玉の光を頼りに欠片を探した。洞窟の中はそんなに暗くなく、銀灰色の鋭角や凹凸の岩で包まれていた。その中に滑らかな表面の水たまりを見つけた。リシェールが覗いていると、小さな魚が泳いでいた。
「かわいい……」
体は白っぽくて大きさはリシェールの掌と同じでスイスイ泳いでいた。
「ここが海の中だった頃、洞窟の中にすむ魚が残って独自の進化を遂げたんだろう」
クァンガイは洞窟の魚を見て説明する。すると、洞窟の他の水たまりに水色に輝く光が見えた。リシェールの藍静玉も浅葱色に輝く。
「藍静玉が……。ああ、そうか。ここにあるんだ」
リシェールは立ち上がって藍静玉の欠片が眠る水たまりに向かっていった。そこへ向かおうとした時、リシェールの方へいくつかの太い針が飛んできた。
「リシェール、危ない!!」
クァンガイの呼びかけでリシェールは静止し、リシェールの顔と体をかすめて岩壁に突き刺さった。針は楔のように太く、鉄紺色をしており岩壁に亀裂を走らせていた。
「これって、もしかして……」
リシェールが呟くと、いたのだ。邪羅鬼が。邪羅鬼は全身鉄紺のトゲに包まれた姿で、頭部のわずかな隙間に金色の眼がつぶらに光っていた。ガンガゼウニの邪羅鬼である。リシェールは転化帳を出し、渦に包まれて黒い衣と玄武の尾と角を持つ姿に転化した。
「気をつけろ、毒を持っているかもしれないぞ」
「うん!」
クァンガイの注意を聞きながら、リシェールは腰に下げていた三節棍を出して棍棒にする。
「藍静玉は我のものだ!」
ガンガゼ邪羅鬼はリシェールに自身の全身のトゲを向けてきた。リシェールにとげが向かってくると、リシェールは三節棍棒を回転させて邪羅鬼の攻撃を弾いたのだ。リシェールが弾いたウニトゲは地にバラバラと落ちる。邪羅鬼はトゲを放った体から新しいトゲを出し、リシェールに向けてきた。だがリシェールは棍棒を三節棍にして三角形に振りまわし、邪羅鬼にはね返してトゲは邪羅鬼に向かってきて、邪羅鬼の手足や胴体に突き刺さり岩壁に張り付けられた状態になった。
「ううう……」
邪羅鬼のトゲには毒はあったが自分の毒で死ぬことはない。しかし、身動きがとれないため、リシェールは両手に水行の聖力を込めて玄武乱舞を放った。
水の玄武が邪羅鬼を呑み込み、泡となって消滅した。
「フゥ、危なかった……」
リシェールは邪羅鬼のトゲを見て、藍静玉の眠り水たまりに足を向けた。水たまりは足首ほどの深さでリシェールが手を伸ばせば欠片は取れた。
二つ目の欠片はリシェールの持っている欠片に反応して、二つの欠片は互いに寄せ合って一つになったのだ。しずくの丸みの部分である。
「これで二つ目が手に入ったな」
「うん、また明日探しに行くよ」
リシェールがそう言うと、クァンガイが言った。
「いや、二日連続で欠片を探しに行くと、月曜日に疲れが出て、学校や家に支障ができるぞ。攻めて来週にしておけ」
クァンガイがリシェールに厳しいながらも正しく指導した。
「……わかったよ」
リシェールは返答すると、転化帳のワープパネルを叩いて、ペルヴェドの自宅にワープしていたのだった。
二つ目の欠片を取りに行った次の日、リシェールはいつもより長く寝て、午後は親友のヴァジーラの家へ遊びに行った。トランプやボードゲームで昨日の辛さを忘れて、月曜日から金曜日は学校でいつもの授業やクラブを受けて、一月三回目の土曜日に三つ目の欠片があるプレゼオの西北メルチェク州のヴォーべッターという場所にやってきた。
ヴォーべッターはプレゼオの西北隣の国レーゲンとの境目で、スギなどの針葉樹に囲まれた村と寒地にしかない咲かない花で知られる地域で、リシェールはそこの林道に到着したところ、そこにいたクズリの邪羅鬼と遭遇して戦っていた。クズリ邪羅鬼は毛むくじゃらの体に手足が大きくて耳と金に輝く目は小さく、柔らかな雪の上に長くいても大丈夫な力を持っていた。リシェールは雪まみれの地を踏むたび、寒さに凍えて邪羅鬼のタフさに苦戦していた。闘者の衣は絹や更紗のような素材に見えるが意外に鋼鉄のような丈夫さと寒暑防備を持っていた。しかし長く戦っていると、体力の消耗で寒い。雪もしんしんと降り、リシェールの足跡もすぐに埋めてしまう。
邪羅鬼が突進して両手の爪でリシェールを裂こうとした時、リシェールは一か八かの賭けでジャンプし、近くのカシの木の枝につかまって逆上がりで邪羅鬼に回転蹴りを浴びせて、後方に蹴飛ばされた邪羅鬼は後ろの大木に衝突して、ぶつかった時の震動で落ちてきた雪に埋もれて身動きできなくなった。
リシェールはその隙に玄武嵐舞を出してクズリ邪羅鬼を倒した。クズリ邪羅鬼は鉄粉となって消滅した。
「危なかった……。校外学習やペットセメタリーの時もそうだったけど、魚介類以外の邪羅鬼、って他にもいたんだね」
「ああ、この邪羅鬼はリシェールには有利な金行の邪羅鬼だったから何とか勝てたけどな」
クァンガイが鉄粉を見て呟く。その後のリシェールは藍静玉の玉を当てに欠片を探し、冬眠中のテントウ虫がいる木の根元を探って、木の根に埋まっている藍静玉を見つけた。これで三つ目。
*
それからしてまた一週間後、リシェールはペルヴェドの東にあるレイミット州のハインシュルツに来ていた。ハインシュルツは西南隣のリッツェンと境になっている町で、以前行ったゼレンミーシュカやヴォーべッターと違って平地の場所で、白い石畳の道と白い柱と壁に茶色の屋根の建物が多く、春になれば彩りの花が咲くことで有名な観光地であった。今は冬のため、町人は家にこもっていることが多く、リシェールはハインシュルツの総合公園で邪羅鬼と戦っていた。
邪羅鬼は黄色の触角と複眼と通常の眼、背に水浅葱色の丸みを帯びた四枚翅を持つ果樹に寄生するハゴロモ虫の女の邪羅鬼で水行の力を持つリシェールには不利な木行の邪羅鬼であった。
リシェールは空中から攻撃する邪羅鬼のエネルギー弾から逃げまくっていた。邪羅鬼の青緑のエネルギー弾に当たった地面がえぐれており、上空から見ると白雪で染まった草地に黒い斑ができたよう。
「ああっ、もう! 藍静玉は近くにあるのに」
リシェールが悔しがって、足を強く踏みつける。
「こんな季節は土行や木行の邪羅鬼の方が強いんだよ。簡単に金属や炎は……」
クァンガイもリシェールの肩に乗ったまま呟く。
「火なんてそんなに手に入るもんじゃ……」
リシェールがまごついていると、公園の遊歩道脇に立っている黒い外灯を目にした。その時、リシェールの中に案が浮いてきた。
リシェールは方向転換をし、公園の中にアレがあることに察して走り出したのだ。
「怖じ気ついて逃げたか!?」
女邪羅鬼はリシェールの様子を見て、後を追いかけた。リシェールは公園内の小屋型の発電機所に近づき、邪羅鬼に挑発する。
「おーい、邪羅鬼さん。わたしをやっつけるんなら、近くにおいでよ」
人間の小娘にバカにされた邪羅鬼はリシェールの方へと突進し、リシェールは三節棍を出して発電小屋の戸を壊して蹴破って中に入った。邪羅鬼も中に入り、リシェールと同じ大きさがある発電機のある内部を探しまわる。
「どこに行った?」
邪羅鬼が発電小屋を探っていると、隣の管理事務所に隠れていたリシェールがドアの隙間から三節棍を銃にした先端を向け、激流弾を邪羅鬼の方へ向けた。しかし激流弾は邪羅鬼の真上の暖房のパイプと後ろの発電機に孔を空けた。
「なっ、何だ?」
邪羅鬼がパイプと発電機の壊れた音に気づいて振り向くと、邪羅鬼の衣と翅に静電気が発して、ドォンと引火したのだった。リシェールのいる管理事務所にも爆風が起きてドアと椅子を吹き飛ばしたが、リシェールは机をバリケードして助かった。リシェールは起き上がると、白い爆風の中で身体が焦げて身動きのできない邪羅鬼に玄武嵐舞を浴びせた。ハゴロモ虫邪羅鬼は枯れ葉になって消滅した。
「やばかったな、ていうかよくこんなことできたな、リシェール」
クァンガイはリシェールの作戦にドン引きしながらもほめてやる。
「うん。理科の授業の内容が邪羅鬼との戦いに役に立ったよ……」
リシェールはクァンガイに思いついた訳を話した。リシェールたちは町民に気づかれぬよう、発電小屋を抜け出して総合公園の中にある青銅の騎士の槍を持っている手の中にある、四つ目の藍静玉を引き抜いたのであった。
「クァンガイ……これで四つだよ」
リシェールはこの日手に入れた藍静玉と今まで集めた三つの欠片と結合した藍静玉を見つめた。形はしずくの三角形が欠けている状態であった。
「ああ、あと一つで手に入るな」
*
転化帳のワープ機能でハインシュルツからペルヴェドの家の自宅に戻ったリシェールは転化を解き、暖房の電源を入れて冷えた体を温めた。
「ふう、苦労長かったなー……。あと一つで伝説五玉が元通りになるとは」
リシェールは手をこすりながら藍静玉集めの日々を思い出す。もちろん、日曜日には休んで平日には学校にも通って授業もクラブも受けていた。
「最後の一つ、どこかなー……」
リシェールが藍静玉を机上に置くと、藍静玉は水色のままだった。リシェールが手に持って部屋の中をうろつくと、南東の辺りに向けたら浅葱色に輝きを増したのだった。
「こっちの方!? てことは……」
リシェールは転化帳の中の地図を出してどこにあるのか調べてみると、ペルヴェド南東のエヴェック州の中央部に藍静玉が反応したのだった。
「え!? ここは……」
リシェールは沈黙した。
「プロシュタインだ。わたしが六歳まで住んでいた町……」
一月最後の土曜日、リシェールとクァンガイはプロシュタインにやって来た。屋根付きの低層ビルと緑の小山の対比が美しい地方都市で、空は白い雲に覆われ、リシェールはその懐かしさに浸っていた。大理石とステンドグラスタイルの道、町広場の噴水、クラシカルな作りのベンチや外灯、どの低層ビルもレンガの壁に三角や五角形の屋根で隣り合っている。
山のふもとに造られた町なので、町の各区には小山がそのままの形で残されていた。
「なつかしーなー。お店の種類とかは変わっちゃったけど、建物や山は七年前と変わってないや」
リシェールはかつて住んでいた町の景色に目を見張る。町の人たちも見慣れぬ人ばかりだけど、リシェールはそんなことは気にせずに歩いていた。
「そうだ。あおこ、行ってみよう」
リシェールは足を止めて、思い出の一つの場所へ足を向けてみた。
その場所はビル街の近くの住宅街で生い茂る木々のある公園や広場と共有された住宅街であった。どの家も二階建てと庭付きで、木々の葉はないけれど枝につぼみや若芽が生えている。プレゼオの南部は十度が平均だが、雪が降ることは少なかった。
「ここだ……」
リシェールは一軒の家の前で足を止める。緋色の屋根に黒い木板の二階建ての家で、庭には垣根と黒イチゴの木があった。春には花、夏になれば甘酸っぱい実をつけるだろう。
「なつかしいな……。わたしが六歳まで住んでいた家。お姉ちゃんと一緒に木イチゴ食べてたな」
リシェールが思い出に浸っていると、ダウンの奥ポケットにいたクァンガイが顔を出してきた。
「今は他の人が住んでいるんだろ?」
「うん。六歳の時におばあちゃんが亡くなっちゃって、住んでた家を手放してペルヴェドに引っ越したから」
リシェールは祖母との思い出を語り、祖母と暮らしていた時のことを思い出す。祖母が亡くなったと同時に証券会社に勤めていた父の転勤がペルヴェドだったため、一家は引っ越しし、その後父は四年前に大学教授の採用に合格し、ゴンペルツ大学と家の行き来をするようになった。
「思い出の家見られたから、藍静玉を探しに行こうか」
リシェールは笑ってそう言うと、藍静玉を懐から出して、濃く光るのを当てに探しに行った。
着いた先は町外れの浄水場だった。侵入者が入ってこられないように高い金網に囲まれ、コンクリート造りのプールに分けられた水場がいくつも並び、水色の作業服を着た職員が水質を点検していた。
「これじゃあ簡単に入れないなぁ」
金網の側の垣根から覗いているリシェールはどうやって入ったらいいものかと悩んでいたら――。ピピピ、ピピピと転化帳が激しく鳴った。
「えっ、じゃ、邪羅鬼!?」
リシェールがハッとして顔を上げると、水場の一つから水飛沫と共に白い殻に全身を覆われたロブスターの邪羅鬼が出てきたのだ。
「うっ、うわー!!」
浄水場の人たちは邪羅鬼を見て逃げ出し、リシェールは転化して、黒い衣の姿で跳躍して邪羅鬼の前に現れた。
「やめなさい、邪羅鬼!! 手出しはさせない!!」
「貴様が聖神闘者か。先に伝説五玉の反応を見つけたのは、この俺だ!」
「いいえ、藍静玉は絶対に渡さない!」
リシェールは腰に下げていた三節棍を出して棍棒にし、邪羅鬼に向かって叩きつけた。だが堅い殻に覆われているため、リシェールは堅さの衝撃で全身に痛感した。
「かったぁ~!!」
「当たり前だ! 甲殻類なんだから!」
クァンガイが怒る。その時邪羅鬼が体の表面の殻から白い刃をいくつも飛ばしてきた。リシェールは危機を察して水の壁、水流鏡を出してきて出してきて敵の攻撃を防いだ。外した刃のつぶてはリシェールの後ろにあるフェンスや垣根や木々を斬り裂いて、地に落ちた。
「あ、あんなのに当たったら体切れてるよ……」
リシェールは邪羅鬼の攻撃の効果を見て、ぞっとする。だが邪羅鬼は容赦なくまた体の表面の殻を刃にして飛ばしてきた。今度はさっきの倍である。リシェールは邪羅鬼の攻撃に押され、右腕と左脚に邪羅鬼の攻撃が当たった。
「あああっ」
水流鏡が弾け散り、リシェールは金網にぶつかり、地べたに倒れる。右二の腕と左の太腿から血がだらりと流れて地面のコンクリートに染まる。
「リシェール、大丈夫か!?」
「うう……」
リシェールは傷ついた体を起こそうとするが、傷が疼いて上手く起き上がれない。
邪羅鬼がリシェールが動けないのを確認すると、浄水場の貯水池の一つに入っていった。リシェールの懐奥に入れておいた藍静玉が浅葱色に輝いた。
「だっ、だめぇぇぇっ!!」
リシェールは叫んだが、もう遅かった。邪羅鬼が入った貯水池から水柱が出てきて、周りの貯水池が水圧で壊れ、激流が広がった。中央には藍静玉を入れ、体内に入れて新しい姿と大いなる力を得た邪羅鬼がひざまづいた姿で現れたのである。
先程の姿とうって変わって、肩や腰や脚は鋭角になり、目も二つから四つになり、両ひじにはハサミのようなパーツ、見るからに恐ろしい姿の超邪羅鬼と化したのだ。
「そんなっ……」
リシェールは激流で髪も衣も濡れ、更に流血が衣に染まって、座ったまま状態で邪羅鬼の変異を目にした。邪羅鬼の胸が水色に光っている。
「おおおお……! 伝説五玉の欠片一つで、こんなに変わるとは……力がみなぎるぞ!!」
その時、邪羅鬼の体に水の弾丸があったが、少し凹んだだけだった。リシェールが三節棍を銃にして激流弾を放ったのだった。
「ふん、かゆくもないわ、こんな攻撃。今度はこっちから行くぞ」
不気味に冷たく言った超邪羅鬼は両掌から水色と紫紺の波動を出し、リシェールに向けて放ったのだった。
カッ、と大地と空が響き、浄水場が水色と紫紺の閃光で吹っ飛び、周りの森の木々や大地も削られたのだった。
「おお……。素晴らしいぞ、伝説五玉! 欠片だけでもこの俺に力を与えてくれるとは!!
俺は最強だ!! フハハハハッ」
瓦礫の中で高笑いし、自らを最強と豪語する超邪羅鬼は自分の力を見て喜んでいた。
リシェールは森の方へと吹き飛ばされ、気を失っており、鋼のように丈夫な闘者の衣も破れていた。
「リシェール、起きてくれよっ、リシェールゥ!!」
クァンガイがいくら叫んでもリシェールは目覚めなかった。




