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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「青」の書・第3話 久しき母の演奏会

『五聖神』第18話。ケンドリオンは友人のジェイミーと母と共に家を出た妹と弟と共に母の演奏会を見に行く。母と弟妹が出て行ってからケンドリオンは父との暮らしになるが、やっぱり平穏なままで終わる訳にはいかなかった。


『お兄ちゃんへ

 お元気ですか? パパとママが別々に暮らすようになってからもう四ヶ月が経つのですね。私はドーンレイクの近くのアウグスト音楽学校の声楽科でオペラの勉強をしています。私もママの遺伝か音楽の道を歩み、舞台に立つことを夢見ています。

 エヴァンスの学校の送迎やママの夜間帰宅で料理や掃除も洗濯もしなくちゃならないけど、時折通いの家政婦のアメリアさんが来てくれるから大丈夫です。

 ところで、先月の『クラシックマガジン』を読みましたか? 何とママの作曲家デビューリサイタルをドーンレイクの文化センターで開くことになったのです。

 ママもネオクラシック音楽家になるなんて、私もエヴァンスもびっくりです。

 今度の日曜日の朝十時から始まるので、是非パパと一緒に見に来てください


かしこ


 格好よくて頭もよくて音楽もできる兄を持った幸せなティファニー・ポーリンより』




 草原の中に建てられた町、グラスフィールドは秋のまっ盛りに入っていた。火熟れは早くなり、子供も大人も夕方四時半に帰宅し、冷たい木枯らしが吹き、草原の草も木々の葉も灰茶に染まっている。そしてケンドリオンが通うオレンジバレーハイスクールでも生徒たちはコートを羽織って通学、季節上の都合により生徒たちの下校時間は夕方四時半に切り上げられ、生徒たちは茶色や灰色や黒などの地味系統のダッフルコートやPコートやトレンチコートを着ている。

 ケンドリオンは丸みを帯びたバスに乗って通学し、グラスフィールドの停車場で降りて、小さな庭付きの家が並ぶ住宅街を抜けて、草笛荘へと帰っていく。

 草笛荘は露草色の屋根に広い庭付きの家で、庭には白い柵、夏には実がなる李の木、父の車を止めるために草を刈ったスペース、そして玄関近くの赤いポスト。ケンドリオンがポストを開いてみると、中にはクレジット会社の茶封筒、いかがわしい宗教の勧誘はがき、そして桃色の長形三号封筒――。裏を見てみると、〈S・P〉のイニシャルが書かれていた。

 ケンドリオンはハッとして、急いで家の中に入り、ハサミで封筒を開けて中には封筒と同じ色の花柄の便せんとチケットが二枚入っていたのだ。手紙を読むと、母のデビューリサイタルを開くのことであった。

「母さん、マジかよ……」

 ケンドリオンは苦笑いをする。ケンドリオンの母、エイミーはピアニストだ。父と結婚した時にピアノから離れたが、時折ピアノを弾く母の姿をケンドリオンは何度か見ていた。今から四ヶ月前、母はピアニストをやりたいがために、父と別れた。妹と弟は母についていった。その頃からケンドリオンの生活は変わってしまった。

 学校から帰ってくれば母が夕飯の支度をしていて、先に帰ってきていた弟と妹が「お帰り」と言ってきてくれて、その後は父の帰りを待つ――。しかし現在、家は物巣額静かで暗くて、近所の主婦がヘルパーとして掃除や料理や洗濯をし、その人が造ったご飯を一人で食べる日々――。いや、ケンドリオンは市外の法学大学に合格すれば草笛荘を出て、大学の寮で暮らすだろう。さすれば寮生と食事したり寝たりと寂しさを穴埋めてくれる。

「リサイタルかぁ……」

 ケンドリオンは二階の自室で制服からハイネックとチノパンに着替えながら、母のリサイタルに行こうか考えていた。母に花束を持っていってやろうか。それとも母が避けるかもしれないと二つの気持ちが交差していた。


 ケンドリオンが住むグラスフィールドから少し離れた町、オレンジバレーにある高等学校。生徒たちはみな、オールドブルーのブレザーに濃い青のスラックスとスカートの制服を着用し、学問にはげんでいる者もいれば、クラブやアルバイトに励んでいる者もいる。今日は水曜日でクラブ活動の日で、生徒たちはそれぞれのクラブを行う教室や場所に移動していた。

 そしてケンドリオンも週三日のお楽しみであるクラブ活動に励んでいた。最もケンドリオンのような三年生は受験や最後のクラブ活動に専念しているものが多い。ケンドリオンは三年生の教室から、鉄道研究会をやる一年C組の教室に足を向けていた。廊下では様々な生徒たちが各クラブへと足を運んでいる。音楽室の近くを通りかかった時、ブラスバンド部の活動をしている女子生徒の声が聞こえてきた。

「ねえ、エイミー・ポーリーンの作曲家デビューリサイタルに行くんでしょう? いいな」

(他の生徒も幾人かが母さんのリサイタルを開くのを知っているんだな)

 ケンドリオンは立ち聞きをした。

「エイミー・ポーリーンって確か結婚を機にピアニストを辞めたんじゃなかったっけ?」

 相手の女子生徒が言った。

「そうそう。でもねー、二十年近く経ってからね、ピアニストやりたくなって、離婚したのよ。旦那さんと一番上の子を残して」

 その情報を耳にしたケンドリオンは内心チクリとした。まるで父と自分が悪いかのように言われていて。

「一番上の子供……って、三学年の秀才の一人、ケンドリオン・アーベル先輩じゃないのぉ?」

「そうそう。新学期入ってすぐ、アーベル先輩のお母さんが離婚したってうわさが学校中に流れてたんだけど、あれ本当だったんだぁ」

「うん。誰が噂を流したか知らないけれど、けっこう勝手な人じゃなかったりして。ピアニストに戻るために旦那さんとアーベル先輩を切り離して――」

 話を聞いていていくうちにケンドリオンはだんだんとムラムラしてきた。堪忍袋の緒が切れそうになった時、茶色のカールヘアにサルビアブルーの瞳の少年が少女二人に注意した。

「君たち、おしゃべりしていないで練習してね」

 中学からの親友ジェイミーであった。ジェイミーはブラスバンドのクラリネットの担当をしており、この部員であったのだ。女の子の会話がジェイミーのおかげで終わるとケンドリオンの怒りもすぐにおさまったのだった。

「ジェイミー、ありがと」

 そう呟くと、ケンドリオンは鉄道部を行う一年C組の教室に向かっていった。

 リサイタルが近づいた日の晩、ケンドリオンの父、バーリーが机の上に置かれたエイミー・ポーリーンの作曲家デビューリサイタルのチケットを見て、椅子の上に座っていた。医学者の父は人体再生学を研究をしており、病気や事故や戦争で手足を失った人やガンなどで内臓を失った人のために人体の再生に励んでいた。部屋の中はベッドと机とコンピューター、壁に備え付けられたクローゼットと本棚には医療関連の資料や書物がびっしりと入っている。

「リサイタルって、あいつは何を考えてんだか……」

 父はチケットを破こうと思ったが、やめた。離縁しても父より音楽を選んでも、父は母を思い続けていた。

「……エイミー」

 そしてケンドリオンの部屋に行き、受験勉強中のケンドリオンにチケットを渡した。

「父さん、どうぢたの」

「あー、ケンドリオン。父さんはちょっと仕事が山積みで行けなくなってな。よかったらジェイミーと一緒に行きなさい」

 父は即席の笑みでケンドリオンにチケットを渡し、そして台所でコーヒーを作りながら、分かれた母の顔を思い出していた。

「エイミーと会ったって、何を話せばいいか思いつかんからなぁ……」

 コポコポコポとコーヒーメーカーの音が響いていた。




 十一月第二日曜日。妹と弟が暮らす湖の近くの町、ドーンレイク。その中にある半円屋根にガラス張りの白い建物、ドーンレイク文化センター。そのコンサートホール内にケンドリオンとジェイミー、その隣にティファニーとエヴァンスが舞台から三番目の列の座席にそろって座っている。コンサートホール内は六角形の部屋で前半分が演奏舞台、後半分が左中右の階段状の座席一八〇。ケンドリオン達は中席にいた。他にも一五〇前後の客が来ている。舞台の上には、『エイミー・ポーリーン作曲家デビューリサイタル』の看板がつりさげられている。

『――皆さま、本日はエイミー・ポーリーンのリサイタルにご来場くださって誠にありがとうございます。これより、リサイタルを開始いたします』

 ホール内に設置されているスピーカーから、アナウンスの声が流れる。スポットライトが舞台に照らされ、中央にグランドピアノ、その脇にケンドリオンの母、エイミー・ポーリーンが立っていた。ケンドリオンと同じ金髪銀眼で、長いブロンドをアップにし、黒いキャミソールドレスと赤いショールをまとい、ワインレッドのルージュとブルーのアイシャドウにチークの化粧をしている。四十代前半だが、化粧しなくても充分に母は美人であるのだが。

「あっ、ママだ」

 エヴァンスが指さして姉に言う。

「しっ、始まるわよ」

 母は椅子に座り、鍵盤のふたを開ける。

『それでは第一曲目、曲名「花畑の夢」』

 アナウンスと共に母の演奏が始まった。低音から始まり、高音から中音と甘く優しいメロディが流れてくる。

「アンダンテ・カンタータだね」

 ジェイミーが呟いた。ケンドリオンは音楽に関しては楽曲や音楽用語ぐらいといった基礎レベルであるが、母の演奏にはかなわないと思った。

 一曲目が終わると、会場から大きな拍手が鳴り響いた。さすがピアニストである。十八年のブランクがあったとは到底思えない演奏ぶりである。それから母は次々にフーガやソナタやシンフォニーやメヌエットを演奏してきた。どの曲も皆、喝さいを浴びたのであった。

 それからもすると、アナウンスが昼休みの放送を流してきた。

『これより一時間の休憩を置きます。引き続き、午後一時半開始の午後の部をお楽しみにください』

 来客たちはぞろぞろと演奏ホールを出て、センター内のレストランやセンターの近くの飲食店へ食事しに行った。ケンドリオンたちもセンターの向かい側にあるレストランで食事をすることにした。

 レストランは休日だけに混んでいたが、ケンドリオン、ジェイミー、ティファニー、エヴァンスは四人席に座れた。四人ともネオクラシックのコンサートにふさわしいフォーマルの服装で、ティファニーいたっては、亜麻色のウェーブヘアを後ろでシニヨンにして赤いフレアスリーブのゴスロリドレスを着ている。レストランは店員が忙しく歩き回っており、親子連れやママ友達が多く来ている。ケンドリオンは目玉焼きハンバーグ、エヴァンスはお子様ランチ、ジェイミーはカルボナーラ、ティファニーはサンドウィッチを注文して食べた。

「どうせならママも来てほしかったな」

 エヴァンスがチキンライスを食べながら兄と姉に言う。

「仕方ないわよ。ママはスタッフさんが用意したお弁当を控室で食べているのよ。午前のリサイタルが終わってママのいる控室に行ってみたらスタッフさんがママにお弁当を差し出したのを見たんだから」

 ティファニーがサンドウィッチをかじりながら、弟に言った。

(……母さん、ずいぶん変わったな。ピアニストに復帰すると、あんなに華やかになるのだろうか?)

 ケンドリオンは思った。父や自分と暮らしていた時は化粧は控えめなナチュラルメイクだったし、着る服もエプロンドレスやシャツワンピースといったシンプルな服装だった。時折一人で嫁入り道具のピアノでソナタを弾いていたのをケンドリオンは覚えていた。もうそのピアノは母の離婚と同時に母が持っていってしまったが。

「ケンドリオン?」

 ジェイミーに呼ばれてケンドリオンははっとした。

「ハンバーグ減っていないけど、どうしたの? ティファニーとエヴァンスは食べ終えてレジに行ったよ」

「えっ!?」

 よく見てみると、向かいの席にいた妹と弟がいない。ケンドリオンの食べているハンバーグは半分もあり、パンもスープも半分だ。ケンドリオンは急いで食べて会計を終えて、センターに戻っていった。

白い天井と壁、それと対照的な黒い床の文化センターの廊下は、センターの職員とリサイタルの来客、連極語教室や絵画教室などの習い事の生徒が行き交いしていた。演奏ホールに戻る時、ケンドリオンが三人に声をかけた。

「ちょっと、トイレ」

「うん、始まるまであと十分あるから大丈夫だよ」

 ジェイミーが言う。ケンドリオンは急いで男子トイレに行き用を済ませて、ホールに帰ろうと廊下を早歩きすると、貼り紙がついた黒い扉を見つけた。貼り紙には〈エイミー・ポーリーン控室〉と書いてあった。

(母さんのいる部屋だ……)

 ケンドリオンは足を止めた。母とは四ヶ月間話していなかった。なにしろ母は高級レストランでのピアノ演奏や臨時のピアノ塾といった穴埋めの仕事でケンドリオンや父と一言も話していないのだ。生活費稼ぎやピアニスト復帰までの仕事とはいえ、母の声や言葉が訊きたくなったのだ。

(あっ、そしたら普通に「ケンドリオン」だって言ったら、入れてもらえないかも。卑怯だが、こうするか……)

 控室の母、エイミー・ポーリーンは壁に備え付けられた鏡と机で化粧を直していた。他にも服をつりさげるためのキャスター付きハンガーやバッグを置いたテーブルがある。ドアからコンコンという音がして、彼女は手を止めた。

「はい、どなた?」

「掃除しに来た者です。失礼します」

「待っていて。今開けるから」

 母は立ち上がり、ドアを開けた。しかし、そこにいたのは青い帽子と作業服の清掃員ではなく、灰色のスーツと赤いネクタイに背の高い金髪銀眼の青年であった。

「け……ケンドリオン……!」

 母は控室に入ってきたのが、元夫に引き取られた長男だと知らずに気兼ねなくドアを開けた拍子に驚いて声を上げてしまった。しかしその次には落ち着いて、気軽に話しかけた。

「……久しぶりね、背が少し伸びたんじゃない? 学校の授業や大学受験の勉強ははかどっている?」

「うん、まあ……。学校の成績はいつも上から五番以内で、大学……は、まだ進路先は決めていなくって……」

 ケンドリオンはしどろもどろに、母と会話する。

「バーリーは、どうしたの?」

 母が父のことを聞いてきたので、ケンドリオンは動揺したがすぐに返答した。

「……父さんはその……、急な仕事で行けなくなっちゃって……。父さんの分のチケットは友達のジェイミーにあげたよ。もったいないから……」

「……そう」

 それを聞くと、母は残念そうな顔した。母はやっぱり、夫婦関係はこじれても父のことを好いているようだった。しかし父は、母のことを口にしない。自分よりも仕事を選んだ母を憎んでいるのか。それとも母とどうやってよりを取り戻したいかと悩んでいるのか」

「あのさ、母さん……。言っちゃいけないってわかるんだけど……、化粧濃くない?」

 ケンドリオンは思わず母の変貌を聞いてしまった。

「ん? ああ、これね。目立つ化粧って、いつも派遣のメイクアップアーティストさんにやってもらってたんだけど、試しに自分でやってみたら、派手すぎたらしいわね」

 母はからからと笑った。母の笑顔を見て、ケンドリオンは胸をなでおろした。

「じゃ、僕は戻るよ。ジェイミーたちが待っているし……」

 その時、上着のポケットに入れていた転化帳が激しく鳴った。

「な、何!?」

 母はその音を聞いて驚いたが、ケンドリオンは慌てて控室を飛び出し、廊下に出て転化帳を開いた。画像には、邪羅鬼がセンター内にいることを示していた。




「ウワーッ!」

「キャーッ!」

 演奏ホールでは観客たちが突如現れた怪物を見てホールから逃げ出していった。ケンドリオンは邪羅鬼の出現先目当てに走っていると、向こうから流れるように出てきた人ごみに呑みこまれた。

「うわっ、何だっ!?」

 ケンドリオンは人ごみに巻き込まれ、やっと抜け出した時には、ホールの出入り口前に辿りついた。ホールの出入り口の扉をあけると、ほの明るいホール内の舞台の上に邪羅鬼がいた。だがケンドリオンが今まで倒してきた虫型の邪羅鬼ではない。二メートルはありそうな背丈に縦に長い顔の獣の顔、頭には大樹のような角を生やしていて、古代連極の衣装――。東大陸の北部にしか生息しないヘラジカを模した邪羅鬼である。

 そしてその邪羅鬼の周りに幾人かの観客が横に倒れていた。邪羅鬼に魂を抜かれ、喰われたのだ。

「くそっ、こんな日に出てくるなんて……。いや、早く倒さないと被害が広がる!!」

 ケンドリオンは転化帳で「転化」のパネルを選び、青い旋風に包まれ転化した。頭部に龍角、腰に青い龍尾、二枚重ねの青い衣、龍頭の銃を帯に下げたケンドリオンが出てきた。

ケンドリオンは走り出し、舞台近くに来ると跳躍し、邪羅鬼に大きなかかと落としを浴びせた。

「ぐおっ」

 邪羅鬼はケンドリオンの足蹴で舞台の壁まで飛ばされた。起き上がるとケンドリオンを見て、野太い声を出して叫んだ。

「聖神闘者か! 我の食事の邪魔をしおって!」

 ヘラジカ邪羅鬼はケンドリオンに赤く血走った目を向け、騎槍を出してケンドリオンに攻撃してくる。巨大な丸太のような槍がケンドリオンの前髪の先をかすめた。

「くそっ」

 ケンドリオンは悟った。この狭い室内では邪羅鬼との戦いに不利だと。そして舞台を壊したくなかった。母のために――。ケンドリオンはホールを飛び出し、廊下に出て窓を開けて園から飛び降りた。飛び降りたのは三階であったが、聖神闘者となったケンドリオンは腕力も跳躍力も視力も強化されているので、三階下の地下駐車場の屋根の上に見事着地し、そして邪羅鬼も続いて飛び降りて、ホールの舞台より広い地下駐車場の屋根に下りた。ダムッ、という音が響き、邪羅鬼の着地点に少しだけヒビいった。

 邪羅鬼はケンドリオンに騎槍を向けてきて、その体を貫こうとした。しかしケンドリオンは戦場が広いのを機に、龍頭の銃をバンバンと撃つ。青い光弾が邪羅鬼に当たる。

「ええい、これではラチがいかん」

 そう言うなり、邪羅鬼はセンターの庭や道路の街路樹の石や砂を自分に吸収しだした。砂や石や土が磁石で引き寄せられるように邪羅鬼の中に入っていく。

「何をする気だ?」

 ケンドリオンがこの光景を見ていているうちにヘラジカ邪羅鬼は体が一回り大きくなり、上半身は腕が四本、下半身はヘラジカの胴体をくっつけたように四本脚となった。

「そんなバカな!!」

 ケンドリオンは邪羅鬼の強化した姿を見て驚く。そして更に邪羅鬼の全手には騎槍が握られている。邪羅鬼は前足をかかげ、四本の騎槍をケンドリオンに向けてきた。ケンドリオンは素早く横に転がり、邪羅鬼の槍を避けた。が、ズドンという音と同時に屋根が砕け、巨大な孔が空き、瓦礫が真下の通路に崩れ落ちた。

(な、何という威力……)

 ケンドリオンは強化した邪羅鬼の攻撃を見てゾッとする。しかし邪羅鬼は容赦なく四本の槍を突き刺してくる。その間にケンドリオンは後方にステップしながら避ける。だがケンドリオンには作戦があった。このまま邪羅鬼の攻撃をよけていれば、どうなるかを。

 ケンドリオンは屋根の端に足を止めた。後ろを見てみると、その真下は瀝清の地面、前には巨大な邪羅鬼。邪羅鬼に落されれば、確実に固い地面にぶつけて体が砕けるだろう。

「これで終わりだ、聖神闘者」

 邪羅鬼が全体重をかけて四本の槍を向けてきた時、地下駐車場の屋根が邪羅鬼の重みで崩れ、邪羅鬼はガラガラと崩れる屋根と共に、真下に落下した。

「おおお~!!」

 邪羅鬼は声を上げながら真っ逆さまになって、瓦礫に埋もれて身動きが取れなくなった。

「お前が最初に攻撃を仕掛けた時、おまえの大きさと攻撃力を利用して、お前を追いつめたのさ」

 頭上でケンドリオンが邪羅鬼に言った。邪羅鬼が起き上がろうとしてきた時、ケンドリオンが先に必殺技を出してきた。

「よし、今だ。荒みし邪気よ、草木の逞しさに浄化され、体は無へと還れ。蒼龍剛風!!」

 ケンドリオンの手から風が放たれ、その青い風は蒼龍となり、邪羅鬼を呑み込み、邪羅鬼は体が初めて砂と砂利になった。そして金色の光の玉がいくつも出てきて、演奏ホールの方へと飛んでいった。そして倒れている人たちの中に入ると、みんな息を吹き返した。

「一体何があったんだ……?」

 みんな邪羅鬼のことは忘れていた。

「はあ、何とかやっつけたのはいいけど、凄い有様になっちゃったな」

 ケンドリオンは崩壊した地下駐車場を見て、渋い顔をした。何せ屋根に大穴が空き、下は瓦礫のクズまみれであったからだ。

「これは町がなんかの理由で直すから大丈夫なはずだ。それよりもみんなどうしたかな」

 ケンドリオンはセンターの一階の廊下の窓から入り、人気のない場所で転化を解いた。青い風がケンドリオンを包み、青い衣から灰色のスーツに戻してくれた。




 ケンドリオンがセンター内を歩いていると、休憩場で避難している母や弟妹とジェイミーたちを見つけた。そして休憩場では何人かの警察が来ていた。

(な、何で警察が来ていて!?)

 ケンドリオンは目を丸くしたが、すぐにみんながケンドリオンを一斉に見た。

「ケンドリオン、大変だよ。怪物が出てきたってみんな言っているよ!」

 ジェイミーがケンドリオンに言った。

「さっき職員さんが警察を呼んできてくれたんだけど、警察は信じてくれないんだよ。テロリストの間違いだろう、って」

 ジェイミーが半時前の状況をケンドリオンに説明した。幸い母や弟妹やジェイミーや邪羅鬼に襲われかけた人たちはみんな無事で、邪羅鬼に魂を喰われた人たちは放心状態だったため病院に運ばれた。そして邪羅鬼に壊された地下駐車場は暴動として処理されたのだった。


「今日は散々な日だったな~」

 ケンドリオンは家に帰ると、自室のベッドに寝転び、手足を伸ばした。母のリサイタルは中止になってしまい、母は残念がっていたが、もしまたリサイタルをやれたら今度は父も呼んできてほしいとケンドリオンに頼んだ。

 すでに空は暗くなり、星がまたたいていた。しかしケンドリオンは四ヶ月ぶりに母と話せたことがとても嬉しく、今日の最高実績としたのだった。





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