滅び行く聖教の国、奮い立つ小さな希望達(1/2)
クリスティアは気持ちよく微睡みの中にいたが、それは突然起きた。
外があまりにも騒がしい為に強制的に起こされた。まるで、祭りの様に騒がしい。眠い眼をこすりながらも外から差し込む茜色の明かりに目を向ける。
轟音が響き、遅れて人々の悲鳴が上がる。
「これは一体……」
身体は自然と窓に近寄っていて、そこで見た光景は現実では考えられないようなものだった。
城下の街は炎の海に呑まれ、路地や大通りでは大勢の人々が遠目に倒れているのが窺えた。
「なっ!?……そんな、こんな事が」
目の前の現実を認めることができなかった。夢であればいいと何度も自分の頭を叩くが、一向に覚めることが無く、それが現実だという事を突き付けられた。
昨日までの平和だった国が今、目の前で火の海と化している。
これは夢や幻ではなく紛れもなく現実。
「お父様……お母様!」
クリスティアは急いで部屋から出ようとしたところで、勢いよく扉が開き3人の騎士が駆け込んでくる。
それは顔見知りであり最も信用のおける仲間であり、中央教会誇る最強の騎士、4十字騎士団だった。
「はぁはぁ…クリスティア大丈夫かっ!?」
グレイはいつものチャラチャラした感じではなく聖女を守護する1人の騎士の顔であった。
「えっ……はい何とか。いったい今この国は何が起きているの!?」
「現在この国は内部の反乱によって、混乱極まっております」
内部の反乱……。
「首謀者はバルデン司祭だ。奴に加担している勢力数は不明。中央教会純聖騎士も何人か奴に加担している。信じられるのは俺たちくらいだ」
ジークリートは大剣を背から引き抜く。
これは、敵がいつ味方という皮を被り襲い来るかわからず、怪しい行動を出たものを容赦なく切り捨てるという意思表示だった。
「今、聖王陛下と聖女様が信頼できる騎士を編成し直し、暴動の鎮圧と民の避難をおこなっております」
ジークリートは淡々と状況を説明するが、発せられる言葉の端々から怒りの感情が滲み出ていた。
「ならば、今から私たちも避難誘導を行います」
父と母は戦場で軍を指揮している。次期聖女と期待された自身が何もしないわけには行かない。
クリスティアが急ぎ足で歩こうとするも目の前の3人が道を塞いでいるため進む事が出来ない。
「何をしているんですか、道を開けてくださいッ!! 今この状況で民は私達の救いを求めているのですよ」
聖女の言葉は聞こえているが3人は一向に道を開けようとしない。
「くっ……もう1度言います。直ちに道を開け民の避難活動に向かいます」
それでも一向に動かぬ騎士達に業を煮やし、3人を突き飛ばそうと1歩前に出るが、普段から訓練で鍛えている騎士に年相応の女の子が力で敵うはずもなく、クリスティアはジークリートに抑えられてしまう。
「クリスティア様よく聞いてください。これは聖王ヘブリド様のご命令です。この国から逃げ延び聖女としてではなく普通の女の子として暮らせと。我々は今から聖王専属近衛から貴女に付き従う専属の近衛騎士です。故に貴女の命を最優先で守り、この国から亡命します」
ジークリートは強引にクリスティアの手を引き階段を下っていく。城内にいても聞こえる民や騎士達の叫び声や怒号に思わず耳を塞ぎたくなるが、手を引かれている為それも叶わず、ただ階段を下っていく。
聖女としての役割とは、民に活力を与え国を良き方へ導く。
「この先苦難が待ち構えているやもしれんが、諦めずに自身の信じた道を進むのだよ」
以前、書物庫で出会った常世の時代を生きた神に言われた言葉が脳裏をよぎり、その言葉が何度も何度も繰り返され、彼女は自身が今取るべき行動を決断する。
「ジークリート、グレイ、ステラ、聖女として命を下します」
その発言に3人は歩を止め、クリスティアに向き直る。
民が苦しみ、誇りである父が母が騎士達が戦っている。その中で自分だけが逃げるなんてできるわけがないと拳に力を込める。
「これより、戦場に赴き逃げ遅れた民の避難誘導を行いつつ首謀者であるバルデン司祭を拘束し事の経緯を聞き出します」
普段見せない気迫のあるクリスティアに3人は呆気にとられる。
「だから、俺たちは聖王の……」
「父の命令なんて知りません。この国で父と母がなんらかの理由により不在もしくは指揮できぬ状態の場合、一時的に最高権力を担うのは時期聖女である私です。従わぬものは反逆とみなし……重罪を課します!」
グレイが何かを言おうとしていたが、それを無理やり遮り焦りからか自然と早口になってしまった。
「……わかった。聖女様の命であれば仕方ない」
ジークリートはやれやれとういったように肩をすくめてみせた。
「ふふ、全くクリスティア様には困りましたね。ただし条件を付けさせていただきます。必ず私達から離れないでください」
ステラの瞳を真っ直ぐと捉え、クリスティアはその条件に深く頷く。
「しゃーねーな、わかったよ俺も騎士だ主人の言うことには逆らえない。それに……クリスティアが考えて決めたことだ。俺達はそれに従うだけだぜ」
3人が同意を示してくれた事に安堵したが、それは同時にこの3人の命をも背負うという事となる。
「ありがとう皆、じゃあ私に付いて来てください」
3人の騎士と1人の聖女は戦場に向かい歩を進める。
そこは普段であれば出店等で賑わっている場所だが、今は辺りに血だまりや本来人間であったと思われる肉片が飛び散っていた。
「……」
貫禄のある男が馬上周囲を見回しの嘆息をつく。
その男はこの国を統べる王にして、民衆から愛され騎士からも尊敬された聖王ヘブリドの姿であった。
「聖王陛下、周囲には生存者は確認できず賊とおぼしき姿も見受けられません」
1人の若い騎士が膝をつき頭を垂れ王に状況を報告する。
「よい、いちいちそのような体勢をとっていては疲れるだろう。普通に報告するよう他の者にも伝えておいてくれぬか」
「ハッ!!」
最後に深く頭を下げ小走りに駆けていった。
背後には精鋭の聖騎士150人を控えさせ、隣には最愛の妻であり聖女マリーナ。
「ふふ、こんな時でも落ち着いておられるのですね、心強いですわ」
マリーナがクスクス笑いながら話しかけてくる。
「正直言ってこんな地獄を見せつけられて、今の俺の士気は限りなく0に近いぞ」
と頭を掻きながら冗談めかしくマリーナにだけ聞こえる声で呟く。
「皆さんお聞きになりましたか? こんな戦場という現状の中ですら我等が聖王はこの間抱いた女の温もりが忘れられずに、己の歳も顧みずムラムラされておられるみたいですよ」
マリーナは後ろに控える聖騎士に向き直り大きな声でありもしない虚言を言い放った。
このような状況で何を言っているんだと怪訝な視線を向けるが、周囲の聖騎士や負傷した民から笑いが込み上げ、浮気者~やら性王様万歳などの声が上がり先程までのギスギスした雰囲気はなく、自然と活気が戻っていた。それは、この聖王と聖女が皆から愛され信頼されているからこそだ。この方達ならこんな状況など打破してくれるに違いないと信じているから。
「えっ……」
聖王はひどく悲しそうな顔をしていたが、誰も彼もが緊張をほぐしていた。
「お前……ありもしない嘘を」
「こうでもしなければ兵は疲弊に押しつぶされ、民は少しの希望すらも見いだせません。なら貴方も私を辱めるジョ-クの1つでも行ってみては如何ですか?」
「いや、その後が怖いから遠慮しておくよ」
「ふふふ、さぁ……貴方の本領を発揮してくださいませ。民や騎士に敬愛される聖王としての力を」
数多くの戦場で兵を指揮し、見事生還を果たした力を今こそ発揮しようと挙手をする。
その姿に一同は静まり返る。
「勇ある聖教の国を守護する聖騎士諸君、私は今回このような惨劇が起こってしまったことに対して深い憤りと深い悲しみに胸が裂けそうな思いだ。この惨劇は他国の侵攻ではなく、内部の裏切りによって招かれた事が原因である。我らが今成すべきことは一刻も早く暴動の鎮圧と民の安寧の生活だ。さぁ諸君、剣を取れ! 胸には戦意を掲げろッ! いざ進軍せよ!!」
聖騎士達は聖王の言葉に雄叫びを上げる。
聖騎士も人の子だ。家族がいて、友がいて、恋人がいたかもしれない。
守るべき者を守れなかった彼らは己を無下で愚かと責めるだろう。だが己を攻める時間など微塵もない。一刻も早く敵を駆逐しなければならないのだから。
「お前たちの罪を俺が背負ってやる。聖王として命じる……敵を殲滅しろ。降伏は認めるな、命乞いをする罪人には正義の刃を深く突き刺し皮膚が擦り切れ骨を砕くまで引き摺りまわせ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
今聖教の騎士団は断罪と死を振り撒く狂気の使徒として進軍する。
軍としての洗礼された動きはなく、地の底から響くような雄叫びを上げながら、ただ殺戮をする為に各自走り出す。
敵を見つけては刺し、切り、引き摺りまわす。そして、また獲物を探しに走り出す。剣が折れようが関係なく、自分の身が擦り切れようが意に返さず、敵を殺していく。
「これで、よかったの?」
マリーナは悲しそうな目をヘブリドに向ける。
「済まないな、お前まで巻き込んでしまって」
「この国の為そして貴方の為に、この忌まわしい力が役に立てるのならこれほどの幸せはありませんわ」
「お前の他者の深き場所を読む力。後程使わせて貰うぞ」
ヘブリドは剣を携えゆっくりと歩いていく。
貴族の屋敷が多く点在する南区では未だ抵抗を見せる貴族達だが、もう限界が近いのか押され気味になり天秤が悪い方に傾いてきていた。
「クソッ! 何故こんな逆賊どもに苦戦をしているのだ」
貴族を守護している騎士や傭兵の中で怒号が飛び交わし、鉄同士をぶつけ合う音や、術式による爆発音が所構わずに戦場を奏でている。
敵は訓練された聖騎士や暗殺を稼業としていた軍人あがりの傭兵だったため、その動きに無駄がなく統率のとれた鋭敏な動きで貴族側を押していく。
「……」
貴族たちは常に安全で豪遊に暮れていた為に戦場というものを忘れ、ましてや兵の扱い方もわからず怒鳴り散らすばかりであった。
もはや戦う意思を挫かれ、貴族たちは事の行く末を眺めていることしかできなかった。
殺されていく騎士たちや主人を守ろうと必死に武器を取り戦うメイドや執事達をただ眺めるだけ。
また1人、目の前で執事の頭が吹き飛び周囲に血の溜まりを作る。
今死んだ執事は確かよく己の面倒や我が儘を聞いてくれた忠臣だったな、と思いふけりながら無機質に立ち尽くすだけ。
メイドが死んだ。3本の槍で串刺しにされ宙に掲げられ見世物にされている。あの娘は路地で餓死しそうな所を拾ってやったんだったか、よく懐いてくれたものだと昔を思い起こす。
そんな彼女も今では空中で四肢をだらりと垂らしながら血を垂らす肉塊と化していた。
「………」
もはや覚悟は出来ていた。
敵が訓練された殺戮者だろうと関係ない。
今一度、この腰に携えた若かりし頃に先代の聖王より賜った剣を引き抜く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
数年ぶりに上げた雄叫び。
数多の戦場で武勲を上げてきた頃の記憶が思い起こされる。
貴族として成すべきは、民の安寧を妨げる者をその剣を持って切り捨て、国家を脅かす存在に勇ある意志を胸に立ち向かう。
かつての自身が深き眠りから呼び起こされる。
「仲間や民の仇きだ、覚悟しろ逆賊共!!」
剣を振り下げるのと敵が剣で突いてくるのは同時だった。
決死の覚悟を持って、今の怠惰に過ごし醜く醜悪な身体に成り下がった自身では敵と刺し違える覚悟であった。
だが、いつまでたっても痛みやしは訪れない。
目を開くと確かに自分の振り下ろした剣は敵の頭に深々と抉りっているが敵の剣先は己の腹部ではなく、自分と敵の間にいる人間に刺さっていた。
「ハミルト卿……素晴らしい一撃でした」
それはまさに刹那だった。
相手の剣がハミルトに刺さる寸前に己の身を潜り込ませることにより主の身を庇ったのだ。
「おぬし……くそっ、何故だ!?」
久しぶりに感じる胸の痛みに涙が次々と溢れ出て顔が歪んでしまった。
「ハミルト卿はこの国にとって必要な……お方です。民を守るのが貴族の勤めだって、私が幼い頃に仰っていたではありませんか……」
昔の遠き理想を今でも馬鹿に信じていたのかと強くその体を抱きしめる。
「貴方なら……きっと、民や聖女様をお守りすることが……」
そこで彼の力が抜け眠るように息を引き取った。
そう、最後まで主を信じ、最高の主君に仕えたとばかりの安らかな表情であった。
「わかった、そうだな、ワシはこの国を救わねばならぬな。ふはは、なれば貴族の力を蛮族共に見せつけねばなるまい」
己を信じ身を挺してくれた最高の仲間に誓いをたて、己の内に再びあの頃の熱き炎が猛るのを感じる。
「さぁ、この国に仕えし騎士諸君、我等はこれより反逆者と蛮族を一掃し民の安息の日常を奪還し、聖女様の捜索に向かうぞッ!!」
声高らかに叫び、残った騎士その数30人を従え、その姿は一国を背負う王の風貌であり、覚悟は国に使える騎士そのものだった。
後ろに付き従う騎士たちからはそれに応えるが如く雄叫びをあげる。
民のため常に笑顔と誇りを胸に、我が刃は災厄を招く者に振り下ろす。
かつて何度も繰り返し口ずさんだ言葉。
今こそ貴族の誇りを賭して逆賊を誅滅せん。
今回は中央教会が滅ぶお話しです。