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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「白」の書・第4話 ヤンジェの不安

『五聖神』第16話。ファランとヤンジェの住んでいる国の皇帝が病に伏した。心配する連極の国民。ファランの学校ではフートゥという女教師から女子生徒から虐めを受けており、異形の怪物を生み出した……。

「行くぞ、暗き邪気よ、白金のまぶしさに浄化され、体は無へと還れ! 白虎閃光‼」

 白い戦装束姿のファランが両手から白い激光の白虎を放ち、アナグマ邪羅鬼を倒した。白虎閃光を受けた邪羅鬼は粒々の金属片となって消滅した。

「何とか被害は出なくて済んだか……。ふはぁ」

 ファランの出した吐息が白くつく。今は冬の始まりでしかも夜。空の上には漆黒の闇に淡白く輝く下弦の月が浮かんでいる。

 普段の人間ならこの寒さに耐えられず凍えてしまう。しかし聖神闘者の衣をまとったファランは平気だった。闘者の衣は鋼鉄のように丈夫で暑さや寒さに平気だからだ。

「そろそろ帰らないと。明日学も校だから」

 そう呟くとファランは住宅街近くの荒れ地から、住宅街の丘の上にある自分の家へと帰っていった。




 聖神闘者になれば常人以上の体力がつき、ファランは屋根づたいに跳躍していった。母屋と離れと合歓の木と李の木がある自分の家に着くと、こっそりと聖神闘者姿からいつもの玫化浪(メイファラン)に戻る。闘者の姿では白い衣と同じく鋼鉄並みの強度の靴や手袋を身につけている他、虹色がかった白に染まった前髪、白虎の尾と耳もついており、白い光に包まれ、転化を解除した。白い衣から白いハイネックの水色と青の寝間着に戻り、白虎の耳と尾も消え、前髪の二束も元の黒髪に戻る。そして自室の空けっぱなしの窓によじ登ったが、バランスを崩して床の上に転んだ。

 どすん!

 その音で扉が開き、陽傑(ヤンジェ)が扉を開けて入って来た。

「ファッ、ファラン、どうしたのよ!?」

 薄暗い部屋の中でヤンジェが目にしたものは……間抜けな格好でひっくり返っているファランの姿であった。

「や、ヤンジェ……」

 ファランは急いで起き上がり、空けっぱなしの窓を閉ざしてカーテンを閉めた。事済ませたファランはヤンジェと顔を見合わせる。ヤンジェは長い褐色の髪を結えていないすその長い山吹色の寝間着姿であった。

「どうしてここに……」

 ファランは見かけは冷静だが、内心は冷や汗タラタラであった。

「喉渇いたからさ、水飲みに洗面台に行ってたの。ファラン、何やってたのさ、そっちこそ……」

「え、ええ、ああ。寝ぼけて空を飛ぶ夢を見てたら、窓を開けててそしたらずり落ちて……」

 ファランはとっさに思いついた嘘をヤンジェについた。かっこ悪いふざけた嘘である。しかしヤンジェは、

「も~う。寝ている私やおじいちゃんに迷惑かけないでよ。泥棒かと思っちゃったじゃない……」

 ヤンジェはそう言いながら、ファランの部屋のドアを閉めて自室に戻った。そしてファランはベッドにもぐり、布団をかぶって寝入るのを待った。

 世の中の善と悪、正と負の均衡が崩れ、その邪気から生まれた魔物、邪羅鬼を倒すために五つの大陸の守護者、五聖神の西の白虎から“勇”の意が強いがために聖神闘者となって選ばれたファラン。十四歳になったと同時に邪羅鬼と戦って早二ヶ月。

 日常では新しい学校で友人ができ、クラブにも入り、運動会でも功績を出した。邪羅鬼との戦いも戦術や対策などを学んできた。先日ヤンジェを襲ったサソリ邪羅鬼から受けた傷も回復し、ファラン的には精神肉体共に成長している――気がした。


 節季は十二月に入り、連極の住民たちは外套をまとうようになった。明け方が一番凍え、空気も冷たく、吐く息が白くつく。だけどファランやヤンジェが住む淡岸(タンアン)は連極の南東に位置し、名の通りの乾海に面しているため、太陽の出ている時はコートをまとうほどの寒さではない。今日もファランとヤンジェは学校に行く前に離れの台所で食事を済ませる。祖父も町中の風水館で働いており、昼間は誰もいない。ヤンジェは眠る時と違い、褐色の髪を高く結い上げている。

 今日はファランが朝食を用意した。蜂蜜をかけた連極パンに野菜の煮込み、牛乳と南林省(なんりんしょう)産の柘榴である。ヤンジェは蜂蜜パンと牛乳を交互に食べ、ファランは野菜の煮込みを食べた後にパンを食べての繰り返しをし、祖父は煮込みを食べてからパン、牛乳、柘榴を食べている。ファランは食事を真っ先に食べ終えると、離れに行く途中に母屋の玄関先の隙間に刺さっていた新聞を開いた。新聞には株価情報や天気図、宝くじの発表や作家コラムやエッセイ、連載小説が掲載されていた。ファランがぺらぺらと新聞をめくっていると、一面にでかでかと一つの記事が掲載されていた。

『連極皇帝陛下、国務の最中に倒れ長期治療に入ることに』

「おおええ!?」

 ファランは思わず奇声を発してしまい、ファランの奇声を聞いて祖父は思わず牛乳を噴き出し、ヤンジェも柘榴を卓の上に落してしまった。落した柘榴は実がいくつか飛び散った。

「な……なんじゃファラン……。急に変な声を出しおって……」

 祖父がハンカチで顔についた牛乳を拭いながら訊いてきた。

「え、だって……これ……」

 そう言ってファランは祖父とヤンジェに記事を見せた。

「ええっ!?」

 祖父とヤンジェはそろえて声を上げ、表情を変えた。

「そうなんだよ。大変なことでしょ? 皇帝が倒れたなんて……。僕や他の連極の人たちだって思ってもなかったよ」

 そう言いながらファランは祖父に新聞を渡した。その後は食べ終わった食器を持っていって流しで洗った。食器を洗い終わると、ファランは鞄を肩にかけると、祖父とヤンジェに言った。

「おじいちゃん、ヤンジェ。僕は先に行ってくるね」

「あ、ああ……」

 そう言ってファランは台所を飛び出していった。ヤンジェは突然の連極皇帝の急病にショックを隠せないでいた。と、いうのもヤンジェは現皇帝の娘だったからだ!

 物心ついた時からヤンジェは天外孤独で孤児院で育ち、五歳の時にファランの祖父、玫建雄(メイジェンシュン)の養女となって暮らして生きていた。その養親に実の孫であるファランが両親を亡くして祖父に引き取られてきた時はどうなるかと思っていたが、祖父はファランもヤンジェも分け隔てなく慈しんでくれた。

 ところが二ヶ月前に皇帝の側近がやって来て、ヤンジェは皇帝の第六妃となる筈だった女性の子供で、ヤンジェの実母と祖父は領主で下民を虐げてきており、反乱を起こされて祖父は死亡、実母は逃亡生活の末、ヤンジェを産み落とした後に亡くなった。過酷な現実である。しかしヤンジェは皇帝や他の兄弟のいる皇宮を選ばず、今まで通りの生活を送ることにした。そして側近は一〇〇〇(リウ)の養育費を渡した。

「おじいちゃん……。私、これからどうすればいいの……」

 ヤンジェが動揺した時、祖父がなだめた。

「大丈夫じゃ。側近が我が家に来たら来たらでその話の通りにするかどうするかじゃ……」

 ヤンジェは実は皇女というのはヤンジェ自身と祖父と幾人かの皇帝の忠臣だけである。ファランは無論、友人や先生も同級生たちも近所の人たちも誰も知らない。


 


 ファランの住む町、淡岸は砂浜と波止場、迷路のような半翼(はんよく)(がわら)の屋根が並ぶ家々、西や北を行けば緑の山々が見える。瓦屋根の住宅街の中に朱色の屋根の大きな建物とその反対側に黒い屋根の建物がある。朱色の学校は淡岸の初級学校、黒い屋根はファラン達の通う中級学校である。

 ファランとヤンジェは中級学校の四年四組に通い、ヤンジェもファランと同じ学校とが急であった。生徒たちは皆、同じ型の開閉式机と椅子に座り、先生たちの黒板の公式や文法を書き写し、体育のあるクラスは一方は校庭で陸上競技、一方は体育館でバレーボールを行っていた。そしてファランのクラスでは教壇の近くに大きめの石油ストーブを置き、部屋を暖めていた。

「はい。この用語と単語、書き写して。冬季休み前の期末試験に出るから」

 教壇で化学物理学教師の包富拓(バオフートゥ)先生がチョークを叩いて生徒たちに言う、フートゥ先生は教え方は丁寧だが、逆三角形の顔に長い天然ソバージュの髪を後ろでひっつめており、丸眼鏡に小さな眼と高い鼻と大きな口という曖昧な器量に白衣の下に焦げ茶のハイネックセーターとベージュのパンツと黒いローヒール靴という教師としてはマルだが女としては弱々しい人であった。現在二十九歳の独身で恋人もない。

 授業終了の音楽が鳴ると、委員長が起立と礼のあいさつをし、先生は四年四組の教室を出て、急いで早足で次の授業がある教室へ行こうとした。廊下でフートゥ先生とぶつかりそうになった生徒もいた。

「フートゥせーんせい」

 フートゥ先生を甘く呼ぶ声がして、フートゥ先生は足を止めた。階段の所で振り向くと、そこにはフートゥ先生よりも大柄な女子が三人の取り巻きを連れて立っていたのだ。大柄な女子生徒は長い髪を明るい茶色に染めて、目元はきつく、口が広がっておりヘラヘラしている。

「ち、(チュン)さん……。今日は何……?」

 五年生の札付きの不良女子グループのリーダーである中愛国(チュンアイゴー)は同級生・下級生・教師問わず、大人しい連中を見つけてはいびりまくっている。

「先生、あたしたちね、家の近くの茶店で他のお客さんの服こぼしちゃってねー、弁償しなくちゃいけなくなってー。十雅(ヤー)ってそんなお金ないからさ、先生代わりに出してくれない?」

「……普通、そこは親御さんに言うでしょ」

 フートゥ先生は怒りと憎しみをこめた眼でアイゴーたちを睨んだ。本当なのか、それともお金欲しさの嘘なのか。

「何、その目つきは!? また閉じ込められたいの? 今度は入り口が壊れたトイレじゃなく、倉庫に閉じ込めるから」

 アイゴーはフートゥ先生に脅して言うと、フートゥ先生は流石に言い返すのも逃げ出すこともしなかった。そして素直にアイゴーたちに財布から五雅(五〇〇〇〇円)を渡した。

「半分だけ? 次は残り持ってきてよ。じゃあね」

 そう言うとアイゴーは取り巻きと共に去っていき、フートゥ先生は無人の女子トイレ早足で向かい、出入り口をバタン! と閉め、奇声を発した。

「あああああ!!」

 一とおり叫んだ後は、フートゥ先生は自分の手を見て呟く。

「待っていな、いつか、いつか絶対あんた達をこの手で消してやる……。絶対に生かせておいてやるものか……。教頭先生や校長先生や他の先生にも、あいつらの親にも言えない、言っても信じてくれないのなら、私がこの手で始末するしかない……」

 過去にアイゴーを厳しく叱って罰を与えた訳でもないのに毎日苛めを受けて誰にも言えないフートゥ先生の怒りと憎しみは日増しに募っていった。そしてフートゥ先生は気づいていなかったが、洗面所の鏡にはフートゥ先生の姿と違ったものが映っていた。鳥の嘴と翼と蹴爪を持った全身黄色い羽毛に覆われている異形の姿だった。


 それから四、五日経過した時の事だった。この日はクラブの日で、生徒たちは各々のクラブがある教室や場所へ行き、ファランもバトミントン部で活躍していた。といってもファランは四年生でも新米な方で二ヶ月目でやっと研修期間を終えて、ラケットを持つことが許された。

 バトミントン部を初めとする運動部員は学校指定の体操着と白と紺のジャージを着ている。上が白で下が紺のジャージはどんな者にも合うように作られている。

 一~三年生たちに混じってファランはシャトルの受け止めの練習をしていた。ラケットを持ってシャトルを上下で飛ばすというシンプルな練習だが、受け止め位置を間違えたりと勢いをつけすぎたりするとシャトルが落ちたりする至難の業で、一人三〇回こなすようにと部長から言われた。

 薄灰色の空には雲で隠れた太陽が照り、冷たい風が顔や手を吹きつける。

「あー、まただ。これで四度目だ。一からやり直すの……」

 ファランがシャトルを拾った時、フートゥ先生がアイゴーたちにはやしたてられながら裏門へと連れられて行くのを目撃した。裏門はあまり人が出入りすることのない場所だ。その時、ファランの持っている転化帳がピピピ、と鳴った。この音は邪羅鬼の存在を教える音である。ファランは他の部員たちに見られぬよう転化帳を取り出し、開いてみた。

 掌大の開閉式電子手帳型のこの機械はファランが五聖神の白虎から授かった道具である。画面上には鬼の横顔のような邪羅鬼の位置を示す表示が出ていた。

(学校に邪羅鬼がいたなんて……。学校で騒がれたら大変なことに……!)

 ファランは転化帳を懐に入れると、他の部員に気づかれぬよう現場へと走っていった。

 フートゥ先生が連れて行かれた裏門には誰も見ている者はいない。あるのは鉄の門扉と葉を散らした柏の木が数株あるぐらいで、裏門の隣は無音状態の住宅地である。

「フートゥ先生、今日は現金一〇留(百万円)だって言ってたでしょ! なのに三雅しかないってどういうことよ!?」

「金融会社の借金もあるのよ。もう……」

 アイゴーがフートゥ先生を脅しつけ、取り巻きがフートゥ先生を地面に叩きつけた。フートゥ先生の眼鏡が外れて転がり、取り巻きが踏みつけた。

「ぐあっ」

 更にアイゴーがフートゥ先生の胸ぐらをつかみ、更に脅しをかける。

「フートゥ先生しかいないんだよ。あたしらの言いなりになりそうなのがさ。うちの親、金持ちなのにお金くれなくて、なのに『有名大学にいけるようにしろ』とかうるさくてさぁー。もう、本当に……」

 フートゥ先生の指先が少し痙攣したのち、フートゥ先生はかすかに言った。

「……かげんに……てよ……」

「何言ってんのかよく聴こえない。はっきり言って」

 アイゴーがまた脅した時、フートゥ先生は羅刹のような血走った目をアイゴーたちに向けて叫んだ。

「……親に逆らうのが怖いから私に目をつけたのか、このクソガキども!! 私をバカにしてええええ!!」

 切れたフートゥ先生を見て、アイゴーたちはビクつき、更に足元から火が突然ついて、アイゴーたちの四人のスカートやズボン、上衣まで火は広がり、アイゴーは火に包まれた。

「ぎゃあああああ!!」

 炎は地獄から吹き出すような赤い血飛沫のような色で、摩擦とは違い、憎しみそのものの色であった。憎しみの炎はアイゴーたち四人の悪童を火だるまにし、黒焦げの人かたに変えたのである。


 


「しまった! 遅かったか!」

 フートゥ先生の異変を察し、駆けつけてきたファランは叫んだ。フートゥ先生の周りに四つの燃え盛る骸を目にして。ファランの存在に気づいたフートゥ先生、正しくはフートゥ先生の中にいる者が振り向き、相手をさげすむような目つきでファランに言う。

「……ふっ、聖神闘者か。遅かったな」

 フートゥ先生の虚弱そうな声ではなく、冷酷さを帯びた女の声である。

「私の魂が生まれた時、私は今にも邪気が尽きそうだった。だが、この女が大いなる憎しみと怒りを持っていて、私はこの者に取りつき、邪気を吸ってきた。早くに出なかったのはこの女の憎しみを永らえさせるためだった」

 更に燃える屍となった悪童たちを見て言う。

「この者たちの魂は穢れていてまずそうだ。私はこの体から出て、この場にいる者の清らかな魂を喰らいつくす!」

 そう言うと、フートゥ先生に取りついていた者はフートゥ先生の体から出て影となり、フートゥ先生はその場で倒れ、影は実体化して黄色い羽毛に覆われた邪羅鬼となった。

 両手足が橙色の蹴爪、頭部に橙色の嘴、両腕に翼があり、アオザイのような薄紅の衣をまとった鳥型の、カナリアのような邪羅鬼であった。

(サソリの次は鳥か? みんな同じとは限らないんだったな)

 ファランは前々回のサソリ邪羅鬼との戦いを思い出す。ファランは転化帳を出して開き、タッチペンを転化パネルに当てて叫ぶ。

聖神金転化(せいじんごんてんげ)!!」

 ファランの体は白き光と白く輝く金属に包まれ、金属が全身を覆うと弾け散り、白虎の耳と尾を持ち、白い衣をまとったファランが出現した。

「はああっ」

 ファランは邪羅鬼に思いっきり拳を叩きつけてきた。しかし邪羅鬼はみぞおちに拳を突かれたというのに平然としている。今度はファランは回し蹴りをしてきた。だが、首に当たっても平然としている。

「な、思いっきり力を入れているのに効かない!?」

 ファランが驚いていると、邪羅鬼はファランが蹴りを入れてきた左足首をつかんできて、ファランを地に叩きつけた。

「ぐはっ!!」

 地面に少し亀裂が入った。聖神闘者になると常人以上の体力が手に入るため、重症になる所がかすり傷で済んだ。

「肉弾戦が無理ならこれだ!」

 ファランは腰に差していた二本の細剣を引き抜き、更に電撃を込めてきて斬りつけてきた。

金雷斬(こんらいざん)!!」

 ズバン! と稲妻が落ちるような音を立てながら電撃が放たれた。

「こんなんで私に効くと思っていたのか?」

 邪羅鬼は口元をつり上げて笑い、ファランに不敵の笑みを見せる。

「そっ、そんな……!」

 ファランはさっきより強い攻撃を浴びせても平気な邪羅鬼を見て目をひんむかせ、更に掌撃で吹っ飛ばされ、後ろの柏の木の幹にぶつかった。

「ぐはっ」

 ファランは柏にぶつかったのちそのまま、地べたについた。


 ファランの家ではヤンジェが今朝の食器を戸棚に片付けている頃、食器の一つが落ちてパリーンと音を立てて、真っ二つに割れた。

「あっ、茶碗が……」

 それは白地に青い縞模様が入った茶碗で、ファランのものであった。ヤンジェは割れた茶碗をつまみ上げると、嫌な予感を感じ取ったのである。

(ファラン、一体何があったの……?)


「何だ! 今の叫びは!」

 悪童たち四人の断末魔を耳にして、幾人かの教師達と教頭先生、校長先生がファランと邪羅鬼が戦っている裏門に走ってやって来た。

「きゃあ、あれは何!?」

 ファランとヤンジェの担任の安円(アンユエン)先生が邪羅鬼と四つの焼死体、倒れているフートゥ先生を見て叫んだ(ファランは死角のため見えていない)。

 先生たちの存在に気づいたファランはそのままでは先生たちの他、まだ学校にいる他の生徒たち全員も邪羅鬼の餌食になると察して、注意をひきつける作戦に出た。

 指先から親指大の電撃、光雷玉弾を邪羅鬼にぶつけ、その場で足がすくんでいるユエンアン先生たちからファランに目を向けた。

「こっちに来な、鬼さん!」

 ファランは邪羅鬼を挑発し、瞬発し、邪羅鬼をある場所におびき寄せる。邪羅鬼もファランのあとを追いかける。ファランは駆けながら敵の弱点を検索した。

(あの邪羅鬼、電撃が効かなかった。僕の使う力は金行。金行が勝てないのは……)

 その時、後ろから火のつぶてが飛んできて、ファランの肩をかすらせ、そのまま校木の幹を貫いた。貫いた校木の真ん中に丸上の穴が空いて、煙を吹いていた。振り向くと邪羅鬼の頭部の嘴から火のつぶてを出してきていたのだ。

「うおおっ」

 ファランは一目散に火つぶてをよけたり、剣や電撃で防いだりする。そして逃走の末、ファランは一つの小屋の前に止まった。それは石を積み重ねた小さな灰色の建築物である。ファランは石壁の前に立ち、自ら邪羅鬼の的となって攻撃を誘った。カナリア邪羅鬼はファランに無数の火つぶてを飛ばしてきた。

(今だ!)

 火つぶてが間近に来た時、ファランはとっさに避け、火つぶては石の壁に全弾命中。壁を貫いたのち、中から大量の水が出てきて邪羅鬼をずぶ濡れにした。

「ピギャーーッ!!」

 邪羅鬼は耳をつんざかせるような叫びを上げ、地面に転がり黒い染みを作った。ファランが邪羅鬼に攻撃させたのは、給水舎だった。

(やっぱし火行の邪羅鬼だったか。学校には大きな迷惑がかかったけど、学校にいる全員の命が最優先だからな……)

 そしてファランは両手に金行を込めて、両掌を邪羅鬼に向けてきた。

「暗き邪気よ、白金の眩しさに浄化され、体は無へと還れ。白虎閃光!!」

 ファランの手から光の白虎が出てきて邪羅鬼を貫き消滅させた。邪羅鬼は灰となって散っていった。

「何とか倒したか……。しかし……」

 邪羅鬼に殺された四人と壊された給水舎を見て目前にして、ファランはきまずく感じた。しかも先生が給水舎の音を聞いて駆けつけてきて、ファランは急いで転化を解いて白と紺の運動着に戻った。


 


 ヤンジェは様々な人たちが通る町中を走っていた。ファランの食器が割れただけなのに、ファランの身に不安を感じてたまらなかった。

(ファラン、あなた今どうしているの? 何かすごく……)

 ファランのいる学校へと走る。学校に着くとたくさんの人だかりがあり、ヤンジェは勢いよく通り抜けた。ヤンジェが目にしたのは、警察官が教師達とファランを含めた生徒たちに事状徴収を受けている様で、更に白い布をかぶせた担架を白い警察の護送車に入れている場面であった。

「あ、あのっ、一体何があったんですか……?」

 ヤンジェは野次馬のおばさんに訊ねた。

「生徒が四人焼き殺されて、給水舎が壊れたっていうのよ! この学校の先生が疑れているみたいよ」

「ええ!?」

 ヤンジェは混乱した。自分の知らない所で何があったのかを。


 それから一時間して、生徒と教師全員の事情徴収が終わった。悪童の焼死体の側にいたフートゥ先生は警察に連れて行かれたが翌週に無罪放免となった。生徒の教師いじめの復讐をしたとして疑われたが生徒を燃やしたマッチやライターを持っておらず、本人も記憶障害を起こしていたためであった。壊れた給水舎に関しては修理に勤しむことになった。

 しかし犯人扱いされたために学校を辞めなくてはなり、生徒焼殺事件以前の記憶もないため、慈善病院に入れられた。

 さて四人の悪童の親と兄弟親族は殺された肉親を厳しくしつけすぎた故に悪の道に走らせたことを悔やみ、帰ってこないのはわかっているけど、犯人が一刻も早くつかまってほしいと記者会見で答えた。フートゥ先生の借金は悪童の親たちがフートゥ先生に迷惑をかけた償いとして返済した。

 事件のあった日、ファランとヤンジェは二人一緒に帰宅していった。ヤンジェはコートなしで学校に走って来たため、冬の冷たさで震えていたところ、ファランが自身のコートをヤンジェに着せて、自分は上着と中着とズボンのままで。すでに日は暮れかけており、空は紫と朱に染まっていた。

「ヤンジェ、どうして学校に来たのさ?」

 ファランが帰り道にヤンジェに訊いた。

「どうしてだろう……。自分でもわかんない……」

 ヤンジェは曖昧な返事をして、ファランも「そうか」と呟きながら内心、てっきり聖神闘者のこと知ったのかと思った、と思いつつ。ヤンジェは時折、ファランを見ながら心の中で思った。

(ファラン、私ね、皇帝の娘とか皇位なんていいから、ファランが無事でいてくれればいい。ファランはもう、私のお兄ちゃんだから)




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