未来を創造する力
アルベールが中央教会を去り2日が経過した。
何度も歩いた薄暗い回廊。左右に灯されたロウソクの火はおぼろげに揺れる。
この2日間ロベリア王国の監視をしていたが、聖王ヘブリドは約束事を違えることなくロベリアの
魔族刈りを抑制させた。
「ふむ……一体あの王はどのような、策を持ってロベリアの動きを止めたのであろうな」
無意識のうちに笑みと独り言が漏れる。自身の功績ではないが、これでクルト達の人間粛清という虐殺行為は阻止される。
目の前に現れた、巨大な扉を押し開き室内には既に第一位の席を除いて全員が揃っていた。
「すまない、待たせたか?」
「いいや、気にすることはないよ。丁度面白い議題について話していたところだ」
アルベールの問にクルトは返す。
面白い議題というのはどのような議題か気になったが、今は魔術国家ロベリアの報告を先に済まさねばならない。
「貴殿等も存じていることだろうが、魔術国家ロベリアはこの2日間魔族刈りの一切を行っていない。故に、魔族による人間粛清の件は無かった事にしてもらう」
「チッ……」
つまらなそうに舌打ちをしそっぽをむくシオンに、エリーザは勝ち誇ったような表情をしていた。
「まぁ、過程はお前の功績ではないかもしれないが、結果は出したんだ俺に異論はない。それでいいな? シオン」
「……」
「第5魔王シオン・トレヴァリオン……それでいいな?」
「クソがッ!!」
机を両の手で叩きつけた勢いで席を立つ。灰色の髪の隙間から見える好戦的な瞳はクルトに向けられていた。
「シオン、そんな睨まないでくれるか? 約束は約束だ。お前もこれ以降、身勝手にストレス発散での人間虐殺を禁ずる」
「ストレス発散……だと」
シオンは一層の剣幕で席に座るクルトに詰め寄り、胸ぐらを掴み強引に立たせる。その行為に一同は固唾を飲む。
「テメェ……俺の過去知ってストレス発散だなんて抜かすのかよッ!!」
シオンはクルトを力任せに地べたに勢いよく叩きつける。
完全に頭に血が登り切り、自身の行った暴挙の重大性を認知出来ず、地べたに伏せるクルトに追撃を加えようとしたところで第9魔王ロンベルト・イシュタスにより阻まれる。
「やめんか、シオン殿!! これ以上の行いは反逆ととられるぞ」
「構うものか、どいつもこいつも気に入らねぇんだよッ!! 俺の復讐は人間が存在する限り終わらねぇんだ」
「馬鹿かお前」
怒り狂うシオンにシラーは一言呟くと、ようやくシオンは抵抗を辞め、その変わりに殺意をシラーに向ける。
「おいシラー、今の言葉もういっぺん言ってみろ」
「ハッ、何度だって言ってやるよ、お前は馬鹿だって言ったんだ。俺の復讐は人間が存在してる限り終わらねぇだと? その考え自体餓鬼っぽくて笑えてきやがる。無関係な人間を殺してみろ、今度はお前が復讐される番になるんだぜ。ソレを延々と繰り返して虚しくなるのはお前自身だ」
「……」
「どうした言い返せないのか?」
「テメェもアルベール病が伝染ったみたいだな」
身体を拘束するロンベルトを跳ね除け一人部屋を退場する。
アルベールは衣服の乱れを直す閉眼のクルトに言葉を投げかける。
「どうして、シオンを挑発するのだ?」
「自分の馬鹿さ加減を理解させるためだよ。アイツは復讐という概念に取り憑かれすぎている。シラーの言葉が少しは刺さったようだが、彼がこの先どう行動するかは彼次第だ」
「ふむ……」
こうして魔族の人間粛清に幕は閉じた。
だが、クルトの一言で場は新たな緊張に呑まれる。
「すまないが、アルベール、エリーザ、シラー、アズデイル、1つ頼まれごとをしたいんだが」
「なんだ?」
「これから一緒に禁止区域にきてもらいたい」
全員が息を飲む。
禁止区域、東大陸より少し下った海にある孤島。
かつて、常世の時代と呼ばれた神々が世に蔓延っていた時から存在する神々の墓。
その孤島に存在する遺跡には神々の知識が記された場所があると言われ、これまでに何人もの探求欲に駆られた冒険家や各国の調査団が調査に向かうが、誰1人帰るものはいなかった。
「どうして禁止区域に? そもそも、何で私たちも一緒なの? 行くならアルベールとかそう言うのに詳しいロンベルトでしょ」
遺跡では役に立ちそうもない自分たちが含まれていた事に疑問の声を上げるエリーザにクルトは何も躊躇わずに言い放つ。
「禁止区域を破壊するためだよ」
それにロンベルトは慌てクルトを説得しようと試みる。
「クルト殿、それだけはいけません。あの場所はッ……その」
続きの言葉が喉をつっかえ発する事ができない。
「ロンベルト、あの場所に"何か"あるのかな? 例えば……俺を殺せるほどの何かとか」
「……ッ!? ほっほっほ、まさか、ワシもあのような場所には行ったことがありませんが、なにせ神々の墓ですよ。それを壊そうなどと恐れ多いことではありませんか」
「ふふ、だよね。冗談だよ。俺はただ禁止区域という場所に興味があるだけだ。観光したら直ぐ帰るさ"何も"なかったらね」
2人のやり取りを遠巻きに眺めるアルベール達の胸中に一種の不安が芽吹いた。
「その遺跡ワシも興味がございまして、どうかご同行お許し願えませんかの」
「別に構わないよ、来たいなら来ればいいさ」
不敵な笑みを垣間見たロンベルトは寒気を感じ、嫌な汗が背中を濡らす。
禁止区域の周囲は波が荒れ渦潮も頻発していて、普通の者では近づくことすら許されない。
それを知らなかった探求者は自身の好奇心に殺され呑まれていったのだろう。
クルト達は正規の道順ではなく龍に乗り天より渡る。
「こういう時便利だねエリーザは」
クルトが龍の背を撫でる。
「なるほどね、私を連れてきたかったのはそういう理由なのね」
龍から発せられる声はエリーザのものだった。
これがエリーザの有する能力「邪竜転生」己の姿を漆黒の鱗に覆われた龍に変え、天より暴虐の破壊を振りまく事から付いた通り名は堕ちた邪竜。
「荒々しいその姿に愛らしいその声。あぁ~私は今至福の瞬間を味わっているのです」
自身を抱き悶えるアズデイルにエリーザは深い溜息を吐く。
「コイツだけ海に叩き落としたいんだけど」
「それはそれは、エリーザが私に与える愛の試練というものですね。構いませんよ私はどんな壁も乗り越えてみせます」
「勝手にやってろ……」
シラーは退屈そうに呟く。
「貴公等3人は本当に仲が良いのだな」
「「そんなことない!」」
「もちろんですよ」
1名を除き否定する。そんな和気あいあいとした雰囲気の中ようやく目的の場所に到着する。
「……」
「ロンベルト、大丈夫か?」
先程から喋ることのないロンベルトにアルベールは声をかける。
「ほっほっほ、大丈夫じゃよ。さぁ、早いところ遺跡に向かいましょう」
「おいおい、老体なんだからあまり無理すんじゃねーぞ」
シラーも心配なのか冗談交じりに気を遣うが、ロンベルトは頷くだけで何も返そうとはしない。
「絶対何かあるよね」
「えぇ、あのロンベルト殿がここまで黙ってしまうんですからね」
2人なにやら小声で話すが、それすらも聞こえていないのだろう。皆に合わせ歩を進めるだけだった。歩くこと2時間ようやく目的の遺跡にたどり着く。
遺跡の内部は古代文字が壁天井に書き綴られ、その通路の先に開けた空間に出た。天井ははるか暗闇の向こうにまで広がり、その造りはまるで玉座のようで左右等間隔に並ぶ柱にその中央の道の先には階段があり1つのイスが置かれていた。
「さぁ、ロンベルト。着いたぞお前が眠る場所にな」
ロンベルトの瞳は大きく見開かれ、驚愕の色をその表情に宿す。
「クルト殿何を言っておられるのですか、ワシが何故この場所で……」
「ふふふ、自分に覚えがない……と、あくまでシラを切るのであれば教えてやるよ」
勿体つけるように笑う。その閉じられた瞳からは静かな殺気が流れ出し、ロンベルトを包み込む。
「そうか……知っておったのですな、なら結構じゃよ。ワシが此処でどのような研究をしていたかって? それは、クルト殿を灰燼に帰する事が出来る威力を秘めた因果創神器を見つけたのでな、それの使用方法を日々探っていたのじゃよ」
因果創神器、別名アスルートフェルン。常世の時代に神々が産んだ世界均衡を崩し得る力を有した数々の遺物。
といっても、それは一部の代物で、ほとんどが生活の補助や一部の道でしか使いようの無い物である。
もちろんアルベール達も最低1つは所持しているが、その強大な力故に普段使う機会は無い。
「へぇ~、じゃあ使ってみなよ。その因果創神器をね」
両の手を大きく広げ、無抵抗であることを示す。
「シラー、エリーザ、アズデイルは我の後ろに下がっていろ」
アルベールの一言に3人は頷き、言われたように下がる。その様子を確認し、アルベールは周囲に無数の銀粒子を発現させ、何かあったとき直ぐに防御がとれるよう準備だけはしておく。
「くくくく、遂にこの時が来た、ワシの念願が叶う時が。真に力あるものこそが世界を統べる時代が!!」
「次元召喚:ティマニエル(機械仕掛けの捕食者)」
空間が裂け、獲物を求め歯車を鳴らし、無数の足を交互に動かしながら巨大な百足のような機械人形が大口を開け姿を現す。
その巨大さは暗闇の天井にまで昇るかのような大きさだった。
「でけぇ……」
「うそでしょ」
「このような因果創神器が存在していたとは」
得体の知れない化物を前にしてもアルベールとクルトだけは平然としていた。
「どうかのぅ? これがワシの世界侵攻の要となる最終兵器じゃて、その威力試してみるか。ティマニエルよ目の前の小僧を焼き払え!!」
主の命を受け大口に特殊エネルギーが収束し炎とは違う高温の息吹きをクルト目掛けて放つ。
辺りの大地は轟音を立てながら薙ぎ払われ、クルトは赤黒い光に呑みこまれる。
アルベールは背後の仲間を庇う為に銀聖の魔方陣を展開し、爆ぜた残骸は銀色の魔方陣に触れ銀粒子となり崩れる。
「ロンベルトよ、この程度の力では世界を統べるどころか、クルトを殺すことなど出来んよ」
「アルベール殿、クルト殿はもう消し飛んだのじゃよ。どうじゃろうかワシの配下に加わるというのなら命ばかりは助けてやっても良いがのぅ」
そこにいつもの柔和な老体の面影はない。ただ破壊と欲に塗れた悪魔のような形相を浮かべる醜悪な男が高笑いをあげる。
「ロンベルト……それで、いつ俺を殺してくれるんだ?」
「馬鹿なッ!?」
土煙が晴れるとそこには先ほどと同じように両手を大きく広げたクルトの姿があった。赤黒い光は確かにクルトを飲み込み、彼の周囲は消し炭となっていたが、閉眼に微笑むクルトだけは外傷はおろか擦り傷1つない状態だった。
「お前も知ってるだろ? 俺の能力は思い描いた未来を呼び込む力だ。まさか、そんな能力ありえるはずがないと思っていたんじゃないか?」
「思い描いた未来を現実に変えるなんてありえるはずがないじゃろうが!!」
そこで初めて見た。
クルトが眼を開いている姿を。
金色の双眸は優しく歪み微笑んでいる。
「俺の描いた未来……それは、15秒後にその木偶は自壊し、45秒後にロンベルトお前は全身から地を吹き出し38秒間悶え苦しみ、10秒後には命乞いを繰り返し呟やき更に22秒後に絶命する」
秒単位で描かれた未来はたしてそのような事が起こり得るのか、エリーザたちはおろかアルベールさえも言葉を失い、事の顛末を見届けるために、瞬きする時間すら惜しみ見守る。
「15秒」
クルトが呟くとティマニエルと呼ばれた百足型の機械人形は歪な音を奏で崩れ落ちる。
「何だとっ!?」
機会人形に潰されぬよう転移の術式で移動し、ガラクタと成り果てた世界を統べる要に一瞥しクルトに向き直る。その表情は先ほどまでの悪魔のような表情ではなく喪失によって魂を抜かれた屍のように様変わりしていた。
「45秒」
ロンエルトは自身の身体の異変に眉をひそめ、全身を掻き毟る。
「アガッ……ウグォ、ガァァァァァァァァァァァァァッ!!」
毛穴の1つ1つから噴水のように紅い血が霧状に噴出する。
「ははは、滑稽だなロンベルト。俺を殺すと世界を滑ると豪語していた男がこんな醜態を晒すとはね。おっと更に38秒経過だ」
霧状の血を吹き出しながら地面を転がり悶え足搔く。
「10秒は早いね」
さらに死への予言を勧告する。
「いやじゃ……死にたくない助けて助けて、まだやり残した研究が……ユルジデ……ぐレェ」
「もう聞き飽きた22秒」
ようやく動かなくなった魔王の姿に微笑みを浮かべた金の双眸を持つ魔王は断罪の未来を遂行した。
「うっ……おえぇ、がはっ」
その余りにも無残で残酷な絵図にエリーザは気分を害し胃の内容物を全てその場で吐き出す。
「おいっ、しっかりしろ」
背をさするシラーを他所にアズデイルとアルベールはクルトという化け物と対峙していた。
「まさか、本当に未来を呼び込む力だったとは正直驚きましたよ。第2魔王クルト・ティアーズ殿」
エリーザに執着していた先ほどの姿ではなく、貴族然とした魔王としての表情を貼り付け、冷や汗を1つ垂らしながらようやく言葉を吐く。
「まぁ、絶対の預言者の通り名通りだろう? まぁ通り名とはいっても自分で名乗ってるだけなんだけどね」
今仲間の生命を絶った男はクリーム色の長髪を弄びながら、屍には目もくれず出口の方へ向かう。
「さぁ、帰ろうか」
「待て、クルト。いくら反逆したとはいえ仲間だろう、墓くらいは……」
「墓? あぁ、ちゃんと処理してなかったな」
そう言うと、クルトは悪戯を画策する子供のような表情をして、指を鳴らす。
地に伏せるロンベルトの遺体は突如発火し骨すら残さず完全に燃やし尽くす。
「俺はロンベルトなんて過去は忘れたよ。さて今度こそ帰るよ」
シラーに肩を貸してもらいようやく立ち上がるエリーザを反対側からアズデイルが支え、帰路につく。
ロンベルトさん……早くも退場です。
下書きでは本来はもう少し生きていたのですが、都合により退場です。
だいぶ下書きというレールから外れて書き直しつつ投稿していますが、きっと大丈夫です。必ず路線は戻せます(多分……)(ーー;)
次回は中央教会次期聖女クリスティアをメインに書きますので、そちらもよろしくお願いします。