邪神の意思、銀に染まる術式
中央協会領の憩いの街クワンラドは突如街中で発生したドラゴンにパニックを起こしていた。
この街には正規の軍隊というものが存在しない。この街の治安を守るのは若者を中心に編制された数百人の自警団のみ。
戦場に慣れていない彼等がどうしてドラゴンと闘えようか。そんな彼らが取るべき選択は民の安全を確保すべく街の外への誘導だった。だが、たかだか数百人規模での手勢では、いくらそこまで広大ではない街といえど数が足りなさ過ぎた。
「くっ、なんで街中にドラゴンなんていやがるんだ。訳が分からねぇっ!」
自警団の1人が慌てふためく民を逃がしながらも、その視線は憎々しい気持ちで巨大なドラゴンへと向けられていた。
「人手が足りねぇんだろ? だったら、俺たちも手伝うぜ」
不意に掛けられた声に振り替えれば、背に巨大な大剣を携えた無精ヒゲを持つ屈強な男がいて、その背後にも冒険者と思しき衣服の男女が50人近くいた。
「あんた等旅の人か?」
「おうよ! この街にはだいぶ世話になっちまったからな。何か恩返しがしたくてよ。流石にあのドラゴン討伐は無理だが、人々を逃がすくらいなら手伝える」
男が背後の冒険者達に目配せすると、彼らも大きく頷く。
「すまない。俺たちだけじゃ手が足りないんだ。手を貸してくれ」
自警団の青年は深々と頭を下げるが、男はそんな青年の背を優しく叩き顔を上げさせる。
「困った時はお互い様だぜ。んでよ、どこに避難させればいいんだ?」
「あぁ、すまない。今は東区と南区が人手不足なんだ。特に東区は老人が多くて、自由が利かない人が多いんだ。出来ればそっちに向かってほしい、そして一番近い門から外に脱出してくれ」
「おう、東区だな。よしお前ら聞いたな! 俺たちは東区の住民を避難させるぞ!」
冒険者の団体は急ぎ足で東区に向かっていき、青年も取り残されたものがいないか民家を手当たり次第に確認していった。
アルベールの銀聖の術式はドラゴンに迫まり飲み込もうとするが、それを阻むかのように1人の少女が立ち塞がる。
「なっ!?」
術式が少女に触れる寸前の所で術式を消滅させることに成功し安堵の息を吐く。
「クリスティア、一体何を考えているのだ!」
「……」
問いかけに反応がない。それは人形のように、感情を持たぬ冷たい瞳をしていた。
「っ!」
その瞳で見つめられた時、背筋に悪寒が走る。あの感情の籠らぬ瞳を見たことがあった。それは、つい最近でクルトと聖域に赴き、最奥の間にいたクリスティアと同じ姿をした存在。今のクリスティアはあの時みた彼女そのものだった。
「邪神……クリスティアなのか?」
「……」
またしても沈黙。聞こえているのかいないのか、それともたんに答える気がないのかは分からない。それでも1つだけ分かる事がある。目の前の少女から発せられる深く徹底的な潔白の意思。
何物にも染まることを嫌い、ただ純白であれという一点だけを見抜くことができた。
「我は、どうすればよいのだ……このまま、では街が壊され犠牲者が増える。かといって術式を使えばクリスティアが……」
まるで、天秤に乗せた命の重みを測れと脅迫されているかのような気がして、余計な焦りを生む。
「そこを退いてくれぬか? このままではクリスティアの愛する民の命が失われてゆくのだぞ!」
「……っ!」
無機質だったクリスティアの瞳が一瞬揺らいだのを、アルベールは見逃さなかった。
クリスティアの意識は完全には失われてはいない。であれば、まだ手はあるとアルベール
の翡翠色の双眸に光が灯る。
「我は約束した。クリスティアを守ると、世界を守ると。だから……そこを退いてはくれぬか?」
「わた……しはぁ、違う! 私はクリスティア・ロート・アルケティア。聖王ヘブリドと聖女マリーナの娘。常世の時代なんか知らない!」
頭を抱え必死に抵抗を見せるクリスティアの身を守るべく、アルベールは駆け、その華奢な身体を抱き、ドラゴンから距離を開ける。
「安心せよ、貴女はクリスティア・ロート・アルケティア。中央協会の聖女にして我が友だ」
「……うん」
倉庫から少し距離を取り、再び銀狼を形成し安全な場所に連れていくよう命じ、主人に忠実な誇り高き狼の背にぐったりとしたクリスティアを乗せる。
「行け」
人1人を乗せ、軽々しく民家の屋上まで跳躍し、急ぎその場から離れていった。
「邪神クリスティアについてはまた後程クルトと話し合うとしよう……さて、待たせたな災厄。今すぐに安息の眠りにつかせてやる」
自我があるのかないのか分からぬほどに暴れまわるその巨体を哀しい瞳で見上げる。
「私が望むは地平線を満たす銀の世界。私が忌むは不浄の色。その摂理すらも塗り変えるほどの眩い色は、世界に銀の花を咲かせる事が出来るだろうか―――リア エーベン ズィーストベルン(銀聖の女神の微笑み)」
アルベールの髪や衣服が自身から発する高度の魔力になびき、空気がみるみると澄んでいく。まるでこの場が聖域や霊域と化したかのように。
足元から一気に広範囲に銀色に輝く魔法陣が展開され、ドラゴンや周囲の家々まで飲み込んで広がる。
「我の扱う術式の中で2番目に強いモノだ……」
魔法陣に入っていた巨体を持つドラゴンや家々は瞬間的にその形のまま銀と化す。
今までの銀の術式は部分部分から少しずつ物質を銀の粒子に変えていたが、この術式は一瞬にして物質を銀の彫像へと変えてしまう絶対性と即効性に富んだ術式だった。
「これで、安心なのだが……問題はこの巨大な塊をどうするか。まぁ、そこはこの街の民にでも任せよう」
アルベールはその場を去り、クリスティアを迎えに銀狼の残した気配を辿り路地を歩く。
こんばんは上月です(*'ω'*)ノ
アルベールの使う2番目に強い術式を初めて使用しました。
さてさて、最大術式を使うシーンを書く日が楽しみです^^
次回もアルベール視点で書いていきます。投稿日は8月4日の木曜となりますので、よろしくお願いします




