「白」の書・第5話 黄希玉
『五聖神』第27話。邪羅鬼を倒すために西の聖神・白虎から伝説五玉の一つ、黄希玉を探し出して欲しいと頼まれたファラン。その頃、ファランの担任の先生が危機に……。
「持ち主に力を与え、心次第で世界の未来が左右される宝珠、〈黄希玉〉か――」
港町の小高い丘の上にある母屋と離れのある一室で、ファランは呟いた。母屋の六畳間がファランの私室で、白い壁に床板に敷かれた鶯色の麻のラグ、鶯色のカーテン、同色の寝具がそろったベッド、タンス、図鑑や参考書や文学が収められた本棚、ベッドと隣り合わせの机の上には〈黄希玉〉に関するメモと資料、その四本脚の椅子の上にはファランが座っていた。部屋の中心には小ぶりの石油ストーブが置かれ、冬の部屋を暖めていた。
「行ってみたさ、黄色の半透明の宝石のある所を……」
ファランは上半身を机上に倒す。学校の冬休みを利用して、黄色い石のありそうな博物館、宝石店、富裕者の所有物と調べてみたが、黄玉や黄水晶、イエローダイヤだったりする。白虎から教えてもらった〈黄希玉〉の特徴といえば、半透明あるいは透明黄色、五芒星の形をしている、人為的であれ、自然的であれ、光を増させるようなことをしなくても善き心の者に反応して輝くということである。ファランは町内や近隣の黄色い石を調べてみたが……。簡単に見つかる筈がない。
「あと少しで冬休みも終わりか」
ファランは壁のカレンダーに目をやる。クリスマス前に五聖神・白虎のいる神殿・月長殿に行ってから十日が経っていた。その間にクリスマスも年末大掃除も正月も過ぎていって年が明けていった。正月は近所の人や同級生たちは親戚の家で新年会をやったり、連極国内で三日前後の旅行に出ていた。ファランはというと、おじいちゃんや義妹ヤンジェと共に近所のお偉いさんとこの新年会にまねかれて過ごした。流石に新年会だけは黄希玉を探しに行かなかったが。
「あっ、そーいやあ……」
ファランは一月のカレンダーに赤いマジックペンで❤に書かれている九の日を見て思い出した。
「ヤンジェの誕生日か……。プレゼント、用意しておかないとなぁ」
新学期に入ってすぐヤンジェは十四歳になる。ヤンジェは赤ちゃんの時から持っているお守りに彼女の生年月日が書かれていて、それが証拠であった。
「ヤンジェって、ホントに僕よりかわいそうなんだよな。生まれた時から天外孤独で里子に出されても、おじいちゃんの血縁者である僕がいたもんだから戸惑ってたし」
ファランはカーテンをめくって外を眺める。空は暗い灰色に包まれて雨が降っており、庭のネムと李の木は裸の枝になっており、地はぬかるみになっていた。
社安円先生は暗闇の中を走っていた。どっちが右でどっちが左か分らぬまま逃げていた。わかるのは追いかけてくる者がいるということだ。すると暗闇の中から細長くて赤い鞭みたいなものが飛んできて、アンユエン先生の足首に巻き付いてきて、彼女を転ばせた。
「ああ……っ!!」
暗い地べたに倒れこんだアンユエン先生はそのまま膝まづいて自分にひたひたと近づいてくる存在に怯えた。目らしき二つの白い輝きがアンユエン先生に近づいてくる。
「お願い、来ないで……いやあああっ!!」
ここでアンユエン先生は目覚めた。暗がりの中の寝室のベッドの上で、彼女は激しく息を荒らし、冬なのに汗びっしょりの状態であった。三着ある寝着は毎日洗う羽目になり、シーツも一週間おきから三日おきに乾きにくい冬の日に洗っていた。
「また……この夢だわ……。新年に入ってからこの夢を見ている……。誰かに怨まれている訳でもないのに……」
アンユエン先生は悪夢にうなされていた。今年二十三歳になる彼女は白浜省の中西部にある実家を出て、南淡岸の勤め先の学校近くのアパートを借りて暮らしている。三十までの一人暮らしは空き巣やストーカーに狙われることが多く、近くに駐在がある仮住まいや防犯設備の整った仮住まいに市政府は住むように勧めている。アンユエン先生の住む二階建て六室のレンガ造りのアパートにも歩いて五分の先に交番がある。
「一体誰が私を狙っているんだろう……。 もうすぐ学校なのに……」
アンユエン先生は部屋の灯りをつけて、台所にある水道の水を飲んだ。アンユエン先生のアパートはどの部屋も2LKで部屋はどちらも四畳でアンユエン先生は一部屋を書斎、もう一部屋を寝室にしていた。寝室にはカシ材ベッドとドレッサー、タンスと参考書や小説の詰まった本棚とピンクのじゅうたんと花柄入り桜色のカーテンのインテリアである。
台所はステンレスの流し台と小さな冷蔵庫、そして二口のガスコンロ。三畳しかない居間はこれまた小さいテレビと二脚しかない椅子とテーブルだが、清潔である。テレビの下には留守電付きの電話がある。
アンユエン先生は水を飲むと、再び床に着いた。
一月六日。この日は連極内の学校の冬学期始業式。当然ファランとヤンジェも久しぶりに学校へ行く。
「おじいちゃん、行ってきます」
朝ご飯を食べ、ファランとヤンジェは台所で食器を洗っている祖父に向かってあいさつする。
「ああ、行っておいで」
ファランとヤンジェは学校の時に着る地味色のコートを着て、鞄を肩に下げて、反翼瓦の屋根の家々が並ぶ町並みを歩いて、黒い屋根の大きな建物である中級学校へと向かっていった。冬の朝の町並みは幼稚園児も初級学校生もコートを着て追いかけっこしながら登園登校したり、自転車に乗る郵便配達員が家のポストに封筒や葉書を入れたり、犬の散歩をする老人が白い息を吐きながら歩き回る様子が見られた。
ファランも学校に着いて半月ぶりに級友たちと再会した。
「おはよー」
「久しぶりー」
級友たちはまた一人また一人と教室に入ってくる度、振り向く。中には冬休み中に何をしたか何処へ行ったか話し合う同級生もいた。机と椅子が五列ずつ並ぶ席にファランとヤンジェはそれぞれの席に着いて先生が来るのを待った。教室ではふゅの間にストーブを出すので、多くの生徒がストーブの前で体を温めていた。その時、授業開始のチャイムが鳴って、生徒たちは各々の席に着いた。教室の前扉が開いて、アンユエン先生が入って来た。アンユエン先生は肩まで切りそろえた髪をヘアピンでまとめて、生成りのハイネックセーターと黒いベスト、ローシェンナのスカートを着て、首には銀色の鎖でつないだ透明黄色の霊石のネックレスを下げていた。
「起立、礼、おはようございます」
委員長が声をかけると、先生も澄んだ声で「おはようございます」と言った。
「皆さん、冬休みは楽しく過ごせませたか?」
アンユエン先生はみんな声をかけて、朝礼の言葉を述べる。アンユエン先生は連日悪夢を見続けていたが、学校全体に迷惑をかけまいと気を持って、教師職に励んだ。ファランはアンユエン先生のネックレスを見て、朝礼の言葉を聞きながらも「あれ、伝説五玉じゃないかな……」と思いつつも始業式をやり遂げていった。
始業式は午前中だけで終わり、昼にはほとんどの生徒が帰宅していった。学校では始業式に部活動を始めるクラブもあり、そのクラブ生は学校に残った。ファランはバドミントンに所属しているがその部は明日からで、ファランはこの日は友人のシウロン、タイチェン、とヤンジェの友人、須菊華と春涼夢と共に帰宅した。ローファは小柄で髪をツインテールにした女子で、リャンメンは背の高い巻き毛を短くした男勝りの女子でバレーボール部に所属している。
「しあさってはヤンジェの誕生日なんだよね」
「プレゼント待っていてね」
ローファとリャンメンがヤンジェに言った。
「俺、ヤンジェちゃんの誕生会行きたいけど、平日だからなぁ。長期休みや祝日だったら出来たのにな」
タイチェンが溜息を吐く。
(んー……。ヤンジェの誕生日プレゼント、まだ手にしていないや。本当に何がいいんだか……)
ファランは五人と共に歩きながら三日後のヤンジェへのプレゼントを考えていた。
それからしてファランとヤンジェは他の四人と共に別れて、町外れの丘の家へと帰っていった。この日は晴れていて空は澄みきった青で、雲一つなく空の真上に白金の太陽が浮かび、電線のない広めの公園では幼稚園くらいの子供たちが形や色の違う凧を上げていた。
「ファランがこの町に来てから四ヶ月近くになるんだね」
一緒に帰る道でヤンジェはファランに言った。
「ああ。この町に来てからあまり出来なかった友達も出来たし、クラブも入って、お父さんとお母さんがいなくなってどうしようと思ったら、おじいちゃんがいて、おまけに義妹まで出来るなんて思わなかったし……」
邪羅鬼という地球を脅かす悪と戦っているし、とファランは心の中で付け加えた。いつしかヤンジェに聖神闘者の存在を知られそうになったけれど、その剣はやり過ごせたようだ。
「ヤンジェ。僕と君が本当の兄妹だったら、どうなっていただろうね」
ファランの素っ気ない台詞にヤンジェは思わず吹き出してしまった。義兄弟同士が好き合うのはテレビドラマや恋小説でありがち過ぎる展開だからだ。
「私はいつかお嫁に行くから、ファランはあの家を継ぐでいいじゃない」
「十年早いよ。嫁に行くのは」
親子兄弟はいつかは違う場所で暮らす。そんなのは当たり前だと二人は思っていた。
次の日の中学校で、アンユエン先生はまた例の悪夢を見て、心身を悩まされつつも勤め先にやって来た。もちろん、黄色い霊石のペンダントをつけて。
「おはようございます……」
アンユエン先生は職員室に入って来て、自分の事務机に着く。学校の事務机は他の教員の所有物が入ってこないように囲いが設置されており、六席が向かい合わさって、一グループになっており、四グループある。当然奥には教頭先生の席。
「あれ、アンユエン先生、顔色悪いですよ? どこか具合が悪くて? どこか具合が悪くて?」
一年の担当教諭が訊ねてきたので、アンユエン先生は「大丈夫です」と声を上げる。
それからは自分の担当教科の授業の時間には、生徒たちに心配されぬよう気丈に振るまい、昼休みも経過していった。ランチの時間に五時間目の授業は自分の担当だったので、生徒の一人に教材の運搬を手伝ってほしいと頼んだ。
「ねえ、これから教材を取りに行くのだけれど私一人じゃ運べないから手伝ってくれる?」
すると、ファランが申し出を受け取ってくれた。ファランとアンユエン先生は一緒に教材置き場から国語の授業に使う古典の詩歌を運んだ。古典の詩歌は黒板に張りつける巻紙で十数の詩歌が束になって大筒に詰められている。
「ありがとう。助かるわ」
「いや、いいんです。困っているのはほっとけないんで」
ファランが両手で大筒を抱えながら先生と一緒に廊下を歩いていた。昼休みの廊下では生徒たちが校庭や図書室に行くのをすれ違ったり、窓からは校庭や裏庭で遊ぶ生徒たちが目に入った。ファランは先生の胸元のペンダントに目をやり、その輝きに奪われ、思わず訊いてしまった。
「あの……先生。このペンダント、どこで手に入れたんですか?」
「ああ、これ? 拾ったの。里帰りの最終日に河原にあったの。それで綺麗だったから鎖つけてペンダントにしたの。だけど……」
先生はペンダントの石を拾ったことを話すと、顔を曇らせる。ファランが先生の顔を覗くと、先生は顔を明るくした。
「いいの。何でもないわ。運びましょ」
先生はファランにそう言ってせかした。ファランは先生の持っているペンダントに何かあると悟った。
それからして全ての授業が終わり、生徒たちはクラブ活動に出る。ファランも自分の所属しているバトミントン部に行って、活動に参加した。体育系クラブは皆学校指定の紺のジャージと体操着に着替えてランニングや素振りなどの課目を受ける。それから春になれば省内中級学校大会が開かれ、代表選手や補欠選手はいつもよりこんだ訓練を受ける。ファランはというと、普通に練習を受けていた。五年生は代表補欠合わせてが中学校最後の大会で四年生以下は練習などで活動していた。練習試合ではファランは同じ四年生のクラブ活動生と一緒に練習試合していた。カシッカシッとシャトルとラケットのぶつかりあう音が響く。
活動は四時まで続き、片づけや掃除を終えて帰っていった。ファランが昇降口を歩いていると、アンユエン先生とぶつかった。
「アンユエン先生、また明日」
「ええ、また明日ね」
アンユエン先生は手に持った紙束をしっかりと押さえながらファランに言った。アンユエンは文芸部の顧問で、生徒たちは文化祭や市内の図書館に出す同人誌の小説や詩や評論を描くのが役目だ。空はすっかり紫と橙に染まり、ファランは家に帰っていった。冬は日の入りが早いため、下校時間が早まるがとても寒い。夕方遊んでいた初級学校生も他の中学生も散歩する老人もコートを着ている。夕方の通りは帰る者の姿が多く見られた。
アンユエン先生も五時半には学校での仕事を終え、白いボタンコートと青いマフラーを身に付け、大きなブリーフケースに生徒たちから集めた原稿を持ち入れて、南淡岸のアパートへ帰っていく。学校からアパートまでは歩いて二十分かかる。今日は荷物もあるので三十分かかるだろう。辺りが暗闇に染まり、電信柱の灯りだけが頼りになると、凄い静かである。アンユエン先生がいつもの帰り道を歩いていると、どこからかヒタヒタ……という音がして立ち止まった。
「だっ、誰!? 誰なの!?」
アンユエン先生は勇気を出して叫んだ。もしかして痴漢か通り魔かと思い、周囲を見ました。その時だった。近くの茂みからガサガサッと音がして振り向くと、そこから化け物が出てきた。四肢の先は鋭い四本の爪、大柄な毛むくじゃらの体に細長い顔、先端は口らしくそこから赤い舌が蛇のように出ている。体は擦り切れた薄茶の衣、有杭の邪羅鬼である。邪羅鬼は舌舐めずりしながらアンユエン先生に近づく。
「これ……夢の中に出てきた化け物……」
アンユエン先生は邪羅鬼を見て青ざめる。連日見続けた悪夢が実現してしまった……。
「いやっ来ないでぇ!!」
アンユエン先生はブリーフケースを置き去りにしてしまい、邪羅鬼から逃げ出した。だが邪羅鬼は細長い口先から先生の足首を巻きつけて転ばせた。
「きゃっ」
先生はガクンと態勢を崩して、ひざが地面に当たってすりむけてタイツが破けて血がにじんだ。邪羅鬼がつかつかとアンユエン先生の方へ近づいてくる。その時、天がアンユエン先生の恐怖を知ったかのように奇跡が起きた。
暗闇の中を白い影が屋根づたいに飛び移り、一人の白衣の人物が細身の剣を上にかがげて落下しながらも突入してきたのだ。そして剣の刃を邪羅鬼に突き立てて、貫いた。邪羅鬼はピクリともせず、先生を縛っていた足首が解放され、先生は一目散にブリーフケースを持って逃げていった。それは聖神闘者に姿を変えて、邪羅鬼の反応を捕らえたファランであった。そしてファランは金行の聖力を手に込めて、白虎閃光を放った。
「暗き邪気よ、白金のまぶしさに浄化され、体は無へと還れ! 白虎閃光‼」
ファランの手から激光の白虎が出てきて、邪羅鬼に突進して呑み込み消滅させた。
「まさかアンユエン先生を狙っていたとはな……。先生が何か元気がなかったのも考えがつくな」
ファランが邪羅鬼のなれの果てである鉄の破片を見つめていると、道端にぴかりと輝く黄色い光を見つけた。それはアンユエン先生が付けていたペンダントであった。
「これは……。念のために黄希玉がどうか調べてもらってそうでなければ返してあげよう」
それからファランは先生のペンダントを拾うと聖神闘者の姿で帰還し、家に帰ると祖父とヤンジェが寝入った頃に〈転移の衣〉を着て、白虎のいる月長殿に行って、アンユエン先生のペンダントを見せた。虹色がかった白い大広間の中、白虎は橙の双眸で見つめた。
「間違いない。これは黄希玉だ!!」
「これが黄希玉? でも星の形をしていない……」
「いや、長い年月で複数の破片になって、その一つがファランの先生の手に入ったのだろう。これを持っていれば、他の破片を見つかる筈だ」
ファランは黄希玉を見つけられたものの、先生にどうしたらいいか苦い顔をする。
次の日、先生はすっきりした表情と気持ちで学校にやって来た。昨日の夜に化け物に襲われて駐在に助けを求めたが、化け物はいなくなっており、おまけに夜には連日見続けていた悪夢を見ることなく、清々しい気持ちになったのだ。膝にケガをしたが消毒して包帯を巻いただけである。
アンユエン先生が職員室から出る時、自分の受け持ちクラスの生徒、ファランがいたのだ。
「あら、ファランくん、どうしたの?」
するとファランは先生に彼女のペンダントを差し出してきた。
「それ、私の……。どうしてファランくんが?」
「先生、これを僕に譲ってくれませんか?」
ファランは、真顔で先生に言ってきた。
「先生、信じてくれないけど……。この石を狙っている奴がいて、先生が持っていたら危険だから、僕に守らせてくれませんか……?」
アンユエン先生はファランの真剣なまなざしを見て、承知した。
「いいわよ。惜しいけど……。あなたが言うのなら」
「はい、ありがとうございます」
ファランはペンダントの交渉に成功して安堵した。ファランは黄希玉のかけらの一つを手に入れることができた。
「はて、何か一つ忘れていることがあるような……」
ファランはもう一つの大事な用件を思い出そうとした。
「ああーっ」
ファランは先生の前で叫び、もう一つの用件を思い出した。
(ヤンジェの誕生日プレゼント、まだ買っていなかった~)
明日がヤンジェの誕生日だということを忘れてしまっており、ファランは手を壁に向けてうなだれた。




