「青」の書・第5話 緑幸玉
『五聖神』第29話。東大陸の五聖神・蒼龍から邪羅鬼を倒すための伝説五玉の一つ、緑幸玉を探し出して欲しいと頼まれたケンドリオン。彼は大学の下見で叔父一家の家に泊まりに行ったところ、邪羅鬼が現れて!?
ケンドリオンはオレンジバレーハイスクールの教室から窓の景色を眺めていた。校庭に植えられた楓や桜の木の葉はすっかりはげ落ち、薄灰の空から白い粉雪が降り、校庭の芝生やトラックをうっすら白く染めている。校庭の向こうの草原の町並みは何十年も変わらない様子を見せている。
教室の中では暖房が利いており、オールドブルーの制服を着た生徒たちが仲のいいグループに分かれてワイワイ話し合っている。
(あっという間に三週間か……)
ケンドリオンは席に座ったまま、この三週間を思い出す。
クリスマスの日、ケンドリオンの自宅に東大陸の五聖神、蒼龍から蒼龍のいる神殿に行くことのできる〈移転の衣〉が贈られ、それを着てみたら蒼龍のいる神殿に来て、蒼龍から善悪問わず持ち主の心次第で力を増幅させる宝珠、〈伝説五玉〉の一つ、緑幸玉を探しだしてほしいと頼まれた。
もし邪羅鬼が伝説五玉を手に入れたなら、世界は滅びと殺りくの世界なるだろう、と。
蒼龍から教えてもらった緑幸玉の特徴は、鮮やかな透明あるいは半透明緑、均等な形の正方形、自然光であれ電光であれ善き心の持ち主により輝きをまさせる、の三つだ。
(探したさ、調べてみたさ、この冬休み……)
ケンドリオンは肘をついて渋い顔をする。
クリスマスの終業式から冬学期の始業式の間までの期間、ケンドリオンは緑幸玉の調査をしていた。
美術館、宝石店、富裕者の持ち物という具合に〈緑の石〉の行方を探したが、それは普通のエメラルドだったり、フローライトだったりする。
その間にクリスマスも年末大掃除も正月も始業式も過ぎていった。
そして今日は週に一度の進路の授業でもあった。
ケンドリオンの就きたい職業は弁護士だ。それも詐欺や労災などの被害を受けている物たちの弁護だ。決して悪者の弁護はしない。
「ケンドリオン・アーベル」
教室とは違い、物置並みの広さの進路指導室でケンドリオンは担任のベルナール・ニクソン先生と向かい合って自分の進路を語った。ニクソン先生は南大陸人の血を引く小柄で恰幅のよい四十代後半の先生で浅黒い肌と大きな黒い眼と白髪まじりの黒髪、カバみたいな顔で、黄色いシャツと灰色のスーツがさえている。
「法学部大学を志望、と。まぁ、お前の成績なら入学試験まかりとおるからいいとして……。
でもオレンジバレーはそういう大学ないから、大学寮暮らしか下宿しなくちゃいかんぞ?」
ニクソン先生はケンドリオンに忠告した。
「ええ。大学に入ったら入寮とか下宿考えてますから」
ケンドリオンは笑って返した。
……がその後、自宅で教の進路の授業のことを帰ってきた父に話すと、反対されてしまった。
「えっ……、諦めろ?」
夕食後のダイニングテーブルの上で、ケンドリオンはがく然とした。
「ああ。父さんの働いている医療センターでの給与が下がってしまったからな。学費はともかく、下宿の家賃や寮の資金は到底無理だ」
ケンドリオンの父、バーリー・アーベルは食後のコーヒーをすすりながら息子に言った。
「法学部大学ならジャックロンド中央大学でもいいだろう? うちから片道一時間だし……」
「ジャックロンド中央……!? あそこは……」
ケンドリオンは苦い顔をする。入学率は七十五%という大学で法学部の他、教育学部や文学部もある。だが学術のレベルは低く、大学卒業後の進路先は役場などの公務員や一般企業が多いため、弁護士になる可能性はおおいに難しいのだ。
ケンドリオンの落ち込む様子を見て、父親は助け船を出してくれた。
「なんなら俺の弟のとこに下宿して下宿先の大学へ行くか? 大学の下見で一、二泊すればいい」
「叔父さんとこ? 叔父さんの住んでいる町にあるのかなぁ……」
ケンドリオンは微妙に揺らいでしまう。
「夏休みとかの長期休みや土曜日の夜に帰って日曜日にまた戻ればいいだけのことだ。
よし、来週の週末に行ってこい。学校には大学の下見で休校すればいいだけのこと」
「……わかったよ」
ケンドリオンは父に促されて、叔父一家のいる町へ大学の下見をしに行くことになった。
叔父一家はケンドリオンの住むグラスフィールドの南下先にあるジャックロンド州最南東のウォルナットヒルズ市に在住している。グラスフィールドの列車で下り、地方都市駅で乗り換えて片道二時間。
ウォルナットヒルズの町は今期は雪と雨が入れ替わりに降るグラスフィールドと違い、冬は気温一〇度前後に対し、雪が降ることは少ない町だった。
町並みはプレハブとミラーガラスを使った建物が多く、アスファルトの道路と様々な街路樹、春夏になれば緑の多い小山という人工と自然のバランスがとれているという町であった。
ケンドリオンはガラス張りと灰色の石造りのウォルナットヒルズ駅を出て、そこの行き先によってバスの色が違うバスターミナルの四番線に乗って、叔父たちのいるウォルナットヒルズ住宅街へと向かった。バスターミナルも待ち合い室が雨露をしのげるガラス張りのベンチ付きで、ジュースやスナックの自販機も備えられていた。町を行きかう人々は白色人種、黒色人種、褐色人種、黄色人種、先住民系と様々で、駅構内の店舗勤めの店員、駅員、外来者、地元民がいり混ざっている。
十三時頃にケンドリオンはウォルナットヒルズ住宅街に着き、白い木板の柵に赤茶の屋根と黄色い壁の叔父の家にやってきた。ウォルナットヒルズの住宅街はどの家も芝生の庭とに和木があり、のどかな雰囲気である。
「は~、やっと着いた。叔母さん、今日は夜勤っていうから、家に居るんだよな……」
ケンドリオンは紺のニット帽と青いダウンジャケット、背には教科書類と筆記用具と着替え入りのデイパックを背負ってポーチのブザーを押した。
青い空に太陽と雲が浮かぶ寒いなか、家からどたどたという足音が聞こえてきて、板チョコ型の扉が開いて、ケンドリオンと同じ背丈に幅はケンドリオンの二倍はあるおばさんが出てきた。
「どなたぁ? って、あんたケンドリオン? よく来たねぇ!!」
おばさんはケンドリオンを見て甲高い声を上げる。顔はケンドリオンより範囲が広くて、白粉塗りの顔に赤い口紅、髪は内巻きの赤銅色で、目は藍色、服はLLサイズらしい黄色いワンピースである。
「あ、あはい。叔母さん、あの……顔と声、小さくしてください。あとそれと、お昼食べていないんで……」
ケンドリオンは近所の人が見ていないか辺りを見回し、叔母のアンジェリカ・アーベルに言った。
*
ケンドリオンは叔母が出してくれたランチを食べ終えると、叔父一家の家からそう遠くない大学の一つの下身へ出かけた。
叔父一家の住んでいる地域の近くの大学は五つ。工業大学と農業大学と歯科医大は除き、今日はレイモンド大学とシュミット大学の下見へ、そして日曜日にはグラスフィールドへ帰宅する。これがケンドリオンの予定であった。
叔父の家から自転車で三十分で行けるシュミット大学は四角い建物が学部ごとに設置されている大学で、番地五個分の敷地に建てられていた。
開校日でないもの、地元や他地域から来た大学生が科目ごとに登校したり、校内の東屋やベンチで課題を済ませている大学生を見かけた。
ケンドリオンはレイモンド大学の敷地を自転車でぐるっと回っただけにしておいた。見た雰囲気、設備も学科も良質であった。
その後は大学近くの通りや住宅街を抜けて、ウォルナットヒルズ住宅街へ戻ってきた。自転車を鉄骨の柱と屋根だけの車庫に戻し、叔母の家へ入る。
「叔母さん、ただいま帰りました」
ケンドリオンがあいさつをすると、ケンドリオンの胸のあたりの大きさの双子の少年少女が居間の扉から顔を出してきた。二人とも、灰緑の双眸に赤銅色の髪の毛である。男の子の方は短いウルフカットでのカールで青いデニムのオーバーオール、女の子は内巻きのセミロングで黒いベスト付きの黄色いワンピースを着ている。
「ケンドリオン?」
「ケンドリオン?」
女の子が言うと、男の子が少し遅れて言った。ケンドリオンは双子を見て少しびっくりするも返事する。
「や、やあ……。明後日までに泊まりにきたんだよ。大学の下見にさ……」
ケンドリオンは苦笑しながらも双子に理由を話した。その時、叔母が台所から顔を出してケンドリオンに言ってきた。
「ケンドリオン、あたしゃ、これから病院に行くからセレッサとレミオの相手してやってくれる? 夕飯は作ってあるから」
看護婦である叔母はケンドリオンに子供のセレッサとレミオの世話を頼むと、六人乗れる青いバンに乗って勤め先の病院へと出かけた。
双子のいとこ、セレッサとレミオは十一歳。ウォルナットヒルズミドルスクールに通う姉弟で、性別は違えど、卵型の顔に垂れ目と小鼻の顔は瓜二つである。
姉のセレッサは明るく活発で、弟のレミオはおっとりしていて動物が大好きで両親に犬か猫が欲しいといつもねだっていた。
役所勤めの叔父が帰ってくるまでの間、ケンドリオンは双子姉弟の相手をしてあげた。テレビゲームでケンドリオンが双子に十勝四敗し、トランプで六勝五敗した夕方の六時になると、バタンと玄関の扉の開閉する音がした。
双子はその音を聞くと、立ち上がって玄関に向かった。
「お帰りなさい、パパ」
双子は主に向かってあいさつする。ケンドリオンが散らばったトランプやゲーム機を片づけていると、家主が居間に入ってきた。
「お……叔父さん、お帰りなさい……。あと、父に言われてウォルナットヒルズ近くの大学の下見に……」
ケンドリオンは叔父にしどろもどろに言った。
「ああ、そうだったな。我が家だと思って遠慮するなよ」
渋く低い声を出しながら、叔父のヘンリー・アーベルは無愛想に言った。一八〇センチ代の体躯は筋肉質であるものの、右ひざから下がなく、右手で杖を突き、右脚のないスラックスが動くたびにぺらぺら動く。父と同じ金髪に灰緑の瞳はやぶにらみっぽく、熊のように金色のひげを生やしているヘンリーは若い頃、大学時代はラグビー部のエースでラグビーは謎のにも出場し、エミリオンズ州の大企業、ブリッドフォードスポーツの入社も決まったという実力の持ち主だった。
だが二十三歳の時、自動車事故で右脚を失い、ブリッドフォード社の就職も取り消しに。その後は公務員の事務職として働き、通院先の病院でアンジェリカ叔母さんと出会って結婚した。
ラグビー選手という生命を喪ったヘンリー叔父さんは絶望したものの、家庭という希望を得て今に至る。
叔父さんが帰って来た後は四人で叔母さんが用意してくれたポトフとパスタサラダを食し、叔父と談話した。台所は小ぢんまりとしているが、食器棚も戸棚も流しもコンロも清潔でその中心にダイニングテーブルと椅子が四脚ある。
「ケンドリオン、兄との暮らしはどうかね?」
晩食の席でヘンリー叔父さんがケンドリオンに訊ねてきた。
「え? ああ、はい。何とかやっています。休日は教会に行ったり一緒に掃除したり。平日は近所の人を雇ってヘルパーやってもらっています」
ケンドリオンは食べる手を止めて、叔父の質問に答える。双子はスパゲッティサラダのリンゴの取り合いをしている。
「そうか……。兄が離縁した時はホントにびっくりしたからなぁ。よく考えてみたらステファニーとエヴァンスは幼いからエイミーについていったのもわかるし」
叔父はケンドリオンの現在生活状況を知って納得する。
「あ、でも月一には妹と弟に会っていますんで。今年の正月には三人で遊園地に行きました」
ケンドリオンは叔父に最近の出来事を話した。だがエヴァンスが先月に家出してきたことやクラブ活動先の博物館のことは話さなかった。邪羅鬼にかかわっていたからである。自信が邪羅鬼を倒していて、そのせいで弟が巻き込まれたことには語るのは苦しかった。
その後は食後の皿洗いをし、風呂掃除をし、入浴で今日の疲れと汚れを洗った。入浴が終わると、叔父たちが用意してくれた部屋で眠った。客用の六畳間で、普通のベッドとソファベッドと壁に備え付けられた棚と机がある。ケンドリオンはベッドに入って、明日のシュミット大学への下見に備えて眠った。
シュミット大学は自転車でウォルナットヒルズから南下にある三十分の大学で、小山の近くにあった。ベージュの校舎がいくつも並ぶ敷地にポプラの木を柵代わりに植え、方形屋根の東屋がいくつもあり、隣の敷地には寮がある。ケンドリオンや他の大学進学希望の高校生たちは構内に入り、キャンパスを見学。
校舎も高校の教室よりも広い段々の机の席、黒板代わりの講義内容が映し出される巨大スクリーン、食堂も長方形の食卓が三十もある広いもので、二〇〇人は座れる。他にも科目ごとのゼミも、百科事典などの資料もある図書室。
設備も学部も申し分なく備わっているシュミット大学を見学して、ケンドリオンはこの大学を受験して合格したら叔父の家に下宿して充実な大学生活が送れ、弁護士になれるのもまかり通れる、と思った。
ケンドリオンはシュミット大学を充分に見学した所で、叔父の家に帰ろうとした時、他の人とぶつかってよろけて、懐に入れておいた携帯電話と転化帳が飛び出して地面に落ちた。
「あっ……」
ケンドリオンは落した携帯電話と転化帳を拾い上げて、蒼龍からの頼まれごとを思い出した。
(そーいや、新学期とか進路とかで伝説五玉を探す役目、ほうけていたな……)
ケンドリオンは転化帳を拾うと、ふと思った。高校三年生になってすぐ、世の悪、邪羅鬼と戦うことになって早四ヶ月。邪羅鬼との戦いはいつまで続く? 高校卒業まで? 大学卒業? それとも社会人や家庭持ちなってから?
(おっと、そんなネガティブなこと思っていたら、浪人しちまうよ。大丈夫だ、邪羅鬼との戦いは終わる。必ず)
ケンドリオンは立ち上がって、冬の青天を見上げた。澄みきった空と冷たくも清々しい空気。ケンドリオンは気配を感じて振り向いた。真後ろにはシュミット大学のシンボルである創始者エドマンド・シュミットの像が立っていた。
(何だ銅像か……。てっきり邪羅鬼かと思っていたが……)
邪羅鬼だったら転化帳が鳴る筈である。ケンドリオンは自身が察知した気配を気にしつつも、叔父たちの家へと帰っていった。
叔父の家に戻ると、ヘンリー叔父さんがダイニングチェアに座りながら、セレッサとレミオを手伝わせて、昼食の準備をしていた。
「台所からトマトとレタスを出して。卵を割って。ハムとタマネギは細かく切るんだ」
双子はエプロンをつけ、叔父に言われた通りにバタバタと台所を駆けまわっている。
「あっ、叔父さん。昼食は僕が作りますよ」
ケンドリオンは台所の様子を見て、叔父に言った。
「ケンドリオン、大丈夫だよ。いつも女房が昼勤めの時はこうだから」
「でも大変そうだから、手伝いますよ」
ケンドリオンは双子たちの手伝いをし、ハムオムレツとコンビネーションサラダを作った。昼食の席で叔父はケンドリオンに言った。
「どうだったね、シュミット大学の様子は」
ケンドリオンはオムレツをすくいながら返事をする。
「あ、はい。設備とか環境とか整っていて、シュミットに通えたらいいな、と思いまして。
あ、レイモンド大学でもそんなに悪くはなかったので……」
「君はともかく、兄さんはどうしてくれるもんかね……。
ああ、それはそうと午後はセレッサとレミオと遊びに行ってくれないか? 折角の所だが」
叔父はケンドリオンにお願いした。
「あ、はい。もちろんです」
3
ケンドリオンは双子のいとこを連れて、住宅街近くの総合公園へ出かけた。ウォルナットヒルズの総合公園は昨日と今日行った大学よりも広大な敷地にテニスコートやサッカー場、野球場があり、多くのスポーツマンや親子で来ている者、犬を連れて原っぱでフリスビーを投げているミドルティーンの少年を見かけた。他にもジャングルジムや滑り台やブランコなどの遊具、アスファルトの遊歩道ではスケートボードで走る青年が見られ、公園の道端や広場にはキササゲやカエデ、楡やポプラは葉がすっかり散って周りにはその枯れ葉が散らばっている。
ケンドリオンはセレッサとレミオと共にかけっこしたり、公園内の湖で楽しめるレンタルボードに乗って冬の湖で泳ぐアヒルやカモを眺め、公園内の白い屋台でポップコーンを買って楽しんだ。
「セレッサ、レミオ、もうすぐ日が暮れるから帰ろうか」
公園に立てられたアナログ時計を見て、ケンドリオンが双子に言った。
「はーい」
「はーい」
セレッサとレミオは返事をしてまだ青いけど日が西に傾いている空の下でケンドリオンと共にヘンリー叔父さんのいる家へと帰っていった。真ん中にケンドリオン、両脇にはセレッサとレミオが並列して。セレッサはケンドリオンにはわからない童謡を口ずさみ、レミオは屋台で買ったポップコーンの残りを食べている。真ん中に立っているケンドリオンは双子を見て、今は母と暮らしている弟と妹のことを思い出した。
(そういや、ステファニーとエヴァンスがもっと幼かった時は、三人でお祭り行ってたりしていたな……)
そう思いふけって公園から住宅街に入ると、懐に入れていた転化帳がピピピピ、と激しく鳴った。
「ちょ、すまない。二人とも、このままにして」
ケンドリオンは双子にそう言うと、後ろを振り向いて転化帳の画面を開く。画面にはシュミット大学の光景が入り、大学の講師や学生、見学に来ていた高校生たちが逃げ惑っていた。それはもちろん――邪羅鬼であった。細長い顔に金色の複眼、手足も細くて褐色の堅い皮膚に覆われた甲翅のあるマイマイカブリの邪羅鬼である。
(邪羅鬼――!! まさかウォルナットヒルズにも出てくるなんて!)
ケンドリオンは転化帳を閉じると、双子たちに言った。
「セレッサ、レミオ、悪いけど叔父さんに言っておいてくれるか? 『ケンドリオンは大事な用があったので遅くなる』って」
ケンドリオンは双子に顔を向けると、セレッサとレミオはきょとんとした。
「何で?」
「どして?」
訊ねてきた双子の質問にも答えず、ケンドリオンはシュミット大学のある方角へと駆け出していった。
シュミット大学の敷地内では、突如出現したマイマイカブリの邪羅鬼が大学内の学生や講師、見学に来た高校生を襲っていた。
「何だ貴様は!? そのマスクを外せ!」
邪羅鬼の出現を聞いてかけつけた黒い服の警備員たちが集まってきて、邪羅鬼に拳銃を撃ち放つ。パン、パンと弾けた音と同時に邪羅鬼の体に銃弾が撃ち込まれたが、一滴の血もたらさず、銃弾を押し出して弾が入った部分の孔が瞬時に塞がる。
「ばっ……化け物だー!!」
警備員たちは様子を見て叫び、すると邪羅鬼が腰に下げている袋を手に入れ、中からいくつか丸まった物を出してきて、警備員たちに投げつけた。それは警備員の体に付着すると、白い半透明状の粘液が警備員の体を包み込んだ。
「うわああー……」
全身を粘液に包まれた警備員は唸りを上げ、体が縮んでカタツムリになってしまった。一人、また一人と人間がカタツムリになっていく。
「ヒイイイイッ」
この光景を見ていた人々は一目散に大学の外へと逃げだしていった。邪羅鬼はカタツムリになった人たちを次々に長い突起のある口ひげ付きの口吻に放り込んで呑み込んだ。
「こいつらの魂は少し濁っているな。だが、この場所にアレがあると思って来てみたら、人間がたくさんいたとはなぁ……」
そう言って邪羅鬼は大学の敷地内を歩き回った。構内に植えられたプラタナスやポプラの茂み、百葉箱や消火栓をあさってみたが、人間の清き魂以外のブツを探した。そして、エドマンド・シュミットの像を見つけた。仁王立ちし、ロングのダブルスーツに口ひげのシュミット像は誰もかも見下しているように見える。
「そぉ~か、ここか」
邪羅鬼は右手が金槌となり、左手は太さ五センチもある鉄杭に変化させた。そして、左手の杭を強く銅像の礎の大理石に打ち付け、亀裂を走らせた。四方八方にピキッとヒビが入る。その後は右手のハンマーで杭を打ちながら、礎の石を削っていた。
邪羅鬼がガンゴンと石を削っていると、青い空気圧の光弾が撃ち放たれ、邪羅鬼の左手の杭を砕いたのであった。
「ぬうううっ、誰だ!?」
邪羅鬼が右手を節のある五指の手に戻し、傷ついた左手を押さえて、自分を撃った相手を見た。別学部同士をつなぐ二階の渡り廊下の屋根に青い龍頭の銃を構えた金髪に青い衣の青年が立っていたのだ。頭部には二本の龍角と腰には青い龍尾がついている。
「貴様、聖神闘者か!?」
邪羅鬼は青年――転化したケンドリオンを見て叫ぶ。
「こんな所に邪羅鬼がいたとはね……。だが、手っとり速く消えてもらうよ!!」
ケンドリオンは叫ぶか早いか飛び降りて、銃を腰に付け、両掌を重ね、木行の聖力を込めて邪羅鬼に撃ち放った。
「荒みし邪気よ、草木の逞しさに浄化され、体は無へと還れ。蒼龍剛風!!」
ケンドリオンの手から空気の塊で出来た青い龍が放たれ、邪羅鬼に突進してきて、マイマイカブリの邪羅鬼は呑みこまれて、木の葉となって消滅し、邪羅鬼によってカタツムリにされた人々は邪羅鬼がいなくなったことにより殻が砕けて、人間の姿になって横たわる。
「これで何とかなった」
ケンドリオンは華麗に着地し、礎がぼろぼろになったシュミット像を見る。
「あーあ、邪羅鬼ってば、こんなにして……。ん? 礎の中に……」
ケンドリオンは石の中に光るものを発見して手を伸ばす。取り出したのは、明るい緑色に煌めく透明な石だった。
「これは……」
緑の石を手に取ったケンドリオンは石の美しさに見とれ、その後ぼろぼろになった台の像を見て、騒がれたらまずいと思い、屋根を跳んで騒ぎになる前の現場を離れていった。
そして翌日、ケンドリオンはグラスフィールドへ向かう列車の客席に座っていた。交互座席が左右に何列も並ぶ車両の一角に一人で窓の景色を眺めながら、今後のことを考えていた。他の客席には出張帰りのビジネスマンやクラブ活動帰りの学校生、百貨店の買い物に行ってきた母子が座っていた。
夕べ、ケンドリオンは邪羅鬼を倒した後、聖神闘者の超パワーで屋根つたいに叔父の家に帰宅し、ウォルナットヒルズ住宅街近くのブナの木の上で転化を解いて戻ってきた。丁度六時半で周りはとっぷりと日が暮れて暗くなっていたものの、叔父や双子いとこたちに心配をかけさせてしまったが、要求をされずに済んだ(夕食後のテレビでシュミット大学の銅像が壊れたニュースが流れたが、ケンドリオンは内心悪く思いながら笑ってごまかした)。
だが一晩思った。聖神闘者をしながら叔父の居住区で下宿というのは、叔父たちとその周辺の住人たちにも被害が及ぶと感づいたのだ。
(父さんと暮らしている時の状態で邪羅鬼と戦うのはまだいい。父さんは毎晩遅いからいいけど、叔父さんは……)
ケンドリオンは聖神闘者になったことで、父親だけとの暮らしのありがたみを知った。
そして翌朝、今から数時間前、叔父の家を去る時、こう弁解した。
「叔父さん、叔母さん、僕、叔父さん地の下宿をやめようと思います。決して悪い意味じゃないので……。やっぱり自宅から通える範囲の大学にします……」
ケンドリオンはヘンリー叔父さんたちに申し訳なさそうに言った。
「そうか……。だけど、困ったらうちを頼ってもいいんだからな」
叔父さんはケンドリオンに思いながらも、優しく言ってくれた。
こうしてケンドリオンはグラスフィールドの自宅に帰還し、大学探しをすることになった。
ケンドリオンのシャツの胸ポケットには、シュミット大学の銅像に入っていたあかるい緑の石片が眩く輝いていた。
ケンドリオンの乗った緑の列車は、薄茶と緑が混じった平原を駆け灰色の空の下、北上していった。




