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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「白」の書・第2話 邪羅鬼を育てる人間

『五聖神』第11話。ファランは新しい学校で今までとは別人として生きることになったが、ファランの文武両道さを妬む同級生がいた。だが、彼は邪羅鬼に狙われてしまう……。


 空気が冷ややかになり、日暮れが早くなった季節。暦は十月の終わりをさしており、紅や黄色に染まった葉が風に吹かれる。ファランが海の見える町、淡岸(タンアン)に来てから四ヶ月が経とうとしていた。

 反翼瓦の屋根と海水に強い石の壁と塀でできた家々が並ぶ中に大きな黒い瓦屋根の建物、淡岸中学校にファランがいた。

「ファランくーん」

 ファランが廊下を歩いていると、ファランの同級生である小柄な男子がファランに声をかけてきた。

「やあ、(ホー)くん」

「僕がこの間風邪で休んだ時、学校便りと宿題のプリントを届けに来てくれてありがとうね。住んでいる地域違うのにわざわざと」

「いや、別にいいさ。困っている時に助けてあげるのは当然だよ」

 ファランはホーくんにこう言う。実際ファランは人のために役立つことをたくさんしている。

失せ物探し、無理な学校内での仕事の代役、悩み相談、勉強を丁寧に教えたり、公園や海辺でのゴミ拾いをやり、ファランのおかげで失くしていた指輪が見つかったり、長引きハズだった仕事がファランがやってくれたおかげで習い事に行けたり、道や遊び場が綺麗になったり過ごしやすくなったり、苦手な教科のこの問題が乗り越えられたという声も多い。

 だからといって、「嫌いな先生をクビにしてくれ」や「この先輩にケガを負わせてほしい」などといった悪行には手を貸さない。

「それは人のためではなく自分の憂さを晴らしたいだけじゃないか」と断っていた。かといってそのまま放っておくのではなく、どうしたら解決できるかの助言を与えていた。

 ファランは同じ学校内の人間から好かれ、本人の知らぬ間にファランの校内ファンクラブも設立されていた。

 人のためにやることをやり、文武両道なファランだが、彼を憎んでいる者が同じ学校の同じ教室にいた――。




 ファランのクラスの中に冴えない男子が一人いた。逆三角形の顔にそばかす顔にやぶにらみの目、だんご鼻で背も低くてがりがりにやせている南偵凛(ナン・ツェンリン)であった。

 最初にファランと同級生になった時、彼はファランのことは好きでも嫌いでもなく、どうでもよい存在として見ていた。かくいうツェンリンも特別成績がよい訳でもなく何かのスポーツが得意なわけでも、絵や歌唱の才を持っている訳でもない取り分け普通な少年だった。

 ところがファランが学校に入ってから一ヶ月経った頃、この大人しくて気難しい少年が他者の忘れた宿題を写させたり、上級生からの苛めを受けている下級生を助けたり、ケンカした友人同士の中を復縁させたりと人のためになるようなことをし、更にこの間の中間試験では四年生一二八人中上から十番の成績に入り、体育の授業では彼の入っているチームが必ず勝つという文武両道な少年と気づくと、ツェンリンは日増しにむしゃくしゃするようになってきたのだ。

 しかもファランは漆黒の髪、北方人種のような白い肌、一六〇センチを超した細身の背丈、そして赤眼という特殊な遺伝子を持つ容姿で、自分が貧相に思えてきた。

 ツェンリン本人は気づいていなかったが、「嫉妬」の念にかられていた。

 ファランの学校では、新学期に入ってすぐ運動会に入る。十月末から体育の授業を利用して運動会の練習が始まり、十一月の第三日曜日を運動会に充てている。

 十月最後の日、この日は運動会の練習三日目だった。ファランのクラスは隣の五組との合同で今日は大玉転がしと百足競走の練習だった。みんな学校指定の白い運動着と紺のハーフパンツに着替えて、芝生と土の校庭で競技練習をしていた。今日は晴れていて、まずまずだった。授業が終わると、校庭近くの小さな更衣所で着替え、後は教室で普通の授業を受ける。

 白と紺の体操着から普段着の白いチャイナジャケットと濃青のアンダー、萌黄のズボンに着替えたファランは次の授業で使う教科書とノートを出そうとしたところ――。

「っつ‼」

 机から教材を出そうとした時、指先に何か刺さって右人差し指から血が流れた。

「どうしたの!?」

 ヤンジェと他の同級生達がファランの声を聞いて振り向いた。

「おい、ファラン、血が……」

 秀龍(シウロン)がファランのケガを見て驚く。

「ほ、保健室へ」

 ヤンジェとシウロンが指をおさえるファランを連れて教室を出た。

「一体何があって……」

 大柄な大成(タイチェン)がファランの机からそっと一冊ずつノートと教科書を引っ張り出した。

「あっ!」

 よく見てみると、どのノートや教科書に切り取ったカッターナイフの刃がセロテープで貼ってあったのだ。

「何て酷いことすんだ、こんなことをした奴……」

 タイチェンと幾人かの同級生はファランのノートにカッターを仕込んだ犯人を許さない気持ちが起こった。ただ一人、一番後ろの廊下側の席に座っていたツェンリンだけは素知らぬふりをしながらニヤついていた。

 それから五分後、指先に傷テープを貼ったファランと付き添いのヤンジェとシウロンが戻って来た。みんなファランに注目した。

「僕の傷は幸い浅かったから安心して……」

 ファランはみんなに言う。

「ファランが保健室に行っている間、教科書とノート全部にカッターが付いていたぞ。取りあえず全部取っておいたぞ」

 タイチェンが仕込み刃を全部取った教材をファランの机の上に置いた。

「ありがと……」

 ファランはタイチェンに礼を言い、席に座った。授業でノートに板書している時は鉛筆が傷に当たって鈍痛が指に走った。

(一体誰がノートにカッターを入れたんだろう。誰かに恨まれるようなことしたっけな……)

 それから前にも同じことがあったのをファランは思い出していた。

 まだ両親が生きていて首都美都(メイツー)に住んでいた頃、ファランは自身の赤眼でいじめを受けていた。赤眼の人間は災いを招くという悪い言い伝えがあって、虐げられていたからだ。現代では遺伝子異常であるのだが、美都の子供達がファランをいじめていたのは、赤眼の古い言い伝えを鵜呑みにしていたからか、それとも親の教育が厳しすぎたストレス解消だったからか、これは未だに判明せず。しかし現在は人を傷つけ恨んだり他者の怒りを買わせたり、嫌がらせすらもしていない。

(……何かやだな)

 ファランはケガをした指を眺めながらそう思った。

 次の日の朝、ファランとヤンジェが学校に来てみると、廊下にある学年掲示板にこんな張り紙が貼られていた。

『四年四組の玫化浪は今学期の中間試験でカンニングで上位を採った』

「なん……だこりゃ……」

 掲示板を見たファラン・ヤンジェ・タイチェン・シウロンは唖然とした。貼り紙の隣にはファランと同じ字の全教科のカンニングペーパーが貼られていた。そこにいた他のクラスの生徒達がファランを見て逃げるように去った。

「ひっでーな、一体誰がこんなこと……」

 シウロンが貼り紙を引っぺがして、丸めた。

「ファラン、気にすることないよ……」

 ヤンジェが気にしているファランに言う。

「おい、シウロン。ちょっとその紙、捨てる前に見せてくれよ。おかしなとこに気づいたんだ」

「?」

 タイチェンがシウロンにそう言うと、中傷の貼り紙を広げた。

「これなんかおかしいと思わないか?」

 タイチェンがファランに貼り紙を見せると、ファランは気づいた。

「これ、僕の字に似せているつもりだけど、カンニングペーパー間違いだらけだよ。文法の形容詞や動詞がおかしいし、数学の公式も間違っているし、歴史の年号も化学の元素記号も……」

「誰が仕組んだんだろうな。暫く様子見てみようぜ」

 見かけは軟派だが友人思いのシウロンが言う。シウロンとタイチェン、秋分の日のファラン十四歳の誕生日にヤンジェと共にサプライズの誕生祝いを企てて祝ったことでファランの初めての親友であった。


 

 それから三日間、ファランへの嫌がらせは続いた。学校の掲示板だけでなく、運動会の練習授業の時に運動靴に画鋲が入っていたり鉛筆が折られていたり、スポーツバッグにゴミが入っていたりと、陰湿な嫌がらせを受けていた。

 だが四日目にやっと犯人が判明したのだ。それは運動会授業の時だった。ファランが運動会の練習で使う鉢巻をつけるのを忘れて教室に戻ってみると、ファランの机に誰かいた。

「あっ!」

 ファランが声を上げると、ファランの通学鞄にみんなの宿泊学習費の封筒を入れているツェンリンがファランの叫び声を聞いて、封筒を落とした。

「な……何やってるの……!?」

 ファランがツェンリンの行動を見て訊いてきた。

「まさか、君がやったのか……?」

「……」

 ツェンリンがファランを睨みつける。その時なかなか帰ってこないファランを心配してシウロンとタイチェンが教室に入って来た。

「ファラン、一体何をやって……」

 シウロンが教室の様子を見ると、ツェンリンがシウロンに「ファランが宿泊費泥棒した」と言おうとした時、咄嗟にファランが言った。

「ツ、ツェンリンが僕の鞄にみんなの宿泊費を入れて、その……」

 シウロンとタイチェンはツェンリンを睨みつけた。

「そうか、お前だったんだな。ファランに嫌がらせしていたのは!」

「何てこんなことをした」

 シウロンとタイチェンがツェンリンに訊くと、彼は開き直った。

「こいつ、すっげー嫌な奴なんだよ」

「は……?」

 ファランはそれを聞いて、ツェンリンは何を言っているんだという顔をした。

「ファランは別に悪いことなんかしていないぞ。どうしてそんなことが言えるんだ?」

 シウロンの問いにツェンリンは言う。

「いい子ぶってんのが嫌なんだよ。勉強もスポーツもできて、人のためになることはする……。

どう見ても、自分をよく見せるための行動だろっ!」

「べ、別に僕はいい子ぶっていないし、自分をよく見せようとも思っていないし……」

 ファランがしどろもどろに言うと、シウロンとタイチェンはツェンリンを責めた。

「そういうの酷いじゃないか! 自分が気にらないからって、悪い噂巻いたりノートにカッター仕込むなんて最っ低だぞ!」

 ツェンリンは「最低」と言われてカチンとなって、教室を飛び出していった。


「畜生! 畜生! 畜生!」

 ツェンリンは学校のゴミ置き場のゴミバケツを蹴り飛ばした。ガンガラガッシャーンとアルミ製のバケツが音を立てて転がる。

「俺だってあいつのことは初めは何とも思っていなかった! でもよ、あいつのやっていることはどうしても、自分をよく見せるための戦略だ! なのに何でか嫌なんだよ! あいつなんか……」

 ツェンリンがそこで立ち留まっていると、後ろから“気配”を感じた。

「見つけたぞ。我が糧に相応しい感情を持つ人間……」

「え!?」

 ツェンリンが謎の声に振り向くと、恐ろしい影のような人物が立っており、その顔は鬼の如く……。

「うっ、うわああ!」

 その影を見たツェンリンは驚いて腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

「う……あ、あ……」

 助けてと叫びたかったが、恐怖のあまり声が出なかった。影はツェンリンに近づき、そして……。


 ツェンリンはその後何もなかったかのように教室に戻って来た。運動会の練習授業に出なかったことを先生に叱られたが、何も言い返さず静かにうなずいた。そして五時間目の授業が終わると同時に家に帰っていった。本当はホームルームと掃除があったが、体調が悪いと言って早退したのだ。早退して下校していったツェンリンを見て、ファランはツェンリンが自分に嫌がらせをしてそれが気まずくなってしまったのかと思った。ファランから見ると、ツェンリンの背中が物悲しそうに見えた。

 ツェンリンにとりついた“影”はツェンリンの精神を乗っ取り命令した。

「ツェンリンよ、お前がねたましいと思っている者全員に苦しみを与えよ。さすれば、お前の気も晴れるだろう――」


 学校が終わり、通学路である住宅街を歩いて一緒に下校しているファラン、ヤンジェ、シウロン、タイチェンの四人。みんな学校のジャージから各々の普段着に着替えている。

「全くツェンリンがやっていたのか。あいつ、今まで人の嫌がることはしてこなかったのに、転校してきたばっかのファランに手を出すなんて」

 シウロンがツェンリンの行動に腹を立てながら言う。

「何でシウロンが怒るのさ。もう僕は気にしていない……けど、『もう二度としない』って約束と謝罪だけでもツェンリンに……」

 ファランがシウロンに言うと、タイチェンが謎の人だかりを見つけた。

「何があったんだ?」

 一同が駆けつけると、一人の女の人がやせ型の男の人を担ぎ、そこにいた二人の叔母さんと老人が話しあっていた。

「一体、何があったんですか?」

 ヤンジェがおばさんの一人に訊くと、女の人は顔をしかめながら話した。

「あの男の人、襲われたんですって。殴りつけられたり蹴りつけられたりしたのよ、自分の弟に」

「‼」

 四人はその話を聞いて動揺した。

「弟に? 何で?」

 ヤンジェが訊くとおばさんは詳細を話した。

「あの子の弟、学校から帰って来たと思ったら、お兄さんが帰ってくる時に突然殴りかかったのよ。ツェンリンくんに何があったのかしら」

「ツェンリン!?」

 ファラン達はそれを聞いて驚いた。

「ツェンリンくんは地味で平凡で悪いこともいいこともしていなかったのに、急に暴力振るってきたのよ」

 別の主婦が答える。

「私やこのおじさんが止めたら、ツェンリンくんは逃げちゃったのよ。家にも帰ってないらしく」

 四人はツェンリンの母と痣のある顔をおさえている兄に訊こうとしたが、帰ってツェンリンが困るのでやめた。

 ファラン、ヤンジェはこのままシウロン、タイチェンと別れ、丘の上にある自宅に帰った。ファランが自室に入り、鞄を机の上に置くと、懐に入れてあった転化帳からクールな男性の声がした。

『ファラン、ちょっといいか? 話したいことがある』

「!?」

 ファランは上着の内ポケットから転化帳を取り出し、ふたを開いた。転化帳は掌大の横長方形の薄い機械で、画面と能力切り替えのパネルが付いている。ファランの転化帳は白く上ぶたに白虎のエンブレムが付いている。

 ファランはタッチペンで「通信」のマークを叩き、画面に白い毛並みのオレンジの瞳の虎の顔が映った。

「や、やあ、久しぶり……白虎」

 白虎――ファランが住む連極がある西大陸を守り治める五聖神で、“勇”の意を司り、その“勇”の意が強いファランを世界を支える自身の代わりに邪羅鬼と戦う聖神闘者に変えた張本人である。

『君に嫌がらせをしてきた同級生ツェンリンのことだが……彼は邪羅鬼に取りつかれている』

「え!? 何それ!? 初めて聞くんだけど……」

 邪羅鬼は人間の魂を食べて、人間と生命の全てを滅ぼそうとしている悪の生命体で、ファランは人間にとりつく邪羅鬼のことを初めて耳にした。邪羅鬼は神出鬼没だと思っていたのだ。

『邪羅鬼の中には不完全な肉体なしの状態で生まれてくることもある。放っておけばそのまま消滅だが、人間の心の闇を栄養分にして育って、満たされるとその人間から分離して体を持った邪羅鬼が生まれる。

 人間の心の闇というのは、憎しみや欲、怒りや慢心といった悪情だ。ツェンリンくんはファランや自分より器量の良い兄に対する嫉妬心によって邪羅鬼に取りつかれたのだろう』

「そ、それじゃあ、彼が僕に嫌がらせしてきたのは僕を妬んでいたからなの?」

『そういうことになる』

 ファランは真実を聞いて、落ち込んだ。自分の善行が仇となって一人の人間が邪羅鬼にとりつかれたのだから。

『ファラン、君の人の役に立つという事は、やり過ぎでも決して逆効果という訳じゃない。問題はその邪羅鬼を退治することだ』

「わ、わかった……」


 


 その翌日、ファランは学校でツェンリンがどこで何の理由で誰を傷つけないか様子をうかがっていた。昼休み、ファランがヤンジェとシウロンとタイチェンと共に白い曇天の下の校内庭園のベンチで昼食をとっていると、大きな音がした。

「何だ!?」

 音がしたのは校庭の体育用具入れだった。ファラン一行だけでなく、他の生徒達もききつけてやってきた。体育倉庫から先生に支えられて足を引きずっているいかにもスポーツマンらしい少年が出てきた。

「あっ、サッカー部のエースストライカーの苗基隆(ミャオキールン)じゃねえか。足をケガしているぞ」

 シウロンがその少年を見て言う。

「ねぇ、誰にやられたの?」

 ファランが恐る恐るケガをした少年に訊いてみた。

「四組の南偵凛(ナンツェンリン)だよ。あいつ、俺をここに呼び出して、わざと高跳び用の道具を俺に落としてきたんだ。……くそう。この足じゃリレー練習に出られねぇよ」

(……邪羅鬼の進行化が強くなってきている。このままじゃ何かの一番の人が次々に狙われていく……)

 ツェンリンを探すためにファランは駆けだし、突如走り出したファランを見て、ヤンジェが驚いた。

「ちょっ、ファラン!? どこ行くの? どーしたってのよ!」

 ヤンジェの問いにファランは答える。

「被害を食い止めに行く!」

「被害の食い止め? 何のこっちゃ?」

 ヤンジェはファランの答えに不理解だった。

 ファランはひと気のいない体育館裏のゴミ置き場に行き、邪羅鬼に取りつかれた人間でもレーダーに反応するか転化帳を出して邪羅鬼レーダーに変えた。画面に地図が表示され、現在地である虎の横顔と邪羅鬼のいる鬼のマークが表示される。現在地の学校西南三〇〇メートルに邪羅鬼マークが点滅した。

「人間にとりつく邪羅鬼でも反応するのか。場所は……、幼稚園!? てことは学校じゃまずいから別の場所に移ったのか! 行かないと……」

 ファランは学校の門を出て、邪羅鬼に取りつかれたツェンリンのいるサンダーソニア幼稚園に向かった。


 ファランの通う中学から遠くないその場所の幼稚園は北大陸のおとぎ話に出てくるような切り株型の建物とジャングルジムなどの遊具がある町立幼稚園である。この幼稚園に乗りこんできたツェンリンは園児たちと教諭達を襲い、その魂を喰らい尽くした。

「悪情で育った後に食べる魂は格別にうまい。特にこの幼子供は……」

 人間の魂を喰らう邪羅鬼は、特に穢れの少ない子供の魂が好きで力も増大する。

「それでは別の魂がうようよしている場所にでも……」

 動こうとした時、ファランが現れた。

「見つけたぞ、邪羅鬼! ツェンリンから離れろ!」

 ファランが息を切らしながら幼稚園にやって来た。

「聖神闘者か……。もう我は十分にこの者の悪情を吸収し体もできた……」

 そう言うなり邪羅鬼はツェンリンの体から黒い煙のように出てきて、その煙が人の型になり立ち、一体の邪羅鬼となった。ツェンリンは抜け殻のように横たわり、彼にとりついていた邪羅鬼はブチハイエナを模した姿で、骸骨のような衣装をまとっている。ファランは転化帳を取り出し、転化する。

「聖神金転化‼」

 ファランが叫ぶと、転化帳が白く光り出し、ファランは白い鋼膜に包まれ、鋼膜が弾けると転化したファランが出現。白い金縁の衣と藤紫の半ズボン、首に萌黄色のスカーフ、白虎の耳と尾を生やし、前髪の二房が虹色がかった白に変色した。

「行くぞ、聖神闘者‼」

 邪羅鬼がファランに鋭い爪で引っかき掴もうとしてきた。ファランは瞬時に避け、邪羅鬼の攻撃が幼稚園のブナの木を粉砕した。ブナはメリメリドズーンと音を立て、木っ葉が激しく散った。

(いけない! このままでは関係のない人たちにも被害がかかってしまう)

 邪羅鬼の攻撃を見たファランは幼稚園を出て、その近くの大池に浮かぶ中心の小島へ足を運び、邪羅鬼を誘った。釣り場の埠頭から大ジャンプして跳び移り、続いて邪羅鬼も跳び移る。小島は大池の三分の一の大きさで、直径五〇メートルのただ一つの足場である。

 ファランは帯に差している二本の細剣を抜き、邪羅鬼に振り向ける。邪羅鬼も一枚刃の大矛を出して振り回す。ファランは首を狙われそうになって首を上に曲げて、鼻先をかすめた。避けたかと思うと、邪羅鬼の蹴りが胸に当たり吹っ飛ばされて、ファランは水温一〇度未満の池に落ちた。ファランは冷たい水の中で沈み。泡が口から無数に出てくる。

(この邪羅鬼、強い……。人間の悪情を養分にするとこんなに強く……)

 もしこのまま池から出たら確実にやられると思ったファランは水底に沈んでいるある物を見つけた。

 一方邪羅鬼はファランが浮かび上がってくるのを待っていた。その時、ジャバッと池から誰かが出てきた。

「見ーっけ!」

 邪羅鬼は大矛を振り上げ、それを真っ二つにした。水飛沫と共にそれは綺麗に両断された。

「やったか?」

 しかしよく見てみると、それは枯れた大木だった。

「な、何? 聖神闘者はどこへ……」

 その時、背後から気配を感じて振り向くと、びしょ濡れになったファランがいた。ファランは冷たい水の中に落ちたが無事だった。というのも闘者の衣が金属の鎧のように身を守ったからだ。一見絹や麻のような自然素材に見えるが、特殊な繊維の衣である。

「残念でした。枯れ木を先に出して、僕は後ろに回っていたのさ」

 そう言うなりファランは剣に雷を走らせ、邪羅鬼を斬りつけた。

「金雷斬‼」

 雷刃が邪羅鬼を痺れさせ、動きを封じたところでファランは両手に金行をこめて、掌を邪羅鬼に向けた。

「暗き邪気よ、白金のまぶしさに浄化され、体は無へと還れ! 白虎閃光‼」

 ファランの手から激光の白虎が出てきて、邪羅鬼に突進して呑み込み消滅させた。

 邪羅鬼がいた所から金色の無数の光の玉、喰われた魂が幼稚園のある方角へと舞い戻っていった。

「何とか倒せた……」

 ファランは水分を吸った髪を手で拭い、一息をつかせる。懐に入れてあった転化帳から男の声がしてきた。

『ファラン、気をつけた方がいいぞ。悪情を持つ人間が邪羅鬼を育てさせてしまうのを……』

「うん……」


 そしてファランは大池から出て、転化を解いて普段着の黒いチャイナベストと白いシャツ、赤いズボンの姿になった。学校の最中に出て行ったので、何で出ていったのかの理由も考えなくてはならなかった。ファランが学校周辺の住宅街を走っていると、シウロンがファランを見つけた。

「あっ、ファラン! どこ行ってたんだよ!」

 シウロンが駆け出してきたので、ファランは動揺したが、シウロンはこう言った。

「ツェンリンの奴がおかしいんだよ!」

「え!?」

 逃げたツェンリンを追ってファランも学校を飛び出したその後は四年四組全員と教師の幾人かが二人を探したという。ツェンリンはすぐ見つかったのだが……。

「それ、ホント?」

「ああ……。別人、てか幼子みたいになってて、嫌がらせや兄貴に暴力振るってたことは全部忘れているらしく、開き直っている訳でもなくて、芝居でもないみたいで……」

 シウロンの話を聞いて、ファランは呆然とした。ツェンリンは学校の近くをうろついていたが、ファランをひがみ始めてからから今日の学校を飛び出した時の記憶は失っていた。その後のツェンリンはもう誰も人を憎むことも傷つけることもなく、穏やかに過ごしたのことだった。

 事件から四日後、ファランは自室の勉強の合間に転化帳越しで白虎に訊いてみた。

「ツェンリンくんはあれで良かったのかな。邪羅鬼によって悪情を全部吸われて、清らかになっちゃって」

 だが白虎は言った。

『これから“無”で始めていけば、成人時には正しい人間になっているだろう。彼が幸せかそうでないかは別として、今度こそは道を誤らずに……』





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