始まりの時、動きし銀の魔王
薄暗い回廊に、銀の長髪を揺らしながら歩む1人の男。両に宿した翡翠色の瞳はただ延々と続く道の先を見据え、等間隔に配置されたロウソクの明かりが妖艶に揺れると、男は歩を止め左の肩部に纏った黒いマントを翻し後方に向き直る。
「我に付き纏って何が楽しいのだ? ロンベルトよ」
つぶやくような声量だが、他に音を産まぬこの空間には十分だったようで暗闇の裂け目から現れるように姿を現したのは枯渇したような老体であった。
「はっはっは、儂は付き纏っていたわけではないのだがの。ただ、儂の前をお前さんが歩いていただけだよ」
ロンベルトと呼ばれた老人は人の良い笑みを浮かべ、銀髪の青年に触れるがその手は青年を捉える事無くまるで幻影を撫でるかのように透き通してしまう。
「ほほほ、身体の周囲に魔力の膜でも張り付けておけば擬似的ではあるが他人と触れ合えるというのに、何故そうしない?」
「普段この場で他人と出会うことなんて無かったのでな、今は解いていたのだよ」
ロンベルトはそうかと短くつぶやくと銀の青年の隣りに並び2人して回廊を歩く。歩むに連れて次第に口数は減り、先ほどの柔和な表情を一変させ理知的な雰囲気を醸し出していた。
2人の目の前に金の刺繍が全体的に施された大きな黒い扉が現れ、老人は手を翳すと重苦しい音と共に左右の扉は大きく口を開ける。
まず初めに眼に写りこんだのは部屋全体に敷き詰められたガラス窓。そして、その外は無限の星々が輝き部屋を照らす。
その広大な部屋の中心部にには全員が顔を合わせるに適した造りをした円卓が1つ置かれていて、その席にはもう何人かが鎮座していた。
2人はゆっくりと歩を進ませ定められた自身の席に腰を据えると、目の前にはニコニコと微笑む男性が座っている。
「やぁ、アルベール少し到着が遅かったんじゃないか?」
笑みを浮かべながら銀髪の青年に話しかける。
「ふむ、色々あったのだよ。そんなことよりクルト、他のメンバーがまだ揃っていないようだが?」
周囲に眼を配らせると席に着いているのは自身を含め5人で、まだ5つの席が埋まっていない。
「う~ん、まぁ1人は確実に存在しないからいいけど、残りの4人は何をやっているんだろうね。これはお仕置きが必要かな?」
クルトは閉じられた瞳で1人1人観察するように全体を見回していく。
「後は、エリーザ、アズデイル、リリアン、シラーか」
「おい、雑魚どもがなんで一番遅れてくるんだよ!」
机に足を乗せだらしなく座る灰色の髪を持つ青年に老人は諭すように語りかける。
「まぁまぁシオン殿、彼等には彼等なりの理由があるのじゃろ。気長に待つのもいいもんじゃぞ」
「うっせェぞ、各下風情が! 殺されたくなかったら黙ってろ」
研ぎ澄まされた刃のような瞳がロンベルトを捉えるが、ロンベルト自身柔和な笑みを浮かべるだけで、その態度が気に入らないらしくシオンは強く舌打ちをしそっぽを向いてしまう。
室内は静寂に満たされ、時を刻んでいく。どれほど座して待っていただろうか。突如にして荘厳な扉が大口を開け新たなる客を迎え入れる。
扉の向こう側には二人の男性と一人の少女だった。
男性の一人は細身に少々くたびれた漆黒のコートを纏い、右目はその黒い髪によって隠されているが、シオンとは違う鋭い瞳は真っ直ぐと見据えている。
もう一人の男性は貴族然とした見ただけで高価だと分かる服装に身を包み、手入れのされた白髪を揺らし、優雅な立ち振る舞いで微笑んでいた。だが、その微笑みは部屋にいる者たちにではなく隣りを歩く少女へと向けられている。
そして、最後の少女は栗色の長髪に幼さを残すが端正な容姿をしており、どこか裕福な家の出を思わせる。
少女はシオンと眼が合うと嫌そうな表情を浮かべ、同時に隣で微笑みかける男が煩わしいのか、彼の腹部に肘をねじ込む。だが、男はそれを意に返さず恍惚とした表情を浮かべる。
「オイッ、雑魚どもなに遅れてヘラヘラとしてやがんだよ! 謝罪の一つでもしてみたらどうなんだよ!」
シオンの激に遅れてきた少女は鬱陶しそうに両手で耳を塞ぎ反論する。
「う~る~さ~い。そんなに大きな声で怒鳴らなくてもいいでしょッ! しょうがないじゃない、私たちだって忙しいのよ。いきなり招集掛けられて直ぐに来れるはずないじゃん」
少女の反論に貴族然とした男が続く。
「えぇ、そうですよね。全くもってエリーザの言う通りです。私達とは違ってシオン殿は暇そうですしねぇ、毎日人間を殺して回るだけの無法者とは違いますから。私達は独自で西大陸に趣き、各国の情勢を見て回っていたのですよね? シラー」
「あぁ? 情勢を見て回るというより物見ゆ……」
シラーと呼ばれた男の言葉を途中で2人が遮る。
「エリーザ、アズデイル何をしやがるッ!?」
無理やり口を塞ぐ二人の手を引き剥がしエリーザと呼ばれた少女とアズデイルと呼ばれた男を睨みつける。
「シラーあんた馬鹿なの? 自分から物見遊山して遊んでいましたなんて、言ったら私たち怒られるに決まってるじゃん」
「そうですよ、貴方は少々馬鹿正直すぎます。頭を使ってください」
シラーに耳打ちをしているが静寂に包まれた室内では意味をなさず、彼等の会話は全員の耳に入っていた。
「エリーザ、アズデイル、シラー、席に着いてもらえるかな?」
ニコニコと満面の微笑みを浮かべるクルトは静かに言い放ち、彼から何かとてつもないモノを感じ取った三人は素直に自身の席に着く。
「ねぇねぇ、ロンベルト。リリアンはまだ来てないの?」
エリーザの問いにロンベルトは静かに首を振るう。
「クルト、リリアンはいないが今回の招集の訳を話してもらえるか?」
取り敢えず此度の招集はどのような案件を持って行なったのか、この場にいる全員が気になるところ。それをアルベールが代表しクルトに説明を求める。それにクルトは一つ頷き口を開く。
「まぁ、一人足りないがいいか。今回の件は人間族の事だ」
人間という言葉を聞きアルベールとシオンが反応する。
「最近の人間の行動は行き過ぎていると思うんだよね。彼等は本格的に魔族討伐に打ち出してきている。前年より多くの魔族が生命を落とし悪戯に弄ばれている。これは魔王という魔族を統べる俺達にとって無視できない事案だよね」
現在の魔族は人間たちとの共存を望み、人に紛れ安寧の日々を送っている。
だが最近では東大陸にある強大な国家を中心に魔族刈りというものが行われ始めていて、もちろんその行為に反発する国々もあるのだが、その静止に聞く耳を持ち合わせずに先陣切って虐殺して回っているのは,五大強国の一角である魔術国家ロベリア王国である。
彼等魔術に携わる者として純粋な魔力を有する魔族は実に貴重な実験材料となるのだ。
「つまり俺達がやるべきことは一つ……」
「人間どもを殺し尽くすんだな」
クルトの言葉を遮り、楽しみを得た子供のように瞳を輝かせたシオンが続く。他の魔王は特に興味もなさげではあるが、視線はアルベールの方へ向けられている。
そう、アルベールは人間嫌いなシオンとは対照的に人間を愛している。そんな彼が人間の粛清を素直に受け入れるはずがないと、周囲の者たちはアルベールの出方を伺う。
「すまぬが、我には賛同できぬな」
やはり反対の意を示したか。静かに告げる否定の意見に、シオンの視線はアルベールへ向けられる。
「アルベール……テメェ今の状況分かってんのか? 人間どもは俺たち魔族を虐殺してんだぞ。それを迎え撃たずにどうするってんだよッ!!」
シオンの気持ちも分かる。このまま何もせずに同胞を殺されていくのを見ているだけなんていうのは耐えられないだろう。
「貴公の押さえ難き人間への憎悪分からぬでもない。だが、魔族もまた人間を悪戯に弄びその命を刈り取っているのだ。我ら魔王という強大な存在が動けば大陸中を敵に回すことになるのだぞ。そうなれば一層安寧を過ごす同胞の命が奪われていってしまうのが分からぬのか? ここは別の策を……」
「だから、どうするってんだよッ! テメェが悠長に考えてる間に仲間が殺されていってんだ。アイツ等を守れんのは俺達だけだって言ってんだよ、どうして分からない、人間好きも大概にしておけよッ!!」
「魔族刈りを最初に始めたのは魔術国家ロベリア王国。我がそこへ趣き、釘を刺しておく。ロベリアが魔族刈りを中断すれば賛同国も手を止めるであろう」
アルベールの返答に黙していたクルトは挙手し皆の視線を集める。
「そこまで言うならアルベール。そのロベリア王国へ行き釘とやらを刺してみろ。それで魔族刈りが止まるなら俺達は人間への殺戮行為は行わないと約束しよう。ただし、失敗したときは人間同様にお前にも責任を課し俺自らお前を殺すけど、それでいいな?」
楽しそうに話すクルトにアルベールは首肯する。
「それで……構わない」
アルベールは1度クルトの方へ視線を移し、皆に背を向け銀の髪を揺らしながら部屋を退室する。
「ふぅ、アルベール殿も中々に面白い事をし始めてくれましたね。私はアルベール殿が釘を刺してくれる方に賭けますよ」
「そうだね~私もアルベールかな。別にアルベールの肩を持つわけじゃないけど、何だかんだ上手くやっちゃいそうな気がするしね」
「ハッ、お前はシオンが嫌いだからアルベールに加担してるだけだろ?」
「うっさい」
エリーザに睨まれるがシラーは気にも止めずに此方を静かに睨んでくるシオンを睨み返す。
交差する鋭い視線に室内は険悪な雰囲気が漂い始めていた。
「おいシラー、テメェさっきから何睨んでんだよ。文句あんなら腕っ節で示してみろよ。まぁ、各下のテメェ等には俺に歯向かう度量もないか」
三人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。これは挑発だと分かっていても、シラーはこみ上げる怒りを押さえ込むことができなかった。
「上等だぜ、お前の他人を見下しきった態度には嫌気がさしてた所だ。泣き面かかせてやるからかかってこいよ」
「言うじゃねぇか……なら、今日でテメェの序列10位は空席になるわけだなァ」
双方の魔力が混じり合い渦となり奔流する。
「万象を薙ぎ払う千万の雷よ、その罪人すら浄化する煌きを発せよ━━━━バルトゥイン ライズィル(雷による断罪)」
シラーは威力より先制を取ることを優先し魔力量を押さえ即座に術式を完成させ、雷の束をシオンに目掛け解き放ち、雷は途中で幾重にも別れ千万もの数へと別れ四方から降り注ぐ。
それらをつまらげに視界に映すシオンも遅れて気怠げに詠唱を読み上げる。
「道を誤りし愚者には光の届かぬ冷酷の回廊を、我は回廊の番人にして王である━━━━ルーフ エルデン(永遠の楽園)」
シオンの目の前の空間は歪み、大きな穴を形成させる。雷はそこへ吸い込まれると穴は閉じられ歪みも消え去る。
「悪いな……もう終わりだわ。テメェの首元見てみろよ」
そう言われ、己の首元に視線を落とすと先ほどの歪みが首を覆っていた。
「俺がこの空間を閉じればお前の首は落ちる……ってことで、さようならだなァ」
収縮し始める空間に成すすべもなく、視線でその瞬間を追っていると。背後に衝撃を受け前のめりに倒れる。
「何しやがるッ!」
シラーは状態を起こし背後へと視線を向けると、終始沈黙していた鎧騎士が立ちシラーを見下ろしている。
「仲……間……殺すこ……と、許さな……い」
鎧は軋みをあげ、シオンへと歩み寄る。
「もう……戦う、必要な……い」
「チッ、序列第4位……グランド・ヘル。余計な真似しやがって。もう少しで雑魚の駆除が出来るとこだってのによ」
シオンの目の前に立つと、その巨大さはかなりのもので2mは超えているだろう。シオンはそれを見上げながらももう一度舌打ちを鳴らし魔力を霧散させ、興が冷めたと言わんばかりに部屋を退室する。
残ったメンバーの視線はヘルに向けられ、ヘル自身ももうこの場に用は無いらしく退室していき、シラー、エリーザ、アズデイルも互いに目配せし同じように退室する。
「あ~、後は俺だけかな?」
一人取り残されたクルトは大きく伸びをし自分も部屋を出ようと席を立った所で首筋に冷たい感触を感じる。首元には曇りひとつなく妖しく輝く刃が充てがわれていた。
背後に何者かの気配を感じてはいるが、クルトは表情を崩すことなく。その主に語りかける。
「おいおい、最初からそこに居たなら顔くらい出してもいいんじゃないか? 序列第5位リリアン・ストリオス」
「あらあら~バレちゃってたのね、まぁ、貴方とアルベール以外の子達は気が付かなかったみたいだけど。でも、どうして気付いていたのに私に背後を取られる真似なんてしてるのかなぁ?」
耳元で囁く妖艶な声色を感じ、細い指でその大鎌という凶器をどかし振り返る。艶やかな蒲萄色の長髪に優しげな瞳をした女性が立っている。
「お前は俺を殺すつもりはないと分かっていたからね。だったら別に警戒したり策を弄する必要はないだろ? そもそもお前程度じゃ俺を殺すことなんて出来ないけどね」
「試してみましょうか?」
再び首に充てがわれ鎌をほんの少しクルトの白い肌に押し付ける。もちろん、刃を引けば周囲は鮮血に染まるだろう。
だが、何の抵抗も見せないクルトの意図が読めず、刃を引くべきか否か悩んだ末に結局大鎌から解放する。
「言っただろう? お前には俺は殺せないって5位のお前が殺せるのは、精々頑張っても4位のグランドくらいだろうね」
クルトは振り返る事無く片手だけ上げ部屋から退室する。本当に一人残されたリリアンは軽いため息をその場で吐いた。
初めて自身の書いている小説を読者の皆さんに読んで貰うというのはとても緊張のするものですね。
この作品に対し、自身の文章力に対し色んな意見をお聞かせ願えたらと思っています。皆様の意見を胸に出来れば皆さんが楽しんで読んでいける作品を作り上げていきたいと思っていますので、どうかよろしくお願いいたします。