「黒」の書・第4話 事件、事件、また事件
『五聖神』22話。リシェールがカジキ邪羅鬼との戦いの後自分の失態で風邪で寝込んでいると、学校では超常現象研究会のエクシリオがザブラック村での事件を新聞にして発表していた。その後日ではペットセメタリーとなっている雑木林でUMAの出る噂が出ていたが……。
ペルヴェド基礎学校の三階にある廊下の共用掲示板に教室が三階に七年生から九年生の人だかりがあった。七年~九年までとは限らない。六年生以下も共用掲示板の記事に注目していた。
新聞二面分の模造紙には
『超研スクープ!! 神様は実在した』
と赤や青の黄のカラフルな文字でレタリングされ、更にデジカメ映像をプリントした写真が六~九枚貼り付けられていた。
「超研ってこんな趣味があったんだ」
「これ本当なの? コスプレイベントや合成なんじゃないの?」
などと、閲覧者たちは言っていた。写真はどれも黒いミニドレスに桃金髪の少女……であるが、後ろ向きだったり、正面でも顔が逆光で見えないため、どこの誰だかわからない。更に記事の詳細には、
『七年生たちのザブラック村での惨劇! その時、少女神降臨!!』
『怪物と戦う少女神!!』
などと黒いマジックペンで書かれている。但し写真にはザブラック村の雪景色やクマゲラを模した怪人の姿がはっきりと写されている。
「……なーんかなぁ。賛否両論言われているみたい」
赤茶色のセミロングヘアに灰色の眼にクリーム色のニットとベージュのベストと青いデニムスカートと黒いニータイツとベストと同じ色のボアブーツ姿の少女、ヴァジーラ・オストチルが言った。
「ふふふ、超研の目標、一つクリアしたぞ。みんな僕の作った記事に釘付けだ! 先生も超研の発表を認めてくれたし、廃部は免れた」
灰茶のはね毛にメロン色の瞳、栗色のボタンカーディガンと青いピンストライプの中シャツとモスグリーンのパンツと白いエナメルブーツ姿の超研こと超常現象研究会の部長、エクシリオ・プレッツァーが自身制作の記事に集まる生徒たちを見てほくそ笑む。
十日前の七年生たちの校外学習先のザブラック村で、C組のみんなが何者かに襲われた時、記事の中の少女をエクシリオとヴァジーラが目撃した。そしてエクシリオは運よくカメラの中に怪物と戦う少女の姿を収めたのだった。
「と思ったが、この桃金髪に黒が似合う感じ――。どこかで見たような気がするな」
エクシリオはヴァジーラに言った。
「うちの学校にも一学年に十人くらい桃金髪の子いるもんねぇ。そーいやリシェールも桃金髪で黒い服が最も映えていて……」
ヴァジーラはあごに手を当てて考える。髪の二房が黒く染められているとはいえ、何となく親友のリシェールに思えてきた。
(まさかな……)
「ところでさ、グラコウスさんの姿が見えないけど、どうしたの?」
エクシリオがヴァジーラに訊いてきた。
「あの子、風邪で休んでいるわよ」
「風邪? どうしてそりゃまた?」
ヴァジーラの返答にエクシリオは目をぱちくりさせた。
「何か昨日……運河でこじらせたって」
「はぁ?」
ヴァジーラはそう伝え、エクシリオは間の抜けた一言を発した。
「はーくしょっ!!」
リシェールは自宅のベッドの上で大きなくしゃみをした。パッチワーク柄の枕カバーと布団カバーと掛け布団カバーに敷きマットは枕や掛け布団と違い、無地のタオル地である。リシェールは頭に濡れたハンドタオル、顔を真っ赤にし、ゲホゲホと咳を連発させ、足元には湯たんぽ、表情からしてかなり苦しんでいる。
「リシェール……」
傍らで執事蛇クァンガイが心配そうにリシェールを見つめている。
「うー……じゃらきめー……」
リシェールは唸っていた。昨日フロイチェク通りの隣町にあるプラージェミット運河公園にカジキの邪羅鬼が出現し、リシェールはそこの邪羅鬼退治に出ていった。カジキ邪羅鬼は左手が長剣になっており、リシェールを攻めていたがリシェールは空中に放り投げ出された時、玄武嵐舞を出して倒したものの、運河のへりに着地した時に転化を解いてしまい、戦いで水浸しになっていたへりで滑って零下の運河に入ってしまい、それが元で風邪をひいてしまったのだ。それも三十九度の高熱である。家に帰る時、両親も姉もいなかったので急いで濡れた服を着替えて濡れた服は洗濯機に入れ、水気を拭って居間の暖炉に当たったが真冬の空気のせいで体が冷えて悪化した。
「ごれもじゃらぎののろいがもじれない……」
リシェールは唸りながら自分の状況を呪った。学校は来週まで休むことになったが、リシェールは健康の大切さを改めた。風邪をひいている間は母親が薬を飲ませてくれたり、温かいおかゆや蜂蜜入りしょうが湯やイチゴやミカンを入れたヨーグルトを食べさせたり、黒犬のオラフが様子を見に来てくれた。クァンガイに至っては邪羅鬼の存在確認に役立ってくれた。
「まあ良かったのは連続で邪羅鬼が出てこなくて済んだことぐらいだな。邪羅鬼がもし出たら漆黒殿の玄武様に伝えておくよ」
「うん……」
その時、リシェールの部屋のドアをノックする音がして、クァンガイはリシェール以外の存在に気づかれたら厄介なことになるのでベッドの下に隠れた。
「入るわよ」
長いプラチナブロンドを青いシュシュで束ね、シュシュと同じ色のハイネックのスウェットに灰色のロングスカートに白いフリル付きエプロンを着たリシェールの母親が入ってきた。瞳もマリンブルーでファンデーションと口紅だけの簡単な化粧をしている。
「リシェール、ヴァジーラちゃんが来たわよ」
「ヴァジーラが? ああ、学校便りとか届けに来てくれたんだ……」
リシェールは熱でぼーっとなった頭を動かして納得し、ヴァジーラが入ってきた。茶色のダッフルコートを着て、背にキャンバス時のリュックを背負っている。
「はいっ、今日の学校便りとノートの写しだよ。一週間続けて休みになったら困ると思ってさ」
「ありがと……」
ヴァジーラはリシェールの学習机の上にコピーした授業のノートと学校便りを置く。その拍子に学校便りからひらりと桃色の紙切れが落ちた。
「何それ……」
「ん? ああ。これ超研のスクープ記事のフリーペーパーだよ。ほら」
そう言ってヴァジーラはリシェールに記事を見せる。桃色の下地にモノクロ印刷のその紙には〈超常現象研究会特ダネ!〉と書かれており、リシェールはその題名の下の写真を見て緑の双眸を大きく見開いて絶句した。
「学校のみんなねー、この記事を見て疑ったり受けたりしていたけれど、エクシリオが言うんじゃねー、って思ったわ。
あたし、そろそろ帰るわ。お母さん今日も遅いし、ボルトの世話しなくちゃならないから」
リシェールはこくんと頷き、ヴァジーラは「また来るから」と言って帰っていった。
ヴァジーラが完全にリシェールの家から離れていくと、クァンガイがベッドの下から出てきた。
「全く、リシェール以外の人間が俺を見たら騒ぐからこーやってこそこそしてんのも……。おい、リシェールどうした。何で血の気がい引いたような顔をして……」
クァンガイはリシェールのベッドの近くの紙切れに目を通した。
「げっ……! これは……!」
間切れもない聖神闘者姿のリシェールであった。
「おいおいおいおい、超研の奴にこの姿を見られたってのは知ってたけどよ、写真に収められるなんて……」
「クァンガイ、治った後が怖いわ……。超研が」
五畳半の個室に気まずい空気が漂った。
それから五日後、リシェールの風は完治し、邪羅鬼が出てくることもなかった。正しくは火曜日から土曜日の間に学校を休み、日曜日は家にこもってヴァジーラのノートの写しで勉強と絵画で過ごした。その間に季節は十二月に入り、商店街のスラドフ通りや学校内はリボンや綿やベルなどのクリスマスの装飾、家庭内でも庭にクリスマスツリー、室内に小さめのもみの木を置き、星や鐘や赤いサンタクロースならぬ緑の服のミクラーシュやトナカイなどのオーナメントで飾り付け、リシェールの家の居間にもツリーが置かれている。
リシェールの国、プレゼオの冬では雪が毎日のように降り、積雪もある。商店街では従業員がスコップで入口の雪を一まとめにかき分け、学校でも庭掃除担当の生徒達が雪かきを知っている。校庭でいくつか生徒達の作った雪だるまが見られた。葉っぱや木の枝、使用済み木炭が顔のパーツになっている。
リシェールは浮かない顔で学校にやって来た。リシェールは学校に行く時はカラシ色のダッフルコートと白いニット帽と茶色のマフラーを身につけ、黒いスウェードのデイパックを背負って雪をかき出した石畳の道を歩いて。
(……学校のみんなにばれちゃったら、どーすんのかな、わたし)
超研のスクープ記事のフリーペーパーを見て、校外学習の県での自分の行いが日常にどう響くのかと思いながら。どこの家の屋根にも雪は積もり、人々も帽子やコートやブーツを身につけている。口から出る白い息が白くつく。
辿りついた学校では部屋は暖かく整えられ、各教室ではヒーターが完備され、廊下も暖かい。リシェールは三階にある七年B組の教室に入る前に廊下の共用掲示板を見てみる。四、五人ほど目にしている。
(これか……。わたしの聖神闘者活躍写真は……)
無理やり引っぺがそうとも考えたが、ただでさえ弱小クラブの超研の事を考えると、この努力が台無しになると思い、やめた。
「ところでさあ、超研また新しい活動をしているらしいわよ」
「マジで? 今度は何?」
掲示板の前にいた八年生の女子二人が超研の新たな活動を語ったので、リシェールは耳を傾けた。
「隣町の……確か北東辺りでUMA(未確認生物)が出るって噂で、ペットセメタリーになっている雑木地区が現場らしいよ」
「あそこ? 確か私の近所のおばさんの猫が老衰死して先月土葬したとこじゃない」
「でもあるけどさ、そのUMAがペットセメタリーに来た人を襲ってるそうよ。目撃者の証言によると、獣っぽかったって」
「ええ!? もしかしてペットの幽霊がなんかの理由でUMAになったっての!?」
「私もわからんけど……」
その時、授業開始の音楽が鳴り、廊下にいた生徒たちは各々の教室へと入っていった。リシェールは七年B組の教室に入り、久しぶりに教室での授業を受けた。
暖かい教室の中でリシェールは超研が探しているUMAは邪羅鬼ではないかと察していた。
(人間を襲う、ってことはセメタリーに来た人たちを狙っている邪羅鬼なんだろうな。被害出てなきゃいいけど……。
でも血を吸うチュパカブラや毒りんぷんを持っていそうな蛾人とかだったらどうしよう……)
それからリシェールは隣町のペットセメタリーの情報をインターネットや町の人たちの話で集めたり、クラブのない日には直接セメタリーに行ってUMAと呼ばれる邪羅鬼を探してみた。雑木林地区は昼でも薄暗く、木の枝や石で作ったお墓には雪がかかり、枯れ葉と雪が地面を埋め尽くしていた。
インターネットの怪談ファンサイトやUMAに関する掲示板では、個人によってどうのこうのとちぐはぐだった。それと転化帳も反応しない。
そうこうしているうちに五日が経ち、邪羅鬼の情報は掴めないままだった。その日は雪の降っていない日で、青く晴れた空と白く輝く太陽が雪におおわれた地と対比になり、雪解け水が屋根や地を伝って垂れ流れ、商店街や住宅街では大人達は雪かき、公園や学校では子供達が雪合戦や雪だるま作り、リシェールの家でも週末と休日には家にいるリシェールの父親が門前とその庭にある通り道の雪かきをしていた。
リシェールはオラフを連れて散歩し、例の隣町のセメタリーへ。オラフを赤いリードでつなげ、リシェールはリードにエチケット袋とスコップをぶら下げ、晴れとはいえ零下に近い気温の中で、いつもの白いダウンジャケットと厚手の黒い迷彩パンツと黒いツインニット、足元はそれに似合う黒いベルトブーツ。オラフはリシェールがいつもと違う散歩コースを歩いていることに気づいたが、嫌がることなく歩いていた。
「おい、リシェール。今日も行くのか?」
ダウンジャケットの内ポケットからクァンガイが頭を出して訊ねる。
「うん……。今のうちに邪羅鬼をつぶしておかないと、被害が出るからね」
リシェールは隣町の住宅街を歩きながら答える。その時、住宅街にあるデリカテッセン近くの自販機の前にいる五人の少年達を見つけた。よく見てみると……。
「あ、超研だ」
リシェールは呟いた。その時、一番小さな男子がリシェールを見つけた。
「部長、あの人、七年生じゃないですか? 部長の隣のクラスの」
「えっ?」
深緑のダウンコートを着た灰茶の髪とメロン色の瞳の少年、エクシリオが振り向いた。
「あれー、グラコウスさんじゃない? 奇遇だねぇ」
「あ、ああ……こんちは……」
リシェールは内心バクバクしながらも愛想よく挨拶した。
(厄介なのと会っちゃったな……)
エクシリオがいると、例のUMAの正体調査がややこしくなる、と脳内で感じ取った。
「うちの犬の……オラフの散歩コースを変えてみようと……」
オラフは桃色の舌を出しながらも口を開けている。
「もし時間なるなら、一緒にUMA探しに行かないか?」
眼鏡をかけた七年生の副部長のアダルベルトがリシェールに訊ねた。リシェールは内心「えっ?」と思ったが、断ったら気の毒だと思って、超研メンバーと共にペットセメタリーのUMA探しに飛び入り参加することになった。
天を木の枝で覆われ、雪と枯れ葉で積もった地、お墓には花やペット達のお供えの缶詰や果物といったお供えが添えてあり、昼間でも陰気である。
「出ないね、UMA……」
超研の一人が呟き、口から吐く息が白くつく。その時、オラフが「ウウゥ~」と唸った。
「どうしたの、オラフ!?」
リシェールがオラフに訊く。セメタリー内の斜面の真下で、何かを掘る音が聞こえてきた。リシェール達がこっそり近づいてみて見ると、三人の怪しげな男達が穴を掘っていたのだ。三人ともスコップを持ち、目と口が空いたマスク、地味色のコートとズボンと長靴の服装である。気づかれないように息を殺しているリシェール達は男達の様子を見ている。掘り返した土は山のように積みたまっていく。
「おい、あったぞ」
男の一人が仲間に言う。すると一人がフックのついた太いロープをおろし、穴の中のものを引き上げた。三人目が引き上げたものを両手でつかむ。引き上げたのは土で汚れた麻袋だ。指示をした男が袋の封を解き、中身を確かめる。中にあったのは、様々な形や大きさの銀細工や金細工、一連の真珠、ルビーやアメジストやオパールなどの宝石類であった。
「あれは、十日前に起きたマルティン宝石店で盗まれたやつじゃないか?」
アダルベルトがみんなに言う。リシェールは十日前の記憶を遡る。十日前にはリシェールが風邪をひいて学校を休んでいた時だ。その時リシェールはたまたま目にした夕方のテレビニュースでマルティン宝石店の商品が総計十ヒメルダ盗まれたことを知ったのだった。犯人が水道工事と偽って地下室のセキュリティを壊し、地下から全部盗んだという仕組みだった。
「これさえあればギャンブルですった金を全部返せるな」
「ああ、普通に働いて返すなんていつ終えられるわからねーし」
「もうこれしかないんだよな……」
三人の泥棒が話し合っている時にオラフが唸りをあげて吠えたのだ。
「ウゥ~、ワンワン!」
「あっ、オラフ!!」
リシェールも叫んだ同時、泥棒が振り向いた。
「だっ、誰だ!?」
リシェールとオラフ、超研メンバーは泥棒たちに見つかってしまったのだ。
「こっ、こいつら見ていたのかよ!?」
「く、口封じにやっちまえ!!」
首謀の男はライフル、子分の二人は拳銃をリシェール達に向けた。
「ひええっ」
六人は悲鳴を上げ、オラフは「ワン! ワン!」と吠えてる。リシェールのコートの中にいるクァンガイは泥棒たちにかみつこうとしたが、コートの別ポケットの転化帳から邪羅鬼出現の合図を聞きとった。
泥棒たちの背後から何者かが跳んで出現し、子分二人に回し蹴りを入れてきたのだ。
「ぎゃっ」
「わあぁっ」
子分は血を吐いて倒れ、首謀も驚いて振り向くと、そこになんと兎の顔をした細い女がいたのだ。ピンと立った長い耳に両手両足も細くて白い毛に覆われ、丈の短い赤紫の衣、目は泥棒が盗んだ宝石のような紅色で本来ならかわいく見える兎が赤い眼のせいで不気味に見える。
「ばっ……化け物――――!!」
首謀の男は叫び、手に持っていたライフルで兎邪羅鬼を撃ちまくった。ダーンダーンと発砲音が雑木林内に響き渡った。しかし邪羅鬼は体に銃弾を受けても一滴の血を流さず、それどころか撃たれた銃弾を押し出して、弾痕を瞬時に防いでしまった。
「うっ……うわあああああ!!」
首謀の男は弾を全て撃ちつくしたライフルを投げ捨て逃げ出そうとしたが、兎邪羅鬼が跳んで首謀の男の前に降り立ち、左手で男の顔を押さえつけて、男は低くくぐもった声しか出せず、肌が日照りで乾いた大地のようにひび割れ、そのまま息絶えてどさっと倒れた。
「にっ……逃げろ~っ!!」
エクシリオ以外の超研メンバーはこの地獄図を見て逃げ出してしまい、リシェールとオラフとエクシリオだけが場に残された。
「みんな……あっ、でも……」
逃げ遅れてしまったエクシリオはセメタリーのUMAの姿を収めるためにデジカメをコートのポケットから出した。オラフは唸り吠え、リシェールは邪羅鬼を倒したくてもエクシリオがいるため、転化ができない。
「リシェール、盗品を隠していたあの穴へ入れ! 結構深いぞ」
クァンガイがコートポケットから小声で言う。
「だけど、どうやって……」
リシェール慌てていると、オラフが邪羅鬼にとびかかってエクシリオはあ然とし、リシェールはこの隙を見計らって盗品を隠していた穴に飛び込んだ。わざと邪羅鬼を見て驚いて逃げだしたように。
穴に飛び込んだリシェールは転化帳を出して叫んだ。
「聖神水転化!!」
リシェールの体が渦水に包まれ、弾けて黒い服と玄武の特徴を持つ姿に変わる。
リシェールは鉄砲水と共に穴から出現して、セメタリーに戻ってきた。
「き、君は……」
エクシリオは転化したリシェールを見て叫ぶ。オラフは邪羅鬼にとびかかった後は咄嗟にエクシリオの元に引きさがり、彼を守っていた。
「出たな聖神闘者。この駄犬と小僧をやる前にお前を始末してくれるわ」
兎邪羅鬼は冷たく高い声を出して、リシェールに言った。オラフの事を「駄犬」と罵ったことにはカチンときたが、ぼろを出したらエクシリオに今度こそばれてしまうと悟って、黙って睨みつけた。
兎邪羅鬼は高く跳びあがってリシェールの前に現れた。
「え!?」
リシェールは邪羅鬼の素早さに驚いているその瞬間、兎邪羅鬼の細い脚から出す強烈な蹴りを喰らった。リシェールは後方に飛ばされ、後ろの楡の木に当たった。衝撃を受けた楡の木の枝から溶けた雪や木の葉がにわか雨のように地に注ぐ。
「……つっ」
リシェールは背中を押さえて起き上がった。聖神闘者になると体力や耐久力が常人の倍以上になるため、骨を折ったり内臓破裂は助かった。だが邪羅鬼は容赦しない。今度は押し蹴りを入れてきて、リシェールは咄嗟に避けた。邪羅鬼の押し蹴りが後ろの楡に当たり、楡の木の根元に亀裂が入り、楡はめりめりと音を立てて後方に倒れた。ドザーンと楡は倒れて雪と葉が舞った。
(あれ喰らったら、こうなるのか……)
リシェールはゾッとした。陰から見ていたエクシリオはカメラのしゃった―音とフラッシュを消して邪羅鬼の姿を収めていた。
「おい、こうなりゃ特殊技でいくんだ! 接近戦はまずいぞ!」
穴から這い出たクァンガイがリシェールに言った。リシェールは頷き、両手に水の
聖力を集め、掌から一本の水の槍を邪羅鬼に向けた。
「流撃長槍!!」
水の槍が勢いよく、邪羅鬼に向かい、邪羅鬼の体の中心を貫いた。
「やった!!」
リシェールはガッツポーズをとったのもつかの間、邪羅鬼は水の槍を右手で小骨のように水の槍をへし折り、更に泥に変えてしまった。
「ええええええ~!?」
この光景を目にしたリシェール、クァンガイ、エクシリオ、オラフは奇声をあげて驚き、槍で身体を貫かれた邪羅鬼はというと、円く空いた孔がすぐにふさがった。地に足を着け、更に矢尻型の石を宙に出現させ、リシェールに向けてきた。矢尻型の石は次々とリシェールを襲った。カカカッと木の幹に突き刺さる。その時、石矢の一片がクァンガイに向かってきた。
「危ない!」
リシェールはクァンガイをつかんで地に転がった。
「ありがとな、リシェール……。しかし迂闊だったぜ。あの邪羅鬼は水行に強い土行だ。お前の攻撃なんて屁でもないって……」
リシェールの手の中のクァンガイが悔しがって言う。
「そうか、でも土行は木行に弱いんだよね。でもわたしは植物系の技、持っていない……」
また矢尻が飛んできてリシェールは三節棍を出して回転させて地に落した。
「弱点は一つだけとは限らない。まだ、あるだろ?」
「そっか。土剋水の他、水生金だった。でも金属……」
リシェールは辺りを見回す。その時、泥棒たちの盗品の一つの金粒があった。首飾りの鎖部分が一つ弾けて転がったのだ。リシェールは三節棍をL字型の銃にして、銃口に金粒を詰め、邪羅鬼に向けた。チャンスは一回だ。土行の邪羅鬼の動きを封じるには体内に純粋な金属を埋め込む他ない。リシェールの作戦、水流弾の圧力で金粒を撃ち放ち、邪羅鬼を弱らせる。しかし、兎邪羅鬼は弧を描くように跳びはねるので動きを読むことができない。
「狙いが定まらない……」
リシェールが困っている時だった。その時、太くて長い黄色と黒の縄が跳んできて、跳び回っている邪羅鬼の右足に絡まったのだ。先がちゃんと輪っか状になっていて、足が輪っかに入るとピーンと引っ張られて締り、邪羅鬼は勢いよく地に叩きつけられた。
リシェールが振り向くと、縄を投げたのはエクシリオだった。
「い、今のうちだー!」
エクシリオが縄を引っ張りながらリシェールに言った。
「あ、ありがとう!」
リシェールはそう言うと急いで三節棍の銃を邪羅鬼に向けた。
「水流弾!!」
ため込まれた水行を水圧と共に金粒が射出され、邪羅鬼の喉を貫き、邪羅鬼は「ヒュウッ」とかすかに吠えると、そのまま倒れて砂利と土ぼこりとなった。
「た……倒せた……」
リシェールは胸をなで下ろした。
「泥棒たちはこと切れていたよ。警察はどう見るんだろ……」
リシェールはエクシリオに(転化したまま)言った。エクシリオは逃げださず、現場に残っていた。盗品はいくつか欠けていたが形は綺麗なままだった。
「この縄はどうしたの?」
「え、ああ。オラフが持ってきてくれたんだよ。どっかの公園辺りで」
エクシリオがオラフに目をやると、オラフはリシェールに尻尾を振っている。
(やっぱりオラフにはわかるんだな。姿は変えても匂いまでは……)
クァンガイは思った。
「……にしてもグラコウスさん、穴に落ちたけど、後で確かめないと……」
エクシリオが言ったので、リシェールとクァンガイはギョッとなった。
(まずい! 非常にまずい! 同級生に……しかも超研の部長に知られたらややこしく……)
心の中で滝汗を流しながらリシェールは思った。その時、セメタリーの外からパトカーのサイレンが鳴ってきた。
「け、警察だ。きっとみんなが呼んだんだな……」
エクシリオが振り向いた時、リシェールはクァンガイを連れて逃げて孔の中に隠れていった。
「あれ、どこ行っちゃったんだ……」
転化リシェールを見失ったエクシリオは辺りを見回した。
その後は警察と調査員達が現場調査と盗品・死体の回収を済ませ、エクシリオと超研メンバー、そして穴の中に隠れていたリシェールは事情徴収を受け、家に帰された。
マルティン宝石店窃盗事件は犯人死亡で終わってしまったが、警察がエクシリオの写真を見て、邪羅鬼の存在を確認したのだった。泥棒と邪羅鬼の両方のはち合わせのおかげでリシェールはエクシリオに正体を知られずに済んだ。オラフだけはリシェールとクァンガイの秘密をつかんでいているけど、今まで通りに過ごしている。




