表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
3/54

「総」の書・ケンドリオン=アーベル

 第3話は北大陸の大国・サンセリアに住む男子高校生のケンドリオン。母と妹弟が出て行ってから、ケンドリオンは父だけとの生活になった。が、それだけでなく邪羅鬼と戦う使命をと蒼龍から委ねられて日常が変わる。

こんな時に敵と戦うのは全くもっていい事ではない。空は白く、西からの風が吹き、霧雨の中でケンドリオン・アーベルはそう思っていた。

 ケンドリオンが今いるのはボート乗り場の桟橋の上だった。大池のボート乗り場には手こぎボートが十そう浮かび、そのうちの六割が一人ずつ棄てられたように乗せられていて動かない。

 対戦相手の邪羅鬼はSF映画に出てくる昆虫人のようで、イナゴのようだった。硬いモスグリーンの皮膚がいっそう不気味さを増す。邪羅鬼の手にある石弓の引き金が引かれた時、ケンドリオンはあるかけに出た。

 ヒュインッ

 石弓の矢が一瞬飛んだかと思うと、ケンドリオンの姿はなかった。

「あれ?」

 邪羅鬼が疑問に思っていると、桟橋の下から一条の明るい青の光線が出て、邪羅鬼を貫き消滅させた。邪羅鬼が倒されると、そこから金色の光の玉が出てきて弾け散ってボートの上で倒れている人々の体に降り注いでいった。

 ケンドリオンは邪羅鬼が撃ってきた時、素早く桟橋の下に逃げ込みその支柱に掴まって下から武器の銃で邪羅鬼を撃ったのだ。

「何とか上手くいった……」

 ケンドリオンは桟橋の上に這い上がると、転化を解いた。青い衣から普段の水色のダンガリー素材のシャツとチノパンの姿になり、角も尾も消えてメガネをかけた金髪銀目の青年姿となった。左腕にはめられた青いビニールバンドと白い文字盤のアナログ腕時計を見て呟く。

「ずい分時間くったな。急がないと」

 ケンドリオンはボート乗り場を去り、隣町のドーンレイクタウンへと向かっていった。ボート乗り場の人々は起き上がって、気がついたら自分たちがどうしてボートの上にいるのかわからないいでたちだった。


 霧雨はいつの間にか止んで、薄灰色の隙間から太陽の光が差し込んできた。ドーンレイク。町の近くにその湖があることで名づけられた町。毎日夜明け時に湖水が白金に輝くため、“暁の湖”の名がついた。

 ドーンレイクタウンは所々にレンガあるいは木造の凝った造りの家が建てられ、人々は皆デニム素材のズボン、上は麻と木綿の服をまとい、学校が休みの日は子供たちも親の店や親の仕事の手伝いをしていた。

 九〇年前に町は湖の近くの荒れ地に建てられ、周りは緑の草原。ドーンレイクだけでなく、サンセリア内部の町は全て草原の中に造られている。

 ケンドリオンはスウェード製の編みあげブーツを鳴らしながら、待ち合わせのレストラン『フクロウ亭』の中に入っていった。『フクロウ亭』は白い板張りの壁と朱色の方形屋根の建物で、一階が食堂と厨房で、二階が店長一家の住居になっている。ケンドリオンの月一回の待ち合わせはほとんどはドーンレイクの入り口なのだが、今月はここだった。

 カランカランとドアの鈴が鳴って、「いらっしゃいませー」と女性店員の声がした。店内は白い丸椅子と丸テーブルが置かれ、井戸端会議をしている主婦、仕事を終えた農夫たち、それからケンドリオンと同世代の男女が喋り合いながら茶やパイを口にしている。

「ごめん、遅れて」

 ケンドリオンは店の奥に座っている少女と幼い少年に声をかけた。

「おっそーい」

 少女はケンドリオンを見ると、きつく言ってムスッとした表情をした。少女はウェーブのある長い亜麻色の髪、銀色の瞳、ピンクのギンガム柄のエプロンドレスという外見である。向かいの席に座っている幼い少年はケンドリオンと同じまっすぐな金髪に明るい茶色の眼、デニムのオーバーオールと緑のマドラスチェックのシャツの外見。

「お兄ちゃん、いつもは私たちより先に来ていたのに、どうして今月は二十分も遅れたの?」

 それを聞いてケンドリオンはチクリとしたが、本当のことを言っても信じてもらえないと思い、逆に開き直って言い返した。

「ぼ、僕だって失敗くらいするさ。何があろうかって、お前たちにはどうでもいいじゃないか」

「ホントかな~」

 男の子がさも疑わしそうな眼差しでケンドリオンを見た。

「じゃ、ここのメニューはお兄ちゃんのおごりにするのなら許してあげる」

「……わかった。遅刻してごめん」

 ケンドリオンは二脚空いている席の一つに座る。そして妹と弟にジャンボパフェをお詫びとしておごったのだった。

 ジャンボパフェが来るまでの間、ケンドリオンは妹と弟に今の生活状況を訊いた。

 ケンドリオンは二カ月半前までは妹ティファニーと弟エヴァンズと一緒にグラスフィールドで暮らしていた。

 ケンドリオンの父は外科医学者のバーリー・アーベルで、サンセリアで知られている学者のの一人だった。母はエイミーといって若い頃は音楽界で知られるピアニストをやっていた。エイミーはバーリー博士と結婚した時はピアニストの生活をやめたが、今から八ヶ月前に「ピアニストをやりたい」と言って父を困らせたという。別に父が嫌いになった訳でも家事と育児だけの余生が嫌になった訳ではない。母にとって生きがいだったピアノを捨て切れなかったからだという。

 ケンドリオン達兄弟は困ったが、六月の修了式と同時に両親は離婚し、妹と弟は母についていき、ケンドリオンは転校する気もなく、経済的理由もあって父の方に残った。母はピアニスト、エイミー・ポーリーンとして音楽界に復帰したのだった。

 そして三兄弟は月に一度こうやって面会している。

「そうか。新しい学校ではうまくやっているのか。転校することになっちゃったから、僕はそこんとこ気になっていたから」

「大丈夫よ、お兄ちゃん。先生は優しい人だし、新しい同級生もあたしのことを助けてくれるし」

「ああ、良かった。エヴァンズも新しい学校は大丈夫だよな?」

 エヴァンズはジュニアスクールに入学してからわずか一年で転校したため、まだ幼い弟が動揺していないかケンドリオンは不安だった。

「平気だよ。ぼく以外にも二年生から転入してきた子、他にいるから。それよりぼく、夏休みにプール三十メートル泳げるようになったんだよ」

「それは凄いな」

と、ここで店員の女性がジャンボパフェを持ってきた。普通のパフェの二.五倍はり、リンゴやメロンやバナナやオレンジなどのフルーツがごてごてに飾ってある。

「思ったより……凄いな」

 ケンドリオンはパフェを見て驚く。

「これ、三人で食べるんだよ」

 エヴァンズがパフェ用のスプーンを差しながら言った。そして兄弟三人でパフェを食べたのだった。

 夕方の四時になり、ケンドリオンは弟妹と別れて、ドーンレイクタウンを出ていった。

「お兄ちゃん、じゃあね」

「また会おうね」

 町の出入り口でティファニーとエヴァンズが見送ってくれた。ケンドリオンも弟妹に分かれの挨拶を告げた。

「次からは……ちゃんと間に合うようにするから」

 そしてグラスフィールド行きの白いバスに乗って、バスは夕暮れで赤く染まった空と終わりのわからない草原の中を走っていった。バスに乗っているのはケンドリオンの他、六人の乗客がいて、隣町に買い物に行っていた人や仕事帰りの人たちだった。

 ケンドリオンは一番後ろの席で、シャツの胸ポケットに入れていた電子手帳を取り出した。手帳は鮮やかな青で、青錫色の縁、蓋の上に枠と同じエンブレムがあり、竜の紋が刻まれていた。

(これは誰にも言えないからな……)

 ケンドリオンは初めて聖神闘者になったことを思い出していた。



 事の始まりは九月の下旬始め。ケンドリオンがハイスクールにいた時間である。ケンドリオンはグラスフィールドの北隣の町、オレンジバレーにあるハイスクールの生徒で、彼の住むグラスフィールドにはジュニアスクールとミドルスクールしかなく、ケンドリオンは毎日三十分かけてハイスクールに通学していた。

 オレンジバレーハイスクールは平原の中にある学校で、赤茶色のレンガとステンドグラスが飾られた校舎があり、自宅から高校に通うのに遠い生徒は学校の隣の敷地にある寮で生活していた。

 ケンドリオンはこの秋に高校三年生となった。生徒は皆、オールドブルーのブレザーと赤いネクタイ、マリンブルーのスラックスと女子はプリーツスカートの制服を着ている。九月の下旬はまだ暑さが残っているため、男子も女子も白い半そでのシャツを着ていた。

 掃除の時間、ケンドリオンは裏庭の掃除をしていた。裏庭はプラタナスの木や楓や桜の葉が赤や黄色に染まりかけている。女子はチリ取りを押さえ、男子が箒で枯葉などのごみを掃いていた。

「それじゃあ男子、ゴミ捨てに行ってくれない。あたし達は箒を片づけに行くから」

「はーい」

 ケンドリオンと友人のジェイミー・ハーマンは女子に言われてチリ取りの中身を紙製のゴミ袋に詰め込んだ。ジェイミーはミドルスクールからの親友で、成績優秀なケンドリオンと違って成績は普通であったが、気配りのきく少年でいい人なのには間違いないがどこか頼りない。

「ケンドリオン」

 ジェイミーがごみを袋に詰めているケンドリオンに声をかけた。ミドルスクール一年からの付き合いである親友が両親の離婚であまり元気がないのは、ジェイミーは知っていた。

「あのさ……、悩みがあったら言ってね。僕が聞いてあげるから」

 瑠璃色の瞳をケンドリオンの銀の双眸に向けてジェイミーは言った。親友の一言で、ケンドリオンは思わず手を止めた。初秋の日差しで、ケンドリオンの金髪とジェイミーの赤みがかった栗色の髪がてかる。

「何でそんなこと……」

 ケンドリオンが冷めた表情で問いかける。

「あの……僕はミドルスクールの時から、いっつも君に助けられていたから……次は僕がケンドリオンを助けてあげようと思って……。お節介かもしれないけど……」

 しどろもどろに言うと、ケンドリオンは「あ、ああ……」と返事しただけだった。

「じゃあ、ゴミ捨ては僕がやるから君はチリ取りを片づけてくれないかな」

「わ、わかった」

 そう言うとジェイミーは金属製の吊り下げ式のチリ取りを持って用具入れのある場所へと運んでいった。

「優しいんだけど、ちょっと臆病だからな……」

 ケンドリオンはジェイミーの背中を見て、息をつきながら苦笑いした。

 ヒュオオオオオ……

 突如、風が強くなった。木の枝が揺れ、新しい落ち葉が舞い、花壇のサルビアやリンドウの花が揺れる。

「何だ……!? 今日の天気じゃ、風は穏やかな筈なのに、どうして急に強くなって……」

 風はだんだんと強くなり、今でも吹き飛ばされそうな勢いだった。ギュオオオ……とつむじ風が起こり、つむじ風は竜巻となってケンドリオンを巻き込んで飛ばしていった。

「うわあああ……」

 吹き荒れる風の中、ケンドリオンはさらわれてしまい、そのまま失神してしまった。


「う……」

 気がつくと、ケンドリオンは広い空間の中にいた。学校の校庭と同じくらいの広さの部屋で、正十二角形の床と天井、天井は放射状のドームになっている。周りには十二本の支柱、何もかも全てが明るい青である。

 天空の青――天青石である。

「ここはどこなんだ……!? ジェイミーは、学校のみんなは……」

 ケンドリオンが驚いていると、正面の壁が開いて、そこからドラゴン――翼のある方の竜ではなく、細身の長い龍である。

 体の鱗はロイヤルブルー、たてがみと瞳は金色、二本の角は白く、大きな口はいかにもケンドリオンを一のみにしそうな感じである。

「う……わ……。何だよ、これは!? いつの間にテーマパークなんかに来て……」

 青い龍を見たケンドリオンは、たぶんどこかのテーマパークのアトラクションだと思ったのだ。しかし、龍は落ち着きのある壮年の男の声でケンドリオンに言った。

「これは夢でも遊園地でもない。本物だ」

「!!」

 ケンドリオンは龍が喋ったのを聞いて、冷静に考えた。

(夢でも遊園地でもない――!?)

「私はこの大陸を守る聖神、蒼龍(そうりゅう)だ。ケンドリオン・アーベル、お前は私が選んだ聖神闘者だ」

 ケンドリオンは蒼龍の言葉にあっけらかんとしたが、訊き返した。

「聖神、聖神闘者……!?」

(どうして僕なのか?)

 ケンドリオンの謎はこれであった。

 蒼龍はケンドリオンに次のような話をした。

 この地球には五つの大陸があって、五体の神が地球の均衡を保っている。

 しかし近年、戦争や犯罪の増加で平衡が崩れて、“陰”の力――即ち悪や破壊などといったエネルギーが大きくなって、その“負”から邪悪な生命体、邪羅鬼が生まれた。

 邪羅鬼は人間の魂を糧とし、全ての生命を滅して地球を闇で覆い尽くそうとしている。本来なら五聖神が倒さなくてはならないのだが、五聖神は一定の場所から長時間離れることができない。

 蒼龍はこの(てん)(しょう)殿(でん)から出られず、ここで東大陸の均衡を保てなければならない。蒼龍の司る“知”の意を持つ、それも最も強い人間ならば邪羅鬼を倒せることができるというのだが……。

「僕の持つ“知”の意なら、邪羅鬼を倒せるだって? 他にもいるはずだろう? 僕より賢い人なら。その人たちにやってもらえばいいじゃないか」

 ケンドリオンはさも蹴り飛ばすように言ったが、蒼龍は続ける。

「人間が“知恵”や“知識”や“知性”を持っている理由――お前は考えたことはあるか?」

「何でそれを……? 人間が“知識”や“知恵”を持っているのは生きるためだろう? 当り前じゃないか」

 ケンドリオンは少しえばって言った。

「生きるため、だけとは限らない。世の中には自分が覚えた知恵や学者から学んだ知識を世のため人のために使っている人間だっている。

 ケンドリオン、君の父は何をやっている?」

 蒼龍が訊いてくる。

「うんと……」

 ケンドリオンは父から聞いた話を心の奥から引き出した。

「僕の父さんは……外科医で人体再生学を学んで、戦争や地雷や病気、事故で手足を失くした人のために、新しい手足を与えるという課題をやり遂げようとしている……。

 父さんの弟、叔父さんが若い頃に事故で片足になって、ラグビー選手の夢を失って……」

 ケンドリオンは答えた。ケンドリオンの叔父、マーレイは十七歳の時に事故で右足を失い、選手生命を断たれた。当時十九歳だった父は、弟がまた両脚で歩けるようにさせてあげるために人体再生学を学び、外科医となったのだ。

「ケンドリオン、君は――。君はこの“知”で何のために使いたいと思っている?」

 蒼龍が訊いてきたので、ケンドリオンはつんけんしながら答えた。

「弁護士……」

 ケンドリオンは力なさそうに言ったあと、どうして弁護士なのかパシッと答えた。

「弁護士になって、僕のようないや、僕達兄弟のように離ればなれになってしまった人々の力になりたい。それが僕の知恵の使い方だ……」

 ケンドリオンが答えたのを訊いて、蒼龍は頷いた。

「やはりな。君こそ“知”の意が秀でている。君ならば、邪羅鬼を倒せるだろう」

 ケンドリオンは「はい」と答えた。それから蒼龍は続ける。

「本当に“知”の意が強い人間は、そう知恵を私利私欲のために使ったりせん。ケンドリオンのような者が、聖神闘者に相応しいのだ。これを授ける」

 蒼龍は右手から蒼い光の玉を出し、ケンドリオンの方へ飛ばした。ケンドリオンの両手におさまると、光は弾けて一つの道具になった。道具は掌ほどの青くて薄い長方形で電子手帳のように開閉式、枠とエンブレムがメタルブルーであり、エンブレムに龍の紋が入っている。

「この転化帳で邪羅鬼を見つけ、転化して闘えよ。頼んだぞ、ケンドリオン」

「あ……」

 するとまた風が吹き、旋風を起してケンドリオンは吹き飛ばされた。

「わああああ……」

 風が止んですとんと地に着くと、ここは学校の裏庭だった。校舎も花壇も庭木も全てそのままである。

「戻ってきたのか……。でも嘘みたい……」

 しかし事実だったのだ。なぜなら左手の中に転化帳がおさまっていたのだから。

「いけなっ」

 ケンドリオンは思い出して叫んだ。

「もうホームルームかもしれない! 教室に戻らなきゃ……」

 ケンドリオンは立ち上がり、転化帳をスラックスの右ポケットに入れて教室へと駆け出していった。



 ケンドリオンの家は、グラスフィールドタウンの東区にある大きな家だった。土地は二〇〇坪あり、勿忘草色の面棟屋根の二階建てで『草笛荘』という屋号がついていた。現在はこの広い家にケンドリオンと父の二人暮らしだけである。

 父は毎日一時間半かけてジュプトン市にある医療センターへ出勤している。都会で暮らした方が楽じゃないのか、とケンドリオンは思っていた。しかし父は便利だがスモッグや汚水が溢れている都会より、娯楽は少ないが木や草の多い田舎を選んだ。というのも、この草笛荘は曾祖父の代から受け継がれてきた家で、他人に渡したくなかったからである。

 父が帰ってくるのは夜の七時から七時半の間で、その間はケンドリオンは一人だった。料理や洗濯や掃除は父が近所の主婦を雇ってやってもらっていた。夏休みの間は父とケンドリオンが一緒になって家事をやっていたが。

 ケンドリオンは制服から普段着のネルシャツとジーンズに着替えて、宿題や予習復習をし、時折居間のテレビでニュースや情報番組を見ていた。その後は家政婦が作ってくれた夕食を冷蔵庫から出して電熱オーブンや電熱コンロで温めて食べていた。

 ケンドリオンにとって、母も弟妹も出ていった家は寂しいものだったが、地方の大学に進学して寮に入った時の予行練習として生活していた。

 ケンドリオンの部屋は二階の七畳半で出窓と普通の窓が設置されていて、壁の北側が本棚と一体化した机、南側がクローゼットとラワン素材のベッド、カーテンや寝具は全て黒いマドラスチェックで統一されており、本棚は辞書や図鑑、法学部大学の入試問題集や暇つぶし兼リフレッシュ用の推理小説や犯罪小説が入っている。フローリングの床は北側の半分がアイボリーのじゅうたんが敷かれている。

 ケンドリオンは机に座り、蒼龍から渡された転化帳を見ていた。蓋を開けてみると、画面と六つのパネルとタッチペンが入っている。

「凄いな。ここは変身するもので、邪羅鬼の反応はこれで示し、計算機やメモ帳もついているのか」

 操作は大体飲み込めた。しかし、いつでも邪羅鬼と戦えるようにとケンドリオンは必需品の一つに入れておいたのだ。

 それから数日後。九月の第三日曜日のことだった。ケンドリオンと父は、日曜日の朝九時までに教会に通い、その後一時間は神父の話を聞いたり賛美歌を歌ったり、聖書の文句を読んだりと、ケンドリオン達の主神クリシェールトファーをたたえていた。

 ケンドリオンや両親弟妹、その一族は一五〇年前に渡東(ととう)してきた北大陸の一国エリシェールナからやって来た移住民の子孫だった。一五〇年前のサンセリアは褐色の肌の先住民マアトリ族との宗教の価値観や領土争いの戦争がたびたび起こり、八〇年前に国政会議で北部を移居住区にし、南部を先住民居住区に分けたことで両民族は和解したのだった。

 教会はグラスフィールドの北中心にあり、白い壁と黒い屋根、鐘塔のあるこぢんまりとした建物だった。夏からは父と二人だけで通うことになったので、同じ協会生化の人や神父夫妻から「悩みがあったら訊いてあげるから」としょっちゅう言われていた。一家離散したことを気の毒に思ってくれるのはわかるが、親子にとってはお節介に見えるのだ。そのため父もケンドリオンも「結構です」と意地を張っていた。

 ケンドリオンと父は教会用の黒いモーニングを着て、いつものように教会へ行く道を歩いていた。教会は小高い丘の上にあり、隣は神父一家の住む家と墓地で、静まり返っているのだが……。いつもとは違う静けさだった。

 モーニングのポケットに入れていた転化帳がピピピ、ピピピッと音を立て始めた。

「な、何だ?」

 ケンドリオンは上着の内ポケットから転化帳を出して開いて画面を見た。画面には何と、教会の人々が倒れているのである。更には神父さんが怪物に襲われている様を見たのだ。その怪物は全身が暗紅色で体の所々に節があり体からはムカデの足のようにな棘があり、頭には触角、そして顔もムカデのような顔だった。そしてその怪物は神父の体に手を入れてずるりと体から金色の光の玉を抜き取ったのだ。そして口に入れた――。

(もしかして、邪羅鬼という奴か!?)

 そう思ったケンドリオンは先に行っていた父を追いかけた。

「父さん、待ってー!!」

 ケンドリオンが叫んだのと同時、父バーリーが振り向いた。父はケンドリオンと同じ髪をオールバックにし、眼鏡の奥は褐色の瞳が光り、鼻の下にひげを生やした背の高い男性である。

「どうしたんだ、ケンドリオン。お前がもたもたしている間に、私は先に行ってしまうところだったんだぞ。一体、何でもたもたしていたんだ?」

 ケンドリオンは父に遅れたことより、教会に行かない方がいいと告げた。

「ここから先は行かない方がいいよ、大変なことになっているから……」

「大変なことって!?」

 父が訊ねてきた時、バーンという大きな音がして、そこから教会の扉を蹴破ったムカデの邪羅鬼が現れたのである。

「う、うわあああっ!!」

 父は驚いて腰を抜かし、ケンドリオンは初めて本物の邪羅鬼を見て目を見張った。

「これが邪羅鬼……!」

 邪羅鬼は親子を見ると、二人に近づき舌なめずりをした。

「魂……よこせ」

 邪羅鬼の姿を見て父は逃げだそうとしたが慌てていたため、足を滑らせて塀に頭をぶつけて気絶した。

「と、父さん!!」

 気絶した父を見て、ケンドリオンは叫んだ。

「魂、もらうぞ」

 邪羅鬼が近づいてくる。ケンドリオンは父を庇って邪羅鬼に向かって叫んだ。

「人のために頑張っている父さんに手を出さないでくれっ!!」

 その時だった。転化帳が眩い青の光を発したのだ。邪羅鬼は後ずさりし、ケンドリオンは転化帳を取り出してタッチペンで「転化」のパネルに触れる。

聖神木転化(せいじんもくてんげ)!!」

 ケンドリオンが叫ぶと、木の葉旋風が起きだしてケンドリオンを包み込んだ。木の葉旋風が弾け散ると、転化したケンドリオンが姿を現した。

 頭部に二本の龍角、前髪の二房は蒼くなり、ボレロとロングベストの衣は蒼く金縁で縁どられ、灰色のズボン、両脚は紺色のブーツ、胸元に赤いスカーフ、腰に赤い帯が結ばれ、龍頭の銃が収められていた。そして腰に青い龍の尾。

「これが転化なのか……!?」

 ケンドリオンは姿の変わった自分自身を見て驚いた。



「お前が聖神闘者だったのか」

 邪羅鬼は転化したケンドリオンを見て言う。

「お前を……潰す!!」

 そう言うと邪羅鬼は腕から体の色と同じ棘付き鞭を出してきた。ケンドリオンは当たると感づいて右に転がるように避けた。バチンッという音がして、鞭の当たった地面がえぐられたように削られた。ケンドリオンはその攻撃を見て、身震いした。

(これに当たると、一たまりもないのか……)

 更に邪羅鬼は左腕にあらず、右腕からも鞭を出してきた。ケンドリオンは後方に下がり、鞭を避ける。鞭の当たった地面が×の字状にえぐれる。

(避けてばかりじゃダメだ。何とかしないと……)

 ケンドリオンは腰に手を当てて、銃の存在に気づいた。一丁取り出してみると、銃身が竜頭になっていて、蒼龍と同じ濃青の色をしている。

(ガンマンじゃないけど)

 逃げているよりましだと思っていた時、邪羅鬼の攻撃の気配に気づいたケンドリオンはとっさに振り向いて、銃の引き金を引いた。

 竜の口から仄青い光弾が飛び出し、邪羅鬼の鞭を飛ばした。

「ぎゃあっ」

 右腕の鞭を失った邪羅鬼は左手で右腕を押さえて苦しむ。腕から紫色の血が滴り落ちる。

「グウウウ……赦さん……」

 邪羅鬼は残った左腕の鞭を伸ばしてケンドリオンに襲いかかろうとしたが、ケンドリオンは銃を二丁持って、ドンドンと光弾を撃ち放った。しかも集中しているのは、邪羅鬼の両腕ばりである。

 このままでは両腕を失うと思った邪羅鬼は、光弾のはなっていない場所を見極めて、ケンドリオンの首をしとめようと突進してきた。

「うおおおお!!」

 常人よりも速いスピードで迫ってくる邪羅鬼。邪羅鬼の鞭が解き放れた時、ケンドリオンは銃を二丁とも(くう)に放り投げた。

「何!?」

 邪羅鬼がケンドリオンのとっさの行動を見て足を止めそうになった時、ケンドリオンは下段回し蹴りを邪羅鬼の脛に当てた。見事にクリーンヒットし、邪羅鬼はゴロゴロと転がり倒れた。

そしてケンドリオンは放り投げた銃をキャッチし、帯におさめた。

「思ったより僕のような優秀な頭脳はなかったな。むしろ凡人以下の考えだったんだな。邪羅鬼ってやつは」

 邪羅鬼が起き上がろうとしていると、ケンドリオンは両手に木行を溜めて、開いた両手を重ねる。

「荒みし邪気よ、草木(そうもく)の逞しさに浄化され、体は無へと還れ。蒼龍風剛(そうりゅうふうごう)!!」

 ケンドリオンの両手から竜巻が出て、風の蒼龍となって邪羅鬼を真っ二つにして消滅させた。そして邪羅鬼が消滅すると、金色の光の雨が降って教会に降り注いだのだった。

「やったのか……」

 ケンドリオンは邪羅鬼を倒したのを見て、呟いた。そして転化が解けて青い衣と角と尾のある姿から、黒いモーニングの姿になった。

 教会にいた人たちは次々と起き上がり、自分達の身に何が起きたのかわからないいでたちだった。

「父さん、父さん……」

 ケンドリオンは父を揺さぶり起こして声をかける。

「ケンドリオン……?」

「父さん、無事でよかった」

 ケンドリオンは笑って安心した。

「一体何が起きたのか、わからん……」

(あ、そうか。父さんは頭をぶつけた時に邪羅鬼の記憶が飛んで……)

 ケンドリオンはそう察知した。その時、父が神妙な顔をして怒鳴った。

「ケンドリオン、急がないと教会に遅刻するぞ! 早くせんか!」

「でも教会はそれどころじゃ……」

「早く行くぞ!」

 父に連れられて教会に入ると、もう他の人たちが長椅子から立って賛美歌を歌っていた。ケンドリオン親子が入って来たのを見て、人々と神父さんは二人に言った。

「アーベルさん、遅かったですな。もう十二分も遅刻ですよ」

 白髪頭に白ひげを生やした神父さんが言った。教会での祈りを終えると、ケンドリオンは神父さん達に自分たちが来るまで怖い目に遭っただろうと訊いてきたが……。

「何のことだね?」

 神父さんも他の人たちも邪羅鬼に襲われたことなんか知らない顔をしていた。

(何でなんだ……? 邪羅鬼に襲われたのを忘れて……)

 ケンドリオンは疑問に思っていたが、自宅に帰って転化帳から通信が入っているのに感じて開けてみると蒼龍からの通信が来たのだ。

(ああ、そうか。これは五聖神との通信機にもなっているんだった)

 ケンドリオンは邪羅鬼を倒したことと、邪羅鬼に魂を食われたが人々が元に戻って邪羅鬼のことを忘れていることを訊いた。

『それはお前が蒼龍風剛を放った時の聖力で、喰われた魂の恐怖を浄化したからだ』

 邪羅鬼に魂を食われた人々は元に戻った時、怖い思い出が日常にひびかないようにと消されているのだ。

『云わばインフルエンザにかかって、またならないように予防接種するようなものだ』

「あ、うん。その例えはわかる。けど、邪羅鬼との戦いは結構ヒヤヒヤしたんだ」

『でも初戦にしては上出来だったぞ。お前の知恵が戦いで役立ったのだから』

 蒼龍はケンドリオンの戦いを誉めてくれた。

 そして初めての戦いから七日後に、弟妹との面会日に邪羅鬼と戦った訳だが。ケンドリオンも学校とゆとりと邪羅鬼退治は怠ることはなかった。

 そんなケンドリオンにも愉しみがあって――。

 ケンドリオンは勉強に疲れた時に推理小説を読む他、学校で母から教わったピアノを弾いたリシェールるという優等生らしい趣の他、意外な趣味があった。



 ある本の発売日になると、ケンドリオンは町内の本屋に行って鉄道雑誌を買い込んでくる。

 ケンドリオンは大の鉄道好きで、列車のトレカや切り抜きをコレクションしていてた。そのファイルは机の足元の本棚に納めている。前に買った鉄道雑誌は古い順から順に捨てていくが、

気に入った列車の写真、駅の風景やその号の特集記事は必ず切り抜いてスクラップ帳に貼っていた。

 地方によって違う形や色の列車、内部、走る区間。それがケンドリオンにとっては推理小説よりも面白いのだ。

 弟妹や母には鉄道のどこかいいかわからなかったが、父は「男の子なんて乗り物好きでいいじゃないか」と言ってくれたのがケンドリオンにとって嬉しいことだった。しかし、グラスフィールドには私鉄しかなく、ましてやケンドリオンと合う鉄道好きもいなかった。

 だが、十月最初の水曜日、この日はケンドリオンとジェイミーはオレンジバレーの市立図書館で人物史のレポートを仕上げるために調べ物をしていた。学校の図書館では関連書籍はみんな借り出し中だった。ケンドリオンはサンセリアの両民共同を行った大統領リチャード・モーガンの活躍、ジェイミーはサンセリアの教育開拓者ジョハンセン・リモーのレポートである。館内は平日のためか人はあまり来ていない。来ているとしても、暇つぶしにきた老人や主婦が多い。

 ケンドリオンは館内のカウンター机に座り資料の引用を使いながら、レポートを書いていた。

レポートを書いている途中、ケンドリオンはあることに気がついた。

(そういえば、先月はビーリング社の月刊『トレイン』をまだ手に入れてなかったな。図書館にならあるかな。中身だけみて、本屋で探すかインターネットで買おう)

 そう思ったケンドリオンは決心すると、ジェイミーに声をかけた。

「ちょっと雑誌コーナーに行って気晴らししてくる」

 ジェイミーはレポートを書きながら「ん」と生返事をした。余程夢中でレポートを書いているのだ。

 図書館はクラシカルな平屋の洋館で、児童書・一般書・雑誌と新聞のコーナーに分かれている。ケンドリオン達高校生は一般コーナーを利用していた。

 雑誌と新聞のコーナーはその名の通り新聞と雑誌で埋め尽くされている。ただ一つ違うのは本棚の形で、一般書と児童書は斜めの正方形を重ね合わせた本棚に対し、雑誌は普通の正方形を重ねて透明窓を取り付けており、その窓に雑誌名のシールが貼られていた。ここは一般コーナーと違って、若い人や大学生の利用者が多い。新刊雑誌は新刊棚に収められており、「貸出禁止」の札がついていた。

 ケンドリオンは新刊棚にある『トレイン』を見つけて手を伸ばした時、隣からもう一本の腕が伸びてきたのだ。

「?」

 ケンドリオンが右に向くと、一人の少女が手を伸ばしていたのだ。『トレイン』の新号に。

女の子は薄青いデニムのジャンパースカートと白地に青と緑の格子模様のシャツ、深緑の双眸、

はちみつ色のセミロングで先っぽがカールしている髪型。

「……君、もしかしてこの雑誌を取ろうとしていた?」

 ケンドリオンが女の子に訊いてきた。女の子はケンドリオンの強い視線を見て、「え、あ、はい」としどろもどろに答えた。

「君、もしかして“鉄道マニア”?」

 そう言われて少女は赤面して黙りこくる。

「べ、別に莫迦にしたんじゃないよ。僕は君がこの雑誌を――……」

 ケンドリオンがそう言うと、少女は『トレイン』から手を離し、「どうぞ」と言った。

「何でこうなるかな」

 ケンドリオンは少女の行動を見て、口を一文字にした。

「わ、私はいいんです。せ、先輩に譲らなくちゃいけないと思って……」

「先輩?」

 ケンドリオンが少女が言ったのを訊き返した。

「もしかして君、オレンジバレーハイスクールの生徒?」

「そ、そうです。私は二年生ですけど、あなたの制服を見たら三年生だったので……」

 ケンドリオンは今着ている自分の制服を見た。オールドブルーのブレザーと赤いネクタイ。ただ一つ違うのはブレザーの襟に着いた学年バッジ。三年生は緑色と「Ⅲ」の正方形である。

「あなたが三年生で優秀者の中に入るアーベル先輩なんですね……」

 少女がそう言ったのを訊いて、ケンドリオンは一息ついた。ケンドリオンは確かに優秀者であるが、天才というより秀才の方でいつも校内定期試験は上から五番以内だった。

「うん。まあ」

「でも意外でしたね。アーベル先輩が鉄道好きだったなんて」

 少女が軽く笑うと、ケンドリオンは仏頂面になって訊いた。

「君は僕と同じ学校の生徒だってわかったけれど、二年何組の誰なんだ」

「あ、すいません」

 少女は我に帰って、ケンドリオンに謝った。

「二年C組のクリステル・ハンナです。成績は中の下でして、国語や数学より家庭課や音楽や美術の方が得意で、クラブは鉄道部です」

「鉄道部?」

 クリステルの所属クラブを聞いて、ケンドリオンは訊き返して叫んでしまった。「静にしろ」

と言うように、他の人たちから睨まれた。

「そんな部あったか? うちの学校に」

「はい。部員はほんの七人ですが、鉄道の研究をする部でして、月に一回地方列車に乗る企画がありまして……」

 ケンドリオンはそれを聞くと、心に迷いが出た。今まで様々な部に入ってみたが、先輩や部長と合わず二カ月で辞めてしまっていて、この一年間は無所属だった。だが、鉄道部なら上手くいきそうな気がした。

「あの、さ……。僕も入れるのかな、その……鉄道部に」

「はい。鉄道好きなら。条件はただそれだけですから」

 クリステルがそう言うと、ケンドリオンは決心した。

「明日、早速来てもいいか?」

「え、ええ……。どうぞ」

 ケンドリオンは『トレイン』の中身のことなんか忘れて。明日から鉄道部に邪いることに決めた。クラブに入れば、父が帰ってくるまでの時間が埋まるからだった。そしてジェイミーの

いる一般コーナーに戻り、うきうき気分でレポートを書いたのである。ジェイミーはそんなケンドリオンを見て、何でそんなに調子が良いのか訊こうと思ったが、必死になっているのを見て止めておいた。

 閉館三十分前の夕方四時半になると、二人は図書館を出て別れた。夕方の町は週色に染められている。ケンドリオンは小脇に教科書とノートとペン入れをブックバンドでまとめた荷物を

抱えて、家にひと走りして帰ろうとした。

 ケンドリオンの通学路は薄茶色のあぜ道と草むらとポプラや白樺やトウヒの木々が並んでいる。日が沈む以降は薄暗くてお化けが出そうだが、夕日が出ている時はそれほど怖くなかった。

幸いこの道はおいはぎや通り魔が出たことはなかった。

 走っている途中、制服の内ポケットに入れていた転化帳が鳴りだした。

「えっ!? また邪羅鬼!?」

 ケンドリオンは転化帳を取り出して開いて見ると、画面に映ったのはオレンジバレー図書館だった。

「邪羅鬼め、図書館の人目当てに現れたのか」

 そしてケンドリオンは転化して、姿を変えてオレンジバレーに引き返した。



 閉館十五分前のオレンジバレー図書館。館内の利用者や職員は皆、床に倒れていたり椅子や壁にもたれかかって魂を抜かれていた。そこに現れた邪羅鬼は白い蚕蛾を模した女性の邪羅鬼で、図書館にいる人間の魂を喰いつくそうとしていた。

「い……いや……」

 近づいてくる邪羅鬼を見て、クリステルは壁に張りつけられていた。邪羅鬼が口から吐き出した糸によって動きを封じられたのだ。

「お願い……。や、やめて……」

 蚕の邪羅鬼は青い目を光らせて命乞いをするクリステルを見てあざ笑う。そして白い毛がボワボワに生えた腕を伸ばし、クリステルの体から魂を引き抜こうとした。

「あ……ああ……あ……」

 クリステルは見ていたのだ。邪羅鬼が口から糸を出して捕らえた人の体に手を入れて、体から金色の光の玉――魂を引きずり出して食べるのを見たのを目に焼き付いて恐怖を味わった。邪羅鬼は舌なめずりしながらクリステルの体の中心に手を触れた。その時だった。

「グゲッ」

 邪羅鬼が突然膝まづいたのだ。右肩から紫色の血が滴り落ちる。

 クリステルが何だと思って真っ直ぐ見てみると、邪羅鬼にダメージを与えたのは、蒼い衣をまとい、両腕に竜頭の銃をおさめ、頭に二本の竜角、前髪だけ蒼く染めたブロンド、銀の瞳、そしてクールな顔つきの青年だった。

「こんな所で、暴れるなんてご法度だよ」

 ケンドリオンはそう言うと、もう一度引き金を引こうとする。

「おのれ……聖神闘者……」

 邪羅鬼はケンドリオンを睨みつけて、矛先を向けてきた。肩の傷は瞬時に塞がってゆく。邪羅鬼は両掌にある糸いぼから糸を噴き出してきて、ケンドリオンを縛ろうとした。しかし、ケンドリオンは銃から光弾をいくつも出してきて、糸を弾き飛ばす。べチャッ、べチャッと糸が床や壁に張り付いた。ケンドリオンも邪羅鬼も負けず劣らず攻撃をする。その時、ケンドリオンが後方に下がった時、滑って転んだ。

「あっ……!」

 ケンドリオンは邪羅鬼が垂らした糸の塊を踏みつけて前に転倒した。おまけに右手の銃が手から離れてしまい、左手に持っている銃が糸でくっついてしまった。

「しまった……」

 ケンドリオンが身動きできないままでいると、邪羅鬼が近づいてきた。邪羅鬼は右手には先の丸い短刀を持っている。

「これで終わり。聖神闘者」

 ケンドリオン絶体絶命の危機。

(これで終わりなのか……?)

 ケンドリオンはそう悟った。しかしケンドリオンにはまだやりたい・したいことが頭に浮かんできた。

(これから鉄道部に入って残りの高校生活を楽しみたかった。それから、法学部のある大学に進学して司法試験受けて弁護士になろうという目標がなくなる……。それに何より……また家族五人で暮らしたい……。ここで諦めたら……)

 何もかも全部終わり、そう思ったケンドリオンは一つの賭けに出た。両脚は動ける。だとすれば……。

「死ねぇっ、聖神闘者!!」

 邪羅鬼の刃がケンドリオンに近づく刹那、ケンドリオンは精一杯の力で左手の銃を後ろに投げて足で蹴り飛ばし、勢いよく銃が邪羅鬼の顔面に当たった。

「ぎゃあっ!!」

 聖神闘者は短刀を落とし、蹴り飛ばした獣は見事右手におさまり、ケンドリオンは銃弾の熱で粘着糸を剥がし取って起き上がった。

「これで終わりだ。荒みし邪気よ、草木の逞しさに浄化され、体は無へと還れ。蒼龍剛風!!」

 ケンドリオンが決め技を放つと、邪羅鬼は邪羅鬼はあとかたもなく消滅。そして図書館全体が金色の光に包まれ、邪羅鬼に魂を喰われた人々に魂が戻っていった。

 それから壁に張り付いたクリステルの体に着いた糸を光弾で溶かし、助けてあげた。

「助けてくれて、ありがとうございます……」

 クリステルは聖神闘者姿のケンドリオンに礼を言った。

「いいってことさ。もう僕は帰るよ」

 そう言ってケンドリオンが去ろうとした時、クリステルが訊いてきた。

「似ているんですね、私の知っている人に……。雰囲気とか印象とか……」

 それを聞いてケンドリオンは足を止めた。

「その人が伝えてくれって言っていた。『仲間に入れてくれてありがとう』と」

 そう言うとケンドリオンは両開きの扉を開けて、図書館を出ていった。

 だいぶして、図書館の人々が次々に起き上がり、何事もなかったように帰ったり職員は更衣室に行ったりしていた。気がつけばもう閉館の夕方五時になっていたのだ。そしてクリステル以外はみんな邪羅鬼のことなんて知らなかったのだ。

 クリステルも帰り道の住宅通りを歩きながら、今日の出来事がどこまで本当でどこから夢なのか少し混乱していた。邪羅鬼に魂を喰われることも浄化もされなかった唯一の人間であるが、

ただ一つ覚えているのは、ケンドリオンと邪羅鬼をやっつけてくれた人が似ていたことぐらいだった。

 さて、ケンドリオンは暗くなりかけた帰り道を走りながら家に向かっていった。

 何も変わらない日々が一度変わって、また変化していったのは、人生が上向きになりそうだと感じながら。

 濃青の空には、蒼龍が飛んでいるような一連の星々が煌めいていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ