戻れぬ関係、去りゆく魔王たち
星々の明かりに照らされる円卓の置かれた大部屋に数人の男女が睨み合うように対峙していた。
序列第10位シラー・トゥイークス、序列第8位エリーザ・ブリュイヒテール、第7位アズデイル・クリュトリュス。
彼らの正面に序列第6位シオン・トレヴァリオン、序列第5位リリアン・ストリオス、序列第4位グランド・ヘルが立ち塞がっていた。
「クルトもアルベールも居ないなか、何故俺達に招集をかけたんだシオン。何か訳ありって感じがするぜ」
「そうよ、私たちも暇じゃないって前にも言ったでしょ。というよりシオンに会いたくなかったんだけど~」
シラーとエリーザは不満を招集をかけたシオンにぶつけるが、いつものように怒りに任せるでもなく静かに立ち尽くしていた。
その様子に1人アズデイルだけが不審に思い、万が一にも無いとは言えない最悪の事態に備え直ぐに動けるよう意識を3人に向ける。
「ハハハ、俺の顔も見たくねぇ……か。そこは同意見だな。俺もお前等格下のバカ騒ぎには飽き飽きしていたところなんでな」
流石にその異様な静けさを不気味に思ったのか、シラーも術式を組む用意だけはして、今も頬を膨らませたりしているエリーザの首根っこを掴み自身とアズデイルの後方に放り投げる。
「ななっ!?」
何故自分が放り投げられたのか、問い詰めようと可愛らしい怒りの形相を作るが、シラーとアズデイルの真剣な表情にハッとなり、ようやく事態のおかしさに気づく。
「シラー、何であのシオンが冷静でいるの?」
栗色の髪の隙間から不安げに見上げる少女を見返す余裕はなく、緊張の色が宿った声で返す。
「知らねぇよ」
「シオンのあの静かな雰囲気は今まで見たことがありません。ただ、警戒だけはしておいた方が良いということだけが、全身から鳴る警笛が教えてくれていますよ」
アズデイルの額に汗が滲み出している。
「ふふふ、やっぱり貴方たち3人の中でアズデイルが一番賢いわね。これから起こることがだいたい予想できているんじゃないかな~?」
狂楽の色を宿しつつ沈黙を守っていたリリアンが口を開く。
口元は歪んだ笑みが張り付き、一見にしていつものリリアンに見えなくもないが。アズデイルは彼女の奥底に渦巻く狂気を感じ取っていた。
その狂気は殺意という明確で禍々しい鋭利な凶器であり、その矛先は目の前に対峙するアズデイル達に向けられている。
「1つよろしいでしょうか?」
打開策をフル回転させた頭脳で導き出す間はなんとしても時間稼ぎをしなくてはならなかった。
「なんだ?」
シオンが薄く笑い、全てお見通しだ僅かな時間で足掻いて見せろというような意思が伝わってくるが、アズデイルは思い切って聞いてみた。
「まさか、仲間である私達を殺す……なんてことはないですよね?」
上手くいつものような余裕を纏わせた表情を作ることができず、声は震えてしまう。
「……」
シオンは答えるでもなく、無言を決め込む。
この無言も長くは続かないだろう。次なる質問を考えなくては打開策を練る時間を作らねばならない。
「おいヘル。お前はこの前言ったよな。仲間同士での殺し合いは許さないとかなんとか、今行われようとしてんのはお前が許せねぇものなんじゃねーのか?」
アズデイルの心中を察してか、シラーはあの中で唯一まともに会話になりそうなグランド・ヘルに標的をしぼり声をかける。
「ロンベルト……死ん、だ。……裏切り……の罰。お前たち、遊んでるだけ……仲間じゃ……ない、もう、……いらない」
グランドのその答えにシオンが被せる。
「まぁ、ヘルはお前等の自覚の無さに失望し、俺は雑魚がこの席に座るのが許せねぇ、リリアンは知らねぇ。ただ、俺たちの答えは決まってんだ。テメェ等に断罪を下すってな」
言い終わると、リリアンは次元から因果創神器である女神の大鎌を手に持ち、大きく振りかぶりながら身を低く屈め地を駆ける。
「アズデイル!!」
シラーの怒気を孕んだ声に、アズデイルは魔力を自身に纏わらせ、詠唱を早口に紡ぐ。
「温もり無き氷結の世界、命の祝福を認めぬ無常の理━━━━ライフ ホリゾント(霜の地平線)」
氷精の王という異名を持つアズデイルの絶対零度の殺意が周囲を凍らせ、瞬く間に氷零の世界が展開される。
「穿て無情の矛」
地を走るリリアンのその身を貫こうと数百の冷気で形作られた美しき氷槍が地表より生える。
「あらあら、美しい技ねぇ~。でも、私にとっては子供だましにすらならないのよね」
氷槍に込められた魔力を感知し、女神の大鎌は振動する。
「薙げ一閃」
真横に一閃するだけで その美しくもい鋭利な氷が断たれ、足止めにすらならずに接近を許す。
「チッ、化け物が……万象を薙ぎ払う千万の雷よ、その罪人すら浄化する煌きを発せよ━━━━バルトゥイン ライズィル(雷による断罪)」
以前とは違い、速さより威力に重視し詠唱を唱え、アズデイルの手から魔方陣が展開し、以前とは比にならない程の轟音を唸らせながら膨大な雷が放たれる。
雷は目が眩むほどに閃光し千万に分かれては、その全ては逃げ道を作らせまいと全方位からリリアンに降り注ぐ。
「無意味なのよねぇ~」
千万の雷は刃を黒く染め上がった大鎌に全て取り込まれた。
「はっ!?」
驚きの表情を隠せないシラー。背後に立ち尽くしていたシオンとグランドも動き出す。
「えっ……ちょっと」
何も準備出来ずにいたエリーザだけが反応に遅れる。
「エリーザ、少々手荒ですが下がってください」
エリーザに大剣を振り下ろさんとするグランドとの間に割り込み、背後を振り返る事無く左手でエリーザを後方に突き飛ばし、右手は重厚な氷の壁を展開させる。
「私がグランドの相手をします。シラーはそのままリリアンを、エリーザはシオンをお願いします」
切羽詰っている様に早口で指示を出し、それぞれ頷く。
重厚な壁はその大剣を一度弾く。
だが2擊目で氷の壁は溶かされる・切られたのではなく湯気を立て液体へと姿を変容させる。
「紅蓮 燃焼 灰 終焉 無 ━━━━ホミュラー アルミュリウス(焔纏いし鎧)」
煉獄の鎧騎士の名のとおり、地獄からの熱気を自身から発し氷零の世界を溶かし侵していく。
「相性が悪いのは分かっていはましたが、まさか、ここまで悪すぎるとは……正直、計算外でしたね」
陽炎のように揺らぐ鎧騎士に、一歩無意識に後退してしまう。
「シオン、冗談だよね。流石に本気で殺そうなんて思ってないよね?」
本気で殺意をぶつけ合う他4人の戦いを見て、エリーザは華奢な身体を震わせながらも、シオンを見上げる。
「冗談? 冗談でここまですると思ってんのかァ? 本気でそう思ってんなら本当の馬鹿だなテメェもよぉ。んな下らない言葉並べてる暇があんなら、俺を食いちぎってみせろよッ!!」
「ッ!!」
死という恐怖から涙が溢れ出し頬を伝い地面を濡らす。
「……分かった。うん、じゃあ私も死にたくないから本気でシオンを殺す気で行くね。古より宇宙を支配せし太古の邪龍よ、地上を焦土に化す祝福を与えよ━━━━ジャルエール ベイリッド(邪竜の祝福)」
エリーザの身体は瘴気に呑まれていく。黒々とした硬い鱗に覆われ、妖しく輝きを見せる獲物を切り裂く爪牙。宙を旋回する巨大な邪竜の瞳は哀しみに彩られ、その視線の先には仲間であるシオンを捉える。
「クックク、そうだ。素晴らしい演目だろうが! 仲間同士の殺戮劇ってのはよォ。魔王という肩書きは雑魚には不釣合いなんだよ。悔しかったら俺を……俺たちを殺して見せろッ!! 道を誤りし愚者には光の届かぬ冷酷の回廊を、我は回廊の番人にして王である━━━━ルーフ エルデン(永遠の楽園)」」
夢限回廊の番人の異名を持つシオンは、異空間を発現させ得物が入り込むのを静かに待つ。
宙の空間が歪み邪竜を捉えようと次々と歪みを産んでは閉じていく作業。もし、少しでも歪みに呑まれれば身体の一部を抉り取られる。もしくは自身全体を夢限回廊という異空間に閉じ込められ一生日の光を浴びることは叶わなくなる。
展開する異空間の歪みを避けつつ、大地を焦土に返す祝福の黒炎を吐く。
温度でいえばグランドにとうてい及ばないが、魔人1人焼き切るくらいの威力は宿していく自信があった。
「甘ぇな、甘ぇんだよ。そんな分かりきった攻撃じゃ俺は殺せねぇぞッ!!」
シオンの目の前に展開された異空間に黒炎は呑まれ、その少しもシオンには届かない。
「俺を殺したければ、奇襲で尚且つ一撃で致命傷を与えるんだな」
そのまま展開された異空間にシオンは滑り込み、歪みを閉じる。
エリーザは、その場から消えたシオンの姿を顔を振り探すもその姿は見当たらない。
「残念、ここだ」
上空より声が振り見上げる間もなく、開けた異空間から落下しそのまま邪竜の首筋に拳を叩き込み、地面に墜落させる。
「ぐぅッ……」
首筋へのダメージは脳にまで響き、上手く体を動かすことが叶わず、その場で悶える。
シラーの放った雷は全て大鎌に吸い込まれ吸収される。
「放て、断罪の福音」
直感で危機を察知し、僅かな時間で半歩だけ横に逸れる。
これが、功を成し。大鎌から放たれた殺意の刃は胴体を2つにする事がなかった。だが、シラーの右腕は血を噴出させながらそのまま宙を舞い、地面に落ちる。
「グガァッ!!……あぁ、くそっ」
切断された腕の断面からは血が止めど無く溢れ左手で力強く圧迫止血をするが、それでも血は勢いを衰えさせることが出来ない。
「シラーッ!?」
アスデイルがシラーに意識と視線を向けた瞬間に融解熱が宿った拳がアズデイルの腹部に捉える。
「グゥッ……」
寸前の所で氷の幕を貼り後方に飛んだため、身が溶けることはなかったが、それでも破壊力という一点に特化した鎧騎士の拳と高温による火傷のおかげで立ち上がることは出来なくなった。
誰1人として戦える状況でない絶体絶命のなかでさえ、シラーは霞む意識の中、天上に向かい雷を放つ。
「エリーザ! 無理してでも動け、この瞬間に逃げるぞッ!」
雷は天上を穿ち砕け散ったガラス片や巨石が降り注ぎ、今の一撃で限界を迎えたシラーの意識は深い闇色に落ちる。
「余計な真似しやがって!!」
シオンは降り注ぐガラス片や岩石を異空間の展開により防ぐが、次々と雨のように降り注いでくるため、異空間を閉じられず行動を起こすことができない。それは、リリアンも同じで大鎌を優雅に振り回し、まるでダンスを踊るようにがれきを躱していく。
グランドはただ立ち尽くすだけで、鎧に触れる前にガラスも全て溶け消滅していった。
これを最後の好機と捉えたアズデイルは急ぎシラーの下に駆け寄り、傷口を凍らせ腕を拾い、ガレキを氷の楯で弾きつつも、シラーの肩に手を回し何とか立ち上がったエリーザの下まで走る。
「エリーザ、飛べますか?」
「うん、なんと……か飛べるけど、背中は危ないから腕に捕まってて。絶対にシラーを落とさないでね」
「えぇ、わかっています。仲間を、友を落とす真似は絶対にしませんよ」
焦げた腹部は赤黒く染まり、アズデイルの表情にも余裕は無く脂ぎった汗を浮かべ、呼吸は浅く回数が多い。急ぎこの場を脱出し治療を受けさせねば危険な状態だった。
両の黒翼を大きく広げ、力強く羽ばたかせる。
周囲には羽ばたきによって暴風を生み出し、閉じた扉を頭から突き破り細い回廊をギリギリの高さで飛び、外部へと抜け出すことに成功する。
眩しく照らす太陽の明かりに一瞬目が眩み、2人が心配で視線を落とすと、アズデイルもシラーも意識が無かった。
2人を落とさないように優しく手で包み込み、まともな医療が受けられる国を探し大空を飛翔する。
その頃、円卓の間に取り残された3人は、ようやく降り注ぐ瓦礫の崩壊を止め、崩れた巨石に腰を下ろしていた。
「クソがッ!! あの格下相手に逃げられるなんて、胸糞わりぃ!」
「ふふ、まぁいいんじゃない? お楽しみは次までにとっておけば……ね」
悪戯好きそうな表情のリリアンがシオンを嗜めるが、シオンの怒りが収まることなくその場にあった小石を蹴り飛ばす。
「おいおい、なんだよこの状況は。部屋が滅茶苦茶じゃないか」
転がった小石の先にニコニコとい閉じられた瞳持つ男が立っていた。
「クルト……」
「まぁ、君たちがここで何をやっていたかなんてのはお見通しだけど。そんなに仲間を殺したいのかい?」
困ったように眉をひそめるクルト。
「あぁ、あの自覚の無ぇ格下共もだが、人間が好きなんてほざきやがるアルベールも気に入らねぇ……次会ったときは必ず息の根を止めて、夢限回廊に叩き落としてやる」
静まることのない怒りに身を焦がす。
アルベールは小さな街ににある、喫茶店で大陸の情勢が描かれた新聞に目を通していた。
その記事には、中立国であった中央教会はフィール連合国、真日帝国との3国同盟を結び、それに追随して小国からも参加の声が上がると書かれた記事に感嘆の声を漏らす。
「ふむ、クリスティアも思い切った事をしたものだ」
新聞を折りたたみ、懐に仕舞い中央教会に向かう前に寄っておかねばならない場所があるので、まずそこへと足を運ぶ。
やはり、前回のお話でも誤字脱字が見つかりました。
確認しているつもりなのですが、やはり見逃していtるう文があり申し訳ありません。
次回はアルベール視点でのお話となります。
最後に彼が知る事実に、大陸は大きく動き出す……