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守るべき存在、失われる世界  作者: 上月 佑幸
銀聖の魔王編
34/90

戦場の閉幕、ネクロの記憶

 雅の術式により周囲一帯は神を焼き尽くす無情な陽光に包まれた。

 もちろん、その光の中心には現在、雅とナコトの存在がある。

 先程、雅が放った一撃をものともしなかったナコトに雅は近距離で最大限の魔力をこめた濃度の高い一撃。

 下手をすれば自身すら焼き尽くす決死の覚悟での一撃。全ては、ヴァナトリアの大陸支配の次に待ち受ける真日帝国侵攻の阻止の為。

 周囲では蒼い甲冑を纏った真日の兵が、声高に主人を呼びかけていた。

 その様子を少し離れていた場所で馬上より眺めるアムナリア王は彼女。雅の母国を守らんとする意思の強さを改めて実感させられていた。

「雅殿……」

 海を渡った先にある島国を治める女皇帝の覚悟を無駄にせぬよう、いち速く部隊に激を飛ばし、敵陣に進撃する。

 呆然と眩い光を眺めていた敵兵は不意を突かれ気づいた頃にはアムナリア王率いる騎兵が戦場を蹂躙する。

 騎兵の訓練された無駄のない動きは人馬一体の猛者。

 敵は只々、自然災害のような騎兵の刺突槍に穿たれ、絶命し一帯を赤く染め上げ、アムナリア王の合図を受け旋回し、殺しきれなかった敵の殲滅に掛かる。

 もはや敵に戦意なんてものは微塵も存在しなかった。蜘蛛の子を散らしたように我が命惜しさに味方を突き飛ばし逃げる者。武器を捨て投降の意志を見せる者。

 その全てを一切の容赦無く刺突槍に穿たれ、馬足に装着された蹄鉄にその身を踏み砕かれていく。

 かつて戦鬼とまで呼ばれた戦王アムナリア・フィールはそうやって、敵の策や兵力の差を打ち崩してきたのだ。

「全軍停滞ッ!」

 足並みを揃え駆けた英雄と騎士達は歩を止める。

「あらかた片付いたか」

 未だに遠くの方で眩い光を放ち続ける神殺しの太陽を見つめ、無事であることを祈っていた。

 

 光の中は白く何も無い。ただ我が身を焼かれる感覚に苦痛が全身を走り抜ける。

 どれくらいの時間が経っただろうか、延々と続く肌を焼き滅する痛みに時間の感覚を失っていた。

 先程までナコトを掴んでいた手も今は感覚が殆ど無く、今手のひらを開いているのか閉じているのかも分からなかった。

 だが、1つだけわかるのは今現在、近くにナコトの気配が無いということだ。

「死んだ……の?」

 今発した言葉は自身の声なのか、それとも脳内で勝手に呟いてしまったのか。何もかも全てが分からなかった。

 術式を止めようとしても、自身の意思を持ってしても干渉できずにいた。

 いつこの苦痛が終わるともしれない状況でさえ脳裏に思い浮かぶは故郷の事や部下の事。そして大陸で出来た唯一の友人であるクリスティアの笑顔。

「ッ!?」

 走馬灯のように走る過去の残照にノイズが生まれ、それはやがて大きく、耳を塞ぎたくなるような音となり雅を蝕んでいく。

 そして、見るもの全てがノイズに置き換わり、身体に走る痛覚すら無くなり身体に自由が訪れる。

「キミはこのようなところで終わらない、終わってはいけないんだよ」

 男性の声。

 何処かで聞いたことのある。でも思い出せない。

 その懐かしい声は雅に終わることを認めず、立ち上がれと命じる。

「うぐッ……」

 瞳に走る刹那の痛み。

 他人とは違う自身の呪い。

 蒼眼。

 術式展開時に本来の瞳の色を失い、蒼く塗り替えられ淡く光る不可思議な現象。

 これを雅の国の民は神の生まれ変わりなどと呼び慕い敬う。逆に知識者は影で不気味だ災厄の前兆だと蔑む。

「私は……」

 男の姿を視認することはできず、まるで影のように黒く塗られ、その表情を伺うことはできない。

「お前は私の加護を受けたのだ。このような場所での敗北は認められないな」

 黒い腕はゆっくりと伸ばされ、ある一箇所を指差し、雅は釣られてその方角に顔を向けるとノイズの世界に差し込む白く優しい光。

「行きたまえ、そしてキミの守りたいものを守ればいい。私は"アレ"に見つからぬよう静かにキミを見守っていよう」

 雅の足はその光一点を目指し駆け出していた。

 早く戻らなければという想いを胸に、再び戦場に舞い戻る。

 神殺しの光は内より爆ぜ、雅とナコトの姿が現れる。

「無事……だったんだ」

 ナコトは無感動に呟く。

「私には守らなければならぬ者達がいます。故にこの場で倒されるわけにはいきません」

 ボロボロになり素肌を多く露出させる紅白衣装に徒手空拳で構える。

 術式が通用しない相手にこれ以上魔力という無駄な消費で疲労するわけにはいかない。であれば、体術をもって敵を制する。

 ナコトはあいも変わらずに何の構えを取ることもなく、ただ小首を傾げていた。

「お父様……?」

「なに?」

 雅を前にナコトは別の方角に顔を向ける。

「私の負け……」

「え?」

「お父様が負けたから、もう私に戦う理由はない。だから私の負け」

 それだけ言い、ナコトは地に両膝を突く。

 彼女なりの無抵抗である意思表示と捉えた雅は、声高らかに叫ぶ。

「ヴァナトリア連合に告ぐ。ヴァナトリア軍総指揮者であるナコトヴァナトリア殿は我らフィール連合に敗北を認め自身の投降を申し出ました。両軍は武器の一切を捨て戦争の終りをこの時点を持って宣言しますッ!」

 雅の傍らに立つ皇帝の娘の姿を目にした兵達は武器をその場に放り、無抵抗である意思を示す。

「ナコト殿、1つだけお聞かせ願いたい。先程お父様が負けたと言っておりましたが、どうしてそう思ったのです?」

「お父様の力の波動が消滅して穏やかなモノになったから……」

 力の波動というものを今この戦場で感じなかった雅には分からないが、きっとこの少女にのみ察知できるものなのだろうと自身を納得させ、

急ぎ負傷者の介抱を近くにいた味方陣営の者に指示を出す。

「私もやる」

「え?」

「私も負傷者の手当する」

「……」

 正直なところ雅は肯定の意を喜んで示せなかった。

 これは罠ではないのかと勘ぐってしまう。彼女を人の多く、しかも医療部隊が集まる場所に連れて行った瞬間になんて事が脳裏をよぎってしまう。

 だが、彼女は術式に至っては雅を軽く凌駕している。もしナコトが本当に医療を手伝ってくれるなら負傷者の苦しみを少しでも早く柔らげ楽にさせる事ができる。

「疑ってる?」

「えっ……いや、その私は」

「疑って当然。私は敵で勝負も意味のわからない理由で負けを認めた。私だったらそんな人を信用できない。でも、目の前で……苦しんでる人を見るのはもう嫌」

 その時初めて少女の瞳に感情というものを読み取ることができた。

 悲しみという感情を。

「そうね、私も普通なら信用できません。でも、今の貴女なら信用していいと思いましたので、どうかお願いします。貴女のお力を私たちにお貸しください」

 皇帝が王女に頭を下げる。

 それにナコトも小さく頷き、早速医部隊の陣営にナコトを連れて行くと、陣内には味方だけではなく負傷した敵兵の姿もあった。

 王女と皇帝も医術に加わる。


 双方の戦いに膜を降ろし、自我を取り戻したネクロは混濁する意識の中でかつての過去を思い返していた。

 自分がかつて未だ人間という枠組みに収まり今とは違って小国だった頃のことだ。

 力を得るきっかけなんてものは突然にしてやってきた。

 あの時は、近隣諸国からの武力に怯えながらも懸命に国を発展させようと外交に力を注いでいたときだった。

「うむむ、困った。実に困った」

 執務室で1人頭を抱えるネクロの姿。

 机に並べられる複数の紙こそがネクロを苦悩させる原因を作っていた。

 その内容とは近隣諸国から資材の要求。

 この国ヴァナトリアは小国ながらも背後には山を有していて、量質な木や時折鉱石などを回収しそれを活かし民の生活の足しになればと大国や商業国に売り込んでいた。

 その噂を聞きつけたヴァナトリア国を取り囲む国々が武力をカサにそれらの資源を要求してきていたのだ。

「返答の期日は明日までか……」

 もう少し猶予があれば、良好な関係を築いている中央教会の聖王に相談できたのだがと深い溜息を溢す。

 民のためにここは素直に渡してしまいたかったが、無条件に渡してしまえば相手に付け込まれるだけで、この先もきっと資材を要求されつづけるだろう。

 そんなことになってしまえば、民と国の繁栄は遠ざかっていってしまう。それだけはなんとしても回避したかった。

 根を詰めすぎても良案など浮かぶはずもないという事で、一度寝室へ向かいまだ幼い娘の寝顔を拝みに部屋を後にする。

 敵の侵略に備えて造られたこの迷宮のようにな複雑な城内をネクロは揺るぎない歩みで進んで行く。

「ふふふ、俺の自慢の娘の寝顔こそが世界一の輝きだな」

 民や使用人からは親バカ扱いされることもあるが、むしろそのことに誇りを持っていた。

 愛する娘に一心の愛情を注ぎ育て、優しく人強い娘になってくれればと切に願っていた。

 寝室に足を踏み入れ、月明かりが部屋を薄く照らしベッドの上では猫のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえ小さな寝息を立てる愛娘の姿がそこにあった。

「うむうむ、実に可愛いな」

 癖の強い前髪を優しく撫で、親としての優しい微笑みを向ける。

「俺にもっと力があれば民を守り、国を発展させることができるんだが」

 ネクロは術式もろくに使えず、たよりなのは護身術程度の武芸のみ。

 そんな自身に苦笑いを浮かべ、そろそろ職務に励まねばと寝室を後にする。

 そして、執務室に戻ると机の上に見慣れない一冊の本が置いてあり、誰かが届けに来たのだろうかと手にとってみる。

 表紙は重厚な造りで、年代を感じさせるような古めかしさを纏っていた。

「こんな本見たこと無いな」

 そして、気になる内容にオページを開く。

「グゥッ……!?」

 頭が割れるような痛みに襲われ、本を投げ出しその場にうずくまる。

 痛みは次第に強くなり、耳鳴りに似た雑音が脳内で反響する。

「なんだ……これは」

 雑音はやがて人の、少女の声に変わり、痛みも和らいでいく。

「貴方は力を求めた先に何を目指しますか?」

 無機質な声にネクロは無意識に答える。

「俺は……強大な力を求め、世界に覇を吐くゥ!」

 彼が普段思っていることと真逆の回答に自分自身で驚きを隠せない。

「それが貴方の真我なのですね……では、成してみなさい貴方の願いを」

 まるで電撃が走ったかのように身体を逆に反り、獣のような雄叫びをあげる。

 その尋常ならざる声に警備の者や使用人が急ぎ駆けつける。

「陛下、大丈夫ですか!? お気を確かにッ」

「誰か医者だ医者を呼べ!」

 そんな様子でネクロは医務室に運ばれ、緊急の手術を受け、次に眼が覚めたのは朝日が顔を覗かせ始めた刻限だった。

 だが、彼の意識は遠く身体の自由が利かない。ことに心の奥底で疑問に思いつつも、必死に動かそうとするが、おもうように動かず、それどころか

身体が勝手に動き始める。

「ククク……俺がこの国を変えてやるよォ」

 おぞましいほどに冷たい悪魔のような声は確かに自分から発せられていた。

 そこで善良なるネクロの意識は霞みに溶け落ちていった。

後半がネクロの過去になってしまいました(^_^;)

次回は前半をネクロの過去とこうはんで 次こそはアルベール達の続きを書いていきます。

投稿は4月の11日くらいになりますのでよろしくお願いします。

夕日色に染まる世界に抱かれての最新話を明日投稿しますので、もしよければそちらもどうかお願いします。

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