「黒」の書・第5話 藍静玉
『五聖神』第28話。北の五聖神・玄武から邪羅鬼を倒すための伝説五玉の一つ、藍静玉を探して欲しいとの頼まれたリシェール。その欠片の一つがリシェールの元友人が持っていた。
前回、投稿に失敗したので、2話連続で出します。
「うん、うん、わたしが知りたかったのはこれだけね。じゃあ」
リシェールは家電の受話器を切ると、階段を上がって自分の部屋に戻った。リシェールの部屋はパッチワーク柄のカーテンや寝具に包まれ、カラフルなクッションやぬいぐるみのある綺麗な五畳半でベッドの頭部隣りのヒーターから暖気が流れていた。
「ここもダメだったか」
リシェールは学習机に知り合いや友人の住所電話番号が書き込まれた手帳を投げ出して、学習机に身体を倒す。
十三歳の誕生日にリシェールの家に贈られてきた玄武から贈り物、〈移転の衣〉をもらって、五聖神・玄武のいる漆黒殿に行ってから二週間が経った。
そこでリシェールは玄武から善悪問わず持ち主に力を与える宝珠、〈伝説五玉〉の一つ、藍静玉を探しだすように言われた。
藍静玉の特徴は透明或いは半透明の水色でしずく型、自然光であれ電光であれ善人の心に反応して輝きをまさせるという。
リシェールは冬休みの間に藍静玉がありそうな博物館や宝石店、金持ちの友人に情報を求めたけれど、それは普通のアクアマリンやジルコンだったのが落ちだった。リシェールの通うペルヴェド市立基礎学校は一割半の生徒が富裕者の出身で、リシェールはその生徒の兄弟や知り合いである同級生やクラブ生に話を持ちかけて持っている宝石の情報を集めていた。
そうこうしている間にクリスマスも年末大掃除も新年会も過ぎていって、あと二日で冬学期の始業式になろうとしていた。
「そう簡単に見つかるもんじゃないなぁ」
リシェールは椅子の上で手足を伸ばす。外では雪がしんしんと降っており、雪が建物の屋根や葉がすっかり抜けた木々や外灯を白く染め、道端でははけられた雪が塊になって積もっていた。空も朝昼は白く、夕方は藍色になり、夜になると黒くなって地上の白と対比になる。
その時、窓を叩く音がしてリシェールは窓を上に開けて叩いてきた主を見る。
「クァンガイ」
五聖神の玄武に仕える執事蛇クァンガイはリシェールのお守り役でもある。窓からリシェールの私室に入ると、ベッドの上へとはっていく。
「そっちは情報つかめた?」
「いいや。鳥や犬や猫や兎に訊いてみたけれど、藍静玉を持っていそうな人間はいなかったな」
「そっかぁ……」
リシェールは窓を閉め、カーテンを閉ざす。
「それはそうとリシェール、冬休みの宿題やったか? 終わっていないなら俺が見てやるよ」
「うへ~い」
リシェールはけだるい返事をして、クァンガイの指導に従って冬休みの課題プリントをやった。
そして冬学期に入り、学校生たちは年明けの学校へと向かっていった。リシェールも久しぶりにみんなに会える嬉しさを持ちながら、カラシ色のダッフルコートとブーツとマフラーの装備で雪かきされた道を歩いていった。住宅街の家々の門前に雪かきされた雪で作った雪だるまが並んでいた。フロイチェク通りを出て、商店街のスラドフ通りに入る。
「リシェール、久しぶり!」
「ヴァジーラ!!」
赤茶のセミロングに灰色の目に長身の少女が同じ髪と目の幼い弟を連れてリシェールに呼びかける。
「リシェール。明けましておめでとー。新年レター、見たよっ!! ネズミの絵、かわいいよ」
「ヴァジーラのも良かったよ。ファイルに入れたから」
二人は年明けの再会を喜び合うと、ヴァジーラの弟ボルトも一緒に基礎学校へ。商店街スラドフ通りは「準備中」のプレートが掛けられ、店主たちは雪かきや店の準備、学校へ行く道でも、色々なコートや帽子を身に付けた生徒たちが三階建てクリーム色の学校へと集まっていた。
半月ぶりの学校では他の同級生も他のクラスの生徒も先生も変わっていなかった。……もちろん、超常現象研究会も。我らが超研部員たちは昇降口に集まって、冬学期最初の部活動を始めていた。
「えー、今日はラインヴぇルド市に出てくるという水妖の調査をしに行きます。ラインヴぇルド市のアンナミス学園の外プールに出てくるとの噂です」
リシェールより高めの背丈に灰茶の巻き毛にメロン色の瞳の超研部長、エクシリオ・プレッツァーが部員たちに言う。
「やーれやれ。超研も相変わらずねぇ」
ヴァジーラが昨年と同じ超研の連中を見て呟く。リシェールも超研のしたたかさに呆れを催すも「まぁいいか」というような顔をした。幸いセメタリーのUMA事件で邪羅鬼が出たものの、エクシリオたちは宝石店強盗事件によってリシェールのことは有耶無耶になったらしいと思いつつ。
(あ、でも、邪羅鬼より先に藍静玉を見つけないとなー……)
リシェールは学校も邪羅鬼退治も伝説五玉も頑張らないと、と思った。
「そーいや、ベンダってアンナミスに通っているんだっけ」
ヴァジーラがリシェールに言ってきた。
「ああ、ベンダね。お父さんが出世して転校したんだっけ……」
リシェールはベンダのことを思い出す。ベンダというのは去年リシェールの同級生だった女の子のことで、新聞社に勤める彼女の父親が編集長になって景気が良くなったため、住んでいた賃貸アパートを出て、ラインヴェルドの一戸建てを買い、学区外のために転校していったのだ。
ラインヴェルドはペルヴェドの南東、ラドヴィク川を越えた先の町で、その川の近くにある赤茶の壁に濃緑の方形屋根の三階建ての「コ」の字型の建物が私立アンナミス学園である。アンナミス学園は基礎学・大学入試資格校・技術専門の一貫校で、大きな校舎の他、ドーム型の体育館とプール、芝生の校庭に東屋や噴水のある庭園が備わっている。
制服もブレザーやジャンパスカート、セーラーブラウス、スクールトレーナーやニッカボッカやスラックスという豊富な種類があり、組み合わせは二十通りある。
ドーム型の体育館の一ヶ所で七年生たちが室内ラクロスをやっていた。他にもバスケットボールをする生徒なども多数みられる。冬の現在は雪で校庭が埋もれており、生徒たちは体育館でスポーツを行っていた。
「ベンダー!!」
女子生徒の一人がベンダに向かってラクロスの球を投げてきた。黒いストレートセミに蒼穹の目と中間肌の少女がベンダ・リヴェリエンスである。ベンダの父親は金髪青眼のプレゼオ人であるが、母親は中央大陸西部にあるルチニの人間で、彼女の肌と髪の色は母親譲りである。
「ああっ」
ベンダがラクロスの球を受け取ろうとした時、球は換気のために三分の一開けておいた窓の外へ出てしまった。
「あーあ、出ちゃったよ」
「仕方ないよ、他の学年が陣取りしちゃっているからなぁ」
ベンダとチームを組んでいた女子が外へ出ていってしまった球を見つめる。
「ごめんね、急いでとってくるから」
ベンダは同級生に言って、ラクロス棒を置いて体育館を飛び出していった。
「うー、寒い……。どこに行っちゃったのかしら。早く戻りたい」
ベンダは寒さで震えながら外へと転がっていったラクロスの球を探した。川の編み紐ブーツを履いているけれど、太股がむき出しなので冷える。ベンダは黒いボレロとブラウスと深緑のマドラスチェックのジャンパースカートのまま、ツゲやカラタチの茂みの中へ入っていった。
外の雪は浅積りだが、雪が降っている。口から吐く息が白くつく。ベンダは体育館となりのプールまで来た。
(プールに落ちていなきゃいいけど)
ベンダはそう思っていたが、プールの氷は厚く張っていたのでその中にラクロスの球があったのだ。
「あった、あった」
ベンダは安心すると、プールを囲っているフェンスをよじ昇ってプールサイドの中に。プールサイドにはモミジやイチョウなどの枯れ葉が散らばり、踏みつけるとカシャ、と鳴った。
球はベンダの手に届くほどの距離にあったので、ベンダはフェンスによじのぼった時に出来たかじかんだ手で球をつかんだ。
「良かったー。これで大丈夫」
ベンダが球をスカートのポケットに入れてフェンスを越えて体育館に戻ろうとした時だった。
フェンスを越えると、近くの山茶花の茂みの中に一つの石があった。菱型に近い親指大の透明な水色の石である。
「綺麗だなー。落し物……かな。でもそれだったら生徒会に預けられているし……」
ベンダはその石の綺麗さに魅了されて制服の胸ポケットに入れて、自分の物にしてしまった。
そして何事もなかったかのように、みんなのいる体育館に戻っていったのであった。
ラインヴェルドの南にあるベンダの家は九十坪ある土地に五十坪の家がある。庭には車庫とハシバミの木がある。二階には広いバルコニーと黒いサンルーフのあるこの家の主と妻と一人娘は二階の寝室で寝入っていた。
ベンダの部屋は七畳の個室でカーテンやベッドやランプシェードには鮮やかでオリエンタルな色とからを使ったルチニ木綿の素材で、ベンダはベッドの中で唸っていた。
「ううう……うう……」
ベンダは体を動かそうとしたが上から押さえつけられているため動けず、叫ぼうとしても首を軽く絞められているため叫べず。うっすらと見える眼の先には水草のような髪と血潮のような赤い目に死人のように青白い肌の女がベンダの上に乗っかって首を絞めていたのだ。
「藍静玉よこせ、お前の持っている藍静玉よこせ……」
女は低い声を出しながらベンダを苦しめると、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「ベンダ! ベンダ、どうしたんだ!?」
ベンダを呼ぶ声が飛んできたので、女はまずいと思って姿を消した。ベンダの部屋に彼女の両親が入って来た。金髪青眼の父と黒髪黒眼褐色人の母である。
「ベンダ、一体何があったの? 首の赤い痕は何?」
ベンダの母親ナラが娘の首回りを見て驚く。
「三日間もうなされているようだが……学校で何かあったのか!?」
父親がベンダの様子を見て訊ねる。だがベンダは何も言わなかった。女の人が自分を襲っていた、と言った時は怖い夢でも見たんだろう、と両親から言われた。でも同じことを言っても通用しないと思い、それ以上は何も言えなかった。
「え? 四日前から出てこなくなった?」
アンナミス学園の噂を確かめに来たペルヴェド市立基礎学校の超研メンバーは肛門から下校しようとした生徒の一人を捕まえて聞いたところ、エクシリオは驚いた。
「う、うん。冬休みに入ってから、当番の先生や用務員さんが外プールへ見回りしに行く時、一瞬だったけどよく目にしていたし、アンナミスができる前の工事中に女の白骨死体が出たからとか、水神様の要石を壊したからとか水妖の噂が発端した、っていうし……」
ペルヴェド基礎学の超研に捕まった男子生徒は答える。校門から次々とアンナミスの生徒が出てきて、目の前の光景を見ながらクスクス笑っている。アンナミス学園では制服の組み合わせは自由だが、通学用コートと通学鞄は全員共通で、黒いダブルのコートと肩かけ手下げリュックの黒い皮鞄で、どちらにもアンナミスの校章である〈白百合と紅蓮〉がついている。
「でもねー、四日前から出なくなったんだよ。成仏したか他の所へ行ったか……。悪いけどトラムに間に合わないから行くね」
超研に捕まっていたアンナミスの男子生徒は逃げるようにして去っていった。
「ふむー……、消えた水妖、どこに行ったかだよな」
ベージュのレンガ壁に黒い鉄の門扉の近くでエクシリオは呟く。この日は雪が降っていない真っ白な空の下には壁や屋根や地面の雪が固まって積もっている。とりあえず超研一行はアンナミスを去り、ペルヴェドの町に戻って解散しようとした。ペルヴェドへ戻るにはアンナミスの北上の商店街を通り、ラドヴィク川を越えていく。超研がラインヴェルド市の商店街に通った時だった。
ラインヴェルドの商店街地区は強化素材の屋根に四つ辻の十字に分かれたペルヴェドのスラドフ通りよりもきらびやかで広い町並みである。モノトーンの店舗にモダンな街灯やベンチ、ラインヴェルドに在住する異国民、超研一行が通りかかった店の一つから、黒髪に浅黒い肌のふっくらした壮年女性が出てきた。店から香辛料の匂いがする。
「あの……、あなた、もしかしてエクシリオぼっちゃま!?」
エクシリオはこの女性に呼びとめられて、女性の顔を見た。
「えっ、おばさん……去年うちで働いていた家政婦のナラさん!?」
「お久しぶりでござます。夫の転勤と共にラインヴェルドに来てからエスニック料理店でパート勤めしていまして……」
ルチニ人のナラはペルヴェドにいた頃はエクシリオの家の家政婦を勤めており、エクシリオとその一家のことも熟知していた。
「そうなんだ……。で、娘のベンダはアンナミスに通っているんだっけ? 今日はベンダに会っていないけど……」
エクシリオがナラに訊くと、ナラは顔を変えてエクシリオに娘の状況を伝えた。
「娘はその……前から悪夢にうなされまして、今日から学校を休ませました。何でも娘が言うには『濡れた女が……』と言っておりまして……」
「!?」
エクシリオはナラの話を聞いて、目を見開いた。
エクシリオはナラと別れて、ペルヴェドに戻っていった。他の超研メンバーは家に帰して、自分は学校の図書室へと舞い戻ったのだった。図書室のサブカルチャーの棚から本を一冊引き抜いてパラパラと調べる。
(ルサールカ、メリュジュ―ヌ、ウンディーネ……水妖ってこんなに多いものなのか!?)
エクシリオが調べていたのは『世界の幻獣大図鑑』であった。しかし水妖は人間の男にふられた伝承が多い。人間の女に手を出す水妖の記録は見つからない。そうこうしているうちに時間が過ぎていき、閉校の四時半になってしまった。
「もうこんな時間か。〈水妖〉で時間使ってしまったな……」
エクシリオは学校を出て、自分の家へと帰ることにした。空は薄紫色になり、空気も痛いほどに感じる。
「ベンダ、何とかして助けてあげたい。でも僕に何ができる!?」
エクシリオは自分の不甲斐なさを痛感して家のある方角へと足を向けていった。
ベンダの家では、彼女は熱と幻覚によって、ベッドの上で寝込んでいた。父は二日ほど出張、母もとうに眠りに着いていた。
「うう~、うう~」
ベンダは体の熱さに苛まれつつ、例の悪夢を見ていた。そしてベンダの手首には金色の鎖が巻かれ、四日前に学校で拾った水色の石をブレスレットにしていた。その時、ベンダの家の近くで一人の女性が立っていた。すると女は体を液状化させ、水たまりになり、水たまりは這うように移動し、ベンダの庭から侵入して雨どいの管を伝っていき、液状化物体はベンダの部屋で人の形になる。
波間のような青い髪、血潮の如く赤い目、頭部に四対、両肩や背中に尖った白地に黒横縞の巻き貝が生え、白い衣を着た巻き貝の邪羅鬼である。そして邪羅鬼はベンダの上に乗っかって首を絞めた。
「ふ、うう……」
ベンダはまた首を絞められた息しさに苛まれ、目を見開く。そこにいたのは、冷たい顔をした女の化け物であった。
「藍静玉よこせ……」
女は冷たく高い声を出してベンダに言う。声を出せぬベンダは手脚を思いっきりばたつかせ、邪羅鬼を突きとばしてベッドから落した。ベンダは恐ろしさの余り自室を飛び出して、母のいる部屋へと向かう。
「ママ、ママ!」
ベンダは戸をガンガン叩き、母親がその音で目覚めてドアを開けると、娘の後ろの女を見て叫ぶ。
「キャーッ、何なんですか、あんたは!?」
だが邪羅鬼はおかまいなしに両肩の貝を触手のように伸ばしてベンダの母親を刺したのであった。
「ママ!!」
ベンダはこの光景を目にして、青ざめる。邪羅鬼は触手貝をベンダの母親から離すと、母親の体から金色の光る玉を出して、それを口に入れてしまったのだ。
「ママ!? ママ!!」
ベンダは母親を揺さぶるが目を開くことも起きることもない。
「お前も母親のように魂を抜いてやろうか?」
邪羅鬼は不気味な声を出してベンダに言った。ベンダは恐怖のあまり、家を飛び出していってしまった。
ベンダは家を飛び出し、冷たい空気と雪で覆われた闇の中、外灯の光を頼りにしながら、邪羅鬼のいる場所から逃げようと必死だった。
ベンダはラドヴィク川の人歩橋へと逃げ込んだが、高熱のため目まいを起こして倒れてしまった。ラドヴィク川の橋は車橋と人歩橋の二つがあり、車橋は支柱とワイヤーのある城な大型に対し、人歩橋は左右の二線と手すりだけの一本橋であった。橋の下は川の水が南へと激しく流れており、土手には雪と石で覆われた邪藁である。
「ふあっ」
ベンダは寒さと疲れのあまり体が冬の冷気で冷たくなり、意識ももうろうとして起き上がれない状態であった。橋の下のラドヴィク川から邪羅鬼が川に通じる水道を伝って現れ、ベンダの前に立つ。
「あ、ああ……」
恐怖と激痛が重なって声が出ない。邪羅鬼は容赦なくベンダに近づいてくる。
(もうダメだ)
ベンダがそう諦めかけたその時だった。
「ぐはっ」
邪羅鬼が突然叫びを上げたのだ。うつ伏せに倒れると、背や右側面にいくつもの弾痕が浮かび上がっていた。
「な、何!?」
ベンダがもうろうとした意識の中で自分を助けてくれた相手が誰なのか視線を変えると、黒い衣に身を包み、桃金髪をなびかせた少女が三節棍を銃にして邪羅鬼を撃ったのだった。
(良かった……。助けてくれて……)
ベンダの意識はここで途切れ、黒衣の少女がベンダに駆け寄る。そして首筋に自分の手を当てる。
「良かった……。気を失っているだけか……。クァンガイ、この子を安全な場所に隠してやって」
それは邪羅鬼の反応をつかみ、家を飛び出して転化したリシェールであった。
「ああ、〈移転の衣〉で玄武様の所に保護してもらおう」
クァンガイはリシェールが五聖神・玄武のいる神殿に行く時に使う〈移転の衣〉をベンダにかぶせた。死体を屍布で包むように黒い〈移転の衣〉を被ったベンダは無数の泡に包まれて消えていった。
「聖神闘者……」
邪羅鬼は起き上がると、リシェールをにらみつける。静止いしたままリシェールが放った水流弾を受けた傷が塞がるのを待ってから反撃しようとしたがリシェールは待ってくれなかった。そして手印を作り、水行の聖力を集めた。
「冷たき邪気よ、清流の清しさに浄められ、体は無に魂は浄化されよ。玄武乱舞‼」
リシェールの手から水の玄武が放たれ、邪羅鬼は玄武に呑みこまれて消滅。体は泡となり、後には先程喰らった人間の魂である金色の光の球が残り、魂は元の体へと帰っていった。
「ベンダ、助かってよかったけど、アンナミス学園に出てきた水妖が邪羅鬼だったなんて……」
リシェールはクァンガイに言った。もしかしたらこの前のUMA事件と同様、邪羅鬼の仕業だと思ったのだ。
「おう。恐らく藍静玉を探していたんだな。あとベンダって子は玄武様によって命は取り留めた。玄武様が良薬を与えてくれたから。玄武様がたった今、ベンダを家に送還してあげたそうだ」
クァンガイの報告を聞いてリシェールはほっとする。そしてリシェールに〈移転の衣〉を渡した。
「これを着て漆黒殿に来いと、玄武様のお伝えだ」
「……?」
リシェールはどうしてと思ったが、闘者の衣の上から〈移転の衣〉を羽織りのように着て、漆黒殿へと移った。
天井が透き通っていて水の中の景色が見え、床と壁と柱が漆黒の色の作りの神殿、漆黒殿。その巨大な広間の中心に黒い甲羅と三対の角、灰色の体と赤い眼の巨大亀、玄武がいた。
「さっき神殿に送り込まれた娘さんの手首に藍静玉がついておった。わしがリシェールに伝えたかったのはこれでな」
玄武の前に立つリシェールは玄武がよこした石の破片を手にとって見てみる。
「これが!? 情報によるとしずくの形をしているって……」
「ああ、長年の変動によってバラバラになったんじゃよ。だが、欠片が一つでもあれば他の破片を探しだせる」
「だけど拾ったのはベンダだし……」
「ベンダには普通の霊石とすり替えておいた。それなら安心して探せるだろう?」
それを聞くとリシェールは安堵した。
気がつくとベンダは自分の家の私室のベッドに寝ていた。カーテンには朝の日差しが差し込まれており、スズメやカラなどのさえずりが聞こえる。
「わたし夕べ化け物に襲われて、外へ逃げて橋の上で……」
ベンダが昨夜の出来事を思いだしていると、ベンダの母親が入って来た。
「ベンダ、だいぶ良くなったのね。今日は寝て明日から学校に行けるわね」
「ママ。確か怪物に殺されたんじゃ……」
「怖い夢を見ていたのね。ママはこの通り平気よ。今おかゆを作りに行くから」
そう言ってベンダの母親は台所へとていった。
「本当に夕べ、悪い夢だったのかなぁ……」
ベンダは呟いた。彼女の手首には水色の霊石が朝日を浴びて光っていた。
そのまた翌日、ペルヴェド基礎学の超研メンバーがアンナミスに水妖の情報調達にベンダを呼び出すも、エクシリオは驚愕した。
「ええ!? いなくなったぁ!!?」
アンナミスの校門の前で、下校する他の生徒たちが注目しながらもベンダは説明した。
「うん。わたしが霊石拾ってから出てこなくなって、わたしの家にも出てきたけど、昨日からは学校にも家にも出てこなくなったし。じゃ、わたしファッション研究会の部活動に出るから」
そう言ってベンダは校舎に戻り、エクシリオはその場でしばらく立っていた。
「部長……」
下級生の一人がエクシリオに話しかける。エクシリオは顔を上げて、明るい表情を部員たちに見せる。
「いなくなっちゃったんなら仕方ないよねっ! さーあ、新しい研究テーマ容姿しないと!!」
エクシリオは手を叩き、部員たちに行動テーマを探すように命じた。
(まっ、ベンダがあー言っているんなら仕方ないけど、ベンダが元気になってよかったよ)
灰色の曇天の下、超研メンバーは屋根付きの建物が並ぶラインヴェルドの町を出ていった。
そしてペルヴェド市フロイチェク通りにあるリシェールの自室では、藍静玉の欠片がリシェールの机のガラス瓶の中に入れられ水色の輝きを帯びていた。




