「黒」の書・第3話 校外学習の危機
『五聖神』第17話。リシェールの学校で7年生たちはザブラック村の校外学習に来ていた。ここでも邪羅鬼が出現し、リシェールは戦うが、超研のエクシリオに目撃される!?
「今だ、濁しき邪気よ、清流の清しさに清められ、体は水に魂は無へと還れ! 玄武嵐舞!!」
リシェールが手から水の玄武を出して、古の海賊のような足が二本、手が六つで体は赤黒いタコの邪羅鬼を消滅させた。
空が灰色に覆われている日曜日の午後、リシェールは郊外にある三方がヒノキに囲まれ一ヶ所だけ広い原っぱとなっている沼のほとりで、邪羅鬼と戦ったのだ。沼は沈んだ青で、水面が揺らめいていて、ヒノキの木群は葉っぱがほとんどなく、原っぱも灰茶で冬らしい冷たい感じがする。
黒と灰色の衣に包まれたリシェールは空を見上げ、白くて丸い雪が降ってきたのを確認した。一つの雪がリシェールの掌に落ち、口から白い吐息が漏れた。
「冬は玄冬……。北大陸を守る玄武が守る季節……」
リシェールはそっと呟いた。
北大陸は地域によって初雪は違うが、国が北に位置するほど、それだけ寒の入りが早い。リシェールが住むプレゼオも北大陸の西部にあり、山国であるため冬は極寒、雪も十一月に降ることは毎年のことである。
スラドフ通りの承認や買い手も暖かなコートや手袋やマフラーや帽子に身を包み、皆ミドルブーツやロングブーツである。住宅街のフロイチェク通りも外出している人はなく、外で飼われている犬も家で過ごしている。リシェールの家でも黒犬オラフが暖かな居間の暖炉の近くで寝そべっており、母親はソファでチョコレート色とベージュの毛糸で父にあげるマフラーを編んでいた。
リシェールも暖房をかけた部屋で、B5のスケッチブックで絵を描いていた。執事蛇のクアンガイは後ろからリシェールの絵をのぞきこんでいる。リシェールは絵を描く時はパステルクレヨンか色鉛筆、濃い目の鉛筆で描いている。
「お前の描く絵ってフワフワしてんな」
クアンガイがそう言ったので、リシェールは筆を止めた。リシェールが描いているのは、さっき邪羅鬼と戦った沼の景色であった。
「フワフワしている?」
「うん。人でも動物でも景色でも。フワフワしているじゃんか」
「そうなのかなぁ」
「絵が綺麗に描ける人間なんて、そういないぜ。他の人間から影響を受けたものでも年月が経てば個性が出てくるっていうしな。お前って絵画教室の習い事やっていたのか?」
それを訊かれるとリシェールは首を振る。
「習い事? そんなことはやってないよ。でも三年生から五年生まで水泳教室には通っていたけど」
「じゃあ、いつから絵を描くようになったんだ?」
「四年生の春からかなー……。試しに絵本や童話の挿絵を模写してみたら、絵を描くようになっちゃって……。水泳よりもそっちにはまっていって、水泳やめちゃった」
そう言ってリシェールは色鉛筆を持ち直した。ガラス越しの窓からは雪がサラサラと降っていた。
「そういや、リシェール」
「うん、何?」
「明日、校外学習なんだよな」
「うん。ザブラック村に」
リシェールの学校の校外学習では、リシェール達七年生はペルヴェドから北四十キロ先にあるザブラック村に出かける事になっていた。ザブラック村はガラス工芸品聖さんが豊かな村で、ガラス細工の素材となる鉱石が採れるので、鉱脈の近くに村が建てられた。
「ガラス……火……となると、あの邪羅鬼に気をつけなくちゃなんねーな」
リシェールの話を聞いて、クアンガイは呟いた。しかしリシェールは絵を描いているのに夢中であった。
次の日、リシェールたち学校の七年生はバスに乗って、ペルヴェド北部にあるザブラック村へ出発した。天気は雪であったが、バスは凍結対策が施されており、白とオレンジの観光バス三台は学校を出て、スラドフやラドヴィク川を通り、景色は建物が並ぶ町から野や畑と変わり、建物の屋根も野や畑も白い雪に覆われていた。一時間半かけて、野山に囲まれたザブラック村にやってきた。
生徒も教師もみんなコートや帽子や手袋を身につけ、ブーツをはいている。山間の村であるため、低地の町よりも気温が低くて凍えやすい。
「う~っ、寒い~」
「早くあったまりてぇ~」
と、男子の誰かが漏らした。
ザブラック村は三つの区画に分けられ、住宅&工房区と採掘場、展示館のエリアとなっており、A組が住宅&工房区、B組が採掘場。C組が展示場へ行き、見学が終わったら時計回りに入れ替わるのだ。
リシェールたちB組はまず採掘場へと向かった。今日は今週一番の寒さで、リシェールは学校に行く時のからし色のダッフルコートではなく、普段用の白いファー付きのダウンジャケットを羽織り生成りと灰色のロングボーダーマフラーを何重も巻きつけ、同じ柄のニット帽、手袋も厚手でブーツにヒートテックのタイツも身につけている。
「んとに、何で俺ら二組が外な訳? さびーよ」
男子の誰かがこぼした。しかし隣にいた細身の大人しそうな男子が愚痴を言った男子に言う。
「でも、採掘場の後は中だから後は楽だよ」
「そこ、おしゃべりしない!」
教頭先生が怒鳴った。もうすぐ五十歳になる教頭先生は細身の長身で眼鏡に険しい顔という外見でしかも厳しい人で学校の生徒たちからは「鬼ゲジゲジ」というあだ名が付けられていた。黒い帽子をかぶっているためわかりづらいが、帽子の下はゲジゲジの全体のような髪型だからである。
採掘場は木の杭と縄で仕切られており、絶壁の岩壁にはところどころ穴が空いていた。岩壁には四角い穴が掘られており、ここからガラス細工の素材の鉱石が出てくるのだ。ガラスの素材は石英やソーダナトリウムなど。これらを高温で溶かして混ぜて型をとる。採掘場の中は大雪のため入ったら危険ということで、入れなかったがそれでも勉強になった。
「はい、それじゃあ展示館へ行きます」
ジャンナ先生の指示でリシェールたちB組は展示館へと移動した。
展示館は村の中枢にあり、巨大な赤茶色の建物で、学校と同じくらいの大きさである。中は暖房が効いていて暖かく、外にいた分のつけが回ってきた。展示館はガラスでできたコップや器、オブジェなどが展示され、電灯でキラキラと輝いていた。赤や青や緑などのガラスが生徒達の目に刻まれた。建物内は巨大なステンドグラスが虹のように輝いていた。中心に女神、周りに十何人かの天使のデザインである。
リシェールは展示場を見ていると、ガラスケースの中に入った五つのオブジェを見つけた。金色の虎、赤い鳥、青いドラゴン、紫色の亀、緑の一角獣の掌大のオブジェである。
(あっ、五聖神だ)
リシェールはそれに釘付けになった。コップやガラスだけでも形を整えるにはかなりの技術が必要だというのに、動物や花のようなガラスはそれよりも造るのが難しいのだ。
「これは我が村のマエストロが造ったものです」
展示場の若い女性職員がリシェールに言った。
「マエストロ?」
「マダム・サンド―ラですよ」
女性職員が言った。
最後にB組は住居&工房区へとやって来た。どの家もレンガ造りで煙突があり、住居の隣に住居とは反対にいかつい灰色の建物が建っていた。ガラス工房である。ガラス工房の中は外の寒さとは反対にムッと暑く、壁に備えられた丸い穴の窯からオレンジ色の炎が燃えていた。そこのガラス職人たちは、みんなつなぎ服に両手に軍手、首にはタオルを巻いている。丸くて細長い金属の棒にガラスをつけ、息を吹きかけ手で回して形を整える。
「凄い……」
女の子のひとりが呟いた。B組のみんなの前に、長身で薄茶色のセミロングウェーブに青い目、そばかす顔の灰色のつなぎを着た女性が職場の紹介をした。
「どうも、ザブラック村の巨匠、サンド―ラ・レッツェルです。この度はザブラック村の差や貝見学に来て下さってありがとうございます」
リシェールはサンドーラと女性が名乗ったのを聞いて、展示館で見た五聖神のオブジェの作者だと感づいた。
「……一見、簡単そうに見えるお皿やお椀も綺麗な形に出来上がらせるのに、三~五年の修業期間が必要です。わたしも十八歳の時から四年間修業し、以後二十年間、ガラスを造っている訳です」
マエストロの話を聞いて、みんな納得したように声を上げる。
(てことは絵を描くのも、どっかで勉強が必要なんだな)
リシェールはつくづく思った。
その頃、A組は展示館にいて、C組は採掘場を見学していた。全ての見学が終わると、一度展示館内に集まり、そこの大ホールで昼食をとることになっていたのだが……。
A組は超常現象研究会の部長、エクシリオが在籍するクラスだ。展示館に入る前、エクシリオは人影が木の上をつたっていくのを見た。未確認生物かとも思ったが、社会科見学中なのでやめた。しかし、気になってたまらなかった。
大ホールは展示館の二階の三分の二を所有しており、一度に長方形の卓と椅子が十脚の組み合わせが七つあり、窓際にはソファが三方の壁を囲っていた。しかし、来ていたのはA組とB組の生徒とその担任、校長先生と教頭先生の六十人であった。
「あれ、C組がまだ来ていませんよ? マーラー先生と保健医のスメタナ先生、どうしたんでしょう」
校長先生が教頭の鬼ゲジゲジに言った。ペルヴェド基礎学校の校長先生は今年五十六歳の女の先生で、はちみつ色のカールヘアに金の鎖がついた眼鏡、緋色の口紅、ふっくらした体に深緑の目で若い頃はかなりの美人といわれていただろうか、少し呑気な先生であった。
「本当ですよ、校長。マーラー先生は時間にルーズじゃない人の筈なのに……」
教頭先生が言う。なお、教頭先生は帽子を脱いでおり、ぼさぼさの栗色の髪が立っていた。
「本当だよなー。遅ぇな」
「お腹空いたー」
生徒の何人かがこぼした。リシェールもヴァジーラや仲の良い女子と共に窓際のソファに座っていたが、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。その時、ダウンジャケットのポケットに入れていた転化帳が激しく鳴った。リシェールは立ち上がって、ホールを飛び出していった。
「リシェール!?」
ヴァジーラと女子たちがホールを飛び出していくリシェールを止めて見たが、リシェールは展示館の玄関の前に立ち、転化帳を開く。上ぶたの画面に鬼の横顔、邪羅鬼の現在地が浮かび上がる。
「ここに邪羅鬼が来ていたんだ!」
リシェールは自分に言い聞かせて、展示館から採掘場へと向かっていった。その時、玄関の階段近くのトイレからエクシリオが用足しを終えて出てきた。
「……今のは?」
エクシリオはリシェールの姿を見て何があったと思ったが、考えるのをやめて二階のホールへ行こうと階段を上った時、ヴァジーラとぶつかった。
「どわっ!!」
二人は階段の一段目で転んで尻もちをついた。
「あたた……。あっ、超研部長。さっきリシェールが走っていったのを見なかった?」
「え? 見たけど、てっきり外の見学で何かを落としたと思って止めないでいたけど……」
エクシリオが呑気に言うと、ヴァジーラはエクシリオに言う。
「リシェールを捕まえに行くよ!」
リシェールはC組のいる採掘場へと向かっていった。雪がちらほらと降り、風も強くなってきた。リシェールが走るたび、口から出る息が白く規則正しく出てくる。そして採掘場に来た時、C組の生徒も保健のスメタナ先生もガタイのあるマーラー先生も横に倒れている。そこに邪羅鬼がいた。だが今までリシェールが倒してきた水棲生物を模した邪羅鬼とは違う。頭部は鳥、両腕に翼、両手足に蹴爪、長い尾羽、女性型邪羅鬼で体全体は黒いが頭の頂が赤くて目が金色。アカゲラを模した邪羅鬼である。
「邪羅鬼がこんな所に……。C組のみんなの魂を奪ったんだ。被害が広がる前に倒さないと……」
リシェールは転化帳を出し、水柱に包まれ、水が消えると、黒い衣をまとった姿に転化する。
リシェールは腰に下げている三節棍を棒にして、アカゲラ邪羅鬼にかかっていった。しかしアカゲラ邪羅鬼は飛んで避け、両翼を羽ばたかせ羽の矢を飛ばし、その羽矢は火をまとって火のつぶてとなって、リシェールの方へと飛んできた。火のつぶてが地面に当たると、雪や霜を溶かし、地面をめり込ませた。
「これは危ないや……。やけどしたらもののレベルじゃないよ」
邪羅鬼はリシェールのぼやきなんかおかまいなしに、両翼を羽ばたかせ、火のつぶてをリシェールにぶつけてくる。リシェールが攻撃を交わしたり弾いたりしたら、C組やマーラー先生に当たってしまうし、みんなをかばえばリシェールがダメージを受ける。
「くっ、どうすれば……」
その時、リシェールは気づいていなかったが、エクシリオとヴァジーラが飛びだして言ったり、エクシリオとヴァジーラが飛び出していったリシェールを追いかけているうちに、邪羅鬼とリシェールの戦いを目撃したのだ。二人は棕櫚の木の裏に隠れ、押されているリシェールを助けようと考えていたが……。
「ああ、あの子が押されている。どうしよう」
「そんなこと言ったって……。あたしたちが出れば、あの怪人があたしたちに目を向けて木県になるってのはわかるし……」
ヴァジーラは採掘場近くの貯水池に目をやった。その貯水池は小さなものだが、水は縁近くまであり、氷が張っているのだ。
「あいつを近くに引き寄せれば、あの子は逆転する筈よ」
リシェールが邪羅鬼の攻撃に苦戦していると、石が飛んできて邪羅鬼の脛に当たった。
「誰だ!?」
邪羅鬼は攻撃を止め、石を投げてきた奴に目を向ける。リシェールより後方にいるエクシリオとヴァジーラが横に走っているのを見つけたのだ。
「待てぇ!」
邪羅鬼はヴァジーラとエクシリオを追いかけ、二人は邪羅鬼を貯水池に追いかけさせた。
(二人とも、どうして……?)
リシェールは二人の存在にやっと気付いたが、助けてくれたと悟って邪羅鬼の後を追いかけた。着いた先は貯水池だった。
(そうか、二人はわたしを助けるためにここまで邪羅鬼を寄せ付けてくれたんだ。ようし、池の水を邪羅鬼にぶつければ……)
リシェールは両手に水行のエネルギーをため、三節棍を池に投げ込み、指先で五芒星を刻んだ。
「超流渦昇!!」
三節棍が池の表面の氷を割り、その穴から巨大な水の渦が出てきて蛇のように動き、邪羅鬼を呑み込んだのであった。渦に呑み込まれた邪羅鬼は洗濯機の中の衣類のごとく高速回転。渦が消えると、回転させられ弱った邪羅鬼が出てきた。衣装も翼の羽もぼろぼろである。邪羅鬼が弱っている所で、リシェールはとどめをさす。
「今だ、濁しき邪気よ、清流の清しさに清められ、体は水に魂は無へと還れ! 玄武嵐舞!!」
リシェールの掌から水の玄武が出てきて邪羅鬼に突進し、邪羅鬼の体を呑み込み、消滅させた。邪羅鬼は濡れた灰の塊になり、それから無数の金色の光が邪羅鬼に襲われた生徒たちの体の方へと行き、体の中に入っていった。ヴァジーラとエクシリオはこの光景を見おさめていた。
転化姿のリシェールは二人に礼を言う。
「あなたたちのおかげで助かったわ、ありがとう」
リシェールは即席の笑みを二人に向けるがヴァジーラは転化姿のリシェールに訊いた。
「それはそれでいいんだけど、リシェールはどうしたの?」
それを訊かれてリシェールは内心ぎくりとしたが、咄嗟に答える。
「り、リシェールちゃんは無事よ。この村のどこかにいる筈よ」
「いや、それよりも僕は本物のワルキューレを見れたんだ。インタビューを……」
エクシリオが迫ってきた時、リシェールは返答した。
「わたしはワルキューレじゃなくって、北大陸を守る五聖神、玄武よ。さっきの邪羅鬼という人間の魂を糧とする怪人を倒すのが役目でね、じゃあもう行くわ」
そう言ってリシェールは二人の前から去っていった。
「五聖神に邪羅鬼……」
二人ともリシェールの言ったことに驚いていたが、現実であった。肉眼で見て、なおかつエクシリオのデジタルカメラにおさまっていたのだから。
すると前方からC組のみんなとリシェールがやって来たのだ。
「おーい、二人ともー。C組のみんな探してきたよー」
リシェールは聖神闘者の黒い衣ではなく、白いダウンの姿でエクシリオとヴァジーラの前に現れたのだった。
そしてその後はリシェール、ヴァジーラ、エクシリオの三人は教頭のゲジゲジに怒られたが、C組の人たちを探してきたことで許してもらえた。そして遅れたランチを済ませて、ガラス細工の商品を買って、校外学習が終わったのだった。
リシェールが家族のために買ったお土産は、ガラス動物のストラップで、父にタヌキ、母に猫、姉に兎、そしてクアンガイにガラスのカエルを渡したのである。カエルは緑色のガラスでグリーンガーネットのようである。
「しかし今日は大変だったな、リシェール」
クアンガイはリシェールから今日の校外学習の出来事を聞いて、今後の注意を伝えた。
「まあ、幸い今回は火の邪羅鬼だったから何とか逆転勝利をおさめたが……。土と木の邪羅鬼には気をつけなくちゃなんねえぞ」
「はーい。今度から敵の能力を見極めるよ。それにしても今日は疲れたなぁ」
リシェールはベッドの上で寝そべった。
「そりゃあそうだ。強い攻撃技とはいえ、超流渦昇は大ダメージを与えられる代わりに大変な精神力と体力を使うんだぞ。C組のみんなを助けてやれたからこそ、大技を使えたんだからな」
聖神闘者の使う技は、最初から五聖神から全て与えられるが、強い技を使えば使うたび、精神力と体力を消耗が大きい。大技を使いこなせるようになるには、それなりの体力と精神力を鍛えなくてはならない。
リシェールは暖かい自室でぬくぬくと過ごしていた。
一方ここはエクシリオの家の自室。今日デジカメで撮ったザブラック村の景色や品物の写真の他、邪羅鬼とリシェールの転化した姿も入っていた。
「これを学校、いや地域に見せたらすごいことになるぞ! 何せ超常現象が本当にあることをアピールできるんだからな……」