魔術国家最高の魔術師の最期、新たなる友との別れ
激情に任せた少女の咆哮が広い空間に反響する。
エリーザは力の限り腹から声を搾り出し、乱れた呼吸を整えようと肩を上下させ前屈みになりつつも、前髪の隙間から髪と同じ色をした栗色の瞳がルベアを睨みつける。
「エリーザ?」
普段ここまで怒りという感情をあらわにしない彼女の姿に、アズデイルとシラーは息を飲む。
今にでも横たわる友の下へ駆け出したいが、少しでも意識と視線を外せば先程のように何か仕掛けてくるかもしれないという思いから、下手に動けずもどかしさに包まれる。
「ふふふ、妹は大切な存在なんでね、殺してなどいないさ。だから、そんなに怒らないでくれよ」
魔王という強大な存在を前にしても余裕を崩すことなく、あくまで対等だと言わんばかりな口調で話す男に、エリーザを更に苛立たせる。
「そもそも、君たちは魔族なのだろう? 魔族とは人間という上位に位置する存在の糧となるのが相応しいと理解しているのだが、何故そんな下等な連中が我が妹と友になれるのかな?」
「私たちが下等とは……ふふ、人間も大きく吠えてくれましたね」
アズデイルがゆっくりとした動きで、何か言い返そうとするエリーザの正面に背を向け立ち、ルベアと対峙する。
「アズデイル?」
「私は、ああいう身の程を弁えずに上から物言う奴が嫌いなんですよ。あの人間は私が相手しますから、エリーザは早くシルアの下に行ってあげてください」
アズデイルが初めて人間の名前を呼び、優しく微笑む。
普段はベタベタと気持ち悪いくらい引っ付いてくる彼だが、今はその彼の心遣いに感謝しエリーザは人間で出来た初めての友達の下へ駆け出す。
「魔族が私の妹に近づかないでもらいたいですね。大地を裂き駆ける鋭利なる風、その刃は狩人の殺意━━━━ウィンディ フトゥール(血を求めし不可視な風)」
駆けるエリーザにルベアは不可視なる風を纏わせた指先を水平に薙ぐ。纏っていた風は意思を持つ狩人の風となり、白く細い少女の首筋目掛けて空間を吹き抜ける。
「させませんよ。温もり無き氷結の世界、命の祝福を認めぬ無常の理━━━━ライフ ホリゾント(霜の地平線)」
氷壁を作る程度の魔力を練り上げ、即座に詠唱し、吹き抜ける狩人の風は地面から生える氷の壁に阻まれ亀裂を作り霧散する。
「チィッ! 煉獄に住まう業火に焼かれる竜よ、我罪人の咎を焼き尽くさん━━━━ホミュリエ ラハル(罪裁きし業火の竜)」
展開された魔方陣より召喚された膨大な逆巻く炎は竜を形作り大口を開ける。その罪諸共肉の一変残らず燃やし尽くそうと、エリーザに向かいその牙を向け飛翔する。
「チッ……めんどくせぇな。万象を薙ぎ払う千万の雷よ、その罪人すら浄化する煌きを発せよ━━━━バルトゥイン ライズィル(雷による断罪)」
大口を開け迫る炎龍の横合いから眩い閃光が走り、その身を貫く。
「実態を持たない炎を貫いたところで何になるのだね?」
「ハッ、よく自分で見てみろよ」
「なに?」
雷に貫かれた炎は電撃を纏い内側から爆ぜ消滅する。
「そんな馬鹿な事がッ!?」
その光景に思わず目を見張る。
「これは魔力のぶつかり合いだぜ、弱いほうが消滅するのは必然だろ。魔術国家に属しているのにそんな事もわからねぇのか?」
挑発するように見下した笑みを浮かべ、エリーザがシルアの下にたどり着いたのを確認し、再び雷を収束させ、魔方陣を展開しルベアに向かい放つ。
「おや、今の言葉は私に対してですか? その怒りは地上の罪に落とされし、神々が与えた神罰なり━━━━ライズル ディーヴァ(神罰の雷鳴)」
雷に対して雷を放ち、両者拮抗するかと思えばルベアの放った雷はシラーの雷に吸収され、雷はより大きく眩くルベアを一瞬にして飲み干す。
「魔術国家の魔術師も口ほどにもねぇな」
呆気ない終わりに物足りなさを感じつつ、背を向けようとしたところで薄気味の悪い胸騒ぎを感じ、先程までルベアがいた場所を注視する。
「アズデイル!!」
「えぇ、何か感じますね」
身構えるアズデイルとシラー。こんな状況でも横たわる友の身体を起こし抱きかかえるエリーザ。
「いやはや、魔王という存在を少々侮っていたようだ。非礼を詫びよう。その礼と言ってはなんだが我が全力を持って相手してあげようか」
空間に浅葱色の魔方陣が浮かび上がり、毒々しい瘴気のようなモノが溢れ出てくる。
「なんだ?」
「私も魔術国家を侮っていたようです。この術式は少々……いえ、かなり危険な気がします」
地表に発光する浅葱色で描かれた複雑な魔方陣。
膨大な魔力量が渦をなし、溢れんばかりにひしめき合う。
「なによ……これ?」
流石に気味の悪さを感じたエリーザも視線をその妖しく発光する魔法陣に向ける。
「カヴュ……ラガの……天意」
エリーザの腕の中でか細い声で聞きなれない言葉を呟く。
「シルアちゃん!?」
ようやく意識を取り戻したシルアの視線は定まらず、ぼんやりと魔方陣を眺めている。
「あれを……発動させては……ダメ」
「シルアちゃん、何?」
消え入りそうな声でエリーザの衣服を掴み、何としても止めてくれと訴え掛ける。
それに頷き、エリーザは声高らかに信頼する二人の仲間に呼びかける。
「シラー、アズデイル。その術式を発動させちゃダメ。何としても止めて!!」
エリーザの呼びかけに、二人は互いに顔を見合わせ、眼で合図を送り合う。
「とっとと、その薄気味悪い術式壊させてもらうぜぇ!」
「えぇ、そうですね。考えるより先に行動するのはあまり好きではないのですが、今回はそうも言ってられませんね」
雷と氷は互いに纏わり合って魔方陣にぶつかり爆ぜ、土煙を舞わせて視界は塞がれる。
「やったか!」
「シラー、そういう台詞はちょっと……」
アズデイルはたまに気まぐれで読む書物にそういう台詞を吐く者がいたが、たいていの場合敗北する結末が多く見受けられたのを思い出した。
「その通りだよ。娯楽小説の中にそういった類の台詞を吐いた者たちは、たいてい敗北するものなのだよ」
愉快そうな声が土煙の中から聞こえる。
「チッ、まだ生きてやがったか」
「貴方があんな台詞を言うからですよ」
「俺のせいじゃねぇ!」
こんな時でも冗談を言い合う二人に呆れつつも、心強さを感じる。
「さて、魔王諸君。そろそろ茶番は終わりだ」
土煙が晴れ、魔方陣の中央には先程の神人と呼ばれた異形の者に似た生物が瘴気を吐き存在していた。
だが、その見た目は先程の神人より醜悪で大きく、禍々しさを感じさせていた。
ヌメリ濡れた数十本はあろう吸盤の付いた触手のような足。
上体は裸体のルベアなのだが、背には天使のような純白の大翼が2対羽ばたかせていた。
「これが私の研究していた神人の究極形態。大陸に舞い降りた破壊の天使が私なのだよ!」
その姿を天使と捉える者はこの世に果たしてどれほどいようか。多くの者はそれを悪魔と呼び忌避するだろう。
「天使なのか? 俺にはタコの化物にしか見えねぇけどな」
「同意見ですね。全くあの人間は芸術に乏しいようです。あれを美しいなどと自信たっぷりに言われても逆に此方が恥ずかしいですね」
あの姿をみても余裕の表情を崩さない。
「ばッ……馬鹿にするなよ魔族風情が!! いいだろう。そのような態度も今のうちだ。私を前に頭を垂れなかったことに後悔という情を抱き、劣等に生まれた己の生を恨み死ねェッ!」
己の美的感覚を侮辱された事が癪に触ったらしく、数十と蠢く触手で周囲の障害をなぎ払う。
その一本一本の力は凄まじく、等間隔に並べられた柱は砕け、風切り音を発する残骸は凶器の雨と化し、無差別に襲い来る。
「無駄ですよ」
アズデイルの展開した氷壁により残骸の雨は防がれるが、追撃を加える触手によって砕かれる。
「おや、全くもって無粋な攻撃ですね。ただただ力任せの一撃で魔王を討てると思わぬことです」
続いて氷を極限まで薄く、かつ密度に重点を置き一本の剣を形成させる。
「おもしろくなってきやがった。俺も少し本気出してみるか」
シラーも雷を拳に纏わで溜め込んでいく。
エリーザは邪竜となり、その固く厚い鱗を持つ身でシルアの身を守らんと彼女の身体を包み隠す。
「シルアちゃんは自分の回復に専念してていいからね」
「えぇ……わかったわ。その、ありがとう」
「うん!」
まともに言葉を発する事が出来る状態にまでは回復したが、身体が負ったダメージは癒え切っておらず、辛そうな表情を気合で押さえ込み、術式をもって傷を癒していく。
「あの化け物はアンタたち男性陣に任せるから、よろしく~」
「ハッ、面倒事は俺らに任せてアイツは見物かよ……」
「ですがシラー、貴方はそちらのほうが良いんじゃないですか?」
「ハッ、当然だろ」
襲い来る触手と術式を躱しつつ攻撃を加え、本体に少しずつではあるが近づいていく。
鋭利なる氷剣はなんの抵抗すらも感じさせずに触手を切り落とし、雷を纏わせた拳も感電させ動きを鈍くさせていく。
二人は上手く役割を分担させ、次々と邪魔な障害を排除する。
「魔族の分際でッ! 我が最強の術式をもって絶命しろォォォォォッ!! 光輝なる破壊をもたらせ、宇宙を見据える冥王の蛇━━━━スレィド バグラ グァ(全知を授ける蛇の化身)」
上空に展開されたまたもや複雑な魔方陣。
その難解な構造からは一般の魔術師が扱える代物ではなく、魔術国家で勉学を励み才能と努力で栄光を勝ち取ったものが辿りついく事が出来た究極にして極限領域の術式。
「安定しろ……安定しろ。この術式を真に私の物とした時こそ、魔王という存在を凌駕し全大陸を支配することができるのだ! ……あ?」
展開までは順調だった術式は歪み、鳴動し、闇に溶けていく。
「ふざけるなッ! こんな時に発動しないでいつ発動するというのだッ!!」
天を見上げ絶叫をあげるルベアにもう余裕は無く、絶望と恐怖によって彩られ満たされていた。
「なんだ貴様はァ!? うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
術式が溶けきる間際に半透明な大蛇が首を伸ばし、ルベアの首に喰らいつき飲み干し、役目を終えたかのように消える。
身体を支配する脳を失った身体は動きを止め、頭部を失くした首からは身体を巡る色鮮やかな鮮血が吹き上げ、地上を赤く濡らす。
その巨体は地面に崩れ、腐敗し無に帰る。
残ったのは首のないルベアの身体のみで、気づけばその傍らにはシルアが膝を着き、まだほのかに温もりのある手を握っていた。
「兄さんは……一体、ロベリアに何の恨みがあったのですか? あのような術式を生み出してまで、成したい願いとは何だったのですかッ!」
声は悲しさと怒りからか震え、涙は頬を伝い地面に落ちる。
もはや何も語ることのない亡骸にシルア以外はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「シルアちゃん、お墓作ろう?」
肩を震わせ小さく嗚咽を漏らしながら兄の死に涙を流す少女の背を優しく撫でる。
「兄さん……」
肉親を失った悲しみ。それがどのような人間だって肉親には変わりない。
かつて、その背を追いかけ、言葉にはしなかったが愛していたその存在の喪失感はとても大きい。
「おい、シルア。この本とっとけ」
シラーが差し出す本を受け取り、涙を拭いページを開く。
中には、見たことのない術式の原理や結果などの研究資料だった。
次々とページをめくれば知らない知識が書き写されていた。
「これ、全て兄さんが?」
そして、空白のページが続き、終わりかと思われた時に何かが描かれたページが開かれる。
「これは!」
最期に兄が使用した術式。
それは太古に宇宙を彷徨う蛇神の加護を術者にもたらし、強大な力を振るう事が出来るという物で、魔術国家の上位の魔術師であるシルアでさえ、原理や行程、結果等全くもって理解が出来るものではなかった。だが、一つ理解することが出来る。これは、この世に存在してはならない力の一つだということが。
四人はこの場にルベアの墓を作り遺跡を後にする。
日はすでに暮れていて、大空には満天の星が輝いていた。
「エリーザ、シラー、アズデイル。その……こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。それと、ありがとうございます。兄の暴走を止めてくれて」
シルアが術式で暗い森を照らし、礼を述べる。
「別にいいですよ。私達は生命を助けて貰った恩がありますからね。これでキッチリ清算できたでしょう?」
「ハッ、どこの誰だったかな。恩返しは鉱物探しで他は関係無いみたいな事を言ってた奴は」
「うるさいですよ! 貴方もめんどくさがっていたじゃありませんか!」
「正直めんどくさかったな。シルア」
シラーに名を呼ばれ振り返る。
「はい」
「助かった。俺はこれで清算できたとは思わねぇ。また、何かあれば言えよ。俺たちは友達……なんだろ?」
シルアは嬉しそうに瞳を細め頷く。
珍しく、シラーが他人に素直というより優しい言葉を掛け、恥ずかしかったのかそっぽを向く。
「あれれ~、シラーまさかシルアちゃんの事気に入っちゃった?」
「ちげーよ馬鹿。俺はこんなんで生命を助けて貰った恩を返せたと思えねぇだけだ」
「エリーザ。今シラー赤くなりましたよ」
これ以上追求するなという視線に二人はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ふふ、貴方たち本当に仲がいいのね。少しだけ羨ましいな」
「何言ってるのシルアちゃん。 シルアちゃんも私達の友達なんだから。ねっ、アズデイル、シラー?」
「それ、さっき俺が言ったよな?」
「そうですね。人間の友達というのも悪くないかもしれませんね」
「みんな……」
シルアは少し潤んだ瞳を悟られないように指で擦り、わだかまりが溶けた本当の笑顔を新しく出来た友に向ける。
その後、近場の村で夜を明かし、魔術国家ロベリアへ通ずる街道で別れる。
「そう、フィール連合国に。確かあそこには美味しいデザートのお店があると聞いたことがあるから、良かったら行ってみたら?」
「うん、探して行ってみる。物見遊山が終わったら、魔術国家には行きづらいけど、シルアちゃんに会いに行くね」
少女二人は握手を交わし、互いに背を向け行くべき場所へ足を運ぶ。
次回は3日~4日のうちにあげます。
少しづつえすが読者様が増えてきてくれて、書くモチベーションも上がってきています。これからも、どうかよろしくお願いします。




