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守るべき存在、失われる世界  作者: 上月 佑幸
銀聖の魔王編
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埃に埋もれた貴族の誇り、その名に隠された真実

 クリスティアは今子供達という脅威に晒されていた。


「ちょ……ちょっと待って、そんなに皆で乗られたら潰れっ……潰れちゃう」


 ワイワイと楽しそうに次から次へと子供たちはクリスティアの下に集まり、加減という言葉を知らない子供たちは勢いよく飛びかかる。


 中央教会の次期最高権力を担う彼女の姿を見たシスターは慌てふためき、子供たちを退かそうと駆け寄るが、出来上がった子供達の山から細い腕だけが生え、大丈夫という合図を送りシスターは困惑しながらもその様子を伺う。


「ぷはぁ~、流石にこの人数を一人で相手するのは骨が折れますね」


 嫌な顔1つせずに遊んでくれるお姉ちゃんという存在は、子供達にとってはとても親しみ安いのだろう。

 訳ありの子供達が多く生活するこの孤児院は年若いシスターによって管理されていて、定期的にクリスティアがお菓子などを持参しこうして遊びに来ていた。


「今日はね、もう少ししたらグレイ君たちが来てくれるから、いっぱい遊んでもらいましょうね」


 今は猫の手を借りたいくらいなので、最近では四十字騎士団にも子供達の相手をしてもらっているのだが、ステラが特に人気が高かった。


 流石に子供達の相手をしていてクリスティアが疲れただろうと、シスターは休憩時間として一度お茶の時間を挟むのだが、今度は誰がクリスティアの隣に座るかで子供達は揉めていた。


「申し訳ありませんクリスティア様」

「いいえ、気になさらないでくださいシスター。子供というのはこれくらい元気があったほうが良いですから。こんなに純粋に子供達が育っているのはシスターの教育の賜物なのでしょうね」


 ペコペコと頭を下げるシスターに困ったような笑顔を浮かべながらも、シスターに労いの言葉をかける。


「いえ、全然私なんか……」

「謙遜なんてしなくていいんですよ。いくらシスターが謙遜しても子供達の姿を見ていれば直ぐに分かってしまいますから」


 これほど真っ直ぐで純粋に子供たちを育てるのに、どれほどの愛情を持って接したのかが伺える。


 そうこうしているうちに、子供達の中で話しが纏まったらしく、一番年若い子がクリスティアの隣に座るという大人顔負けの方法を持って解決したらしい。


「クリスティアおねえちゃん、今日は何のお菓子を持ってきたの?」

「ふふふ、開けてからのお楽しみだよ」


 シスターが台所から持ってきた小包に子供達の視線は注視され早く早くと眼を輝かせていた。

 1人1人に可愛らしくデコレーションの施されたケーキと紅茶が行き渡り、皆生唾を飲み込む。


 普段では食べられない甘く美味しいケーキ。子供たちもシスターの懐事情を気に掛けていて欲しいものも素直に欲しいと言えずにいた。だからこそ、クリスティアは定期的に此処に足を運び、子供達と遊び休憩時には甘いお菓子を皆で食べる。今まで辛い思いをしてきたのだから、少しの時間でも多く笑っていて欲しいという彼女の願いだった。


 口いっぱいにほおばるその姿を見ているだけで、クリスティアの頬は自然と綻ぶ。


 その時孤児院の扉が開かれる。


「うっす、ちびっこ共遊びに来たぜ!!」


 突如現れたグレイに供達は大はしゃぎする。


「グレイ、少し声量を抑えてください。耳に響きます」


 続いてステラも顔を覗かせ、子供……主に男の子達から歓喜の声が上がる。


「……」


 最後にジークリートが姿を現すと今度はシスターを含めた女の子達が黄色い声を上げる。

 美男美女に面白いお兄さんという最高の組み合わせに全員が満場一致の盛り上がりを見せる。


 ケーキを食べ終えた子から次々と新しく来た遊び相手に飛びかかっていく。


 一番気になったのはステラに群がる健全少年達だった。彼らの視線はその切れ長の蒼い瞳、肩まで伸ばした癖1つない金髪。そこまではいいのだが、形の良い胸とスカートから覗く引き締まった太もも。健全で良いのだが、何か将来道を違えてしまうのではないかと不安もよぎるが、ステラの身体を見ていると自分が惨めになっていくような気がしたので、あまりそちらの方は向かないようにした。


 各自グループで分かれ子供達と楽しげな時間を過ごしていく。

 日は傾き街を橙色に染め上げ始めてきたので帰宅準備を始めているときにその人物は現れた。


「フン、ここか貧しい餓鬼共がいる施設っていうのは」


 数名の護衛を従え気難しい顔をした男が我が物顔で施設を闊歩する。


 そしてクリスティアの姿に気付き、柔和な表情を浮かべ頭を垂れる。


「これはこれは、クリスティア様このような場所でお会いになるなんて珍しい事もあるものですな」


 それにクリスティアも皆に振りまく微笑みではなく事務的な笑顔を持って接する。


「ごきげんようハミルト卿、貴族の貴方が孤児院に何の御用でしょうか?」

「いやなに、ちょっとした見物ですよ。此処にドブネズミが住み着いているって言うんでね」


 ハミルトはシスターの背後に隠れる子供たちに一瞥をくれると卑下た笑みを浮かべる。


「必要でしたらいつでも仰ってください、このハミルト念入りにゴミ掃除をいたしましょう」


 ハミルトの人を人と思わず、馬鹿にした物言いに全身の血が逆流する思いだが、無理やりにでもそれを押し殺す。彼は公爵位を持ち、聖王であるヘブリドから剣の腕は評価されていた。だが、それもかつての話し。彼が未だ堕楽する前は民の生活を考え、剣の稽古に勤しみ、戦場では多くの武勲をたてた程の男だった。


 金や欲は人を変えてしまい、時としては生命を殺すこともある。


 下手に彼を刺激することは自身の首を締める事に繋がるので、強く発言することができない。


「安心してくださいハミルト卿、この場にドブネズミなんて存在しませんから。この場にいるのは可愛らしい子供達と敬虔で愛情深いシスターだけですよ」

「はっはっは、そうでしたか残念ですな。ドブネズミがいないのでしたら私が此処にいる理由はもうありませんな。では失礼させていただきますよ」


 嫌味の1つを置き土産に残し孤児院を去っていく。


「相変わらずですねハミルト卿は、よくも口がああも回るものです」

「うっぜ~、まじなんだよあの男。ヘブリド様の力でなんとかなんないのか?」

「無理だな。この国の軍事の10割のうち4割が貴族だ。もしアイツが機嫌を悪くして他の貴族に手を回し軍を出さなくなれば、6割の軍しか活動できなくなる。それどころか、自身の身の安全と引き換えに国の情報をばらまかれかねない」


 ジークリートの冷静な分析にグレイも押し黙ってしまう。


「大丈夫だよ。もう怖いおじさんはいなくなっちゃったから、もしまた来ても私達が守ってあげるから……ね?」


 不安がる子供達に優しく言い聞かせると、その言葉を信じ表情にいくらか安堵の色が見えた。


「そうだよね、何かあっても守ってくれるんだよね?」


 少女の1人はジークリートの裾を摘み、何か言葉をかけてほしそうな表情をしている。


「あぁ、俺達はこの国と民を守るのを仕事としている。だから、安心していろ」


 不器用な彼なりの言葉だが、少女は大きく頷く。

 皆を安心させてから、クリスティア達も孤児院を去る。




 彼はむしゃくしゃしていた。


 ハミルトは部下を背後に道行く気に入らない人を見つけては膀胱と恐喝を部下に強いては愉快そうに笑う。だが、彼の木は一向に晴れることはない。


「弱者は弱者らしく地を這っていれば良いのだ」


 屋敷に帰宅すれば用意された宴に身を投じ酒に酔いしれることができるのだが、今はそんな気分にはなれなかった。

そう、必ずと言っていいほどにやること全てに邪魔をするクリスティアという存在が目障りで仕方なかった。


「あんな小娘がこの五大強国中央教会を統べるだと? 冗談じゃないッ!!」


 一人呟くが虚しさばかりが彼の中を木霊する。

 部下にはてきとうに飲み食いするよう伝え自室に篭る。


 壁面にはかつての栄光を華々しく飾った勲章や、前聖王より頂戴した彼の為だけに打たれた英雄を称える剣は埃を被りその輝きは彼の栄光とともに霞んでいた。


 1度自身の身をつま先から腹部までまじまじと観察する。


「はぁ……」


 鍛え抜かれた筋肉は今や脂肪に置き換わり、醜い醜態に改めて気づかされる。


「民のため……常に笑顔と誇りを胸に、我が刃は災厄を招く者に振り下ろす」


 ふいに思い出したかのように呟くこの台詞はかつて、クリスティアが幼かった時に自身の英雄譚と共に語ったもので、自身でも結構気に入っていたのを思い出した所で我にかえり、頭を振り馬鹿馬鹿しい記憶を消し去る。


「そういえば、昔はあの娘は私にべったりくっついていたな……」


 またもや昔の記憶が掘り起こされ、我を失っていた事に腹が立ち拳を壁に叩きつける。


 何度も、何度も、何度も自身を戒めるように。

「やれ正義だ、やれ平和だなんてものはまやかしにすぎんのだッ!!」

「ハミルト様、何か大きな物音が致しましたが……」


 壁を殴りつけた音で近くにいたメイドが何事かと訪ねてきたのだろう。それに対しなんでもないと突き放すように告げる。


「こんな時は寝るのがいいな」


 眠ってしまえば余計なことは考えなくて済むと判断し、速やかにベッドへ潜り込む。


 意外と直ぐに睡魔は訪れ、ハミルトの意識を微睡みの中に引きずり込んでいく。




 深夜誰もが寝静まった時間に物静かな暗闇に包まれた街を数人の人影が行き来する。


「武器の運搬はどうなっていますか?」

「ハイ、大まかではありますが、剣260、槍150、弓120、火炎瓶300が現時点で揃っております」

「そうですか、では例のものはどうですか?」

「こちらになります」


 二人の男は古く使われない民家の地下倉庫に降りていき、2人の姿を見た番兵は道を開ける。


 ドアが開かれ中には大砲が7台配備されていて、その少し離れたところには砲弾と思しきものが詰まった箱が14箱積まれていた。


「上場ですね、この国に集った同士は現在何人くらいですか?」

「現時点では700~750くらいです」

「ふむ……未だ足りませんね、少なくても900は欲しいところです。金に糸目は付けません早々に盗賊でも傭兵でも数を集めてください」

「ハッ」


 急ぎ仕事に取り掛からねばと、男は走り出ていく。


「ふふ、宗教戦争? 違いますね、これから聖戦が始まるんですよ」


 ロウソクに灯されたバルデンの表情はまるで悪魔のようであった。


「聖王の名は私にこそ相応しいのです。貴方の大切な人々はこれから私と髪の軍勢によって断罪されるのです。くくく」


 ローブを深々と被り空き部屋をでる。


 素顔を見られぬよう足音をなるべく立てずに早足で城に戻る。




 時間は遡り夕食を済ませたクリスティアは、寝るまでの時間を読書でもしようかと思い書物庫に足を運んでいた。


 ロウソクの心許無い明かりで本を探すのだからこれは一苦労であった。


「う~ん、冒険、恐怖、未来絵図……」


 色んなジャンルの本が敷き詰められている中一冊一冊手に取りあらすじを読んでは次の本へ手を伸ばしていた。


「うん?」


 そこには見たこともない表紙の本が目に入り、棚から引き抜く。長い間放置されていたかのように誇りを被り、軽く息を吹きかけ誇りを飛ばす。


「……」


 その本のタイトルが読めなかった。

 決してクリスティアが勉強不足というわけではなく、見たこともないような字体の文字だった。


 試しに開くと中は所々字が霞んでいて、ただでさえ読めないものなのに、よりいっそう読める代物ではなかった。


「ふぉふぉふぉ、この書物がきになるのか?」


 突如聞こえた声に背筋が伸び、首を左右にふり声の主を探すが何処にもそれらしき人物は見当たらなかった。


 自身に幻聴だと言い聞かせ本を元あった所に戻そうとする。


「良いのか? これはお前にとってとても大事なことなんだが」


 またもや声が聞こえ、もはや幻聴ではないと確信した。

視線をそのまま本へ向けると本は脈動を打つ。


「きゃッ!?」

「いたっ」


 驚きのあまりその本を手放し地面に落下する。どうやら声はこの本からしているようで警戒の眼差しを向けつつ指でつついてみる。


「まったく乱暴なお嬢さんじゃな、クリスティア嬢よ」


 自身の名前を告げられ驚きのあまり瞳を大きく見開く。


「どうして私の名前を?」

「どうして? それは最高位にして災厄を振りまく神の名を知らぬはずがないからじゃよ」

「え……」


貴族っていいですよね。響きがいいです。

個人的には英雄的な貴族より毎日を豪遊し国を堕落させ後にしっぺ返しを喰らう貴族の方が好きです。特に子爵って聞くとワクワクが止まりません。

まぁ……貴族や勇者とかより断然魔王の方が好きですけどね(笑)

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