英雄伝は美化される
─かつて世界は混沌に満ちていた。絢爛豪華な建物は瞬く間に更地へと変わり、そこから積もり積もって血に濡れた山へと変わる。呻き声が絶えず響き、さながら地獄絵図のようだった。
欲を持ち、神々からの脱却を試みた人類と、思い通りに動かなくなった人類を【処分】しようとした神々。後に「外界戦争」と呼ばれるそれは、人類の創造主であり、絶対的な力の持った、勝ちの見えた戦いであったはずの神々ではなく、長い長い戦いの末、「英雄」と呼ばれる存在を生み出した人類に軍配があがった。そして敗者である神々はどこか地の底に姿を消し、今なお続く人間たちの楽園へとこのハヴィアは変わっていくことになる。
「・・・・・・おとぎ話かなんか?」
読み耽っていた古本をそっと机の上において、少年は背もたれにしなだれた。ランタンの明かりがゆうらりと少年のひどく青白い顔を映し出す。着けていた丸眼鏡を外すと、着けていた時には想像できない整った顔立ちが表れる。だが、その表情は落胆の色に染まっていた。
「事実なら、すごい発見なんだろうが・・・・・・絵空事チックだよなあ」
彼────ティエル・ローレンスは探求者である。求めるものは不老不死の妙薬でもなければ何かの真理でもない。彼はルーツを探していた。この世はどのようにしてできたのか。科学的なものか、それとも何か上位の生命体が関わっているのか。
今の世界では、全知全能の神々が作り、人間がそれを授かったとされている。しかし、それを示すような文献は何一つとして残されてはいないという。だからこそ、ティエルはそれを知りたがった。周りから見て異常な程にそれに執着し、神への冒涜だと叫ぶものを時には黙らせながら、ひたすらに研究と考察を重ねてきた。
今机の上に無造作に置かれているその本も、その研究の最中で手に入ったものだった。本としての形を保てているのが不思議なほどボロボロに擦り切れ、文字は古代文字で翻訳しながらでないと読むこともできない。おまけに書いてある内容はとてもではないが理解しがたく、浮世離れしている。
おそらくは、今伝わっている世界のあり方と同じ、何の根拠も無い与太話なのだろう。そう結論づけたティエルは、ランタンの火を消し、布団の中に潜り込んだ。小さな屑が周りに舞い、それを吸い込んで思わずむせる。
「ケホッ、ケホッ・・・・・・うう、ここ最近寝てなかったからなあ」
すっかりクマの出来た目を擦りながら、少年は泣き言のように呻く。どうやら目にも入ったらしく、痒みが取れないようだ。痛みに耐えかね涙が2、3滴こぼれ落ちたが、どうにか目に入った埃を取り除けたようで、布団を頭から被りなおす。
「英雄、か」
ティエルとてまだ現実を見るには幼い年頃である。人類を滅亡の危機から救う「英雄」という単語に興味を示さずにはいられなかった。
「たった一人で人類救う英雄なんて、いったいどんな超人なんだろうな」
絵空事の英雄について想像を巡らせる少年の夜は静かに更けていった。
後に彼は気付く。「英雄」なんてものは素晴らしくともなんともない、呪いのようなものであるということに。
ここでは初めてになります。
読んでいただけたら幸いです。