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守るべき存在、失われる世界  作者: 上月 佑幸
銀聖の魔王編
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聖教の王託す願い

 中央教会に滞在し一夜が明けた。


 日が登り、街を少しずつ照らしていく。時間にもなると外には早起きをした人たちが散歩をしていたり、花壇の手入れを始める姿が見受けられる。そんな姿を窓から眺めつつ、早くロベリア王国に向かわねばならないのだが良き案が浮かばず、アルベールの表情は曇っていた。


「早くせねばならぬのだが……」


 胸中を焦りの色が渦巻き、悪循環し余計に案は浮かばない。期日はいつまでなのか、一ヶ月、一週間、それとも今日なのか。

 詳しい事を聞きそびれてしまった己の失態に苛立ちが込み上げる。


 このまま部屋に閉じこもっていても打開策は生まれないだろうと、アルベールも散歩をする為に身支度を整える。


 外を歩いていると、すれ違いざまに挨拶が投げかけられアルベールも微笑み挨拶を返す。時折若い女性に微笑むと頬を赤らめられたりはしたが、この国の人々はよく笑い、他人同士でも気さくに打ち解けることができ、それだけでもこの国が民を大切にしている事が伺えた。


 この笑顔を守らねばとアルベールは自身によく言い聞かせ、歩を進める。


「アルベール君というのは……君のことかな?」


 不意に自分の名を呼ばれ振り返ると、頭からローブを深く被り表情を伺うことは出来ないが、声質からして中年の男性だろうと憶測しつつその男に向き直る。


「確かに我がアルベールではあるが、我は貴公のような知り合いはおらぬのだが何者だ?」


 警戒しつつ男を見据えると、男は怪しいものではないというように量の手を上げる。


「まぁまぁ、そう睨まないでくれ。別に俺は君に何かしようというわけではないんだ。ただ、話しがしてみたくてね」


 そういい男は懐から一枚の封筒を取り出し、それをアルベールに手渡す。その封筒には特に細工も無く普通の封筒であった。意味が分からず首を傾げる。


「ソイツをヴァレンリーア城の門番にでも渡してくれればいい」


 言うだけ言うと男は路地の奥へ走り去った。

 もう一度視線を封筒に向けるがやはり普通の封筒で、何が何なのか理解できずにソレを仕舞い、取り敢えずは後ほど男に言われたように城に向かう事にした。


 完全に日は真上に登り、時刻は昼を示していた。

 中央教会という広大な国を全て見て回るには何日費やすのだろうかと、喫茶店で休憩しつつ大空を仰ぎ見る。


 運ばれてきたパフェを一口運がやはり味はなく、虚しさだけが心を巡る。


「そういえば、あの男一体何者なのだ……」


 ポケットから渡された封筒を取り出しては、日差しに掲げ透かし視ようと試みるが一枚の少々分厚い紙が見えるだけでほかには何も怪しい箇所はなかった。


「これを門番に渡すのだったな」


 休憩は十分に取れたので、言われたように教会のような城に向かうことにする。喫茶店を出て遠くにそびえ立つ十字架を頂点に掲げた純白の城が見え視界に収めつつ歩んでいくが、意外と距離があり、正門までくるのに多少の時間を有してしまった。


 やはり、城門も白く金の刺繍で国旗をが描かれていて、そこには数名の騎士……中央教会では教会純聖騎士と言うらしい者たちが警備している。


「おや、そこの方観光ですか? 申し訳ありませんがこれより先は立入禁止となっておりますので……」


 他国の衛兵とは違い物腰柔らかく、丁寧に話しかけてくる教会純聖騎士の男に先ほど手渡された封筒を渡し、中身を確認した教会純聖騎士は顔色を変え深く頭を下げる。


「大変失礼いたしました。、申し訳ありません直ぐにご案内いたします」


 一体その封筒の中身に何が書かれていたのだろうかと思っていると、門が開き先ほどの騎士が此方ですと恭しく案内する。

 中庭は手入れの行き届いた花や木が左右等間隔に並び城に続く中央の道を歩む。


「ふむ、これだけの草木を手入れするのは大変ではないか?」

「はい確かにこれだけのモノを手入れするとなると大変でしょう。ですが、専属の庭師が数百人単位で雇用されていますので多分問題は無いかと思います」


 専属庭師だけで数百人と雇用しているこの国の財政は大丈夫なのだろうかと不安を覚えたが、今までちゃんと国として機能しているのであるから特には問題はないのだろうと感心していた。

 庭には数人一組で巡回する教会純聖騎士は一糸乱れぬ動きを見せる。これほど訓練された強者ぞろいの国を落とすのは非常に困難極まりない。これが、五大強国に名を連ねる中央教会の強みの一つといっていいだろう。


 城の内部も白で染め上げられ通路には紅い絨毯が敷かれ、まさしく宗教国家に相応しい造りになっていた。正面の大きな階段を登り扉を抜け長い通路の先に見える強固な作りの扉の前で待つよう言われ、先ほど手渡した封筒を手に聖騎士の男は扉の奥に消える。2~3分くらいして聖騎士は姿を現す。


「どうぞ、お入りください」


 そう言い扉を開閉し中へ通される。


 室内は玉座の間で、広大な室内に左右整列した教会純聖騎士達。その中央にはやはり紅い絨毯が敷かれ、階段手前にて膝を着く。何故自身がこのような場所でこのような体勢をとっているのか分からない。だが、逆に考えればこれはチャンスであった。


「やっとお会い出来たなアルベール殿、そんな畏まらなくてもいい普通にしてくれ」


 頭上から投げかけられる聞き覚えのある声に見上げると、人の良さそうな……だが、威厳を持ち王としての風格を持ち合わせた男が王座に座って笑みを見せる。中央教会聖王ヘブリドとその右隣には艶やかな良く手入れをされているのが分かる金の長髪を持つ美しい女性が佇み、王とは方向性の違う笑みを浮かべている。この女性こそが中央教会聖女マリーナなのだろう。


「ささ、こんな堅苦しい場所ではなく、私の部屋で話しをしようではないか」


 今度は聖王と聖女に同伴され玉座の間を後にし、通路脇にある厳重な扉の鍵を開け螺旋の階段を登っていき今までとは違う造りの廊下に出た。


 その廊下は長いのだが、部屋は二つしかなく。その片方の部屋に案内される。


「まぁ、そこの椅子にでも座ってくれ第3魔王アルベール殿」

「ッ!?」


 反射的に身構えてしまい、その様子が可笑しかったのjか2人は愉快そうに笑う。


「いやいやいやいや、言っただろう。別に君に何かしようとは思わないって。というより、君と殺りあった所で私たちに勝ち目はないのは百も承知だよ。そんな無意味な事をして民が喜ぶとは思えない」


 聖王ヘブリドは先程までの王者としての風格は何処へ行ったのか、ソファーにだらしなく座る。


「あら、ヘブリド。お客様を前に少々だらしがないわよ」

「別にいいじゃないか、誰も見ていないんだし。俺も常に肩肘張ってるのも疲れるんだ」


 マリーナに注意されるが駄々をこねる子供のような態度の聖王ヘブリドの姿に噂に利く姿とかけ離れていたので少々驚きに瞬きをしてしまう。


「ふふふ、仕方ないわね。魔王様は紅茶でよろしいですか?」

「あぁ、紅茶で構わない」


 マリーナはアルベールの返事を聞くとキッチンに向かい棚から茶葉とカップを4つ取り出す。

 視線をヘブリドに向けるともはや聖王というよりは何処にでもいそうな普通の親父だった。


「まぁ、昨日な娘とグレイ達に君の事を聞いてね。是非とも話してみたくなったのだ。宿はステラから聞いていたから張り込んでいて、宿から出てきた男が聞いていた特徴と一致する美青年が現れたんで先回りして、声をかけさせてもらったってわけだ」

「なるほど……では、何故我が魔王だと? 人間の間では名は異名でしか知れ渡っていないはずだが」


 1つ残る疑問。それの問もヘブリドは勿体付けるような表情をしつつ、背後のキッチンで準備に取り掛かっている聖女マリーナに後ろ指を差す。

 それだけで合点がいった。他者の内面や本来自身では気づかない本性を見抜く力を持つ聖女。


「やはり、その力は魔眼……なのか?」


 ヘブリドは肯定する。


 魔眼とは永遠の神秘とも言われ重宝される珍しい体質の事で、戦闘、諜報、または別の使用目的と種類も豊富にあるのだが、弱者が持てばその貴重さから略奪され高額で売買される。故に皆魔眼持ちという事を隠して生活している者がほとんどである。


「さぁ、紅茶ができましたよ」


 テーブルに置かれた4つのカップに疑問が浮かぶ。


「1つ多いのでは?」

「これはクリスティアちゃんの分ですから。多分そろそろ来る頃だと」


 丁度部屋をノックしクリスティアが姿を現す。


「あっ、アルベール君……さん、お早うございます、昨日はゆっくり眠れましたか?」

「うむ、周囲は静かだったのでなよく眠れたよ」


 そう返すとクリスティアは良かったと笑顔を向け空いた席に腰を下ろす。


「アルベールさんは魔王様だったのですね」


 多分マリーナから聞いたのだろう。真実を知ってしまったのならこれ以上騙す必要は無いとアルベールは安堵する。


「身分を偽っていた事謝らせてもらう。すまなかった」


 椅子に座ったまま頭を下げる。


「いえっ! そんな頭を下げないでください。普通だったらこの国で魔王なんて名乗れるはずないですもんね。それに第3魔王……銀聖の影法師は人間に友好的な方だと聞いております。それがアルベールさんだったなんて正直驚きました」

「そうか、それよりクリスティアよ何故に我をさん付けなのだ?」

「えっ……だって、魔王様ですし君だと威厳とかそういうのが無くなっちゃうかな……と」


 慌てて弁論するクリスティアにアルベールの口元が綻ぶ。


「ふむ、そのような事気にする必用はない。出来れば君付けで読んでくれると嬉しいのだがな」

「はい!」


 その2人のやり取りをみていたマリーナが口を挟む。


「アルベール殿は魔術国家ロベリア王国の魔族刈りを止めたいのですね?」


 その話題こそアルベールが話したかった事で、この2人に話せば何か対策が見つかるかもしれないと踏んでいたのだ。


「そう、我はその為に東大陸に来たのだが……悔しくも良き案が浮かばずにいるのだ」 


 拳を力強く握りしめる。今も何処かで安寧の日々を送る魔族が殺されていると思うと辛く苦しかった。


「なら、条件次第で俺がロベリアに釘を刺しておいても構わない」


 ヘブリドの発言にアルベールは食らいつく。


「それはッ! どのような条件だ」


 身を乗り出すアルベールを手で静止し満面の笑みを浮かべ答える。


「ふふふ、我が娘クリスティアとこの先も仲良くしてやってくれればいい」

「お父様?」


 驚きの表情を見せるクリスティアにヘブリドは真剣な面持ちでクリスティアを見やる。


「彼はお前が初めて自分から仲良くなった友なんだろう? 四十字騎士団以外でちゃんと友達と呼べる者はいたか? いなかったよな、だからだよ。俺はお前にちゃんと友達を作って普通の女の子として生きて欲しいんだ」

「お父様……」

「ふふ、やっと子離れできるようになったのね。今まではお風呂に一緒に入ろうとしていたり、一緒に布団に入ろうとしていたりでその暴挙を止めるのに苦労したんですよ」

「何を言うかッ!? アレは親子のスキンシップなのだッ!! それをお前は教会純聖騎士を数人使って俺を押さえ込みやがって……」


 親としての失態を身内以外に見られた事はどうでもいいらしく、ヘブリドにとって親子のスキンシップを阻害されたほうが苦痛を受けているらしかった。


「どうだね、アルベール殿。悪い話しではないと思うのだが」

「もちろん、我もクリスティアとは長く友でありたいと思っている。これからもよろしく頼む」


 差し出された手にクリスティアも緊張の表情ではあるが手を握り返す。

 

 この瞬間に彼女と世界の運命は確約されたのだ。


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