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五聖神黙示録  作者: 浅葱沼 氷雨乃
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「緑」の書・第1話 バルトゥルと学校

『五聖神』第10話。バルトゥルは15歳になって初めて学校に行くことになった。バルトゥルの通う学校には先日あったトルスカいた。だからといって、学校と家だけの生活だけとは限らない……。



 白い石の建物が並ぶフィロスの町で朝が来た。スズメや色々な鳥達が朝のさえずりを歌う。太陽は白々と輝き、空が白から淡青へ変わろうとしていた。

 リンゴと柘榴の木々が並ぶ果樹園の近くにある家で。そこに住む老夫婦の養子が今日から学校に行く支度をしていた。

 養母が作ってくれた目玉焼きとソーセージとサラダとジャムトーストの朝ご飯を食べた赤毛の少年が厚手麻の生成り色リュックを背負い、まさに出かけるところだった。

「じゃあ、学校行ってくる」

 赤毛のぼさぼさ髪に色黒の肌、空色の瞳の少年、バルトゥル・リムドは両親に言った。

「ああ、行っておいで」

 黒髪に黒眼に黒いたっぷり髭の中年男、サムエルが新聞を読みながら言う。

「お弁当はお昼休みまでに食べちゃだめよ」

 背の高いオレンジブロンドにオリーブグリーンの瞳の中年女性、マーニャが息子に言った。

「うん、わかったよ」

 バルトゥルはそう言われると、大丈夫だという顔をして、マーニャに言った。

「じゃ、行ってきまーす」

 バルトゥルは養父母に外出の挨拶をすると、玄関に向かっていった。

「もうバルトゥルが来て一ヶ月になるんだな……」

「そうですね、あなた」

 マーニャは食卓の椅子に戻り、ティーポットからマグカップに紅茶を注ぐ。台所は六畳間でクリーム色の壁に黒い石畳の床で、左奥に大きな石の調理台、その上に通気口があり、調理台は上は煮炊き、下はオーブンになっている。調理台の他は石の流し台、木製の食器棚とステンレス製の冷蔵庫、石の切り台、中央に食卓と椅子。つい最近までは二人きりだったこの家がなかなか授からなかった“子供”ができたことでにぎやかになった。

「山育ちというからてっきり腕白で人間社会に馴染めないかと思っていたけれど。以外といい子だったわね」

「ああ、勉強も作法も手伝いも嫌いな子だったらどうしようとも考えていたが……。あの子は勉強も手伝いもやってくれる」

 夫婦にとってバルトゥルは大切な息子だった。山から連れてきた子供だったけど、幼子というか自然のままというか心に邪さがない人間だった。三十年も連れ添っていたが子供は授かることはなかったマーニャとサムエル。結局養子を迎えることにして農園の後継者をもうけた。

「ただ一つ心配なのは、あの子が素直すぎることなんですよね。意地悪い子があの子の性格を利用しなければいいのだけれど……」

 夫婦にとってバルトゥルを学校に行かせる時、それが不安だったのだ。九年間も山で暮らしていて、尚且つ天然水のような清らかさを持つ少年がいじめられないか気にしていた。

「そしたら、わしらがあの子を守る砦となるんだ。わしら以外に身寄りがない」


 澄み切った青い空に白い鰯雲、生い茂る緑の芝と木々、この国は年中東風が吹くのと艮海と巽海に面した東の国であるため常春である。リニアスは毎年豊穣で野菜も果物も穀物もいつでもできる。

 空にはツバメやガンなどの渡り鳥が飛び交い、石造りの家々が並ぶ村では、子供たちが幼稚園や初等学校や中等学校へ行くところだった。リニアスには白色人種の他、黄色人種や褐色人種も様々で、ブロンドやブルネットや赤毛や茶髪もいる。青い目、緑の目、茶色の目もいれば、黒目や紫もいる。ただ一つの彼らの共通点はといえば、皆リニアス産の五色麻の服を着ていることだ。色や型こそは違うけれど、元は同じ麻である。

 フィロスの町では初等学校は東西南北に四校、中等は東西南に三校で、地域に住む生徒によって行く学校が決められている。バルトゥルは町の中核に住んでいて、一番近い南中学へ通うことになった。

 フィロス南中等学校は赤レンガの門と黒い柵と芝生の校庭と三階建ての第一校舎と二階建の第二校舎がある。ただ住宅や店舗は四角い石造りに対し、学校は八角形型の白い壁と黒い屋根と丸い窓である。

「俺、今日からここでみんなと遊んだり、勉強とか運動したりするんだ~」

 複数の生徒達にまぎれて、バルトゥルは八角形型の第一校舎へと駆けて行った。


 

 後者は中央が螺旋階段で部屋は八等分に分けられている。バルトゥルが今いる三階は五年生のクラス四つと教室二つ分を使った図書室、視聴覚室と南東側に男女に分けたトイレ。

 バルトゥルは五年二組の教室に来て、中に入る。教室のドアは内開きで教室は白い壁紙に前に黒板と教壇と黒板の両脇に明かりとりの窓。右の壁は生徒のロッカーと掃除用具入れ、左は時間割と年間行事が貼られている。台形の教室であるため、机は一列目が六席、二列目が五席、三列目が四席、最後列が三席。その最後列の右端が空席になっている。机は開閉式のものである。三十四の瞳が教壇に目を向けている。

 体育教師と思われる黒い角刈り頭にナイロンのジャージを着た男の先生が生徒達に転校生を紹介する。

「みんな、今日からこのクラスに入ることになったバルトゥル・エイオンくんだ。仲良くするように」

「バルトゥル・リムドです。よろしく」

 バルトゥルはにこやかにみんなに挨拶した。

「みんな、バルトゥルはこの町にやって来てばかりで、よく知らない。困っていたら助けてやってほしい。じゃあ、空いている席に座りなさい」

 バルトゥルは先生の言われたとおりに後ろの右端に座る。隣にいるブルネットに茶色の目のメガネ男子がバルトゥルをちらりと見る。バルトゥルはリュックからノートや筆記具を机の中に入れて、蓋を閉めた時、前の席にいる生徒を見て声をかけた。

「トルスカ! トルスカだ!」

 その声を聞いて、前席の少年が振り向いた。カールした薄茶色の髪に純白と言っていい肌、青緑の瞳の少年――まさしくトルスカだった。

「バッ、バルトゥル。何もそんなに大声出さなくたって……」

「俺、わかったよ。トルスカがここにいたってこと。同じクラスになれたね!」

「あの……バルトゥル……」

 トルスカに言われてバルトゥルは幾人の視線に気づいた。十七対の目が二人を行敷いていた。

「バルトゥル、トルスカ~。お前らホームルーム潰す気か?」

 先生に注意され、トルスカは赤面、バルトゥルはポカンとしていた。学校は思っていたより、バルトゥルの知らないことだらけだ。

 一時間目前の休み時間。生徒達がバルトゥルの机の前に集まってきた。

「どこから来たの?」

「前住んでいたところってどんな場所?」

などと訊いてくる。

「家はシャロン果樹園で、前住んでいたところは……」

 森の奥と言ったらみんなからはふざけていると思われたり、からかわれたりするからと本当のことは言わないようにと養父母から口止めされていた。そのことを思い出したバルトゥルは「ザレク州の山村」と答えた。

「シャロン果樹園……って、サムエルさんとマーニャさんの家? 何で山村からフィロスに?」

 女子生徒の一人が訊ねてきた。

「父ちゃんと母ちゃんが死んじゃって、身寄りのない俺を“うちの子”にしたんだって」

 その台詞を聞くと、生徒達は静まり返り申し訳なさそうな顔をした。

「げ……元気出せよ。何かあったら、僕らが助けてあげるから」

「気にしないでね……」

「不幸なことはあまり覚えておかない方がいいぞ……」

 バルトゥルがかわいそうな孤児だと思ったらしい。どうしてみんなそう言う風に言うのかバルトゥルにはわからなかった。その時、一人の女子がバルトゥルの前に現れた。長い黒髪のウェーブ、白い肌、すらりとした長身にスミレ色の瞳、白いパフスリーブの麻のワンピースを着た少女がバルトゥルに言った。

「私は……このクラスの委員長を務めるロザリンド・コロナ。昼休みになったら学校を案内してあげなさいって言われて……」

「ああ、ありがと。すまねえな」

「いいのよ。転校生を助けるのは委員長の役目だから」

 それから五年二組のみんなは今日の授業でバルトゥルが何が得意で何が苦手なのかよくわかった。一時間目の生物と三時間目の体育が得意分野で二時間目の数学と四時間目の歴史があまりそうでないことである。山育ちのバルトゥルは毎日の山を駆けまわっていたため、体力がずば抜けており、授業の陸上三種(棒高跳び・走り幅跳び・五十メートル走)を軽々とやってのけた。生物に関しては、生き物の観察をしていたから大体のことは出来る方だった。歴史や数学のような難しい単語が出てくるものは、野生児のバルトゥルには難儀なものであった。

 十二時半になって、お待ちかねの昼休みになった。昼休みは教室や裏庭や皇帝のベンチでランチを食べるのが一般的である。フィロスの学校では給食がないため、手製の弁当や登校途中の店で買ったパンやミルクで昼食を採るようだった。

 バルトゥルはトルスカと何人かの男子と一緒にランチを楽しんだ。マーニャが作ってくれた塩味のきくパンケーキと付け合わせのチーズと茹で卵とコールドポークとサラダ、そして農園で採れたてのリンゴ。ステンレス製の水筒に入っていたミルクティをご飯と一緒にがっつくバルトゥルを見て、トルスカと同級生達があっけらかんとしていた。手づかみこそはしないものの、バルトゥルの食べる姿はまるで獣である。

「あの、バルトゥル……。そんなにがつがつしなくても、食べ物は逃げないから……」

 トルスカが丁寧に注意すると、バルトゥルは「ふぁひぃ?」とパンケーキをほおばったまま訊き返した。

「食べてからいいなよ。それに、急いで食べていると体に悪いし……」

「でも、いいんちょが学校案内してやるから、って早く食べようと……」

「ロザリンドはそんなに早食いじゃないよ。慌てん坊だなぁ」

 男子の一人が笑いながら言った。


 


 十三時ちょうどになって、バルトゥルは委員長ロザリンドの案内を受けていた。第一校舎の図書室から初めて、科目教室や三角屋根の体育館、温室、裏庭と教えてもらった。昼食を終えた生徒達は校庭でバレーボールをしたり、体育館でフットサルをしたり、図書室で読書などと様々である。ただ、コンピューターのある視聴覚室だけは授業以外の出入りは禁止されていた。過去に性質の悪い生徒がインターネット閲覧をしていたり学校のコンピューターで映画を見ていたりしていたからだと教えられた。

 バルトゥルはロザリンドの後を親鳥についてくるひな鳥のように動いている。先生に言われたとはいえ、バルトゥルが退屈して駄々をこねたり逃げ出したりしないかと。けれど、

(どんな子かと思ったけれど、手間のかかりそうな男子じゃなかった

 ロザリンドは後ろからついてくるバルトゥルを見ながら、ほっとしていた。全ての校内案内が終わったので、自分たちの教室へ帰る途中である。学校の中心にある螺旋階段には妙なレールがついている。それは車椅子や足の不自由な生徒が使う乗り物だという事も、バルトゥルはロザリンドから教わった。

(それにしても)

 ロザリンドはバルトゥルを見た時の第一印象は自分より小柄だというのが目に入った。ロザリンドは十五歳女子にしては大きめの方で一六二センチある。バルトゥルは七カ月年下とはいえ、小柄すぎたのだ。螺旋階段を上がりながらロザリンドはバルトゥルに訊いた。

「あの」

「ん? なに?」

「え~と……。私、バルトゥルを見た時てっきり二年生が飛び級で入ってきたのかと思ったわ。でも、今日の授業で数学や社会が苦手だったってことは、普通だったのね」

 ロザリンドは自分の本音をバルトゥルに話した。ロザリンドは五年生の中では秀才に入るほうで、てっきりトルスカのような年下の男子が飛び級で編入してきたのかと。しかし世の中は広い。優秀な児童たちは居間の学年では勉強足りずに少し上の学年に入れると言う飛び級制度もあれば、出席不足や悪点数で落第のある制度もある。落第しても規定の点数を超えれば本来の学年に追いつけるようにと飛び級があるのだ。トルスカは十三歳なのに五年生の教室にいるのは、そのためである。

「とびきゅう? 何それ?」

 長年森で暮らしていたバルトゥルは学校どころか普通の暮らしすら受けていないので、飛び級なんてものはロザリンドに訊かれるまで知らなかった。

「……っえ? 知らないの?」

「うん。俺、勉強は家でやってたから。今日からだよ、学校は」

「……」

 バルトゥルの言葉を聞いて、ロザリンドは拍子抜けに唖然とした。

(今日まで勉強は家でやっていて、この日から学校は初めてで……って。どういう経歴なのよ!?)

 ロザリンドはますますバルトゥルに対する疑問が大きくなった。


 五時間目、六時間目の授業と過ぎてゆき、掃除の時間になった。各教室に設置されたスピーカーから放送係の挨拶が流れてくる。

『掃除の時間です。皆さんで学校をきれいにしましょう』

 バルトゥルの学校ではの掃除は体育館だった。バルトゥルのクラスでは九人が教室、五人が体育館の掃除、四人が五年三組と共同で図書室の掃除を行う。体育館は三年生と四年生と五年生と共同で掃除し、雑巾を濡らしてしぼり、掃除ワイパーにつけて床を磨くのだ。バルトゥルは床掃除は後ろ向きで掃除するように言われた。前に向いて掃除すると、折角磨いた床が足跡で汚れるからだ。他の三人は仏頂面で広すぎる体育館の掃除に不満指定いるのに対し、バルトゥルと掃除を教えてくれた女子はせっせと磨いている。

(体育館汚れていたら、みんな放課後で遊べないもんな)

 ようやく掃除が終わり、一同は教室へ戻る。第一校舎へ帰る途中、バルトゥルは第二校舎の隣にある小屋を見つけた。木でできた建物で金網が張られ、周りに白い木板の柵がある。

「あれ、何だ?」

 バルトゥルは小屋を見て、みんなに訊いた。

「あれはウサギとニワトリの飼育小屋だよ。外にある池はカメもいるんだ」

 男子の一人が答えた。

「何でウサギとニワトリとカメを学校に置いているの?」

「動物とのふれあいだよ。ウサギやニワトリの世話は飼育係がやっているけどね」

「……」

 ホームルームが終わると、バルトゥルは真っ先に飼育小屋へと駆け寄った。飼育小屋は右がウサギ小屋、左がニワトリ小屋になっており、小庭の家kには大きなクサガメが真ん中の島にいる。ウサギは黒ぶちや茶ぶちや灰色ぶちもいれば白毛に赤眼もいた。ニワトリは大きなとさかの白いオンドリと茶色や黒のメンドリが何羽がいた。

(こいつら、外に出たいとか思わないのかなー……)

 バルトゥルがそう考えていると、「ねえ」と声をかけられた。振り返ると、ロザリンドがいた。

「いいんちょ……」

「ロザリンドでいいよ、私のことは。どうしてこんな所にいるの?」

「あー、えーと……。何でここにいるウサギやニワトリやカメはこんな狭い場所にいるんだろうって」

「そんなの簡単よ。ニワトリやウサギをむやみに外に出したりなんかしたら、カラスや野良ネコや野良犬が襲ったりするからよ。狭いかもしれないけれどここが安全なのよ」

 ロザリンドは説明した。

(むやみに外に出したら自分より強い生き物に襲われる。俺が森にいた時は……)

 五歳の時から戦争から難を逃れるため、森で暮らしていたバルトゥルは毎日大蛇と戦ったり、猪に追いかけられたりという生活を送っていたので、“保護”というものがどんなものか知らずに育った。

 学校というものがあるのは幼い子供たちを無理に働かせないようにするためだと養父から聞かされたのを思い出した。そして親というのは子供を危険な輩から守るためだというのも教えられた。

 学校の授業が終わると、生徒達は放課後は体育館や校庭で遊んだり、図書室で読書や勉強をしたり、そのまま家に帰ったりとしている。

「それじゃあ私、帰るから」

「うん、また明日。さようなら」

 ロザリンドは帰っていき、バルトゥルも十分くらい飼育小屋の生き物を観察していた。

「さぁーて、そろそろ帰るか……」

 ウサギとニワトリと観察に飽きたバルトゥルは伸びをした途端、ズボンの脇ポケットに入れていた転化帳がピピピピ! と鳴りだした。

「じゃ、邪羅鬼!?」

 バルトゥルは緑色の電子手帳のような道具、転化帳を取り出すと、レーダー機能にして邪羅鬼の居場所を察知した。

「居場所は……南西!!」

 バルトゥルは転化帳の蓋を閉めると、邪羅鬼のいる場所へと走り出していった。

 邪羅鬼――世界の均衡の“負“の力が大きくなったことにより生まれてくる生命体。常に破滅と殺戮しか考えておらず、人間の魂を糧にしている。

 その邪羅鬼を喰いとめるのが、五聖神であり聖神闘者である。バルトゥルの住む中央大陸は翠麒が守り、翠麒が司る“純”の意が強い人間が聖神闘者になれる。それがバルトゥルなのだ。


 


 学校から南西最寄りにある野外劇場。学校周辺の地域と住宅街に挟まれたこの場所は白いバロック調の扇形をした舞台と階段式の客が三〇〇人座れる客席がある。ここで行事が開かれる時は、旅芸人の芸事や地域の演劇同好会などの催し物がある。今ここにロザリンドが逃げ込んできた。

 ロザリンドはハアハア息をしながら、追っ手から必死で逃走している。その追っ手、ハツカネズミを模した邪羅鬼である。丸い二つの耳、尖った鼻先、ピンと張ったヒゲ、赤く鋭い目、ナイフのような前歯、ミミズのような尾、古代連極の衣装をまとい、灰茶の毛並みの邪羅鬼はこの土地に来たところで、ロザリンドを見つけて襲ってきたのだ。

 下校中のロザリンドは叫んで助けを求めるより、逃げる方を選んだ。通り魔や痴漢よりも邪羅鬼が怖く思える。

 ロザリンドは階段通路で足を踏み外してこのまま転げて舞台下に倒れ込んだ。血こそは出てなかったが、服や肌は土で汚れ、足もぶつけて起き上がれない。邪羅鬼が近づいてきた。

「うあ……あ……」

 もうダメかと思った時、「グゲッ」と邪羅鬼が叫んだ。

(えっ!? 何!?)

 ロザリンドが方向をずらして見ると、転化したバルトゥルがいたのだ。緑色の長い耳、額に一本角、腰に緑色の尾、前髪の二房は緑に染まり、緑と白の衣服をまとった姿は、まさに「英雄」。右手には白光する湾刀を持っている。

「せっ、聖神闘者!」

「悪いことはやめろ、邪羅鬼! 俺が相手してやる!」

 太刀を持ちなおしたバルトゥルが邪羅鬼にかかってくる。邪羅鬼も負けずに鎖鎌を出してきて、バルトゥルに攻撃してきた。邪羅鬼が振り下ろしてくる鎌をバルトゥルが太刀で受け止め、邪羅鬼が鎖の分銅をバルトゥルの腹に飛ばしつける。その衝撃でバルトゥルは後方へ飛ばされた。

「ぐほっ」

 ロザリンドが押されたバルトゥルを見て、目を覆い隠す。しかしバルトゥルは頑丈であるため、すぐ起き上がった。

「ロザリンドに手を出すなっ!」

 バルトゥルが叫ぶと、神聖なる土の力が沸き上がってた。バルトゥルは太刀を持った手で大きく弧を描き、その弧から結晶の針を邪羅鬼に飛ばした。

石英(せきえい)(しん)

 結晶の針は邪羅鬼の方へ向って発射され、邪羅鬼の額・首・両手・胸・腹に突き刺さった。

「ギエエーッ」

 石英針に刺された邪羅鬼は大声を上げて、もがき苦しんだ。

「よーしっ、今だっ」

 バルトゥルは両手に土行を溜め込んで手を三角にした。

「濁しき邪気よ、大地の豊かさに浄化され、体は無へと還れ。翠麒地裂!!」

 大地が割れて光の翠麒が出てきて、邪羅鬼を飲み込み消滅させた。

 この戦いに目を向けていたロザリンドはただ唖然としていた。

「大丈夫か?」

 転化したバルトゥルがロザリンドに手を差し向けた。

「あ……うん……」

 バルトゥルの手を取り、ロザリンドは立ち上がることができた。結構大きい人かなと思っていたが、自分より小さな少年だったことに驚いた。

「あの……助けてくれて……ありがと……」

 ロザリンドは転化したバルトゥルに礼を言った(だがロザリンドは目の前にいるのがバルトゥルだとは気付いていない)。

「やばかったな。邪羅鬼に食われるところだったんだぞ」

「じゃらき……? あの怪物のこと?」

「邪羅鬼っていうのはー……」

 バルトゥルは何て言ったらいいのか思いつかない。自身が知っていてみんなが知らないものの説明ができないのだ。

「でも悪者ってのはわかるよ」

「う、うん。人間を食べる悪い奴なんだ」

「それであなたがあの悪者をやっつけているのね」

「うん。人間を護るのが俺の役目だから。そんじゃーなっ」

 バルトゥルは軽やかにロザリンドの前から去っていった。

(あの人、なんかバルトゥルと喋り方が似ているけど気のせいかな……)

 ロザリンドは思った。

 バルトゥルはあの後はひと気のいない場所で転化を解き、家へと帰っていった。

「ただいまっ!!」

 勢いよく玄関のドアを開けて、居間へと進み両親の前へ出た。

「お帰りなさい。どうしていたか心配したわ」

「学校は楽しかったか?」

 バルトゥルは元気よく答えた。

「うんっ!!」


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