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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
26/54

「総」の書・聖夜の聖神闘者

『五聖神』26話。クリスマスの日に、聖神闘者は五聖神に呼び出されて、伝説五玉を探し出して欲しいと委ねられる。

都市の瀬が近づき、連極国内の市や町では店に雪を模した綿、星やトナカイや天使のオブジェで飾られ、広場には大きなもみの木がきらびやかに立てられ、菓子屋やパン屋ではクリスマスケーキやシュトーレンなどのクリスマス菓子の販売、おもちゃ屋はクリスマス値引きで幼い子供のためにプレゼントを買う親の姿が見られた。

 ファランの学校でも同級生達が年末年始休みに入ってすぐのクリスマスは誰と過ごすかで持ちきりであった。

「ファランってクリスマスはどうしてきたの?」

 次の授業の教科書とノートを出すファランの前に細身で栗色の天然パーマの秀龍が問いかけてきた。

「ん? ああ、両親がいた頃はいつも三人で……」

「そんならさ、シウロンの家でクリスマスパーティーをやるから来てみる?」

 ガタイのある大成(タイチェン)がファランに言った。ファランは淡岸の学校に転校してきてから、シウロンとタイチェンと仲良しになった。三人のクラブ活動がない時は三人で下校したり、休日には一緒に遊んだりとしていた。タイチェンの父親は普通の会社員で母親は専業主婦で上級学校生の姉がいる一般家庭の子だが、シウロンは父親が映画監督で母親が織物職人という裕福な家庭の出身であった。シウロンの家も部屋が二十五もあり、外車も三台あるというらしい。

「プレゼントはそんなに高いものでなくていいし。パーティーに来れるのも

行けそうな人でいいから」

「ああ、ありがとう……。確かクリスマスの日はおじいちゃんが風水館で働いている、って言ってたな……」

 シウロンの誘いを聞いて、ファランはクリスマスの日の家庭事情を思い出した。

「ヤンジェは行く、って言ってた。そしたらシウロン嬉しそうな顔をしていたよ」

 タイチェンが言うと、シウロンは顔を真っ赤にしてタイチェンの腕を引っ張った。

「ば、バカ! はっきり言うんじゃねー」

 ファランはシウロンの反応を見てヤンジェが好きなんだな、と確信した。ファランはヤンジェの方を振り向いて見てみると、ヤンジェは中の良い女子たちと楽しそうに話している。ファランにとってヤンジェは妹として接している。血は繋がっていないけど兄妹だ。独りになった祖父が引きとった子だけれど、祖父は分け隔てなくファランとヤンジェを慈しんだ。

 しばらく経って授業開始の音楽が流れ、担任の安円(アンユエン)先生が入ってきた。生徒達は着席し私語を慎んだ。


 


 それからしてクリスマスパーティーが行われる前日の二十三日、学校は秋学期の終業式で午前中だけの時間で済まされた。通知表が渡され、生徒達は家々に帰る。中には午後にクラブ活動を行う生徒達もいて、帰宅する生徒と学校に残る生徒と分かれていった。

 ファランとヤンジェもシウロンとタイチェンと一緒に下校する。町は外套を着た町民で溢れファランたちも外套を着ている。ファランのような学校生の通学用コートはは白や黒や灰色や茶色などの地味系のコートの着用という校則で定められている。

 学校のある住宅街を出ると、ファラン兄妹とシウロン・タイチェンはここで別れた。

「じゃあな」

「クリスマスパーティーで会おうな」

 シウロンとタイチェンが去っていくと、ヤンジェもファランと別れた。

「あたし……おじいちゃんの勤めている風水館に行ってから帰るわ。先帰ってて?」

「うん、わかった……。じゃあ、おじいちゃんによろしく言っておいて」

 ファランは町の外れの丘の上へ、ヤンジェは商店地区へ。そして家に着いた頃はただでさえ白かった空が鉛色に変わっていた。

「あー……こりゃ雨が来るかもしれないな。選択は無理かもしれない」

 ファランは空を見上げて呟く。鞄のポケットから家の鍵を出し、母屋の中へ足を入れる。

「おろ……?」

 玄関を入ってすぐの廊下の手前に一つの箱が置いてあったのだ。横がちょい長めの長方形で高さは靴箱の半分で、光沢とラメの入った白い包装紙と金色のリボンで装飾されたプレゼントのようである。

「一体誰がこんな箱を置いたんだ? 今朝はなかったのに。おじいちゃんがヤンジェが僕へのクリスマスプレゼントをしまい忘れたのか? おじいちゃん、うっかりだな……」

 ファランが箱をよく見てみると、リボンに「玫化浪(メイファラン)へ」という小さなメッセージカードが付いていたのだ。

「僕のプレゼントか。おじいちゃん、ホントに……」

 ファランが手を伸ばした時、リボンに挟まっていたメッセージカードが落ち、廊下に二つ折りが開いた状態になった。紙面にはこう書かれていた。琥珀色の虎の横顔、それから――。

『君に新しい力を送る。

           白虎』


 ファランはこの虎の紋と文章を見て驚いた。このプレゼントの送り主が誰なのかを。

「白虎……って、五聖神の白虎からなのか!? そんな……一体なぜ……」

 ファランはどうして白虎が自分にプレゼントをそれもクリスマスプレゼントを贈ってきたのか戸惑っていると、祖父とヤンジェが帰って来る前に自室で中身を見て確かめようと思った。靴を脱いで下駄箱に入れ、玄関から見て右奥の自分の部屋に入り、ドアを閉めてリボンをほどき、包装紙をそっとはがして白地の箱のふたを開けた。

「リボンと包装紙は使えるからとっておこう」

 中には一着の衣が入っていた。絹のようなさらさらの白地に裾の長い上衣は白地に虎のような黒い縞模様が施され、ズボンは絹布の黒地に白い虎の縞模様でアンダーは詰襟の青い薄手で頑丈そうな白い厚手布靴、帯は金色で金の金具がついた綺麗なものである。

「新しい聖神闘者の衣かな? でも何かやわそうだな……」

 ファランは衣を着て確かめる。そして寸法が合うか外套と普段着を脱いで衣を着てみた。丈はぴったりだった。虎耳と虎尻尾はないけれど、闘者とはまた違った自分に思えて面白く思えた。すると、ファランの体に淡くて白い光が彼を包み始めた。稲妻のような激光というより蛍の発光のような感じである。そしてファランは足元から消え出して、自分が消えていく様子を目にしながら意識を失った。


「ん……」

 ファランは仰向けになっていた体を半分起こし、自分が一体どうなったかと思い出した。

「ここは……」

 ファランが辺りを見回すと、簡素ながら清潔な自分の部屋ではなく、床も天井も柱も磨きあげられた虹色月長石の広間の中心に横たわっていたのを察した。部屋の中は寒くもなく暑くもなく、じめじめ感も乾燥感もなく静寂だけがある場所にいたのだ。

「ここ……どこ……? まさか……天国じゃないよね? こんな静かで……」

 ファランがぶつくさ独り言を言っていると、後方から何かのきしむ音が聞こえてきて振り返ると壁の一部が観音開きに開いて、様々な毛並みや大きさや毛色の違う犬や猫がぞろぞろと出てきた。そのうちの一匹の白い毛長猫がファランに来るように指図する。

「ついて来い、って言っているのか?」

 毛長猫に誘われるままファランと犬と猫達はファランがいた広間を出て、天井が丸みを帯びた長い廊下を渡っていく。廊下には他の通路も見かけたが、ファランは先頭の毛長猫の後をついていく。そして一つの大きな扉の前に立ち止まり、扉が前に観音開きに開いた。ファランがおずおずと中に入ると……。

「よく来たな、ファラン」

 体長十メートルはありそうな白い毛並みに琥珀色の瞳の西大陸を守る五聖神、白虎の姿があった。犬や猫の群れは人間でいうならひざまづくように座った。

「五聖神の白虎……。どうして……」

 ファランはどうして自分が五聖神の神殿にいて、たくさんの犬猫を従えているのか分らぬまま突っ立っていた。

「久しぶりだなファラン。直で対面するのは」

 白虎は雄々しい声を出してファランに言う。

「ひ、久しぶり……。ホントに……」

 ファランはまじまじと白虎の顔を見つめる。

「やはり着ているな、その衣。着心地はどうだ? 丈はあっているようだな。ちゃんと見つけられたな」

 白虎はファランが着ている服を見て自分がファランの家に送ったのだと語った。

「この服を送ったの白虎だったんだ。ありがとう。クリスマスじゃなくても良かったのに。わざわざ……」

 ファランが白虎に送ってくれた服の礼を言うと、白虎は「うむ」と返事をすると、服の説明をする。

「この衣は『移転の衣』といって、身につけただけでこの五聖神・白虎のいる月長殿へ行ける服だ。素材は上等の絹の他、私の毛も使っている。つまりこの服を着ればてまをかけずに月長殿に行けるという訳だ」

「ふーん」

「さて、ここからか本題だ。今日は君に話したい事があってこの衣を送ったのだ。転化帳越しでは話せない話でな」

 ファランは白虎が重要な話をする事になったので耳を傾ける。

「君にある物を探しだしてもらいたい。『伝説(でんせつ)五玉(ごぎょく)』の一つ、黄希玉(おうきぎょく)だ」

「……?」

 ファランは白虎に探し物の名を聞いて沈黙する。

「伝説五玉というのは今から数百年前に五大大陸の各大陸で見つかった宝珠の事だ。黄色・水色、深緑、深紅、明紫の五つで持ち主の心次第で様々な能力を発する宝珠だ。清き心の者が持てば平和が栄え、悪しき者が持てば混沌を起こすというものだ。

 ある世代の聖神闘者の時代、その石を持った聖神闘者は邪羅鬼を一掃したが、その力ゆえに

世界を支配しようという考えに溺れてしまった。そこで我ら五聖神は聖神闘者から宝珠を没収した。そして決してやましい人間達の手の届かぬ場所に封印した。だが……」

 ファランは伝説五玉の伝説を聞いて固唾を飲む。

「長い年月の間に地震や洪水などの自然災害で封印場所からずれて、流れに流れて私が管理していた黄希玉が連極国内にある事が判明した。私は世界を支える為に月長殿から出る事は出来ない。ファランに見つけてほしい」

 もし黄希玉が邪羅鬼の手に渡ってしまったら……」

 ファランは邪羅鬼が黄希玉を手に入れた時、連極だけでなく西大陸に混沌と破壊と虐滅が訪れる事を想像した。絶対に邪羅鬼のものにはさせない。

「絶対に見つけるよ。黄希玉を……。もし見つけたら?」

「見つけたら私に見せてほしい。手に入れた後の用途は私が決める。いいな?」

「わかった」

 ファランは頷いた。


  

 白虎から伝説五玉の話を聞き終えたファランは先程から月長殿にいる犬や猫は何なのだろう、と疑問に思い、白虎に訊ねてみた。

「彼らは人間であれ動物であれ、短命や不慮の死で生前は哀れだった者達が転生、つまり生まれ変わってこの月長殿に仕える獣達になったのだよ。

 この姿になる以前は貧困や孤児、虐待に遭っていた。月長殿だけでも恵まれているようにと私が魂を救って、な」

 ファランは一匹の犬に手を差し伸べる。犬はファランに優しい目を向ける。虐待に遭っていた動物や人間は他者不信になって誰にも心を向けない、と道徳の授業で習った。

(この子たちは確かに、人間と同じ場所で暮らすよりもいいのかもしれない)

 ファランは両親を喪い、祖父も他の親族もいなかったら聖神闘者になる事もなく、荒んだ人生を送っていたと痛感した。

(いや、考えていたのは「もしも」で、今は白虎に頼まれた黄希玉の行方が大事だ)

 ファランはそろそろ妹と祖父が帰って来る頃だ、と思って白虎に訊いた。

「どうやったら家に帰れるの。家族が僕がいない、と騒ぐのもあれだから……」

「ああ、なら『移転の衣』の帯を見るがいい。この帯止めに小さい金具が付いているからそれを回せば家に帰れる」

 ファランは帯止めを見て、指先で触れる。帯止めは上円下方の金具で正方形には八卦が刻まれ、円の矢印を回せば帰れるという仕組みであった。

「それでは……伝説五玉を見つけたら」

 ファランはそう言うなり、帯止めの矢印を回し、家の自室で移転の衣を着た時と同様、白い蛍光に包まれ、消えていった。

「ああ……健闘を祈る」


 ファランの部屋でファランの足元から姿が現れ、脚から頭部全てがそろうとファランは無事に家に帰って来る事が出来た。

「『移転の衣』か……。ヤンジェやおじいちゃんに見つかったら五聖神の存在知られて大騒ぎになるからな」

 そう言ってファランは『移転の衣』を脱ぎ、いつもそ縦襟とズボンを着て、白虎からもらった服は綺麗に畳んでタンスの中に入れた。

「ただいまー」

 ヤンジェの声が玄関から飛んできて迎えに行った。見てみると祖父も一緒である。

「お帰り。おじいちゃんも一緒だったんだね」

「ああ。雪が降ってきたからな。道が雪で埋もれたら困ると思って早退したんじゃ」

「雪?」

 ファランは家に帰ってきた時は曇天だったけど雨も雪も降っていなかった、という顔をした。

「ファラン、家の外見ていなかったの? もう降っているんだけど」

 ヤンジェがそう言うのでファランは自分の部屋へ戻り、窓を覗いてみる。すると、鉛色の空からしんしんと白い雪が降っていた。

「ホントに雪が……」

 どうやらファランが月長殿にいる間に降りだしていたらしい。地面には積もってはいないもの、黒く湿っていた。

「でもさ、昼過ぎまでは雪だけど、日の入りまでにはやむって。そしたらさ、クリスマスパーティーのプレゼントを買いに行こうよ」

 ヤンジェがファランに言ったので、ファランは頷く。

 そしてファランは再び窓を向く。

(この連極の中にあるという伝説五玉の一つ、黄希玉を探しだして見つけ出すぞ!)

 邪羅鬼討伐の他、伝説五玉を探す使命を持ったファランの日常に新たな兆しが生まれた。



プレゼオの北半分は雪の日が多い。北大陸の聖神闘者リシェールの住まうペルヴェドも連日雪の日が多かった。学校生は雪かきされた道を歩き、コートや帽子や耳あてやマフラーやブーツをまとって学校に行く。

 町は星や天使やトナカイなどのクリスマスオーナメントで飾られ、商店もクリスマスケーキやクッキーや魚などの商品を売りさばき、クリスマスに入ろうとしていた。

 学校では秋学期の終業間近で生徒達は暖房された教室で休み時間を過ごしていた。その基礎学校の三階の一角にある七年B組の教室では。

「リシェール、お誕生日おめでとう!」

 ヴァジーラをはじめ、リシェールは仲の良い女子からお祝いの言葉をかけてもらっていた。十二月二十二日は冬至であり、リシェールの誕生日でもあった。リシェールは十三歳になったのだ。

「みんな、ありがとう」

 クリスマスと誕生日が二日違いのリシェールは誕生日は簡素に祝い、クリスマスはよりに欠けて祝うという仕来たりを持っている。

「リシェール、誕生日プレゼント。どうぞ」

 リシェールとは今まで違う学年で同じクラスになったイリーナ・ネイェドリがプレゼントを渡してくれた。イリーナは肩まであるブロンドの巻き毛に碧色の瞳が特徴で白いカーディガンと水色のシャツワンピースが目と髪に映えている。

「ありがとう。わぁ、香り付き色鉛筆だ!」

 リシェールはイリーナのプレゼントを見て喜ぶ。色鉛筆は十二色だが赤はイチゴ、黄色はレモンといった香りが仕込まれている。ボール紙に花柄テープの筒型容器もおしゃれである。

「じゃあ、わたしはこれを」

 同じ美術部員のサーシャ・ブルックナーがリシェールにイリーナよりも大きめのプレゼントを渡してあげた。天使柄の包装紙をはがすと、B5判のスケッチブックが出てきた。ピンクのマドラスチェックの表紙である。

「サーシャ、ありがとう! 普段用に使うね!」

 サーシャは眼鏡の下で照れ笑いする。サーシャは薄茶色の髪を二束の三つ編みにし丸眼鏡をかけた優等生っぽい身なりだが、リシェールのクラブ活動の友人で、市内の防犯キャンペーンポスターコンクールで銀賞を採った実力者でもある。

「じゃあ、あたしはこれを」

 赤茶色のセミロングに灰色の眼と長身、古着屋購入の服を着たヴァジーラがリシェールにプレゼントを渡す。赤地に星柄の包装紙で包んだ新書版サイズのものである。リシェールは何だろうと思って中身を開けてみると……。

「って何これ。これがプレゼント?」

 ヴァジーラのプレゼントはジュニアポケット文庫シリーズの『世界のUMA図鑑』であった。表紙にはビッグフットやチュパカブラやツチノコの絵が描かれている。

「だってリシェール、超研メンバーと一緒にUMAの出るペットセメタリーに行った、ってらしいからUMA好きなのかなー……って思って」

 イリーナやサーシャも噴き出しそうになるのをこらえ、リシェールも苦笑いをしながら

「あ、ありがとう、ヴァジーラ……」と言ってプレゼントを三つまとめて鞄の中へ入れた。その時、授業開始の音楽が鳴り、みんな着席した。

(言えないよ、この間のセメタリーに出てきたのがUMAではなく邪羅鬼だなんて……)

 リシェールは社会の教科書を読みながらこの間の出来事を思い出していた。

 セメタリーのUMA、宝石強盗、邪羅鬼、超研……。超研メンバーにリシェールが学校新聞の聖神闘者とは同一と知られずに済んだものの、リシェールにとっては大変な日であった。


 


 クリスマスのペルヴェドとその周辺の地域はどこもかしこも雪が降り積もり、店も家も公園の木々も雪化粧に覆われていた。

 道路は大人達がスコップで通りやすく雪をかき分け、学校生は積雪で帰れなくと困るので早期下校させ、生徒達は帽子やコートなどの装備で身を包み、それぞれの家へと帰っていく。

 リシェールもヴァジーラとその弟ボルトと共に途中の商店地区スラドフ通りまで帰っていった。スラドフ通りの広場には巨大なクリスマスツリーが立てられ、青や赤や星などのオーナメントで飾りつけされている。パン屋ではシュトーレンやレープクーヘンといったクリスマス菓子の香ばしい匂いが漂い、魚屋はクリスマス用の川魚が木の台の上に並べられていた。クリスマスのメイン料理は七面鳥の丸焼きというイメージが強いがプレゼオやルディアーネなどの鳥獣肉主食の国では前者はコイのからあげ、後者はうなぎパイといった魚料理がメインである。

「それじゃあね、リシェール」

 ヴァジーラがボルトを連れてアパートへ帰ろうとした時、リシェールが「待って」と止めた。

「ヴァジーラ、ボルト……。お母さんがさ、クリスマスも働いているようだったらうちでのクリスマスパーティーに来て? わたしんちのクリスマスはパパもママもお姉ちゃんもいるから……」

 ヴァジーラには父親がなく、母親が料理学校の事務員として一家三人の収入を稼いでいた。その為ヴァジーラが弟の世話と家事をしなければならない。リシェールはヴァジーラ姉弟が「クリスマスの日にさみしがると思って誘ったのだった。

「ありがとう、リシェール。もし、お母さんクリスマスも働いていたら、リシェールの家に行くよ」

 そうして約束を交わし、リシェールは様々な屋根の並ぶ住宅街フロイチェク通りに入り、各家の門前に積もった雪で作った雪だるまの前を通り、雪で半ば隠れたこげ茶色の屋根とベージュの壁と白樺のある庭の家に着いた。

「ただいまー」

 リシェールは家に入り、今の暖炉で寝ている黒犬オラフを見てから二階へ行き、両親の部屋の扉が開いているのを見て、部屋をのぞく。

「ママ、ただいま」

 部屋にはウェーブの金髪を一つに束ねて軽い化粧をし、灰色のスーツを着た母親がハンドバッグに財布などの荷物を入れていた。

「ママ、どこ行くの?」

「ええ。ママのお姉さんのエッダ伯母さんが営業の仕事中にケガをした、って連絡がきたもんだからファルゲデンに行って様子を見に行く事になったから留守番しておいてね。お姉ちゃん午後には帰って来ると思うし、パパも夜には帰って来るから。お昼ごはんはもう作ってあるから」

「うん、わかった……。行ってらっしゃい」

 母親は出ていき、リシェールは家に残った。リシェールは自室に入り、コートと帽子を脱いでベッドの上に転がった。

「リシェール、お帰り」

 執事蛇のクァンガイがベッドの下から出てきて、手足を伸ばして休んでいるリシェールに声をかける。

「ただいま」

 リシェールはかったるそうに返事する。

「どうしたんだ? 今日はお前の誕生日だってんのに何があった?」

「今、この家にいるのはわたしとクァンガイとオラフだけか、って人間わたししかいなくて」

「まぁ一人よりはいいんじゃねーか」

「それもそうだね。外は雪で友達んとこには行けないけど……」

 そう言ってリシェールは起き上がり、台所へ行って母が作ってくれたグーラシュ(シチュー)を食べ、その後は音楽を聞いたり携帯ゲームで遊んだりと過ごしていた。

 外の景色は雪で積もりだした頃、リシェールの家に呼び鈴が鳴った。リシェールは玄関の扉を開け、宅配便が来たのかと見回すと誰もいず、目の前の箱に気づいた。箱はラメ入りの黒い光沢で夜空を思わせる包装紙で包まれ、大きさは横長の長方形に靴箱半分の高さで、パールピンクのリボンで結ばれており、リボンにはメッセージカードが付いていた。メッセージカードには「リシェール・グラコウスへ」と書いてあった。カードを開くと、黒い亀の横顔と「君に新しい力を贈る」の文字がつづられていた。

「これってもしかして!」

 リシェールは箱を持ちあげ、玄関の扉を閉め、階段を駆け上って自室に入り、ドアを閉めた。

「く、クァンガイ……これ……」

 リシェールは黒いプレゼント箱をクァンガイに見せる。

「リシェール、そのプレゼントは……ん?」

 クァンガイはカードを見て気づく。

「これは玄武様からの……!? 一体中に何が?」

「今、中身を見てみるね」

 リシェールはリボンをほどいて包み紙を綺麗にはがし、真っ白な箱のふたを開ける。

「わあ……っ」

 リシェールが箱の中身を引っ張り出すと、一枚の綺麗な衣が入っていたのだ。衣の胴部は黒いビスチェ型で下に白地に金紐のコルセット、袖は黒いシースルーの振り袖で黒いシースルーのロングスカートの内側に黒いミニスカートが付いている。靴も黒いストラップシューズである。胸の中心には金色のブローチが付いている。

「綺麗な服だぁ。人間のパーティーに行ってもイケるよ! ヴァジーラ達からもらったプレゼントより断然いいね!」

 リシェールは玄武がくれた服を見て喜ぶ。

「あ、そうだ。クァンガイ。この服着るからベッドの下に行ってくれない。『もういい』と言うまでね」

「はいはい」

 クァンガイがリシェールから婦女(レディ)の着替えを見るな、といわれてベッドの下に潜る。リシェールは普段着のスクールカジュアルの服を脱いで玄武の送ってくれた衣を身につける。袖とロングスカートは絹を思わせ、胸部分とコルセットと中スカートと靴はメリンスのような肌触りであった。

「もういいよ」

 リシェールの声でクァンガイはベッドから這い出た。クァンガイが目にしたのは贈り物の衣を着たリシェールであった。

「どーお? お似合うでしょ」

 リシェールは衣をクァンガイに見せびらかす。

「お、おう。玄武様の服のセンス、あるんだな……」

 クァンガイが転化とは違う姿のリシェールを見て言う。ふとリシェールを見てみると、彼女の衣がシャボンのような細かい泡に包まれ、足元から消えていくのを目にした。

「うわっ、な、何!?」

「リシェール!!」

 クァンガイはこのままにしたらリシェールの身に何が起こるかと悟り、彼女の右腕に巻き付いた。そして、泡に包まれ、消えゆくリシェールと共にクァンガイも消えていったのだった。


「ここは!?」

 リシェールとクァンガイは黒い光沢の大きな部屋の中にいた。部屋は六角形で天井が高くて青々とした水の中で、魚が泳ぎ水草が揺らいでいる。部屋の角にはオレンジ色の光がともされていた。

「この部屋は……。いや、俺はここを知っている!」

 クァンガイが部屋の中を見て叫ぶ。

「ここは……漆黒殿!! 玄武様のいる所だ!!」

「えー!! 一体どうやってここに来たっていうのー!?」

 リシェールも驚く。部屋の六方には綺麗に漆黒石(オニキス)とは違う色の扉があり、その扉のリシェールから見て五時の方角が観音開きに開いて、中から三歳から十歳くらいまでの子供が十人出てきたのだ。

「来たよ! 聖神闘者が!」

「ようこそ、漆黒殿へ!」

「玄武様の所へ案内しよう!」

 リシェールは突然現れた子供達を見て戸惑った。子供達は顔や背丈や性別や着ている服は違うけれど錦鯉や金魚やグッピーやネオンテトラといった淡水魚の体の色やヒレを思わせる形の服を着ていた。中にはミルや水藻を思わせる水草の服を着ている子供もいた。

 リシェールは子供達の案内で部屋を出て、廊下の両側が分厚い透明な壁になっている回廊を歩いた。外の様子は明るい青の水中に鯉やナマズやカマスなどの魚が泳ぎ、岩や砂地からは大小の様々な水草が生えていた。

(そういえば漆黒殿の中って寒くもないし暑すぎでもない。水の中にあるから寒いってイメージはあったけど)

 リシェールは漆黒殿の中を歩きながら考えていると、一つの扉の前で止まった。

「玄武様がお待ちしております」

 案内役の子供の一人が言った。扉はゴゴゴゴ……という音を立てながら観音開きに開いた。そしてリシェールが足を踏み入れると、六角状の大広間に黒い甲羅と灰色の地肌、頭部に三対の黒角、赤い目の巨大な亀、玄武がいたのであった。




「よう来たな、リシェール。わしが贈った〈移転の衣〉の着心地はどうか? 想像していたよりべっぴんじゃのう」

 賢い老人のような声を出して、北大陸の五聖神・玄武はリシェールを見た。

「あ、どうも……。てか、この服〈移転の衣〉っていうの? 贈ってくれてありがとう。クリスマスなのか誕生日の方か知らないけど……どういたしまして」

 リシェールは愛想よく玄武に礼を言う。

「この〈移転の衣〉はわしの甲羅の繊維を絹や毛織糸と一緒に混ぜ込んで作られておる。

 この衣を着るだけでお前さんのいた所からこの漆黒殿に行けるという訳だ。

 さて、わしが〈移転の衣〉をお前さんに贈ったのは他でもない。転化帳越しで離せぬ大事な大事な話でな」

 玄武が大事な話をするというのでリシェールとクァンガイは真面目に聞く態勢に入る。

「お前さんに〈伝説五玉〉の一つ、藍静玉(らんじょうぎょく)を探してもらいたい」

「らんじょ、うぎょく?」

 リシェールは探し物の名前を聞いてきょとんとする。

「伝説五玉というのは数百年前に見つかった宝珠の事でな、黄色、水色、深緑、深紅、明紫の五つで持ち主の心次第で様々な力を発揮するのじゃ。

 正しき心の者が持てば平和が栄え、悪しき者が持てば混沌をおこりかねない。

 とある世代の聖神闘者がその石を持った時、多勢の邪羅鬼を一掃した。だが、その聖神闘者はその強大な力ゆえに心が浮かれ、世界を支配するという邪な思考が生まれてしまった」

(そんな人間の邪気から生まれた邪羅鬼を倒す聖神闘者がそんな事を……!)

 リシェールは伝説五玉を手に入れた聖神闘者の話を聞いて驚きおののいた。一人で強大な力を持つ者の行く末は〈破滅〉だという事をリシェールは知っている。伝説であれ神話であれ。

「それからわしら五聖神はその聖神闘者から伝説五玉を取り上げ、人間や邪羅鬼の届かぬ場所へ封印した。ところがだ……」

 玄武は一旦話を区切る。

「長い年月の間、地震や洪水といった自然変異の中で封印場所から流されていき、わしが封印した場所から遠く離れた地へ行ってしまった。

 調べの末、わしが管理していた藍静玉はお前さんの国、プレゼオにあるという事がわかった。リシェールよ、頼む。藍静玉を探しだしておくれ。邪羅鬼の手に渡る前に……」

 リシェールは頷いた。邪羅鬼が藍静玉を手に入れたらプレゼオをはじめとする北大陸の全てが破滅に陥る事を想像して。

「絶対に探しだしてみせるよ! 藍静玉を!」

「リシェール、よく言ってくれた……」

 玄武はリシェールの決意を見て安堵する。

「ありがとう……。わしも探しだしたいのだが、わしはこの漆黒殿で北大陸を支えなくてはならない。藍静玉を見つけたら、わしに渡してほしい。どうするかはわしに決めさせてもらうぞ」


「そういえばさっきから気になってたんすけど、この子たちは誰なんですか?」

 リシェールはこの漆黒殿の子供達は何なのかと玄武に訊ねる。

「この子たちはわしの侍従じゃ。といっても、人間ではないがの。正確には元人間というか……」

「?」

「この子たちは病や事故、他殺や自殺で亡くなった子供たちや若者の魂の生まれ変わりで、わしが新たな命と肉体を与えて仕えさせておる。極楽へ行けぬ魂が来世で長く生きられるようにな」

「……そうだったんですか」

 リシェールは幼女の一人に目を向ける。この子は半年前に亡くなった同国の他の州の女の子に似ている事を。情報ではこの子は実母を二歳半で亡くし、父親の再婚した相手から虐待され突き飛ばされた時に頭を強く打って亡くなった五歳の女の子だった。

(それに引き換え、わたしは両親も姉もいて、十三歳で邪羅鬼と戦う宿命を背負わされている分まだましなのかもしれない……)

 リシェールは幼女の頭をなでてあげる。

「また来るからね」

 リシェールは子供達にお別れのあいさつを言う。

「そろそろ帰らないとママが心配するといけないからなぁ……。そういや、どうやって漆黒殿からわたしの家に帰ればいいの?」

 リシェールは玄武に帰る方法を訊ねる。

「お前さんの胸元についている金具があるだろう。それを回転させれば家に帰れるぞ」

 リシェールは衣の胸元を見て、ブローチが帰巣装置だという事を知る。ブローチには金板が二枚になっており重なっており、上の部分は矢印状ダイヤルになっている。

「クァンガイよ、リシェールを頼むぞ」

「はい、玄武様。リシェールのサポートは尽くします」

 クァンガイはリシェールの肩に飛び乗り、リシェールはブローチを回す。そして〈移転の衣〉を着た時と同様、全身がシャボンに包まれ、足元から消えていった。

 リシェールとクァンガイはグラコウス家のリシェールの自室に立っていた。

「伝説五玉のうちの藍静玉を探せ、ねぇ……。ホントにあるのかなぁ?」

「玄武様が言っているんだから間違いないよ。このプレゼオに、な」

 これから邪羅鬼討伐の他、伝説五玉を探しださなくてはならない。これから何が起こっていくのか……。

「あ、そうだ。クァンガイ、〈移転の衣〉を脱ぐからベッドの下に隠れてよ」

「へーへー。女子(おなご)の着替えは見ませんよ、っと」

 リシェールは衣を脱いで普段着のピンストライプのシャツと黒いボタンベストと緑のスカートとハイソックスに着替えた。

 そして〈移転の衣〉をクローゼットに押し込んで学校の鞄からヴァジーラ達からもらったプレゼントを出して机上に置いた。

 外の雪は積もりに積もり、深々とペルヴェドを白く包んでいた。





「という訳で、今月二十五日は学校に集合して、鉄道研究部のクリスマスパーティーを行います」

 オレンジバレーハイスクールの一階にある一年C組の教室で、部長が教壇で鉄道研究会のクリスマスパーティーの内容を部員たちに説明していた。ケンドリオンも席の一角に座り、説明を聞いていた。

(クリスマスパーティーか……。あー、そういや今年からだよな、父さんとで祝うの)

 今年の夏に両親が離婚し、父親と二人暮らしになった今、年末年始は父親とだけだとケンドリオンは悟った。去年までは弟妹と共に教会のクリスマスパーティーに参加したり、夜は家族でパーティーを過ごしたものであった。

 クラブが終わるとケンドリオンは教室を出てオールドブルーの制服からコートを羽織り、自販機のある休憩所でホットコーヒーを買って一息ついた。学校内ではオールドブルーの制服を着た生徒が行きかい、ケンドリオンと同じ白色人種や祖先が南大陸特有の黒色人種や中間肌の人種と様々といる。

クリスマスまであと四日が迫っており、イブには秋学期の終業式があり、それから二週間は冬休みなのだ。それからは冬学期に入り、春になれば大学の受験日がある。

(入院した時、ヤバかったわー……)

 ケンドリオンはこの間の鉄道博に邪羅鬼が現れて戦いの最中にケガをして入院した。その時期に弟のエヴァンスが家出してきてケンドリオンの家に居候し、母親の元へ帰す鉄道博見学の日に邪羅鬼と戦った。傷を治すまでに一週間入院し、退院した日は学期末テストの前日であったものの、幸いにも父が教科書や問題集を届けに来てくれたのでテスト勉強はクリア。テストはいつもは五番以内に入っているケンドリオンだが、今回はケガのせいで上から十番目になっていた。テスト用紙に答えを書き込む時に傷が痛み、各教科の点数が十点下がってしまった。

 順位表を見ている時、ケンドリオンをライバル視する女子生徒、テイラー・カーリンがいつもはテスト成績発表の時にはケンドリオンが自分より上なのを見て悔しがっているのに対し、今回はケンドリオンに勝ったと威張っていた。

「ざーんねんだったわねー、ケンドリオンくん。校内の優等生であるあなたがわたしより下になるなんてどーゆーことなのかしらねー」

 テイラーは仁王立ちして言いながら、余裕の笑みを浮かべていた。テイラーは中央大陸人の血を引いており、くせのあるコッパーブロンドをショートにしており、四角眼鏡にエメラルドの瞳をケンドリオンに向けていた。

 だが、ケンドリオンはテイラーの台詞など聞くよしもせず相手にしなかった。ケンドリオンには競争意思が少なく、むしろ競い合う関心がなかった。ケンドリオンはテイラーの顔を見ると、すたすたと去っていった。真後ろでテイラーがケンドリオンの悔しがる反応を見たかったのに相手にされなかったことに地団太を立てた。

 ケンドリオンが休憩所の椅子に座っていると、くせのある栗色の髪にサルビアブルーの瞳をした友人、ジェイミーが現れた。

「やあ、ジェイミー。クラブ終わったのかい?」

「うん。積雪警報が出たから早く帰ることになれてね……。

 あのさ、ケンドリオン。イブの日にうちに来ない? うちでクリスマスパーティーをやるから、お父さんも呼んで」

 ジェイミーがケンドリオンにホームクリスマスパーティーの誘いを出してきた。

「えっ、いいのか? しかも父さんも、って……」

「うん。二人で過ごすよりうちに二人を呼んだ方がいいかな、って僕の両親が言っていたから」

「ありがとな、ジェイミー。父さんにも言っておくよ!」

 ケンドリオンはジェイミーに握手する。それはちょっと強引なもので。たまたま通りかかった幾人かの生徒がケンドリオンとジェイミーの様子を目撃しており、引いていた。




 グラスフィールドの町とその周辺は冷気に包まれており、雪の降る日も連日続いた。気温が昼は十度前後、夜は零下にまで下がることもあった。道も木々も家々の屋根も白い雪に覆われた。現在はクリスマスの時期で、庭にもみの木を立ててクリスマスツリーにする家もあれば、室内にクリスマスツリーを飾る家もあった。

 ケンドリオンは毎日犬の顔のようなレトロバスに乗り、オレンジバレーの学校とグラスフィールドの自宅を行き来し、コートを着て更には学校では革の短靴に対し、雪だらけの通学路では合皮革ブーツに履き替えてバス停から家へ。短靴では雪が中に入って溶けたら困るのでブーツを使っていた。

 グラスフィールドの町では子供たちは帽子も手袋もマフラーもコートも身につけて広場で雪合戦や家の門前で雪だるまを作ったりしている光景が目に出来た。道路では畑仕事に行けなくなった農夫が雪かきをしていた。

 ケンドリオンの口からは一歩進むたび、白い吐息が出ている。そしてやっと、露草色の屋根の広い敷地に建つ家、『草笛荘』に帰って来ることが出来た。

 今日はクリスマス・イブと共に高校の終業式で正午で終わり、ケンドリオンも午前で帰宅して、夕方五時には父と共に家を出て、ジェイミーの家のクリスマスパーティーに出かける。

「う~、寒い寒い。早く温まらないとな~」

 ケンドリオンは家に入ると服や頭についた雪を払い、ブーツを脱いで居間の暖房をつける。居間にはクリスマスツリーが立てられており、一メートルの小ささだけど、星や天使やサンタクロースの飾りで施されている。

 ケンドリオンは二階の自室へ行って制服から紺のニットとベージュのワークパンツに着替え、キッチンに行って昼ごはんとなる冷凍されたチキングラタンをオーブンに入れて解凍し、更にパンとバターを取り出して昼食を済ませた。昼食を食べ終えて片づけをしていると、呼び鈴が鳴った。

「はーい」

 ケンドリオンは食器を台所の流しに入れ、駆け足で玄関に向かう。玄関の扉を開けると人影は見当たらず、雪で染まった道や庭や木々が見えるだけであった。

「おっかしーな、いたずらか?」

 ケンドリオンが見回すと、真下に箱があるのを目にした。大きさは靴箱より少し大きめで高さは靴箱の半分、青いメタリックな包装紙によって包まれ、赤いリボンで縛られていた。リボンにはカードが一枚挟まっており、カードを開くと「ケンドリオンへ」と書いてあった。

『君に新しい力を贈る。

蒼龍』

と書かれていたのだった。カードには青いドラゴンの横顔も刻まれていた。

「新しい力を贈る? 蒼龍、クリスマスだからってクリスマスプレゼントにしなくたっていいのに……」

 ケンドリオンは小さく吹く。そして箱を持ちあげ、二階の自室に行ってプレゼントを開けてみた。メタルブルーの包装紙と赤いリボンを取り、白いふたを開ける。

「これが新しい力!?」

 ケンドリオンは箱の中身を見て叫んだ。中には見慣れぬ服が入っていたのだ。ガウンのようなコバルト色の衣に内着のような薄藍のシャツは袖が長くて先がラッパのようになっており、薄藍のズボンもパンタロンのようで、ガウンを締める帯は金色で留め具も金色の金具である。靴もガウンと同じコバルト色でつやのある絹のような生地で内着も軽くて丈夫な麻という肌触りである。

「この服を着ると何か出来る、っていうのか? 闘者の衣とどう違うんだ?」

 ケンドリオンは衣を見て独り言を言う。だけど折角蒼龍が贈ってくれた服だから、とためしに衣を着てみた。丈はケンドリオンの寸法と合っていた。見た時は重そうと思っていたら意外と軽かった。

と、その時、ケンドリオンの衣から植物の細いツルがいくつも生えてきてケンドリオンはそれを見てパニックになった。

「うええええ! なっ、何だよー!?」

 植物のツルはケンドリオンを包み込み、ケンドリオンは大きな種のようになって種はフッと消えていった。


 種はある建物の中に落ち、種皮が割れて中からケンドリオンが出てきた。

「ぬはっ! どういうこった!?」

 ケンドリオンが腰をさすりながら辺りを見回すと巨大な十二角形の部屋にいた。天井も壁も柱も床も空の大気圏のはてを思わせる天青石(セレスタイト)で出来ていてキラキラまばゆいている。すると十二面のうち六つある扉の一つが開いて、十二歳から四歳までの子供たちが入ってきたのだ。

(な、何だ、この子たちは!?)

 ケンドリオンは子供たちを見て驚いた。金髪や赤毛の子や白色人もいれば黒人も先住血統の子が花や木の葉をかたどった服を着ていたからだ。まるでお祭りかのように。

「この人が蒼龍様に選ばれた聖神闘者?」

「頭良さそうだね」

「ついてきて下さい。蒼龍様があなたを待っています」

 最年長らしい男児の台詞を聞いてケンドリオンは、何かを思い出したかのようにリアクションをとった。

(そうか、ここは東大陸の聖神、蒼龍の住まう神殿か……。四ヶ月前に来たというのに、すっかり忘れていた)

 ケンドリオンは子供たちの案内で天青殿の中を歩いていった。広く長い廊下も澄みきった空気のような天青石で、廊下にもたくさんの扉があるがスルーされていった。そして大きな観音開きの扉の前で止まった。

「蒼龍様、聖神闘者が来ました」

 少年が言うと、扉の奥から「うむ」という男の声が飛んできて、扉がゴゴゴ……と音を立てて開かれた。中に入るとさっきより巨大な部屋にロイヤルブルーの鱗に覆われた二本の角と金の双眸を持つ巨大なドラゴン、蒼龍がいたのだ。

「久しぶりだな、ケンドリオン・アーベル」

 蒼龍は巨大ながらも細長い体を器用に座り、ケンドリオンに金の眼を向ける。

「ああ、久しぶりだね……間近では」

 ケンドリオンはクスッと笑って返事をする。

「私が贈った〈移転の衣〉はどうだ? 中々似合っているではないか」

「え? ああ……この服、やっぱり蒼龍のからだったんだ。クリスマスプレゼントとして?」

「それもあるかもしれんな。〈移転の衣〉は袖を通しただけでこの天青殿に行ける衣なのだよ。衣には絹糸や麻糸の他に私の鱗を混ぜているため天青殿に行けるのだ」

「なるほどねぇ」

「さて、本題に入ろう。実はというと、転化腰では話せぬ用件でな。聞いてくれるか、ケンドリオンよ?」

 蒼龍が大事な話をするというので、ケンドリオンは話を聞く態勢に入った。




 今から数百年前、五大大陸の各所で伝説五玉が見つかった。伝説五玉とは持ち主の心次第で大いなる力が与えられる五つの宝珠で、東大陸では深緑の〈緑幸玉(りょっこうぎょく)〉が見つかった。

 その時代の聖神闘者は伝説五玉を見つけた時、多勢の邪羅鬼を一掃した。邪羅鬼に襲われていた地域には安穏と平和が訪れた。そこまでは良かった。

 邪羅鬼を一掃した後の聖神闘者は伝説五玉の力に溺れ、やがて人類をはじめとする全生命を支配しようという思考が芽生えてしまったという。

「邪羅鬼を一掃しただけでなく、やがて邪羅鬼と同じようなことを……」

「そうだ。そこで我々はその聖神闘者から伝説五玉を取り上げ、人間も邪羅鬼も手に届かぬ場所に封印した。

 だふが、地形変動や洪水などで封印場所から離れ、流れていった。私の調べではサンセリアにあるとわかった」

 蒼龍はとくとくと伝説五玉の経緯をケンドリオンに語った。

「ケンドリオン、君に将来がかかっていいるというのはわかる。私の代わりに伝説五玉を探しだしてほしい。時間の余裕がある時だけでいい。

 私も探しだしたいのは山々だが、東大陸を守るために天青殿にいなくてはならない……」

 ケンドリオンは蒼龍の話を聞いて少ししかめっ面する者の、決心する。

「わかりました、探します。伝説五玉の一つ、〈緑幸玉〉を……。要は邪羅鬼より早く手に入れればいいのでしょう?」

「そうだ、頼むぞ、ケンドリオン」

 ケンドリオンは蒼龍の依頼を引き受け、一旦家へ帰ることにした。それからケンドリオンはこの子供たちはどこの誰で、どうして天青殿にいるのか訊ねてみた。

「この子たちは……早くに亡くなった者の魂の生まれ変わりだ。病死、事故死、自殺、他人に殺された子もいれば、親から虐待を受け亡くなった子供もね」

「……!」

 ケンドリオンは天青殿の子供たちの経緯を知って衝撃を受けた。

「そのような子供は極楽には入れず、私が天青殿に置いてやっている。私に仕えることで今度こそ幸福に満ち足りた永き一生を過ごせるように、と」

 ケンドリオンは天青殿の子供たちを見て思った。以前、鉄道博に行った時、弟エヴァンスが邪羅鬼に襲われていて、そうでなくても戦いに巻き込まれていたら……と考えてしまった。

「それじゃあ、今度こそ帰りますので。どうやったらグラスフィールドの家に帰れるんですか?」

 ケンドリオンが蒼龍にどう帰還すればいいのかまた訊ねる。

「帯を見てみるがよい。その帯止めを回せば帰れるよ」

 蒼龍に言われてケンドリオンは〈移転の衣〉の帯止めを見てみる。薄い金色の金属板が付いており、上が矢印、下が円盤になっている。円盤には絵文字が刻まれている。

「それでは……また来ます」

「ああ。伝説五玉が見つかったら私に見せてほしい。どう処理するか私が決める」

 ケンドリオンは蒼龍に別れを告げると、帯止めの帰巣装置を回し、衣を着た時と同様、無数の植物の蔓に囲まれ、種となって天青殿から消えた。


 種はケンドリオンの家の自室について、また種が割れて中からケンドリオンが出てきた。

「お、おお~、帰ってきた……」

 ケンドリオンは見慣れた室内を見て安堵する。本棚と一体化した机に反対側の壁にクローゼットとベッド、アイボリーのじゅうたんに黒いマドラスのカーテン。ケンドリオンは目覚ましの文字を見てはっとする。

「もうすぐ三時だ。父さんがあと二、三十分で帰ってくる。そーいや、ジェイミーの家って歩くと時間がかかるんだった」

 ケンドリオンは〈移転の衣〉を脱いでたたんで、クローゼットの中に押し込んだ。そしてクリスマスパーティーにふさわしいシャツとジャケットとパンツを出す。

 カクテルパーティー用の白い丈短のスーツと深緑のシャツ。そしておとといクリスマスプレゼントの箱、一つは父に一つはジェイミーである。

 ケンドリオンはクローゼットの衣と一緒に贈られた箱の〈移転の衣〉を見て思った。

 これからは邪羅鬼討伐の他、伝説五玉も探しださなくてはならない。どんな苦難が強いられるかはケンドリオンもわからない。

 ケンドリオンはクローゼットの戸を閉め父が帰ってくるのを待った。そして父が帰ってくると、隣町のジェイミーの家へと車で走っていった。

 藍色になりかける空の中、雪がしんしんと降っていた。




 ジャングルシティとランゴ中級学校の間の平地に白い要塞風の建物があった。屋根も柱も壁も白く、丸みを帯びた屋根からはとんがり屋根つきの層が生えたようなこの建物はランゴ政府立児童保護局である。

 ジャングルに近い荒れ地に建てられた古い要塞を増改築し、ランゴ年政府が所有している。要塞の周りは侵入者よけの高い柵、庭園には様々な木々や花が植えられ、児童たちの心を和ませ、木に成るイチジクもマンゴーも丸々と大きな実をつけている。

 その建物の中にサユ・コーザはパイン木材の事務机に座り、書類をアルファベッド順のファイルや色別に分けられた箱型ケースに入れてまとめていた。

「事務も思ったより大変だなぁ、マルゼル動物園よりはきつくないけど」

 児童保護局内の事務スペースはサユの学校の教室と同じ広さで、パインなどの木材机六つと車輪付きの回転椅子六脚、棚は両壁に設置され、床は木材で床が椅子の車輪で傷つかぬように麻のラグが敷かれている。天井には丸い燭台型灯が下がり、一つだけの窓には日除けのすだれが下げられて、隙間から風が入っていく。

 通学と聖神闘者と自立資金集めのアルバイトがたたってサユは疲労で倒れ、学校の先生の紹介で児童保護局の事務のアルバイトに変えたのだ。マルゼル動物園の人々や長い間世話をしていた子カバのベラルダと別れるのは惜しかったけど、ベラルダは他のスタッフから世話をしてもらっていると聞いて安堵した。

 児童保護局ではサユは報告書の整理や原稿の校閲(訂正)、領収書の計算といったデスクワークである。サユは児童保護局支給の白地にオレンジラインの作業服を制服の上から着て新たなアルバイトに勤しんでいる。




 児童保護局に入るのは大抵、大人に虐待された子供たちである。暴力、育児放棄、売春強要……そういった十七歳までの児童を大人たちから引き離し、保護をして自立活動を教育している。大人たちの虐待によって心を病んだ児童たちは重度は個室、経度は年代別に四~六人で寝食している。中にはサユの学校の生徒もいて、その少女はまだ十二だが母親の再婚相手から暴行を受け、更に母親が他の男の所へ逃げて、その少女は児童保護局に入れられたものの重度疾患の個室で学校にも行きたがらず一日の大半を個室で暮らしているという。

 サユも孤児だが幸いサユはツドイ家に引き取られ、寝所も食事も衣類も与えられていたから良かったものの、誰も引き取ってくれなかったら良くて保護局、悪くて娼婦として働かされていたかもしれないと思うことがしばしあった。イロナの父親はランゴとは違う地区の保護局で働いている。

 サユは日曜日と水曜日と金曜日以外は学校が終わってから一時間、土曜日は三時間務めで保護局に通っていた。土曜日のお昼時には保護局の児童や局員と一緒に昼食を食べることになっていた。その食事というのがわびしいもので硬い歯応えの黒麦パン二切れと野菜の煮込み、肉か魚は一日おきに替わるが安い川魚か臭みのある野獣の肉でデザートは週一、二回ある程度で飲み物も真水である。いつもはツドイ家で食べている食品と違い、サユは驚いた。

(みんな文句は言わないのかな……)

 サユはそう思ったけれど、親や引き取り手に食べさせてもらえない児童のことを思うとわびしい食事でも食べられればいいと思いなおした。

 サユは児童保護局に来る時、吹き抜けや廊下の窓から見えるプレイルームや多目的室の児童を見て遊んでいたりケンカしている様子を目にしている。そしてもうすぐクリスマスが近く、児童局のロビーには中央大陸北部から輸入したもみの木を立て、雪だるまや天使やベルなどのオーナメントで飾られ、クリスマスとイブの二日間だけ滅多に食べられない七面鳥とローストビーフとケーキが食べられるのだ。因みに豚肉はサユの国では禁食でけがわらしい生き物ということで誰も口にしない。ベーコンもハムも豚骨スープも。

「サユさん、クリスマスもお仕事あるけど来られる?」

 児童保護局の経理担当の女性局員から仕事を頼まれた時、サユは一も二もなく了承した。

「はい。クリスマスからは学校休みなので」

 サユの学校はイブに一学期の終業式があって、それから半月は年末年始休みである。サユは四時半までアルバイトづとめをし、バン・ダルーイやバオバブなどの生えたジャングルシティへと帰る。ジャングルの上の空は朱色と紫に染まり、夕日が半分地平線から出して赤くなっていた。

 巨木バン・ダルーイの中が部屋になっているサユの町は皆仕事を終えてバン・ダルーイの中へ入っていく。サユも一つのバン・ダルーイの中に入り、待っていてくれたツドイ家の住人にただいまのあいさつを告げる。

「ただいま帰りましたー」

 居間と一つになっている玄関でサユは居間のソファに座るイロナとその兄コーベンに言う。

「サユ、お帰り~」

 イロナは制服から普段着のキャミソールとスカートになっており、サユに寄り付く。サユも自分の部屋に行って制服から普段着のワンピースに着替える。制服を戸棚にしまう時、制服のポケットから転化帳を取り出して十日前の出来事を思い出していた。

 その日、学校に邪羅鬼が現れイロナと他の居残りの同級生が邪羅鬼に襲われ、炎の力を持つサユとは相性の悪い水の邪羅鬼で学校教諭として邪羅鬼と聖神闘者の捜査をしにやって来たWUPのアーメッド・シモンとイロナによってサユが赤い衣の聖神闘者だと知られてしまったのだった。だがイロナとアーメッドはサユを見守る立場として今に至るのであった。朱雀に聖神闘者としての秘密を知られてしまったと話すと、朱雀は激怒しなかったものの、サユを叱った。

「全く、あなたの活躍を知ったのが同居人の女の子と顔見知りのWUP捜査官だったら良かったものの……もし見ず知らずの誰かがあなたの秘密や邪羅鬼の存在を知ってしまったら、南大陸の人たち全員に多大なる迷惑がかかったのですよ。ほうせんかの種が辺り一面に弾け散るように。

 特に辺境では古代からの原始的な暮らしをしている住民は呪いとか魔物に敏感なんですからね」

 朱雀は転化帳越しにサユを説教したのち許してやった。南大陸は機械などの最先端技術で暮らしている地域が多く、年々少しずつ減少しているとはいえ、手作業などの古代からの暮らしを用いている種族や部族は内陸部の方に残っている。また古代からの文明や文化を受け継ぐことで後世に伝えようとしている国もある訳だが。


 十二月二十四日、クリスマス・イブ。学校のみんなは正午で帰宅し、明日から年末年始休みに入る。南大陸は熱帯や亜熱帯の地域が多く、南極に近い国にしか雪は降らない。ましてやロプスは一年が乾季と雨季に分かれ、乾季は晴れの日が多く、農家にとっては作物の刈り入れ時であった。

 サユとイロナはその日、一緒に下校し一緒に昼食を食べ、児童保護局内でのアルバイト休みの日、二人でファッション誌を読んだり、お菓子を作ったりして過ごした。コーベンが帰ってくるのは夕方、よそへ働きに行っているツドイ夫妻も帰ってくるのは夜七時。それまでサユトイロナだけ。

 二人で作ったフルーツゼリーが程良い固さになる頃、子供たちの寝室の真下でドサッという音がして、サユの部屋でたむろっているイロナがその音に気づいた。

「何だろ、今の音……サユ、悪いけど見に行ってくれない? あんた正義の味方でしょ?」

「しょうがないなあ……」

 イロナはしっかりしているが、人間の悪者や邪羅鬼を含めた化け物になると別だ。サユは二階に降りて懐に転化帳を隠して居間と玄関を確認。足音を立てぬよう玄関へ直行し、扉を開け怪しい人物の有無を調べる。怪しい人物はなかったがポーチに一つの箱が置いてあった。赤いメタリックの包装紙に空色のリボン。リボンにはカードが挟まっている。カードには「サユ・コーザへ」と書かれており、二つ折りを開くと数行の文字と赤い鳥の横顔が刻まれていた。

「あなたに新しい力を贈ります。

朱雀」

「朱雀から……? 何で?」

 サユはどうして五聖神の朱雀がサユにこのような贈り物をしてきたのかわからなかった。しかし先程の「ドサッ」という音はプレゼントの箱というのがわかった。




 サユは朱雀からの贈り物を上の階の自室へ運んでいき、部屋の真ん中に置く。イロナはサユ宛ての朱雀からの贈り物を見て羨ましがる。箱は靴箱より一回り大きく靴箱の半分の高さで、サユがリボンと包み紙を解いて真っ白な上ぶたを外すと、一枚の衣が入っていた。

「うわっ、キレー……」

 イロナは衣の美しさに見とれる。衣だけでなく、靴や金色のブローチの小道具も入っていた。

「サユ、着てみて。見てみたい」

 イロナにせかされてサユは赤いピンストライプのシャツワンピースから朱雀がくれた衣を見てみる。丈はぴったり、胸元の大きく空いたホルターネックとバッククロスの赤いトップ、フェミニンな前張りの古代紫のロングスカートと連極のチーパオを思わせる白いスカート、両手は中指に通すひじまでの長さの赤い手袋、足元は足首を覆う赤いサンダル、胸元には金色のブローチ。どれも風通しや肌触りのいい更紗っぽい布地で、その衣を着たサユはまるでお姫様のようであった。

「サユ、綺麗! 似合っているよ!」

「そんなことない……ん?」

 衣を着たサユの体に異変が起きていた。サユの体に細かな赤い炎が渦となってサユを包み込み、それを見ていたイロナは炎を見て騒いだものの何をしたらいいのかうろたえており、その間にサユの姿が足元から消えて、炎もなくなっていた。

「サ、サユ……?」

 サユは姿も形も消して、サユの部屋にはイロナと衣が入っていた箱が残されていた。


「ん……」

 サユが目覚めると、天井も高く壁も床も広い大きな部屋の中にいた。壁も床も赤い日長石でできており、壁の隅にある柱には何本ものの細い横棒がある。まるで鳥が止まる枝のように。そのとまり木には何十羽ものの鳥が止まっていて黄色いカナリアや青灰色の鳩、九官鳥やキバタンなどの小型や中型の鳥が多く、鳥たちの中で一番大きい頭と尾羽が白い鷲がサユの前に跳んできて、ついてくるように前を飛ぶ。サユが鷲の後を追うと、さっきの小鳥が四羽ほどサユの肩に止まってきた。

 サユがいた部屋の扉が大きく軋んで開き、長くて広い日長石の色をした回廊をサユは歩いた。どんな景色まではわからなかったが、中庭があって、その中心には巨大な一つの大樹があった。その木に鳥たちが飛んだり止まったり、木の根元の池にはカモやガンやフラミンゴなどの水鳥、木の根のそばの地面には孔雀やニワトリが歩いていた。

 回廊にはいくつかの扉があったが通り過ぎていき、サユは一つの扉の前に立った。すると扉がゴゴゴゴ……と開いて、さっきサユがいた部屋よりも巨大な部屋に赤と金の羽毛に覆われた大きな赤い鳥が緑の双眸をサユに向けていた。

「あなたは……!」

 サユは巨鳥を見て叫んだ。そして鷲をはじめとする鳥たちはサユから降りて、朱雀の前に立つ。

「サユ、ようこそ。久しき日長殿へ」

「あ、そうか。ここは朱雀の神殿……」

 サユは自分の今いる場所と巨鳥を見て思い出す。朱雀はサユの着ている衣を見て、女の美声を出して言う。

「私が贈ってあげた〈移転の衣〉はどお? この着物は袖に通しただけで日長殿に行けるようになっているの」

「へー……そうだったんですか。ありがとうございます。わざわざクリスマスに……」

「絹糸や綿糸の他に私の羽毛も素材として使っているから日長殿へ行けるの。

 さて、私がサユに〈移転の衣〉を贈ったのは転化帳越しでは離せない要件なの。ちゃんと聞いてね」

 朱雀が大事な話をするというので、サユは耳を傾ける。

「今から数百年前……何世代か前の邪羅鬼が活動していた頃、五大大陸で伝説五玉という宝珠が見つかり、南大陸では深紅の宝珠、紅熱玉(こうねつぎょく)が見つかった。伝説五玉は持ち主の心次第で大いなる力を与えてくれる宝珠。その世代の聖神闘者が伝説五玉を手にした時、多くの邪羅鬼を一掃し、邪羅鬼から被害を受けていた人間たちは恐怖から解放された。

 そこまではよかった。それからしてある世代の聖神闘者が伝説五玉を使って、人間たちを支配しようと伝説五玉を悪用した」

「えっ!」

 サユは人間の平和と安穏を守る筈の聖神闘者が伝説五玉を悪用しようとしていた話を聞いて驚いた。

「伝説五玉の力に溺れた聖神闘者が私利私欲のために使われる前に、私たち五聖神は伝説五玉を取り上げ、人間も邪羅鬼も手出しできない場所に封印した。

 それから封印場所から伝説五玉が雨季の豪雨や人から人へと流れていき、あなたの国ロプス辺りに留まっていると調べで分かった。

 サユ、あなたに探してほしいの。紅熱玉を……。私も探したいけれど、私は南大陸を支えていなくてはならない……」

 サユはしばらくためらっていた。学校などの普段の生活の他、邪羅鬼討伐もあるのに伝説五玉も探しだすなんて思ってもいなかった。

「邪羅鬼の手に渡ってしまったら、南大陸の生命が根こそぎ喰われてしまう……」

 朱雀が呟いた時、サユのためらいは打ち消され、サユは頷く。

「探します、伝説五玉を」

「ありがとう、サユ。伝説五玉を見つけたら、私に差し出してほしい。どう処理するかは私が決めさせてもらいます」


 


 サユは朱雀の依頼を引き受けると、ランゴにあるツドイ家に帰ることにした。その前に日長殿にいる鳥たちはどうしてここにいるのか朱雀に聞いてみた。

「この鳥たちは……南大陸の早世した人間や生き物の魂の生まれ変わりよ。本来ならば老人や老体まで生きる筈が病や事故や他殺、自殺して早くに亡くなった者が来世こそ長く生きれるようにと私の元で仕わせているの」

 サユはその生い立ちを聞いて悲しく感じた。南大陸の多くは医学医術の未発達、流行病、売春などで心を病んで自死する者、更には戦争の若年兵として散る者がごまんといる。自分やイロナや学校の級友たちは幸せな方、というか長く生きれるだけでもありがたく思えた。

(私のお父さんやお母さんも日長殿にいるのかな……)

 サユはそう考えると、十年二十年先の未来に父母の魂の生まれ変わった姿に会えそうな気がした。

「サユ、ランゴの町に帰りたいのなら、胸元のブローチを回すと帰れますよ」

 朱雀に言われてサユは〈移転の衣〉の胸ブローチを見てみる。薄い金色の板を二枚に合わせたブローチは下が目盛、上が矢印になっている。ブローチの矢印を回して、目盛の大きな部分に当てると、サユの体に炎の渦が出てきて、サユを包み込んで消えたのであった。

「伝説五玉を持ってきたらまた来ますね……」

 サユは朱雀と鳥たちに言うと、足元から姿が消えていって、ランゴの帰省先へとワープした。


  ランゴのジャングルシティのバン・ダルーイ居住区のツドイ家ではイロナがサユの部屋でうろうろしたり座り込んで髪の毛を掻きむしったりしていた。このままサユが戻ってこなかったらどうするんだと悩んでいると、紅色の熱気と共にサユが現れてイロナの前に立った。

「サ、サユ……」

「イロナ、ただいま。待たせ……ちゃった?」

 イロナは涙ぐんだ目をサユに向けて、両拳を叩いてきた。

「サユのバカぁ~。あんたが戻ってこなかったら、私、私……」

「ご、ごめんね。でも私もこれからが大変になると朱雀から聞かされて……」

 サユはイロナに日長殿での出来事を語った。

「伝説五玉か……。邪羅鬼の手に渡る前にあたしも協力するっ」

「ありがとう、イロナ……」

 そしてサユは〈移転の衣〉を脱いでクローゼットにしまい、普段着のシャツワンピースに着替えた。

 サユの生活は一段として厳しくなるが文句は言ってられない。これからどんな困難が来ようとサユには仲間がいる。仲間の励ましや助言があれば越えられそうな気がした。

 そして、夕方七時にツドイ家の住民すべてがそろい、クリスマスパーティーがにぎやかに行われた。




「メリークリスマス!!」

 コロナ植物研究センターの温室で盛大なクリスマスパーティーが行われた。フィロス中級学校の体育館と同じ大きさの温室には東西南北中央の大陸の植物がブロックごとに分けられ、中心の円状スペースには二.五メートルのクリスマスツリーが立てられており、雪代わりの綿やトナカイやサンタクロースなどのオーナメント、頂にはプラチナメッキの巨大な星がまつられていた。

 クリスマスツリーの周りにはケーキや七面鳥などのクリスマス料理が乗ったテーブルが五つ並び、クリスマスパーティーに呼ばれた人々が立食を楽しんでいた。研究所長の娘、ロザリンドの学校のクラスメイトはもちろん、研究センターのスタッフも楽しんでいた。

 コロナ植物センターはフィロスの有名な施設の一つで、五角形屋根の大型温室と六角形の白い壁の研究所と研究所の後ろに一家の住まいである藤紫の屋根と桜色の板壁の一軒屋がある。

 研究スタッフは麻の服の上から白衣を着こんでおり、センター長とその息子も白衣を着ていた。温室内の植物は北が中央、時計回りに北、東、南、西と植えられている。満開の花もあればつぼみもあり、実をつけている木あれば芽吹いた草もある。

 バルトゥルも四歳のクリスマスから数えて十年ぶりのクリスマスパーティーを祝っていた。幼い日のクリスマスはあまり覚えていないけれど。クリスマスは確か一万年前の聖者の誕生日であることは養父母から聞いていた。トルスカも車椅子に座った状態だけど、三種類あるケーキの一つ、丸太ケーキ(ブッシュドノエル)を一切れ食べていた。ロザリンドも兄と母と共に一年最後の祭りを楽しんでいた。

 ロザリンドの兄、ブランドは十八歳。三年前に飛び級で東大陸のカプサネという国の大学の植物学科を卒業し、それからは母の助手としてまた砂漠緑地化の研究にも勤しんでいた。一八〇センチの長身で引き締まった体躯に褐色のカールヘアと金の双眸と高い鼻と男前な顔つきで、母のシベールは褐色のウェーブを肩まで切りそろえ、ロザリンドと同じ菫色の瞳、背も一七〇センチ近くてほっそりしている。

 バルトゥルは山で暮らしていた頃の友達、金毛山猫のミグ、角兎カルクもクリスマスパーティーに連れてきていた。スタッフの幼い子供がミグをなでていたり、カルクにスティックにした人参をあげていた。

 プレゼント交換もやった。くじ引きで他の人のプレゼントを受け取ったりして、中身を見て楽しんでいた。バルトゥルはまあなんと、『生き物何でもランキング』というフルカラーの大型絵本を手に入れたのだ。バルトゥルはとても喜んだ。バルトゥルが用意した木を削って作った翠麒の人形は幼い兄妹の妹が手に取っていた。それはバルトゥルがいつしか助けた兄妹であった。


 


 そして夕方になり、コロナ植物センターのクリスマスにお呼ばれされた人たちは帰宅していき、バルトゥルもミグ&カルクを連れてリンゴの木と柘榴の木がある果樹園へと帰っていく。リニアスは常春の国で霜や雪が現れることはない。気温も平均の二十度で夏は+五度が付けク加えられるくらいで歳の瀬の今も-五度に下がる位であった。空は朱色に染まり太陽が西へ沈み、白い立方体の家々は一世帯に育てる作物の違う畑が二、三ある。

 バルトゥルの家でも養父母が果樹園での仕事を終え、家の中へ入っていく。

「ただいまー」

 バルトゥルは家の中へ入り、両親にあいさつをする。

「バルトゥルお帰り。クリスマスパーティー楽しかった?」

 オレンジブロンドにオリーブ色の瞳の壮年の女性、マーニャ・シャロンがバルトゥルに訊ねる。

「うん。楽しかったよ」

「そう、それは良かった。あのね、バルトゥル。あんたが帰ってくる何十分か前にあんた宛のクリスマスプレゼントが届いていたよ」

「?」

 マーニャによると、主人のサムエルが農作業中、マーニャが二階のアトリエで新しい軟膏を作っている時に呼び鈴が鳴ってマーニャが玄関に来てみると誰もいず、門前に一つの箱が置いてあったという。添えてあったカードには「バルトゥル・リムド」と書いてあった。

 マーニャとサムエルは最初はいたずらかと思っていたが、かといってバルトゥルの許しもなく中身を開けるのも申し訳ないと思って二階のバルトゥルの部屋に置いたのだった。

「もしかするとバルトゥルの伯父さんからかもな」

 髪の毛もひげも目も黒いバルトゥルの養父、サムエルが風呂場へ入ろうとしながら言った。バルトゥルの亡き両親の兄弟がバルトゥルの生存を知っていてクリスマス祝いに贈ってくれたのだと。

「七時になったら夕飯だから、その時来てね」

 二階への階段を駆け上るバルトゥルとその相方二匹を見てマーニャが言った。


 バルトゥルの部屋はダークブラウンの木材家具と色んなおもちゃがある。チェス、オセロ、ボードゲーム、カードゲーム、紙と木で作った飛行機模型もある。例のプレゼントはベッドの上に置かれていた。

 靴箱より一回り大きく靴箱の半分の高さで、エメラルドグリーンの光沢の包装紙とパールホワイトのリボンで飾られた箱にはバルトゥル宛てのメッセージカード。カードを開くと、

「君に新しい力を贈る

翠麒」

と書いてあった。

「へー、五聖神もクリスマスやるのかぁ」

 バルトゥルは呑気に言いながらリボンと包装紙を取り、箱のふたを取ってみる。

「服……?」

 バルトゥルは箱の中身を見て呟く。横からミグとカルクも覗き見る。

 その服は常盤緑と薄緑の二枚組で、薄緑の方は肩出しの長袖で麻のように薄くて軽く、常盤緑は袖なしのチュニックのようで厚めの木綿地という感じ。ズボンもチュニックに近い素材の布地でこちらは重鉄鉱のような暗灰色で足首が出るくらいの丈で、靴も厚手木綿みたいなシンプルな型の常盤緑である。帯は金色で金細工の帯止めが付いている。

「むぅ、転化の時の服とどう違うのか……?」

 バルトゥルは翠麒の贈ってくれた服を見て呟く。それからそのままにし、夕御飯の時間までクリスマスプレゼントの絵本をベッドに寝そべって読んだ。

 クリスマスの晩ご飯は先日のイブの余り物でローストチキンの骨を出汁にしたスープ、川魚のフライ、リンゴサラダに普段の黒パンと羊乳バターである。今夜は質素というか祭日以外の普段食に戻したという感じである。

「バルトゥル、明日はクリスマスツリーを片づけるからな。年末はお正月さんを迎える為に大掃除だからな」

 養父がスープをすするバルトゥルに言う。どこの国でも古代から新しい一年を気持ちよく過ごせるように家中の埃を払うと聞いた時、バルトゥルはかったるそうに感じたものの、養母が「お正月さんはだらしない子は嫌いですよ」と言ったので従った。

 そしてそのままクリスマスは過ぎていき、学校は一学期終業したので年末年始休みに入り、バルトゥルは果樹園の作業や冬休みの宿題のプリント、トルスカやミグとカルクと土手で遊んだり、十二月二十八日から大掃除が始まった。家中の内外の窓磨き、床拭き、家具の裏や下のほこり取りはもちろん、不用品の処分もあった。

  バルトゥルも不用品の整理をし、要る物と要らない者を分ける――のだが、バルトゥルの部屋にはあいにくと不用品は少なかった。せいぜい折れた鉛筆や粉々になった消しゴムぐらいであった。

「えーと、これは」

 バルトゥルは部屋の隅に置かれた白い箱を見つけた。灰色の埃をかぶり、ふたから緑色の端きれが出ている。

「何だっけ、これ」

 バルトゥルは箱を開け、緑の衣を見つける。

「……あっ」

 それは五日前に届いた翠麒からもらった服であった。折角贈ってくれたのにすぐ着なかったことを思い出したのであった。

(寝る前に着てみるか)

 バルトゥルは養母が間違って不用品と捨てられる前に箱から衣服と靴を自分のたんすの中に押し込んで箱はそのままにしておいた。

 それからバルトゥルは養母に頼まれて明日の年越しのご飯と新年用の料理の食材を買いに行くように商店地区へ出かけた。バルトゥルの部屋のチェックをしにきた養母が衣の入っていた空き箱を見つけた。

「クリスマスプレゼントの箱だっけ。これ使い道ありそうね。子の包装紙とリボンもまだ使えそう」

 そう言って箱も包み紙も持っていってしまったが、バルトゥルの新しい衣には気づくことがなかった。


 2


 大掃除が終わり、晩御飯も食べ終えてバルトゥルは風呂上がりの寝着姿で自室に戻ってきた。ミグとカルクもベッドの上で寝転がっている。ごそごそとタンスから翠麒にもらった服を出して、麻の寝着を脱いで衣を着る。丈はちょうど合っている。

「いい服だな」

 バルトゥルが衣を目に映していると、異変が起きた。体から小さな砂塵が出てきて、バルトゥルの体が足元から次第に消えだしていったのだ。

「わわわーっ、な、なんだよー!?」

 バルトゥルの声で寝そべっていたミグとカルクも気づいて消えゆくバルトゥルを目にし、バルトゥルの胸へ飛び込んだのだった。するとミグとカルクも尻尾から消えていき、一人と二匹は影も形も残さず消えてしまったのだった。


「あ~、死んじゃうかと思った……。ここどこだ?

 バルトゥルは自身が巨大な八角形状の部屋にいて、その部屋の壁や床や柱も全てが明るい緑色の石、緑雲石で出来ていることに気がついた。ミグとカルクもバルトゥルの側にいる。

「ミグ、カルク……。ここ、どこだかわかる? 何か前にも来た様な気がしたんだけど……」

 バルトゥルは二匹に訊ねたり思い出そうとするが、ただでさえ学校の応用問題が難しいバルトゥルの頭脳では答えが見つからない。その時、壁の一部が扉のように開き、バルトゥルたちのいる部屋に十数匹の小動物が入ってきたのだ。リス、ウサギ、ネズミ、ハリネズミといったペットになりそうなのばかりである。

「ミグ、ダメだよ。こいつらは獲物じゃない」

 バルトゥルは十数匹の動物を無表情で見つめるミグに注意をかける。すると動物たちはバルトゥルを誘うように部屋を出る。バルトゥルたちも動物たちについていき、部屋を出る。部屋を出ると曲がりくねった回廊といくつものの扉、長い廊下の床も天井も緑雲石だった。しかし扉には足を踏み入れることもなく、バルトゥルは一つの巨大な扉の前で止まった。扉は観音開きにゴゴゴ、と音を立てて開いた。バルトゥルが中に入ると、先程よりも広い八角状の部屋でその部屋の中心に一体の巨大な有角の獣が立っていた。

 馬のような体つき、翠色の鱗状皮膚に白っぽい緑色のたてがみと尾の毛、長い天を向いた頭の一本角、コバルト色の瞳を持つ、五聖神、翠麒である。

「久しぶりだな、バルトゥル」

 翠麒は変声期終了の少年の声を出しながら、青い双眸をバルトゥルに向ける。

「翠麒なのか……!? 思い出した。ここは翠麒の住まう緑雲殿……」

 バルトゥルはこの場所が何なのか思い出す。

「そうだ。君が緑雲殿に来たのはこの〈移転の衣〉のおかげなのだ。この衣には普通の綿糸と麻糸の他、我のたてがみが織り込まれている。袖を通しただけで緑雲殿に行けるのだ。まあ、お供までついてくるとは思わなかったが……」

 翠麒はバルトゥルの両脇にいるミグとカルクを見て呟く。

「ありがとな、翠麒! 衣を贈ってくれて!」

「ああ、どういたしまして。ただ、もう少し早く緑雲殿に来てほしかった……転化帳越しでは話せないようがあったのに……」

「?」

 のほほんとしているバルトゥルを見て翠麒は咳ばらいをし、話をする。

「今から数百年も前、邪羅鬼が戦争だらけの時代に大暴れしていた頃の話だ……。

 戦乱の邪気を取りこんで強さを増し、その時代の聖神闘者も苦戦していた頃、〈伝説五玉〉という持ち主に大いなる力を与えてくれる宝珠が現れた。

 中央大陸では誠実を司る〈紫誠玉(しせいぎょく)〉が見つかった。伝説五玉を手にした聖神闘者は多勢の邪羅鬼を一掃し、人間たちを救ってくれた……」

 戦乱や暴動を起こして邪気を生み出していた人間も次第に減っていき、町や村に平和が訪れた。しかし伝説五玉を手に入れ邪羅鬼を倒した聖神闘者はやがて邪羅鬼を生み出す人間が戦や暴動を起こさぬようにと自身が支配するという考えに陥った。

「それで、どうなったんだ?」

「その聖神闘者から我ら五聖神は伝説五玉を取り上げ、邪羅鬼も人間も手が出せぬ場所に封印した。

 しかし、地形変動や豪雨などで封印場所から流され、調べによるとバルトゥルの国、リニアスにあるとわかった。

 君に紫誠玉を探してもらいたい。本当は我も探しに行きたいのだが、緑雲殿で中央大陸を支えていなくてはならない……」

 翠麒はバルトゥルに頼んだ。バルトゥルはすっぱりとOKした。

「わかったよ、俺、伝説五玉を探すよ。要は邪羅鬼のものにならなきゃいーんだろ?」

 バルトゥルは両手の親指を立ててにっ、と笑う。

「ありがとう。伝説五玉を見つけたら、緑雲殿に持ってきてほしい。今度は早めに! どうするかは我が決める」

 邪羅鬼はバルトゥルに礼を言う。

 それからしてバルトゥルは緑雲殿にいる小さな獣たちはどうしてここにいるのか訊いてみる。

「この獣たちは大人になれずに死んでいった子供たちの魂の生まれ変わりだ。まだ生きたかったろうにと、緑雲殿でつとめをさせてから来世で長寿できるように置いているのだ」

 翠麒はバルトゥルに説明した。バルトゥルは茶色のネズミを手に乗せる。

「こいつら治らない病気か事故で運悪く死んじゃったのか。それは切ないよな……」

「いや、そうでなくても都会では親や教師の虐待で死する子供もいる。都会では文明や文化に豊かな分、心が欠けてしまうこともある……」

 バルトゥルはそれを聞いて驚いた。バルトゥルの都会のイメージはにぎやかで楽しいというものだが、そんな暗い面もあったことには知らなかった。

「もうここまでにしよう。さあ、お帰り。帰り方は衣の帯止めを回せばフィロスに帰れるよ」

 翠麒に言われてバルトゥルは帯止めの金具を見てみる。薄い金板が重なっていて、下が目盛、上が矢印になっている。矢印を回すと、〈移転の衣〉を着た時と同じように足元から砂塵が出てきて、バルトゥルの足元から消えていく。

「それじゃあ、また来るよ」

 バルトゥルはミグとカルクを抱いて翠麒と緑雲殿の動物たちに別れを告げる。そしてバルトゥルとミグ・カルクは共に消えていった。


 ボスン! とバルトゥルと二匹の友は見慣れた部屋のベッドに降り着く。深緑のカーテンと寝具、こげ茶色の机やタンスなどの家具、白い壁と麻の敷物がある床、円い十字枠の窓、そしておもちゃ箱。

「か、帰ってこれた!」

 バルトゥルは思わず叫ぶ。その時、ドアの向こうから養母の姿が飛んできた。

「バルトゥル、こんな夜中に何を叫んでいるの? 早く寝なさい」

 養母の言葉を聞いてバルトゥルは時計を見てみる。指針は十一時十五分を指している。

 バルトゥルは〈移転の衣〉を脱いでタンスにしまい、寝着に着替えて灯りを消してベッドに入った。ミグとカルクも布団の上に寝る。

 暫くは平穏だけど、バルトゥルには邪羅鬼討伐の他、伝説五玉を探す日々が始まろうとしていた。

 それは次の機会で語られることだろう……。





 ホームページ連載の頃は5話ずつに分けていたので、短編のためここでは一つにまとまています。いわゆるテコ入れです。

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