「白」の書・第3話 疑惑
『五聖神』第16話。ファランの妹ヤンジェは友達と一緒にある博物館へ行き、邪羅鬼に襲われるものの、白虎の聖神闘者姿のファランに助けられる。ファランと聖神闘者と同じ所に怪我をしているのを目にしたヤンジェはファランと聖神闘者は同一ではないかと考える。
「運動会、お疲れ!」
家の食堂でファランとヤンジェと祖父がウーロン茶で乾杯した。テーブルの上には出前のラーメンどんぶり三つとエビ餃子が置かれている。
「今年は二組の優勝であたし達四組は二位。折角頑張ったのにな」
ヤンジェがウーロン茶をすすりながら呟く。
「いやいや、二位でもよくやったじゃないか。ファランが障害物競走と借り物競走で一番だったぞ」
祖父が言った。
「それにしてもファランって、去年まで運動会に出てなかったの?」
ヤンジェが訪ねると、ファランはラーメンをすすりながら「うん」と答えた。
ファランは自身の赤眼のため学校に通うことがまれで、運動会をはじめとする学校行事に参加したことが全くなかった。本格的に通学や学校行事の参加は十四歳になった時点で始めたのだ。
「楽しかったよ、運動会の個人競技は」
ファランは二人に言った。そして、運動会休みの翌日はいつもの日々に戻る。
十一月も半分に入り、季節がきつくなる。風は北からの冷たい風が吹き、芝生の草は茶色くなり、木々の木の葉も次々と散っていき、空も鉛色になるのが多く、日の入りも早くなっていく。連極は西大陸の中部に位置にし、真北では雪が降り始めており、反対にファランの住む淡岸は国の南東に位置しているため、まだほの暖かい。淡岸が本格的に寒くなるのは冬至からだという。
十一月二度目の日曜日。ヤンジェは同じクラスの女子たちと共に淡岸からそう遠くない街、臨雲の博物館に行かないかと誘われた。と、いうのも誘った女の子の親友の一人が演劇部で問題が起きてしまったので、行けなくなったのだ。
ヤンジェはファランも連れて行こうと考えていたが、ファランはバドミントン部の活動があるため行けなかった。
ヤンジェは赤地に黒縁のワンピースと白いパンツの服装と髪型を三つ編みを一まとめにして、待ち合わせの駅へと向かった。淡岸駅から西に三十分の場所に臨雲博物館がある。
博物館はえんじの瓦屋根とベージュの壁でできたコの字型の建物で、敷地はヤンジェ達の学校より大きく二倍半はある。
中に入ると、恐竜やマンモスなどの古代生物の化石や古代連極人の道具や衣服の再現やレプリカ、外国の古代遺跡のミニチュア模型や化石ができるまでの映像が展示されていた。
館内を見回している中、ヤンジェが惹かれたのが曼陀羅という絵図だった。ガラス越しに展示されていて触ることはできなかったが、ヤンジェは四つかけられている曼陀羅の一枚に目が入った。
世界地図を思わせる絵の上に東に青い龍、西に白い虎、南に紅い鳥、北に黒い亀、中央に角と蹄を持った四つ足の獣が緑色に描かれていた。
(あ、これ。何か知っている)
ヤンジェが展示品の説明の金属板を見ると、『五聖神守護世界地図』と書かれている。説明の板にはおよそ一二〇〇年前に作られたものの複製と書かれており、五つの大陸は五体の神に守られている、という説明である。
(一ヶ月前に私を怪物から助けてくれた人、五聖神なのかしら?)
ヤンジェは一ヶ月前半に熊のような怪物に襲われたが白衣の青年に助けられた出来事を思い出した。
(あれから会っていないけれど、今どこで何をしているのかしら……)
そう思いふけっていると、名前を呼ばれた。
「ヤンジェ!」
はっとしたヤンジェは我に戻り、友人たちの顔を見る。
「もうすぐお昼だよ。館内食堂に行って席を確保しておかないと」
「あ、ごめん……」
ヤンジェは三人に言って、博物館内の食堂へと足を運んだ。博物館にはヤンジェ達四人の他、暇つぶしに来た老人や考古学生、小さな子供を連れた父親など少ないが、館内食堂は入場者の他、ここの職員も入るため席が二〇しかないのだ。そして外食ではなくあえて言えば館内食堂の定食はおいしいらしいの評判である。食堂のチリ魚定食はとてもおいしかった。そして昼過ぎには淡岸に戻ってきたが……。
「キャーッ!! ワーッ!!」
大通りの様子がおかしく、何と怪物が町の住民たちを襲っていた。男も女も子供も老人も皆逃げまどい、その怪物は何と全体が紫色のつるりとした装甲に包まれ、腰に曲がりくねった尾の先端に毒針がついており、両手がハサミになっている。蠍と人間が組み合わさった怪物――邪羅鬼である。
「な、何よあれ!!」
ヤンジェと級友たちが邪羅鬼を見て叫び、逃げようとした。ヤンジェ邪羅鬼の近くに何人かの人々が横たわっているのを目にし、どの人間も顔が青白い。邪羅鬼は尻尾の先からピッと何かを飛ばし、ヤンジェの周りにいた女の子たちの首や胸に刺さって入り、バタバタと倒れた。
「なっ……、何!!」
ヤンジェはみんなが倒れたのを目にして怯える。その時、邪羅鬼が近づいてきた。邪羅鬼の二つの金眼がヤンジェに向けられている。
(もうダメだ――)
そう思った時、ヤンジェの前に誰かが盾になって邪羅鬼の足を阻んだのだ。ヤンジェは見上げると、その人物が一ヵ月半前に自分を助けてくれた“あの人”だと気づいた。
黒い髪、白い衣、白い肌、そして何より特徴的な白い獣耳と尻尾。
「そこまでだ、邪羅鬼!」
転化したファランが駆けつけに来たのだ。実はというとファランは部活動の帰りに邪羅鬼の反応をつかみ、転化して超人的体力で駅前広場にやってきたのだ。
「ここの人たちに何をした!!」
ファランが邪羅鬼に訊くと、ヤンジェはファランに言った。
「き、気をつけて。尻尾の毒張りに……」
「尻尾?」
その瞬間、邪羅鬼は尻尾の先端をファランに向け、ファランはヤンジェを抱きかかえて跳躍して尻尾の先端から毒針を飛ばしてきた攻撃をよけた。ヤンジェのいた場所の真後ろの塀に青紫の細い針が刺さっていた。太さは鉛筆程度だが先の三分の一が奥に深く潜っていてヒビいっている。
「何て強力なんだ」
ファランは邪羅鬼の攻撃を見て、ゾッとし、ヤンジェを茂みの中に隠した。
「人間に刺さったらどうなるの?」
「人間に当たったら死ぬことはないが、手足が動かない麻痺性を持つものだ。ここは僕に任せてくれ!」
「あのっ、ちょっと!」
ファランはサソリの邪羅鬼と向かい合い、腰に下げていた二本の細剣を抜いて立ち向かう。サソリの邪羅鬼は次々に尻尾から毒針を出してくるがファランは細剣ではじき落とす。業をに絶やした邪羅鬼は今度は尻尾から酸を出してきた。ファランは後方によけたが、酸の当たった石畳がジュウッと音を立て黒く焦げた。
(あの酸に気をつけないと、この衣が防護してくれても素肌に当たったら……)
ファランは邪羅鬼の酸攻撃に悩み油断して、左ひざから上に酸がかかってしまった。
「ああ……っ!!」
ファランはここでひざまづくが、細剣の一本を投げて邪羅鬼の腹に当てたのだった。
「グゲゲッ」
腹を刺された邪羅鬼はそのままどこかへ退避した。そしてファランは左ひざから太股に邪羅鬼の酸がかかって、下衣のすそが溶けて飛び散った酸がファランの肌に赤い水膨れを作った。
「ちょっ……、大丈夫!?」
ヤンジェが駆けつけてきて転化したファランに駆け寄るが、ファランは痛む足を引きずってその場を去った。
「あの、ちょっと!」
ヤンジェは止めたが、“あの方”はもう姿が見えなくなり、そして救急隊が来て邪羅鬼に襲われた人々を病院に連れて行ったのだった。
ヤンジェが家に帰ったのは日入りだった。折角の楽しい休日が怪物のせいで三人の級友が意識不明になってしまったのだ。もうヤンジェの頭の中は滅茶苦茶になっていた。
家の離れに入ると、台所の冷蔵庫でファランが牛乳をコップに入れて飲んでいた。
「ヤンジェ、お帰り。浮かない顔をしているけど」
「う、うん。実は……」
ヤンジェはファランに今日のゴタゴタを簡潔に話した。
「……それはまた難儀なことだな」
「うん。てっきりアレって漫画やテレビだけの世界と思っていたけど、本当にあったなんて……」
「でもヤンジェは助かったんだ。運が良かったな」
そう言ってファランは自室に行こうと歩き出した。だが歩き方がおかしい。左足を引きずっている。
「ファラン、脚……どうしたの?」
ヤンジェに訊かれたので、ファランは顔を上げた。
「あっ、ああ、これね……。クラブの練習中に……ランニングで大きく滑って転んで、すりむいて……」
「そ、そうなの……。ファランも大変だったね……」
ファランは精いっぱい笑って左手を上げた。そしてファランは左脚を引きずりながら、母屋の自室のベッドに寝転んだ。
「ヤンジェに気づかれなくって良かった。何とかごまかせた……」
ファランはズボンの上から先ほど邪羅鬼の酸攻撃で傷ついた左ひざをさすった。転化している間は常人より体力が伸びる為、邪羅鬼の攻撃はかすり傷程度だが、酸攻撃は熱湯のように感じた。
「それより、今日見た邪羅鬼は今までの――獣みたいじゃなく、虫みたいなやつだったな」
ファランは転化帳を開き、月長殿の聖神・白虎に訊ねることにした。画面に白毛の巨大な虎が画面に映った。
『どうしたファラン。何があったのかね』
「あ、久しぶり、白虎……。今日は今までと違った邪羅鬼と戦ったんだけどケガをして、逃げられて……」
ファランは今日の出来事を白虎に話した。
『それは木行の邪羅鬼だ。ファラン、君が今まで倒してきた金行の邪羅鬼だ。
邪羅鬼には五つの種類があり、属性によって能力と外見、弱点が異なる。金行の邪羅鬼は肉食生物、木行の邪羅鬼は虫、土行の邪羅鬼は草食生物や土の中にすむ獣、水行は魚やザリガニなどの水棲生物、火行は鳥。
そして弱点は五行相生剋に基づかれ、金は土と木、木は水と土、土は火と水、水は火と金、火は金と木に強いということだ』
「なら、あの邪羅鬼は木の邪羅鬼だから、金行と火行に弱いんだね。となると僕は……?」
『ファランは白虎の力を授かっていて、金行の力を持っている。五行説を学校で学ばなかったか?』
「あー……。どっかで覚えたんだけど、いつだったか……」
ファランは顔を曇らせる。学校の勉強はできても、雑学はうろ覚えが多い。
「でもあのサソリ邪羅鬼に勝てる可能性があるんだよね?」
『ああ。だが油断してはいけない。それにサソリ型邪羅鬼の毒針に刺された人間は邪羅鬼を倒さない限り、体の神経が麻痺したままになる。気をつけるように』
「でも、邪羅鬼はどこに逃げたか分からないし……」
ファランは腕組して考えた。サソリ邪羅鬼の倒し方と邪羅鬼の神出鬼没に悩ませた。
翌日、朝起きて学校に行く時、歩く度に顔をゆがませるファランを見て、ソフトヤンジェが気遣った。
「大丈夫?」
「平気、二、三日すれば治るから」
そう言ってファランはヤンジェと共に学校に行こうとしたが、祖父が一本の杖を持ってきた。持ち手が曲がった洋杖である。
「これを使いなさい。だいぶ古いものだが、痛めた脚で行くよりはましだろう」
「ありがとう、おじいちゃん」
ファランは祖父から杖を受け取ると、杖をつきながら中学校へと歩いて行った。
中学校に着くと、ヤンジェと一緒に女の子たちが入院したという話で持ちきりだった。級友の何人かが現場にいたというヤンジェに質問した。
「何か知っているんでしょう? 一緒にいたヤンジェなら」
「う……あの……」
ヤンジェは口ごもった。昨日邪羅鬼に襲われて転化したファランに助けられたのち、事件の目撃者として警察署に連れて行かれ、警官にあれこれ事情徴収を受けた。
「犯人はどんな奴だ?」
「犯人の目的はなんだ?」
しかしヤンジェは本当のことを言いたくても悪ふざけを言っていると思われたくなかったため、沈黙していた。警官はヤンジェは事件の時、友人を目前で襲われたショックで記憶障害に陥っていると思い、ヤンジェを帰したのだった。ファランが遅れて教室に入ってくると、シウロンとタイチェンはファランに目をやった。
「あれ、ファラン。お前、いつの間に脚を痛めたんだ?」
「ああ、これね。昨日、バドミントン部の活動中にすりむいて……」
「すりむいた? 俺も昨日、ラグビー部の活動に出ていたけど、ファランが転んだこと知らなかったなぁ」
タイチェンは友人が知らぬ間に脚を怪我したことを今知った。
(ああ、みんな知らなかったんだ。ファランが脚を痛めたのを)
ヤンジェがそう思っていると、チャイムが鳴って着席し、いつものように授業を始めた。
この日は体育の授業がなく、段々と時間が経過していった。ヤンジェが廊下を歩いていると二階の窓から放課後のクラブ活動をする生徒たちの姿が見られた。みんな学校指定のジャージを着て、ランニングや準備体操、素振りなどの練習。その中でバドミントン部の中で一人だけ私服のベストとシャツとズボンの生徒が顧問の先生と部長と何か話していると思ったらファランだった。杖を持っている。
(脚をすりむかせたから、理由を話したんだ)
その光景を見ていたヤンジェは納得し、ファランは引き返して校舎の中に入り、階段のところで二人は出会った。
「あ」
ファランは階段の手すりに手をかけて痛めた左脚を引きずりながら昇ってきたのだった。
「ファラン、今日のクラブどうしたの?」
「ああ、昨日……クラブの練習中にすりむいたからね、見学だけにして終わった後、すぐに帰れるように荷物取りに来たんだ」
ファランがヤンジェにケガをした脚ではクラブはどうするものかと訊かれた時、ファランの顔が急にひくついた。何かあると、ヤンジェは踏んだ。でもファランの私情に干渉したら迷惑になると思って考え直した。
「……そうなんだ。それじゃあ、私は先に帰っているよ。じゃあね」
そう言ってヤンジェは一階に降りていった。階段を降りながら、ヤンジェはファランの動揺した顔が忘れられなかった。そして、“あの方”とファランの顔を思い出してみて、“あの方”は表情が凛々しいものしか思い浮かばず、さっきのファランのような動揺した顔が出てこなかった。
(そんな訳、ないか。ファランと聖神白虎の人が同じだったなんてのは……)
そう思いながら、ヤンジェは学校を出ていったのだった。
ファランが教室に入ると、教室には誰もおらず、ファランは自分の机の鞄から転化帳を出した。開くと、画面に地図が映し出され、邪羅鬼がいないか調べる。ファランは服腰に痛む左ひざをさする。レーダーモードにしてある転化帳には邪羅鬼はいない。
(ヤンジェは気づいているんだろうか? 僕が二回もヤンジェを助けたことを。ヤンジェって意外と考えが鋭いからな)
聖神闘者ということが友人や家族に知られてもペナルティはないものの、家や学校に居づらくなる――。ファランはそれを恐れていた。両親を早くに亡くし、引き取ってくれた祖父や仲良くなった新しい学校の友達を失いなくなかった。邪羅鬼に襲われるというリスクがあるからだ。
(でも邪羅鬼の弱点を把握していれば大丈夫さ)
ファランは転化帳をしまい、鞄を持ってクラブ活動に向かっていった。
ヤンジェは家に戻り、母屋の自室に鞄を置くと、部屋の机に置いてあった祖父の書き沖に目を通し、書いてある通りのことを行った。書斎の掃除と食器洗いと洗濯ものの取り込みをやってほしいのことだった。祖父は昼間は風水館で働き、家には誰もいない。帰ってきた誰かが家事をやるのだ。
祖父の書斎にの掃除と食器洗いを済ませるとヤンジェは外に出て、庭に干してある服やタオルを回収しに行った。メイ家の敷地は母屋が三十坪、離れが二十坪、庭は母屋と離れの裏にあって二十五坪。庭は竹の柵に囲まれており、左にビワの木、右に合歓の木が植えられており、その木の幹にハンモックがかかっている。物干し台は離れの裏に設置されて竹でできていた。四本の柱に丈夫な縄が交差にかかっていて、洗濯バサミでタオルや服を挟んでいる。ヤンジェは洗濯バサミを外して服を取って、取った洗濯バサミは縄に挟んで腕に服をかける。乾かした服は寒さで少し冷たかった。空は西日で桃色になっており、丘の上にあるこの家からは町の景色が見られた。
全ての洗濯物を取りそろえた時、秋風が呼びかけるように吹き、ヤンジェは気配を感じた。
「だっ、誰!?」
ヤンジェが振り向いた時、ヤンジェ一人しかいない筈のこの家に招かれざる客が来ていた。それは――昨日の友人たちを襲ったサソリの邪羅鬼だった。
「ひぃっ!!」
ヤンジェは口を押さえ、その弾みで洗濯物を落とした。邪羅鬼はヤンジェの方へと歩み寄り、ヤンジェをハサミから出た手でつかむと、抱きかかえて大きく跳躍した。
「ちょ、やめて、降ろしてよ」
ヤンジェは足をばたつかせて抵抗したが、邪羅鬼は聞き入れてくれず屋根から屋根へと飛び移り、二人は人のいない海岸の小さな入り江に来たのである。その入り江は上から見ると岸壁が丸まるように視界が遮られ、その内側は白い砂丘と緑のわずかな芝と一本の古い柏の木がある。
邪羅鬼はヤンジェを砂丘に放り出した。
「あっ!」
ヤンジェは半身を起こし、薄暗い入り江の中で邪羅鬼を見た。節のある体、腰についた尾の先端の毒針、毒々しい紫の体――。
「いや……やめて……来ないで……。どうして私を……」
ヤンジェは怯えながら命乞いをすると、邪羅鬼は答える。
「お前の魂は穢れが少なく、もっとも美味な魂――。潔く、我に喰われるがよい」
そう言いながら邪羅鬼はヤンジェの方へと向かってくる。砂を踏みつけるザッ、という音がヤンジェに恐怖を募らせる。
「やだ、やだ、来ないで……」
ヤンジェが首を振りながら命乞いをした時だった。どこからか電気を帯びた光の玉が飛んできて、邪羅鬼に当たると感電した。
「グワアアアア!!」
バチバチと弾ける音と激光にヤンジェは思わず耳と目をふさいだ。そして電撃弾を出した持ち主が二〇メートル上の絶壁から飛び降りて、砂浜に着地した。ただし、右足で着地してひざを痛めた左足は伸ばしている。その主はヤンジェの危機と邪羅鬼の気配を感じ取って転化したファランであった。
「あ、ああ……」
ヤンジェは身の危険を免れたことを感じ、全身の力が抜けてへたれこんだ。
(またあの人だ。私を……助けてくれた……)
ヤンジェは二度だけにあらず、三度助けられたことに涙した。
「何とか間に合ったか……」
ファランは家の近くに向かっていた時、邪羅鬼反応をつかみ、転化してここに来たのだった。ファランの技、光雷玉弾を受けた邪羅鬼は黒焦げになったかと思いきや、焦げた体の表面がはがれおちて、元通りの姿になった。
「聖神闘者、覚悟しろ!!」
そう言うなり、邪羅鬼は尾を長い鞭のように変化させ、尾先をファランの方へ伸ばしてきた。
「うおっと!」
ファランは邪羅鬼の攻撃をよけ、邪羅鬼の尾は砂浜に当たり、砂塵が飛んだ。その間にも邪羅鬼は同じ攻撃を何度も繰り返し、避ける度に左ひざが痛み、ファランは痛みをこらえて邪羅鬼の弱点を探った。
「あの尻尾さえ斬り落とせば、そしてここは海! 僕の能力と地形さえ利用すれば……!」
ファランはその場で立ちすくみ、伸びてきた邪羅鬼の尾に巻きつかれた。そのまま持ち上げられたかと思いきや、ファランは細剣を取り出して邪羅鬼の尻尾を斬り落とし、邪羅鬼は尻尾を斬り落とされた拍子で足を崩して水の中に滑って転んだ。
「くそ……!」
邪羅鬼が水から這い出ようとすると、ファランが両手に細剣を持ち、剣に電気を帯びさせ大きく振り落とした。
「金雷斬!!」
邪羅鬼はファランの攻撃を受け、白き激光に包まれ消滅。邪羅鬼のいた所から大きな水しぶきが立ち、大きな音を立てた。
「やったか……!」
ファランは右手で額の汗を拭い、自分の作戦が上手くいったことになでおろした。
(海は水行の集まりで木行を持つ邪羅鬼には有利な場所だ。だが、塩分をたくさん含んだ海水は真水より電気を走りやすくする。それが勝利のカギとなったんだ)
そしてうずくまっているヤンジェの方へ歩みよった。
「大丈夫か?」
「あの……、本当にありがとう。三回も助けられて……」
それからファランはヤンジェに手を差し出し、立ち上がらせた。
「あの、私は歩いて帰れるから……。家からそう遠くないし。それよりも……」
ヤンジェはファランの左ひざを見た。ズボンの裾から白い肌が丸く赤い傷、カルク火傷したような傷ができていた。
「大丈夫だよ。僕は聖神闘者。傷なんてすぐ治るよ。じゃっ」
そう言うとファランは大きく跳躍し、その場から去っていった。
ヤンジェは海岸から家に歩いて帰っていった。住宅街に入り、家の近くに入ると祖父から渡された杖をついて帰ってきたファランと合流した。
「ヤンジェ、ただいま」
「お、お帰り、ファラン」
「ヤンジェ、家に帰っていったんじゃなかったの?」
「そ、それは……」
ヤンジェは一度家に帰っていったが、邪羅鬼に連れて去られたが助けられて海岸から帰ってきたところと言いたかったが、ファランには伝わらないと考えた。まごまごしていると、祖父が下町からやって来た。
「おーい、ファラン、ヤンジェー」
「おじいちゃんだ」
二人が振り向いて、祖父の方へと駆け寄る。
「おい、二人とも吉報じゃ。ヤンジェの友達や多くの人達がさっき目を覚ましたんじゃと。みんな元気だと」
それを聞いてヤンジェは顔が明るくなった。
「ええっ!? 良かったぁ」
ファランがサソリの邪羅鬼を倒したと同時に、邪羅鬼の毒針に刺さってこん睡状態になっていた級友とほかの被害者たちは毒針の宿主が消滅したため、意識を取り戻したということはあえて祖父とヤンジェには言わなかった。
(しかし)
ファランは思い直した。義理の妹とはいえ、大切な人が邪羅鬼の魔の手に捕まってしまったことを反省した。
穢れのすくなき清らかな魂は邪羅鬼の好物。自分が守らなければ、とファランは誓ったのだった。