今一度目覚める聖教の国、強国に加担せし魔王
開戦三日前に予期せぬ事態が起きてしまった。同盟国であるエストル王国とモルコス王国という小国が昨夜未明何者かの手により崩落したとの報せだった。
エストル王国は全てが融解したような惨状で、人と人がくっついたような死体も複数見受けられた。それに比べモルコス王国は建物や人間全てが消滅していて外壁を抜けるとそこは更地のようであった。
まるで、そこにあった物を何処かに転移させたような……との報告である。
それにアルベールやエリーザ達は何かを話し合っていたが兵の士気を上げるのに忙しいクリスティアはその件に関わる暇は無かった。
その日の夜にはフィール首都に各国が出せる兵を集結させ各々準備に掛からせていた。
フィール側に新たにいくつかの国と同盟を結び膨大な戦力が眼前に広がっていた。フィール連合十万八千、真日帝国九万、クロノーウェル教団より信徒九万、ロベリア王国十二万の計四八万が今の総軍である。
開戦二日前に思いもよらぬ客人がフィールに訪れていた。
「貴方は……」
クリスティアは息を飲み込みそこに立つ男をただ見ていることしかできないでいた。
バルデン司祭の衣服はボロボロで怪我が多く見受けられた。
「ふふ、久しぶりですねクリスティア様。まさかこのような場所でお会い出来るとは思いもしなかったでしょう?」
「貴方が何故ここにいるのですか?」
「そうですね、国を貴女にお返ししようと思いましてね。私は所詮国を統べる器ではなかったのですよ……」
深い溜息と何かを諦めてしまったかのような言葉。その無責任さにクリスティアは口調を荒げる。
「器ではなかった……ですって。バルデン司祭貴方は異教により国が滅ぶのを恐れ、強攻手段を持ってお父様とお母様を討ち、国を手中に収めたのですよ!! それを器ではなかったという理由で、放棄することが許されるとでも思っているのですかッ!?」
バルデンに掴みかかりそのまま壁に押し付ける。
周囲でその様子を見ていた者達は言葉を失い、呆然とその様子を見ていることしかできない。
「今……ようやく、聖王が大いなる方だと実感しました。貴女が国を出てすぐに傭兵が手のひらを返し、私を玉座から引きずり下ろし、残った民相手に好き放題しています。己の起こした事に虚しさを抱いてしまい、それで私はこれからどうすればいいのか分からなくなり……」
涙ぐみながらも言葉を発するが、クリスティアと視線を交えようとはせず、己の後悔を呪詛のように繰り返し呟く。
自身の生まれ育ち、民の多くの笑顔を見た国は現在ならず者達により占拠され、居残った民を食い物にしているという。
この事実を聞き、元次期聖女だった身としては何もしないわけにはいかなかった。
「バルデン司祭、貴方のした事を私は一生許す気はありません。ですが、国を取り返す事が出来たら、私の部下として国のため民のため働いてくれますか?」
未だ己の内部に渦巻く怒りを押さえ込み、バルデンの瞳を真っ直ぐ見据える。
「は……はい」
涙を流し、膝をつき深く頭を下げる。
残り少ない時間で一刻も早く国を取り戻さなくてはならない。
こんな大事な時に席を開けるのは心苦しいが、アムナリア王に向き合う。
「アムナリア王。私は国と民を救い出しに戻りたいのですが、どうかお許し願えないでしょうか」
「……」
目を伏せ沈黙するアムナリアに場は静まり返る。
「行くのは構わないが、兵はどうするのだ? すまないが、そちらに回せるほど余裕はない」
ようやく重い口を開く。
「兵など必要ないであろう。我ら魔王が彼女に力を貸すのだからな」
先程まで何かを話し合っていたアルベールが1歩前へ出る。
「アルベール君」
「相手はならず者だ。殺さずに無力化する事など容易い事だ」
銀の魔王はクリスティアに微笑む。
それを聞き、アムナリアも渋々承諾する。
残された時間も多くは無いので、準備が出来次第に出立することとなり、必要最低限の物資をカバンに詰め、馬を使いフィール首都を後にする。
休む時間すら惜しんで馬を駆り、日が暮れた頃に中央教会にたどり着く。
正門は崩れ、今でも焦げ臭さが鼻に突く。
「だいぶ変わり果てたのだな」
「うん……お父様やお母様、民や騎士という多くの生命を失いました。だから、彼等の無念を晴らすためにも私が王となって皆を導
びかなければなりません」
力強い言葉にアルベールは頷き、明かりのない城下を魔王達と共に歩む。
「おやおや、人一人見当たりませんね」
「なんか寂しいね」
アズデイルとエリーザも周囲に視線を巡らせ、感想を漏らす。
唯一月明かりが城下を照らし、不気味な静寂が場に広がる。
「敵の総大将はあの豪勢な城の中ってんなら、早いとこ片付けてやろうぜ」
シラーの瞳には好戦的な色が浮かび、遠くにそびえ立つ教会のような城を見据える。
「えっと、エリーザさん、アズデイルさん、シラーさんも手伝っていただきありがとうございます」
アルベールとの賭けに負けて仕方なく、付いてきた三人に礼を述べる。
「いいよ気にしないで、なんか面白そうだったしね」
「エリーザが行く場所こそが私の居るべき場所です。だから気にしないでください」
「賭けに負けたんだ。仕方ないだろ」
早いところ決着を付け、国を取り戻さなければならない。
今にも苦しむ民を思うと胸が苦しくなり、より一層焦りが生まれる。
「クリスティア、焦る気持ちは分かるが急いてはうまくいく事も上手くいかなくなる。安心するがいい、我らが必ず国を取り戻す」
クリスティアの心境を察し、優しく言葉を掛ける。そんな彼の優しさに少しだけ心を落ち着かせることができた。
見張りの者に出会う事無く、なんとか城までたどり着くことができた。
城にも明かりは灯されていない事に不審に思う一同。まさか、こんな早い時間に寝静まることはないだろうと気配を出来るだけ消し、アルベールが城壁を銀の粒子に変換し、人が通れるくらいの穴が出来あがる。
「アルベール君の力って凄いんだね」
「そうか? 我からすれば普通の事をした程度の認識なんだが」
「あはは、普通なんだ……」
苦笑いを浮かべ、暗い回廊を進んでいくと、大きな扉が姿を現す。
「クリスティアちゃん、この部屋は何?」
エリーザがその大きな扉に近づき、クリスティアに尋ねる。
「えっと、確かここは大広間です。此処で皆踊ったりパーティーをしたりしてました」
「ふむ、そうか。では中にいる相方と踊るのも良いかもしれぬな」
そういいエリーザの脇をすり抜け、扉を押し開く。月明かりがステンドグラスを透過し地面に色鮮やかな絵を浮かび上がらせる。
神々と天使が大空に登っていく絵なのだが、それは赤く濡れ、血生臭さが室内を満たしていた。
「何だよ生きてやがったのかよ格下共が」
引き裂かれ山積みにされた人の死骸に腰を下ろし不愉快そうに表情を歪める灰色の髪をした男がいた。
「なに……これ」
目の前に広がる惨状に言葉が喉を上手く通らず、血の匂いに咽せ気持ち悪さに吐き気を覚える。
「久しいなシオン・トレヴァリオン。何故貴公がこのような場所にいるのだ?」
アルベールがシオンに問を投げ、シオンはめんどくさそうに足元に転がる人間の頭部を踏み砕いた勢いで立ち上がり、鋭い殺意に満ち好戦の色を宿した瞳と翡翠色の双眸と交差する。
「俺がここにいる理由だって? そんなの決まってんだろ、人間を殺しに来たからだ。それも神なんて馬鹿げた空想の存在に縋る下等人種だ、死の寸前まで神に祈るかと思ってたんだがな……」
その死骸は全てバルデンに雇われた傭兵の者で、敬虔な神を信じる民は見当たらなかった。
「その者達はこの国の民ではありません」
「……」
シオンはクリスティアの存在に初めて気付き、人間だと分かると鋭い瞳は射抜かんばかりに睨みつけるが、アルベールが震えるクリスティアを背に庇い対峙しあう。
「シオン、用が済んだのであれば帰るが良い」
「用はまだ済んじゃいねぇんだよ。まだ、いるじゃねぇか、そこに人間がよッ!!」
地を蹴り姿勢を低くしたまま大広間を駆ける。
「無限に続く回廊を歩み、衰弱の末に息絶えろッ! 道を誤りし愚者には光の届かぬ冷酷の回廊を、我は回廊の番人にして王である━━━━ルーフ エルデン(永遠の楽園)」」」
空間に無数の歪が生まれ、異空間が開かれる。
シオンはその一つに飛び込む。
「……」
シラー、アズデイル、エリーザは周囲を見渡し、何処から強襲を仕掛けてくるか分からない相手を注意深く探る。
対するアルベールは静かに立ち尽くしたまま、クリスティアの腕を握る。
「そこか」
背後に感じた魔力のブレを感じ取り、握った少女の細い腕を引き、体勢を崩しつつも前のめりになる身体をアルベールが抱きとめる。
丁度背後に異空間が開き、シオンの腕が宙を薙ぎ、空振るとまた異空間を閉じて再度隙を伺う。
「アルベール君……」
怯える少女の頭部を優しく撫で、左肩に着装する黒いマントで少女の身体を包み込む。
「案ずるな」
二人でいい感じの空間を作っているところにエリーザから叱咤される。
「ちょっと、今そんな事してる場合じゃないでしょ!!」
「ふむ、そうだったな」
シオンとは別の気配を感じ、少女を抱いたまま振り返る。
そこにはいつからいたのか、瞳を閉じニコニコと笑みを浮かべる男が立ち、此方を見ていた。
「クルト・ティアーズ……」
「やあ。久しいなアルベール、エリーザ、シラー、アズデイル。シオンもういい帰るぞ」
クルトの言葉が聞こえていないのか無視しているのか反応を見せず、魔力のブレを生じさたと同時にクリスティアの右側から腕を突き出す。
その突き出された腕は人間が喰らえば肉や骨を抉りとる威力を有しているので、アルベールはダンスを踊るかのように軽くステップを踏み、攻撃を躱すが、意外な人物がその突き出された腕を握っていた。
「何しやがるクルトッ!!」
敵意を剥き出し、見開かれた眼はクルトに向けられる。
「俺は帰るぞと言ったんだ。俺の言うことを聞けない悪い子には仕置が必要だな」
そのまま異空間から引きずり出し、地面に叩きつける。
「ガハッ」
背を強打し、吸い込んだ酸素を一気に吐き出され、息苦しそうに立ち上がる。
「そうそう、アルベール。今大陸では面白そうな戦争が起こるらしいじゃないか。俺達はヴァナトリア側に付いて参戦するんだけど、お前達も参加するのか?」
ヴァナトリア側には強大な魔王が付いたという事実に、シラー達は息を飲む。
「どうして……だって、クルト達は人間が嫌いなのに人間の戦争に干渉するの?」
「うん? そうだな。まぁ、単なる気まぐれってのとヴァナトリアにちょっとだけ興味が沸いたからかな」
「俺は人間共の戦争に興味は無ぇが、あの女を殺す機会を伺うためだ」
シオンのいう女というのはかつて、ヴァナトリアの皇帝ネクロの娘ナコトのことだろう。
以前敗北したことを今でも根に持ち、殺るその瞬間を見定めているのだろう。そしてついにきた機会に協力という名目で近づき、隙をついて討つ。
強襲を得意とするシオンに一瞬の隙をみせるというのは死を意味する。
「ふふふ、そうですよね。シオン貴方は以前ヴァナトリアの幼い少女に敗北して意識不明になりましたもんね。その時の貴方を誰が運んだと思っているんですか。そういえば、まだその時の礼を言ってもらってませんが?」
「アズデイル、テメェその口を塞ぎやがれ。次余計なことを言ってみろ、その首を落としてやるからな」
シオンは最後にアルベール達に一瞥をくれ展開した異空間に姿を消す。
「まぁ、お前達も参加するなら、俺たちとぶつかることは確約されるな。逃げるなら今のうちだぞ」
クルトの足元に魔法陣が描かれまばゆい発光と共に姿を消し、残されたクリスティア達も言葉を発する事無く、静かな時間が過ぎていく。
「これで一応国は取り戻せたな」
「うん、でも……」
クリスティアは何か言いたげであったが、シラー達もその事を考えているのだろう。
「これはクリスティアが悩むことではない。これは我らの問題だ」
夜が明け、朝日が中央教会を照らしだす。
民は家の中で怯えていたのだが、クリスティアの存在を見ると表情を明るくし、皆家を飛び出しクリスティア達を歓迎する。
既に傭兵はこの国にいないことを知ると、国の復興に取り掛かる。
大きな戦争に巻き込まれ今度こそ、本当に国が崩壊するかもしれないという現状ですら民はパンを齧り、残骸の処理をしていく。
クリスティアは皆に一時的に国を離れることを告げ、身を潜めていた五十名ばかりの聖騎士に国と民を託す。
重大な報せを一刻も早く知らせなければと馬を走らせる。
お疲れ様です。
ようやく21話まで書けました。今回はちょっと……文章が自分の文章の形じゃない気がしてなりません。これがスランプというものなのかなぁ~。
次回は遅くても3月9日には投稿しますので、次回もよろしくお願いします。




