「青」の書・第2話 人間の欲に潜みし存在(もの)
『五聖神』第13話。ケンドリオンは教会の催しの準備の帰りに、父親のせいで迫害されている少年デービスを助ける。デービスの話によると彼の父親の暮らしの羽振りが良くなってからだというのだが、その反面周りの子達が酷い目に遭っているという。ケンドリオンはデービスの父が働いている会社へ行くが……。
グラスフィールドの町中にある町の教会。あと八日でハロウィン祭が行われる。教会の婦人部の女性達はハロウィンのごちそうの献立を話しあい、十六歳から三十五歳までの青年部の若者たちはハロウィンの飾りや衣装を作り、壮年部の大人たちは隣町までハロウィンのカボチャを仕入れに行ってきた。普通のカボチャより大きく、庭石ほどの大きさのオレンジのカボチャは中身はハロウィンのカボチャ料理の材料に、外皮はジャック・オ・ランタンの材料になるのだ。もちろん、ケンドリオンも境界の青年部の仕事に奉仕していた。
ケンドリオンは学校から帰ってきてすぐ、制服のまま教会に行き、ハロウィンオーナメントや幕作りや衣装作りに励んでいた。
夕方五時になると、仕事は終了し、みんな帰宅する。秋の日暮れは早く、空がオレンジと藍色の混ざったものになっている。外気も冷たく、ヒヤッとする。
「お疲れ様でーす」
「お疲れさまー」
ケンドリオンは教会の人たちに別れのあいさつを告げ、草笛荘に戻ることにした。草原に作られた町、グラスフィールドは春と夏は青々とした草に囲まれ、秋は草原が灰色がった碧になり、冬は黒い土と霜と白雪に覆われる。ケンドリオンはあぜ道を歩き、家へと向かって帰る。
ケンドリオンの家『草笛荘』。二〇〇坪もある土地に建てられたもので、ケンドリオンはここで父と二人暮らしである。父とケンドリオンが家を空けている間は、父が雇った近所の主婦が料理や洗濯、家の掃除をしてくれる。父はグラスフィールドから一時間半の距離でかかる都会の医療センターに勤めており、時々帰りが遅くなることがある。その時、ケンドリオンは一人で過ごしていた。
制服から普段着のデニムシャツとTシャツとパンツに着替え、台所に行って、近所のおばさんが作ってくれた料理を温めて器に盛って食べる。今日はシーフードシチューで、鮭と帆立と海老と五種類の野菜が入っていた。ケンドリオンは学校とクラブ活動と教会の奉仕活動で空腹だったので、ガツガツ食べた。一人しかいない家を見て、ケンドリオンはふと思った。
(母さんが妹と弟と一緒に家を出ていくまでは、母さんがご飯を作ってくれて、妹と弟と一緒に遊んで、父さんの帰りを待っていて……)
ケンドリオンの母はピアニストに復帰するために父と離婚し、妹と弟は母についていった。ケンドリオンが父と暮らし始めてから五ヶ月目に入ろうとしていた。ケンドリオンはテレビをつけ、画面にホームコメディドラマの映像が出てきた。仲良しの姉弟と両親――。ケンドリオンの羨んでいる姿であった。
ハロウィン七日前。ケンドリオンはこの日も学校の後すぐに教会の活動に奉仕していた。教会の奥にある会議室でケンドリオン達青年部の者たちは衣装や飾り作りに励んでいた。教会の会議室は礼拝堂と違って、白い壁に灰色のカーペット、折りたたみ式の長机とパイプ椅子という質素なものだが、質素な部屋だったからこそやり易かった。ケンドリオン達十数人の青年部は針と糸で縫ったり、紙とのりとハサミで飾りを作っていた。青年部の他の連中は私服だが、ケンドリオンはオールドブルーの制服の上から白い地のエプロンをつけて衣装を作っていた。
壁に掛ける幕は「ハッピー・ハロウィン」や「トリック・オア・トリート」の切り抜き文字が黒や白の幕に縫い付けられ、紙細工のジャック・オ・ランタンやお化けや蝙蝠が机の上に並び、衣装も魔女の帽子やマントやミイラの着ぐるみ、狼の着ぐるみなどがそろっている。
「ケンドリオンさん、ケンドリオンさんはどんな仮装を考えているんですか?」
一つ下の女の子が訊いてきたので、ケンドリオンはファントムの仮面を作る手を止めた。
「えっ? ……どーしよっかな。今まで仮装なんてミドルスクールの初めまでしかやらなかったからなぁー……。僕はミドルスクールの時からお菓子配りをやってたから」
十二歳まではケンドリオンはハロウィンには毎年仮装していた。十三歳の時からはお菓子配りの役割しかやってない。
「はあ、そうですか。でもケンドリオンさん、エプロンとマント、一緒に縫ってませんか?」
女の子がケンドリオンのエプロンを見て声をかけたので、ケンドリオンは仮面を作る前に縫い終えたマントを引っ張った。
「ああっ‼」
ケンドリオンはいつの間にかエプロンとマントが縫われていたことに気づき、仕方なしにマントを縫い直した。
ケンドリオンはマントを縫い直した後、気分転換に外に出た。教会の隣は墓地と牧師一家の家で、教会から二、三分歩いたところに、自販機があり、ケンドリオンはレモンティー缶を買って、喉を潤した。
「はー……、中にこもっていると体凝るなぁ」
ケンドリオンは首や肩をならして外の空気に当たっていると、目の前の空き地で小学生の四人が一人の少年によってたかっているのを目にした。白人三人とメスティソの一人が黒人の少年を責めていた。
「お前の父ちゃんが悪いんだ!」
「お前の父ちゃん、悪者!」
「親の罪、お前が代わりに罰を受けろ!」
四人は口々に黒人の少年を罵り、小突いたり突き飛ばしていたりしていた。
(ちょ……、何てこと)
現場を見たケンドリオンは後ろから黒人の少年をいじめている四人を怒鳴った。
「おい、こら! 何してんだ!」
ケンドリオンの声で振り返った四人は走り出して逃げた。
「うわっ、やべー! 逃げろーっ‼」
「なんて奴らだ。四人がかりなんて卑怯だな」
ケンドリオンはそう言うと、黒人の少年に声をかける。
「大丈夫か?」
「ありがとう、お兄ちゃん……」
「もし良かったら僕に話してくれないか? 君はあいつらにいじめられていた理由を……」
ケンドリオンは黒人の少年に訊いた。
少年の名はデービス・ホイットといい、グラスフィールドの小学四年生で、両親と妹の四人暮らしで、父親はシスコカンパニーという中堅企業の社員で二ヶ月前に部長に昇進して給料が上がったため暮らしは良くなったが、同じ職場で働く同級生の父親たちはデービスの父によって、左遷やクビになったのだ。
「そんな筈はない。きっとあの子たちの父親がクビになったのは偶然だろう」
「ううん。パパがクビにしたんだよ。みんなのパパがクビになったのは、僕のパパにやられたからだって。それにパパは出世してからは人が変わったようになって、『もっともっと出世して、会社の社長になってお前たちにいい思いをさせてやるからな』って言うんだ。僕は貧乏でも出世できなくてもいいから、前の優しいパパの方がよかったよ」
デービスは涙ぐむ。
(こりゃ何か深い理由がありそうだ)
ケンドリオンはそう考えて、デービスに言う。
「君のお父さんに会わせてくれないか? 僕がデービスの父さんに君がいじめられていることを話して、何とかしてもらうよ」
「え、でも……」
「君は元のお父さんに戻ってもらいたいんだろう? だったらここで立ちどまっていないで、切り拓くんだ」
それからこう付け加えた。
「デービスも教会のハロウィン祭、参加するだろう? 同級生達に誘われなくたって、僕がさそうさ」
次の日、ケンドリオンは学校を早退し、デービスの父親が働いているシスコカンパニーのある町、ウェンリックにやって来た。ウェンリックはグラスフィールドの西南にある町で、商工業の盛んな町である。デービスの話によると、シスコカンパニー輸入食品の会社で、ホイット氏は営業部で働いているそうだ。ウェンリックはグラスフィールドと違って、道は舗装され、歩道と車道に分けられ、同じような建物がいくつも並び、人と車で溢れている。サンセリアの首都・ニューフォードほどではないが、立派な地方都市である。
「シスコカンパニーはここか」
ケンドリオンはシスコカンパニーの建物を見上げる。一二〇坪ありそうな六階建の茶色のプレハブブロック造りの建物で、入り口は白いタイルで敷き詰められている。中に入ると、ガラスの自動ドアが左右に開き、黒い大理石の床と白い壁、待客用のソファが四つ並んだ受付口がある。受付嬢は白いカウンターに座っており、ベージュのビジネススーツを着た金髪の女性が座っていた。
「ようこそ。シスコカンパニーへ」
と、愛想のいい顔をケンドリオンに見せる。
「え、えーと、あの、営業部部長のホイット氏にお会いしたいのですが……」
「アポはお取りですか?」
「あ、それは……」
ケンドリオンは口ごもっていると、受付のすぐ近くにある二つ並んだエレベーターの左が開いて、眼鏡をかけ、あごひげを生やし、恰幅のいい黒人男性が数人の部下を連れて出てきた。首にかけている社員用の名札を見て、ケンドリオンはその人がデービスの父親と知った。
(ジェイソン・ホイット……。デービスの親父さんだ)
ケンドリオンはホイット氏の前に駆け寄り、「すみません」と声をかけた。
「誰だね、君は」
ホイット氏は野太い声を出して、見たまんま高校生のケンドリオンに訊いた。
「あなたの息子の友達のケンドリオンです。五分だけ……、五分だけ話をさせて下さい。
あなたの息子が、あなたのかつての部下だった人たちの子供から苛められていて悲しい目に遭っているんですよ!? 息子さんのことを考えてやって……」
「よしてくれないか。私は忙しんだ。今から別会社との取引があって今日中にやらなくてはならないんだ。帰ってくれ!」
「でも、あなたや強制解雇や左遷……」
「君、未成年でも今言ったことは名誉棄損だぞ! 帰ってくれ! もし次言ったら訴えるからな!」
そう言ってホイット氏はケンドリオンを押しのけて、会社を出た。その時、上着のポケットに入れていた転化帳が突然鳴ったので、ケンドリオンは音の響くロビーでは迷惑がかかると思い、エレベーターの横にあるレストルームに駆け込んだ。
ケンドリオンは転化帳を開き、どこに邪羅鬼がいるのか確かめた。――が、邪羅鬼と思われる反応はなく、レーダーには何も映っていなかった。
「何だ? 誤作動か?」
転化帳は人間の作った機械と違ってそう簡単に壊れない筈だ。ケンドリオンは転化帳を耳の近くで振って、変な音がしないか聴いてみた。何もしない。
「じゃあ何だ? 他の機能なら使えるのか?」
ケンドリオンはそう呟くと、転化帳を蒼龍との通信機に変えた。通信パネルをタッチペンで叩くと、画面に青いドラゴンの顔が映った。面長顔で全身は青い鱗におおわれ、長い二本角と金色の瞳をもっている。
『どうした、ケンドリオン』
画面の中の龍、蒼龍が美しい男声を出して、ケンドリオンに訊ねた。
「あ、うん。大したこと……かどうかはわからないけど、邪羅鬼がその場にいた訳でもないのに転化帳が鳴って……。誤作動なのかどうか」
ケンドリオンの話を聞いて、蒼龍は答える。
『それは憑依型の邪羅鬼だ。何も邪羅鬼は獣や虫や鳥との人間の合成した姿で出現するとは限らない。魂だけの姿で生まれてきて、成長するために人間の体にとりつき、人間の欲や悪心を栄養にして充分に育ってから出現する邪羅鬼もいる。寄生生物の様にな。誰の近くで鳴った?』
「えっと、デービスのお父さん……って、あっ!」
『そうか、デービスという子の父親が邪羅鬼にとりつかれていたのか。暮らしが豊かになったのと昇進した気持ちが仇となって邪羅鬼にとりつかれたのだろう』
「デービスの父親が邪羅鬼に……」
ケンドリオンはデービスから聞いた話を聡明に思いだした。
デービスの父親と同級生達の父親は最初の立場が逆だった。父親はその連中を怨み、いつか自分が上にやって復讐してやるぞと、考えていたようだ。そして昇進すると今までの仕返しとして、同級生達の父親を左遷やクビに追いやったのだ。
ケンドリオンはシスコカンパニーを出て、グラスフィールドに帰宅することになった。
ケンドリオンは学校を早退したことは学校のみんなに多大な迷惑をかけてしまったと申し訳なく感じていたが、デービスの存在に気づかなかったら、彼は父親にとりついていた邪羅鬼に襲われ、魂を喰われていただろう。
(待っていてくれ、デービス。君のお父さんは必ず元に戻す。それまで耐えていてくれ)
ところ変わって教会からそう遠くない所にあるデービスの家。デービスの家はレンガ造りの長屋の一部屋で、両親と幼稚園年中の妹と暮らしていた。
「あなた、どういうこと!? 私に仕事をやめろなんて!」
デービスの母が父に向かって言った。二人がいるのは居間兼食堂の部屋で、簡素な椅子とテーブルと旧型テレビとラジオとデッキ、天井には紙製シェードの電灯。長屋の各世帯は2DKとトイレと風呂付で、デービスは妹のテシーと五畳間を一緒に使っている。部屋に閉じこもっていても扉を閉めていても、両親の声が聞こえる。
「あなたが昇進して暮らしが豊かになったからって、私は外で働く必要がないってどういうこと!? 勝手に決めないでください」
デービスの母が言う。母は父と同じ黒人だが体格は父と違って中肉中背である。
「何を言うか! お前にもさんざん苦労をかけていたから、お前を楽にさせようと言っているんだ。そこは俺に感謝すべきだろ!」
デービスの父は雷鳴のような声を出して母に言う。
「あなた一体どうしちゃったのよ? 前は生活苦だったけど優しくて怒らない人だったのに……。昇進してからすっかり変わって」
デービスの母は肩を落とした。夫は二ヶ月前まではこんな人ではなかった。なのに部長になった途端、怒りやすく人を見下し、嫌いな人間を排除する冷たい人間にへとなってしまった。そして子供部屋ではデービスとテシーが縮こまっていた。子供部屋は小さなベッド二つと机と椅子、本棚と朝のラグとタンス代わりの木製衣装箱しかない地味な部屋で、テシーのおもちゃも積み木と母が作った人形とゴムまりぐらいであった。
「お兄ちゃん……」
「テシー、もう少し我慢して。きっとケンドリオンって人がパパを優しかったパパを戻してくれるから……」
デービスは妹にこう諭した。ケンドリオンとの約束を信じて。そして、家の者は誰ひとり気付かなかったが、月明かりに照らされた父の影は人の形をしておらず、触角と翅と手足に節を持った化け物の形をしていたのだ。
「ふんっ、んんんん……」
その日の晩、ケンドリオンはうなされていた。この数日間、学校と教会での奉仕、そして先日のデービスの父のことで疲れがたまっていたのか、タコやイカのお化けに絡みつかれて身動きが取れなくなって苦しむ夢を見た。
「はっ、はあ……」
空が薄い藍色になっている夜明けごろ、ケンドリオンは悪夢から覚めた。ブランケットがねじれて体に絡みついていた。
(あー……、恐い夢だった……)
枕元に置いてある眼鏡をかけ、その時、机の上の『クトゥルフ神話』の本を見て、眠る前に読んだことを思い出した。
(こんな本読んだから、こんな夢を見たのか。今度からこーいう本は読む時は昼間に……)
そう思った時、転化帳がピピピ、と鳴った。
「邪羅鬼かっ!?」
ケンドリオンは机上の転化帳を手にとり開いてみた。画面はグラスフィールドの長屋の画像で、その一室にデービスと家族が倒れていた。それだけでなく、他の住人も倒れており、長屋の中庭に黒地に白い斑紋、長い触角と腕脚に節々、目は大きく網のようになっており、口の横に牙がついている。カミキリムシの邪羅鬼である。
「何てことだ、邪羅鬼が生まれてしまった!」
ケンドリオンは画像を見て、歯ぎしりさせた。そしてパジャマから制服に着替えて転化帳を持ち、聖神闘者に転化し、町の家々の屋根を跳躍させながら、長屋に向かった。
邪羅鬼は次々に長屋の住人から魂を抜き取って食べていた。
「……旨い。人間の怒りと傲慢を吸収した後の魂は格別に旨い。ここは全部食い尽した。出るか……」
邪羅鬼が長屋を出ようとした時、ケンドリオンが上から急降下で着地した。ズダン、という大きな音を立てて、起き上がった。
「貴様っ、聖神闘者かっ!?」
邪羅鬼は突如現れた人物を見て、驚きおののいた。青い二枚重ねの衣、二本の龍角、青い龍尾、前髪の金髪二房が青く染められている。
「邪羅鬼、お前を倒しに来た。これ以上、被害を出さないようにお前を叩く」
ケンドリオンは邪羅鬼に言った。
「フフフ、我はジェイソン・ホイットの傲慢と長年溜まっていた怒りを吸収して成長した。お前が今まで倒した邪羅鬼とは違う強さだ」
邪羅鬼はそう言うが早く、黒い拳をケンドリオンに向けて殴りかかる。ケンドリオンは邪羅鬼の腕を掴んで止めようとしたが、邪羅鬼の拳の力の方が強く、ケンドリオンは腹を殴りつけられ、後方の壁に飛ばされた。壁は丸く凹んでひびが入り、ケンドリオンはひざまつく。
(これが人間の欲と悪心を吸収した邪羅鬼の強さ!? 何て力だ……)
腹を殴られたケンドリオンはゴホゴホとせき込み、首の後ろが殺気立ち、横転する。地面から砂煙が立ち、ひびが入っている。よく見てみると邪羅鬼の両手には刃先が鋸状の釜が握られていた。
(もしよけるのが遅かったら、危うく首を……)
ケンドリオンはゾッとする。しかし帯に下げている龍頭の銃を引き抜き、邪羅鬼に向けて青い光弾を撃ち放った。ケンドリオンが銃撃を放つと、邪羅鬼は鎌で斬ってしまうのだ。
(くそ……銃弾もきかないのか。ホイットさん、あんたの傲慢さのせいで、こんな邪羅鬼を生み出すなんて……。人間がまるでまるで……)
ケンドリオンは地球上の全ての人間が邪羅鬼の家畜に思えてきた。人間の欲にとりつき、人間の魂を食べる。人間が今まで獣を家畜にしてきたように。
「くく、もう諦めろ。仮に我を倒したとしても、他の邪羅鬼がまた生まれる。お前のような存在がいても、いつ根絶たやされるのか」
邪羅鬼は冷たくケンドリオンに言い放った。
――貧乏でも出世できなくても、優しいパパがいい。
――僕が必ず元に戻す。
ケンドリオンはデービスの願いと彼との約束を思い出した。
「……約束したんだ」
「あ?」
ケンドリオンは手で服の埃を払って、邪羅鬼に言った。
「人間は確かに弱い。周囲に惑わされたり、自分の成功で有頂天になったりもするさ。けど! 願いと信じ抜く思いがあれば、挫けることはない‼」
ケンドリオンの体がみるみる熱くなり、青い風がケンドリオンを取り巻いた。
「な……何だ!?」
邪羅鬼はケンドリオンの異変を見て驚き、後ずさりした。ケンドリオンは両手の銃を垂直に掲げ、引き金を引いた。
「双飛閃‼」
龍頭の口から青い二条の光線が放たれ、邪羅鬼の体を貫いた。
「ば、か、な……」
体の中心を貫かれた邪羅鬼はそのまま倒れ、燃えカスのように消え去った。そしてそこから邪羅鬼に喰われた無数の金色の光玉――人間の魂が出てきて、長屋の住人達の体に戻っていった。
「……人間が欲や悪心にまみれる度、邪羅鬼は強くなる。気をつけないと……」
ケンドリオンはそう呟きながら、転化を解き、青い風に包まれると濃青の衣からオレンジバレーの制服の姿に戻った。
「あっ、そうだ。デービスの方は……」
ケンドリオンはホイット家の表札を探して、デービス一家の様子を見に言った。ホイット家を見つけると、玄関の扉をノックして、扉が開いた。デービスがドアを開けた。
「お、お兄ちゃん! どうしてここに……?」
「えっと……。嫌な予感がして、君んちに来たんだよ。そのう……」
「あのね、パパが……」
デービスは視線で父の様子をケンドリオンに見せた。ホイット氏に隣にはホイット夫人とテシーが父に呼び掛けていた。
「あなた、しっかりしてちょうだい。あなた……」
「パパ……」
ホイット氏は起きていたが、ぼんやりとしている。廃人までとは言わないが、ふ抜けのようである。ホイット氏はケンドリオンを見ると、先日とは違った穏やかな顔をケンドリオンに見せた。
「君は誰かね? デービスの友達かね?」
(どうしたんだ、一体……)
ケンドリオンはデービスの父の変貌を見て、ポカンとした。
蒼龍に訊いてみると、デービスの父がふ抜けになったのは、邪羅鬼に欲と悪心を全部吸われたからだということだった。父から出てきた邪羅鬼に魂を喰われたデービスや他の者たちはケンドリオンの聖力で恐怖心を消されていたからともかく、ホイット氏はあれでいいのかとケンドリオンは思った。
『邪羅鬼に欲や悪心を吸われた人間は生まれた時のように無垢となり、全て陽になる。生き辛いかもしれんが、邪羅鬼や欲にとりつかれていた時よりもましかもしれん』
蒼龍はそう言っていたが、ケンドリオンは欲のない人間が邪念や波乱にまみれた社会の中で生きられるのだろうか、と気になっていた。
あれから四日。デービスの父は見下さず怒らずのままでいるという。その時、ドアの向こうから牧師さんの声がした。
「ケンドリオンくん、もう着替えたかね?」
ケンドリオンはその声に反応してハッとした。
「あっ、もうすぐできます」
ケンドリオンはそう言うと、学校の制服からジャック・オ・ランタンの帽子とマントを着て、会議室を出た。牧師さんと一緒に教会の牧師館の広間にやってきた。広間には食べ物やお菓子の置かれたテーブルが並び、壁には「トリック・オア・トリート」の幕、子供達や若い男女は魔女やミイラや吸血鬼などの仮装をしている。デービス兄妹もケンドリオンと同じハロウィンの妖精の仮装をしている。
「ハッピー・ハロウィン‼」
牧師館にいるみんなは年に一度のハロウィンを楽しんだ。
紫とオレンジの空には、ジャック・オ・ランタンのような月が笑っているように浮かんでいた。